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【R-18】未完成―プロローグ― - つね - 2008/09/18(Thu) 00:56:40 [No.1473]
【R】未完成―第一章―1 - つね - 2008/09/18(Thu) 02:07:53 [No.1474]
【R】未完成―第一章―2 - つね - 2008/09/29(Mon) 11:12:10 [No.1478]
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【R】未完成―第一章―4 - つね - 2009/05/06(Wed) 02:19:31 [No.1495]
【R】未完成―夢の終着点 - つね - 2009/07/26(Sun) 00:31:54 [No.1510]
【R】未完成―最終話 - つね - 2009/07/26(Sun) 01:14:03 [No.1511]
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[No.1472] 2008/09/18(Thu) 00:52:20
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【R-18】未完成―プロローグ― (No.1472への返信 / 1階層) - つね

『未完成』    つね






―物語の前、ある男の見なれた情景―




仕事からの帰り道。

小さな頃から慣れ親しんだ景色。

郊外の住宅地の雲一つ無い夜空を見上げながら歩いていく。

忙しい月末に身も心も滅入っている。


一人きりの帰り道、静かな世界に自分の足音だけが響く。

微かに聞こえる虫の声も夜の闇に溶け込んでいた。


なんとなく口にくわえて火をつけた煙草は今の職に就いて吸いはじめた。

ふうっとため息のように煙を吐き出し、その行方を見つめる。

煙は目の前の空を白く染めて、そして消えていった。

夜の静けさはどうしてこんなにも寂しさを引き出すのだろう。

見上げれば掴めそうなくらい、広がる星空はどうして過去を呼び起こすのだろう。



「からっぽだな」

夜空に向かって呟いた。




その言葉は暗闇に吸い込まれ、余韻を残しながら消えてゆく。

後には何も残らず、世界はもとの静寂へ。

しばらくすれば自分がその言葉を発したかさえも曖昧になる。



時間は残酷だ。



遠い過去のことを闇の中に連れていき、掻き消してしまう。

あれは夢だったのか。

また煙を吐き出し、曖昧な意識を呼び起こす。


あの日、『しばらく会えないから』と過ごした二人だけの夜はなんだったんだろう。

『また会おうね』、交わした約束に意味はあったんだろうか。



時間が過去を霞ませていく。

言葉が、薄れていく。

心が、廃れていく。





「ひどく…からっぽだな」

感覚が鈍っていくのが分かる。
感情が支配する世界へと切り替わっていく。

幻は、僕の隣で浮かんでは消えた。

今では顔もうまく思い出せない。

「…からっぽだ…」

この闇の中、自分の存在を確認するように、もう一度、呟いた。


[No.1473] 2008/09/18(Thu) 00:56:40
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【R】未完成―第一章―1 (No.1473への返信 / 2階層) - つね

―第一章 遠い現実の夢―


―1―

会社からの長い帰り道、ようやく家に着いた僕は部屋の鍵を開けると真っ先に暗がりのベッドに寝転んだ。

…今日も一日疲れた…

ネクタイを一気に緩め、ぼやけた天井を見つめながらそう思う。

ここの天井を見ながら、同じ台詞を心の中で何度呟いただろう。

無機質なビル、うるさい上司、作り笑顔の毎日。

まさか自分がこんな風に普通のサラリーマンをしているなんて、あの頃の僕は想像できただろうか。

同僚は皆、理不尽な扱いにもめげずに張り切って仕事に取り組んでいる。

なんて言うんだろうか、こう、輝いている。

それに引き換え自分は…

別に仕事をサボっているわけじゃない。ちゃんと毎日休まずに出勤しているし、与えられた仕事もきちんとこなしている。上司のご機嫌取りも忘れないし、同僚のサポートだってやっている。

