[ リストに戻る ]
No.1416に関するツリー

   C-1 - takaci - 2007/12/23(Sun) 18:26:33 [No.1416]
C-2 - takaci - 2007/12/25(Tue) 13:44:55 [No.1417]
C-3 - takaci - 2007/12/27(Thu) 12:54:12 [No.1418]
C-4 - takaci - 2007/12/28(Fri) 22:31:30 [No.1419]
C-5 - takaci - 2008/01/03(Thu) 13:33:55 [No.1420]
C-6 - takaci - 2008/01/11(Fri) 20:04:40 [No.1423]
C-7 - takaci - 2008/01/18(Fri) 14:50:11 [No.1426]
C-8 - takaci - 2008/01/22(Tue) 19:53:29 [No.1427]
C-9 - takaci - 2008/01/28(Mon) 22:11:32 [No.1430]
C-10 - takaci - 2008/02/02(Sat) 21:32:21 [No.1432]
C-11 - takaci - 2008/02/15(Fri) 22:05:06 [No.1433]
C-12 - takaci - 2008/02/23(Sat) 21:27:53 [No.1434]
C-13 - takaci - 2008/03/01(Sat) 21:34:24 [No.1435]
C-14 - takaci - 2008/03/08(Sat) 22:19:13 [No.1436]
C-15 - takaci - 2008/03/15(Sat) 18:38:44 [No.1438]
C-16 - takaci - 2008/03/15(Sat) 18:40:33 [No.1439]
C-17 - takaci - 2008/03/21(Fri) 20:16:34 [No.1440]
C-18 - takaci - 2008/03/21(Fri) 20:19:26 [No.1441]
C-19 - takaci - 2008/03/28(Fri) 21:42:11 [No.1442]



並べ替え: [ ツリー順に表示 | 投稿順に表示 ]
C-1 (親記事) - takaci

キーンコーンカーンコーン・・・


授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。


一礼をしてから、教室がざわめきに包まれた。


6限目終了。


今日1日の授業が全て終わった。





「ふみゅううう〜〜・・・」


別所小宵は机に身を投げ出して頭から煙を出していた。


「小宵ちゃん、どうしたの?」


千倉名央が心配そうな表情を浮かべて寄って来た。


「数学わかんな〜い・・・増田の授業難しすぎるよ〜っ!」


増田とは6限目の授業をしていた数学教諭の名だ。


「あとで教えてあげるよ。それとも家でお兄さんに聞く?」


優しく微笑みかける名央。


「千倉ちゃん教えて〜。おにいちゃんには心配かけたくないもん・・・」


涙目で訴える小宵。


「全く小宵のブラコンは・・・なんでそこまで兄貴を好きになれるかねえ・・・」


「うん分かんない。ウチなんて兄貴とは毎日バトルだよっ!」


いつの間にやら土橋りかと有原あゆみも呆れた顔で寄って来ていた。


「だっておにいちゃんはおにいちゃんしかいないんだもん!おにいちゃんには嫌われたくないもんっ!」


小宵は起き上がって反論する。


「「はいはい・・・」」


さらに呆れるりかとあゆみだった。





「でも今日の数学は難しかったよね。あたしもちゃんと理解してるかどうか自信ないんだ・・・」


やや不安な表情を浮かべる名央。


そこに・・・





「だったら僕が協力するよ!千倉さんのためなら僕の全知全能をフルに使って協力しよう!」


曽我部が満面の笑みを浮かべて登場した。


だが・・・





「あーあんたはダメ」


りかがバッサリと切り捨てた。


「な、なぜだい!?」


「あんた見掛け倒しで頭悪いもん。成績だって千倉より悪いし。ただ千倉の前でいいカッコしたいだけでしょ」


りかは冷静な表情で曽我部の本心を見抜いていた。


「うう・・・」


曽我部・・・沈黙。





「でもそうなると数学得意な人の助けが欲しいよね。あ、財津くんなら得意かも!ねえ財津く〜ん!」


あゆみは学級委員の財津を呼ぶ。


「やれやれ・・・」


さらに呆れた表情を浮かべるりか。


「ははは・・・」


苦笑いを浮かべる名央。


あゆみが財津衛に好意を寄せているのは、ここに集まっている皆が知っていた。


何かと理由をつけて衛との距離を縮めたいのだろう。





衛はあゆみから事情を聞くと、


「ああゴメン、僕もあまり数学得意じゃないんだ。どうせなら数学得意な人から教えてもらったほうがいいんじゃないかな?」


衛は爽やかな笑みを浮かべてそう言った。


「数学得意な奴ってこのクラスだと誰?」


りかがそう尋ねると、


「理系全般が得意なのは佐藤くんだね。おーい佐藤くん」


衛は教壇の側に居た佐藤という男子生徒を呼んだ。





見た目は可も不可も無く、背格好もこれといった特徴が無い、ごく普通の男子生徒と言えそうなのが佐藤の第一印象であった。


(ああ、そういえばこんな男子生徒が居たなあ・・・)


女子勢は皆そう思っていた。




佐藤と呼ばれる男子生徒は、やや不機嫌そうな表情を浮かべて寄って来た。


「なに?また増田先生と揉めてたの?」


衛は佐藤にそう尋ねた。


「ああ、『お前のやり方じゃ点数はやらん』って釘刺されたよ。数学なんて解が出せりゃやり方なんて自由なんだけどなあ・・・」


そう不満を漏らす佐藤。


「ところで、俺になんか用?」


「うん、実は・・・」


衛は佐藤に事情を説明した。





だが佐藤は、


「あ、ごめん。俺じゃ教えるの無理だと思う」


衛の申し出を断った。


「なんで?あんた理系得意なんでしょ?小宵らに教えるくらい朝飯前じゃないの?」


りかは佐藤に喰ってかかる。


そんなりかに対し、佐藤は冷静に対応した。


「さっきも言っただろ。増田に俺のやり方じゃあ点数はやらないって言われたんだ。俺だと答えが分かっても計算方法が分からないんだよ」


「はあ?なんで答えが分かるのに計算方法が分からないのよ?」


「俺がそう言いたいよ。俺は正しい答えさえ出れば途中経過はどうでもいいと思ってるけど、先生方はそれじゃだめなようだ」


佐藤は両手を挙げて苦笑いを浮かべる。





「ねえ佐藤くん・・・」


その時、頭のオーバーヒートが解消して通常温度に戻りつつある小宵が尋ねてきた。


「なんで式が分からないのに答えが出るの?それが分からない・・・」


小宵の瞳は不思議そうな色を浮かべて佐藤にそう尋ねた。


「数学や理化ってそんなもんなんだよ。たとえやり方が間違っていると言われても正しい答えが出ればいいと俺は思ってるんだけどね」


「やり方が間違ってても正しい答えが出ればいい・・・」


小宵は佐藤の言った言葉を繰り返す。


「実社会でもそんなもんだよ。異なるアプローチからでもそれで結果が出れば成功。それが正しい答えになるんだ。R10TDIなんかいい例だね」


「あーるてんてぃーでぃーあい?」


小宵には全く意味不明の用語が飛び出してきて、思わずまた繰り返す。





すると佐藤は慌てて、


「ああゴメン。中2女子には全く分からないと思う。気にしないで」


そう言った。


すると名央は、


「なんか、バカにされたような気がするなあ・・・」


やや落ち込みながらそう呟いた。


「違う違うそんなつもりは無くって、ただ俺の例えが悪くて・・・実はそれを説明するのも困難で・・・」


さらに慌てる佐藤。


だが女子勢はじとっと嫌なものを見るような視線を送り続ける。





「うう・・・じゃあこうしようよ。俺の言ったことが女子達で調べて理解できたら、俺キミたちの言うこと聞くよ」


「ホント?」


あゆみの表情が輝く。


「ああ・・・」


佐藤はやや苦い表情を浮かべながら頷いた。


「じゃあじゃあ駅前のカフェのケーキバイキング奢ってよ!」


「うう・・・わ、分かったよ。それくらいならするよ。でも期限付きな。せめて1週間以内だな」


「OK!ウチらは佐藤くんの言った例えを1週間以内に理解できればケーキバイキングね!」


「そう。R10TDIがどういうもので、それが『間違っていても正しい答えが出る』という意味を説明出来れば、奢るよ」


「ホントだね!?」


「ああ、男に2言はない」


佐藤の表情はやや余裕の色を見せ始めていた。


「よっし!みんな頑張ろうよ!1週間後にはケーキバイキングだよっ!」


ひとりではしゃぐあゆみだった。


「ケーキバイキングかあ・・・」


名央の目も輝きを見せ始めている。


「やれやれ・・・」


ふうっとため息をつきながらも、微笑を見せるりか。


(ケーキバイキングは嬉しいけど・・・あたしの数学はどうなるの?)


やや不安な笑みを浮かべる小宵だった。




「おい佐藤くん、あんな約束していいのかい?」


きっかけを作ってしまった衛は佐藤に申し訳なさそうな表情でそう尋ねる。


「大丈夫だよ。女子4〜5人が束になって調べても、1週間じゃ理解できないと思うな。分かってる俺でも説明するのは難しいと思うからさ」


佐藤は衛に対し余裕の笑みを浮かべながら、自分の席へと戻っていった。


「もし奢るような事態になったら、僕も半分出すよ。たぶん江ノ本さんも入るだろうから5人分かあ・・・」


「サンキュー。そのときは頼むよ。まあ大丈夫だと思うけどね」


佐藤は机に座り、帰り支度を始めた。





「こらーっ!またあんた、あゆみたちをいやらしい目で見てたでしょ!?」


その直後、教室の後のほうから慧の怒鳴り声が響いた。


「みっ見てねえよ!お前こそ俺をヘンな目で見てるだろ!」


対する楠田の大きな声が響いた。


「当たり前でしょ!エロガッパの動向には注意しとかないとあゆみや小宵たちが嫌な思いするんだからね!」


「うっせえな!そんなひねくれた性格してっから男が出来ねえんだよっ!」


「なあんですってえ〜〜っ!!」


ヒートアップする楠田と慧。





「おーいみんな席につけー。ホームルーム始めるぞー」


そんな騒がしい教室に、担任教師がやってきて教壇に立った。


「「ふんっ!!」」


お互いそっぽを向き、それぞれの席に向かう楠田と慧。


他の生徒も皆、ぞろぞろと席に付いていく。




(今日の晩御飯どうしようかな・・・チャーハンと餃子焼いて中華サラダでも作ろうかな・・・)


小宵はそんなことを考えながら、兄である良彦の顔が思い浮かぶ。


その視線の先には、佐藤が机から取り出したグリーンのビニール袋を鞄に入れる姿があった。


[No.1416] 2007/12/23(Sun) 18:26:33
p57dd46.aicint01.ap.so-net.ne.jp
C-2 (No.1416への返信 / 1階層) - takaci

キーンコーンカーンコーン・・・


放課後を告げるチャイムが鳴り響く。


ホームルームが終わり、教室全体がざわざわとした雰囲気に包まれる。


あるものは帰途につき、またあるものは部活に向かい、またあるものは集まっておしゃべりを始める。


そしてこの教室の一角で、美少女5人が集まって話し合いを始めていた。




「千倉ちゃん、収穫あった?」


あゆみは名央に向けて厳しい視線を送る。


「ゴメン、何も・・・」


申し訳なさそうに目を落とす名央。


「小宵は?」


「あたしもダメ。おにいちゃんにも聞いたけど分からないって・・・」


「江ノ本は?お姉ちゃんが物知りでしょ?」


「なんか有名なレーサーの名前が出てきたくらい。車のことは知らないってさ」


「どばっちゃん?」


「あたしも収穫なし。そもそもケーキバイキングにあまり惹かれないし」


サバサバとした表情で答えるりか。


「あ〜〜〜っもうっ!!」


あゆみは悔しそうな表情で頭を抱えてしまった。





事の発端は5日前に遡る。


クラスメートの佐藤が放った「R10TDI」という言葉と、それが『間違っていても正しい』ということを示す意味を1週間以内に提示するということだった。


それが出来れば、ここの5人は佐藤からケーキバイキングを奢ってもらえるという約束になっている。


これはあゆみが取り付けた約束だったが、あゆみ自身は楽観視していた。


「これだけ情報が溢れているんだもん。ネットで調べれば楽勝よ!」


そう言って他の面子に白い歯を見せていた。






ネットで調べて、正式名称が『アウディR10TDI』ということが分かった。


そしてそれが自動車レース用の車であり、あるレースで優勝したことまでも分かった。


この車がどんな形で、どんな色をしているのかも分かった。


http://mahoroba.s70.xrea.com/up/img/085.jpg


だが、そこから先に進まない。


文面を見る限りでは何か大きなことをしたようなことは伝わってくるのだが、専門用語のオンパレードで中2女子には理解不可能であった。


特に佐藤が提示した『間違っていても正しい』という回答には全く結びつかない。





そこで次に思いついた作戦は、『周りの人に聞きまくる』である。


あゆみ、小宵、名央、りかには兄がいて、慧には物知りの姉がいる。さらに親もいる。


そのようなネットワークを使って広げて行き、回答を見つけようというのがあゆみの立てた作戦だった。




そしてその情報収集の結果を今、この場で集めている所であるのだが、収穫はほぼゼロだった。


「なんか、何でもいいからキーワードになりそうなものは無いの?」


声を張り上げるあゆみ。


「お父さんから聞いたんだけど、アウディってドイツの自動車メーカーなんだって」


名央は小さな声でそう告げる。


「あと、あのメーカーのマークってオリンピックのマークに似てるよね?」


さらに慧が付け加える。


「あと自動車レースって言ったらF1だよね?これ重要だと思うんだよなあ」


あゆみは自信に満ちた笑みでそう言い放った。


「あ、あとこれ、佐藤くんから聞いたんだけど・・・」


小宵がおずおずと切り出した。


「なになに、佐藤から聞き出したの?どうやって?」


喰いつくあゆみ。


「うん、理化で分からない所があって、それを佐藤くんに聞いたんだ。その時教えてもらったのが・・・」


「うんうん!」


「その車が『ルマンで勝ったのは重要なことだけど、それじゃ答えにならない』って言われた」


「ルマン?ルマンってなに?」


「さあ・・・」


あゆみの問いかけに対して首を横に振る小宵。


「それ無視してもいいんじゃないの?何せ勝負の相手の言葉だし。あたし達混乱させる目的じゃないの?」


慧はそのの言葉をまるで信用していないような視線を小宵に向ける。


「そうかなあ・・・そうなのかもね・・・」


小宵は自信が無さそうな表情を見せた。


「じゃあじゃあキーワードはオリンピックとF1ね!オリンピックといったらどばっちゃん、なんか知ってるんじゃないの?」


あゆみはりかに視線を向けた。


「全然わかんない。全く意味不明」


サバサバとした表情でそう答える。


「ちょっとお、やる気あるの?ケーキバイキング掛かってるんだよっ!」


りかの表情を見てやや怒り気味のあゆみ。


「だからあたしケーキバイキングなんて興味ないもん。それよりそろそろ部活だからあたし行くよ」


りかはマイペースで荷物をまとめて、席を離れようとした。


「こらーっ、どばっちゃん!?」


慌てて止めようとするあゆみ。


「あたしケーキ要らないから。答え分かったら後で教えてよね」


りかは友人達に背を向けながらそう言い放ち、部活に向かうべく教室を後にした。





「もうっ!!」


あゆみはプンスカと怒りながら、改めて席に着く。


「こうなったらあたしたち4人でなんとしても答え見つけようよ!!タダでケーキ食べ放題が掛かってるんだからね!!あと2日だよ!!」


「「う・・・うん・・・」」


あゆみの勢いに押され気味の名央と小宵だった。


「正直ケーキバイキングはあまり惹かれないけど、佐藤なんかに見下されるのは癪だよね。もう少し調べてみるか」


慧の闘争心に少しばかり火が点いたようだ。


「よしっ!あと2日でなんとしても答えだしてケーキバイキング勝ち獲ろうっ!!」


4人をまとめて盛り上げるあゆみだった。









(くっくっく・・・しっかしまあ、なんでそんな考えに行くかねえ・・・)


そして佐藤は少し離れた自分の席に座りながら、聞き耳を立てて心の中で笑っていた。


「佐藤くん、なんか楽しそうだね?」


そこに衛がやってきた。


佐藤は衛に小声で、


「おい財津、ケーキ奢る話は完全チャラになりそうだぞ」


と嬉しそうに話した。


「そうなの?なんか一生懸命話し合いしてたみたいだけど・・・」


怪訝そうな表情を浮かべる衛。


「だって別所にヒントあげたにもかかわらず、完全無視してまったく別の考えしてんだから。R10TDIとF1が結びつくなんて、俺の中じゃありえないよ」


「ふうん、そうなんだ」


「けど俺が言うのもなんだけど、無知ってのはホント恐いよなあ・・・」


佐藤はそう呟きながら、鞄を持ってゆっくりと席を立った。









そしてさらに2日後。


小宵は名央とともに帰途についていた。


「結局期限以内に答え見つからなかったね・・・」


と小宵が呟く。


「ケーキバイキング獲り逃がしたって、あゆみちゃん悔しがってたなあ・・・」


名央もそう呟く。


やや落ち込んでいるふたり。


「でも佐藤くんも確か『自分で説明するのは難しい』って言ってたよ。だから難易度が高すぎる問題だったんじゃないかな?」


「そもそもあたしが佐藤くんの言葉に反応して『バカにされてる』って言っちゃったのがきっかけなんだよね・・・みんなに謝らなきゃ・・・」


名央の表情はさらに暗くなる。





会話なく歩くふたり。


そこに偶然、小宵の視界にあるものが飛び込んできた。


「あ・・・」


小宵は思わず立ち止まる。


「小宵ちゃん、どうしたの?」


「あのお店・・・」


小宵が指差すその先には、グレーの古ぼけた外壁の小さな商店があった。


薄汚れた看板には白と黒の市松模様が描かれており、英語で「Racing Sports」と表記されている。


「あのお店がどうしたの?」


「佐藤くんね、学校にあのお店のロゴが入っていた袋を持ってきていた気がするんだ・・・」


小宵は一週間前に見た、佐藤が鞄に入れるグリーンの袋を思い出していた。


「ホント?」


「うん、確か持っていたと思う」




しばらくふたりの美少女はその場で立ち止まり、


「入ってみようか?」


と名央が言った。


小宵はこくりと頷く。


そしてふたりは中2女子には全く縁の無いと思われる、未開の世界への扉に手をかけた。





ギイイイイイ・・・


木製の古い扉が軋み音をあげる。


カランカランカラン・・・


扉に取り付けられたベルが安っぽい音を鳴らす。




「・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・」


ふたりの美少女は圧倒されていた。


地味な外見とは異なり、店内はまさに『派手』の一言だった。


赤、黄色、青、白、銀・・・


派手な色使いの様々な商品と思われるものが目に飛び込んでくる。


そして、さらにカラフルなロゴマークの数々。


初めて見るものが大半だが、中には街で見かけたような気がするものもあった。


美しいステンドグラスに心奪われたかのような目の色の輝きを見せて、店内を見回すふたりの美少女。





(あ・・・)


ふと、小宵の目にある写真が飛び込んできた。


大きな写真だった。


一目見て、レーシングカーだと直感した。


そして写真の感じから、かなり昔のものであると感じていた。


http://mahoroba.s70.xrea.com/up/img/086.jpg




ただそれ以上に、


(この車・・・似てる・・・)


1週間調べ続けたR10TDIとどこか似た雰囲気をその写真の車から感じ取っていた。


[No.1417] 2007/12/25(Tue) 13:44:55
p57dd46.aicint01.ap.so-net.ne.jp
C-3 (No.1417への返信 / 2階層) - takaci

「いらっしゃい」


店主と思われる、優しそうな顔をした男性がカウンター越しに話しかけてきた。


見た目の印象では40〜50歳くらいだろうか。


「こりゃ珍しい。かわいいお客さんだねえ。何か探しものかい?」


店主らしき人は目を細めながら、ふたりにそう話しかけてきた。





「あっ、えーっと・・・小宵ちゃんどうしよう・・・」


名央はおずおずと小宵の後ろに隠れてしまった。


小宵も驚いて戸惑っていたが、幸いにも店主らしき人の見た目が柔和だったので、恐怖感はなかった。


あゆみに迫る財津操に比べれば、見た目の脅威は無いに等しい。


小宵は勇気を振り絞って切り出した。


「えっと、クラスメートの男子にある問題を出されてるんです。友達と一週間かけて調べたんだけど全然分からなくて・・・それで、その男子がこのお店の袋を持ってたのを思い出して・・・」


