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親から子へ・・・プロローグ (親記事) - takaci

朝の山道・・・









黄色のセンターラインが引いてはあるものの、道幅は決して広くない。







平日は交通量もほとんど無く、穏やかである。









多数の木々も生い茂っており、時折聞こえる鳥のさえずりが静かな空気を演出している。



















ウォオオオン・・・・・・









そんな空気を響かせるエキゾーストノート。









音域を上下動させながら、その音は次第に大きくなってくる。










フォオオオオオン!!!フォンフォン!!!









音が最大に達したとき、2台のオートバイが姿を現した。









黒い車体に黄色のジャケット、鮮やかなパステルカラーに彩られたヘルメット姿のオートバイが前を走っている。









そのすぐ後には、濃紺の車体に同じく濃紺のジャケット、ブルーメタリックのヘルメットを身に纏ったオートバイ。









この勇ましいサウンドは、後ろのオートバイから発せられていた。








2台のオートバイが過ぎ去ると、ドップラー効果によりサウンドは急速に低く、小さくなっていった。








しばらく後には、また静かな山道に戻っていく・・・



















「ちっ・・・」









後ろを走るブルーメタリックのヘルメットの中で、濃紺の愛機に跨る人物が舌打ちをしていた。








コーナーの立ち上がりで前を走るイエローのジャケットが、少しずつ小さくなっていく。









(やっぱ立ち上がりは敵わねえな。でもこの先の全開区間で追いつく)










ふたりのライダーはそれぞれの愛機のカウルに身を隠すように小さくなり、短いストレートを駆け抜けていく。









(・・・・・・80・・・・・・・120・・・・・・150・・・・・・)









後ろのライダーは左足で段階的にレバーを蹴り落としながら、冷静にスピードメーターの表示を確認する。









そして予想通り、黄色のジャケット姿が少しずつ近付いてくる。









遅れをほぼ完全に取り戻した時、ふたりは揃って上体を起こしてコーナーに向けて減速状態に入った。









(・・・・・・・今日は168か・・・・・・まあ悪くないな・・・・・・けど抜くまでには行かないか・・・・・・ここからはマシン特性の差もあって、付いていくのもしんどいんだよな・・・・・・)









ブルーメタリックのヘルメットの中でそんなことを考えながら、前を走る黄色のジャケットを追いかけていく。








これが、このふたりの日常であった。


[No.1453] 2008/07/08(Tue) 21:39:01
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親から子へ・・・1 (No.1453への返信 / 1階層) - takaci

私立跳栄学園。




山地を切り開いて建設されたこの学園は広大な面積を誇り、その敷地内には中学、高校、大学がある。




全校生徒数千人を抱えるこの学園は、開放的で明るい空気に包まれていた。









朝の登校時間、





ヒューーーーン・・・・・・





電気的な音を響かせながら、黒のオートバイに跨り黄色のジャケットを身に付けた姿が駐輪場に入ってきた。





ウォンウォンウォン!!





その後ろから元気な排気音を響かせながら、濃紺のオートバイと同じく濃紺のジャケットを身に付けた姿が入ってくる。





2台は揃って駐輪場に車体を停めてスタンドを立てて濃紺のオートバイがエンジンを切ると、駐輪場は一気に静かになった。




登校してきた生徒達の元気な声が飛び込んでくる。







「ぷう!」





黄色のジャケットを身に纏ったライダーは鮮やかなヘルメットを脱ぐと、ショートヘアで整った顔立ちの美少女が姿を現した。


「へへー、今日はいい感じで走れたなあ。この子も調子良かったし♪」


愛機の燃料タンクをぽんぽんと笑顔で叩く。





「ふう、いつもどおりあの直線で抜くつもりだったけど、今日はうまく逃げられたな」



濃紺のジャケットを着たライダーもブルーメタリックのヘルメットを脱ぐと、こちらはやや幼い顔立ちをした少年だった。





「毎日あそこで真司にやられっぱなしじゃあたしも面白くないもんねっ。ブルジョアのエンジンバイクには負けないよっ!」



「それはバイクの差じゃねえ。亜美は自分のバイクを振り回し過ぎなんだよ。あの峠(やま)じゃモーターのほうが有利さ」



「なによそれ〜。ひょっとして負け惜しみ?」



「言ってろ、このジャジャ馬娘」



真司と呼ばれる少年は、自分のブルーメタリックのヘルメットで亜美と呼んだ美少女の頭をこつんと叩いた。









東村真司はこの跳栄学園の高等部に通う2年生の男子生徒である。



そして小河亜美もまた、同じ2年生の女子生徒である。



自宅が比較的近くにあるこのふたりは、毎朝それぞれのオートバイで峠道を駆け抜けてくるという通学スタイルをとっていた。



2台揃ってコーナーを攻めながら通うのが日課になっていた。










ヒューーーーン・・・





そんなふたりのすぐ隣に、赤いオートバイが電気的な音を響かせながらゆっくりと停まった。




「おっす、啓太」



「啓ちゃんおはよう」



真司と亜美は赤いオートバイに跨る、黒のジャケットを着た人物に笑顔で呼びかける。



「おはようおふたりさん、相変わらず毎朝元気だな」



赤いオートバイのライダーは赤のヘルメットの中は、整った顔立ちをした美少年だった。



このふたりと同じくバイク通学をする西岡啓太もまた、真司と亜美と同じようにこの学園の高等部2年生である。



そしてこの3人は、同じゼミの仲間だった。








ではここで、現在の時代背景と跳栄学園の説明をしよう。



20世紀から21世紀初頭にかけてエネルギーの中心は石油であり、まだ現在もその威力は根強い。



だが2020年代初頭に革新的な新世代バッテリーが開発され、この国における自動車やオートバイの動力は内燃機関から電動に急速に変わりつつあった。



新生代バッテリーが生まれて約10年経った現在では、オートバイの7割が環境に優しくコストも安い電動式になっている。



亜美と啓太は電動のオートバイを愛車にしていた。



この学園のオートバイ通学者のうち、9割が電動オートバイである。






それに対し真司の愛車は昔ながらの内燃機関のエンジンで動いており、その燃料はアルコールを使っている。



いまや少数派となったエンジンオートバイだが、電動では得られない出力特性と、そして何よりも魅力的なサウンドを持っている。



エンジン式は電動式と比べて割高であり、マニア向けの嗜好品となっていた。



学生でありながらエンジン式を愛車としている真司は世間的に見ればそれなりの富裕層に属しており、一部のオートバイ通学者からは羨望の眼差しを受けていた。






そもそもこの跳栄学園は、私立と言うこともありどちらかといえば生活が豊かな生徒が多数を占めていた。



田舎の大きな山地を丸ごと切り開いて建てたこの学園は広大な面積を占めているが、公共交通機関のインフラはお世辞にも整っているとはいえない。



中等部や高等部の生徒向けに学園自らが運営する路線バスもあるが、生徒が免許さえ持っていればオートバイや自動車での通学を容認している。



学園自体の校則も緩く、一般常識の範囲内であれば制服も無く髪型やアクセサリー類も全て容認なので学生たちは各々が好きな姿で学園生活を楽しんでいた。





そしてさらに自由な雰囲気を助長しているのが、高等部からの学園独自の履修方式である。



まず、クラスが無い。



そしてそもそも学年という区切りも形骸化している。



生徒達は学部の在籍年数ごとに設けられた『ゼミ』に所属し、それがいわゆるクラスの役割をしている。



ゼミは週に数回しかなく、生徒達は主観性を生かして各々が好きな授業を履修することになっている。



そして3年間のうちに必要な単位を取得してしまえば、その時点で卒業が確定する。



要領のいい生徒は3年1学期の時点でゼミ以外の単位を全て修得してしまい、後は自由な時間を過ごす権利を得られる。



また逆にほとんど授業に出ずに、5〜6年かかって卒業する生徒も少なくない。





分かりやすく言えば、高校の時点で一般的な大学と同じ履修方式を採用している。



それがこの学園の大きな特徴だった。










さらに一部の生徒達の通学手段であるオートバイもまた、大きな進化をしていた。



20年前のオートバイは転倒する事故が多発しており、高校生のオートバイ通学を認めている学校自体がほとんど無かった。



だが現在のオートバイは優れたコンピュータによる車体制御の恩恵を受けて、転倒事故そのものが一気に減少していた。



そのような背景があり、真司や啓太や亜美のようなオートバイ通学をする高校生はそれほど特殊ではない時代になっていた。









真司、啓太、亜美の3人は革ジャケットにGパンというラフなスタイルでキャンパスを歩く。



「小河先輩、おはようございます」



すれ違い様に女子の下級生たちが亜美に向かって笑顔で挨拶をしていく。



「おはよっ!」



こちらも笑顔で応える亜美。



「亜美っちは相変わらず女子に人気あるなあ?」



啓太は含みのある笑顔を亜美に向けた。



「へへっ、まあねっ!」



表情を崩す亜美。



「それはちょっと違う。正確には『女子にしか人気が無い』だな。見た目に騙されて数々の男共が言い寄ってきたがこいつの男勝りの性格を知ると強い引き潮のように男共の心が揃いも揃って引いていくというお決まりの・・・」






バコッ!!






膨れっ面になった亜美が調子よく喋る真司の後頭部目掛けて鞄による強烈な一撃を与えた。



「いででで・・・く、首が〜〜!!」



「なによお、なんか文句あんの?」



「お前はいつも手が早いんだよっ!ちったあ大人しくしろよ!」



「そう言う真司だっていっつも一言多いのよ!」



「まあまあおふたりさん、その辺にしとけよ」



喧嘩腰になるふたりを、啓太はやや呆れたような苦笑いを浮かべて仲裁する。



このような光景はこのふたりにとって、日常のようなものだ。






「ちっ、あーなんかとってもやる気が無くなってきた。朝イチからダルいゼミだし、なんかすげーブルー・・・」



真司がしかめっ面でそう口にすると、



「そんなお前に朗報。とっておきの情報があるぞ」



啓太は真司の肩に腕をかけて、白い歯を見せた。



「なんだよ?」



「今日からうちのゼミに編入生が来るらしい。女だ」



「へえ」



「啓ちゃんってそういう情報は目敏いよね。どこから仕入れてくるの?」



「男たるもの、常に女性の動向には気を配るものだよ」



亜美のそんな指摘をさらっと受け流す啓太は、爽やかなフェイスもあって女子からの引き合いはとても多い。



「まあお前らしいが、新しい女子か・・・」



真司の目の色も少し輝く。



「しかもなかなかの美人らしい。おまけに有名人の娘だそうだ」



「有名人って誰だよ?」



「それはまだ分からん。けどいろんな人脈もありそうだから、仲良くなっておいたほうが良さそうだ」



「啓ちゃん、そんなにガールフレンド増やしてどうするの?今でももう十分じゃないの?」



亜美は冷ややかな視線を啓太にぶつけた。



「亜美っちよ、あの子たちは仲の良い知り合いだよ。まあガールフレンドとも言えなくも無いが少し違うというか・・・まあこの微妙なニュアンスは男独特のものだから女の子には理解出来ないかなあ?」



「ふ〜〜ん・・・」



さらに皮肉交じりの色を強める亜美。



「スマンが俺にも前の言うニュアンスとやらは分からんな・・・」



真司は啓太を呆れ顔で見ていた。



(でも、新しい女子か・・・)



その心の中では思うところはさほど大きくはないが、朝から気になる事項になっていた。









1時間目。



始業のチャイムはもう鳴っていた。



小さな教室である。



ゼミは1クラス15人前後で構成されている。



机も各々に1脚ずつあるのではなく、長い折り畳み机がコの字を描いて並び、生徒はパイプ椅子に腰掛けている。



並ぶ顔はいつもどおりで、新しい顔は居ない。



(菅原と一緒に来るのかな?編入生・・・)



真司はそう思っていた。



菅原とは真司が所属するゼミの講師の名だ。



他のゼミ仲間たちも編入生のことを口にしているように聞こえる。






ガチャン・・・






教室入り口の扉が音を立てる。



「おっ、今日は全員揃ってるな」



講師の菅原が入り口にある出欠簿を確認して、元気な声をあげた。






その後ろから、もうひとつの人影が静かに入ってくる。









ザワッ・・・









教室が小さなざわめきに包まれる。





「ヒュー♪」



真司の隣に座る啓太が驚きの口笛を鳴らした。









インパクトが強かった。









「あーみんな静かに。今日からウチのゼミに加わる新しい仲間だ。みんな仲良くするようにな」



菅原がそう告げると、編入生の少女はセミロングの黒髪を少しなびかせて背を向け、ホワイトボードに自分の名前を綺麗かつ丁寧な字で示した。



そして改めて振り返り、






「真中あや乃です。よろしくお願いします」



これまた丁寧に頭を下げた。







とても自然かつ清楚でおしとやかな第一印象だった。



(た、たぶんみんなそう思ってるんだろうけど、この子・・・)






(・・・メッチャ可愛いじゃん!!!)






ひと目で心を奪われた真司であった。


[No.1461] 2008/07/13(Sun) 18:00:05
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親から子へ・・・2 (No.1461への返信 / 2階層) - takaci

「真司、お前今日のゼミの内容全然頭に入ってないだろ」



「あ、ああ・・・まあな・・・」



「真中あや乃ちゃんだったっけ。確かにかわいいが、俺達にゃちょっと高値の花のような気がするぜ」



「へえ、啓太にしちゃ珍しいな。お前の性格じゃ、かわいい女子なら全力で落としに行くイメージがあるけど」



「そりゃ偏見だ。俺にもちゃんと分別をわきまえる配慮はあるぜ」



苦笑いを浮かべる啓太。



「けどあの子からは性格悪そうな感じはしないぜ。何でアタックしないんだよ?」



「それがダメなのさ。ありゃかなりの堅物でノリが悪そうだ。俺は何よりも軽いノリの女の子が好みなんだよ。見た目はその次だな」



「へえ、意外だな。おまえがあんなかわいい子に仕掛けないなんてな・・・」



「まあそれに、俺が本気出したらお前に悪いだろ?」



「な・・・なに言ってんだよ!?」




「今更隠すなって。お前見てりゃバレバレだ。完全に一目惚れだろ?」



「ま、まあな。けどよぉ〜どうすりゃいいんだ?あんなかわいい子とどうやって話せばいいんだ?まったく自信ねえよ・・・」



真司の声のテンションはまさしく自信無さげに落ちていく。



「まあ自信出せ。ハードルは高く攻略は困難だが、お前が本気なら俺もフォローしてやるぜ」



啓太はそんな真司の肩に腕を絡めながら、にこやかに白い歯を見せた。





1現目終了後のキャンバスでの青春真っただ中のひと時だった。









「まずは近いうちに声をかけて印象付けろって言われてもなあ・・・そんな簡単に声をかけれりゃこんなに悩まないっての・・・」



そして時間は昼休み。



真司は人が賑わう購買で多くのパンが並ぶ陳列棚を眺めながら、深いため息をついていた。



『まずはきっかけ作りだ。とりあえず声をかけなきゃ話にならねえ。何でもいいから見かけたら声をかけるんだ。いいな?』



これが啓太のアドバイスだった。



「啓太は女の子の扱いに慣れてるからあんな簡単に言えるんだ。俺の女子とのコミュニケーション能力はすげえ低いんだぞ。全く・・・はあ・・・」



溜息を漏らしながらパンを手に取ったり戻したり。






「おい、そこの挙動不審者」



「んあ?」



声をかけられてふと振り向くと、パンとジュースを手に持った亜美がムスッとした表情で睨みつけていた。



「なんだお前か」



「なんだとは何よ。それより真司あんた、思いっきり怪しく見えたよ。やめてよねそういうの」



「へいへいそうかい」



どうでもよさそうに答える真司。



「それともなに?あたしじゃなくて別の女の子から声かけられたかった?」



「なんだよそれ?」



「真中さんだったっけ。かわいい子だよね〜」



「なんだよお前まで・・・でもまあ確かに気になってるさ。あれだけかわいくて女の子らしい子なんだ。気にするなってほうが無理だろ?」



「ふーん、素直に認めたね。で、どうすんの?アタックするわけ?あんたが?」



「そうしたくても、どうすればいいか分からないから悩んでるんだよ」



真司はそう話しながら、いつもどおりのパンとレモンティーのパックを手に取った。



「ふ〜ん、ま、あんたがその気ならアドバイスしてあげよっか?女の子の視点からね」



亜美は意味深な笑みを真司に向ける。



「お前が女の子の立場から?男の意見の間違いじゃないのか?」



「なによそれ〜!あたしだってちゃんと女の子なんだぞ!バレンタインに義理チョコあげたの忘れたか?」



「じゃあ逆に聞くが、お前は何人にチョコ配った?」



「えーっと、あんたと啓ちゃんに、あとお父さんと兄貴かな」



「んで、貰ったチョコの数は?」



「・・・数えてない。てか数え切れなかった。少なくともあげた数より一桁は多かったと思う・・・」



「お前、男より女の子からの方が人気高いだろ?」



「でも、それとこれとは別だよっ!あたしだって恋する乙女の気持ちは分かるんだからね!」



「お前が恋する乙女ねえ・・・」



「・・・なんか文句あんの?」



呆れ顔になっている真司目掛けて、亜美は思いっきり不満の色を浮かべて鞄を振り上げていた。



「わ、分かった。お前の話を聞かせてくれ。ぜひ、な・・・」



「ったく、ホント真司はいっつも一言多いんだから!」





ふたりは購買でパンと飲み物を買うと、中庭に出た。



この中庭のベンチや芝生の上は、生徒たちのお気に入りの昼食スポットなのでそれなりに人の数はあった。



「ん、あれ?」



中庭に出てまもなく、亜美が何かに気付いた。



「ん、どした?」



「ほらあれ、あそこ」



「あっ!?」



真司は亜美が指差した方向に目をやると、驚きで思わず言葉に詰まった。






中庭の隅にある木陰の下にある生垣のレンガの柵に、白いワンピースに桃色のカーディガンを羽織った少女がポツンとひとりで腰掛けていた。



「あれ、真中さんだよね」



「あ、ああ・・・」



真司からはそれ以上の言葉が出てこない。



視界の先に、真中あや乃の姿があった。



(まさかこんな所で合うなんて・・・でもこの状況はひょっとしてチャンスなのか?いまひとりみたいだから話しかけやすいし・・・でもなんて話しかければいいんだろうか・・・そういや亜美もいたっけ。あいつはどうする・・・って、あれ?)



