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No.1215に関するツリー

   雪舞い夜 - つね - 2005/12/24(Sat) 14:19:37 [No.1215]



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雪舞い夜 (親記事) - つね

『…寒波が押し寄せ、…では夕方から雪が降り始め、所によっては積もるでしょう。』

「雪か…」

家の電気を全て消し、ガスのチェックを済ませる。

ハンガーにかかったコートを手に取ってドアを開けた。

「うわ…やっぱり寒いね…」

コートの襟を直し、マフラーの中へ首をすくめる。

ふうっ、と吐いた息はすぐに白く染まり、手袋を忘れた手は芯から冷える。

休日にも関わらず朝早くから通りを歩く人達の息も同じように白い。

凍り付いた路面を気にしながらも急ぎ足で職場へと向かった。







街は綺麗に彩られ、聖なる夜を迎える雰囲気に満ちていた。

広場の中心に立った大きなモミの木は輝くアクセサリーを所々に付けている。



…今日は忙しくなりそうだね…




店のドアに手をかけた後、もう一度振り返り、それからドアを開けた。











お店には開店時間から多くの人がやってきた。

お客さんが列を作ることはないけど、この時間帯にすればいつもの倍以上の人が店に訪れている。

あたしは店の奥にある厨房で忙しく動き回っていた。店を訪れる人が増えれば増えるほど仕事も忙しく、慌ただしくなってくる。

昼を過ぎるとお店に訪れる人はさらに多くなり、カウンターには時折列が出来ているようだった。

まだまだこれから増えるであろう客足に向けて品切れになったケーキを作っていく。

幸せをゆっくりと味わう町とは対照的に厨房はどんどんと慌ただしさを増していく。

街の彩りを楽しむ余裕なんて微塵もない。

ただ一心に、今日という日をより楽しんでもらうために、人々に笑顔を届けるために…








一息つける頃にはもう日が暮れていた。

パティシエの仕事は終わり、”戦闘服”を身につけたまま、帽子だけを脱いで椅子に座り、外の様子を眺める。




ふと、通りを歩く一人の女性が目に留まった。

大事そうに抱えた白い箱にはこの店の店名が書かれている。





嬉しそうな顔、急ぎ足。



誰と一緒に今日という日を過ごすのだろう…




…あたしは…?




…あたしは…誰と一緒に…?




無意識の思考。

ガラスに映る寂しそうな姿はあたしの心をそのまま映し出していた。





一年前に夢を追い掛けこの地へ来た。

大切な人にしばしの別れを告げて。

いつかまた一緒にと交わした約束。

だけど遠く離れた今、すぐに会えるわけがない。





「そのくらい…割り切らなきゃね…」

自分に言い聞かせるように小さく呟く。

ようやく動き始めるとあたしは立ち上がり服を着替えた。

バッグを持ってコートを羽織り出口に向かう。

その時目に入った空のショーケース。

自然と笑顔が浮かび、自分に向けて、よくやったね、と心の中で言った。

ちょうどカウンターから下がるところだった職場の先輩と笑顔で挨拶を交わし、ドアに手をかける。

扉を押すと扉に付けた小さな鈴が透き通った音をたてる。

その音は粉雪が舞い散る白い世界と調和して乾いた空に響いた。



「雪…降ってたんだ…」



先ほど外を見たときには気付かなかった。

たぶんあたしが着替え、外に出るまでの短い時間の間に降り始めたのだろう。

白い吐息が舞い散る雪の粒と絡まって輝く。

聖なる夜の雪景色に心を弾ませながら広場の中心に立つ大きなツリーへと足を進めた。





それでもその気持ちもすぐにしぼんでしまう。


ベンチに腰掛け寄り添う人達。

ツリーを見ながら何やら楽しそうに話している人達。

そんな中、あたしは一人。

隣には誰もいない。

浮かれた街に自分だけが取り残されたみたいで吹き抜ける風がやけに冷たく思えた。




恋人と過ごすクリスマス…


どんな感じだったかな?