「へえ、お嬢ちゃんたちと同じくらいの男の子かい?名前なんていうの?」


「あ、佐藤くんって言って・・・」


「ああ、あの佐藤さんとこの坊主か!」


店主らしき人の目が輝いた。





「えっ、知ってるんですか?」


驚く小宵。


「こんなちっぽけな店だけど、一応店長だから馴染みのお客さんの名前と顔は覚えてるよ。それに佐藤さんの坊主は変わった趣味してるから良く覚えてる」


「変わった趣味?」


「ああ、あの坊主は自分が生まれる以前のレーシングカーが好きなんだよ。アレくらいの年代の子なら、今リアルで走ってる車が好きになるんだけどね」


やはりこの男性は店主だったようだ。


店主は佐藤のことを楽しそうな表情でそう話した。




「ねえ小宵ちゃん、じゃああの問題も古い車だったのかな?」


背後の名央がそう話しかけてきた。


「う〜ん、小宵はそんな気はしないよ。あれで合ってたと思うんだけど・・・」


そう答える小宵も自信は無さげだ。





「ところで、あの坊主にどんな問題を出されたんだい?」


店主は興味深そうな表情で尋ねてきた。


「えっと、R10TDIって車と、それが『間違ってても正しい』ことを説明するって問題で・・・」


小宵はやや落ち着いた口調でそう話した。


「答えられたらケーキバイキング奢ってもらえる約束なんです。でもその期限は今日までだったから、もう遅いかも・・・」


小宵の後の名央が残念そうに呟いた。




「R10TDIの説明かあ。あの坊主って確か中2だったよなあ。お嬢ちゃん達もそうかい?」


「はいそうです。ところで店長さんは知ってるんですか?R10TDIのことを?」


「もちろん知ってるよ。あれは歴史的名車になりそうな車だからね。でも中2の女の子に出す問題じゃないだろ。全くあの坊主は・・・」


「「本当ですか!?」」


店長はやや呆れた顔でそう答えると、小宵と名央の目が輝いた。


「すいません、良かったら教えてもらえないですか?特に『間違ってても正しい』という意味が知りたくて・・・」


小宵がそう申し出た。


だが店主は、


「う〜ん、その意味は良く分かるんだけど、伝えるとなると難しいなあ・・・」


頭をひねってしまった。


「そうなんですか・・・そういえば佐藤くんもそんなこと言ってたっけ・・・」


目を落としながら残念そうに呟く名央。





すると店主は、


「よし分かった。わしも一応プロの端くれだ。お嬢ちゃんたちにも分かるように説明しよう!」


晴れやかな笑顔をふたりに向けた。


「本当ですか?ありがとうございます!」


ふたりの美少女は嬉しそうな表情を見せる。


「じゃあまずは百聞は一見にしかずだな。こっちに来なさい。映像を見せながら説明しよう」


店主はそう言うと、カウンターに設置されているDVDプレイヤーの準備を始めた。









しばらく後、


カウンターに設置されているモニターの画面に「Le Mans 24hours 2006」というテロップが映し出された。


そして轟音と共に何十台もの車が駆け抜けていく。


その先頭集団に、


「あ、これR10TDIじゃない?」


名央がモニターに映し出されている車を指差した。


「そうだよ。このレースには2台のアウディR10TDIが出たんだ」


店主がそう付け加える。


ここから店主の解説が始まった。





「毎年6月にフランスでルマン24時間レースという自動車レースが開催されているんだよ」


「24時間レース?ということは1日ですか?」


小宵が聞き返す。


「そう、24時間ぶっ通しでこのコースを走り続けるんだよ」


「休憩とか無いんですか?」


「ドライバーは3人交代。その時に燃料の給油やタイヤの交換とかするけど、基本的に車は休み無しで走り続けるんだよ」


「なんか、すごい大変そう・・・」


名央がポツンとそう漏らした。


「そう、すごい大変なレースなんだ。コースも長いし速度も速い。24時間走りきるのだけでも困難なんだ。ましてや優勝となるととんでもなく難しい。トヨタやホンダですら優勝したことは無いよ」


「ふ〜ん・・・凄いんですね」


小宵や名央でもトヨタ、ホンダといった日本の自動車メーカーの名前は知っていた。





モニターは長い直線を駆け抜けるR10TDIを映し出していた。


「画面だと速度感はそんなに感じないけど、これでも軽く300キロ以上出てるんだよ」


「「300キロ!!」」


目を丸くするふたりの美少女。


そして直線の途中に設けられたクランク状のカーブを抜けていく。


「これだとゆっくりに見えるけど、ここでも100キロ以上は出てるんだ」


「「これで100キロ・・・」」


さらに驚くふたり。





そして車は緩やかに曲がっている森の中の一本道を駆け抜けていく。


「このあたりがこのコースで一番スピードが出る所。340キロくらいかな」


「さ・・・340キロですか・・・新幹線よりずっと速いんですね」


小宵には縁もゆかりも無い速度で、ただ驚くのみだ。


90度カーブが続く区間を走り抜けていく。


「ココがアルナージュって言って一番速度が遅い所。それでも60キロくらいかな」


「一番遅い所で60キロ・・・」


レーシングカーの桁違いの速度にただ驚く名央。


しばらくして曲がりくねった区間を抜けて、スタート地点に帰ってきた。


「これで1周。約13キロある。レース用のサーキットとしてはとても長い。ココを大体1周3分30秒くらいで走り続けるんだよ」


「それを24時間連続、ですよね?」


「そう24時間連続。60キロから340キロまで何度も急加速、急減速を繰り返す。200キロ以上の速度で走るカーブもある。それを24時間連続で続ける。とても過酷なレースだよ」


「確か、このレースで優勝したんですよね?」


「そうだよ。2006年は24時間で380周も走った。総走行距離で5200キロ弱だね」


「1日で、車で5000キロ以上・・・」


「なんか・・・凄いね・・・」


ふたりの美少女は驚きの表情を浮かべていた。





店主は驚いているふたりの美少女の顔を見てやや満足そうな表情を浮かべながら、


「確かにそれだけでもすごい車だよ。でもこの車の真価はそれだけじゃないんだ」


「えっ?」


「お嬢ちゃんたち、車の燃料は何か知ってるかい?」


「えっと、ガソリンですよね?」


「そうそう。ニュースでガソリン高騰とか言ってるよね!」


小宵と名央は目を合わせてそう答えた。


「そう、ガソリンだよ。世の中のほとんどのレーシングカーはガソリンで走ってる。パワーが出るし、エンジンや車体も小さく軽く出来るからね」


「ふ〜ん」


生返事で答える名央。


「レーシングカーはバランスが重要なんだ。パワーのある扱いやすいエンジン、前後バランスの取れた軽い車体、良く効くブレーキ・・・それら全てが備わってないと、こんなコースを速い速度で走り続けることは不可能だからね」


「そうなんですか。バランスかあ・・・」


小宵は映像を見て、店主の言ってることが少しだけ分かったような感じがしていた。





「でも、このR10TDIはガソリンを使ってないんだよ」


「「えっ、じゃあなんですか?」」


少し驚き、ふたり揃って聞き返す。


「軽油。ディーゼルって言葉を聞いたこと無いかい?」


「あっ少し聞いたことあります。確か環境に悪いって・・・」


「そうそう。都知事が黒いススを持って、『こんなのをばら撒いてる車はダメだ』って言ってたのを覚えてます」


美少女ふたりは元気よく答えた。


だが店長は残念そうな表情を浮かべる。


「そうなんだよねえ。日本におけるディーゼルのイメージって悪いんだよねえ」


「えっ違うんですか?」


「環境に悪いのは古いディーゼルであって、最新のディーゼルは環境にいいんだよ。二酸化炭素の排出量も少ないし、何より燃費がいい。燃料代も安いしね」


「そうなんですか?」


驚く名央。


「ヨーロッパじゃ自動車の半数はディーゼルだよ。逆に日本だと5パーセント以下だけどね。日本人は最新ディーゼルの良さを知らないんだよ」


「そ、そうなんですか・・・」


さらに驚く小宵。


「でもレースでディーゼルを使うとなると問題が多い。パワーは出るけどエンジンが重くなる。エンジン単体で100キロ以上重いんだよ。レーシングカーで最重要であるバランスが取れないんだ」


店主の表情が少し厳しくなった。


「でも、優勝したんですよね?」


「そう。間違いだらけの自分の車と格闘しながらね」


「間違いだらけの車・・・あっ!」


小宵の心にピンと来るものがあった。


「そうだよ。R10TDIはレースカーとしては間違った形なんだ。重くて扱いにくいエンジン。バランスの悪い車体。運転だって大変なんだよ。それでも優勝したんだ」


「間違った答えばかり書いても、テストで100点取ったようなものなのかな?」


小宵がそう言うと、


「お嬢ちゃんいい例えだね。そうだね、そう言えるだろうね。間違いだらけだけど、優勝という形で正しいことを証明したんだ。このR10TDIという車はね」


「これが佐藤くんの言ってた『間違ってても正しい』ってことなんだあ・・・」


名央はようやく納得の笑みを浮かべていた。










ふたりは店主にお礼を言うと、店を後にした。


「なんか嬉しいね、1日遅れちゃったけど、答え分かったね!」


名央は嬉しそうな笑みを浮かべている。


だが小宵の表情は晴れていなかった。


「小宵は知らないことばかりなんだなあって思った」


「えっ、どういうこと?」


「ディーゼルが環境にいいなんて初めて知った。たぶん世の中のいろんなこともそう。あたしの知らないことがいっぱいあるはず」


「そうだろうね」


「もっといろいろ勉強しなきゃなあって思ったなあ。学校の勉強も大事だけど、それ以外のことも・・・」


「そう・・・だね・・・」


小宵の微妙な表情が名央にまで移ってしまった。





その後ふたりは別れて、それぞれ帰途に着いた。


(少し遅くなっちゃったな。急いで帰って晩御飯の用意しなきゃ)


自然と早足になる小宵。





(世の中には知らないことがいっぱいある。あたしの知らないことがいっぱい・・・)


そう思う小宵の瞳は、期待と不安の色が織り交ざっていた。


[No.1418] 2007/12/27(Thu) 12:54:12
p57dd46.aicint01.ap.so-net.ne.jp
C-4 (No.1418への返信 / 3階層) - takaci

翌日の放課後。


場所は駅前にある洒落たカフェ。


あゆみ、慧、小宵、名央の4人は笑顔で大量のケーキを取り、パクパクと口に運んでいる。


その光景を見てやや圧倒されているのは、佐藤と財津衛の男子ふたり。


「ねえ佐藤くん、これだけの量を食べられるの?」


衛は小声で佐藤に問いかけてきた。


「女の場合、甘いものは別腹って言うからな。けどこれほどとは・・・」


佐藤も女子勢が手に取ったケーキの数に驚いている。


「これだけの量を、本当に4人で食べきれるのかな?」


「バイキングで残すのはマナーに反するからな。女子が食いきれなかった場合に備えて、俺達はあまり食べないようにしよう」


「そうだね・・・でもバイキングでよかったね。たくさん食べても定額だからさ」


「ああ・・・マジでそう思うよ・・・」


驚くふたりの男子を尻目に、美少女4人ははしゃぎながらケーキをもぐもぐと貪っていた。





時間は今朝に遡る。


小宵が佐藤に昨日の経緯を話した。


「小宵と千倉ちゃんのふたりで『Racing Sports』ってお店に行ったんだ。そこの優しい店長さんに全部教えてもらったよ」


佐藤に笑顔でそう話す小宵。


その言葉で佐藤は思いっきり驚いた。


「マジで?なんであの店知ってんの?別所には縁もゆかりも無い店だろ?」


「佐藤くんがあのお店の袋を持ってたのを思い出したんだ。それで偶然・・・」


「はあ・・・そういうことね・・・俺のミスだな・・・」


がっくりと肩を落とす佐藤。


「ってことは、全部あの店長に教えてもらったんだよな?」


「うん。小宵にも分かりやすく教えてくれた。いろいろ知らないことが分かって驚いたよ。あの店長さんいい人だね!」


小宵は笑顔でそう話した。


「じゃあ、勝負は俺の負けだな。約束どおりケーキ奢るよ」


「えっいいの?でも期限は昨日じゃあ・・・」


「昨日知ったんだろ?だったらセーフだ。それに俺は女子には絶対に分からないだろうと思ってたんだから、理解された時点で俺の負けさ」


佐藤は両手を挙げ、笑顔で敗北のポーズを示した。





「やったあ!!小宵ちゃんナイス!!」


ここで飛び込んできたのは、なぜかあゆみだった。


後から小宵に抱きつき、笑顔でほおずりする。


「佐藤、女を甘く見るんじゃないよ。やるときはやるんだからね!」


慧も勝ち誇った笑みを浮かべて寄って来た。


「ハイハイ、敗者は何を言っても無駄だからね。素直に負けを認めるよ。参りました」


「へえ、潔いじゃない。思ったよりまともな男だったんだねアンタ」


「江ノ本に褒められるとは、逆に光栄と思っていいのかな?」


「なっ・・・バッバカじゃないの!褒めてなんていないわよ!勘違いしないでよね!」


佐藤に笑顔で切り替えされ、逆に慌てて頬を紅くする慧だった。




そして、今に至る。


衛も佐藤と約束してしまったので、女子4人分のバイキング代を男子ふたりで折半する羽目になった。


その報せを聞いたときの衛はやや落ち込んだが、りかがバイキングに来なかったのでひとり分の費用が浮いてやや安堵の表情を浮かべていた。


「財津くんまで巻き込んでゴメンね。でもその分おいしく頂いちゃうから!」


あゆみは目を潤ませながら、衛に思いっきりアプローチする。


「いや、僕のことは気にしなくていいからどんどん食べてよ・・・」


衛はあゆみの潤んだ瞳には惹かれずに、あゆみの目の前に置かれたケーキの山を見て思いっきり引いていた。





「でもいくらあの店長の教えがあったとは言え、女子にR10TDIが理解できたのはビックリだね」


佐藤は素直に驚きの表情を見せる。


「たまたま偶然だよ。でもあたしも驚いた。ディーゼルって車が環境にいいなんて知らなかったもん」


「そうだね。ディーゼルって環境に悪いイメージがあったからね」


小宵と名央はふたり笑顔で目を合わせてそう答えた。


「たぶん報道が悪いんだよ。有力メディアに規制が掛かってるんじゃないかなってくらいに俺は思ってる」


佐藤はやや不満そうな表情でそう答えた。


「有力メディアってなに?」


小宵には分からない言葉だった。


「テレビ局とか、大手新聞社のこと。要は俺達一般庶民が普通に目にするニュースを報道してる所だよ」


「なんで規制するの?」


「だって、そこに規制かければ一般庶民には知れ渡らないだろ。大事なことでも伝わらなければ分からないさ。例えば日本の歴史、第二次大戦のときの報道とかさ。まあこれは大げさな例えになるけどね」


「あ、なんとなく分かる気がする。でも誰が規制かけるの?だっていいことなんでしょ?」


「じゃあ簡単な問題。日本の企業で宣伝広告費ナンバーワンってどこか知ってる?」


「あ、知らない」


佐藤は日本人なら誰もが知っているであろう、日本の巨大自動車メーカーの名を告げた。


そしてそのメーカーがディーゼル開発で遅れを取っていることも教えた。


「あ、あそこなんだ」


「そう、そしてそこは有力メディアにとっては大切なお客さんになるんだよ。メディアの収入は宣伝広告費で賄われているんだからね」


「そうだね」


「そしてメディアにとっては、大切なお客さんの悪口はなかなか言えないし、書けないんだよ」


「えっ?」


小宵のフォークが思わず止まった。


そしてそこに突っ込んできたのが慧だった。


「ちょっとなに言ってんのよ?社会の時間で習ったじゃない。言論の自由は憲法で保護されてるんだよ!」


「江ノ本、それは表向きだよ。裏じゃそんなことは言ってられないんだ。いわゆる大人の事情って奴だね」


「そんな・・・それじゃああたしたちは何を信じればいいのよ?佐藤はどこの言うことを信じてるわけ?」


「報道をそのまま鵜呑みにするんじゃなくて、自分の目で確かめるようにしてる。極力ね」


「自分の目で確かめるって、どうするの?」


「例えばある大きな事件があったとする。新聞やテレビのニュースが一斉に取り上げる。でもそれぞれのメディアによって意見やニュアンスは微妙に異なるんだよ」


「そりゃそうでしょう。で、それでどうするの?」


「同じニュースを異なるメディアで知る。すると不思議なことに、言えなかった事や書けなかった事が見えてくるときがあるのさ」


「それが自分の目で確かめるってことなの?」


「そうさ。まあ自己満足の世界だけどね」


「あんたって、変わってるって言うかひねくれてるよね」


慧は皮肉を込めて佐藤にそう言い放った。


だが佐藤は一向に気にせずに、


「よく言われるよ。でもその代わりにみんなとは異なる価値観を得られるんだ。大勢の価値観じゃなくって、自分独自の価値観をね。俺はそれを大切にしたいと思ってる」


首をすくめて、やや含んだ笑顔でそう答えた。





「自分独自の価値観・・・か・・・」


この言葉を受けて、今度は慧のフォークが止まってしまった。


「あれ、どうした?」


「な、なんでもない・・・なんでもないわよっ!」


砂糖に指摘された慧はやや不機嫌な表情を浮かべながら、ケーキを口に放り込んで行った。




「価値観って言ったら、小宵が変わってるんだよね。もうすっごいブラコンで、あたし全然理解できないんだよっ!」


突然あゆみが話を振ってきた。


「そうだよねえ。小宵ちゃんはお兄ちゃんを溺愛してるよねえ。あたしにもちょっと分からない」


と名央。


「千倉の兄貴なら美形だから分かるけど、小宵の兄貴は普通の男だよねえ。なんでそこまで好きになれるかねえ・・・」


と慧。


3人の友人に自らの価値観を否定されてしまった小宵は、


「もうっ!おにいちゃんはおにいちゃんしかいないんだからねっ!小宵にとっておにいちゃんはとくべつなのっ!!」


小宵は膨れっ面でケーキを口に入れていく。


「じゃあさ、もし例えば別所さんのお兄さんに彼女が出来たとしたら、別所さんどうするの?」


衛がそう尋ねると、


「彼女なんて・・・絶対に認めないもんっ!おにいちゃんは・・・小宵を大切に思ってくれてるんだもん・・・」


全身を小刻みに震わせ、目が潤んでいく。


「あ、あ、あ・・・その・・・」


まずいと思った衛は、慌てて隣の佐藤にアイコンタクトを送った。





「ちょっと湿っぽい話になるけど、俺って妹が居たんだよ。3年前に病気で逝っちゃったんだけどね」


「へえ、そうなんだ」


佐藤の話に名央が敏感に反応し、表情が暗くなる。


「まあそのときは俺も落ち込んだし、親も落ち込んだ。まあしばらくして現実受け入れられるようになって立ち直ったけど、親がおかしくなっちゃったんだよ」


「えっ?」


今度は慧が反応した。


「お袋が俺を溺愛するようになって・・・いわゆる逆マザコンって言えるのかな。もううっとうしいくらいでさ。俺としてははたはた迷惑してるんだよ」


「へえ・・・」


やや冷ややかな視線を送るあゆみ。





「肉親亡くすのって辛いよね。小宵のところもお母さん死んじゃって居ないんだ。死んじゃったときは辛かったなあ・・・」


「「「「えっ!?」」」」


小宵の言葉に反応したのは、あゆみ、名央、慧、衛の4人。


「ちょっと小宵マジで?いつ頃よ?」


真剣な表情で慧が尋ねる。


「何年前だったかな、ちょっと忘れたけど・・・ウチはお母さん居ないよ。だから家事全般は小宵はひととおり出来るよっ!」


笑顔で答える小宵。


「そ、そうなんだ・・・小宵ちゃんって大変なんだね」


困ったような表情で話しかける名央。


「始めは辛かったけど、慣れちゃえばどうって事ないよ。おにいちゃんも手伝ってくれるし・・・だから最近は大変とか感じないよ」


「そうなんだあ・・・あ、そういえばさあ・・・」


ここであゆみが繕った笑顔で強引に話題を切り替えた。


これ以降、この話題に触れることは無かった。










そしてバイキングは無事終了。


結局女子4人は男子ふたりが信じられないほどの量のケーキをぺろりと平らげてしまった。


「「「「財津くん、佐藤くん、ご馳走さまっ!!」」」」


美少女4人揃って笑顔で頭を下げた。


「いやいや、勝負の結果だから。俺はいいけど財津には悪かったな。巻き込んじまってさ」


「いやいいよ。僕がきっかけを作ったようなものだし、それに土橋さんが来なかったからひとり分浮いたしね」


笑顔で謙遜する男子ふたり。





「じゃあ小宵は先に行くね。晩御飯の準備しなきゃいけないから・・・」


「う、うん・・・じゃあ小宵ちゃんまた明日ね」


これまた困ったような笑顔で名央は手を振った。


「うん、みんなまた明日ね!」


小宵は無邪気な笑顔を浮かべて手を振りながら去っていった。






小宵が去った後、一同は暗い雰囲気に包まれた。


「ねえ佐藤、あんた小宵に母親が居ないこと、ひょっとして知ってたの?」


慧が佐藤に詰め寄った。


「知るわけ無いだろ。ただ極度のブラコンと聞いてピンと来たんだよ。それで俺からそれっぽい話を振っただけさ」


「じゃあひょっとして、佐藤くんの妹が死んじゃったってのも作り話なの?」


今度はあゆみが詰め寄る。


「そんな性質の悪い冗談を言うほどの度胸は持ってないよ。それは本当の話さ。要は俺も体験者なわけ」


佐藤は首をすくめてそう答えた。


「そっか。でも驚いたな・・・小宵に母親がいなかったってのはさ・・・」


「小宵ちゃんのブラコンも、それが理由なのかな・・・」


慧と名央は暗い表情でそう呟いた。


「たぶんそうだろうね。肉親を失った悲しみが受け入れられなくて、その反動で愛情が別所の兄貴に向いてるんじゃないかな。俺はそう感じてる」


佐藤は冷静にそう分析した。


「なんか小宵ちゃん、かわいそう・・・」


あゆみも暗い表情に変わる。





「友達を思うなら、考えてそれ相応に接してやりなよ」


佐藤は笑顔で暗い表情を浮かべる美少女3人にそう告げた。


「考えるって・・・どうすればいいのよ?」


慧が再び詰め寄る。


「だからそれを考えるんだよ。そもそも男の俺に女子の友情が分かるわけないだろ?」


「そっか・・・そう言われればそうだよね・・・」


佐藤にそう返され、再び暗い表情に変わってしまった。





結局、楽しい雰囲気で始まったケーキバイキングは沈んだ空気で終わってしまった。


ただひとり、小宵だけは楽しかった。


(今日の晩御飯、何にしようかなあ・・・)