真司が思考を巡らせているうちに、亜美は木陰に座る少女目掛けて歩みを始めていた。



「お、おい・・・亜美?」



真司は慌てて追いついて呼び止めようとするが、亜美は止まらない。



「なにぼーっとしてんのよ。話が出来るチャンスじゃないの!」



「そ、そうかもしれないけど、俺なんて話していいやら・・・」



「この期に及んでなに情けないこと抜かしてんのよ!あたしがきっかけ作るから、あとはあんたが自力で何とかしなさい!」



厳しい表情と目つきで真司に激を飛ばす亜美だった。





真司の鼓動がアップテンポになる。



(やべえ、なんか緊張してきたぞ。でもマジでなんて話しかければいいんだ?)



そんなことを考えているうちに、目の前にはもうあや乃の姿が大きくなっていた。






「こんにちは真中さん!」



亜美がにこやかに元気よく言葉をかけた。



あや乃はゆっくりと振り向き、



「あ、こんにちは。あなた達は確か同じゼミの・・・」



あや乃の記憶は、僅か1時間足らずしか同席していなかったゼミメイトの姿を覚えていたようだ。



「あたし小河亜美。亜美でいいよ!」



「お、俺は東村真司。真司で・・・いいよ」



「真中あや乃です。あたしもあや乃って呼んでください。亜美ちゃんに真司くん、よろしくお願いします」



(真司くんって呼ばれるのか・・・なんか嬉しいな)



小さなことで感動を覚える真司。



そんな真司を気に留めずに、亜美はどんどん話を進めていく。



「あや乃ちゃんは今お昼?ひとり?」



「あ、うん。今日来たばかりだからまだこの学校のこと全然分からなくて・・・まだ知らない人ばかりで・・・」



「じゃあ何でもいいからあたしたちに聞いてよっ!なんでも相談に乗るからさっ!あ、よかったら一緒にお昼食べようよっ!」



「うんっ。ありがとう」



亜美の元気な笑顔に導かれるように、あや乃も笑顔を見せた。



そして亜美と真司はあや乃の横に並んで座り、あや乃は手製の弁当、亜美と真司は購買で買ったパンを食べながら談笑のひと時が始まった。






亜美が積極的に話を振ったおかげで、あや乃のことがいろいろと分かった。



ヨーロッパからの帰国子女で高校2年分の単位は既に修得していること。



この学園には電車と学園運営のバスで通学してること。



家は亜美や真司たちの比較的近くにあり、最近建てられて引越しして間もないことなどが分かった。



「へえ、あや乃ちゃんの家ってウチらの近くじゃん。でもあの辺から電車とバスって不便じゃない?ウチらみたいにバイク通学したら?便利だよっ!」



「あたし免許ないし、それにお母さんが反対すると思う。オートバイなんて危ないからダメって言われそう」



「古い考えの親だよなあ。バイクなんてすげえ安全な乗り物なのに。俺んトコは親がバイク通学勧めて来たぜ」



「それは真司くんの運動神経がいいからだよ。あたしってどんくさいから・・・」



照れてやや頬を赤くするあや乃。



「いや、それはそうとしても女の子ならそれもありだよ!男勝りでバイク転がす奴よりずっと女の子らしい・・・」






バキッ!!






亜美が頬を膨らませながら隣の真司をグーで殴った。




「じゃかましい」



「・・・だからっていきなり殴るんじゃねえ・・・」



涙目になる真司。



「はは・・・」



苦笑いを浮かべるあや乃だった。






「いででで・・・全くこの女は・・・あ、そういや親で思い出したんだけど、あや乃ちゃんの親って有名人なんだって?」



「あ、うん。たぶんお父さん。有名かどうかは分からないけど」



「へえ、どんな人なの?」



「真中淳平」



「真中淳平?どっかで聞いたことあるぞ?」



真司が首をひねっていると、



「あ、あたし知ってる!確か映画監督だよね!どちらかといえば日本より海外で活躍してる人だよ!」



亜美の表情がぱっと明るくなった。



「うん、そうだよ。お父さんは海外のお仕事が多いんだよ」



「へえそうなんだ映画監督かあ。親が有名人ってどんな気分?」



「うーん、よく分からない。そもそもあたしってお父さんのことよく知らないんだ」



「「えっ?」」



真司の問いかけに対するあや乃の回答は、ふたりにとって意外なものだった。



「小さい頃からお父さんはあまり家に居なかったし、中学からはお父さん以外はみんなお母さんのお仕事に付いてヨーロッパに行っちゃったから。年に何回か顔を合わせるくらいなんだ」



「へえ、そうなんだ。あたしてっきりお父さんの仕事の都合で海外に行ってたとばかり思ってた。お母さんのほうだったんだあ」



「お父さんのお仕事が忙しくなったのはここ最近なんだよ。それまではお母さんが家を支えてて、お母さんが世界中を回ってたの。で、こっちに家を建ててこれからは日本で家族4人一緒に過ごそうと思ったら、今度はお父さんが世界を飛び回るようになっちゃった。なかなか上手く行かないね」



あや乃はやや困ったような色が混ざった笑みを浮かべていた。






その微笑が真司の瞳に焼きつく。



(この子ってこんな風に笑うんだ・・・最初会ったときからかわいいと思ってたけど、性格もメチャ女の子らしくていい子じゃん・・・)



真司は完全にあや乃に心奪われた。


[No.1464] 2008/07/20(Sun) 11:50:23
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親から子へ・・・3 (No.1464への返信 / 3階層) - takaci

世間一般的には、学生という身分は時間を持て余しているように思われている。



ただ中には社会人より自由時間が少ない学生もいる。



毎日の授業にサークル活動、さらにバイトまで加わると、意外と時間が無くなる



真司も普段はサークル活動とバイトに明け暮れている。



学園のツーリング部に所属しており、いまは学園主催のレースに向けてそれなりに忙しい。



さらにオートバイのランニングコストの捻出のためにバイトは欠かせない。



真司の日常はそれなりに時間に追われた生活を送っていた。



そして今日はたまにある休みで、近所のスーパー向かって歩いていた。



「たまに家に居るとこうやってお遣いとかに頼まれるんだよなあ。あーあだるいなあ。こんなことなら学校行けばよかったなあ。先輩達はこれからレースの準備で死ぬほど忙しくなるんだよなあ。俺にも手伝えることあるよなあ・・・」



不満顔でぶつぶつ呟きながら寂れた住宅街を歩く。



(このあたりを歩くのは久しぶりだな。小学校の通学路だったっけ・・・)



近所の勝手知ったる道でも、生活環境や移動手段が変わると意外とその道を通らなくなる。



いま真司が歩いている道も、そんな道のひとつだった。



(けどこの辺は何も変わってないよなあ。寂れた住宅街で新しい家も見かけない・・・)



「ん?」



目の前の風景に微かな違和感を感じた。



(前と少し違う・・・)



歩きながら違和感の原因を探る。



しばらく歩くと、甘い香りが漂ってきた。



(なんだこのいい匂いは・・・)



甘い芳香は次第に強くなり、匂いに釣られて横を向く。



「あ、こんなところに・・・」



真司の横には、真新しいレンガ調の外壁を持つ小さな洋菓子店があった。



(そっか、ここにこんなのが出来てたんだ・・・)



違和感の原因に気付き、思わず足を止めた。



(・・・なんて読むんだ?)



外壁にさりげなく、さほど目立たない感じの看板らしきものを捕らえたが、アルファベットの羅列にしか見えない。



(間違いなく英語じゃないな。どうやっても読めん・・・)



このとき、真司の頭に親の言葉が浮かんだ。



(そういや、『甘いものを適当に買って来い』だったっけ・・・)



目的地のスーパーはもう少し先にあり、目の前には雰囲気の良さそうな洋菓子店とおぼしき店がある。



(・・・まあいいや、せっかくだから入ってみよう)



一瞬考えた後に、真司は小さな店の扉を開けた。





チリンチリンチリン・・・



扉に付いたベルがかわいい音を鳴らす。



店の中は、暖かみのある光に包まれていた。



甘い芳香もグンと強くなる。



落ち着いた色調の店内で、どこかアットホームな空気感に満ちていた。



「いらっしゃいませ〜」



女性の声が届く。



ふと目をやると、ショーケース越しにエプロン姿の美女が柔らかな笑顔を真司に向けていた。



(店長・・・なのかな。でもそれにしちゃずいぶん若く見える。バイトのお姉さんなのかな・・・)



真司の目はその柔らかな笑顔に引き込まれていた。



「どんなものをお探しかな?」



「あいや、えーっと・・・」



しばらく固まっていたことに気付き、思わず頬が赤くなる真司だった。



「あのー実は・・・」



そして親の大雑把な要望と自分がこの店に足を踏み入れた理由を告げた。



すると女性は楽しそうな笑みを浮かべながら、



「そっかーそんなわけなんだ。じゃあオススメはね・・・」



美女の店員はショーケースの中ではなく、店の隅の陳列棚にある焼き菓子を勧めてきた



話によるとこの店イチオシの商品で、ほかの品物よりお買い得との事、



確かに手書きのプライスボードを見ると、他の品物に比べてお買い得と思える数字を示していた。



「う〜ん、でもちょっと・・・」



それでも真司にはスーパーで売っている菓子類より割高に感じ、それを伝えた。



(でも個人商店だし手間もかかってるし、スーパーと比べるほうが間違ってるな。気を悪くしたかな・・・)



言った直後にそう思ったがもう遅い。



だが美女店員は楽しそうな笑みを一切崩さなかった。



「確かにそういう人も多いよ。でもね・・・」



そしてお菓子に関する豆知識を語り始めた。



その内容は少し知識のある人間が偉ぶって雑学をひけらかすものとは全く異なり、分かりやすい言葉で要点をまとめたもので菓子の知識が全く無い真司にも理解できるもので、なおかつ現在目の前にある焼き菓子の良さをさり気なくアピールするものだった。



それを聞いた真司は、



(確かにこのお姉さんの言うとおりだ。スーパーの菓子なんかよりこっちのほうが良く感じる。でも待てよこのお姉さんの外見と話にうまく騙されているだけかもしれん。いやでもそれだとしてもこんなお姉さんが熱心に勧めてくれるものをいま買わない理由がどこにあるんだ・・・)



美女店員を前にした真司が陥落寸前の状態に陥っているとき、






「ねえおかあさ〜ん尚哉知らない?あたしのパソコンが変になっちゃんたんだ・・・」






ここで別の声が飛び込んできた。







「尚哉なら友達と出かけてるわよ」



「え〜っ?どうしよう・・・ってあれ?真司くん?」



「えっ?」



呼びかけられて振り向くと、






「あや乃ちゃん?」






呼びかけられて振り向くと、そこにはあや乃のあどけない表情がショーケースの奥からこちらに目を向けていた。






「何でここに?」



当然のごとく驚く真司。



「だってここ、あたしの家だもん」



「ええっ?ここがあや乃ちゃんの?それにさっきお母さんって・・・ええっ!?」



あや乃の言葉に驚き、そしてさらに美女店員に改めて目を向けてさらに驚く。



「なぁに?どうかした?」



逆にこちらは余裕の笑みを浮かべる美女店員。



「いえ、てっきり近所から来てるバイトのお姉さんかと・・・でもあや乃さんのお母さん?マジですか?メッチャ若く見えるんですけど・・・」



「あはは〜!きみお世辞上手いねえ。でもうれしいよ、ありがと!ところできみってあや乃が話してたゼミのお友達?確かオートバイに乗ってる・・・」



「あ、はい。東村真司です。よろしくお願いします」



「あや乃の母です。この子人付き合いがあまり得意じゃないの。だからあたしからも、あや乃のことよろしくお願いします」



あや乃の母は丁寧に頭を下げた。



「いや、こっちこそよろしくお願いします」



釣られて頭を下げる真司。






いきなりの事で慌てまくる真司だったが、そこにあや乃が少し切羽詰った口調で話しかけてきた。



「あ、真司くんってパソコン分かる?」



「えっパソコン?うーんひと通り設置してネット繋ぐくらいなら出来るけど・・・」



「そう?ならあたしの部屋のパソコン見てもらえないかな?ネット中継観たいんだけどなんか急に調子が悪くなっちゃって・・・」



あや乃はとても困っているような表情を見せた。






こんな表情を見せられたら、大概の男は断れない。



「え、俺がいまから?あや乃ちゃんの部屋の?」



「ダメ?」



「い、いやあ・・・俺で分かることなら・・・全然構わないよ!」



「ホント!?ありがとう!」



ぱっと咲いたかのような笑顔を見せるあや乃だった。







「ふう・・・」


わが娘と友人の男の子の話し声が家の奥に消えていくのを、あや乃の母は嬉しそうな笑顔を浮かべながら聞いていた。






チリンチリンチリン・・・






「いらっしゃいませ・・・あれ?久しぶり〜」



「よっつかさちゃん、相変わらずかわいいね!」



「もう、40過ぎのおばさんにかわいいなんて言葉普通使わないよ!なんかすごく軽い言葉に感じるなあ」



「いやいや、つかさちゃんなら芸能界じゃ20台後半でも通じるかもな。それくらいの雰囲気あるよ」



「もう!相変わらず口だけは上手いんだから・・・ところで今日はなんでこんな所まで?」



「たまたま近くまで来たもんだからな。尚哉居るかい?」



「友達と出かけてるわよ。今はバスケに夢中みたい」



「仕事のことはなんか言ってたか?」



「芸能界には少しは興味はあるみただけど、あまり乗り気じゃ無さそうね」



「そうか・・・尚哉はいい素材だと思うんだけどなあ・・・親父はなんて言ってる?」



「あの人もあたしと同じよ。本人にやる気があれば止めないって。でも芸能界にはあまり進んで欲しくないって感じね」



「まあ真中も芸能界の裏側をよく知ってるからな。息子に自分と同じような苦しみをさせるのは避けたいってトコなんだろうな」



「そうね」



「そういや尚哉の姉ってどうなんだ?確かあや乃ちゃんだっけな。俺まだ会ったことないけど、もう高校生くらいだろ?」



「あや乃は芸能界なんて全く興味無しね。意外とマイペースだけど内気で優しい子だもん。競争激しい芸能界なんて絶対に無理だと思うな」



「そっかー・・・」



あや乃の母、つかさが来客した知人らしき人物と子供たちの話題に華を咲かせていたとき、





あや乃は、





「やった〜すご〜い!真司くんありがとう!!」



「いやいやこれくらいなら・・・でも簡単に解決できることでよかったよ」



ネット回線の復旧に喜びの花を咲かせていた。



真司がパソコンの具合を見たとき、ディスプレイ上では回線が完全に繋がっていなかった。



そこで接続ケーブルを見てみたら、パソコン本体から抜け落ちていた。



どうやら奥まで刺さってなかったようで、きちんと刺し直したら回線は復旧した。



真司としては何とか面目を保てたのでほっと胸をなでおろしたところ。






部屋に招かれた直後からかなりテンパってしまって余裕もなかったが、その心も落ち着きを取り戻しあや乃の部屋の様子を窺えるまでになった。



(女の子の部屋って入るの初めてなんだよな。なんか想像と少し違う感じだな)



部屋にはファンシーな飾りやぬいぐるみなどは一切なく、どこか落ち着いた様子を見せている。



「あれ、どうかした?」



「あ、いや・・・予想よりだいぶ落ち着いてるっつーか、大人っぽい部屋だよね。もっとぬいぐるみとかあるイメージあったからさ」



「まだこっちに来たばかりだからね。前は小さな部屋だったからほとんど置けなかったんだ。でもこれからいろいろ揃えてくつもり」



「それに、この本の数すごいね」



部屋の壁一面の半分くらいの大きさをもつ立派な本棚が鎮座している。



「うん、本好きなんだ」



「へえ・・・あれ、なにこれ?」



真司は蔵書の中に、ひとつの変わった本が目に留まった。



丁寧な表装を持つハードカバーで、ケースにきちんと収められている。



ただ、真っ白である。



表にも裏にも背表紙にもタイトルや作者名らしきものは一切ない。



「あ、これね、あたしの大切な本なんだ」



あや乃はそう言って、綺麗な指を純白の本に差し出した。



「はい」



そして真司に差し出す。



「いいの?」



触れるだけでも躊躇いそうなほど、その本は白くて綺麗だった。



あや乃が笑顔で頷くのを確認した真司は、そっと手に取った。



そしてパラパラとページをめくる。






本の中にも題名や作者名の記載はなかった。



でも文章はきちんと書かれていて、さっと読んだ感じではファンタジーのような感じだった。



「この本、いったい何?」



真司にとって素直な疑問が沸く。



中身はきちんとした本みたいだが、タイトル及び著者名、出版社のクレジットが無いという本を目にするのは初めてであり、普通に違和感を感じる。



あや乃はそんな真司の表情を楽しそうに見つめながら、



「それ、あたしが10歳の誕生日に両親から貰ったプレゼントなんだ。世界に3冊くらいしかない本で、あたしのためにお父さんとお母さんが作ってくれた本なんだ」



とても幸せそうな笑顔で語った。



「へえ、あや乃ちゃんのために作った本ねえ」



「あたし何度も読んだんだけど、とっても壮大なお話で大好き。石の巨人が出てくるんだけどその登場の場面なんか、読むたびにワクワクしちゃうんだ」



「へ〜え、とってもいい本なんだね。で、これの作者ってどんな人なの?お父さん?それともお母さん?」



「ん〜、実は教えてもらってないんだ」



「えっ、知らないの?」



「うん。ただお父さんもお母さんもよく知ってる人で、あたしのとても大切な人だってことは教えてくれたよ。なんかとても遠い所に住んでるって聞いたような・・・」



「ふーん・・・」



真司はあや乃の話を聞きながら、純白の本から質量以上の重みを感じていた。



(あや乃ちゃんは、両親にとても大切に思われているんだなあ・・・)