でも、周りとの温度差を感じる。僕の仕事には心が無い。

いつも笑顔の仮面をかぶって仕事をしている。心の中はひどく陰鬱だ。


入社一年目、同僚達から感じるバイタリティが眩しくて、時に彼らをひどく遠くに感じる。

劣等感と嫉妬心を感じながらも、彼らと自分は違うと割り切ってやってきた。

もしかしたら、それは、自分が変わるチャンスから逃げ出しているだけなのかもしれない。

いや、逃げているだけだ。眩しくて、触れるのが怖くて、逃げ続けている。いつも都合のいい言い訳を理由にして。

そんなこと分かってる。分かってるけどできない。

それは過去に未練があるからだ。忘れるのが怖いから、忘れたくないから、いつまでも前に進めずにいる。

答えの疑問の答えをいつも過去に求めている。

こうやっていつも振り返る、あの頃の自分も、そういえば、ひどく眩しい。



一人の夜はいつもこうだ。

決まって昔を思い出す。あの頃は良かったと、情けない感情を抱きながら。

今日も僕は、過去から抜け出せない。そんな自分を馬鹿らしいと思いながら目を閉じる。

そういえば明日は休みだと上司が言っていた。風呂は明日の朝にでも入ればいい。とにかく寝よう。明日は昼まで寝ても構わない。

まどろみの中、仕事が無いと考えると身体の力がすっと抜けた。そして、ぼんやりとした意識の中、見飽きた思い出を映し出す。



…あの頃は良かった…


[No.1474] 2008/09/18(Thu) 02:07:53
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[No.1477] 2008/09/29(Mon) 10:52:34
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【R】未完成―第一章―2 (No.1474への返信 / 3階層) - つね


―2―



「西野つかさ」

彼女と出会ったのは中学三年の冬。

とんだ勘違いから始まった二人の交際、僕はその時はただひたすらに可愛いその容姿に惹かれるばかりで彼女の外面しか見ていなかった。

中途半端な気持ちで続けていた付き合いには当然のことながら終わりが来る。

別々の高校に通いはじめてから一年目の冬、僕は彼女の家で彼女から別れを告げられた。

彼女は間違いなく僕を真っすぐに見ていたのに、僕が見ていたのは彼女だけじゃなかった。

夢を語り合った中学からの同級生、高校で出会った男勝りで活発な女の子。

複数の女の子に好かれることが心地良くて、みんなに良い顔をして曖昧な態度をとり続けた結果だった。




「好きな子を一人に絞れない」


「三人の想いすべてを大事にしたい」


「俺だって三人のことを真剣に考えてる」



綺麗事を言いながら心の中ではいつも自分をかばって、自分の都合のいいように考えていた幼稚な自分がどうしようもなく憎い。

西野と別れ、違う高校の西野とだけ離れ離れになり、それでも紆余曲折を経て高校三年生の秋、僕は再び西野つかさと交際を始める。

それから僕は西野を真っすぐに想った。多少の心の動揺ならば断ち切れるくらいの精神力はついていたし、何より西野が好きだった。何があってもこの時のこの気持ちは嘘じゃない。