ただ、兄の良彦の笑顔を思い浮かべて帰途につく小宵だった。


[No.1419] 2007/12/28(Fri) 22:31:30
p57dd46.aicint01.ap.so-net.ne.jp
C-5 (No.1419への返信 / 4階層) - takaci

「そっか・・・小宵のブラコンにはそんな理由があったんだ。親の死別か・・・」


昼休み、


りかはあゆみ、慧、名央の3人からケーキバイキングの様子を聞いていた。


ちなみに小宵は日直で職員室に行っている。





「でさあ、この際だから小宵ちゃんのブラコン治療を考えてるんだけど・・・」


あゆみの瞳は優しい色を浮かべてりかにそう訴えていた。


「それはいいことだと思うけど、けどどうすんのよ?家庭の問題じゃウチらじゃどうしようもないんじゃない?」


眉を歪めるりか。


「例えばさあ、小宵ちゃんのお兄さんに彼女を紹介するとか。なんか好きな人が居るんだって!」


名央の瞳が輝く。


「その小宵の兄貴が好きなのが、あたしの姉の友達で山本さんって言うのよ。会った事あるけど美人だよ。正直、小宵の兄貴じゃもったいないけどね」


慧の瞳は不満の色を浮かべているが、その奥は楽しそうだ。


「でも小宵ちゃんの情報だと、その山本さんはウチの兄貴が好きかもって。だったら余裕だよ。だってウチの兄貴ブサイクだもん!」


あゆみはそう言いながらも、瞳の奥は不信感でいっぱいだ。




「・・・って事は、小宵の兄貴がその山本さんって人が好きで、山本さんは有原の兄貴が好きって事?」


りかは眉間を押さえながら、頭の中で状況を整理する。


「そうなの。なんか信じられないんだけどね」


あゆみの瞳の不信感が広がっていく。


「でもそれじゃ、肝心の有原の兄貴の気持ちはどうなのよ?その山本さんって人のことをどう思ってるの?」


「あーダメダメ!あの兄貴に美人の彼女なんて似合わないよ!絶対に釣り合わない!あたしが保証する!」


「実の妹にこうまで言われるとは・・・なんかかわいそうだな・・・」


あゆみの実兄に対する冷たい言葉を受けたりかの表情はやや哀愁がかっている。





「まあ、あゆみの兄貴より小宵の兄貴のほうがまともそうだよね。あたしの見た感じでは」


慧がそう言うと、


「その山本さんが江ノ本みたく見た目重視とは限らないんでしょ?だってもう有原の兄貴が好きなんだよね?」


りかは冷静に突っ込んだ。


「ちょっと、あたしは別に見た目重視じゃないわよ!」


ムキになって返す慧。


「それはともかく、山本さんもウチの兄貴のことを良く知らないだけだって!小宵ちゃんのためにもウチらで小宵ちゃんの兄貴とくっつけるようにして・・・」


「あたしは反対」


「「えーっ!?」」


りかの言葉にあゆみと慧は揃って不満の声を出した。


「恋愛はあくまで当人間の問題、ウチらが外からどうこう動くのは絶対反対」


「でも!いくらなんでもウチの兄貴は・・・」


「有原の気持ちと山本さんの気持ちは違うんだよ。個人の気持ちを尊重すべきだね。外から干渉を受ける恋愛なんてあたしは嫌。みんなだってそうでしょ?」


「「「・・・・・・・・・」」」


りかの冷静な対応に、他の3人は言葉を失ってしまった。





(たしかに土橋の言うことはもっとも。あたしだって干渉されるのは嫌。でもここまできっぱり言えるなんて、ひょっとして土橋って男が居るんじゃ・・・)


と慧、


(たしかにどばっちゃんの言う通り。でもあたしより先にあの兄貴に彼女が出来るなんて絶対に許せない!あたしも早く財津くんと・・・)


とあゆみ、


(あたしと小宵ちゃんと有原さんのお兄さん、あと江ノ本さんのお姉さんが高校でも同じクラスなんだよね。何か因果があるのかな・・・)


と名央。


三者三様に考えることは異なっていた。









そして時間は流れて放課後。


小宵は校舎を出て校門に向かっていた。


(ふ〜っさぶいなあ。今夜はお鍋にしようかなあ・・・)


1月の冷たい風に凍えながらも、夕食のことを考えるのは小宵の日課である。


ふとグラウンドに目を移す。


この寒い中、運動部は部活動に励んでいる。


(みんな頑張ってるなあ・・・ん、あれ?)


ふと、グラウンドの隅にあるテニスコートの様子が気になった。


何か異様な盛り上がりを見せている。


(なんだろ・・・)


小宵の足は自然とテニスコートに向かっていた。





テニスコートでは男子と女子が対戦をしていた。


「あれ、土橋さんだ」


小宵の目にはテニスコートに立つりかの姿が映し出されていた。


そしてコートの周りは、他のテニス部員が盛り上がって声援を送っている。


「おい寺井、いい調子だぞ!」


「寺井チャンスだぞ!こんなチャンスもうないぞ!」


「どばっちゃん頑張れ!寺井なんかに負けるなあ!」


男子部員は男子に、女子部員はりかに声援を送っている。


どうやら模擬戦をしているようだ。


4−4の同点であることをスコアボードで確認した。


そして周りの様子を窺う。


「あれ?」


声援を送っているのも、コートに立っているふたりも上下ジャージ姿だったが、ひとりだけ学生服の生徒がいた。


しかもクラスメートの男子生徒だった。


「佐藤くん、こんな所で何してるの?」


「お、別所か」


「なんかすごく盛り上がってるよね。土橋さんと、相手は誰なんだろ?」


「寺井っつって、俺は小学校時代から知ってる奴だよ」


「ふうん・・・」




コートに立つ寺井はふと、外に居る佐藤に目線を向けた。


それを受けた佐藤は静かに頷く。


そして寺井はジャージの上を脱ぎ捨て、この寒い中で半袖姿になった。




「佐藤くん、今のなに?」


小宵はふたりのアイコンタクトを見逃さなかった。


「土橋は女子テニス部のエースでダントツに強いから女子で練習相手がいない。だから男子生徒を相手にしてるんだ」


「そうなんだ。土橋さんって運動なんでも得意だもんね!」


「逆に寺井は男子では弱いほうで、土橋に特訓を受けて来たんだ。今まで寺井が土橋に勝ったことは一度もない」


「よく知ってるね」


「寺井本人から相談受けたからな。でも実は寺井自身には手ごたえがあって、土橋に勝つ自信があったらしいんだ。今までな」


「えっ、でも勝ってないんでしょ?」


「要は意識的に力をセーブしてたんだよ。女子相手にパワー勝負に持ち込んで勝つのはアンフェアだと思ってたんだとさ」





コートにざわめきが走る。


寺井の鋭いサービスエースが決まった。


りかが全く手を出せない。


りかの表情に驚きの色が窺える。





佐藤は説明を続けた。


「でも寺井としてはそろそろ勝ちたいんだよ。本人としてはパワー勝負じゃなくてテクニックの差で勝ちたいと言ってたんだけど、俺は『それは甘い』って言ってやったんだよ」


「甘い?」


「スポーツに限らず、勝負の世界に情けは禁物だ。逆に相手に全力で立ち向かうのが礼儀だとも思う。パワー勝負でいいからとにかく勝てって言ってやったのさ」


「それがさっきのアイコンタクト?」


「後半勝負って言ってやったんだよ。突然プレースタイルが変わったら相手は戸惑う。そこを突いてでも勝ちを拾えってのが俺のアドバイスで、さっきのがその合図」


「本当だ、あの土橋さんが焦っているように見える・・・」


「俺は寺井の初勝利を見届けに来たってワケさ」




小宵の目に映るりかの姿は間違っていなかった。


りかは明らかに焦っていた。


戦い慣れて勝手知ったはずの寺井の強力な一打に対応しきれない。


局面は一方的な展開になり、りかは自身のリズムを取り戻せないまま6-4で敗れた。


「寺井が勝ったあ!」


「大金星だあ!!」


「お前すげえ強くなってんじゃん!これで立場逆転だな!」


男子部員は寺井に対し手洗い祝福を送る。


それに対し女子部員勢は暗かった。


「どばっちゃん・・・」


負けたりかに対し、かける言葉が見つからない。


だがりかは、


「ま、いつかこんな日が来ると思ってたよ。ショックはショックだけど、少し嬉しいかな」


驚きは隠せないものの、りかは繕った笑顔を見せていた。









さらに時は進み、


「クソ、まさか生徒会の手伝いをさせられるとは思わなかったな・・・」


「小宵たち運が悪かったね。まあこんな日もあるよね・・・」


佐藤と小宵は寺井たちの試合を見届けてから帰ろうと思っていたのだが、運悪く担任教師に捕まってしまった。


そこで生徒会の会誌作りの手伝いをさせられる羽目になってしまった。


薄暗くなった帰り道をふたりでとぼとぼと歩く。


「そういや別所の所は晩飯とかは全部別所がやってんの?」


「うん。小宵料理好きだし、おにいちゃん放っておくとカップめんとかばかり食べちゃうから、小宵が極力作るようにしてるんだよ」


「なんか妹っつーより、母親代わりだなあ」


「母親代わりかあ、そういえばそう言われるの初めてかも」


小宵は無邪気な笑顔を見せる。


(コイツ、俺の言いたいことを分かってないな・・・)


頭を抱える佐藤だった。





ふたりはT字路に差し掛かり、揃って左へと足を向ける。


「「!!!」」


慌てて戻り、塀の陰に隠れた。


そして揃って先の様子をこっそりと盗み見た。





同じ制服を着た男女の生徒が抱き合っている。


さらに唇を重ね合わせていた。





顔が離れる。


ふたりは頬を朱に染めながら、とても幸せそうな笑みを浮かべている。


そしてそっと手を繋ぎ、身体を寄せ合いながらゆっくりと歩いていった。





ふたりの姿が見えなくなったところで、佐藤と小宵は塀の影から出てきた。


「びっくりしたなあ。あれって寺井と土橋じゃん。まさかあんな関係だったとはなあ・・・」


驚く佐藤。


「・・・・・・・・・・」


小宵は言葉を失っている。


「そっかあ、あのふたり付き合ってたんだなあ。それで寺井も妙な勝ち方にこだわってたんだ。まあ寺井らしいっちゃらしいな」


「・・・・・・・・・」



「別所は土橋と友達だろ。土橋に彼氏いたこと知ってた?」


「・・・・・・・・・・」


「別所?おーい別所、大丈夫か?」


「え、あ、な、な、なに?」


小宵は慌てている。


「・・・その様子だと、別所も何も知らなかったみたいだな・・・」


「あ・・・う・・・うん・・・ホントびっくり・・・」


小宵の顔は真っ赤だ。


「おい大丈夫か?一人でちゃんと帰れるか?」


「う、うん・・・平気だよ。あ、小宵スーパー寄ってかなきゃ・・・じゃあこっちだから・・・また明日ねっ」


「あ、ああまた明日。気をつけろよ」


佐藤の心配そうな表情を背に受け止めながら、小宵はその場から逃げるように立ち去った。





(びっくりした。生まれて初めて生のキスシーン見ちゃったよ・・・しかも土橋さんだなんて・・・)


小宵の鼓動は高いままだ。


(このドキドキ感・・・なんか似てる・・・)


その感覚は、岬に抱き付かれたときと近いものを感じていた。


[No.1420] 2008/01/03(Thu) 13:33:55
p57dd46.aicint01.ap.so-net.ne.jp
C-6 (No.1420への返信 / 5階層) - takaci

「コラ土橋!あんた彼氏いるらしいね!」


数日後の放課後、慧がりかに詰め寄っていた。


「それで?」


りかは表情を変えずに、鞄に荷物を詰め込んでいく。


「否定しないって事は、本当なのね!」


あゆみは嬉しそうに目を輝かせている。


「ところでこの話の出所は誰なのよ?ひょっとして佐藤?」


「なんでよ?ウチらは自然と噂で聞いたんだけど・・・」


「とにかくあいつには文句がある。おい佐藤!」


りかは慧とあゆみを無視して、離れた席に座る佐藤を呼びつけた。




「何の用?」


佐藤はやや含んだ笑みを浮かべながら、りかを見下ろしていた。


「あんた、寺井に妙なこと吹き込んだでしょ?」


佐藤を見上げるりかの瞳はやや怒りの色が混ざっている。


「妙なこと?ひょっとしてお前に勝つアドバイスか?」


「そうよ。お前が言うから寺井が調子ついちゃったじゃないか!」


「自分の彼氏が調子いいのが気に入らないのか?」


「それとこれとは別だよ。レギュラー入りしそうなのは嬉しいけど、あたしに姑息な手を使って勝ったのは気に入らない」


「アレくらいで姑息と言うのか?ただパワー負けしただけじゃないのか?」


「あたしはパワー馬鹿の男子にも勝てるんだよ。寺井に負けたのはあいつがあたしの不意を突いてきたからだよ」


「そういやあれから男子テニス部の強い奴を全員斬りしたらしいな。全く土橋らしいというか・・・てかウチの男子テニス部はそんなに弱いのか?」


「弱い!だから寺井でもレギュラー候補になっちゃえるんだよ!」


「それは見方を変えればいいことのようにも感じるけどな」


「寺井は卑屈すぎな所があってそこが直ったのはいいけど、だからと言ってデカイ顔されるのは気に入らないのよ。あーあいつに負けたと思うと腹が立つ・・・」


りかは思いっきり不機嫌そうな表情を浮かべた。


「でも不思議なもんだな。寺井ってそんなに力強いほうじゃないだろ。寺井よりパワーある奴より勝てるのに、寺井にゃ勝てんのか?」


「それは相性っていうかやり方っていうか・・・なんか上手く説明できないけど、そういうのなんだよ!」


「あーなるほどね。言いたいことは分かる気がする」


「とにかく!寺井に姑息な方法を吹き込んだのはお前なんだろ?」


「戦略だよ。あいつに勝利の味っつーか、勝つという経験を持たせたかったんだよ。勝てるようになると世界変わるって言うじゃん」


「それはそうかもしれないけど・・・」


「ま、あの時は俺が心理戦に持ち込むように吹き込んだのは事実だけど、それに引っかかったのは土橋自身の問題だろ。俺にとやかく言うのはどうかと思うぜ」


「それは・・・そうかもな。けど噂広めたのはお前だろ?」


「噂ってお前と寺井のことか?」


「そう」


「俺は寺井から何も聞いてないし、話してもいない。街中でいちゃついてる所を誰かに見られたんじゃないか?」


「い、いちゃついてる!?」


りかは驚きの表情を見せて、頬がやや紅くなった。





「なになに?」


「ちょっと佐藤、土橋のなんか見たの?」


慧とあゆみが目を輝かせながら佐藤に寄って来た。


だが佐藤は、


「い〜や何も。あんな光景を実際に拝めるなんてありえないと思ってるから。ありゃ夢だったんだろうなあ」


首をすくめて、言葉とは別に含みのある表情を見せた。


するとりかは慌てて佐藤の胸元を全力で掴み、


「見たのね!?見たのね!?」


顔を真っ赤にして、恐い形相で睨みつける。


「だから見てねえし、見てねえものを言うつもりもない。いいから離せよ」


「いいな、絶対に言うなよ!」


りかは真っ赤な顔のまま、掴んでいた襟を乱暴に突き放してそう吐き捨てると、足早に教室から去っていった。





(土橋さん・・・やっぱりあれ・・・本物だったんだ・・・)


やや離れた場所でりかと佐藤の様子を見ていた小宵は、りか以上に顔を真っ赤にしていた。










そしてその後・・・


「佐藤くん、どうしよう・・・」


「別に今までどおりでいいんじゃない?みんな知ったわけだし、俺たちが広めたわけじゃないし」


小宵は佐藤が行きつけの店である「Racing Sports」の一角に置かれたテーブルで、佐藤と顔を向き合わせていた。


「佐藤くんって、なんでそんなに平気なの?」


「そりゃアレ見たときは驚いたし、俺と別所しか知らないとなったら多少は動揺するだろうな。けど他からみんなに知れ渡ったんなら、慌てることはないよ。隠す必要なくなったんだからさ」


「でも小宵は土橋さんとうまく話せない。顔を見るとドキドキしちゃって・・・」


「じゃあ敢えて思い切って聞いてみる?『街中でキスしてたって本当?』ってさ」


「そんなあ。今宵そんな恥ずかしいこと聞けないよお・・・」


「でもその恥ずかしいことをしてたのはあいつらなんだぜ。これだけ広まったってことはどうせ他の場所でイチャついてた所を他の誰かに見られたんだろ。まあ自業自得だろうし、俺たちがそれで悩む道理はない」


「そうだろうけど・・・」


「それより人の目がどこにあるほうが分からないほうが怖いよ。明日になったら俺と別所で変な噂が立ってるかもしれないぜ」


「それ小宵困る・・・」


「まあ安心しろ。そうなったら俺は全力で否定するから」


「そう言われると、なんか少し気に障る・・・」


小宵は不機嫌そうな目を佐藤に向けた。


「俺って一人称を自分の名前使う女ってダメなんだよね」


「もうっ、小宵は小宵なの!小宵はこの名前好きなんだからね!」


そしてプンと顔を横に向けた。





「怒ったんなら帰れば?俺とここでこんな本読んでても楽しくないだろ?」


佐藤は小宵には目を向けずに、この店のモータースポーツ専門書に目を通している。


「やだ。だって今帰ったら山本さんと顔合わせそうだもん」


「山本さん?」


「おにいちゃんの好きな人。けど山本さんはおにいちゃんの友達が好きで、たまに恋愛の相談で来るんだ。山本さんは小宵を妹みたいに優しく接してくれるんだけど、小宵は山本さん苦手で・・・それにデレデレしてるおにいちゃん見たくないもん」