素直にそう感じていた。


[No.1467] 2008/08/03(Sun) 19:50:16
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親から子へ・・・4 (No.1467への返信 / 4階層) - takaci

「おはよう」



「おはよ〜」



朝の校舎に挨拶と活気のある声が行き交っている。



そんな声の中に真司たちも混ざっていた。



「ところで亜美っちよ、なんか最近顔色がすぐれないな?」



啓太は爽やかスマイルを亜美に向けた。



「別にっ」



亜美はぶっきらぼうに答えてそっぽを向いた。



確かに亜美は不機嫌の色を浮かべている。



「最近は毎朝俺が勝ってるからな。だからじゃない?」



対する真司は微笑。



「なんか最近ウチの子調子が良くないんだよね。加速が鈍い気がする」



「タイヤかバッテリーが旬を過ぎたんじゃないの?普通に載ってれば気にならないレベルだけど、お前らは普通に乗ってないもんな」



真司と亜美は毎朝、通学路の峠道を全開でかっ飛ばしている。



そのような乗り方は常識の範疇からはみ出している。



啓太の呆れ顔が、その非常識ぶりを表していた。






「おはよう、真司くん、亜美ちゃん」



そんなライダー3人衆にとても温かみのある声が届く。



「あ、あや乃ちゃんおはよう」



「おはよっ!」



「おっす」



「えっと・・・」



「西岡啓太です!今後お見知りおきを!!」



まだあや乃に顔を覚えられていない啓太はあや乃にやや切羽詰った顔色を向けた。



「は、はあ・・・」



そんな啓太の勢いにやや圧倒されるあや乃だった。






あや乃の対応に焦ったのか、啓太は爽やかスマイルと軽やかな口を回して自己アピールを続けている。



当然の事だが、真司の心は穏やかでない。



(なんだよあいつ、前は俺をフォローするって言ってたくせに、あや乃ちゃんを目の前にしたらああかよ。くそ・・・)



あや乃も啓太の話を微笑みながら聞いている。



目の前の局面になんとか割って入りたい真司だが、如何せん啓太の話術に適うわけがないし現状の空気を壊すのも気が引けるのでイライラしながらふたりの会話をただ一心に聞くのみだった。






「おーい、啓太!」



「あ、おーっす!ゴメンあや乃ちゃんまた今度ね。じゃ!」



真司の心に波風を立てていた啓太は、少し離れていた場所からオレンジのタンクトップにジーンズ柄のミニスカート、生足に赤のミュールという派手で活動的な姿の美女に呼ばれると、足早に去っていった。



「すごい綺麗だし、存在感のある人だね。上級生かな?」



あや乃は見事なポニーテールの後ろ姿を捉えながら感想を述べた。



「3年の大沢志保さんよ。新体操部のエースで高等部生徒会副会長。まさに才色兼備って言葉がピッタリの人ね」



「高等部ではダントツに人気の高い人だよね。けど啓太の奴、いつの間に知り合ったんだ?」



真司は啓太の話術と女子人気の高さに軽い嫉妬心を抱いていた。






1時間目の講義。



啓太のみ別で、残りの3人は同じだった。



そこそこの広さを持つ講義室に入る。



生徒たちは入り口に備え付けられた銀色の箱に右手首に身に付けているリングをかざす。



実はこの箱が出欠簿で、リングには生徒のIDが記録されている。



この箱にリングをかざしてID認識させれば出席になるという仕組みだ。



3人はそれぞれ近くの席に陣取った。



「そうだあや乃ちゃん、この前お菓子ありがとう。お袋メッチャ喜んで美味しそうに食べてたよ」



「ううん、あたしの方こそありがとう」



「ねえねえなんの話よ?」



「実はな・・・」



真司は興味深く聞いてきた亜美に、先日たまたまあや乃の家の洋菓子店に足を踏み入れ、パソコンを直し、お礼に店の焼き菓子を貰った経緯を話した。



「へえ、あや乃ちゃんの家ってあの新しいお菓子屋さんだったんだあ」



「なんだよ亜美は知ってたのか?」



「うん、なんか本格的な洋菓子店で敷居が高そうなイメージあったんだよね。でもあや乃ちゃんの家なら今度行ってみようかな」



「そういやウチのお袋もそんなこと言ってたっけ。ちょっと入り辛かったってさ。だから貰ったお菓子渡したらメッチャ嬉しがってたからなあ。これからは買いに行くって言ってたし」



「お母さんの作るお菓子は確かに本格的だけど、だからって高級志向って訳じゃないよ。目指してるのはあくまで町のお菓子屋さんだからね」



「俺もあや乃ちゃん家のお菓子屋さんのことはみんなに話すからさ。すごくいいオススメの店だよってね」



「真司くんありがとう」



「それにしてもあや乃ちゃんのお母さんって若いね。俺最初見たときはてっきり近所のバイトのお姉さんかと思ったよ」



「ウチのお母さん、気持ちはずっと若いからねお父さんがあんなお仕事してるから、常に自分を磨いておかないと浮気しちゃうって言ってたような気がする」



「お父さんとお母さんって仲いいの?」



「うんっ。お父さんたまにしか帰ってこないけど、一緒に居るときはいつも楽しそうに笑って話してるよ。だからあたしもお父さんもお母さんも大好きだよ」



「へえ意外だなあ。俺は有名人の家って仕事が忙しくて家族をないがしろにしてるイメージがあったからなあ」



「他はどうか知らないけどウチはそんなことないよ。今もお父さんオーストラリアのど真ん中くらいに居るんだけど、電話やメールはしょっちゅう来るよ。その後は日本に帰ってくる予定だから、あたしすごく楽しみなんだよ」



「なんか俺ん家と全然違うなあ。ウチの親なんてさ・・・」



あや乃と真司の楽しそうな会話はずっと続いた。






授業終了後、



「真司くん、亜美ちゃん、またね」



あや乃は笑顔で去って行った。



次の授業は3人ともバラバラだ。



真司はにやけながら手を振っていた。



(やっぱあや乃ちゃんいいな〜今日はたくさん話せたし、もっと仲良くなりたいな〜)



そう思っていると、






ゴツン・・・



右のこめかみ辺りに軽い衝撃を感じる。



「ん?なんだよどうした?」



亜美がムスッとした表情で軽く小突いていた。



「あんた、だらしない顔してんじゃないの!シャンとしなさいよ!」



「なに怒ってんだよ?」



「そもそも最初にあや乃ちゃんと話すきっかけ作ったのはあたしだよ。そのあたしを放っておいてなにふたりで盛り上がってんのよ」



「なんだよそれ?ならおまえも話に入ってこれば良かっただろ?」



「そうじゃない」



「なだ、どうなんだよ?」



「・・・もういい・・・」



「は?」



「いい?そんな調子じゃ今度のレースでもぬるい走りになっちゃうからね!そんな言い訳通用しないんだからね!」



亜美は機嫌が悪いまま、真司の前から去っていった。





「なんだよあいつ・・・」



真司には亜美の不機嫌の理由もさっきの言動も全く理解出来なかった。



あや乃との楽しい会話の気分も吹き飛んで決まっていた。


[No.1468] 2008/08/14(Thu) 18:23:54
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親から子へ・・・5 (No.1468への返信 / 5階層) - takaci

『スタート15分前、参加全16台がダミーグリッド上に整列しました。第7回跳栄大学3時間耐久ロードレース、まもなくスタートです!』



3時間耐久ロードレース。



跳栄学園大学部の学園祭と時を同じくして行われるこのイベントはひとつの名物になっている。



ちなみに高等部の学園祭はやや離れた時期に行われる。



祭が好きな学園である。



レースはひとチーム3人のライダーで構成され、広大な学園の外周道路の一部を封鎖して行われる。



参加チームは大学のサークルやゼミで作られているが、この学園の生徒であれば中等部や高等部の生徒でもライダーになれる。



有名なチームは高等部から速いライダーをスカウトしており、中でもツーリング部RPというチームは3人とも中等部の生徒で構成されている。



またこのレースは電動対エンジンの戦いでもある。



学園の通学オートバイの9割は電動だが、レース参加車両になると5割まで落ち込む。



学園主催といえどレースとなるとそれなりに資金が掛かるので、懐に余裕のあるエンジン乗りの参加者が多い。



そんなエンジン乗りに対し、電動乗りは対抗意識を募らせている。



主催者は電動とエンジンがほぼ同じようなタイムで走れるようなルールを設定しており、そのような背景から毎年白熱した熱いバトルが繰り広げられ、生徒たちの人気も高い。



ちなみに過去6回、電動とエンジンは3勝3敗のイーブンである。






『さあ、ここでグリッドの紹介をします。まずはポールポジション、今大会注目度ナンバーワンであり予選でも驚異的なタイムを叩き出しました。ゼッケン3、チーム機械科B、スターティングライダーは小河亜美選手!!』



アナウンスの紹介とともに黄色い歓声が広がった。



「さすがと言うか、亜美ちゃんの人気は凄いな。もともとかわいくて女子にも人気が高い。しかも予選でポール。今年は完全にうちはヒールだな」



「けどウチはゼッケン1。ディフェンディングチャンプで他から追われる身だからな。たとえ悪役になっても勝ちに行く。ツーリング部エースチームだからな」


「そんなチームで走れるなんて最高ですね。毎朝走ってるから分かるけど、亜美は決して勝負強くはない。レース展開を上手く運べば、ウチのバイクなら勝てます」



「頼もしい新人だな。頼りにしてるぞ東村!」



「はい!」



チームの先輩とともに真司は自信の言葉を口にした。



真司、亜美、啓太は今年初めて3時間耐久に参加する。真司はツーリング部Aチーム。亜美は機械科Bチームというそれぞれ優勝候補のチームから誘いが掛かった。



ツーリング部と機械科は毎年優勝争いをしており、このレースで幾多の名勝負を繰り返していた。



真司は去年優勝したゼッケン1を付けたバイクで第2ライダーの大役を司ることになった。



予選は大学部の先輩エースライダーが出したタイムで2位。だが決勝は3時間。優勝は十分に狙える位置である。



「よっ、真司」



「おう、啓太か」



「なんか緊張してきたぜ。なんせ初めてのレースだからな。けどお前はあんまり緊張してる感じないな」



啓太はやや強張った笑みを浮かべている。



「そりゃ俺も緊張してるさ。でも先輩たち頼りにしてるし、バイクの出来もいいからな。俺は自分の走りをするだけさ。第2ライダーだし」



「それを言ったら俺は第3ライダーだぞ。ちきしょうマジびびりが入ってきた。先輩からは一台でもエンジン喰え(エンジンバイクより上位でゴールする)って言われてるけど、そんな余裕ないぜ」



「そんなにビビんなよ。たくさんの女子ファンが見てんだろ?しゃっきりしろよ」



「その目があるからさ。なんせかっこ悪い走りだけは出来ねえ。予選では失敗したから決勝ではいいトコ見せないとダメなんだよ」



「そういやお前はそういうスタンスのチームだったな・・・」



啓太のエントリーは祭り同好会Bチームで予選13番手だった。



ちなみにAとBの2チームエントリーが多く、AチームがエンジンバイクでBチームが電動バイクを使っている。



だから真司はAなのでエンジン、亜美と啓太はBなので電動である。



真司は啓太に激励の言葉をかけると、ポールポジションのバイクに跨る亜美のもとに足を運んだ。



「よっ、ポールスタートどんな気持ちだ?」



昨日の予選で亜美がポールを奪ったのは真司にとって驚きであり悔しさもあったが、祝いの言葉は伝えておいた。



そのときの亜美はとても嬉しそうな笑顔ではしゃいでいた。



そして今は、



「へっへ〜、凄く楽しみだよ。もうガンガン飛ばすからね!」



ヘルメット越しではあるが、亜美は満面スマイルを輝かせている。



「なんだよお前、全く緊張してないみたいだな」



半ば呆れる真司。



「少し緊張してるよ。でもそれより楽しさのほうが全然大きいかな。こんな全力で飛ばせる機械滅多にないんだから。もうガンガン行くからね!」



「ほどほどにしとけよ。レースは3時間だ。飛ばし過ぎると後半辛いぜ。まあそうなったらウチが抜いて行くけどな」



「ふっふ〜ん、ウチだって秘密兵器あるもんね〜。負けないよっ!」



「秘密兵器?なんだよそれ?」



「敵チームには教えてあげないっ!まあじっくり見てなさい。きっと驚くだろうからねっ!」



怪訝な顔を浮かべる真司に対し、亜美は余裕満面の笑みを見せた。



「へいへい、じゃあ頑張んなよ」



真司はそう言い残して亜美の側から立ち去った。






『スタート3分前です』



そろそろスターティングライダー以外の人間はピットに戻らなければならない。



真司もコースから離れて自チームのピットに足を向けた。



「あなたが東村真司くん?」



「えっ、あ」



思わずドキッとした。



どこかで見たことのある美女が自分と同じ目線の高さで見つめており、しかも目のやり場に困りそうな派手で露出度の高いコスチュームをまとっていた。



「大沢先輩ですか?」



「そうよ」



「こんな所でそんな格好で何してんすか?」



「見ての通り、レースクイーンよ」



「レースクイーン?大学部の学園祭に高等部の生徒会の人間が?」



「大学の女子じゃ華が足りないってことで呼ばれたのよ。ま、あたしもこーゆーの嫌いじゃないしね」



志穂は得意げな顔を浮かべて派手なコスチュームを見事に着こなしていた。



女子では背の高い部類に入る志穂だがそれでも真司よりは低く、でも真司と目線の高さが同じなのは高いヒールを履いていたからだとしばらくしてから気付いた。



「ところできみ、啓太の友達だよね」



「ええ、そうですよ」



「意外と速いのね。ゼッケン1のバイクを任されて、予選は先輩のタイムは抜けなかったけど遜色ないタイムを出した。高等部の生徒で第2ライダーを務めるのは立派だと思うわ」



「そりゃどうも。けどそれ言ったら亜美のほうが上ですよ。あいつはエースライダーでポールですからね」



「あたし、女子には関心ないのよ。速い男に興味あるのよね・・・」



志穂は含みのある笑みを浮かべて真司の身体に顔を近づけた。



「えっ?」



「ふふっ、照れちゃってかわいいね。期待してるわよ。頑張ってね」



見事なウィンクを真司に向けると、志穂は颯爽と去っていった。



「ちえっ、なんだよ・・・」



真司はレースの緊張感とは別の胸の高鳴りを感じていた。






『さあ、フォーメーションラップから全車戻りグリッドに付きました。さあ、赤ランプが点灯し・・・今消えた!3時間耐久ロードレース、今スタートです!!」



轟音とともに16台のオートバイがホームストレートを駆け抜けていく。



真司は全身鳥肌を立てながら、スタートの様子をピットから窺っていた。



「スタートは・・・くそ、亜美のやつ決めやがったな・・・」



亜美が鮮やかなホールショット(スタート直後の1コーナーを先頭で進入すること)を決めていた。



そしてジリジリと後続との差を広げていく。



『スタートから10分が経過しました。トップは相変わらずゼッケン3の機械科B。小河選手快調に飛ばし既に後続と3秒の差を築いています。2番手はゼッケン1のツーリング部A、3番手ゼッケン2機械科A、4番手ゼッケン7岡田ゼミAと続きます。2位から7位までは接近戦を繰り広げています!!』



場内アナウンスがレース状況を伝えつつ場を盛り上げる。



レース状況は場内アナウンスとホームストレートに設置された大型ビジョン(借り物)に映し出され、大学の報道部が20台以上のカメラを駆使して実況中継されている。



その映像は学園内のテレビやパソコンで見ることが出来、さらに参加チームのピットに設置されたモニターでも確認出来る。



またピット内にはもうひとつのモニターがあり、こちらには参加車両の毎周ごとのラップタイムや前の車両との差、レースの経過時間などが映し出されるタイミングモニターとなっている。



このタイミングモニターの運営は大学の情報処理部が行っている。



監督などのチーム首脳陣は中継映像とタイミングモニターのタイム推移でレース状況を読みながら、作戦を組立てる。



耐久レースはライダーだけでなく、チーム全員で戦うレースである。



「亜美のやつ、ちょっと飛ばしすぎじゃないか?」



真司の心に様々な不安が駆け巡る。



「確かにちょっと速すぎる感じだなエンジン勢の後ろで自分のペースで走れないことを嫌っての作戦みたいだが、にしても飛ばしすぎだな」



チーム首脳陣の先輩も首をかしげている。



電動とエンジンは1周のラップタイムこそほぼ均等になるように調整がされているが、その速さはかなり異なる。



ツイスティなコーナー区間を2本の直線で繋いだコースレイアウトを持ち、電動バイクはコーナー立ち上がり加速の良さを活かして連続コーナー区間でアドバンテージを持つ。



逆にエンジンバイクはコーナーワークでは電動バイクに一歩譲るが、2本の直線では電動バイクを大きく突き放し、追い抜きがラクでバトルに強い。


1周のタイムは単独で走れば速く走れても、前にエンジンバイクが居るとペースを乱されやすく接近戦に弱いのが電動バイクの泣き所である。



「ゼッケン3は電動のウィークポイントを出さないための先行逃げ切り作戦なのかもな。でもこのペースは絶対に最後まで続かない。前のペースに惑わされず、ウチは自分のペースをキープだ。3番は無視して後ろの2番、機械科Aをマークだ」