去年は一緒だった。


だけど、今年はどんなに願おうとも叶わない。


一日だけでいい。だだ一緒にいたい。


でも…仕方ないよね…



雪がうっすらと積もり始めたツリーを囲む柵にもたれ掛かり、淡い光りを放つツリーを眺める。

その中に浮かぶ大切な人の顔。




会えないなら…せめて声だけでも…




そう思い、携帯電話の画面に番号を画面に表示させる。

こっちにいる間は甘えは断ち切る。そう決めた。



…だけど…


…だけど…今日くらいはいいよね…?



あたしは発信のボタンを押した。

いざというとき連絡できるように、そう思い国際電話ができる機種を買った。

だけど、もしかするとあたしは寂しくなったとき、くじけそうになったときに彼の声を聞いて自分を励ますためにそうしたのかもしれない。



…声さえ聞ければあたしはそれで…



呼び出し音を聞くあたしは少し明るさを取り戻していた。

国際電話なのだから当然接続には時間がかかる。

だけど今日はその時間がとても短く思えた。

それは高ぶる気持ちのせいなのか、それとも…


『…もしもし…』



…やっぱり…この声を聞くと…なんだか安心する…



声を聞いた瞬間に表情が和らぐ。

「淳平くん?」

『西野!?どうしたの?』

「ふふ…我慢できずに電話しちゃった。時間大丈夫だったかな?」

『大丈夫だよ。でも西野の声聞くの、久しぶりだなあ。』

「うん、久しぶりだよね。ねえ淳平くん、こっちは雪降ってるんだよ。もうすっかり日が暮れてツリーがすごく綺麗。」

『へえ、そうなんだ。こっちも降ってるよ。さっき降り始めたばっかり。』

「そっちも?じゃあお互いホワイトクリスマスだね。あ、言い忘れてたね。淳平くん…」
『わっ、ちょっと待って!』

突然彼の声があたしの言葉を遮る。

『その…その言葉だけはもうちょっと待ってほしいんだ。』

「…うん…でも何で?」

『…一応ツリーの前で聞きたいなって…』

「そうだね。あとどれくらい待てばいいかな?」

『んー、あともう少し。一分くらいでいいよ。』

「分かった。じゃあ着いたら言ってね。」

『よし、分かった。』



雪はいつの間にか空一面に広がり、世界を白く染め上げていく。

氷の粒たちが風に踊り、互いにじゃれあって遊ぶ。

目の前のツリーが少し霞んでは晴れ、霞んでは晴れ…





…ねえ淳平くん…あたしたち…離れてもきっとどこかで繋がっているよね…








「もうそろそろかな?」

そう呟き携帯の画面に目をやったその時…





「お待たせ。もう言ってもいいよ。」

聞こえた声にはっと振り向いた。








「…嘘…淳平くん…?」








信じられない。

目の前にいるのはさっきまで”国際”電話で話していたはずの人。

どんなに急いでも、どんなに願っても、今すぐには会えない…そのはずなのに…

彼はコートのポケットに手を突っ込んだままあたしに笑顔を見せる。

言葉じゃなくて、今すぐにその存在を、これが現実であることを確かめたくて彼の元へ走り出す。

あたしはそのまま彼に抱き着いた。

その勢いで一瞬淳平くんの体が傾きかける。

そしてその直後、突然体がふわっと浮き上がった。

「きゃっ、」

気がつくとあたしは淳平くんに抱き上げられていた。

見上げれば彼の顔がすぐそばにある。

なんだか照れ臭くなって顔を背けると周りの人達がざわめきながらあたしたちを見ていることに気付く。

「…淳平くん…恥ずかしいよ…」

「あっ、ごめんごめん」

ゆっくりとあたしの体が降ろされる。男の人に抱き上げられたのなんて初めてだった。

こんなに寒いのに、頬はものすごく熱くて、降ろされた後も彼の顔を見ることが出来ない。



そんな中、あたしの手を包む温もり。


その感触にはっと横を見る。

「西野の手、冷たいなぁ。どう?少しは暖かいかな?」

「うん。淳平くんの手…あったかいね…」

「西野の手が冷たいんだよ」