だから目一杯西野を想った、未熟なりにも。

そして僕は、初めて女性を抱いた。



「嘘ついたの…淳平くんのことが好きだから」

暗闇の世界から抜け出すと目の前にはパジャマ姿でベッドに寝転ぶ西野の姿。

…またこの場面からか…

飽きるほど見た夢はいつもここから始まる。

高校三年の秋、僕が通う高校の文化祭の日の夜。

僕は西野の家に来て、西野の部屋にいて、そして西野のベッドの上で西野に覆いかぶさっている。

まだ肌は触れてはいないが手を伸ばせば西野の頬にも、肩にも、胸にも手が届く。

…胸の鼓動が高鳴っている…

興奮しているのか、緊張しているのか、よく分からない。それはおそらくどっちでもあるのだろうということにしばらくしてから気づいた。

様々な感情が入り交じって、とても冷静にはなれない。それはきっと、これから自分と西野の間に起きることがそれとなく分かっているから。

西野は僕の顔を恍惚とした表情で見つめている。見つめられることがこんなにも嬉しくて、恥ずかしいものだと感じたのは初めてだった。

潤んだ瞳に吸い込まれるようにして自然と西野との距離が縮まっていく。

そして互いの唇が今にも触れようとした時、西野が何かに気づいたように「あっ」と声を上げた。その瞬間、触れようとしていた手が止まった。

…ここまできて、ダメなのか…

そんな僕の予想は見事に裏切られる。

「もう寝てることになってるから…、…電気消して…」

いたずらっぽく微笑むいつもの表情に今日は色っぽさがあった。

そうだ…、西野もこの先を望んでいる。



月明かりがカーテンの隙間から微かに差し込む暗がりの部屋の中、僕はたどたどしい手つきで西野のパジャマのボタンを外してその肌に触れた。



…体温が違う…



頭で考えるのではなく、直感的にそう思った。

他人を感じた瞬間だった。

今、僕は自分とは違う人に、触れている。

「淳平くんの手、あったかいね」

愛おしそうに西野が言う。

その声は胸をそっと包み込んで、優しい気持ちにしてくれた。

自分を求めてくれる、受け入れてくれる西野が愛しくて愛しくて仕方がなかった。

僕は西野と数え切れないほど唇を重ねて、飽きるほどその身体を抱きしめた。

胸の高鳴りはいつになっても止むことはなく、それでもやがて、緊張にも慣れていった。

「…西野…」

「…うん…いいよ…」

ささやくように名前を呼んだ声に答えた西野の声が合図だった。

割れ物を扱うように優しく、いたわるようにそっと袖に手を触れる。



微かな衣擦れの音。

僕は彼女の身体から抜き取ったものをそっとベッドの上に置いた。

目の前には一糸まとわぬ西野の姿。

「…綺麗だよ、西野…」

暗闇の中で白くなめらかな肌、華奢でしなやかなその身体が月明かりに照らし出される。

決して豊満ではないが女性らしい身体は、言葉通り、綺麗だった。

ベッドの上に座り込んだ西野は恥ずかしそうにはにかんで俯く。

向かい合った僕はそんな西野を抱きしめ、ゆっくりとベッドに寝かせた。



「…つかさ…」



いつの間にか彼女をそう呼んでいた。











優しさと愛情を持ち寄り、肌を重ね合わせる。

もう秋の夜だというのに汗が吹き出し始めていた。

すでに呼吸は熱く、荒い。

西野の綺麗な金色のセミロングの髪は湿気を含んでしっとりと流れ、肌は上気し、瞳は潤いを増している。

互いの息遣いが入り交じる中、彼女の頬を一筋の涙が伝ったのを僕は見逃さなかった。

その瞬間、僕はひどく動揺した。

…必死に我慢してくれているだけでやっぱり辛い思いをさせているのだろうか…

そう思うと胸の奥がツンと痛かった。

西野は大丈夫だと言ったけど、やっぱりこんなこと…



「…西野…ごめん…」



知らぬ間に声に出してしまっていた。すぐに謝る癖はこんなところでも変わらない。

だけど西野は…



「…いや…違うの…」


「…嬉しいんだ…淳平くんとこうして…」


「…本当に良かった…大好き…淳平くん…」



そしてまた一筋涙が零れる。

胸をついたのはさっきとは別の感覚だった。

「…つかさ…俺も好きだよ…」

西野が愛しくてたまらない。熱いものがどうしようもないぐらいに込み上げてきた。

言葉が見当たらなくてもう一度言い直す。



「…大好きだ、つかさ…」



西野は目をキュッと閉じて小さく頷いた。

その瞬間、また涙が溢れ出した。

何故だか僕も泣きそうになった。




疲れ果てると寄り添って布団の中に寝転んだ。

触れ合う身体が温かくて、何とも言えない安心感をもたらしてくれた。

隣というにはあまりに近い距離で、西野がゆっくりとささやき混じりに言う。



「ねえ…」



不意な呼びかけに思わず耳を寄せる。僕は「何?」と尋ねた。



「…もう一回名前呼んで」



恍惚とした微笑みで西野は言う。



「…つかさ…」



「…もう一回…」



目を閉じて、西野が僕にねだる。






「…つかさ…」






「…もう一回…」















「…つかさ…」














「…大好き、淳平くん…」










暗闇の静けさの中、大事につぶやいた言葉が僕の口を離れて宙に浮かんでいく。

名前を呼ぶとそれだけで西野は幸せそうに微笑む。

そんな西野を見ているのがたまらなく幸せだった。

僕はこの時思った。

一生この人を愛していこうと、そう強く。




何故この誓いが守れなかったんだろうと今でも後悔に駆られる。

僕たちだけは違うと思っていた。変わらないままでいられると思っていた。

この気持ちさえあれば、二人がどれだけ離れた場所にいようとも、いつまでも繋がっていけると、そう信じていた。



西野がパリに行くことを正式に僕に告げたのはこの年のクリスマスイブだった。




見飽きた夢の中で、また今日も後悔を重ねる。

そして思い出は今夜もまだまだ僕を解放してくれそうもない。



明日、朝目が覚めたら、どこかへ出掛けてみよう。

今更、何が変わる訳でも無いけど…

意識だけの世界でふとそう思った。

眠っているのに、涙が流れた気がした。


[No.1478] 2008/09/29(Mon) 11:12:10
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【R】未完成―第一章―3 (No.1478への返信 / 4階層) - つね