チーム監督の先輩はそう判断し、冷静な表情で指示を出した。






レースはそろそろ30分になる。



この辺りが1回目のピットストップタイミングになる。



燃料搭載量(電動バイクはバッテリー容量)があらかじめ決められており、連続では30分ほどしか走れないようになっている。



「東村、落ち着いて行けよ」



先輩のメカニックがヘルメットを身に付けて出撃体勢の真司の肩をぽんと叩く。



真司が神妙に頷くと、ゼッケン1のバイクがピットに向かって進んできた。



ピットで止まったバイクを受け取り跨ると同時に給油がなされる。



燃料補給とライダー交代の所要時間は10秒ほどだ。



バイクを託された真司はコースへと駆け出した。






(落ち着け、落ち着け・・・)



コースに出た直後は緊張で身体が怖がっていたが、1周も走れば身体の緊張は小さくなった。



[OK東村、いいペースだ。そのまま27秒台キープだ。前との差は6.8。後ろの7番とは2.1。現在ポジション2、ポジション2]



チームのメンバーが無線でレースの状況を常に伝えてくれている。



(このペースなら無理することはない。丁寧に走ろう)



真司は指示に従いながら慎重なライディングを続ける。



だが走行開始から10分ほど経過した頃、一気に状況を変える指示が飛んできた。



[東村、ペースアップだ。マップ5に変更。マップ5に変更。26秒台で前の3番を追いかけろ。でも出来る限りタイヤに無理はかけるな。ペースアップだ]



「マップ5で26秒ペース?マジですか?」



思わず耳を疑った真司。



マップとはエンジン制御プログラムのことであり、このバイクには5段階のマップが組み込まれて走行中にライダーが任意で変更出来る。



マップ1が省燃費モードでマップ5が予選用のハイパワーモードだ。



レースではマップ3をメインで使用して状況によって2から4を切り替える予定だったが、このようなレース序盤でマップ5を使う指示が出るとは、異常事態か指示ミスとしか思えない。



だが指示ミスではなかった。



「マップ5だ。繰り返す、マップ5。前の3番を追いかけろ」



無線の先輩の声もどこか緊張しているように感じた。



(3番は亜美のチーム。さっきは飛ばし過ぎだって言ってたけど、追いかけろってことは・・・)



(何かが起きたんだ・・・)



真司はそう判断した。



「了解」



短く答えて、指示通りマップを切り替えて追撃モードに入った。






マップ切り替えの恩恵は大きく、加速と直線の伸びは見違えるほどに素晴らしくなった。



だがラップタイムはそれだけで簡単に削れるものではなく、真司は全神経を集中させたライディングを強いられる。



それでも前を走るゼッケン3に追いつくことは出来ず、現在の差を保つのが精一杯だった。



約30分の走行が終わりピットストップでライダー交代しバイクから降りた時は、かなり疲労困憊していた。



「東村いい走りだった。とにかくこれ以上離さなければいい」



ヘルメットを脱いだ真司に先輩がスポーツドリンクを差し出す。



それを受け取り一口付けると、



「何が起きたんですか?突然のペースアップにマップ5なんて・・・3番は無視じゃなかったんですか?」



「どうやら3番は短時間でタイヤを換える作戦のようなんだ」



「タイヤ交換?」



緊迫感を漂わせる先輩の顔を、真司は我が耳を疑うような顔で聞き返した。







このレースで使われているタイヤは全車共通で、レース中のタイヤ交換も原則としては自由である。



ただタイヤ交換の際は圧搾空気や電動などのパワーアシスト付工具の使用は禁止されていて、さらには危険防止のためタイヤが路面から離れた状態での給油及びバッテリー交換も禁止(タイヤ交換と補給作業の同時進行が出来ない)。



このようなルールがあるのでタイヤ交換は1分30秒以上のタイムロスになり、それをコース上で取り戻せるほど速く走れないのでこのレースでは「タイヤは換えない」が定石になっている。



「3番がタイヤ換えるならこのオーバーペースは分かります。けどそれにウチが付き合う理由はなんですか?」



真司がそう尋ねると、



「これを見てみろ」



監督が1枚の写真を差し出した。



「広報部が撮ったもので3番のリアホイール周りだ。ホイールの真ん中をよく見てみろ」



目を凝らすと、本来ならホイールを止めているセンターのボルトとナットがある場所に得体の知れない部品が写っている。



「なんすかこのゴツい部品?」



「それでホイールシャフトを止めている。専用の治具をはめればシャフトがすっぽり外れるって仕組みらしい」



「マジですか?」



「ああ。今年の機械科Bの秘密兵器らしい。これでタイヤ交換が20秒だそうだ」



「20秒ってことは・・・」



「単純に半分で割っても前半に10秒以上のマージンを与えてはダメなんだ。今の差が7秒。いつタイヤを換えるか分からんが、交換前で10秒以内に捕らえていないとまずいんだ」



監督の先輩は硬い表情を見せている。



「それでペースアップですか・・・」



真司も状況を飲み込んだ。



(亜美が言ってた秘密兵器ってこれだったんだ。ちくしょう・・・)



苦虫を噛み締めたような顔を浮かべる。



「でもレースは何が起こるか分からない。厳しい戦いだけど頑張ってくれ。こっちでも対応策を練ってみる」



「はい」



監督の励ましの言葉にそう答えたものの、真司の心には焦燥感が広がっていった。






機械科Bのタイヤ交換作戦の噂は参加チーム全てのピットに伝わったようで、全体的にレースのペースが上がっていた。



浮き足立って慌てるチームもあれば、そのような作戦は有り得ないと信じてペースを守るチームもある。



ただ、他の全チームが機械科Bのピットの状況には目線を光らせていた。






そして時間は丁度レースの半分に差しかかった頃、ピット全体が一気に騒がしくなった。



「機械科Bがピットにタイヤを用意した!」



その声を聞きつけた全員が、機械科Bのピットに注目した。


[No.1469] 2008/08/30(Sat) 20:38:16
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レースは丁度折り返し地点を過ぎた頃。



タイミング的には各車が3回目のピットインになる。



通常ならエンジンバイクのチームは給油ホースが、電動バイクのチームは交換用バッテリーパックが用意されているのみだが、機械化Bチームのピットにはさらに2本のタイヤと物々しいジャッキが鎮座していた。



「来たぞ!」



ゼッケン3のバイクがピットに滑り込んできた。



機械科Bのスタッフの周りを、他のチーム関係者が遠巻きで見守っている。







指定の場所に止まる。



ライダーが降り、通常ならすぐ他のライダーが跨るところだが乗らずに支える。



素早くジャッキがかけられ、バイクが持ち上がる。



ふたりのメカニックが電動ドリルのような形の治具をホイールセンターの部品にはめた。





カチン!!






軽い金属音がしたと同時に、ホイールシャフトがすぽんと抜けた。



そして素早くタイヤが外され、新しいタイヤを入れて抜けたシャフトを押し込んだ。



ジャッキが下ろされ、次のライダーが跨ると同時にバッテリーパックが換えられる。






シュイイイン・・・



電動バイク特有のサウンドを響かせながら、他チーム関係者の視線を一身に集めてゼッケン3のバイクが勢い良く駆け出して行った。



作業を終えたスタッフ達はハイタッチで喜びを表している。



真司はその様子をじっと見ていた。



「何秒だった?」



「バッテリー交換込みで32秒。噂どおり20秒のタイヤ交換だったな。敵ながら鮮やかだ」



真司はそう話す先輩たちの声を、厳しい表情で聞いていた。



(くそ、レースが始まれば俺たちが有利だと思ったのに、まさかこんな手を使ってくるなんて・・・しかも亜美のチームが)



ツーリング部は大学部と高等部まとめてひとつのクラブであり、在籍人数はそれなりの数にのぼる。



中等部の予備軍を集めて若手育成のためにチームを結成(ツーリング部RP)して走らせるほどの人員が居る。



その中から去年の優勝チームのライダーに選ばれたことは真司にとって誇らしいことであり、またデビューウィンの大きなチャンスでもあり、それを確実に狙っていた。



だがレース期間に入ると一般の注目は機械化Bチームから参戦した亜美に集まった。



今大会唯一の女性ライダーが有力チームからエントリーし、かわいい顔立ちを持ち、予選では見事最速タイムを記録。



『美少女天才ライダー』として報道部も一般観衆も亜美ばかり注目され、真司には一切そのような視点は当てられなかった。



もともと真司は目立ちたがる性格ではないが、自分の得意分野に限ればある程度は世間から注目を集めたいと感じていた。



だが今の真司は完全に蚊帳の外だった。



『さあ、鮮やかなタイヤ交換を決めたゼッケン3の機械科B、現在7番手まで順位を落としましたが、ペースが明らかに違います!怒涛の追い上げが始まるのでしょうか?あーっいま前を走るゼッケン7をオーバーテイク!ポジションをひとつ上げました。6位です!そしてさらに5番手のバイクをもう視界に捕らえています!ライダー小河選手絶好調だ!』



アナウンスの声が観客の亜美への声援を助長する。



コース全体が亜美に注目していた。






(ちぇっ・・・)



真司はそれも面白くない。



毎朝一緒に走っているので亜美のライディングについてはよく知っており、それが自分より勝っていると感じたことはない。



(亜美に負けたくない)



真司はそう強く思い、集中を高めていく。






レース開始から2時間。



真司のチームは現在トップを走っており、後ろとの差は6秒ほど。追い上げを見せているゼッケン3とは一時は13秒ほど開いたが、今は9秒まで詰められている。



(よし行くぞ!)



真司はやる気を漲らせてヘルメットを手に取った。



だが、



「東村待て、お前は今は待機だ。最終スティントを走ってもらう」



監督が真司を制した。



「俺が最終ですか?なんで?」



突然の順番変更に戸惑う真司。



「勝つための作戦だ。まともに戦ったら3番に負ける。ここは一発ギャンブルに出る」



そう言った監督の表情はあまりにも真剣だった。



真司が乗る予定だったピットストップではライダー交替はせず、エースライダーの連続走行になった。



(塚本先輩2スティント連続か・・・キツイだろうな)


一回30分の走行でも真司は疲労困憊だった。それを今、エースライダーは2回連続約1時間の走行をすることになる。



真司は先輩ライダーに敬意の念を払いながら、どんどん高まるプレッシャーを感じていた。



(後ろとの今の差なら、塚本先輩ならキープするだろう。けど問題は亜美のチームだ。あそこはタイヤ交換したからペースが明らかに速い。2位に上がってくるのにそう時間は掛からない)



(最後に俺が乗るときは、塚本先輩ならトップで繋いでくるはずだ。で、3番が2位になってる。向こうの最終ライダーは亜美だろう)



(互角の条件なら亜美に負ける気がしない。でも向こうはタイヤが新しい。エンジンバイクのほうがタイヤに優しいって言っても限界がある)



電動バイクはエンジンバイクに比べて低速からの立ち上がり加速が鋭いが、その分リアタイヤに負担がかかり磨耗が激しい。



逆にエンジンバイクは高速域の出力で勝るが、タイヤへの負担はさほど厳しくない。



でもだからと言って電動バイクにタイヤ交換されてしまえばその優位性は消し飛んでしまう。



機械科Bの通常より1分以上短い短時間でのタイヤ交換はレースにとても大きな影響を及ぼしていた。



(ウチは勝たなければならない・・・俺が勝たなくちゃいけない・・・)



(・・・出来るか?俺に・・・)



プレッシャーが不安に変わっていく。







「・・・真司くん?」



「ん?・・・あ・・・」



呼びかけられた目線の先に、遠慮がちに立っているあや乃の姿があった。



「あや乃ちゃん、何でここに?ここ関係者しか入れないんだけど・・・」



「西岡くんにこれ貰ったの。どこでも入れるよって言われて・・・その通り入れちゃった」



あや乃はトートバックから関係者にしか配られないピットパスを差し出した。



「啓太のやつ、こんなもの簡単に渡すなよな」



「なんで?どこでも入れるから便利じゃないの?」



「ここは結構危ないんだよ。バイクは結構なスピードで入ってくるし燃料は危険物だ。メカの人たちは火傷なんてしょっちゅうなんだよ」



「そうなんだ・・・」



ピットの中は緊迫した空気が漂っているが、その中であや乃は唯一暖かい雰囲気を醸し出していた。



真司は一息ついて立ち上がると、あや乃をピットの隅に誘導した。



「あまりうろつかないほうがいい。レース終盤でみんなピリピリしてるから。ここでじっとしてて」



「うん、ごめんね突然来ちゃって。迷惑だった?」



「いや、そんなことはないけど・・・でも俺ももうすぐ出番だからさ」



「みんな、凄いスピードで走ってるよね。西岡くんも亜美ちゃんも、真司くんもそうなの?」



「ああ。今ウチのチームはトップだからさ。俺が最後まで順位を守らなきゃならないんだよ」



「危なくない?」



「それより、負けたくないんだよ。特に後ろから亜美のチームが来てるからな」



「あたし、なんかこの会場全体が亜美ちゃんで盛り上がってる気がする」



「そうなんだよ。亜美がトップを奪ったら大盛り上がりだろうね。俺達は完全に悪役さ。はは・・・」



空笑いを浮かべる真司。






「・・・真司くん、頑張ってね」



「えっ?」



「みんなは亜美ちゃん応援するかもしれないけど、あたし真司くん応援するから」



「あや乃ちゃん・・・」



真司はあや乃の温かい笑みに釘付けになった。






あや乃がここに現れるとは思わなかった。



あや乃が自分に向けて、こんな温かい声援を送ってくれるとは思わなかった。






「ありがとう、頑張るよ」



自然にすっとこの言葉が出てきた。



「よかった。真司くん凄く緊張してるように見えたから」



「え、そう?ま、まあかなり緊張してたのは事実かな・・・」



「真司くん、自然体で行こうね。そうすればきっと大丈夫だよ」



今のピットはかなり緊迫した空気に包まれている。



その中で、あや乃の笑顔はとても温かった。



ピリピリとした空気を漂わせているこのピットの中で、唯一の優しい笑みだった。




レースクイーンのような華やかさや派手さはないが、とても温かく柔らかい微笑だった。



「おい東村そろそろだぞ、準備しろ」



メカニックの先輩が緊迫した声で真司を呼ぶ。



「分かりました」



真司はそう短く答えてヘルメットを身に着けた。



「真司くん、気をつけてね」



「ああ」



ヘルメットの中で笑みを浮かべながら、真司はピットガレージから出て行った。



「2位に機械科Bが上がった。踏ん張ってくれよ」



メカニックが真司にそう告げたすぐ後にゼッケン1のバイクがピットに滑り込んできた。



この追い詰められた状況の中で、真司はとても落ち着いた気持ちで最終スティントに飛び出して行った。






(タイヤの喰い付きが悪くなってる。あまり寝かせられないし、立ち上がり加速も気持ち鈍い気がする)



現在のオートバイはコンピュータによる姿勢制御技術が進んでおり、コーナリングで限界以上に傾けようとするとセンサーが危険を感知して自動的に起き上がるような動きをしながら速度も落ちていく。



コーナー脱出時に必要以上にアクセルを開けても、リアタイヤは滑ることなく現状で受け止められるパワー上限の力で加速していく。



タイヤのグリップが落ちている現状では、レース前半のような走りは出来なくなっていた。



(でもこの状況で目いっぱいの走りをするしかない!)



[東村、いま3番がピットイン。最終ライダーは亜美ちゃんだ・・・いま出て行った!]



この無線を聞いたとき、真司はホームストレートを駆け抜けていた。



そして視界の隅で、ピット作業を終えて加速するゼッケン3、亜美の姿を捉えていた。






[東村、後ろのゼッケン3との差は4.8、4.8。このまままともにやり合ったらウチが不利だ。いいか、追いつかれるのは覚悟でマップ3でタイヤと燃費を稼げ。いまはマップ3で踏ん張れ。こっちから指示するまで後ろは見るな、気にせずに走れ。追い付いて来たらマップ5で勝負だ。全力で押さえ込め。集中を切らすなよ]



「了解」



真司は無線の指示通り、マップ3でバイクをいたわりつつ全力で逃げに入る。



(でもこのペースじゃいずれ追い付かれる。けどそれでいいんだ。追い付かれてからが勝負だ)



真司は自分を信じ、バイクを信じ、チームを信じて集中したライディングを続ける。



限られた状況の中で全力を尽くしたが、亜美はぐんぐん追い付いてくる。






そして残り15分。



『さあ、ついにゼッケン3がトップのゼッケン1を射程距離に捉えたあ!今年もツーリング部と機械科の戦いだあ!』



亜美が真司のぴったり後ろまで追い付いてきた。



[よし東村、マップ5で全力で飛ばせ!燃料は最後まで持つ。とにかく逃げ切るんだ!]



無線で監督のGOサインも飛んできた。



(よし行くぞ!)



真司は後方からの亜美の気配を察知しながら、マップを切り替えてさらに気合を入れ直す。



(ストレートじゃウチが完全有利だ。問題はコーナー区間)



真司と亜美は連なって連続コーナー区間に入っていく。



『さあ小河選手仕掛ける!』



亜美が低速コーナーを小さく回り、立ち上がり加速で真司に並びかけて次のコーナーに向かう。



(させるか!)



アウト側で半車身前にいた真司は構わずに亜美のラインを塞ぐ。



ガシャン!



2台が軽く接触し、姿勢制御機能が働き車体が軽く震える。



ラフな走りで真司は亜美の頭を抑えた。



(亜美は速いかもしれないが、サイドバイサイドの走りは好まない。ラインを塞いでいけば簡単には抜けないはずだ)



バックストレートへの立ち上がり、亜美は真司に再び並びかける。



(ここで並ばれても絶対に抜かせない!)