淳平くんはそう言ったけどこの寒空の下ずっと外にいたならこんなに温かいはずはない。

きっとずっとポケットに手を入れて手を温めていてくれてたんだと思うとすごく嬉しかった。

「せっかくだからもっとツリーの近くに行こうよ。ほら、淳平くん」

重ねられた手を握り返し、彼の手を引く。

うっすらと雪の積もったレンガ通りに一瞬こけそうになる。

見上げると大きなツリーはさっきよりもずっと輝いて見えた。

「そうだ。西野、こっち向いて。プレゼントあるんだ」

「えっ、ホント?」

「これ。気に入ってもらえるといいんだけど…」

「…ありがと……ねえ、開けてみてもいいかな?」

「いいよ。どうぞ」

渡された紙袋を丁寧に開けていく。



「うわぁ…かわいい…」



袋の中身は白に赤の柄が入ったニットキャップだった。

「西野に似合うと思って買ったんだけど…どうかな?」

「うん。すごく嬉しい。ね、被ってもいいかな?」

「うん、いいよ」

「どう?似合うかな」

「…似合ってるよ……その…すごく……かわいい……と思う…」


もう…相変わらずはっきりしないなあ…


そんなことを思いながらも、彼のそんな一面が懐かしくて、そして微笑ましかった。


「あのねえ、褒めるときははっきり褒めてほしいな」


「えっ?」


「ねっ、どう?かわいい?」

彼の顔を下から覗きこんで目を合わせる。

こうでもしなきゃはっきり褒めてくれないんだから。

「…すっ…すっごくかわいいです…」

「ふふ、ありがと」


…じゃあ次はあたしの番だね…


「あっ、あそこ見て。トナカイがいる!」

「えっ、どこ?」

必死でトナカイを探す彼。

こんなところにいるわけないのにね…

一生懸命な彼の横顔を見てあたしは微笑む。

「ほら、あそこだってあそこ」


まさか会えるなんて思ってなかったから何も用意していなかったんだ。

…だから、これでいいかな…


「なあ西野、やっぱりトナカイなんていな…」


振り向いた彼の言葉が止まる。

お互いが触れ合う柔かな感触が懐かしい。



ゆっくりと唇を離し淳平くんの顔を覗う。

彼は声を失って固まっている。

「メリークリスマス、淳平くん」


…もうツリーの前に来たから、言ってもいいんだよね…


あたしは彼に向かって微笑んだ。





それから間も無く、街にいた人たちが手を叩く音が聞こえてきた。

なんだろうと思い、あたしも淳平くんも周りを見まわしてみる。

気付くと大勢の人たちがあたし達を囲んでいた。

幼い子から老人まで、みんな笑顔で拍手をしている。

その拍手は他でもないあたし達二人に向けられたものだった。


そんな祝福が恥ずかしくてこの場から逃げ出したくなったけど、あたしは、ここまできたら…と開き直る。



「Je t'aime plus que n'importe qui partout dans le monde.」



彼の目を見てそう言うと一際大きな歓声が上がった。


「えっ、西野今なんて言ったの?」


「ふふふ、ひみつ〜」


あたしは立ち上がり歩き始める。


「ちょ、待ってって」

「知りたかったらフランス語勉強しなさ〜い」




白い吐息が舞い散る雪の粒と絡まって輝く。


白く染められた世界の中、氷の粒と二つの影が風に踊り、互いにじゃれあって遊ぶ。




…今年も素敵なクリスマスになったね…





白く染まる息と一緒に、乾いた夜空に向かってもう一度呟いた。





「Je t'aime plus que n'importe qui partout dans le monde.」






・・・・・『世界中の誰よりもあなたを愛している』・・・・・







〜Fin〜


[No.1215] 2005/12/24(Sat) 14:19:37
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