―3―










西野の瞳は強い信念に満ちていた…



僕が何を言おうとその決心は変わらないことが一目で分かるほどに。







「あたし春になったらフランスに行っちゃうんだよ?」

クリスマスイブの夜、駅前のクリスマスツリーの下で西野は僕に向け、そう言った。





…僕は馬鹿だ…




付き合っているという、その事実だけで西野の心までもが自分の思い通りになるものだとどこかで思ってた。

人をそんな風にモノみたいに考えるなんて…しかも恋人に対して…

僕には僕の自由があるのと同じように、西野には西野の自由がある。

きっと僕だって自分の夢である映画監督になるために海外に行くと決めたなら、西野と同じようにするだろう。

夢と恋

天秤にかけてもどっちが大切なのか分かりっこないものでも、そこには止められない想いが必ずある。

それが恋人だとしても止められない夢が、ある。






言葉ではそんな風に分かってた。

どうしようもないことだとは頭の隅で分かっていた。

だけどショックだった。























離れ離れになったら、僕達はどうなる?



























二人なら大丈夫。

あの夜、そう信じたはずだった。

だけど、離れて過ごすことが決定的な言葉として僕の前に降りてきた瞬間、不安が胸をよぎった。

この日は、久々に喧嘩をした。

西野が怒るのも無理はない。

春になればケーキ作りの腕を磨くためにパリへ留学をする西野にとって、貴重な一日だったのに…

僕の頭の中はいやらしい妄想ばかりで。

本当に、僕は馬鹿だ。

でも、悪くなった西野の機嫌をなんとか治さなければと、そんな風に僕は思う。
「…とりあえずファミレスに…」

「そーゆー気分にはなれないよ。…もう今日は帰ろ?」

冷めた口調だった。

不用意な僕の言葉が西野のモチベーションを完全に奪ってしまっていた。

西野を家まで送る帰り道、早足で歩く西野と僕の距離は縮まることなく、何の言葉も交わさないまま、西野の家の前。

立ち止まった後ろ姿に声をかけようとした瞬間、西野が振り返った。

「…キスしよっか…」

「…そういう気分…じゃないんだろ?」

「そういう気分じゃないからしてみたいんだよ」

僕には西野の意図がまったく見えない。

こんな状況で、「キスしよう」なんて…

「いいよ、あたしからするから。目閉じて」

僕はよく分からないまま、言われたとおりに目を閉じる。

その時の西野のキスが、やけに色っぽくて…

離れた後も柔らかな感触が、僕の唇にしつこく残った。

「ねぇ、パリに行くまでにあと何回キスできるかな?」

「だから、ちゃんと大切にしてよね」

西野がパリへ飛び立つまで、あと三ヶ月。

『大切に』…しなきゃ…










大切に…

西野を、大切に…

西野の想いを大切に…

僕は、それができていたのか…







夢の中、

現実を流れる時間の速度は分からなくて、

それでも夢は続いていく。

夢という名の過去が、

もう一つの現実が、

流れていく。

確かに、流れていく。







確かに、

あの時は確かに、

『しよう』と、していたはずなんだ。

大切に、

大切にしようと…

確かに…


[No.1494] 2009/05/06(Wed) 00:47:51
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【R】未完成―第一章―4 (No.1494への返信 / 5階層) - つね