アクセル全開で亜美に一歩も譲らない。



ストレートは真司のほうが圧倒的に速く、並びかけた亜美を突き放した。



真司はコーナー区間で亜美のラインを塞ぐようなコーナーリングに徹底し、ストレートではエンジンバイクの優位性を活かして付け入る隙を与えない。



[よしいぞ東村その調子だ。とにかく押さえるんだ。踏ん張れ!]



無線で監督も激を飛ばす。



(押さえ込むのも結構辛いな。コーナー区間は亜美のほうが全然速いからな。このまま行ったら後で亜美にどやされそうだな。俺に塞がれて相当イライラしてるだろう。観客だって亜美が勝ったほうが盛り上がるだろう。俺は完全に悪役だな。でも・・・)



(俺は勝ちに行くんだ!たとえ観客からブーイングが出ても、あや乃ちゃんが応援してくれているんだ!絶対に譲るもんか!)



真司は気合を漲らせてアクセルを握る。



残り5分。



真司は亜美を抑えながらホームストレートに飛び出した。







『さあ残り5分です。ゼッケン1は最後までトップを守れるか?それともゼッケン3の大逆転が・・・ああああーーーーーっ!!!!!?????』






アナウンサーの絶叫がこだまする・・・





























『第7回3時間耐久ロードレース、優勝は・・・チーム機械科Bです!』



表彰台の中央に3人のライダーが上がる。



その中心にいた亜美はとても嬉しそうな笑顔を輝かせていた。



カメラが向けられ、フラッシュが瞬く。



勝者に与えられる光だった。






その逆、敗者には暗い影が立ちこめる。



ツーリング部Aチームのピットガレージは、ゼッケン1の汚れたバイクを中心に重い空気が漂う。



その隅で、パイプ椅子に座っている真司は肩を落としていた。



暗いピットにも表彰式の歓声が届き、虚しさが広がる。



「東村、トラブルはお前のせいじゃない。今回は厳し過ぎる戦いだった。お前は良くやったよ」



監督が落ち込む真司に歩み寄り、励ましの言葉をかける。






残り5分のホームストレート。



ゼッケン1のバイクが派手な煙をあげた。



エンジンブロー。



機械科Bに対抗すべく決勝レースでもマップ5を多用した結果だった。



ゼッケン1は残り5分までトップを快走しながら、一転してリタイアになった。






真司は煙を吹いて力を失ったバイクをゆっくりとストレート脇に止めた。



チームにとっても、真司にとってもあまりに虚し過ぎる結果だった。



そしてゼッケン3は労せずしてトップを奪いそのまま走りきって優勝。



タイヤ交換の奇策を見事にこなし、さらに女性ライダーの優勝も重なって会場は大盛り上がりの結末を迎えた。






「すみません・・・」



そう漏らした真司から涙があふれ出た。



真司にはあまりにも悔しい結果だった。



そんな真司に、ガレージの外から静かに見守る視線があった。



(真司くん・・・)



あや乃だった。



優勝した亜美、レースクイーンの志穂らが大いに盛り上がっている表彰台には足を向けずに、暗いピットガレージの側から離れずにいた。



ただ、足許を悔し涙で濡らす真司をじっと見守っていた。


[No.1470] 2008/08/30(Sat) 20:51:32
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親から子へ・・・7 (No.1470への返信 / 7階層) - takaci

ピリリリリ・・・



ヘルメット内臓のイヤホンから電話の着信を告げる電子音が鳴る。



(ん?)



メーター横に備えてある携帯のサブディスプレイには『亜美』の文字。



その亜美は真司の後ろにいる。



真司はミラーで亜美の姿を確認しつつ、携帯をコントロールするボタンを押した。



「なんだよ?」



[ねえ、これからあや乃ちゃんの家に行こうよ?]



「は?」



真司には亜美の意図が全く掴めない。



[あや乃ちゃんの家ってケーキ屋さんなんでしょ?]



「ああ、それがどうした?」



[あんた、あたしのと勝負忘れてないよね?]



「あ、そんなのあったな・・・」



真司はすっかり忘れていた。



先日のレースで順位が下だったほうが一回メシを奢るという約束を亜美と交わしていた。



亜美は優勝、真司はリタイアなので真司が奢ることになる。



[いま甘いものが食べたい気分だから、お昼ご飯じゃなくてケーキで勘弁してあげる]



「へいへい」



[じゃ、そのケーキ屋さんまで案内してよね]



「分かったよ。じゃあ付いて来いよ」



真司はマイクにそう告げて、通話を切った。



アクセルを握る右手を軽く捻る。



2台のオートバイが夕方の街道を疾走して行った。






2台のオートバイが真新しい洋菓子店の店先に止まり、ライダーがヘルメットを脱ぐ。



「へえ、こんな所にお菓子屋さんが出来てたんだあ」



亜美の第一声。



チリンチリンチリン・・・



「いらっしゃいませ〜。あら、あなたはあや乃の・・・」



あや乃の母、つかさは真司の顔を覚えていたようだ。



「お邪魔します」



軽く一礼する真司。



「ねえねえお姉さん、この店イチオシのケーキどれですか?支払いはコイツだから」



笑顔で真司を指差す亜美。



「亜美、一目では信じられないだろうが、この人はあや乃ちゃんのおかあさんだ」



「えーっ!?全然見えない!年の離れたお姉さんって思ったあ!」



今度は派手に驚いた。



「ふふっありがと!で、今日はデートの帰り?彼氏が彼女にプレゼントって感じなのかな?」



つかさがそう尋ねると、



「やっだー!こいつはただのバイク仲間であたしの下僕ですよお!」



さらにオーバーアクションを見せ、得意の鞄攻撃を真司目掛けて放った。



バコッ!



「痛えなこの野郎!それに下僕ってなんだよ勝手に決めんな!」



「うっさいわねえ、敗者がとやかく文句言うんじゃないわよ」



「それとこれとは話が別だ!」






「ふふっ、仲良さそうだね」



ケンカするふたりを見て微笑を浮かべるつかさ。



「あ、やっぱり。真司くんと亜美ちゃんだ」



ふたりの声を聞きつけたあや乃が店に降りてきた。



「よっあや乃ちゃん」



「こんにちはー。ケーキ買いに来たよー」



「ありがとう。あ、亜美ちゃんこの前のレース優勝おめでとう」



「ありがとっ!」



満面の笑みを浮かべる亜美。



「真司くん、結果は残念だったと思うけど、凄く頑張ってたと思うよ。亜美ちゃんの前を走ってる姿はかっこよかったよ」



「あ、ありがとう。そう言われるとなんか照れるな・・・」



こちらはやや緊張した笑みを浮かべる真司。



「ウチのケーキでよければ、亜美ちゃんは優勝、真司くんは残念賞で持ってっていいよ」



「いやいや今日はコイツにケーキ奢ってもらうことになってるから!気持ちだけでいいよあや乃ちゃん!」



笑顔でそう答えながら再び鞄でどつく亜美。



バコッ!



「てめえいい加減にしろ!」



「男は細かいことをとやかく言わないの!だからあんな卑怯な走りしか出来ないのよ!」



「あれも戦いのうちだ!クリーンな走りばかりがレースじゃねえんだよ!そもそもあのタイヤ交換自体が大きなハンデじゃねえか!」



「うっさいわねえ!あれこそ戦略よ!」



真司と亜美の口ゲンカをやや困った表情で見守るあや乃。



その奥で、つかさは鳴った店の電話を取っていた。



「はいもしもし・・・あ、いつもお世話になっております・・・はい・・・はい・・・え?カードですか?・・・はい少々お待ちください・・・」



つかさは電話を保留にしてパタパタと足を鳴らして店の奥へ消えていった。



そしてしばらく後、小さなメモリーカードを手にして戻ってきた。



「お待たせしました。はい確かにここにあります。でもこれって確かコピーして・・・はい・・・はい・・・えっ?そうなんですか・・・」



つかさのやや緊張した話し声が3人の耳にも伝わってきた。



自然と口げんかを止め、つかさに目を向ける。



「はい・・・はい・・・分かりました・・・はい・・・」



つかさは困った表情のまま、受話器を置いた。







「どうしたのお母さん?」



あや乃が声をかけた。



「お父さんのマネージャーさんからなんだけど、今日の発表会に使う予定だったデータが壊れちゃったらしいの。基のデータは今ここにあるんだけど・・・」



困った表情のまま、そのメモリーカードを見せる。



「データなんですよね?だったらメールで送ればいいんじゃないんですか?」



亜美はそう進言した。



だがつかさの表情は晴れない。



「このデータってとても大切なもので、何重にもロックされてるからメールで送れないの。だからこのカードを直接届けるか、専門家の人に大至急来てもらって何とかして送るか・・・」



「その発表会ってどこでやるんですか?いつ?」



「今日の7時半から。東京よ」



(ってことは・・・)



真司は尋ねた後、美祢の壁に掛かっている洒落た時計に目を向けた。



しばらく考えた後、






「俺、今から行きますよ。ここから今から飛ばせば十分に間に合います」



「えっ?」



驚くつかさ。



「ここから東京まで約200キロ。あと3時間半。大丈夫、行けます!」



自信に満ち溢れた笑みを浮かべる。



「でも・・・」



「大丈夫です。俺はバイク便のバイトやってるんです。ちゃんと届けます!」







急遽起こった事態に、真司たちは素早く対応した。



真司はつかさからメモリーカードを受け取り、素早くバイクに跨った。



ヘルメットを被り、ナビゲーションに目的地のデータを入力した。



「到着予定時刻7時5分。余裕ですよ」



そして亜美もバイクに跨っていた。



「おい、調子こいて飛ばすんじゃないよ!」



釘を指す亜美。



「なんでお前まで付いて来るんだよ?」



「あんただけじゃ信用できないからよ!それにこの前みたいにゴールまで辿り着けなかったら無駄になっちゃうじゃないの!」



「だったらお前も遅れるなよ!高速飛ばすからしっかり付いて来いよ!」



「ふたりとも気をつけてね。あたしから向こうには連絡しておくから、くれぐれも無茶しないでね」



つかさは終始心配そうな表情のまま、2台のオートバイを見送った。






2台のオートバイは高速道路を法廷速度以上のスピードで疾走していった。



それでも都内に入るとぐんと交通量が増えて思うようにペースが上がらない。



ふたりが目的地のホテルのエントランスに入った時刻は7時15分、発表会開始の15分前だった。



エントランスにはメガネをかけた男が立っており、2台のバイクを見つけると大きく手を振った。



それに気付いた真司は男に前にバイクを止める。



「東村くんだね、データの入ったカードは?」



真司は背負っているバッグからメモリーカードが入った小さな箱を差し出した。



「いやーありがとう!!本当にありがとう!!」



男は何度も礼を述べると、足早にホテルの中に消えていった。






入れ替わりに、ふたりのもとへ美女がやってきた。



真司と亜美はヘルメットを脱ぐ。



「ふたりともお疲れ様。真中先輩のお嬢さんの友達なんだって?さあどうぞ来て頂戴。せっかくだからパーティーに参加して。お腹空いてるでしょ。お料理もいっぱいあるわよ」



美女が手を招くと同時にボーイが来て、真司たちのバイクを丁重に預かった。



「オートバイはホテルマンに任せればいいわ。荷物はクロークに預けなさい」



初めて高級ホテルに訪れて戸惑うふたりに美女は的確な指示を出して案内した。



(なんか高級ホテルって凄いな。俺みたいな奴にも礼儀正しいし、バイクや荷物もメッチャ丁寧に扱ってくれて、この床の絨毯なんかウチよりずっとフカフカだ。こんな所に土足で上がって

いいのかな・・・)



高級ホテルの雰囲気に圧倒される真司。



「あの、あなたは一体・・・」



ここで真司はようやく美女に尋ねる心の余裕が出てきた。



その時、



「あーっ!」



後ろの亜美が大きな声をあげた。



「なんだよいきなり?」



「この人、映画評論家の外村美鈴さんよ!あたし雑誌で見たことある!」



「映画評論家?」



そう言われても真司は目の前で微笑む美女のことは知らなかった。



「結構有名な人よ。もう歯に衣着せぬ批評でどんな有名監督の大ヒット映画でもめったに褒めないっていう超辛口評論家だよ」



「ふふっそうだね。あたしの場合は好き勝手に批評してるからね。辛口評論で関係者から嫌われても旦那が居るから食べるには困らないし。まあ今はあたしのスタイルが好まれてるみ

たいでこうして評論家としての仕事に恵まれてるんだけどね」



「あ、結婚されてるんですか?」



「うん。旦那は漫画家よ。旦那の仕事に影響出ないようにあたしは旧姓で仕事やってるんだけどね」



「あ、あと、さっきあや乃ちゃんのお父さん、真中監督のことを先輩って・・・」



「うん。高校の1年先輩なんだ。学生時代は一緒に映画撮ったりしたよ。先輩の奥さんとも一緒にね」



「へ〜え」



亜美はいろいろ興味深そうに美鈴から聞きだした。



(あや乃ちゃんのお父さんの周りは若くて綺麗な女の人ばっかだなあ。お母さんもそうだし、外村さんだって綺麗な人だ。1年後輩ってことはそれなりの年齢なんだろうけど、全然そうは

見えないや。ホント若い人ばっかだなあ・・・)



真司がそんなことを考えているうちに、パーティー会場に案内されていた。



(うわ、なんか凄いな・・・)



会場には多くの人が居て、ほとんどが正装を身に纏っていた。



さらに半数くらいは外国人のように見受けられ、日本語以外の言葉が飛び交っている。



真司には場違いのような感覚を覚えた。



どうやら亜美も同じようで、さらにその様子に気付いた美鈴が気を利かせて二人を会場の隅へと誘導した。



「ふたりとも、こんなパーティーに出るの初めて?」



「「は、はい」」



「まあ最初は戸惑うけど、すぐに慣れるわ」



「でも、なんか凄いですね。日本なのに外人ばっかで、なんか日本じゃない気がしますよ」



真司がそう述べると美鈴はくすっと笑い、



「そうね。でもそれだけ真中監督がワールドワイドな存在ってことだろうね。あたしが知ってる学生時代の優柔不断な真中先輩とはもう別人よね」



昔の思い出を笑顔で語った。






「・・・・・・・」



(ん?)



壇上の司会者らしき人物がスピーチを始めた。



だが真司には何を言ってるのか分からない。



英語だった。



「なんだこのパーティーは?」



真司が驚いていると、



「今日は真中監督の新作製作発表のワールドプレミアなの。進行は全て英語よ」



「日本での発表会がオール英語なんて、この業界はそれが普通なんですか?」



「全くとは言わないけど、普通は無いわね。なぜ真中監督が英語で発表にしたのかは分からないわ」



亜美の問いかけに冷静に答える美鈴。



真司は司会者の流暢な英語を聞きながら、場違い感がどんどん強まっていく。






やがて会場が暗転した。



スピーカーから女性の声が聞こえる。



ただ司会者の流暢さは無く、片言の英語を淡々と語っているように感じた。



でも真司にとってはこのような片言のほうがなぜかホッとする。



言葉の意味は分からないが、どこか親しみのあるこの片言の声に耳を傾けていると、



「そんな・・・先輩?まさかこんなのが・・・」



暗闇でよく分からないが、隣に立つ美鈴がとても驚いているように見受けられた。






ドンッ!!



突然スピーカーから響きのある重低音が出て、いつの間にか下りていた巨大なスクリーンに迫力ある映像が踊る。



「・・・」



真司は口を半開きの状態で映像に釘付けになった。



どんな内容なのかはよく分からない。



外国人らしき俳優の姿があったが、誰なのか全くわからない。



おまけに台詞は当然のごとく英語でおまけに日本語字幕無しという徹底ぶり。



スタッフ紹介も英語なので、何がなんだか本当に分からない。



でも、映像と音楽からとてつもない魅力を感じ、それに完全に引き込まれていた。



約10分ほどだろうか、予告編のムービーが終了した。



それと同時に会場は割れんばかりの拍手に包まれた。



真司、亜美も釣られて拍手する。



ふたりとも内容はよく分からないが、とても大きな期待を抱かせる予告編だと感じていた。






そして会場は再び光を取り戻し、フリーな立食パーティーの時間になった。



始めは緊張していた真司と亜美だが、時が進むにつれて緊張がほぐれてテーブルに並ぶ数々の料理に手を伸ばす。



長距離をバイクで飛ばしてきたこともあり、ふたりとも腹を空かせていたので笑顔でフォークを進めていた。






「ちょっとなによあの演出は!あんなのを残してたなんて予想もしなかったわよ。驚いちゃったじゃない!」



美鈴の弾んだ声が届いた。



(ん?)