「ふうん、じゃあ今は別所の家はお前の兄貴と山本さんて言う女の人とのふたりきりなんだ」


小宵の身体がピクンと反応した。


「それってまずくない?」


「そんなことないもんっ!小宵はおにいちゃん大好きなんだもんっ!おにいちゃんは小宵を裏切ったりしないもんっ!」


「やれやれ。話には聞いてたが、想像以上のブラコンだな・・・」


小宵の反応を受けて、手を振って呆れる佐藤だった。





「ところで佐藤くん、ずっと読んでる本って何なの?レーシングカーの本だよね?」


「ああ、グループCの解説書」


「ぐるーぷしー?」


「ああ、Cカーって車で、1983年から約10年間行われたレースさ」


「それって小宵たちの生まれる前じゃない?」


「そうだよ。俺たちの生まれる前にはこんなに自由で面白くてカッコイイレーシングカーがあったんだ。無くなっちゃったのは個人的に悲しいね」


「ふーん・・・」


目を輝かせてそう語る佐藤を小宵は興味深そうな目で見つめていた。


「佐藤くんって、自由が好きだよね?」


「そうかな。自由は誰でも好きじゃないのか?」


「そうだけど、佐藤くんは特にこだわってる感じがするなあ。勉強の考え方とかさ」


「何にでもルールは必要だよ。全て自由だと無法地帯になって危ないからね」


「そっか、そうだよね」


「でも最低限の決め事さえ決まってれば、ルールの枠は広いほうが面白いね。いろんな考え方が出るし、楽しいしさ」


「考え方が増えると楽しいの?小宵よくわかんない」


小宵が首を振っているところに、店主がやってきた。


「Cカーは今でもファンが多いよ。本とかミニカーとか良く売れるからね」


「その、しーかーってどんな車だったんですか?」


「よし、じゃあまた説明してあげよう」


店主は柔らかい笑顔を小宵に向け、佐藤が読んでいた本を手にとって小宵に見せながら解説を始めた。









「ふーん、じゃあ使う燃料の量だけ決まってて、エンジンの大きさとかは自由なんですか・・・」


店主の説明で、なんとなくグループCの世界観を理解した小宵。


「まあ、単純に言えばそう。だからいろんなエンジンを積んだ車がたくさん出てきて面白かったんだ」


「名車といえばポルシェ956と962Cですよね。2.7リッターフラット6ツインターボ。で、どんどん排気量を拡大していって・・・最終型が3.2リッターツインターボでしたっけ?」


「あとジャガーXJR12かな。7.4リッターV12NA。ベンツは5リッターV8ツインターボ。国産勢は3.5リッター前後でのV8ツインターボがメインだったな」


盛り上がる店主と佐藤。


「ジャガーはNAの印象が強いけど、確か3.5リッターV6ツインターボもありましたね」


「ターボは予選ブーストが使えたからね。決勝で700〜800馬力くらいだけど予選じゃ1000馬力オーバー。最終的には1300馬力ぐらい行ったんだよな」


「そんな恐竜みたいなモンスターはもう生まれないでしょうね・・・」


やや暗い顔を見せる佐藤。




「あの・・・1300馬力って・・・そんな車がありえるんですか?」


小宵は理解不能の表情を見せながら、ふたりに尋ねた。


車の馬力とは不思議なもので、3桁までの馬力ならなんとなく感覚で理解できる。


だがこれが4桁に入ると、感覚で受け入れられなくなる。


佐藤を通じてレーシングカーのことを少しは知った小宵だが、4桁馬力の世界は理解できなかった。




店主はそれを全て悟ったような笑顔の表情を見せながら、


「そんな世界があったんだよ。オーバー1000馬力の世界が普通にね。例えば今のF1は770馬力くらいだけど、20年位前は1600馬力って時代があったんだ」


「せ、せんろっぴゃく・・・ですか。なんか小宵には理解不能・・・でも昔のほうが馬力が大きいなんて不思議ですよね」


「馬力が大きすぎて危険になったんだ。だからいろいろ規制をかけて行って、今の馬力に落ち着いたんだ。今のレースカーは大体500〜700馬力くらいかな」


「そ、そうなんですか・・・」


「でも規制がないほうが見てるほうは面白いよね。オーバー1000馬力の車を振り回すなんてカッコイイですよね」


「乗ってる方はたまったもんじゃなかったって話だけどな。とにかく恐怖との戦いだったらしいからな」


「けどやっぱ昔のレースカーのほうが魅力ありますよね。今の車が良く調教された馬だとしたら、昔は力の有り余った暴れ馬って感じですよね。それが魅力ですよね」


「ふうん、佐藤くんが昔のレースカーが好きなのはそんな理由だったんだ。昔のほうが馬力があったんだあ」


小宵は完全に理解できないまでも、やや納得したような表情を浮かべた。


「今は安全の名の下に規制でがんじがらめだからね。それより規制の少ない昔のほうが好きだな」


佐藤は輝くような笑みを浮かべてそう答えた。





「なんか、佐藤くんといると退屈しないな。小宵の知らないことをいろいろ教えてくれるもんね」


「マニアックなオタク知識だけどな。こんなんでよければいくらでも教えてやるよ」


佐藤は笑顔を小宵に向けてそう答えた。


そこに、


「おい坊主、今度はこんなかわいいお嬢ちゃんに手を出すのか?彼女はどうした?」


店主がいたずらっぽい表情で突っ込みを入れた。


「あいつはあいつで別ですよ。コイツはただの友達。で、いいか?」


「えっ、佐藤くん彼女いるの?」


驚く小宵。


「別の学校だけどな。あっこれ内緒だぜ。知れ渡るとうっとうしいから」


「う、うん・・・」


「彼氏や彼女が出来ると世界観変わるよ。兄貴だけ見てるんじゃなくて、他の男子にも目を向けてみたら?まずは男友達からさ」


「そう・・・だね・・・」





小宵は少し驚いていた。


まさか目の前にいるクラスメートに恋人がいるとは思わなかった。


そして思い浮かぶのは、今までとは違う一面を見せていたりかの表情。


(恋人・・・かあ・・・)


[No.1423] 2008/01/11(Fri) 20:04:40
p57dd46.aicint01.ap.so-net.ne.jp
C-7 (No.1423への返信 / 6階層) - takaci

ブルルン!ブルルン!


ブルルルルル・・・


2ストローク小型エンジンの軽い排気音がいくつも響き渡っている。


都心郊外にある小さなレーシングカート用サーキット。


そこのレンタルカートのシートに、小宵、名央、りか、他1名の女子が乗り込んでピットレーンで待機していた。


暦の上では冬だが、暖かい小春日和に恵まれた日曜の晴天の下であった。


で、なぜこのような状況になっているかというと・・・




この日、この小さなサーキットは佐藤行きつけの店「Racing Sports」の貸切になっている。


そこの常連客十数名がこのサーキットのレンタルカートを使って模擬レースを楽しもうという催しだ。


もちろんただレースをするだけでなく、バーベキューもありアルコールもありである。


普通の車はもちろん、レーシングカートでも飲酒運転は厳禁だが、1日貸切のレンタルカートでは罰せられることはない。


そのような、とってもぬるい雰囲気で包まれた一日である。





この日のイベントは、佐藤の両親(父親がメイン)も参加し、佐藤本人も出ることになっていた。


そして佐藤と比較的親しい間柄になっていた小宵の耳にも入る。


小宵はそのイベントを聞いたときは「ふーん」という感じだったが、店長から「坊主の恋人も来るよ」と聞くと、ピクンと反応した。


佐藤に恋人がいるという話は、小宵だけでは止まらなかった。


あまり広まらなかったが、仲良し5人娘には伝わった。


そしてこのイベントに佐藤の恋人がくると聞いて、


「あたしも連れてって」


と言い出したのが、りかだった。


寺井の一件から、りかも佐藤には別の意味で感心を持っていた。


佐藤の弱みを握りたい思いが、このりかの参加表明に繋がったようだ。


りかが参加ということで小宵も参加、さらに名央までもが巻き込まれるような形で参加することになった。


慧とあゆみは不参加だが、「写メ撮ってきて」と頼んでおいた所はちゃっかりしている。


男子勢は佐藤とりかの恋人である寺井、さらに名央が参加することで曽我部も出ると言い出した。


ここまで決まった時点で、佐藤が「マジかよ・・・」と頭を抱えたことは言うまでもない。




そして当日、


一行は佐藤家のワンボックスカーでサーキットに到着した。


佐藤以外は初めて味わうサーキットの雰囲気はとくに印象に残るものはなく、「こんな世界もあるんだ」という感じが大勢を占めていた。


それよりも最大の関心事は『佐藤の恋人』である。


その出会いは、あまりに唐突にやってきた。




「お〜い、ヨシヒコ〜!!」


ワンボックスカーから全員が降りてサーキットの雰囲気を味わっているときに、突然元気のよい女の子の声が飛んできた。


一斉に振り向くと、比較的かわいく見える年上っぽい娘が小走りで駆けてきた。


「よっコトミ、朝っぱらから元気だな」


佐藤が笑顔で対応する。


「そりゃそうよ。いい、今日は真剣勝負だからね!」


セミロングでやや茶色がかった髪をなびかせて佐藤に指を突き立ててそう伝えると、友人達を見回した。


「ふ〜ん、この子達がヨシヒコの友達かあ・・・」


興味深そうに目を光らせている。


「みんな初めまして!あたし皆瀬琴美です!高一だから2年先輩だよっ!このヨシヒコの彼女だからそこんところよろしくねっ!特に女の子たちっ!」


佐藤の腕を絡めながら、琴美は元気よく自己紹介をした。





琴美の登場で一番驚いたのが、りかだった。


「ちょっと佐藤!こんな綺麗な人がアンタの彼女なの!?しかも年上!?どんなマジック使ったのよ!?」


りかが佐藤に詰め寄ってきた。


だがそれに返したのは、


「あははーマジックかあ。でもマジック使ったってったらあたしかもねえ。このヨシヒコをあたしに振り向かせたんだからねえ!」


琴美の元気よい反応にさらに驚いたりか。


「ちょっとなんで・・・この佐藤がそんなにいいの?」


「うーんまあ、その辺の話は今日一日かけてゆっくり話そうよ。いろいろ女同士でさ!」


「は、はあ・・・」


りかを含め、佐藤以外の5人は琴美に圧倒されっぱなしだった。




その後琴美の案内で、駐車場からコースに向かう一行。


その途中で、


「ねえ佐藤くん、佐藤くんってヨシヒコって名前なの?」


小宵が佐藤に尋ねてきた。


「ああ、仁義の義に彦根城の彦で義彦」


「そうなんだあ。おにいちゃんと同じ名前なんで驚いた」


「そうなの?」


「うん、字は違うけどねっ」


小宵は兄と同じ名を持つクラスメートに急速に親近感を抱いていた。




そして時間は今に帰る。


一般が14人、学生男子が3人、学生女子が4人という参加者の内訳である。


そしてこれから学生女子による練習走行が始まる所である。


オフィシャルの合図でゆっくりとコースに出て行く4台。





その様子をコース外で見ている男子3人。


「千倉さん、大丈夫だろうか・・・」


曽我部は名央の様子を心配そうにじっと見つめている。


「ところで佐藤、このカートってどれくらいの速度が出るの?特徴とかクセとかあるの?」


寺井が佐藤に尋ねてきた。


「遊園地のゴーカートだと15キロくらいだけど、これだと50キロちょいかな」


「50キロかあ。すごいな」


「あとブレーキが後輪しかない。だから曲がった状態でブレーキ強くかけるとケツが滑る」


「ふうん。あっ!?」


言ってる側で、コースの奥で名央がスピンしていた。


「あっ!千倉さーん!?」


曽我部が慌てて駆けて行った。





「あそこはスピンしやすいんだ。曲がりながらブレーキかける場所だからな」


「大丈夫かな?」


「スピンくらいなら平気だよ。逆にスピンするギリギリで走らせるほうが速いタイムが出るんだ。ほら見てみろ」


佐藤はコースを自在に駆け回ってる1台のカートを指差した。


そのカートはタイトコーナーで華麗なドリフトを決めながら明らかに別次元のペースで走っていた。


「琴美だ。ああやってブレーキでリアを滑らせるきっかけ作ってコーナーを小さく速く回るんだ。しっかしまた速くなってるな」


佐藤は琴美の走りを見て舌を巻いていた。


「佐藤とあの彼女じゃどっちが速いの?」


「互角かな。1周のベストじゃあいつに負けるけどレースじゃ俺が勝つ」


「ふうん・・・」


名央もスピン後すぐにコースに復帰して、よたよたと走行を再開していた。


小宵と名央はぎこちない走りで明らかに遅かったが、少しずつコツを掴んでいるようで徐々にペースが上がっていった。


その中でも急速に上達するのが見えていたのが、


「やっぱ土橋は速いな。運動神経いい奴が速いんだよ」


「土橋さん本当に速いね・・・」


「土橋の奴もうドリフト使ってるよ。マジで上達が早いな・・・」


「僕が敵うかなあ・・・」


「カノジョに負けるのは悔しいからな。まあ頑張れ!」


佐藤はやや意気消沈している寺井の肩を叩いて励ましていた。




そんな中で女子勢の練習走行が終了。


「楽しいね〜!」


ヘルメットを脱ぎ、目を輝かせる名央。


「うんっ!ジェットコースターなんかよりずっと楽しいっ!ちょっと腕が痛いけど・・・けど楽しいっ!」


小宵も目を輝かせている。


「ハンドル操作に思ったより力が要るよね。後ろ滑らせたほうが楽しいし、速いかな?」


りかも楽しそうな表情を浮かべている。


「りかちゃんだっけ、あなた速いよね。ホント今日カート初めて?信じられないよっ!」


琴美は上機嫌な笑みでりかの背中を叩いていた。




そんなこんなで時は進み、今は昼時。


一部の大人たちが練習走行している中、サーキットの一角ではバーベキューと鍋を取り囲んでいた。


女子勢は固まって楽しくおしゃべりをしている。


「ところで皆瀬さん、どうやって佐藤と知り会ったんですか?」


りかが琴美に切り出してきた


「あたしF1好きでさ、親の影響もあって今日のイベント主催の店に出入りするようになって、そこで会ったのよ。最初は小難しい本読んでる生意気なガキだと思ったんだけどね」


「そうなんですよね。佐藤ってちょっと生意気な雰囲気があるって言うか・・・あっすみません」


「いやあたしも最初はそう思ったから。けどあたしの知らないことをいろいろ教えてくれて、んでその知識も鼻にかけなくてさ、なんかその感じが良くってさ・・・」


「ふーん・・・」


「まあ、気がついてたらあたしが好きになってたって感じかな。それで積極的にアピールしてなんとかして押さえたってところ」


「じゃあ皆瀬さんから積極的にアタックしてたんですか?」


「まあ、好きになったらアグレッシブに行くしかないでしょ!」


「他の男はどうなんですか?皆瀬さんて綺麗だし、もてません?」


「あははははは!りかちゃんってお世辞うまいねえ!あたしから見ればりかちゃん達のほうがずっとかわいいよお!!」


琴美は笑いながらりかの背中をバシバシと叩く。


「あ、いえ・・・そんなことは・・・」


謙遜するりか。


「男は見た目じゃなくって中身だよ。それに心にズキュンと来るものがあればそれだけで十分!」


「まあ、そうですよね。周りがどう言おうと自分の気持ちが大事ですもんね」


「そう言うりかちゃんも彼氏いるんだよね?たしか義彦の友達の寺井くんだっけ?今日来ている男の子」


「はい、まあ・・・そうです」


りかは頬をやや紅くする。


「なかなか性格よさそうな男の子だよね。カートも今日初めてにしてはそこそこのタイム出してたし」


「あいつって頑張り屋なんですよ。あたしあいつの一生懸命な姿に惹かれて・・・それで・・・まあ・・・」


「あははははー!!照れちゃってかわいいねえ!!」


「あ・・・はあ・・・」


りかの頬はどんどん紅くなっていく。


「ところでこっちのふたりは?ふたりともかわいいけど彼氏いるの?」


琴美は小宵と名央に話を振ってきた。


「「あ、いえ・・・」」


ふたり揃って首を横に振る。


「ふ〜ん。まあまだ若いから焦らなくてもいいけどさ、けど恋はしたほうがいいよ!価値観変わるし新しい世界が見えてくるからねっ!!」


琴美は小宵と名央に元気いっぱいの視線を向けた。


(恋、かあ・・・どんな気持ちなんだろ・・・)


小宵はふと、やや離れた場所にいる男子勢に目を向けた。


寺井が熱心な目で大人の人からのアドバイスを聞いていて、そばに佐藤が付き添っている。


そしてその横で、曽我部が暗い顔をして沈んでいた。





曽我部の表情が暗かったのは、予選タイムの結果である。


1位 琴美


2位 佐藤


3位 りか


4位 寺井


5位 名央


6位 小宵


7位 曽我部




当初は7人で決勝レースを行う予定だったが、4位の寺井と5位の名央のタイム差がかなり大きかったので、安全面から上位4台と下位3台で分けることになった。


中でも曽我部はブッチギリに遅かった。


勝負事で男子が女子に負けるのは屈辱であり、ましてや好きな女の子に遅れを取るとなればプライドはズタズタになる。


春を思わせる陽気とは裏腹に、曽我部の心は真冬の風が吹き荒んでいた。




そして決勝レース。


まず下位3台から始まった。


名央と小宵はスタートから終始接近したレース展開。


少し接触もあったりして挙動が乱れたりもしたが、傍から見れば穏やかな雰囲気でレースは進む。


そして名央がトップで最終ラップに入ったが、腕の筋力が落ちたせいでコーナーを大回りしてしまい、そこを小宵に突かれて逆転。


結果、1位小宵、2位名央、3位曽我部の順で終了した。





上位4人のレースは見ていても面白いものだった。


スタートで佐藤が琴美を抜きトップに立ったが、琴美も後からプッシュしまくる。


終始テールトゥノーズ、サイドバイサイドの展開が続き、僅差で佐藤が抑え切って優勝。


3位争いはりかの後を寺井が僅かな差でずっと付いて行く展開となった。


だが最終ラップでりかがドリフトのコントロールをミスして大きく挙動を乱し、そこで寺井が逆転。


1位佐藤、2位琴美、3位寺井、4位りかの順となった。




レース後、寺井とりかの展開を聞いた佐藤が、


「おい土橋、お前って本当に心理戦に弱いな」


と、りかに突っ込みを入れると、


「うるさい!あーまた寺井に負けた・・・」


とぶつぶつ言いながら不機嫌オーラを展開しまくっていた。





その後はメインイベントの一般部門レース。


小宵はコースサイドで高揚した気分で見物していた。


「おい別所、楽しかったか?」


佐藤が声をかけてきた。


「うんっ!レースで千倉ちゃんに勝てたし、すっごい楽しかったよ!ちょっと腕が筋肉痛っぽいけどね」


「カートって意外と腕力要るからな。千倉は完全に腕がダメになってたみたいだからな」


「小宵もギリギリだったよ。レース終わったら腕が痺れてたもん。でも楽しかった!佐藤くんは?」


「まあ何とか琴美に勝てたからホッとしてる所かな」


「佐藤くんと皆瀬さんのレース見てて怖かったよ。すごい速度で並びながらカーブ曲がってくんだから。怖くないの?」


「そりゃ怖いよ。けど怖さに負けてアクセル戻したら負ける。闘争心で恐怖感に打ち勝ちながら走ってるのさ」


「ふーん・・・すごいね」


「でももっとすごいのは今走ってる一般部門だよ。みんなマジ真剣だからね」


「そうだね・・・なんかすごい迫力感じるよ」


ふたり揃って一般部門のレース展開に目を向ける。




その時、


バーン!!