―4―



時間が流れていく。

今が過去になり、未来が今に。

過去は色褪せ、未来は現実の色を帯びる。

でも、灰色の現在(いま)よりも、

剥がれ落ちて、所々ボロボロになろうが色彩を帯びた過去の方が、ずっと輝いて見える。










西野がパリに発つまではあっという間だった。

そのあっという間の時間の中、僕は西野のことを何度も抱きしめた。

何度も何度も。

西野の中の僕が、離れている間に無くなってしまわないように。

もしかしたら、そんな願いを込めていたのかもしれない。

そして、出発の前日、僕らは二人だけの夜を過ごした。






「へへ…、やっぱり開いてたね。ここ、まだ直してないんだ」

悪戯っぽく微笑みながら西野が寒空に冷え切った窓を開ける。

二人で誰もいない校舎の中へと飛び込むと、先に着地した西野が僕に向け「不良だ」と言って笑った。

「うん、不良だ」

僕は静かにそう答え、目の前に立つ少女を正面から見つめる。

スエード地の白いロングコートに身を包んだ姿が青白い月明かりに照らされて幻想的に映る。

思わず夢の世界へ飛び込んでしまったのかと錯覚を覚えてしまう。

そんな綺麗な姿を何も言わずにしばらく見ていた。

彼女も視線を逸らさずに、僕をじっと見つめ、そのまま、唇だけを動かして静かに呟いた。

「あの時以来だね…。私の誕生日に、一緒にここに来て…」

「…うん…」

誰もいない保健室、二人の声が静寂に溶け込む。

あの時は、恋人同士ではなかった。

だけど、一歩先に踏み出そうと、もっと西野のことを知ろうと、

そう思って、西野を抱きしめた。

溢れそうな想いと、体を飛び出すほどの鼓動に身を任せて、西野を保健室のベッドで抱きしめた。

歯止めをかけるものが何も無ければあのまま、二人は身体の関係をもっていたのかもしれない。

だけど彼女の母親からの電話で、それは遮られた。

…後悔はしていない。

…残念な気持ちも無い。

結局二人はそういう関係になったのだから、などという安っぽい考えではなく、

確信にも似た気持ちがそこにはあったから。

…あの時、関係をもたなかったからこそ、現在(いま)がある。

きっと西野もそう思っているだろう。

だけど、もう一つ真実があるのも事実で、

今、僕と西野は、付き合っている。

恋人同士だ。

お互いに想いあう、恋人同士だ。





向かい合ったまま、立ったままでの思い出話が一段落すると、西野は僕を見つめる目を細めた。

それは慈愛に満ちた母親のようなまなざし。

どこまでも優しく、愛しい、寂しげな、美しいまなざし。

「…今、あたしの目の前に、確かに立っている…」

いつの間にか距離が縮まっていた。

「…淳平くん。あたしの大切な人…。あたしの、大好きな人…」

僕の頬を撫でて、優しく、そう呟く。

「…淳平くん…。優しい響き…特別な響き…。…不思議…」

少し緑がかった潤んだ瞳が、月明かりを含んで、ゆらゆらと輝いている。

頬に触れたまま、見つめられる。

あまりに綺麗で、色っぽかった。

いやらしさは無く、その声と姿は神々しくさえあった。

緊張と恍惚の狭間で、不思議な感覚に囚われる。

そして一言、西野はポツリと呟いた。



「…大好き。」



















月明かりはすべてを幻想的に映し出した。

でも、もしかすると、それはここにいる一人の少女の所為なのかもしれない。

…それは多分にあるだろう…

そう思い、目の前の少女に目を向ける。

一糸まとわぬ、幻想の少女へ…



身に付けていた最後の布がストンと冷たい床に落ちた。

背中を向けていた彼女がゆっくりと僕のほうへ振り返る。

青白い月明かりと石油ストーブの光、その両方に照らされて、

地面に向けてだらりと伸ばした右手の肘を左手で掴んで少し俯く。

控えめに恥らうその姿を、僕はこの上なく愛しいと感じた。

抱きしめようと、歩み寄る。

「…待って」

その歩みを西野の声が止めた。

一瞬の戸惑い。西野が語りかける。

「…しばらく会えないから、…見て欲しいの…」

最初は何のことか分からなかった。

西野は繰り返す。

「…あたしの身体を、見て…、…会えなくても、決して忘れないように…」











月明かりに照らされた、あまりにも綺麗な姿を、僕は今でも鮮明に覚えている。

あんなにも幻想的で、妖艶で、無垢で、美しい女性の姿を僕は見たことが無かった。

そして、それは今でも…








一糸まとわぬ西野の身体を、触れることもなくずっと、ずっと見つめた後、

いつもより長く抱き合って、いつもより強く求め合って、

「しばらく会えないから、特別だね」と、

そう呟いた無邪気な笑顔が、今も忘れられない。


[No.1495] 2009/05/06(Wed) 02:19:31
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【R】未完成―夢の終着点 (No.1495への返信 / 6階層) - つね