真司が顔を向けると、男性と楽しそうに談笑する美鈴の姿を捉えた。



「ちょっとちょっと、いま外村さんと話している人、あの人が真中監督よ。あや乃ちゃんのおとうさん」



亜美が耳打ちした。



「えっ?」



驚く真司。



(なんか、普通の人だな。さっきの映像を撮った人だろ?もっとごつい人だとばかり思ってたけど・・・)



そう思ってる真司に向かって、美鈴とともにやってきた。



映画監督、真中淳平。







「ありがとう、きみ達があや乃の友達なんだね。大事なデータを運んでくれて助かったよ。あと、あや乃のことをよろしく頼むよ」



淳平は柔和な笑顔をふたりに向けた。



「あ、いえいえそんな!あたしたちがお役に立てて嬉しいです。あ、あたし小河亜美って言います」



笑顔で答える亜美。



「俺、東村真司です」



どう答えていいか分からないので、とりあえず名前のみ伝えた真司。



「小河さんと東村くんだね。覚えておくよ」



「あ、あの・・・俺たちが運んだデータって一体なんだったんですか?」



真司は素直な疑問を口にした。



つかさからは『大事なデータ』と聞いていたが、それがどんな内容なのかは全く知らなかった。



「ああ、会場が暗いときに女性の声が流れただろ。あの音声だよ」



「えっ、あれなんですか?」



予想もしなかった回答だった。



「あのデータがあったから、今日の発表会の構想が決まったんだよ。データが壊れたときは本当に困ったよ。本当にありがとう、助かったよ」



「あ、いえ・・・」



予想もしなかった。



片言の英語のどこか温かみがある声。



あの声がそこまで大事なものだとは思わなかった。



(どんな人なんだろう・・・)



まずそう思い、尋ねてみようとも思ったが、隣に立つ美鈴が複雑な笑みを浮かべているのが目に入り、なぜか口が動かなかった。




ただ、頭の中であの片言の英語の言葉をただひたすら繰り返している真司だった。


[No.1471] 2008/09/14(Sun) 20:41:48
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親から子へ・・・8 (No.1471への返信 / 8階層) - takaci

「あの〜大沢先輩?」



「志穂でいいわよ、真治」



「じゃあ、志穂さん、今日は確か買い物に付き合うんですよね?」



「そうよ」



「でもってなぜ高速に乗ってるんです?どこまで行くつもりですか?」



「遠くはないわよ。高速乗ってすぐの所よ。うちの近所じゃまともな店が無いからね。だからちょっと羽を伸ばす感じかな」



「はあ…」



真治は力無くそう答えながら、窓から流れる景色をぼーっと眺めていた。







なぜ今こうなったかというと、時は昨日にさかのぼる。



「おーい東村真治!」



中庭で亜美とあやのの3人で昼食をとっている時、突然呼ばれた。



目を向けると、またもや眩い服装に身を包んだ志穂がこちらに笑顔で向かって来ていた。



「大沢先輩?なんですか?」



やや驚きながら尋ねる真治。



「明日の休みだけど、何か予定ある?」



「明日っすか?バイトも休みだし、今の所これと言っては…」



実はこの休みを利用してあやのをデートに誘えれば…と密かに狙っていたのだが、まだ規定事項にはなっていないので予定は空いていることになる。



「じゃあ明日、あたしの買い物に付き合ってよ。いいでしょ?」



「ええっ!?俺が大沢先輩と!?」



「何か問題ある?」



「いえ、問題は特に無いですが…」



「じゃあ決まりね。明日朝駅前で待ち合わせね。遅れないでよ。あたし時間にルーズな男は嫌いだからね。じゃ!」



志穂は言う事だけ一方的に伝えると、颯爽と去っていった。



真治とあやのはポカンとした表情を浮かべており、亜美はややムスッとしていた。







そして時間はつい先刻、



真治はバイクを駅の駐輪場に駐めてロータリーで待っていると、外国製スポーツカーが真治に横付けした。



左ドアのパワーウィンドウが降りて、



「お待たせ。さあ乗って」



なんと志穂だった。



「大沢先輩、車の免許持ってたんですか?」



「少し前に取ったのよ。さあ行きましょ!」



元気いっぱいの志穂に押されるような形で、真治は右側のドアを開けて助手席に乗り込んだ。



スポーツカーは低い音を響かせながらスムーズに発進した。



そしてこの駅前の影で、バイクに跨って様子を伺う人影があった。



真治たちに気付かないように後をおうようにして電気的な音を鳴しながらそのオートバイもゆっくりと発進した。







そして時間は今に戻る。



「志穂さんって車の運転上手いですね。免許取ったって言ってもここ何か月でしょ?左ハンドルの車をここまでスムーズに走らせるなんてセンスあるんですね」



「車の運転自体はもう完全に慣れてるわ。限定A持ってるしね」



「限定A?」



「サーキットライセンスよ。16歳で貰えるの。入門カテゴリーの4輪レースやスポーツ走行ならこのライセンスでOKなのよ」



「へえ。じゃあ車の運転経験はあるんですね」



「パパがレースやってるのよ。それであたしも入門フォーミュラのレースには何度も出てるし、スポーツ走行枠でパパが持ってるポルシェのカップカーを走らせた事もあるわ。だからあたし

左ハンドルのほうが乗り慣れてるのよ」



「そう言えば、この車もポルシェじゃないですか?」



「25年前くらいの車よ。ビンテージと言うにはちょっと新しいかな。旧いポルシェよ。でもオートマだし乗りやすくて速いからあたしは好きよ」



「ポルシェのなんてモデルなんですか?」



「911のタイプ996ターボ。エンジン、シャーシ全てに少し手が加えてあるわ。500馬力弱といった所ね」



「ご…500馬力っすか…」



素直に驚く真治。



「ねえ真治、あなたのバイクってどれ位出るの?」



「スピードですか?」



「そ」



「普段は峠メインなんで170前後ってとこですかね」



「高速は?」



「あまり乗らないですけど、一度だけ250オーバー出した事あります。けど現実としては交通量が少なくてクリアな状態で220クルーズって所ですね」



「やっぱバイクだとそんなもんよね。あなたは確かエンジン乗りだったわね。電動だと高速は辛いんだよね?」



「そうっすね。啓太が電動乗りですけど、高速じゃ200が限界って言ってましたね」



「そっか。じゃあオービスも通った事だし、道も空いてるし、五月蠅いハエをおっぱらうか!」



「ハエ?」



真治が聞き返すと同時に、加速Gで身体がシートバックに押し付けられる。



志穂は胸元にかけていたサングラスを身に着け、アクセルペダルを踏む右足に軽く力を入れていた。



「真治、速い高速クルーズには何が必要か分かる?」



「えーっと、パワーのあるエンジンですよね?」



「もちろんそうだけど、それだけじゃダメ。高速域でも安定した足周りと、いつどんな状況でも目一杯踏めてスピードを殺せるブレーキが必要よ」



「なるほど…」



「この車は確かに旧いけど、250キロオーバーでもレーンチェンジ出来る足とボディを持ってるし、ポルシェのブレーキは世界一よ。だからこれくらい平気だから安心しててよ」



志穂はサングラス越しにウィンクする余裕を見せながら、高速を250キロでクルーズしていった。








そして着いた先は、



「横浜ですか…」



海風を受けながら、半ば呆れる真治。



「高速飛ばせば近いもんでしょ?」



「まあ確かに…時間はそれほどかかってないですけどね…」



にしても「ちょこっと羽を伸ばす」という感覚の場所ではない。



「さあ行きましょ。天気もいいことだし、ショッピング日和になりそうね!」



志穂はサングラスを畳んで胸元に引っ掛けると、真治の腕を取って歩き出した。



「ちょ、ちょっと…」



真治は慌てて頬を紅くしながら、志穂に引っ張られていった。







志穂は横浜のメインストリートではなく、やや外れの辺りに繰り出した。



目当ての店は、



「へえ、駐留軍人向けの店ですか」



真治には未体験のたたずまいを持つ店を前にして、素直に感心した。



「この街はこーゆー店が結構あって、面白いものがいっぱいあるのよ」



志穂の言う通り、日本の一般的な店では置いてないものばかりである。



服などは日本のセンスとは全く異なるものが並んでいて、素人目で見てもカッコいい。



「あたしこーゆーの好きなのよ」



そう言って志穂が手にするものは単体で見ればかなり奇抜なもので、一般的な女子なら躊躇するのではと感じるものだった。



でも志穂が着ると、とても様になる。



志穂にそう伝えたら、



「ありがと♪ホントはふつーの店で売ってるかわいいのとか着たいんだけどさ、あたし身体大きいから似合わないのよね。だからこーゆー路線に走るしかないのよね」



と、やや照れながら胸の内を語った。



志穂は日本人女子としては背が高く出るところはちゃんと出ているので、一般女子向けの服は着こせないそうだ。



でも一般女子が着れないアメリカ人向けの服を見事に着こなす。



「志穂さんは今の志穂さんのスタイルでいいと思いますよ、俺は」



「ありがと!じゃお礼にお昼奢ってあげるね♪」



「え?いいですよそんな…それくらいは俺自分で出しますよ。高速台もガス台も志穂さん出してるんだから…」



「いいっていいって!今日はあたしに付き合ってもらってるんだからこれくらい当然よ♪ それに男なら女の子の申し出は素直に受け入れた方がカッコいいと思うわよ」



と、志穂がまた見事なウィンクを放ちながら言ったので、真治は志穂の甘言を受け入れた。







そして案内されたレストランはこれまたアメリカンな雰囲気の店だった。



「この店のランチがボリュームあって美味しいのよ」



その通りで男の真治から見てもかなりの量だった。



これで味が並だったら残しそうな感じだったが、これまた確かに美味だったので何とか平らげた。



そして昼食後もショッピング。



志穂のスタイルで感心したのは。買った物でもかさばりそうな物は全て郵送にしたことだ。



「荷物抱えて買い物なんて嫌だし、車にもあまり載らないしね」



手にあるものは、持っていてもかさばらない小さな物ばかり。



荷物持ちの役割を押し付けられる覚悟をしていた真治には意外なことであり、快適だった。



午後もあちこち見て回り、いろいろ買い物を済ませてからオープンカフェに腰を下ろした。



「さすがにちょっと疲れたわね」



「はは、俺もちょっと…」



「真治ってコーヒー飲める?」



「ええ」



「じゃあここのブレンドコーヒーで決まりね。美味しいんだから」



志穂はウェイトレスに注文すると、お冷やに口を付けた。



「ねえ真治、あなたって好きな子いるんだって?」



「な、なんですか急に?」



慌ててこちらもお冷やに口を付ける。



「啓太から聞いたのよ。なんか身の丈に合わないすごいかわいい子を狙ってるってね」



「身の丈に合わないって啓太の奴…まあ確かにそうかもしれないけど、惚れちゃったんだからしょうがないですよ」



不満を口にしつつも開き直った。



「どんな子なのよ?」



「新学期に転入してきた子で、まあ帰国子女ですよ。大人しくてかわいくて…でもマイペースでちょっと掴めないところもあって、細かい性格まではまだ分からないですね」



「転入してきた帰国子女って、真中あや乃ちゃんだっけ、映画監督真中淳平の娘の」



「そうですその子です。志穂さんも知ってるんですか?」



「一応ね。親が有名人だし。でもあの子ってかわいいけどあまり喋らないから友達少ないはずよ。人気もそんなにないはずだし。だから狙い目かもね」



「そうなんですか?」



真治の顔が輝いた。



「でもさあ、一緒にいて正直退屈じゃない?あまり喋らない子がいると場の空気を保つのに苦労するのよ。そーゆー経験ない?」



「そう言われれば…」



思い返してみると、あやのとふたりきりになった経験はあまりない。



大概は亜美が一緒にいて、その亜美がよく喋っている。



「あたしから見れば、真治は亜美ちゃんとお似合いっていうか、付き合ってるようにも見えるわよ。いつも一緒にいるしね。そこんとこはどうなのよ?」



「そりゃ誤解です。あいつはただのバイク仲間ですよ」



真治は思わず笑ってしまった。



その様子を見た志穂は、



「じゃああの小さくてかわいくて男子に人気の高い亜美ちゃんは、特に意識してないのね、真治は」



「そうですよ、俺がいま気になってるのは…やっぱあや乃ちゃんですね」



「そう…」



志穂はやや安堵した表情を見せて、運ばれてきたコーヒーを口にした。



(大沢先輩どうしたんだ?なんで俺と亜美の関係なんか聞いてくるんだ?)



真治はよく分からない表情を浮かべて、志穂に習いコーヒーを口にする。








「おいこら真治!」



「ん?」



突然横から呼ばれて顔を向けたら思わずコーヒーを吹き出しそうになった。



なんと亜美が疲れ切った表情で自分を睨んで立っていた。



「おま…なんでこんな所にいるんだよ?」



「あんたを監視するために決まってるでしょ!美人の先輩に誘われて変な気起こさないようにね!」



「変な気ってなんだよ?」



「変な気は変な気よ!あんた先輩に誘われただけで浮かれてるでしょ!」



「そんな事ねえよ!それよりそんな理由でここにいるお前のほうがおかしいぞ!」



真治と亜美が言い合いをしていると、



「真治、彼女がここにいる理由は理解出来るわよ」



志穂が割って入ってきた。



「はあ?」



訳の分からない真治。



「それより亜美ちゃん、あなたよく付いて来れたわね。高速で振り切ったつもりだったのに」



志穂は亜美に挑戦的な視線を向ける。



「大沢先輩、あたしに気付いてたんですか?」



「そうよ。デートの邪魔になりそうだったから振り切ったのよ」



「で…デートなんて言わないで下さい!こいつ浮かれて調子付くじゃないですか!」



亜美は顔を赤くして猛然と抗議する。



だが志穂は至って落ち着いた表情で、スッと立ち上がった。



「亜美ちゃん、あたしが真治を誘った理由は至ってシンプル。あたしは真治が好きだからよ」



「ええっ!?」



派手に驚く亜美。



「なっ…」



こちらは驚きで言葉が出ない真治。



「で亜美ちゃんはどうなの?あたしに振り切られてからどうやってここまで辿り着けたのかは分からないけど、とても苦労したはずよ。あなたをそこまで動かした理由は何?」



志穂に詰め寄られる。



167センチの志穂に154センチの亜美は完全に見下ろされる形になる。



亜美は顔を赤くして真治にチラチラと目線を向けつつしばらく黙っていたが、






「あ…あたしも真治が好きなんです!」







強い意思が込められた視線でキッと志穂に向けてそう言い放った。




(な、なんだってんだ一体…)



事の渦中の真治は自体を飲み込めないまま、睨み合い続ける女子たちを見ていた。


[No.1475] 2008/09/20(Sat) 21:59:29
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親から子へ・・・9 (No.1475への返信 / 9階層) - takaci

「真治よお、お前は幸せものだよなあ。美女ふたりから告られたんだからなあ」



「お前が言うなよ啓太、俺から見ればお前のほうが幸せに見えるぞ。女子の友達多いし、いま何人と付き合ってるんだ?」



「付き合ってるのは、えーっと…ってそんな事言わせんなよ!俺は至って真面目に女の子たちと仲良く過ごしてるんだ!付き合ってるとかそんなの関係ねえよ!」



「はいはいそうかよ…」



ムキになって慌てて口調を強める啓太の姿は、いま複数の女子と付き合っていることを表している。



そう感じ取った真治は完全に呆れていた。







「俺のことはどうでもいいんだ!お前はどっちを選ぶつもりなんだよ?亜美っちか?それとも大沢先輩か?」



先日、横浜の街でのふたり揃っての告白劇はこの学校の生徒にも伝わっていた。



亜美も志穂も裏表がない性格なので、この出来事を親しい友人に話していたのがきっかけで広まった。



亜美は小柄でかわいいルックスを持っておりそれなりにファンが多い。



志穂はとても女性的な魅力が強いのでこちらもファンが多い。



そのふたりから告白を受けた真治は、日々ごとに多くの生徒から痛いような視線を感じていた。



「でもふたりには悪いけどさあ、どっちもピンと来ないんだよなあ」



「なんだよそれ?贅沢な奴だな!」



「志穂さんがまさか俺の事をそんな風に思ってたなんて完全に想定外だよ。一回買い物に付き合っただけでよく知らないしさ。まあいい人なのは分かるけど…」



「じゃあ亜美っちはどうなんだよ?」



「あいつこそホント想定外さ。ただのバイク仲間としか思ってなかったからな。今更好きと言われてもそんな目で見れないし、実感沸かねえよ」



「なるほどなあ。けどまあお前はそうなるとふたりの美女の好意に応えないわけだ。で、そんなお前は誰を狙ってるんだ?」



「そりゃあ…お前も知ってるだろ?」



「ああ。けどあの子ばかり見ていて、ほか子の気持ちを汲まないのはどうかと思うぜ」



「なんだよ、じゃあ俺の気持ちはどうだっていいのかよ?」



「そこまでは言わねえ。けどよ、大沢先輩と亜美っちから告られたんだぞ、あのふたりははっきり言ってレベルが高い。それを逃がすのはあまりに勿体ないと思うぜ」



啓太にそう言われ、真治は憮然たる面持ちを見せた。



それが昨日の話だった。







翌日の朝、真治はいつものように峠道を飛ばしていた。



バイザー越しに見えるのは、前を走る亜美の後ろ姿。



告白の後も日常に変化はなく、ふたりで朝の峠を攻める日々は続いている。



だが少し変化があった。



(亜美の奴、あの日からずっと走りが冴えないんだよなあ)



コーナーの進入に向けてブレーキングに入る。



前の亜美がスッと離れた。



(おいおいそりゃ突っ込み過ぎだ。クリップ付けねえぞ)



真治の予想通り、亜美はコーナリングに失敗し大きく膨らんだ。



真治は悠々と空いたイン側を回り、亜美の前に出る。



このような亜美のイージーミスが連日続いていた。



学校の駐輪場でヘルメットを脱ぐと、亜美は不機嫌そうな顔を浮かべている。



「なんだよ最近走りが荒れてるぞ」



「そりゃあ…あたしだっていろいろ気になるのよ。どうしても意識しちゃって集中が切れちゃうって言うか…」



頬を紅くして恥ずかしそうにモゴモゴと話す亜美。



「なあ、お前って矛盾してないか?」



「なによ矛盾って?」



「俺があや乃ちゃんが好きって知ってたんだろ。もしお前の本心がその…なんだ、そうだとしたら、なんで俺とあや乃ちゃんの間に入って仲を取り持ったりしたんだ?」



真治はあや乃がひとりでいた時、躊躇して声をかけれなかった。



あの時亜美が居なければ、真治はあや乃と今の関係を築くことは出来ていない。



亜美が本当に自分が好きなら、この行動は理解出来ないと真治は思っていた。



それを受けた亜美は、



「だって、あのあとであんたとあや乃ちゃんがあたしの知らないところで仲良くなるのが嫌だったし、それにあんたじゃあや乃ちゃんは無理だと思ったからあれくらいのことは影響ないって思ったもん」



さっぱりとした顔でそう口にした。



「なんか、俺って完全に見下されてんな…」



怒りを通り越して情けなくなる。



「と、とにかく!返事は急がないからよく考えてよね!それと改めて言っとくけど、あんたにあや乃ちゃんは不釣り合いよ。そこんとこわきまえなさいよ!じゃあね!」



亜美は少し慌ててそう言い残してひとりで校舎に駆けて行った。







(なんだよ啓太も亜美も、そんなに俺とあや乃ちゃんが仲良くなるのが嫌なのか?)