コースの隅で派手な接触音が聞こえた。


慌てて目を向けると、1台のカートが横方向に宙返りしており、ドライバーは放り出されていた。


主を失ったカートは暴れまわるように何回転もしてから裏返しでコース中央で止まった。


コースサイドでは慌てて赤旗が振られ、レース中断を告げる。




多くの人間が事故現場に駆けて行った。


「だ、大丈夫かな・・・」


青ざめる小宵。


「低速コーナーだから見た目ほど酷くないと思う。あっドライバーの人、自力で起き上がったよ。たぶん大丈夫だ」


佐藤の声からは安堵感が窺える。


「そう・・・」





小宵は比較的元気そうに歩く放り出されたドライバーに目を向けてから、裏返しになったカートに目線を送る。


「・・・・・・・・・」


小宵の心の中で、何か忘れていた記憶の扉が少しだけ開いたような感覚。


(なんだろ・・・この感じ・・・)


それは、小さな戸惑いと動揺が織り交ざったかのような感覚だった。


[No.1426] 2008/01/18(Fri) 14:50:11
p57dd46.aicint01.ap.so-net.ne.jp
C-8 (No.1426への返信 / 7階層) - takaci

「千倉ちゃんおはよう」


「あ、おはよう小宵ちゃん」


朝の通学路。


前を歩く名央に小宵が声をかけていた。


周りは同じ学校の制服が目立つ。




「ねえ千倉ちゃん、気になる人っている?」


この『気になる人』とは、ズバリ恋人候補のことだ。


カートレースの日に目の当たりにした佐藤と琴美、寺井とりかの光景がふたりの美少女の心に大きな影響を与えていた。





「うーん、彼氏欲しいなあとは思うけど、まわりにこれといった人がいないよね」


「あの曽我部くんは?ずっと千倉ちゃんを気にしてるように見えたけど?」


「う〜〜ん・・・面白い人だとは思うけど、恋心はないかなあ・・・」


この名央の言葉を曽我部が聞いていたら、彼の心はマリアナ海溝より深く沈んでいたことだろう。


「そういう小宵ちゃんは?でも小宵ちゃんはお兄さんが一番なんだよね?」


「うん、おにいちゃん大好きだもん。でも佐藤くんと琴美さん見てると、あのふたりが互いを好きと思うのと小宵がおにいちゃんを好きと思うのとは少し違う気がしてるんだ」


小宵はとても高度な難問を突きつけられたかのような困った表情を浮かべていた。


「ふーん、するとようやく小宵ちゃんもお兄さん離れが出来るかな?」


「やだっ!小宵のおにいちゃんはおにいちゃんだけだもんっ!おにいちゃんに恋人なんて小宵絶対に許さないもんっ!」


兄のこととなると、小宵はムキになる。


「そう・・・なんだ・・・」


小宵の迫力に圧されて、言葉を失う名央だった。









キキーッ!!




ドンッ!!









突然、タイヤの派手なスキール音と鈍い嫌な音がふたりの耳に届いた。


小宵と名央のすぐ先だった。


道を歩いていたOL風の女性の身体が、脇道から出てきた車のボンネットの上に乗り上がって道に派手に倒れた。


「あっ、轢かれた!」


思わず声をあげる名央。


「だ、大丈夫かな・・・」


蒼ざめる小宵。





轢かれた女性の周りに人が群がってくる。


車から中年の男性が慌てて降りてきて、女性に声をかけている。


轢かれた女性は苦痛で顔を歪めながらも、自力で上体を起き上げた。





ふたりはやや離れた場所から心配そうに様子を窺っていたが、


「よかった、見た目ほど酷くなさそうだね」


ホッと胸をなでおろす名央。





「うん・・・そうだね・・・」


それとは対照的に、小宵の顔色は蒼いままだった。


(この感じ・・・あの時もそう・・・カートレース場で・・・)


小宵の脳裏には、先日のカートレースでの派手な事故の様子がくっきりと映し出されていた。


胸の奥が嫌な感じでざわめき始める。


(小宵・・・何か大切なこと・・・忘れてる・・・)


ざわめきは少しずつ広がりを見せていく・・・





その日、小宵の表情が晴れることはなかった。


胸のざわめきが原因である。


だが、このざわめきの理由が分からない。


理由が分からないので余計に不安になる。


それがざわめきをさらに助長する。


小宵はそんな不安のスパイラルに陥っていた。


いつのも無邪気で晴れた笑顔はすっかり影を潜めている。


「ねえ小宵、大丈夫?」


「小宵ちゃん、保健室行ったほうがいいんじゃない?」


休み時間、慧やあゆみが心配そうに声をかけてきた。


だが小宵は「大丈夫」と繕った笑顔で答えていた。





(理由が分からないから不安になる・・・原因を突き止めればこの不安は消える)


3限目。


授業の内容は全く耳に入っていない。


小宵は胸の奥のざわめきと必死になって格闘していた。





(このざわめきは・・・あの事故を見てから・・・カートレース場の事故・・・)





(そして・・・今朝の事故・・・あれも一緒・・・同じざわめき・・・)





(事故・・・昔・・・何かがあった・・・)





小宵は必死になって記憶の扉を開けようとする。















(小宵・・・道を走ってた・・・笑ってた・・・小さい頃・・・)





(それで・・・車が・・・目の・・・前に・・・)





(小宵の名前・・・呼ばれた・・・あたしの・・・なまえ・・・)










ドンッ!!





小宵の記憶に鈍い音がこだまする。




振り向いた小宵を突き飛ばす音。




そして、突き飛ばした人が車に轢かれて身体が曲がる光景。










ドンッ!!




忘れていた記憶が、小宵の心を激しく揺さぶる。



















(お・・・かあ・・・さん・・・)




















ドンッ!!









幼い心には辛すぎる記憶。





ゆえに無意識のうちに蓋をした苦い記憶。





その蓋が今、開けられた。










ドンッ!!





(胸が・・・苦しい・・・)













「はあっ・・・はあっ・・・はあっ!!」










ドサッ・・・















「おい、どうした!?」


「キャーッ!!小宵ちゃん!?」


「別所さん、大丈夫!!」


一気に教室がざわめきに包まれる。





突然、小宵が倒れた。


[No.1427] 2008/01/22(Tue) 19:53:29
p57dd46.aicint01.ap.so-net.ne.jp
C-9 (No.1427への返信 / 8階層) - takaci

真っ先に駆け付けたのが、財津だった。


「別所さん、しっかりして、気持ちをラクにして・・・」





「小宵ちゃん、どうしたの?」


「小宵、しっかりして!」


あゆみやりかたちも心配そうに寄って来た。


だが小宵は呼びかけには応じず、ただ荒い呼吸を続けるのみである。


そんな中に、佐藤が女子生徒と小宵の間に割って入り、制した。


「別所は大丈夫だ。それより女子は近付くな。移る可能性がある」


この佐藤の言葉で女子生徒たちはビクンと小さく身体を震わせた。


その間に財津は小宵の身体を素早く抱きかかえていた。


「僕が別所さんを保健室に連れて行く」


「財津、頼む」


佐藤は小さく頷いた。


そして財津は素早く教室を後にした。





「ねえ佐藤、小宵の症状って何なの?あたし達に移るってどういうこと?何か知ってるなら教えなさいよ!」


慧が不安と怒りが織り交ざった表情で詰め寄ってきた。


それに対し佐藤はあくまで冷静に答えた。


「オーバーベンチレーション、いわゆる過呼吸だよ。不安やストレスからああなるんだ」


「過呼吸?」


「要は酸素を吸いすぎてる状態。ビニール袋なんかで鼻と口を覆うようにして当てて自分の吐いた息を吸わせれば治まるはずだよ。健康体でもああなるんだ。不安が大きいとね」


「移るってどういうこと?」


「だから健康体でもああなるって言っただろ。あの症状を見て、あの荒い呼吸を聞くと不安で連鎖反応的に同じ症状が起こる可能性が高いんだ。特に女子がね」


「じゃあ小宵ちゃんは大丈夫なの?」


今度は名央が心配そうに尋ねてきた。


「たぶん大丈夫だ。どんな不安が引き金となってああなったかは分からんけど、身体的には問題ないだろう。あくまで心の問題だよ」


「よかったあ・・・」


佐藤が笑顔で答えたのを聞いて、ホッと胸をなでおろす名央だった。





「でも佐藤さあ、アンタやけに詳しいねえ?」


今度は慧が聞いてきた。


「妹が持病でああだったんだよ。だから対処法は知ってるんだ」


「そ、そっか・・・」


妹という言葉を聞いた慧はやや気まずい表情を浮かべた。


佐藤の妹が亡くなっているのはケーキバイキングの時に聞いていたので、対応に困る慧だった。




授業は一時ストップしたが、教師がざわついてる生徒を収めてから授業が再開した。


再開した授業の間に、小宵と財津が戻ることはなかった。


授業終了のタイムが鳴ると、


「ねえ小宵大丈夫かな・・・」


心配そうな表情を浮かべる慧。


「別所はともかく、財津まで戻らんのはおかしいな。何かあったのかな?」


佐藤も確信を持てない表情を見せる。





「あたし達も保険室行こ!」


あゆみが言い出したこの言葉に、反対意見を述べる者はいなかった。


あゆみ、慧、りか、名央、佐藤の5人は揃って保健室に向かった。









時は少し遡り・・・


「先生、開けてください!お願いします!」


両腕が塞がってて扉を開けられない財津は廊下から呼びかけた。


ほどなくして白衣を着た養護教諭が扉を開けると、小宵を見てやや緊迫した表情を見せた。


「過呼吸ね。ちょっと症状が大きいかな。急いでベッドに寝かせて」


財津に素早くそう指示し、それに従う財津。


小宵の身体は財津の手により保健室のベッドに丁寧に寝かせられると、養護教諭が持ってきた紙袋が鼻と口を覆うようにして当てがわれた。


「この子、名前はなんていうの?」


「別所です。別所小宵さんです」


「はい別所さん、落ち着いてゆっくり息をして。すー、はー、すー、はー・・・」


養護教諭がそう呼びかけるが、小宵の荒い呼吸はなかなか収まらない。


「君はもう帰っていいわ。ありがとう」


「あ、はい。じゃあお願いします・・・ってあれ?」


養護教諭に教室に戻るよう促された財津だが、その場から動けない。





小宵が財津の手をしっかりと握っていた。


「あの・・・別所さん?」


戸惑う財津。





「・・・お願・・・い・・・あた・・し・・・手・・・離さ・・・な・・・い・・・で・・・」


荒い息の中、涙を流しながらそう訴える小宵。


「君、この子の彼氏か何か?」


「あ、いえ、そんなことありませんよ!」


養護教諭の指摘に対して慌てて返す財津。


「ふ〜ん、まあいいわ、仕方ないから、この子の言う通り手を握ってあげてなさい。そのほうが落ち着くならそれがいいわ」


「は、はあ・・・」


財津は頬をやや紅くして、ただ戸惑うばかりだった。









そして10分もすれば、小宵の呼吸は通常通りに戻った。


「これで大丈夫ね。しばらく落ち着いて横になってなさい」


養護教諭はそう言ってベッドの横から去り、カーテンを閉めて行った。





カーテンの中は、ベッドに横たわる小宵と側に付き添う財津のみである。


「別所さん、大丈夫?」


財津はベッド側の丸椅子に座り、心配そうに呼びかけた。


「うん、ありがとう。ずっと手を握ってくれてて・・・」


小宵は笑顔でそう言ってから財津から手を離し、胸の上で両手を重ね合わせた。


「ぼ、僕なんかでよかったのかな?」


思いっきり照れる財津。


「うん、話を聞いて欲しくって・・・」


「話?」


「うん・・・財津くんは知ってるよね。あたしお母さんがいないこと・・・」


「う、うん・・・ケーキバイキングのときに聞いたから・・・」


「うん・・・でね・・・」





その途端、小宵の瞳から涙が溢れ出した。


「べ、別所さん?どこか痛い?苦しい?」


今度は慌てる財津。


「ううん・・・ただ・・・思い・・・出し・・・た・・・ら・・・涙・・・が・・・」


両手で涙を拭う小宵。





「お母さん・・・あたしの・・・目の・・・前で・・・事故で・・・死んだの・・・」


「えっ?」


「あたし・・・を・・・かばって・・・ずっと・・・忘れてた・・・こんな・・・大事なこと・・・忘れて・・・た・・・」


「別所さん・・・」


財津もかける言葉が見つからず、言葉を失う。


「あたし・・・急に・・・思い出して・・・悲しくなって・・・苦しく・・・なって・・・」


「そうなんだ。それで発作が・・・」


「ひとりで抱えるの・・・辛くって・・・誰かに聞いて欲しくって・・・ゴメンね・・・ぐすっ・・・」


小宵の涙は止まらない。





財津は迷いに迷っていた。


男子はクラスメートの女子に泣かれるだけでもかなり慌てる。


ましてや今は薄いカーテンだけとはいえ、他とは隔たれた狭い空間でふたりきりである。


このシチュエーションで迷わない中2男子などほとんど居ないだろう。


そうやって迷った挙句に、





「別所さん、辛いときは泣けばいいと思うよ」


財津は笑顔でそう言葉を放った。


「財津くん・・・」


やや戸惑った表情を見せる小宵。


「誰でも辛いことを抱えることは苦しいし、辛いことは吐き出せばいいんだ。そのために友達が居る。クラスメートが居るんだからさ!」





「財津くん!」


「うわっと!?」


突然小宵は起き上がり、財津の胸に顔を埋めた。


「べ、べ、別所さん!?」


当然の事ながら慌てる財津。


一気に動悸が高鳴り、顔が紅くなる。


小宵ほどの美少女に泣き付かれて、戸惑わない男子などそう居るはずもない。


「ううう・・・えっ・・・ぐすっ・・・」


胸の中で震えながら泣き崩れる美少女を見下ろしながら、その両腕は中を彷徨う。


(こういう状況では・・・でも僕がやっていいのやら・・・でもでも仕方ないよな・・・)


財津の両腕は戸惑いの動きを見せながら、小宵の背中にそっと回された。





こうしてしばらく小宵は財津の胸の中で泣き続け・・・


財津は小宵の頭や背中をやさしく撫でてやっていた。










「お〜い、別所、財津、いるかあ?」


突然呼ぶ声がして、慌てて身体を話すふたり。


さらに小宵は慌てて涙を拭う。


「あ、ここだよ。別所さん開けていい?」


財津は立ち上がり、小宵が小さく頷く動作を確認してからカーテンを開ける。


そこには佐藤ほか、小宵の友人女子4人がいた。


「様子はどうだ?」


佐藤は財津に心配そうに尋ねる。


「ちょっと小宵、あんた泣いてたの?」


慧は小宵の涙の痕をすぐに見つけた。





だが小宵は、


「うん、みんな心配かけてごめんね。ちょっと辛いこと思い出して苦しくなっちゃったんだ。でももうひとしきり泣いたから小宵もう大丈夫だよっ!」


小さな涙を浮かべながらも、いつもの小宵スマイルを見せた。


(あ、別所さん呼び方が変わった・・・)


小宵の一人称の変化に気付く財津。


とにかく小宵の笑顔でホッとする一同だった。









だが、ここでひとり心穏やかでない人物が居た。





あゆみ。





保健室に入ると、真っ先にカーテンの側に近付いていったのがあゆみだった。


そこでカーテンの僅かな隙間から目にしてしまった。


財津と小宵が抱き合っている姿を・・・





あゆみは繕った笑顔を見せながらも、その瞳は輝きを失っていた。


[No.1430] 2008/01/28(Mon) 22:11:32
p57dd46.aicint01.ap.so-net.ne.jp
C-10 (No.1430への返信 / 9階層) - takaci

とある高校の放課後の出来事である。


「ねえ別所」


「あ、なに山本さん?」


自然と顔がにやける良彦。


いくら山本が自分の友人が好きと分かっていても、美少女から声をかけられて嬉しくない男などそういない。


ましてや山本岬はダントツの美少女であり、良彦が密かに好意を寄せる女子でもある。


良彦の顔が崩れるのも無理からぬ事だろう。





それとは対照的に、岬の表情からはやや緊張が感じられる。


「小宵ちゃんの具合、どう?」


「えっ、具合ってなに?いつもと変わらないと思うけど・・・」


良彦の頭の中に大きな?マークが浮かび上がり、間抜けな表情を見せる。




岬は勘の鋭い女性である。


良彦の表情から、大体のことを読み取った。


「その様子だと、何も知らないみたいね・・・」


逆に呆れる岬。


「えっ、どういうこと?」


「小宵ちゃん、何日か前に学校の授業中に倒れたのよ」


「えっ倒れた!小宵が!?」


驚く良彦。


「ホント何も知らないのね、ふう・・・」


さらに呆れる岬だった。





良彦は慌てて弁明に入った。


「だって小宵いつもどおりで、今朝だって笑顔で朝飯食って弁当作ってくれて・・・でもそう言われれば小宵の飯の量が減ってるような気が・・・」


記憶を掘り返して考え込む。


「とてもいい妹じゃないの。大好きな兄を気遣って心配させないように何も言わないなんてさ!とてもいじらしいじゃないの!」


「いやゴメン」


「あたしに謝っても仕方ないでしょ!謝るのは小宵ちゃん!」


「いやそうだけど・・・でもなんで山本さんがそこまで知ってるの?」


良彦は逆に素直な疑問を岬にぶつけた。





「あたしの隣の家に財津って男の子が住んでて幼馴染なんだけどね・・・」


「財津って、ひょっとしてあの財津操?不良で超有名な・・・」


良彦の顔が蒼ざめる。


「それは兄貴。操だって根は優しくて繊細な男だよ。あたしが言ってるのは弟の衛のほう」


「へ、へ〜え。あの財津操に弟がいたんだ」


「弟の衛は兄貴と違って真面目で、見た目も全く似てないかわいい男の子なんだけどね。あたしの弟みたいな感じかな」


「ふ〜ん、弟は真面目なんだ・・・」


「そんなことはどうでもいいのよ!衛のクラスメートに小宵ちゃんがいて、衛が保健室まで運んだのよ!」


「えっ、マジで?」


「マジ。でもそれだけじゃなくって、小宵ちゃん泣きながら衛に悩みを打ち明けたのよ。その相談があたしに回ってきて・・・衛だって真剣に考えてるのよ。兄貴もしっかりしてよ!」


「ご、ゴメン。で、小宵の悩みって?」





岬の表情がすっと暗くなった。


「ちょっと込み入った話になるけど、別所の家って母親がいないんだって?」


「あ、ああ。俺がガキの頃に事故で・・・」


「で、お母さんが小宵ちゃんの目の前でその事故にあったって本当?」


「えっ、なにそれ?」


逆に驚く良彦。


「ちょっとアンタ、兄貴のくせに何も知らないの?」


「ちょ、ちょっと待ってくれよ・・・」


だんだん怒り出す岬を良彦は困惑の表情で制した。


「だってウチのお袋が死んだのって俺がまだ幼稚園に入ったくらいの頃で・・・小宵なんて1才か2才くらい。ホントヨチヨチ歩きが出来る頃だから・・・そんな頃の記憶なんて覚えてないはず・・・」


そこに夕が割って入ってきた。


「子供の記憶なら2才くらいまでならギリギリ覚えてるよ。表面上は忘れてても識域下で覚えているんだよ」


舌足らずの口調に似合わず、夕は博学である。


「へえそうなんだ。さすが江ノ本ね」


感心する岬。


「2才って・・・俺全然記憶ないよ。でも小宵は覚えてたのかあ?」


まだ納得できない表情の良彦。


そこにさらに夕の解説が入った。


「だから識域下だって。普段は覚えてなくても何かのきっかけで思い出すんだよ。事故なら例えば、何かの事故現場を見ちゃったとかでね」


「そうかあ。でもどうすりゃいいんだ?たとえそうだったとしても俺も知らなかったことだ。親父からも聞いてない。そこに足突っ込んでもいいものなのかなあ?」


「別所ってそんなに薄情なの?あんなにかわいい妹が苦しんでるのを何もせずに黙って見過ごすだけなの?」


「で、でもどうすれば・・・」


怒り迫る岬の迫力に良彦はたじろぐ。


「もう小宵ちゃんは悩んでる。悩みの原因も分かってる。だったらまず事実確認を父親にする!それから元気付ける作戦を考える!以上、何か問題ある!?」


岬はアニメ化されて人気を博した某ラノベの団長のごとく的確な指示を良彦に下した。


「そ、そうだね。そうするよ」


とりあえずは頷く良彦であった。




「もう、ホントしっかりしてよね。小宵ちゃんはあたしの妹みたいなもんなんだからさあ」


「そこまで可愛がってくれるのは嬉しいけど、俺としてはあまり甘やかしたくないんだ。だって甘やかすとすぐ・・・」


「重度のブラコンで身体ごと迫ってくるんだよね。可愛いじゃん」


「でも小宵の甘えすぎは異常で・・・だから俺としては早く別のいい男を見つけて欲しいと切に願ってるんだけどね」


良彦は苦笑いを浮かべた。


「だったら衛がいいかもね。見た目も性格も悪くないし、いい機会だからくっつけちゃうのもアリかもね」


岬は右手を下顎に付けて考え込むような仕草を見せた。


「その衛って財津操の弟はマジでいい男なのか?兄貴のイメージが強いからあまり俺としては・・・」


「操だって悪い男じゃないよ。ただちょっと短気で見た目が怖いけどね。けど弱いものには優しいし無茶もしない分別が分かってる男なんだよ。ただ喧嘩っ早くて無茶するのが玉に傷なんだよねえ」