夢の終着点〜現実と夢の狭間から〜








思い出が色彩を失い、景色がフェードアウトしていく。

…また、今日も…

再びその色が戻った時、僕の心は落胆と諦めの気持ちの中へ落ちる。

…また今日もここか…

夢の終着点は決まっていた。

一人分のベッド、そこに横たわる少女、

その姿を見下ろす僕…

西野ではない女性の姿を、二人きりの部屋で…











目覚めは落ち着いていた。

寝起きの倦怠感はどうにもならないことだったが、どうということもない。

「あの」夢を見たからといって、今更何も思わない。

それはいつものことだ。

もう何度も見た過去の夢。
初めの頃は慌てて跳び起きたり、どうしようもない無力感に苛まれていたが、もうこの夢にもすっかり慣れてしまった。

もう二度と見たくないと、そう願えば苦しかったが、この夢を見なくなることなどないのだと諦めてしまえば苦痛は和らいだ。

今の僕は自分をおとしめることで自分の存在を保っていた。

不安定な自分の存在を、希望も見えない暗闇に落とすことによって…









しかしながら、今日はいつもと違っていた。

何が違うのか、それが分からずに軽く苛立ちを覚える。

ベッドの上で上体だけを起こし、カーテンを開ける。

差し込む光の眩しさに目を細める。

就職してからは休日は家にこもって過ごしていた僕。

今日は窓の外がやけに輝いて見えた。







―ああ、そうか。



――僕は期待しているんだ。



―――何かをそこに…






それがすべてだった。

本能が呼びかけたのか、理性が呼びかけたのか、

それがどちらなのか分からないが、先ほどの苛立ちの原因はすべてそこに起因していた。





―――僕は変化を望んでいる。



――――変わることを…






――そんなことをしても何も変わらない。

後ろ向きな自分のそんな訴えを無視し、僕はシャワーを浴びて外への扉を開けた。

いつもの自分が耳元でささやく。





――今更何が変わるっていうんだ。



――お前の人生はもう終わっている。夢の終着点である、あの日に、とっくに。




僕は「それ」を無視する。




歩き続ける僕。やがて変化が訪れた。




―――こんな生き方は、もうたくさんだ。


―――いいことなんてありゃしない。




僕が、「それ」に反発した。




――…


―――……


――――………勝手にしろ。俺は知らない。








―――ああ、消えてくれ。もう二度と出てくれるな。








やっと受け入れられた。






やっと認められた。







僕は過去を受け入れ、






前に進むことを選んだ。


[No.1510] 2009/07/26(Sun) 00:31:54
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【R】未完成―最終話 (No.1510への返信 / 7階層) - つね

――この物語に、「二章」、「三章」は必要なかったのかもしれない。


―――「彼」が、これから歩んでいく未来がそれなのだから。


――――あなた方の想像に任せよう。「彼」の前にはきっと無限の未来が広がっているのだから。


―――――だから、やはり、この物語は、「未完成」なのかもしれない。







駅前に立っていた。

人の行き交う駅前に。

待ち合わせの人たちにまぎれながら。





待ち続ける。


ただ、待ち続ける。





しゃがみこんだ僕の身体…ふと、影が差す。






「君も待ち合わせ?」

顔を上げて語りかける。

その顔は太陽の影になってよく見えない。

だけど、毛先が無造作にばらついた天然の金髪は、これまでの苦労を想像させた。

やっと見えたその表情にも疲れが見える。



―――ああ、こんなにも。



前を向いて、歩いていこうという決心が揺らぐほどに。

変わり果てたその姿。





「映画、好きなの?」

少し、かすれた声

「ああ、これ?」

僕は手に持っていた映画雑誌を掲げてみせる。

「奇遇ね。あたしの好きだった人も映画が大好きだったのよ」

喋り方も、変わった。

「へえ、そうなんだ」

表情をうまく作れず、視線を逸らす。

「彼はどんなだった?」

「素敵だった」

「…そう」







―――過去を消すことなんてできなくて







―――でも忘れることもできなくて







―――でも、ここから始めるしか、今はできないから。







「待ち合わせをしないか?」

「誰の話?」

「君と僕が」

「…場所は?」












「五年後、カンヌで」










―――さあ、どんな未来を描こう








――物語は、まだ、未完成――










end


[No.1511] 2009/07/26(Sun) 01:14:03
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[削除] (No.1511への返信 / 8階層) -

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[No.1512] 2009/07/26(Sun) 01:26:45
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