真治は不機嫌そうな顔を浮かべて教室へと向かう。



(そりゃああや乃ちゃんは俺とは違うよ。帰国子女で頭良くて美人でかわいくて、親は世界に名を轟かせる有名人だよ。でもそれがなんだってんだ!)



(俺はあや乃ちゃんが好きなんだ!)



自分の気持ちを改めて確かめて、教室に入った。



この授業はあや乃と一緒になる。



よく話す間柄になっているので、いつも隣りの席に座っている授業だ。



真治は入ってすぐにあや乃の姿を探した。



(…いた…けど、あれ?)



後方の席にぽつんと腰掛けているあや乃を見つけたが、離れた場所から見ても表情がすぐれない事が分かる。



真治はゆっくりと近付き、そっと声をかけた。



「あや乃ちゃんおはよう」



「あ、おはよう真治くん」



明らかに繕ったような笑顔を見せた。



「どうしたの、なんか元気ないみたいだけど…」



「うん、ちょっとね…気になる事があってあまり眠れなくて…」



「寝れなくなるほど気になる事?」



「うん…あの真治くん、この授業のあといいかな?ちょっと聞きたい事があるんだ…」



「俺に?」



「あ、ううん、真治くんはこの事には関係ないんだけど…少しほかの人の意見も聞きたいんだ…」



あや乃は伏せ眼がちに力のない声を出した。



こんな声を聞いてしまって放っておける真治ではなかった。



次の時間の授業は必ずサボると心に決めた。







そして次の時間。



中庭の一角にある備え付けのテーブルセットに腰掛けるふたり。



授業中だが講義の設定をせずに空き時間にしている生徒も少なからずいるので、人影もまばらにある。



真治は売店でコーヒーをふたつ手にして、ひとつをあや乃に差し出しもうひとつを自分のまえに置いて腰掛けた。



「そう言えばあや乃ちゃんのお母さんも結構有名なんだね、この前ネットでお父さんの記事を見てたらお母さんのことが載っててさ。驚いたよ」



真治が亜美と一緒にデータを届けた際に参加した夜の パーティー、真中淳平監督の新作ワールドプレミアはネット上で小さなニュースとして取り上げられた。



だがそこからリンクが貼られた映画のニュースサイトではかなり大きなトピックスでさらには日本より海外のほうが関心が高いことも伝えていた。



そのサイトであや乃の母のことも少し触れられていた。



「あのお母さん、海外では有名なお菓子職人なんだってね。そんな風には見えなかったから驚いたよ」



「うん、お母さんはついこの前までパティシエとしてヨーロッパを渡り歩いてたんだ。あたしがヨーロッパにいたのもお母さんの仕事が理由なんだ」



「ヨーロッパ中を渡り歩くって凄くない?」



「スイスを拠点にして、フランス、イタリア、ドイツ、デンマーク、フィンランド…いろいろ行ったよ」



「大変じゃなかった?その、言葉とかさ?」



「向こうは日本より英語が馴染んでるから、英語話せれば何とかなったよ。あとフランス語とドイツ語なら少し分かる。お母さんは英語とフランス語が話せて、お父さんも海外渡り歩いてたから英語話せるよ」



そう話すあや乃はとても得意げな顔を浮かべている。



「はぁ〜。凄いね」



ただ感心するしかない真治。



「うん、あたしお父さんもお母さんも凄いと思うしとても大好き。大好きなんだけど…」



得意げだった表情が急に曇る。



前の時間に見せていた、元気のない表情に切り替わる。



「あや乃ちゃん?」







「ねえ真治くん、もし真治くんのお母さんが…今のお母さんと違ってたとしたら…真治くんはどうする?」



「へ?」



質問の意図が分からず思わず聞き返したが、あや乃は至って真剣なまなざしを送っている。



(なに考えてるのか分かんないけど、ギャグで誤魔化せそうな空気じゃないな…)



そう感じた真治は、



「その、たとえ違ってても、俺の記憶では今の親が母親として俺を育ててくれたんだ。だからその、今の親は今の親でいいんじゃないかな…」



真面目な顔でちゃんと自分の意見を口にした。



「そうだよね、どんな理由があっても今のお母さんはお母さんだもんね。あたしもそう考えるようにしてるんだけど…」



「でもどうしたの?なんでそんなこと考えてるの?」



「あのね…この前お父さんが久しぶりに家に帰って来て、家族4人でお祝いしたんだ。お父さんの新作映画発表記念って…」



「ああ、あの新作のことだね。俺も少し見たけど、なんか凄く迫力あったよなあ」



「お父さん今回のお仕事はとても気合いが入ってて、普段は仕事にあまり感心のないお母さんも嬉しそうで、なんか家族がまとまってる感じがしてあたしもとても嬉しかったんだ。でも…」



あや乃の表情がサッと曇り、声も暗くなる。



(なんか怪談話を聞いてるみたいだな…)



妙な寒気を感じる。



そんな雰囲気を醸し出すあや乃の話は静かに続いた。



「ウチにお父さんが仕事で使ってる小さな部屋があるの。そこにあるのは机と小さい本棚と映像機器だけ。普段は誰も入らないんだ。でもお祝いをした夜遅く、あたしふと目が覚めて部屋から出たら、そのお部屋から光が漏れてたの」



(なんか本当に怪談っぽくなってきたな…)



「あたしは気になってちょっと覗いてみた。そしたらお父さんが机に座って、お母さんがその脇に寄り添って幸せそうに笑ってた。ふたりともお酒を持ってた」



(仲がいい親だな。でもなんであや乃ちゃんはこんなに暗いんだ?)



「お父さんとお母さんが何を話してるのかは聞き取れなかった。けど誰かに話しかけてるようだった。机の上には、写真たてが真ん中に置いてあった。あたしが見たことない写真たて…」



「明くる日、あたしこっそりお父さんの仕事部屋に忍び込んだ。あの写真が気になって。最初はちょっとした好奇心だけ。どんな写真に幸せそうに語りかけてるのか知りたかった。あたしは一度も開けたことのないお父さんの机の引き出しを開いた。そしたら、引き出しの奥のほうに写真たてが伏せてあったの。あたしはその写真を見た…」



あや乃の口が止まった。



表情もかつてないほどに深刻な色を見せている。



「…」



真治も雰囲気に押されて言葉が出ない。



凍るような沈黙がふたりを包む。







「そこに…あたしと瓜二つの人がいた…」







「あや乃ちゃんと…瓜二つ?」



繰り返す真治に、あや乃は堅い表情で頷いた。



「最初は自分の写真だと思った。けどそれにしては写真が古かったし、そもそもあたしは写真と同じ服は持ってないし、着たこともない。もちろん写真に撮られたことも。だから写真の人はあたしとは別人。でもそれにしては似過ぎてる。考えてたら気味が悪くなった」



「ちょっと待って、あや乃ちゃんそっくりの人の写真をお父さんが大事にしまっているってこと?」



「うん。でもそうなると次の疑問が出てくる。その人は誰なんだろうって…」



「誰って、まあお父さんの思い出の人とか、お母さんも知ってる人みたいだから共通の友人ってのも有り得る…っと、ちょっと待って、さっきお母さんがどうのこうのって、まさか?」



「う…うん、ひょっとしてあたしの本当のお母さんは…その写真の人なんじゃないかって…」



とても辛そうな表情で話すあや乃。



「いやいや、そんなドラマみたいな話有り得ないって!今のお母さんがあや乃ちゃんのお母さんだよ」



「でも本当にそっくりなんだよ!あの人があたしと無関係なんて思えないの。それがあたしずっと気になって…」



あや乃の母は別の人物で、今の親はそのことを隠したまま生活している。



真治にしてみれば出来の悪いドラマのようなヨタ話でありにわかに信じられない。



だが目の前のあや乃は至って真剣な面持ちで悩んでいる。



真治は笑い飛ばして話を終わらせたい気持ちが強かったが、あや乃はそれで納得出来るようではなかった。



しばらく頭をひねり、



「直接親に聞くのが手っ取り早いけど、あや乃ちゃんがそれを出来ればこんなに悩まないよねえ」



「うん、直接聞くのは無理。はぐらかされたら嫌だし、逆にもしあたしの予想が合ってたら、それはそれで凄くショック受けると思う」



「じゃあどうする?親に内緒で自分で調べる?」



「…うん。あたしはそうしたい。それなら心の準備も付くし、事実を受け止められる気がする。でも、ひとりじゃ怖い…」



「俺で良ければ付き合うよ」



「…お願いしても、いいかな?」



「全然構わないよ。じゃあどこに行く?」



顔を伏せながら申し訳なさそうに見上げるあや乃に、真治は快諾を表す笑顔を見せた。



「じゃあね、今度の土曜に…」








「ふわああああ…」



土曜の朝早く、



亜美はあくびをしながら玄関から外に出た。







フォオオオン…



「ん?」



聴き馴染んだエキゾーストが近付いてくる。



「あれ真治じゃん、こんな時間に?おーい!」



亜美はこちらに近付いてくる真治の姿を捕らえると、大きく手を振った。



それに気付き、バイクは亜美の目の前で止まった。



「おっす、早いな」



「それはこっちのセリフよ。こんな朝っぱらからどこ行くの?」



「ちょっと東京までな」



「東京?何しに?」



「ちょっとな。俺急ぐから。じゃあな」



「あ、ちょっとお!?」



呼び止めようとした亜美をよそに、真治はバイクを発進させて行ってしまった。







「もう、何なんだよ真治の奴…」



朝一番から不機嫌になる亜美だった。


[No.1476] 2008/09/27(Sat) 21:52:08
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親から子へ・・・10 (No.1476への返信 / 10階層) - takaci

ドドドドドド…



真司のバイクは東京のとある住宅街で止まった。



「東京都泉坂市泉坂…ここでいいな…」



ナビが示している現在位置を確認した。



エンジンを止めると、周りが静寂に包まれた。



都内とは言え、静かな住宅街だ。



(ここでいいんだよな…)



真司は目の前の2階建ての一戸建を見上げた。



(でも表札は『西野』だなあ…)



ふと疑問に思っていると、



ガチャン…



玄関の扉が開いた。



「真司くんおはよう。朝早くにゴメンね」



あや乃が笑顔で出て来た。



「おはようあや乃ちゃん、おばあちゃんの家って聞いてたけど表札が違うからここでいいのかなって思ったよ」



「ここお母さんの実家なんだ」



「あ、なるほどね」



「お父さんの実家もこの近くのマンションだったんだけど、最近になってウチの近くに引っ越したんだ。そのマンションは今はお父さんのこっちの仕事の拠点として使ってるんだよ」



「ふーん…」



「あたしオートバイこんな間近で見るの初めてだけど、なんか凄いね」



「後ろのシートでも壮快感あるよ。はいこれ」



真司はあや乃にヘルメットを差し出した。



ぎこちない手つきで顎紐を締めるあや乃。



エンジンをかけ、バイクに跨る真司。



後ろのシートにあや乃が怖々と座る。



「しっかり掴まっててよ」



真司はそう声をかけると、ゆっくりとバイクを発進させた。







朝からはるばる東京でふたりデートであれば真司の心は舞い上がっていただろうが、今日はデートではない。



真司らはバイクを駅前の駐輪場に止め、歩きで街に出た。



「東京は電車やバスがたくさん走ってるから、公共交通機関使ったほうがいいよ」



とあや乃が言ったので、今日はこの方法であちこち回る予定だ。



「で、何か分かったことある?」



あや乃は昨日の夕方から祖母の家に来て、自分なりにいろいろ調べていた。



調べていたことはもちろん、



「おばあちゃんにそれとなく聞いてみたけど、お母さんの友達であたしに似た人は記憶にないって言ってた。あと高校の卒業アルバム見せてもらったけど、そんな人は写ってなかった」



そう言いながらあや乃は鞄から一枚の写真を取り出した。



「この、あたしそっくりの人の手掛かりはまだなにも…」



父親の机に中にあった、あや乃の心を不安にさせている自らに瓜二つの人物の写真がそこにあった。



真司はいま初めてその姿を目の当たりにした。



「ホントそっくりだね…」



そんな在り来たりの言葉しか出ないほど、写真の人物とあや乃は酷似していた。



真司は驚きながら、あや乃から写真を拝借した。



自ら手に取り、写真とあや乃本人を目を凝らして見比べてみる。



「うーん、顔立ちも髪型もそっくりだね…けど…」



「けど、なに?」



「俺の見た感じの印象だけど、この写真の人のほうが大人っぽい気がする」



「そうかな?」



「うん。あや乃ちゃんがもう何年かしたらこんな感じになるんじゃないかなあ」



「それ、今はあまり嬉しくないかな…」



あや乃は自分と写真の人物に少しでも違いを見つけたいと思っているので、この真司の指摘はあまり喜べることではなかった。



「そっか、で、これからどこ行くの?」



「お母さんの学校に手掛かりがあればそこに行こうと思ってたけど、なさそうだからお母さんを若い頃から知ってるお店に行くつもり」



「お父さんの線は調べないの?」



「あたしの見た感じだと、この人はお母さんもよく知ってる人に違いない。だからお母さんの線を調べれば辿り着けると思うんだ。それにお父さんがお母さんの知らない人の写真をひっそ

りとしまってるってなんか嫌だし」



「なるほどね…」







そんな会話をしながら、ふたりは商店街の一角にある小さな洋菓子店に足を向けた。



「鶴屋?」



「うん」



あや乃は笑顔で頷き、店の扉を開けた。



「いらっしゃい。お、ひょっとしてあや乃ちゃん?」



「おはようございます。お久し振りです」



「久しぶり。ちょっと見ない間に大きく綺麗になったなあ!」



機嫌よく話す男前の料理人の姿がそこにあった。



あや乃は真司にこの料理人を紹介した。



世界にその名を轟かす天才一流パティシエ、日暮龍一。



日本とフランスを行き来しており、本場フランスでも日暮の名は通っている。



そしてあや乃の母、つかさの師匠でもあった。



「ちょうどあや乃ちゃんと同じくらいの頃に、つかさはウチに来たんだよ。メキメキ上達して、2年ちょっとでフランスに菓子留学に行った。俺から見てもつかさはいいパティシエになったな

あ」



「へえ。やっぱあのお母さん凄いんですね」



真司が感心していると、



「日暮さんはお母さんのことをよく知ってるんですよね?」



あや乃が何か含みのある表情でそう切り出した。



「ああ、フランス修行時代からはよく知ってる。高校卒業してすぐにフランス行ったからな。大したもんだったよ」



「じゃああの、この人のこと知りませんか?たぶんお母さんの友達だと思うんですけど…」



あや乃は例の写真を日暮に差し出した。



「どれどれ?うーん…あや乃ちゃんによく似てるなあ…」



「そうなんです。あまりにあたしに似てるから気になって…日暮さんはご存じないですか?」



「うーん…どっかで見たことあるぞ…確かつかさと坊主、あや乃ちゃんの親父さんの友達で見たことあるような気がするぞ…」



「お父さんとお母さんの友達ですか…」



「ああ。俺も一回か二回くらいしか見てないからよく覚えてないけど、確かあや乃ちゃんの親父さんの同級生だったと思うぞ…それ以上は分からん。その頃の俺はフランスにいた時間の

ほうが長いから、つかさや親父さんの知り合いはよく知らないんだ。役に立てなくて悪いな」



そう言いながら日暮はあや乃に写真を返した。



「そうですか…」



あや乃は複雑な表情を浮かべていた。







そしてふたりは鶴屋をあとにした。



「分かったことは、その人はあや乃ちゃんのお父さんとお母さんの友達ってことだけか」



「あと、お父さんの同級生かもしれない…」



あや乃は少し気落ちしているように見える。



(あや乃ちゃん、写真の人がお父さんと近い関係だと分かって落ち込んでるな。何とか励まさないとな)



(でもさっきの日暮さんだっけ、写真の人があや乃ちゃんそっくりなのに驚いた感じがあまりなかったな。普通なら一目見て驚くと思うのに…)



(なんか引っ掛かるな…)



真司もあや乃も思考を巡らすのに気を取られてて、周りの状況が見えてなかった。







ドンッ。



あや乃の肩が通行人とすれ違い様にぶつかった。



「いてててて!なにすんだコラァ!」



突然男が肩を押さえて騒ぎ、怒りを見せる。



「す、すいません!」



慌てて頭を下げるあや乃。



だが男は、さらに怒る。



「おいおいねーちゃん、すいませんで済めば警察要らねえんだよ!どーやってオトシマエつけんだあ!?」



「ひっ!?」



引きつるあや乃。



「おいオッさん!下らない因縁付けんなよ!」



そこに真司が割って入った。



「んだよ!坊主は引っ込んでろ!てめえには要はねえんだよ!」



「オッさん!いい歳して下手なナンパすんなよ!この子ビビらせて何したいんだよ!」



真司はキッと睨みあげて一歩も引かない。



「真司くん…」



あや乃は真司の背後にぴったり寄り添い震えている。



「大丈夫。あや乃ちゃんは俺が必ず守るから」



真司は小声で背中のあや乃にそう告げた。



そして改めて因縁を付けてきた男を睨み付ける。



(デカい男だな。まともにやり合ったら部が悪そうだ。何とか隙を見つけて逃げるのが良さそうだ)



緊張と恐怖で心臓が口から飛び出しそうなほどになっているが、あや乃に急遽襲いかかった脅威には敢然と立ち向かうしかない。



背中のあや乃の体温を感じながら、真司はこの状況の打開策を考えていた。







すると、



ドカッ!