「へえ、そうなんだ。あの財津操がねえ」


「幼馴染として10年以上は付き合ってるわけだから大体のことは分かってるよ。そのあたしが衛はまともでいい男って言うんだ。それでも心配?」


「わ、分かった、山本さんの言葉を信じるよ。でもますは小宵を元気にすることが先決だな」


「そうだよ!兄貴頼んだよ!」


岬は良彦の肩を強く叩いてはっぱをかけた。





ここでこの話が終わっていればよかった。


だがここで、更なる入場者が現れる。




「けしからん・・・けしからんぞ別所ぉ!!」


有原有二がすごい剣幕で飛び込んできた。


「あ、有原、いきなりなんだよ?」


その勢いにやや驚く良彦。


「妹とはこの世でもっとも親愛であり、愛でるべき存在。常に一挙手一投足に気を配り、何か異変に気付けば即座に対応する。これが兄の務めだあ!!」


「お、おい有原・・・この場でそれはやめろって・・・」


良彦は有二の勢いを抑えようとするが、全く効果がない。


「別所よく聞け、ウチのあゆみはなあ、この数日間元気がないんだよ。でもそれを表面に現そうとせず、健気に元気に見せるよう振舞っているんだ!この辛さがお前には分からんのか!?」


「いや、分からん・・・」


良彦は岬に顔が向けられない。


「それは妹への愛情が足りないんだ!いいか、俺はどんな些細で小さなことでもあゆみの笑顔に繋がるようなことがあれば率先してそれをやる!あゆみの元気が出るなら例え棘の道でも切り裂いて進む!それが血を分けた妹への愛ってもんだあ!!」


「有原、頼むからもう少し押さえてくれ・・・」


良彦は岬の顔が怖くて見れない。


「あっいかん、あゆみを元気付けるためにケーキを買って帰る予定だったんだ!この時間だと大好物のケーキが売り切れになっちまう!じゃあ俺は帰るから!また明日な!」


有二はそう言い残して教室から出て行った。




良彦は机に顔を伏せた状態で、顔を上げる気力もない。


そんな良彦に夕が追い討ちをかけた。


「ねえ別所くん、有原くんって重度のシスコンなの?」


舌足らずの口調で鋭い言葉を突き立てる夕。


「シスコンかどうかは・・・あの言葉で各自判断してよ・・・ゴメンね山本さん黙ってて・・・」


顔を伏せたまま岬に謝る良彦。





「有原って妹のことになるとああまでムキになるんだ・・・さすがにちょっと引いたなあ・・・」


岬の言葉にはやや冷たさが感じられた。





(うう・・・これはピンチなのか?それともチャンスなのか?どっちなんだろ・・・)


良彦の思考は混迷を極めていた。


良彦と岬にとって、有二は共通の話題である。


良彦は岬を高嶺の花だと思うフシがあり、ただ話が出来る今の関係だけでも嬉しい。


だが岬が有二への関心が無くなれば、話題が無くなり今の関係は終わる。





でも逆に考えると、有二は良彦の恋心の障害でもある。


岬が有二への関心をなくせば、良彦にもチャンスは巡って来る。


良彦の心境は今の自分の状況把握で手一杯であり、小宵のことはすっかり頭の中から飛んでいた。


[No.1432] 2008/02/02(Sat) 21:32:21
p57dd46.aicint01.ap.so-net.ne.jp
C-11 (No.1432への返信 / 10階層) - takaci

2月15日。


前日は男女、特に若い女性にとっては想いを甘いチョコレートに込めて目当ての男性に伝えるという特別な1日だった。


もちろんただの1日だった男女も多いだろうが、タダでは済まなかった男女はこの日から状況が変わる。





「よう江ノ本、オッス」


「あ、おはよう楠田・・・」


慧はやや緊張した笑みを浮かべている。


「あれ、メッチャ苦かったぞ」


「そりゃそうよ。飛びっきりのビターものを選んだんだから。普段アンタから感じてるあたしの嫌な気分の表れと思ってね!」


「けど不思議と食い切ったぜ」


「えっ?」


「全く甘くないチョコも食えるって分かったよ。マンガ片手に摘んでたらいつの間にか無くなってた」


「ちぇっ、つまんない。苦いチョコで苦しめようと思ったのに!」


「相変わらず性格悪いな。けどホワイトデーは覚悟しとけよ。俺もとびきり苦いやつ渡すからな」


「ふんっだ!でも苦いクッキーやビスケットなんかが売ってるとは思わないけど?」


「ぐっ・・・」


慧の指摘を受けて、思わず言葉が詰まる楠田。


「だからって手作りはやめてよね。男の手作りクッキーなんてキモいし、まずかったら最悪極まりないわ。ちゃんとしたものを用意してよね!」


「ちっ、江ノ本は見た目まあまあでも性格悪いから彼氏が出来ないんだよ!」


「なあんですってえ〜っ!?」





言葉だけ読み取るとかなり険悪な雰囲気に感じるが、


ふたりは終始笑顔だった。


慧が楠田に贈った、糖分ゼロのビターチョコ。


これがふたりの心の距離を縮めていた。










また教室の別の一角では、


「おはよう別所」


「佐藤くんおはよう」


「チョコ、マジで美味かったよ。あれ手作りだろ?別所ってマジで料理上手だな」


「ホント?美味しかった?」


「ああ、けど半分以上は琴美に食われたけどな」


佐藤は苦笑いを浮かべる。


「琴美さんからは本命チョコ貰ったんだよね?」


「一応な。けどそれも結局ふたりで分けて食べたけどな」


「そういう食べ方いいよね。小宵もおにいちゃんにあげた本命チョコ、ふたりで食べたもん」


「あれ?財津が本命だったんじゃないの?」


「佐藤くんと財津くんは中身一緒だよ。おにいちゃん用の余りで簡単に作ったチョコ。義理だからそれでいいやと思ったもん」


「なんだ。てっきり財津が本命だと思ってたよ」


「本命チョコを教室で堂々と渡す勇気は小宵持ってないよ」


「ま、それもそうだな」





昨日、小宵は休み時間に佐藤と財津に義理チョコを渡していた。


佐藤にはカートレース場などの新しい世界を教えてくれたお礼で、


財津は教室で倒れたときに介抱してくれたお礼だった。





「それに小宵じゃあ佐藤くんにも財津くんにも本命チョコは渡せないよ」


「なんで?」


「だって佐藤くんには琴美さんがいるし、財津くんはあゆみちゃんが本命チョコ渡すの知ってたもん。だから渡せないよ」


「そうだよなあ、財津はもてるからなあ・・・」


佐藤は教室を一通り見回して、財津の姿を確認した。


あゆみと少し会話してるようで、そのあゆみは飛び切りの笑顔ではしゃいでいる。


そして財津がこちらにやってきた。




「佐藤くん、別所さん、おはよう」


「よっ、なんか有原喜んでたな。そんなに有原の本命チョコは美味かったのか?」


佐藤がからかうような言葉をかけると、財津は困ったような表情を浮かべた。


「財津くん、どうしたの?」


小宵は不思議そうな表情を浮かべて尋ねる。


「いや、手作りチョコって貰うのは嬉しいけど・・・あ、別所さんありがとう。おいしかったよ・・・けど、なんか重いものもあるんだよね。別所さんのチョコみたいに美味しければいいんだけど・・・」


財津の困惑の色はますます深まっていく。


「その表情から察するに、有原のチョコは・・・」


佐藤は同情の色が混ざった表情を浮かべた。


「僕って今年結構貰えてさ、ひとりじゃ食べきれないから家族全員で分けて食べたんだけど、有原さんのチョコはとても独特の味で・・・一口入れただけで身体が拒否反応を示すみたいで・・・」


「で、その有原の手作りチョコはどうなった?」


「僕は一口だけで、残りは兄貴が食い切った。けど兄貴はそのせいか調子崩して今日休んでるんだ・・・」


「それは・・・辛い真実だな・・・」


佐藤の表情も暗くなる。


「有原さんには『個性的な味で全部食べた』と言っただけなんだ。とても真相を言う勇気は・・・」


「まあ、その言葉で間違ってはいないよな。それで有原はああも無邪気に喜んでたわけか・・・」


「手作りも別所さんみたいに美味しければ全然重くないし嬉しいけど、その・・・食べるのが困難な手作りは・・・いろいろ難しいね」


「手作りチョコは重いってよく聞くけど、そういう意味合いも含んでいるのかもな・・・」





2月中旬の朝の教室は寒い。


にもかかわらず、佐藤と財津のふたりは嫌な汗を少しかいていた。


その話を間近で聞いた小宵は微妙な笑みを浮かべ、真相を知らないあゆみはひとりで無邪気な笑みを浮かべていた。









しかし、この日を境にして、このあゆみの無邪気な笑みは次第に見れなくなっていった。





財津が小宵に優しく接する機会が明らかに増えていた。




財津にとって本命は幼馴染の岬である。


だが先日小宵が倒れ、保健室に運び、そこで小宵から涙ながらの悩みを聞いた。


さらに義理とはいえ、とても美味しかった小宵の手作りチョコ。


財津の心は静かに、ゆっくりと小宵に向けて傾き始めていた。





財津と小宵はそれぞれ男女のクラス委員長同士であり、その気になれば接する機会は多い。


小宵に優しく接する財津の言動が、あゆみから無邪気な笑顔を失わせていった。


[No.1433] 2008/02/15(Fri) 22:05:06
p57dd46.aicint01.ap.so-net.ne.jp
C-12 (No.1433への返信 / 11階層) - takaci

2月も下旬になり春も近い季節になるが、相変わらず寒気が頑張っていて凍えるような日々が続いている。


そんなとある日の放課後、小宵が佐藤に『相談に乗って欲しい』と持ちかけてきた。


そしてこのふたりが行き着く先は自然と決まっている。





佐藤は小宵を連れて、『Racing Sports』の扉を開けた。


「やあ、おふたりさんいらっしゃい」


店主が優しい笑顔で声をかけてきた


さらに、





「あっ、義彦お帰り〜。小宵ちゃんご無沙汰〜」


琴美が待っていた。


「あっ、こ、こんにちは」


慌てて頭を下げる小宵。


「よっ琴美、今日はよろしく頼むよ」


「小宵ちゃんの悩みならあたしも放っておけないって。あたしが役に立てるなら喜んで!」


琴美は元気良く胸を張った。





小宵が佐藤に持ちかけてきたのは、『恋愛みたいなものに関する男の子の意見』だった。


それに対し、


「でもそれなら年上の同姓もいたほうが良くない?」


と佐藤は言い、メールで琴美をここに呼び出していた。





佐藤と琴美は店内奥にあるテーブルに向かうが、小宵は入り口側に立ってじっと一点を見つめていた。


「あれ、別所どうした?」


「あ、ううん。ただ写真が変わってるなあって思って・・・」


「写真?ああこの車ね」


店の入り口にある大きな写真の車が、以前とは別のものに変わっていた。


http://mahoroba.s70.xrea.com/up/img/106.jpg


「しっかし今度はこれですか。店長もベタっすねえ」


佐藤はやや皮肉交じりの笑顔で店主に向けてそう言った。


「でもまあ、日本人の心に残るCカーと言ったらやっぱこの車、マツダ787Bだろ」


「でも厳密に言えばこれってCカーじゃないですよね?」


佐藤は店の入り口に引き返し、改めて写真を見上げる。


「IMSAGTPだな。でも似たようなもんと言うかほとんど同じだ。義彦くんはあまり好きじゃないんだよな、787Bは?」


「前に飾ってあった956のほうがはるかに好きですね。787Bは確かに偉大な功績を残したけど、けど実際には裏の理由があっての話でしょ?」


「まあそうだが、でもそれを知る日本人はほとんどいない。残るのは結果だけだよ」


「それが少し気に入らないんですよ。まあ結果は認めるけど、完全に納得は出来ないって感じですかね・・・」


「義彦くんらしい答えだな。まあそう思ってる人も少なくは無いけどね」


店主は優しい笑顔を崩さないまま、義彦の皮肉交じりの指摘を大人の対応で流していた。


「おーいふたりとも、早くこっち来なさいよ〜」


店の奥から琴美の元気な声が届いた。





店の奥にあるテーブルで店長が淹れてくれたコーヒーをすすりながら3人は本題に入った。


「で、小宵ちゃんは恋愛の悩みなんだよね?」


琴美の目と顔がとても輝いている。


「う、うん・・・恋愛なのかどうか分からないけど・・・」


小宵は顔を伏せて、若干目も泳いでる。


その様子から緊張が感じられた。


対する佐藤は落ち着いた様子で、静かに聞き耳を立てている。




「最近、財津くんが優しくって・・・小宵それがちょっと気になってて・・・」


「財津くんって誰?小宵ちゃんのクラスメートか誰か?」


「うん、同じ学級委員同士で少し前にすごくお世話になって・・・それでバレンタインにチョコあげたんだ。義理チョコだけどね」


「確か俺が貰ったのと一緒だよな?」


「うん」


「あっ、あの美味しかった手作りチョコね!あたしも覚えてるよっ!」


琴美の笑顔が光る。


「それが原因かどうか分からないけど、バレンタイン以降の財津くんの態度が気になるって言うか、なんか優しい感じがして・・・」


「で、小宵ちゃんはそれをどう感じてるの?」


「う、うん・・・優しいのは嬉しいけど・・・たまにドキドキするときがあるって言うか・・・」


「へえ・・・」


佐藤が生返事をした。あまり関心が無いようだ。


「で、やっぱり男の子は義理でもチョコ貰うと自然と優しくなるのかなあ?佐藤くんはどう?」


「どう?って言われても逆に聞きたいよ。俺って態度変わった?」


「ううん、佐藤くんは前と変わってないよ。けど佐藤くんには琴美さんがもういるし、けど財津くんには誰もいないわけで・・・そのあたりのことを佐藤くんに聞きたくって・・・」


「要は彼女いない男が義理でもチョコ貰うと態度が変わるかって事?」


佐藤が尋ねると、


「うん・・・」


小宵は頬をやや紅くして頷いた。





「まあ、微妙だな。正直相手によるし、義理でもあんなに美味いチョコ貰えれば心は動くかもな。別所ってかわいいし」


「へえ、じゃあ義彦の心も少しは動いたんだあ・・・」


琴美は佐藤に対してやや冷たい視線を送る。


「いや俺は別に。だって態度変わってないでしょ。まあ話す機会が増えた程度じゃない?」


「うん、佐藤くんはほとんど変わってないよ。けど財津くんは明らかに優しくなってる気がして・・・小宵の自意識過剰かもしれないけど・・・」


「バレンタイン以前になんかきっかけがあったんじゃないの?そもそもなんで義理チョコあげたの?」


琴美が指摘した。


「一度教室で倒れたときに財津くんに保健室まで運んでもらって、その時に小宵の悩みも聞いてくれたんだ。そのお礼」


「ああ、あのときの過呼吸ね」


佐藤が当時の状況を思い出した。


「それじゃないかな。女の子が男の子に悩みを話すなんて、よっぽど心を許してないと無理だと思うからさ」


と琴美。


「う〜ん、それがあってさらにチョコ貰って財津の心の火が点いたのかもな。でもちょっと待てよ、確か財津ってほかの女子からも・・・」


佐藤は怪訝な表情を浮かべて記憶の糸を辿る。


「うん、あゆみちゃんが本命チョコ渡してるよ。それも悩みのひとつなんだよ」


「あゆみちゃんって誰?」


「有原あゆみっつってクラスメートで別所の親友。そうだよ有原がチョコ渡してんじゃん!」


琴美の質問に佐藤が代わりに答えた。


「え?ちょっとそれってまずくない?友達と一緒の男の子が好きになるってギスギスした関係になっちゃうよ?」


不安げな表情を浮かべる琴美。


「それが小宵気になるんだ。小宵が財津くんと仲良く話してたとき、なんかあゆみちゃんが悲しそうな表情でじっと見てたんだよね・・・」


小宵の顔が暗くなる。


「で、そんな今の状況から、別所はどうしたいんだ?財津と仲良くしたいの?それとも有原との友情を優先する?」


「その判断が出来れば小宵こんなに困らないよう!そのための相談なんだからあ!」


佐藤が確信を突いた質問をすると、小宵は拗ねたような表情を浮かべた。





「う〜ん・・・・・・」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


三者三様に黙り込んで思考を深める。






カチャ・・・


佐藤がコーヒーカップを静かに手に取り、小さな音がやけに大きく感じられる。


それほどまでに3人は黙り込んでしまっていた。


[No.1434] 2008/02/23(Sat) 21:27:53
p57dd46.aicint01.ap.so-net.ne.jp
C-13 (No.1434への返信 / 12階層) - takaci

この長い沈黙を破ったのは、琴美の言葉だった。


「ぶっちゃけのところ、小宵ちゃんはどうしたいの?その有原さんがいなければ、財津くんって男の子と仲良くなりたいの?」


琴美は強い視線を小宵に向けて放つ。


それを受けて、





「うん・・・」


小宵は小さく頷いた。




「それなら、まずは義彦にその財津くんの気持ちを確かめてもらうのが第一!」


「「ええっ?」」


琴美の言葉に佐藤と小宵は揃って驚きの声をあげる。





だがそれでも琴美はけろっとした表情を浮かべて、


「だって、まずはその財津くんの気持ちを確かめるのが必須でしょ。財津くんが小宵ちゃんのことをどう思ってるのか、有原ちゃんとどっちが好きなのか、それとも別にほかの好きな女の子がいる場合も考えられるよ。問題は一つ一つ丁寧に潰していかないとね」


そう言って、コーヒーカップに口をつけた。





それに対し、


「それを俺が財津に聞くの?なんで?」


佐藤は思いっきり不満の表情を浮かべた。


「だってほかに聞ける人がいないじゃん。小宵ちゃんが直接確かめるのもまずいと言うか本心を話さない場合もあるから、やっぱここは同姓のアンタの出番でしょ!」


琴美は相変わらずけろっとしている。


「マジかよお・・・一歩間違えばクラスメートの女子同士のドロドロ恋愛模様に足を踏み入れることになるんだぜ!琴美は俺に地雷原に入れと言うのか?」


「そう」


「そうって・・・そんなあっさり言うなよお・・・」


佐藤は呆れてそれ以上の言葉が出てこない。




「小宵ちゃん!」


「は、はいっ!」


突然、琴美は小宵の名を呼び、ビクッと反応する小宵。


「恋愛も友情もどっちも大切よ。でもこうなった以上は傷つくことを恐れちゃダメ。小宵ちゃんは財津くんとの恋愛を第一に考えるべきよ!」


「れ、恋愛ですか?小宵まだ財津くんに恋愛感情を抱いてるとは思ってないんですけど・・・」


「でもさっき、たまにドキドキするって言ったでしょ?」


「は、はい・・・」


「それで十分!小宵ちゃんは財津くんが好きなの!有原ちゃんのことが頭に引っかかってるから簡単には認められないんだけど、本心じゃ財津くんに恋心を抱いているのよ!」


「恋・・・このドキドキが恋なのかなあ・・・」


「小宵ちゃん、今あなたは財津くんのことを考えてるよね!財津くんを思い浮かべてるよね!」


「は、はい・・・」


「今の小宵ちゃん、とってもいい表情してる。、まさに恋する女の子の表情だよ!その目と顔色が本心だよ!口でいくら誤魔化しても身体は正直だよっ!」


「そ、そうなんですか・・・」


琴美の勢いにたじたじの小宵の様相である。





「だからまず義彦に財津くんの本心を探ってもらう。ここで小宵ちゃんは傷つくかもしれない。有原ちゃんも傷つくかもしれない。でも傷つくのを恐れちゃダメ!じゃないと前に進めないよ!」