もうひとりの男が表れ、目の前の大男の後頭部を殴り付けた。



「なにやってんだよおめーは!その子ビビらせてどーすんだよ!話がこじれるだろーが!」



「で、でもよお、このヤローは邪魔じゃねーか?」



「別に男が一緒でも構わねーよ。こっちはやましい話を持ち掛けるわけじゃねーんだ!」



大男を一蹴すると、真司らに笑みを向けた。



「驚かせて悪かったな。悪気はねーんだ、すまない。実は後ろのお嬢ちゃんに俺たちの話を聞いて欲しいんだよ。少し時間いいかな?」



「話?」



真司は警戒を緩めない。



大男も後から現れたこの男も一見ではまともそうに見えない怪しい親父ふたり組みである。



だが男はあくまで低姿勢で、



「ホント話を聞いてもらうだけでいいんだ。強要はしないし、もちろん危害なんて絶対に加えない。安全は保障する。お茶飲むついででいいんだ。どうかな?」



と言いながら笑顔を見せた。



真司にはそれでも十分に怪しく、とてもそんな話を聞く気にはなれなかった。



男に対する拒否の言葉を頭で巡らせる。



だが、



「分かりました」



なんと後ろのあや乃が許諾してしまった。



「あや乃ちゃん?」



さすがに驚く真司。



でも後ろのあや乃は、



「大丈夫だよ、このおじさんたちは悪い人には見えないし、それに真司くんもいてくれるでしょ」



と、柔らかい笑顔を見せた。







男たちもあや乃の笑顔で上機嫌になり、態度を緩めて真司たちを案内した。



真司はずっと警戒を緩めなかった。 が、案内された場所に足を踏み入れた時にはだいぶ緩んでいた。



(なんか、凄くまともだな…)



オフィスビルのワンフロアを使った整頓され落ち着いた雰囲気の事務所だった。



事務所の壁やパーテーションには控え目に幾つかのポスターが貼ってあった。



有名なチャリティー番組。



有名アーティストの新作アルバム。



現在全国の映画館で公開中の人気映画などだった。



「さ、どうぞここに掛けてくれ。おーいお客さんにコーヒー頼む、ふたつな」



男に事務所の一角にある落ち着いた応接セットに案内された。



真司とあや乃が並んで座ると、程なくして女性がコーヒーを運んできた。



対面に男が座った。最初に因縁を付けてきた大男は姿を見せていない。



「さて、俺はこういうもんだ」



男はふたりに名刺を差し出した。







『株式会社ネッツエージェンシー 代表取締役 外村ヒロシ』







「えっ、社長?」



真司は名刺の肩書きを見て驚いた。



「ああ。芸能プロダクションつーヤクザな仕事をしている。あまりまともには見られねえな」



「ってことは、貼ってあったあのポスターは…」



「全部ウチのタレントだ。まあここまで来るのにいろいろ苦労したさ」



この外村の言葉で真司はさらに驚いた。



数々のポスターのタレントはテレビでよく見る有名芸能人ばかりだった。


これで真司の外村を見る目が一気に変わった。



「あのひょっとして、芸能プロダクションの社長が声をかけたってことは…ひょっとしてスカウト?この子を?」



「分かりやすく言えばそうなるな。個人的になかなか良さそうな子だと思ってな。まあすぐにデビューってわけにはいかんが、その気があるならいろいろレッスンとかの手筈はこっちで整

える。これが資料だ」



パンフレットを差し出した。



真司はあや乃と一緒にパンフレットを開いた。



そこには会社の概要、レッスンのシステム、サポート体勢、所属タレントに現在デビューに向けて準備中の人物までも載っていた。



「分からないこと、気になる事があればどんどん訊いてくれ」



外村はどんと構えている。







「あれ、尚哉?」



パンフレットに目を通していたあや乃がふと声をあげた。



「どうしたの?」



真司が声をかけると、



「これ、あたしの弟が載ってる」



と、顔写真を指差した。



「えっ、弟?」



真司は驚き、その美男子の写真に目を凝らした。



「真中尚哉…へえ。でもなんでこれに?」



真司は外村に顔を向けた。



その外村も驚いたようで、



「えっ弟なの?尚哉が?」



あや乃に尋ねた。



「はい」



「ってことはお嬢ちゃん、真中あや乃ちゃんかい?真中監督の娘の?」



「はいそうです。お父さん…父をご存じなんですか?」



外村はしばらく固まっていた。



すると、



「…くくく…ハハハハハッ!そうか君があや乃ちゃんか!そうかそうか!」



突然笑いだし、上機嫌になった。







そこから話を聞くと、あや乃の弟、尚哉はつい最近外村の会社からの芸能界デビューを決めてレッスンに入ったとの事だった。



もちろん両親の了解も得ており、当然のごとく面識もある。



さらに話を聞くと、外村と先ほどの大男の小宮山は父の真中とは同級生であり、高校3年間は映研の活動を一緒にしていたとの事だった。



「お袋さんのつかさちゃんともその時に知り合ったし、映画も撮ったよ。今も美人だが、学生時代のつかさちゃんはかわいかったぜ」



外村はそう誇らしげに語った。







「外村さんは、お父さんの高校時代をよく知ってるんですよね?」



あや乃が尋ねた。



「ああ、3年間同じクラスだったからな」



「じゃああの…この人のことご存じですか」



例の写真を差し出した。



「あたし、今日はその人のことを調べるために東京に来たんです。お父さんの同級生らしいことまでは分かったんですがそれ以上はまだ…何かご存じであれば教えて下さい」



真摯な顔を外村に向けた。



外村は写真を見て何か懐かしむような笑顔を見せていたが、あや乃の表情を見ると微妙な表情に変わった。



「あや乃ちゃん、キミはこの写真の子のことを聞いてないのかい、親から」



「はい…」



「そうか。じゃちょっと待っててくれ」



そう言って外村は席を立った。



「あや乃ちゃん、あの外村さんって人、この写真の人を知ってるっぽいね」



「うん、あたしもそう思う。でもなんか少し怖くなってきた…」



あや乃の表情は堅かった。







しばらくしてから外村が戻ってきた。



「待たせたな。いま連絡しておいた。この時間にここに行ってくれ」



そして時間の記された一枚の地図を差し出した。



「あの、連絡って誰ですか?」



真司が尋ねた。



「この写真の女を世界で一番…いや二番目によく知ってる男だ。俺の同級生さ」



「えっ?」



「俺もこの女のことはもちろん知ってるがどうせなら詳しい奴に聞くのが一番だろ。安心しろ、俺と違ってまともな紳士さ」







そしてふたりは外村のオフィスを後にして、地図に示された公園へと足を運んだ。



地下鉄で3駅ほどの場所で、途中で昼食をとってから向かう。



その間、真司は写真のことに触れることはなく、またあや乃も話題にしなかった。



明らかに事実に近付いているが、同時に得体の知れない緊張も広がっていた。



ふたりとも少し緊張した面持ちで噴水前のベンチに腰掛けていた。







(そろそろだな…)



腕時計で約束の時間が近付いているのを確認したとき、影が差し込んだ。



ふと見上げると、ふたりの前にスーツ姿でサングラスを身に着けた男が立っていた。



(ん?)



真司に緊張が走る。







男がスッとサングラスを外した。



真司もあや乃も少し驚く。



その男は、とても驚いた表情を見せていた。







「そんな…アヤさん…」







男はそう発してしばらく立ち尽くしていた。


[No.1479] 2008/10/08(Wed) 18:44:14
p8ba870.aicint01.ap.so-net.ne.jp
親から子へ・・・11 (No.1479への返信 / 11階層) - takaci

シャアアアアア…



噴水の音のみが耳に届く。



真司も、あや乃も、そして目の前に立つ男もなにも言葉を発せず沈黙に包まれる。



やがてしばらくしてから、さらに男がやってきた。



「社長、これ以上は目に障ります、どうかサングラスを…」



秘書らしき男のようだ。



「…そうだな」



その男の言う通り、男は再びサングラスを身に着けた。



「実は数年前から目を悪くしてね。日中はこのような姿をさせて貰っている。どうか非礼を許して頂きたい」



「あ、いえ…」



「君達が外村氏の言っていた学生さんたちだね。一目見て分かったよ」



男は柔和な笑顔を見せた。



「ある人のことを調べているそうだね。その人の写真を持っていると聞いているが、私にも見せて頂けないだろうか?」



「あ、はい」



あや乃は写真を差し出した。



「ふむ、なるほど。どうやら間違いないようだね」



写真を一目見ると、納得したように頷いてからあや乃に返した。



「では、案内させて頂こう。私の口から話すより、自分の目で直接見たほうが理解出来るだろう。付いてきたまえ」



男がそう言うと、秘書も



「どうぞこちらへ…」



と、最敬礼で手を招いた。



真司とあや乃はただ戸惑いながら、導かれるままに足を進めた。







その先は超高級外車の後部座席だった。



とても座り心地のよいシートに身体を沈めると、気分がよくなると同時に戸惑い感も強くなる。



(この人、並の金持ちじゃないな…)



真司がそう感じていると、助手席に身を置いていた男が自己紹介とのことで名刺を渡してきた。



「天地さん…でよろしいでしょうか?」



「構わないよ」



天地はあや乃に余裕の笑みを見せた。



「あなたも社長ですか。しかもこんな大会社の…」



真司は驚きが重なって感覚が鈍くなっているような気がしていた。



天地も外村と同じく名刺の肩書きは「代表取締役」だったが、その会社は日本人なら8割の人間は知っているような大企業だった。



「外村は高校の同級生だ。あまり親しくはなかったが、その写真の女性を通じて少し接点があったんだ。今も少しだが仕事で付き合いがある間柄だ。外村は頭が切れる男でね。いろい

ろと世話になっている」



天地は少し昔話を語った。



そうこうしているうちに、車が目的地に辿り着いた。



とても立派な建物の天地の会社が所有する美術館だった。



外観も見事だが、中に展示されている美術品もいろいろと多彩で、素人目でも高価で貴重そうな物ばかりに見える。



「父が骨董やアンティークが趣味でいろいろと集めたものだ。趣味が高じてこのようなものを建ててしまった。普段は来場者もほとんどないんだ」



そのとおりで、休日にもかかわらず他の人影はほとんど見受けられない。



「あの…ここになにがあるんですか?」



真司がそう尋ねると、







「ここだ」



天地の足が止まった。



「え?これって…」



天地の先には、あの女性の写真があり、それと一緒に







『東城綾資料館』







というプレートが掲げられていた。



「ここは…」



「私の同級生で天才小説家だった綾さん…東城綾さんの資料を集めてある。綾さんの素晴らしさをひとりでも多くの人に伝えるための場所だよ」



「この写真の方は、東城綾さんとおっしゃるんですか」



「ああ、東城綾さんだ」



「…」



真司は壁に掲げられた年表と、写真の数々に目を向けた。



(東城綾…この人も泉坂出身なんだ。あや乃ちゃんのお母さんと同じ…)



高校時代の写真が目が止まる。



「あれ?この写真に写っている人…真中監督じゃないですか?あとさっきの外村って社長…それと…この人って確か映画評論家の女の人…そう言えばこの人も外村だったような…」



「ああ。私と綾さん、外村、真中は皆同級生だ。外村の妹は映研で一緒だった」



「そ、そうなんですか」



新たな真実に驚く。



「東城さん…18歳で小説家になったんですね。凄い…」



あや乃は綾の処女作を見て、こちらも驚いていた。



真司はさらに年表を進めていく。



「どんどん本を出して行ってる…ん?真中淳平氏と結婚!25歳で!?」



「えっ!?」



この言葉にあや乃も反応し、真司の側に身を寄せる。



「そんな…お父さん…」



ガラスケースに納められた、真中淳平と東城綾の結婚写真に釘付けになった。



「その後、名前を真中綾として何冊か本を出してる…」



「でも…病気で亡くなったんだ…結婚から1年半後…27歳で…」



「そう。綾さんは若くして亡くなった。もし今も健在なら、素晴らしい数々の作品を生み出す小説家として歴史に名を刻んだろう。あまりにも惜しい人を亡くしてしまった。



天地はとても悲しげな表情を見せた。



「綾さんは私が本気で愛した女性だ。もっとも綾さんは真中を愛していたので私の愛が届くことはなかったが。綾さんが亡くなったときは私も本当に落ち込んだ。だがこうして綾さんの素

晴らしさを伝えることが遺された私の使命だと思ってね、こうしていろいろ展示しているんだ。東城家の協力も頂いて、貴重な品も幾つかある」



「真司くん、これ…」



あや乃がガラスケースに目を落としていた。



「なに…えっ、これって…」



そこには、あや乃の部屋にあった真っ白の本があった。



「それは綾さんが中学時代に生まれて初めて書いた小説を製本したものだ。世界に3冊しかない。綾さん本人と東城家、それに夫の真中がそれぞれ持っている。その本は東城家所有

のものだ」



「あたしも、これと同じものを持っているんです。お父さんとお母さんからの誕生日プレゼントでした。誰が書いたものなのか全然知らなかったんだけど…この東城さんって方が作者だっ

たんですね…」



「そうか今は君が…たぶん綾さんのものが渡ったんだろう。真中はこの度その作品の映画化に向けて動き出したとも聞いている」



「天地さんは、東城さんのことをよくご存じなんですよね…」



「ああ、今でもいろいろと調べている」



「お父さんと…東城さんの間に…お子さんはいましたか?」



「…私の知る限りではいない。だが綾さんの晩年は療養のため真中と一緒にアメリカで一年ほど過ごしている。他界されたのもアメリカだ。その頃のことは私もよく知らない。ただ、既に

身体を弱くされていた綾さんに出産するほどの体力があったとは思えない」



「そう…ですか…」



「あや乃さん…だったね。キミが今、何を思い悩んでいるのか、私にも想像が付く。私にとっても考えられないことだ。有り得ない。だが、キミは綾さんによく似ている。いや、生き写しと言

っても過言ではないだろう。東城家の方々がキミを見たらさぞ驚くに違いない。キミは…」



「天地さん、もう結構です…」



あや乃はか弱く震えた声で、天地の言葉を遮った。



「あや乃ちゃん…」



真司もそれ以上の言葉が出なかった。







日が西に傾き空がオレンジ色に染まり始める。



真司とあや乃は、海の側にある教会に足を運んでいた。



丘にある外人墓地に一本の木が立っている。



その木陰に、磨かれた正方形の石碑が静かに座っている。



『Aya Manaka』



細い文字で石碑にそう刻まれていた。



ふたりは髪を潮風に揺らしながら、しばらくじっと佇んでいた。



やがてあや乃がしゃがみ込み、花束を石碑の前にそっと置いた。



真司はなにも言えず、しばらくあや乃の小さな背中に目を落とすのみだった。



「…あや乃ちゃん…なんで天地さんにこの場所を聞いたの?」



少しでも重い空気の流れを変えようと、何とか言葉を探して発した。



「…」



あや乃の返答はない。



「あや乃ちゃん、考え過ぎだよ。そもそも綾って名前の人が、自分の娘にあや乃なんて名前付けないよ。有り得ないって」



「…親が子に自分と同じ漢字を付けるのは普通だよ。それにもし自分の死期が近いと分かっていて産んだ子なら、そんな思いはずっと強くなると思う」



(うっ…)



か弱くも鋭いあや乃の指摘を受けた真司は返す言葉を失った。



「それに、あの年表の日付が正しいなら、あたしはお父さんが東城さんと結婚している間に生まれていることになる。結婚してから半年後にあたしは生まれてる…」



(やっぱそうなるのか…)



実は真司も年表の日付を見て嫌な予感がしていた。



真中淳平と東城綾 の結婚生活中にあや乃は生まれていた。



「あたし…なにも知らなかった。今のお母さんとは再婚だったなんて…お母さんがあたしの本当のお母さんじゃなかったなんて…」



「ちょっと待ってよ!まだそうと決まった訳じゃないよ!」



「じゃあお母さんはひとりであたしを産んだってこと?そんなのって…それに、もしそうだとしたら…あたしの本当のお父さんは誰なの…」



あや乃は声も肩も震えていた。



「あや乃ちゃん…」



真司もかける言葉が見つからなかった。







海風と波の音のみが耳に届き、それが暗い空気をより助長する。







ジャリ…







そこに足音らしきノイズが現れた。







真司はノイズの発生源に目を向けた。







「真中監督?」



「えっ?」



あや乃も真司の言葉に反応し振り返る。



あや乃の父、真中淳平が花束を手に立っていた。



「お父さん…どうして…」



絶句するあや乃。



真司も言葉が出ない。







スッと空気が動いた。







真司の目の前で、淳平があや乃を抱き締めた。







(…)







事態が飲み込めず、頭が真っ白になる真司。







「…めて…放して!」



しばらくはじっとしていたあや乃だったが、淳平の腕の中で抗い、身体を放す。



「あや…の…」



「あたしは真中あや乃よ!東城綾じゃない!」



涙を溢れさせ、キッと淳平を睨み付ける。



「お母さんとは再婚だったなんて思いもしなかった…ううん、それはいいよ。でも…あたしのお母さんは誰なの?あたしのお父さんは誰なの?ねえ、あたしは何なの?なんで隠してたの

?」



「それは…」



淳平は唇を噛み、顔を背けた。







「なんで否定しないの?なんでなにも言ってくれないの…大嫌い…お父さんもお母さんも大嫌い!!」



あや乃は泣き叫びながら駆け出した。



「ちょっ…あや乃ちゃん!?」



真司も後を追おうとする。



が、淳平は渋い表情のまま立ち尽くしていた。



真司はその姿が目に停まり、



「なんで追わないんだよ!あんた親だろ!」



思わず強い口調で本音をぶつけた。







そしてあや乃の後を追ったが、教会の入口でちょうどやって来たタクシーを掴まえてあや乃は行ってしまった。



(あや乃ちゃん…)



真司はタクシーの姿を目で追いながら、自分の無力さをヒシヒシと感じていた。


[No.1480] 2008/10/21(Tue) 20:20:35
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