「は、はい!小宵頑張ります!」


琴美の勢いに吊られたか、小宵はやや引きつったような笑みを繕ってガッツポーズをする。





「その、女子の心を傷つけるような真似を俺にしろって言うのかこの女は!」


ここで佐藤がやや怒ったような口調で琴美に文句を言った。


「義彦、ここは小宵ちゃんのために汚れ役を背負ってちょうだい・・・」


琴美は佐藤の肩をぽんぽんと叩きながらなだめすかせるような口調でそう言った。


「なんで俺がそんなことを・・・」


「義彦、今はまだ財津くんの本心を確かめるだけだよ。何も無理に財津くんの心を動かせと言ってるわけじゃないんだからね。今は」


不満たらたらの佐藤に対し、琴美は悟ったような笑顔でそう語る。





「琴美」


「なに?」


「俺、最後の『今は』ってのがすっげえ気になるんだけど」


「だって状況によっては、財津くんの心を正しく導く役目をあんたにしてもらう可能性もあるからね」


「それって俺が財津と有原と別所の三角関係に口を出すって事だろ!?」


「そうなるね」


「簡単に言うがなあ、そうなればマジで一歩間違えればドロドロだぞ!そんな役目は御免被る!」


「だからドロドロにならないように注意深く導くのよ。それくらいやってあげなさいよお。義理でもチョコ貰ってるんだしさあ」


「俺、すっげえ嫌な予感がするんだけど・・・」


佐藤の顔色が悪くなっていく。


「小宵ちゃんの恋を成就させるためにも頑張んなさいよお。ひとりじゃ無理でもまわりの助けがあればうまく行くことなんてザラなんだからね!正面写真のマツダだってそうなんでしょ?」


対照的に琴美はずっと笑顔のままだ。





ここで小宵が遠慮がちに切り出した。


「あの・・・それってどういう意味ですか?小宵よく分からないんだけど・・・」


小宵には佐藤と琴美の会話の意味がいまいち理解出来ていなかったようだ。


「ああ、マツダの例えね。正面に飾ってある写真の車なんだけど、1991年のルマンで日本車初の総合優勝をした車なんだよ。結構有名なんだ」


佐藤の説明を受けて、


「うん、ルマンは分かるよ。小宵が生まれる前の話だよね。で、それがどういう関係があるの?」


「この年のルマンは主催者側もごたごたしてて、いろいろ不可思議な点もメッチャ多かったんだ。マツダはそこを突いて、優勝候補の有力勢より170キロ軽い最低重量で走ったんだよ」


「えっ、でもそれって公平じゃないんじゃないの?170キロって大きいよね?」


「表向きは『性能調整』。要は遅い車でも速い車と対等に戦えるように重量を細かく調整してたんだ。でもマツダの170キロは異常に軽いよね」


「うん、小宵もそう思う」


「まあ見方を変えれば、その重量でも互角に走れないだろうと主催者側にタカをくくられたわけなんだけど、けど結果としては優勝しちゃったんだ。まさに『優勝しちゃった』んだよ。主催者も関係者もびっくりの結果になったんだ」





「けどね・・・」


ここで琴美も割って入ってきた。


「マツダはそのマイナス170キロを主催者と交渉して勝ち取ったのよ。それも戦いなわけ。見方を変えれば確かに公平じゃない。だから義彦は787Bを認めてないんだけど、けど別の見方をすればその最低重量を認めさせたことも勝負事なのよ。正面切って正々堂々と挑むのも勝負の形だけど、裏工作して自分達が有利に戦えるようにするのもまた勝負なわけ」


「勝負って事は、小宵はあゆみちゃんと戦うんですか!?」


ここで驚きの表情を見せる小宵。


「ひとりの男の子をふたりの女の子で取り合うんだから勝負で間違いないよ。恋愛の勝負ね」


「そんなあ・・・小宵自信ないなあ・・・」


目線を落とし困ったような表情を浮かべる。


「そのために、とりあいずあたしと義彦が小宵ちゃんの見方になるんだから!小宵ちゃんひとりだと不安かもしれないけど、あたし達は味方だからね!頑張ろう!おーっ!!」


ひとりテンションの高い琴美だった。





(なんで小宵が・・・あゆみちゃんと争うことになったのかなあ・・・)


小宵はそんなことを考えながらふうっと小さなため息をつき、冷めたコーヒーカップにすっと口をつけていた。


[No.1435] 2008/03/01(Sat) 21:34:24
p57dd46.aicint01.ap.so-net.ne.jp
C-14 (No.1435への返信 / 13階層) - takaci

「よう財津、最近別所と仲よさそうだなあ」


「な、なんだい佐藤くん、急に・・・」


このとき、財津の頭が一瞬ピクンと反応した。


図星を突かれた表れである。


「まあ、何だ。ちょっと話をしようか?」


佐藤はそう話して、財津を教室の外へと連れ出した。






そして向かった先は屋上だった。


高いフェンスにもたれかかり、本題に入る。


今日は春が近いと思わせるほどの陽気があり、あまりの寒さで誰も寄り付かない2月の屋上とは感じられないほどの快適さだった。


その暖かい陽気が、人の心の扉を開けさせる効果があるのかないのか?


それはその場に立つ者でないと分からない。






「で、佐藤くんは別所さんに関心があるの?噂では佐藤くんには年上の彼女がいるって聞いたことあるけど・・・」


「ああ、俺はそう」


「佐藤くんが羨ましいな」


「そうでもないと思うぜ。年上だといろいろうるさいし。それに財津ってもてるから、その気になれば彼女なんてすぐに出来るだろ?」


「そうやってよく言われるけど、想いってなかなか通じないよ。特に年上となるとね」


「ってことは、財津は年上が好みなのか・・・それかもう好きな年上の人でもいるの?」


「幼馴染の姉みたいな人なんだけど、この前のバレンタインで振られたんだ」


「そう・・・なんだ。悪かったな。嫌なことを思い出させて・・・」


佐藤は気まずそうな表情を浮かべたが、逆に財津はサバサバした笑顔で、


「いいよもう。終わったことだし、良くも悪くも白黒はっきり付いたし。そりゃ悲しいけど、結構すっきりしたよ」


「で、その代わりって言っちゃ悪いが、別所に優しくなってると・・・」


「佐藤くん、やけに別所さんが気になるみたいだね。個人的には彼女がいて、ほかの女の子まで好きになるのはどうかと思うけど・・・」


「そりゃ誤解だ。俺は別所を何とも思ってない。別の意味で気にしてるのは俺の彼女だよ。別所と仲良くなってさ」


「へえ、そうなんだ」


「だから、皆まで言わなくても分かるだろ?俺の質問の意図が。財津よ?」


「まあ、なるほどね。でもつまり裏を返せば、別所さんが僕のことを気にしてるとも取れるけど・・・」


「その通りだよ」


「ええっ?」


驚く財津。


「マジだって。その相談が別所から俺に回ってきて、俺が自分の彼女に相談して、それでまず財津の気持ちを確かめようってことになってさ。だからこうして聞きづらい質問を屋上なんかでしてるわけだよ」


「そうなんだ。別所さんが僕のことを・・・ちょっと驚いたよ」


まだ言葉どおりの驚愕の表情を浮かべている。





「でもよお、財津って俺と違ってもてるだろ?有原からも本命チョコ貰ってたよな。そこんとこはどうなんだ?」


「う〜ん、有原さんには悪いけど、あまり意識してないよ。別所さんのほうが気になる・・・かも・・・しれない・・・」


後半、言葉が途切れ途切れになりながらも、財津は小宵への気持ちを肯定した。





やや空気が重くなる。





「まあ有原も悪くないと思うけど、本命チョコ最悪だったんだろ?そりゃ引くよなあ!」


重い空気を打ち消すような明るい口調で、佐藤は冗談交じりの言葉を吐いた。


「そ、そうなんだよね・・・あの兄貴さえも苦しめた殺人チョコは・・・何がどうなってチョコがああなるのか不思議だよね!」


吊られて財津も苦笑いを浮かべる。


「ま、有原には悪いが、財津にとって有原は恋愛対象外ってことか?」


「まあそうだね。あとこれは推測だけど、僕の兄貴が有原さんに何らかの好意を寄せてるみたいなんだ。兄弟揃ってひとりの女の子を争うってのも・・・ね?」


「・・・だな!」


財津、佐藤両名共にはっきりとした言葉は示さないが、アイコンタクトで意思の疎通は出来ていた。






「でもゴメン、別所さんへの気持ちは僕自身も分かんないんだ。さき姉・・・まえに振られた女の人のことを引きずってないとは言い切れないし、大事なことだから自分自身の気持ちに整理をつけてからきちんと返事したい」


財津が真面目な顔でそう答えると、


「まあ、別所もまだおぼろげながらって感じだし、今まで通りダベったりしてやってくれよ。結論出すのはまだまだ先でいいからさ」


佐藤も顔を引き締めてそう返す。


そしてふたりは屋上を後にした。





この会話がふたりだけのものだったらなんら問題はなかった。


だが、こういうときに限って聞き耳を立てている者がいた。


そうじゃないと話が成り立たないのでもあるが・・・





踊り場の陰に隠れて、なんとあゆみが立っていた。


財津の同行が気になり、付いてきてしまったのである。


だがこの会話は、あゆみの心をえぐり、深く突き刺さるものだった。


口から魂が抜け、しばらく茫然自失としていたが、財津たちが屋上から立ち去ろうとすると慌てて姿を隠した。





(小宵ちゃんが財津くんを好き・・・でもこれって裏切りじゃない?)


(だって財津くんはあたしが先に目をつけたんだから・・・途中から横取りなんて許せないよ)


(いくら友達でも・・・これは許せないよ!)


あゆみの瞳に怒りの炎がメラメラと点っていた。


[No.1436] 2008/03/08(Sat) 22:19:13
p57dd46.aicint01.ap.so-net.ne.jp
C-15 (No.1436への返信 / 14階層) - takaci

2月の屋上は基本的には寒い。


先日、佐藤と財津が話していたときのような陽気に包まれることは稀である。


あれから数日後、冷たい空っ風のなかで同じ場所に今度は5人の女子生徒が集まっていた。


「有原、こんな場所で話ってなによお?あたしメッチャ寒いんだけど・・・」


「同感。用件は手短に頼むわ」


りかと慧は揃って寒がり、風が吹くたびにぶるっと身体を震わせる。


だがあゆみはそんなふたりのことは全く気にしてない様子で、屋上のフェンスを細い指で掴みながら淡々と語り出した。





「少し前にここで財津くんと佐藤くんが話してたんだ。今日みたいに寒くなくって、ポカポカ陽気の日だったんだけどね・・・」


「あのふたりが?で、何の話をしてたのよ?」


やや怒ったような口調になる慧。


「財津くんが小宵ちゃんを意識してるって・・・小宵ちゃんも・・・財津くんを少し気にしてるって・・・」


「えっ!?」


フェンスを掴むあゆみの指は寒さではない別の理由で震えていて、あゆみの言葉を聞いたほかの4人は揃って驚きの声をあげた。


「ねえ小宵ちゃん、そのあたりどうなのかな?小宵ちゃんも知ってるよね?あたしが財津くんを好きなこと・・・」


あゆみは小宵たちに背を向けたまま、鋭い口調で小宵を問い詰める。


「こ・・・小宵は・・・小宵は・・・その・・・」


小宵はほかの3人の視線を一斉に受けて、下を向きモジモジしながら返答に詰まっている。


「ちょっと小宵、真剣に答えなさい。あんたも財津くんが好きなの?」


慧が小宵の両肩を掴み身体を揺さぶる。


それを受けた小宵は渋々ながら、ゆっくりと答えた。





「好きって決まったわけじゃないよ。ただ少し気になるって言うか、ちょこっとドキドキするかなって感じ。まだ小宵自身も良く分からないんだよ・・・」


「でもお兄さんは?小宵ってお兄さん大好きなんでしょ?」


「おにいちゃんも好きだよ。けど財津くんみたいなドキドキはなくって、それをほかの人に相談したら『小宵は財津くんに恋心を抱いてる』って言われた。だから小宵も・・・財津くんを・・・好きだと・・・思う・・・」


「あちゃ〜、こりゃ最悪だわ・・・」


小宵の途切れ途切れの告白を聞いて、りかは思わず天を仰いだ。




「小宵ちゃんルール違反だよね?あたしが財津くんを好きなのを知ってて、それでアプローチするなんてルール違反だよね?」


あゆみは必死の形相で小宵を問い詰める。


「ちょっと待ちなよあゆみ、ルール違反と決め付けるのはどうかな?そもそも恋愛にルールなんてないんだよ?」


すかさずりかが仲裁に入った。


「でもあたしたち友達だよね?友達同士で同じ男の子を好きになるってどうなの?しかもあたしが最初に財津くん好きになったんだよ。小宵ちゃんはお兄さんが好きで・・・みんな知ってたよね?それってどうなの?」


あゆみは涙を浮かべて、真剣な面持ちで訴えた。


「う・・・」


固まるりか。


「・・・」


名央は圧倒されて言葉が出ない。



「まあ・・・その・・・なんだかな・・・」


そんな中で慧が声をあげた。


「小宵が財津くんを好きになったのは仕方ないと思う。土橋も言ったけど、恋愛にルールはないし、自由なものよ。確かにあゆみは横槍が入って面白くないだろうけど、仕方ないんじゃない?」


「あたしも同感。恋愛にルールはないし、友達と同じ男子が好きになることも有りうること。小宵はウチらが兄貴に会ったときにだれか好きにならないかどうか心配してたけど、有原はその心配をしてなかったからショックが大きいんだよ。小宵を責められることじゃないよね」


慧とりかは揃って小宵を庇う個人見解を出した。


だがそれでもあゆみは、


「そんなの・・・分かってるけど・・・言ってることは分かるけど・・・納得できない!これがまだ知らない人なら受け入れられるかもしれない。けど小宵ちゃんだなんて・・・あたしの友達からこんなことになっちゃうなんてどうしても納得できない!」


あゆみは涙を流しながらも、一歩も引かない姿勢を見せる。





あゆみにとってすれば、財津を最初に好きになったのは自分である。


そして小宵からは自身の兄が好きだと打ち明けられていた。


それがここに来て、『小宵も財津が好き』と言われても『はいそうですか』と簡単に受け入れられるわけがない。


例え、先のバレンタインで本命チョコが失敗に終わったとしても。まだ諦められない。


あゆみは『小宵に裏切られた』と感じていた。





「あたし、こんな気持ちで小宵ちゃんと友達付き合いなんて出来ないと思う」


「あゆみちゃん、なに言い出すのよ!?」


ずっと黙っていた名央が思わず声をあげた。


「そうよ。あゆみバカ言うな!」


「あゆみ、ちょっと落ち着きな!」


慧とりかは揃ってあゆみに寄り、なだめようとする。





「でも・・・あたしは・・・」


あゆみは素直な娘である。


だから自分の感情を押し殺して器用に人付き合いをするという真似は出来ない。


それゆえに『小宵と絶縁』という言葉に繋がってしまった。




それを受け、


「・・・分かった・・・」


小宵は素直に受け入れてしまった。





「ちょっと小宵、それでいいの?」


「そうだよ小宵!あんたも落ち着いて考えな!」


慧とりかのふたりは、今度は小宵に寄ってきた。




「あゆみちゃんの気持ち、小宵も良く分かる。小宵もルール違反みたいに感じてる。だから・・・仕方ないよ・・・」


うつむいたまま、落ち込んだ声で小宵はそう答えた。


今にも泣き出しそうな声で・・・




暖かい陽気は、人の心を開ける効果があるかもしれない。




逆に寒い寒気は、人の心を閉ざしてしまうのかもしれない。


[No.1438] 2008/03/15(Sat) 18:38:44
p57dd46.aicint01.ap.so-net.ne.jp
C-16 (No.1438への返信 / 15階層) - takaci

「別所さん、最近元気がないみたいだね?」


学校からの帰り道、衛が心配そうに小宵の顔色を窺ってきた。


「あ、ううん。小宵はあまり変わってないよ。ただ最近ちょっと友達とうまく行ってなくて・・・」


そう話す小宵の口調は明らかに元気がない。


「友達って、有原さんとか江ノ本さんとか?」


「うん、ちょっとね・・・」


小宵の口調からは、『それ以上は聞かないで』という雰囲気が感じられた。


それを感じ取った財津は、そのことに触れないままそのまま帰途に着いた。


そして翌日、このことが財津から佐藤に伝わる。


佐藤は少し考え、比較的親しい(と言えるのかどうか分からないが)りかに詳細を尋ねることにした。


放課後、部活に向かう前のりかを佐藤が捕まえる。





そして・・・


「お前らと別所が絶交!なんで!?」


佐藤は大きな驚きに包まれることになった。





「ウチら全員ってワケじゃないよ。完全に絶交なのはあゆみと小宵のふたり。あたしや江ノ本、千倉は個別に小宵と話すようにしてるけど、みんなまとめてとなるとあゆみが中心になることが最近多いからね。そうなると小宵が仲間外れになっちゃうね・・・」


りかはそれだけ言うと、ふうっと大きくため息をついた。


「原因は何だ?」


佐藤がそう問いただすと、


「あゆみと小宵の対立、あんたなら分かりそうなもんだろ?一枚絡んでるって噂聞いたし・・・」


りかはぶっきらぼうに吐き捨てるような口調でそう答えた。


「・・・財津を巡る争いか?」


「そう」


「マジかよお・・・最悪の事態だな・・・」


佐藤は思わず力が抜けて、そばにある椅子にへたり込んだ。


「あたしは小宵に罪は無いと思うけどね。恋愛は自由だし・・・ただ親友が好きな男子をあとから好きになっちゃうのは少しまずかった気がする。小宵だってあゆみの気持ちは知ってたわけだし、あゆみが納得いかないのも分かるんだ」


「だからって絶好なないだろ。どうせ有原が言い出したんだろ?」


「よく分かるね。そうだよ」


「バカで我侭な有原が言いそうなことだ。けど自分だけでなくほかの奴らも巻き込むなんて、イジメと似たようなもんじゃないのか?」


佐藤がきつい指摘をすると、


「あたしらは、少なくともあたしはそうならないようにしてるつもりだよ。できるだけ小宵に声かけるようにしてる。でも・・・小宵もウチらを避けてる感じがあるんだよ」


「別所が?自分からお前らを避けてるのか?」


「たぶん気を遣ってるんだろうね。正直今の小宵の姿は見てて辛そうだと思う。けど・・・小宵から避けられるんじゃウチらじゃどうにもならないよ・・・」


現状を語るりかの口調は明らかに重く、辛そうだった。


だがそれ以上にそれを聞いた佐藤の表情は暗く、完全に黙ってしまった。


「・・・そうか・・・」


うつむいて、ただそう漏らすしかない佐藤だった。





その後しばらく考え込み、力なくポツンと呟いた。


「なあ土橋、頼むから別所に出来るだけ接してやってくれないかな?俺も接するようにするけど、クラスで同性の友達ってか、話し相手がいないときついからさ。頼むよ・・・」


これだけ言うのが、今の佐藤の精一杯だった。


「・・・分かった・・・」


りかもまた力なく答えた。


重い、重い空気がふたりを包んでいた。





それから数日が経過した。


佐藤は出来る限り、小宵の動向を注意深く観察した。


小宵は繕ったような笑顔を見せる機会が多くなっていた。


慧やりか、名央たちは個別に小宵と会話していたが、その機会がぐっと減っていた。





代わりにあゆみが友人らを取りまとめてはしゃいでいるのをよく目にした。


そのときは当然、小宵は孤立していた。


ただひとりで、はしゃぐあゆみたちに寂しげな目線を送る小宵の姿は、見てて痛々しかった。


そして小宵孤立の要因となった財津は、あゆみの猛アタックを受けていた。


財津が小宵と話そうとしても、あゆみに阻まれてロクに話が出来ない。


佐藤の目にはそう映っていた。


日を追うごとに、小宵の顔色は悪くなっているようだった。





月が変わり日々が少しずつ寒さが和らいでいく。


人の心もそれと共に和んでいくものだが・・・





小宵の目の光は確実に輝きを無くしていった。


[No.1439] 2008/03/15(Sat) 18:40:33
p57dd46.aicint01.ap.so-net.ne.jp
C-17 (No.1439への返信 / 16階層) - takaci

3月の学校はのんびりとした雰囲気に包まれる。


学年末試験が終わると、緊張が抜ける。


3年生が卒業した校舎はどこか閑散とした空気が漂う。


部活も本格始動するのは4月からで、こちらも緊張感はない。


そんな空気の中でも2年生担当の教師は来年の受験に向けて緊張感を高めようとするが、その口車に乗るのは一部の生徒であり大半はのんびりとしながら春休みを待っている。





佐藤は大半の生徒と同じように、少しずつ緩む寒さをありがたく感じながら緊張感のない日々を過ごしていた。


(もうレースシーズンもいろいろ開幕だなあ。でも最近のレースはいまいち面白くないんだよなあ)


(せめて俺はプロトタイプカーのレースが観たいけど、日本のプロトはなくなったし海外の中継もないし・・・けどせめてルマンの中継くらいして欲しいなあ・・・)


春が近いと感じられる暖かい日差しの中で、教室の自分の席であくびをしながら自分のコアな趣味のことを考え、ぼーっとして時の進みが遅いなあと感じていた。





「佐藤くん」


(ん?)


背後から声をかけられ、振り向くと財津が真剣な面持ちで立っていた。


「なに?」


「佐藤くん、別所さんが4日連続で休んでるの知ってるよね?」


「あ、ああ。季節の変わり目だから風邪か何か引いたんじゃないのか?それともサボりか。もう学年末ですることないしな」


佐藤の言葉どおり、小宵はここ3日ほど姿を見せていない。


「そのことなんだけど・・・」


財津は声のトーンを落とし、目の色はさらに緊張の色を強めて静かに空いている後の席に腰を下ろした。


「なんだ?」


佐藤にも財津の緊張感が伝わってくる。


と同時に、休む前の小宵の姿を思い出していた。


(そういや別所って元気がなかったなあ。目なんか死んでたし。有原たちとうまく行ってないのかなあ・・・)


そんなことを考えていると、





「別所さん、実はサボっているんだよ。昨日さき姉・・・隣のお姉さんが制服姿で川原でぼーっと佇んでる別所さんを見つけたんだよ」


「さき姉って、お前が好きだった高校生か。けどなんでその人が別所を知ってるんだ?」


「別所さんのお兄さんとさき姉がクラスメートなんだよ。それで知り合ったんだってさ。まるで妹みたいでかわいいってさき姉は別所さんを気に入ってるんだけど・・・」


「ああ別所から聞いたことある。確か山本さんだよな。でも別所って結構真面目だろ。まあ学年末だから影響はさほど無いとしてもサボりは意外だよなあ。それとも学校の居心地が悪いのか・・・」


「それなんだよ」


財津の目の色がさらに暗くなる。





「どういうことだ?」


次第に佐藤の顔も真剣みが帯びてきた。


「別所さん、何かかなり悩んでるみたいだったんだよ。さき姉が声をかけようと寄ってったときに別所さんの呟きが耳に入って・・・それでなんか近寄りがたい雰囲気を感じて声をかけずにそっとしておいてそのまま立ち去ったって言ってたんだ。けどそのときの別所さんは本当に深く落ち込んでるように見えたって・・・」





(んん・・・?)


佐藤の心の中で、小さなざわめきの波が立ち始めた。


「なあ財津、俺が別所から聞いてる山本さんって人はとても元気なお姉さんってイメージなんだけど、落ち込んでる別所がいたら逆に声をかけて励ますみたいな・・・そっとして放っておくなんてキャラなのか?」


「そうなんだよ。さき姉ってホントいつも元気で、悩みなんて笑って笑顔でふっ飛ばしちゃうって人で・・・けどそのさき姉が声をかけられないほど落ち込んでるとなると、別所さんのことがすごく気になってさ・・・佐藤くん何か知らないかな?」





(財津は・・・知ってるのか?有原と別所が財津を巡って絶交状態にあることを・・・)


佐藤は目線を落とし、真剣な表情で思考を巡らせる。


(別所が落ち込む理由は、有原たちとうまく行ってないからだ。教室でも寂しそうだったし、別所自身が孤立してるような感じだった。学校なんて来たくないだろう・・・)


(でも制服姿って事は、家の人間には学校に言ってる振りをしてるってことだ。だから家族・・・ブラコンだから特に兄貴には心配させないためにわざと明るく振舞っていたのかもしれない・・・)


(けどその反動は必ず来る。人前でわざと明るく振舞えば、逆にひとりのときは激しく落ち込むんだ。そして落ち込みが更なる落ち込みを呼んで・・・どんどん負のスパイラルに入って行って・・・)





「佐藤くん?」


財津が心配そうな顔で佐藤の顔を覗き込んできた。


「なあ財津、山本さんは別所がどんな風に呟いてたのかは聞いてないのか?」


「それが・・・」


財津の言葉が止まる。


表情がどんどん暗くなっていく。





「別所さん、『あたしなんでここにいるんだろう・・・あたしなんで生きているんだろう・・・』って言ってたって・・・」










ドクン!!


(ヤバイ!!)


佐藤の表情が強い緊迫感に包まれた。





「僕、別所さんの悩み相談を聞いたことがあるんだけど、別所さんって落ち込むと自分の呼び方が変わるみたいなんだよ。普段は自分の名前を言ってるけど、落ち込むと『あたし』になるみたいで・・・」


財津が暗い表情でそう話した。






「おい財津、事態は結構深刻かもしれんぞ・・・」


その言葉どおり、佐藤の表情は深刻さが浮き彫りになっていた。


「えっ?」


驚く財津。


言葉だけでなく、佐藤の見せた表情にも驚いていた。


「いや待てよ・・・けど何かきっかけがあったはずだ・・・そんな簡単には・・・」


深刻さの中に動揺の色を混ぜながら、佐藤はぶつぶつと呟き始めた。


「佐藤くん・・・」


財津の表情にもその動揺が伝わっていく。











「ねえ財津くぅ〜ん、なに暗い顔してるのよお!」


そんな場の空気を全く読めない明るい声が降り注いできた。


あゆみが笑顔で財津に寄り添ってきていた。


「ねえちょっとお!男子ふたりでなに深刻な顔してるのお?ひょっとして小宵ちゃんのこと考えてた?だめだよだって涙で同情誘うなんて卑怯だもん!だから小宵ちゃんのことは置いといてあたしと・・・」










ドクン!!


佐藤の緊張が一気に高まった。










ガタン!!


と同時に、佐藤の側で大きな音がした。


一斉にクラスメートの視線が集まる。





「ちょ、ちょ、ちょっと・・・痛いってば!」


視線の中心であゆみが小さな悲鳴を上げる。





佐藤が自らの椅子を蹴り飛ばして立ち上がり、すごい形相であゆみのセーラー服の胸倉を掴み上げていた。


[No.1440] 2008/03/21(Fri) 20:16:34
p57dd46.aicint01.ap.so-net.ne.jp
C-18 (No.1440への返信 / 17階層) - takaci

「なにすんのよ佐藤!苦しいから離してってば!!」


掴み上げられながら悲鳴を上げるあゆみ。


「さ、佐藤くん、どうしたんだよ突然・・・」


財津も突然の佐藤の行動に驚きを隠せない。


「ちょっと佐藤!なにやってんのよアンタ!?」


「佐藤!あゆみを離しな!!いきなりなによ突然!?」


慧とりかが慌てて寄って来た。





だが佐藤は一向に構わずに、あゆみに対して詰問を始めた。


「おい有原、お前別所が財津に悩み相談してたことを知ってるな?」


「し・・・知ってるわよ。だってあたし保健室で小宵ちゃんが泣きながら財津くんに抱き寄ってたの見たもん・・・泣き落としなんて卑怯よ・・・」


「じゃあそのことに関して、お前は別所になんと言った?」


「はあ?なに言ってんのよ?いいから離して・・・」


「答えろ!!」


苦痛で顔を歪めるあゆみに対し、佐藤は厳しい形相で強い口調を続ける。





その迫力に圧倒されたか、あゆみは苦しい表情のままゆっくりと答え始めた。


「小宵ちゃん・・・ちっちゃい頃にお母さんが目の前で事故で死んだって・・・小宵ちゃんをかばって・・・それ小宵ちゃん思い出して苦しいからって財津くんに相談して泣きついて・・・だから小宵ちゃんのせいでお母さんが死んじゃったんじゃないのって言ったのよ・・・悔しかったから・・・」





「分かった。もう十分だ」


佐藤はとても暗い視線をあゆみにぶつけて、側に居たりかと慧目掛けてあゆみの身体を乱暴に投げつけた。





「きゃっ!!」


悲鳴を上げてふたりに抱えられるあゆみ。


「ちょっとあゆみ大丈夫!?佐藤いきなりなにすんのよ!?」


あゆみを抱えながら怒る慧。


「佐藤いきなりなんなのよ?女子に対する態度じゃないよ!いくらなんでも酷すぎる!!」


りかも同様に怒っていた。





だがそれ以上に怒っていたのは、


「もうっ!!絶対に許さないっ!!」


体勢を立て直したあゆみだった。





バキイッ!!


佐藤目掛けて怒りを込めたハイキックを加える。






「痛ったあ〜いっ!!」


蹴ったあゆみ自身が痛みで利き足を抱えて派手なアクションを見せる。





それとは対照的に、佐藤は蹴られた頬に手を当てながらも静かだった。


そして、


「有原、こんな痛みよりもっと辛い苦しみを味わうかもしれんぞ」


低いトーンで静かにそう告げた。


佐藤の身体全体から事態の深刻さを伝えるような雰囲気が湧き上がる。





「な、なによその苦しみって・・・」


そんな佐藤の様子を見てやや圧倒されるあゆみ。





「その説明は後だ。それより別所の家に行きたい。誰か場所知らないか?」


佐藤がそう言うと、名央が小さく手を上げた。


次に、


「財津、山本さんと連絡付かないか?山本さんと別所の兄貴ってクラスメートなんだろ。別所の兄貴に大至急伝えなければいけないことがある・・・」


佐藤の鬼気迫る表情に圧倒された財津は、黙って携帯を取り出す。


「千倉、案内してくれ。先生には俺があとから説明する。お前らには迷惑かけない。とにかく今から行こう」


佐藤、財津、名央の3人は急ぎ足で教室から去っていった。









幸運にも、財津の携帯は岬と簡単に繋がった。


岬のほうも休み時間だったようで、すぐにクラスメートの別所の兄、良彦に取り次いでくれた。


そしてこちらも財津から佐藤に代わる。


「小宵さんのお兄さんですか?俺、クラスメートの佐藤と言います。落ち着いて聞いてください」


暗い表情で歩きながら、佐藤は携帯に向かって説明を始めた。





その説明をすぐ側で聞いていた財津と名央の顔色がどんどん蒼く、深刻になっていく。


「俺の杞憂かもしれません。けど今の小宵さんと同じような状況が俺の妹に起こって、それで妹は亡くなりました。だから今は騙されたと思って家に向かってください」


最後にそう言って、何回か相槌を打った後に携帯を切った。





「別所さんのお兄さん、なんだって?」


携帯を受け取りながら佐藤に尋ねる財津。


「今から家に帰ってくれるそうだ。マジで杞憂で済んでくれればいいんだけどな・・・」


そう言いながらも、深刻さは変わらない。


「ねえ佐藤くん、妹さんは病気で亡くしたって聞いたけど・・・」


おずおずと名央が聞いてきた。


「ああ、心の病気だよ」


「心の病気?」


「人の心なんて弱いもんなんだ。それに言葉は時としてどんな刃よりも鋭くなるんだ。命をも落とすほどにな」


「そんな、じゃあ小宵ちゃんは・・・」


「まだ分からない。とにかく行こう」


3人は急ぎ足から駆け足へと変わっていた。









名央の案内で小宵の自宅マンションに着いたのは3人のほうが早かった。


急いで部屋の前に行き、呼び鈴を鳴らし、ドアを叩く。





だが、返事はなかった。


「家にいないのかも・・・どこかに出かけてるんじゃ・・・」


「それなら後で探せばいい。とにかく今は兄貴が帰ってくるのを待とう」


心配そうな表情を浮かべる名央に佐藤はそう言った。


だが、深刻な重い空気はどんどん増していく。





佐藤たちから遅れるほど10分ほどで、良彦が帰ってきた。


動揺した表情で・・・





良彦は手を震わせながら鍵を開けて、小宵の名を呼びながら部屋に入っていく。


財津が続く。


名央もそれに続こうとした。


が、






「千倉は来るな。ここにいろ」


佐藤に止められた。


「なんで?だって小宵ちゃんが・・・」


「最悪の事態だったら、それは見るに耐えない光景なんだ。女子は見ちゃいけない」


「でも!!」


玄関でふたりがそう言いあっていると、










「うわああああああ!!!小宵いいいいいい!!!!!」










良彦の叫び声が聞こえてきた。










「小宵ちゃん!!」


佐藤の制止を振り切り、部屋に入る名央。


「あっ千倉!?待て!!」


佐藤もそれに続いた。









「ひっ!!」


名央の顔が引きつる。




バスルームだった。










後からやってきた佐藤が名央の前に立って視界を塞ぐ。


「お兄さんは救急車を!財津、とりあえず止血だ!急いで!!」


慌てていた良彦と財津に的確な指示を送る佐藤。


そして名央の手を引っ張り、ダイニングに連れて行った。









「ちっくしょう!!!」


バァン!!


佐藤は悔しさをダイニングのテーブルに思いっきりぶつけた。


その手は怒りと悔しさで震えていた。





(小宵ちゃん・・・小宵ちゃん・・・)


名央は涙を流しながら、身体全体が震えていた。






とてつもなく大きなショックだった。










両手を浴槽に入れて血の気が失せた小宵の表情と、










真っ赤に染まったバスタブが目に焼きついて離れなかった。


[No.1441] 2008/03/21(Fri) 20:19:26
p57dd46.aicint01.ap.so-net.ne.jp
C-19 (No.1441への返信 / 18階層) - takaci

3月下旬。


修了式の放課後。


あゆみはひとり屋上でポツンと佇んでた。


その表情はいつもの無邪気な笑顔は影を潜め、どこか神妙な面持ちを見せている。




春の暖かい風があゆみの髪をなびかせる。


寂しげな表情は変わらない。


持ち前の明るさと元気さはすっかり影を潜めていた。





「やっぱここにいたか、有原」


呼ばれて振り向くと、入り口に佐藤が立っていた。


佐藤もまた、どこか神妙で悲しげな面持ちだった。


「佐藤か。あたしなんかに用があるの?出来ればひとりにしてほしいんだけど・・・」


「そうやって悲しんで悔やんでいても、失ったものは戻ってこないぜ」


佐藤がそう言うと、あゆみはハッと緊張した面持ちを見せた。




佐藤は悲しげな表情を見せながら、あゆみにゆっくり近付いていく。


「いつの時代でも、どんなものでも、無くしたときに初めて失ったものの大きさに気付くんだ。でもそれをいくら悔やんでいても無くしたものは帰って来ないし、時だって戻らないんだ」


「そういえばアンタは妹を亡くしてたよね。だからかな、言葉が重いや・・・でも、じゃあどうすればいいの?笑って過ごせって言うの?そんなの無理だよ。だってあたし、小宵ちゃんを・・・」


あゆみの表情がますます暗くなっていく。


「責任感じてるなら、それで十分だ。これからは自分の力を自覚して、同じ過ちを繰り返さないように自らの力の使い方に留意するんだ」


「あたしの力ってなに?そんなこといきなり言われても分からないよ・・・」


「有原、お前は言葉が強いっつーか、鋭いんだ。だから心の弱い人間にはお前から発せられた言葉がグサッと突き刺さる。それは時と場合によってはどんな刃よりも鋭いんだ」


「言葉が刃より鋭いって言われてもイメージ沸かないけど・・・」


「じゃあ、お前は紙で指や手を切ったことないか?配られたプリントとかでさ」


「あっある!プリントで指切っちゃったことある」


「あんな柔らかくて薄っぺらいものでも、タイミングが合えばスッパリと行く。見た目とは裏腹にその威力は強い。有原、お前だってそうなんだ」


「あたしが?」


「ああ、見た目は元気な女子中学生で害はないように見えるが、一撃必殺の毒牙を持っているんだ。それで今一番まずいのは、おまえ自身がその力に気付いていないことなんだよ」


「力に気付いてない・・・」


「ああ。言い方は悪いが、無邪気に笑顔で刃をたくさん出したカッターナイフを振り回しているようなもんだ。お前は全く自覚がないのに、他人の心を傷つけてる。それが一番危険だ」


「そっか、そうなんだ・・・でも佐藤、アンタの言葉もあたしの心にグサッと刺さるよ。なんか心が痛い・・・」


その言葉どおり、あゆみの表情はどんどん暗くなっていく。


「俺は今わざと、心にきつい言葉でしゃべってるからな。けどこれなら分かるだろ?言葉から受ける心の痛みってやつが・・・」


「うん・・・」


あゆみの表情はさらに暗くなっていく。


それに釣られて、佐藤も顔をしかめる。





しばらく、ふたりの間に静寂が訪れた。






「俺の妹は、心の病気で逝っちまった。それに俺も家族も、誰も妹の病気に気付いてやれなかった。悔しかった。こんな犠牲はもう二度と出したくないって思った。思ったけど・・・けどな・・・」


佐藤の拳が悔しさのせいか、小刻みに震えていた。


「佐藤・・・」


心配そうな目をやるあゆみ。


「だからな、本当にもうこれで終わりにしたいんだ。こんなことは・・・」


「うん、そうだね・・・」


「だから俺は今、有原のことを少し心配してる」


「あたしのことを?」


「お前、ちゃんと寝れてるか?ちゃんと飯喰ってるか?責任強く感じすぎて落ち込みすぎてないか?」


佐藤はあゆみに対して心配そうな目を向ける。


「あたしは・・・あたしは大丈夫だよ。それよりあたしより千倉ちゃんのほうが心配だよ」


「千倉が元に戻るには少し時間が掛かると思う。あの現場を見ちまったからな・・・来月から同じクラスになるかどうかは分からないが、フォローしないとな」


「それならあたしがするよ。だってあたし・・・友達だもん!千倉ちゃんの・・・だから・・・」


「有原、千倉のサポートも大事だけど、まずはおまえ自身のことを考えろ。他人はそれからだ」


「だから・・・あたしは大丈夫だって!」


繕った笑みを見せるあゆみ。


だが佐藤はその繕った笑みを素早く見抜いた。


「有原、口では元気そうに見せても、目に元気さがない。光が弱い。だから・・・無理すんな・・・」


「そ、そっか・・・じゃあ、そうする・・・」


「明日から春休みだ。心の傷はそんな短い時間じゃ回復しないと思うけど・・・ゆっくり休め。な!」





「佐藤って優しいね。財津くんがいなくって、佐藤に彼女がいなかったら、あたしアタックしてたかもね・・・」


「あ〜ごめん、俺って有原はストライクゾーンから外れる」


「ちょっと!なんでよお!?」


「だってお前凶暴だろ?不良で名高いあの財津の兄貴を一発でぶっ飛ばして口でも対等に渡り合うんだろ?結構ビビッてる男子生徒は多いぜ」


「それはガセネタよお!!もうっ!!こんなにかわいい女の子をそんな風に見るなんてうちの男子どもはっ!!」


プンスカと怒るあゆみだった。


「ははっ、そんだけ元気に怒れればお前は大丈夫だな・・・」


怒る有原を見て、佐藤は安心した笑みを見せていた。









3月の屋上に、暖かい風が吹く。









季節は、時間は、ゆっくりと流れていく。









過ぎ去った季節は戻らない・・・









過ぎ去った時間は戻らない・・・









ただ人の心に、良き日の思い出のみ残して過ぎ去っていく・・・



















佐藤やあゆみたちが1年間過ごした教室には、もう人の姿はなかった。










数多く整然と並べられた机と椅子。









その中のひとつの机の上に、白い花瓶に活けられた花が立っていた。








誰もいない教室の中で、日の光を受けて静かに輝きを見せていた・・・









c・・・完


[No.1442] 2008/03/28(Fri) 21:42:11
p57dd46.aicint01.ap.so-net.ne.jp
以下のフォームから投稿済みの記事の編集・削除が行えます


- HOME - お知らせ(3/8) - 新着記事 - 記事検索 - 携帯用URL - フィード - ヘルプ - 環境設定 -

Rocket Board Type-T (Free) Rocket BBS