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〜第一章 “石の国フェイスタ”編〜第一話 - つね - 2009/07/25(Sat) 04:15:52 [No.1509]
〜第一章 “石の国フェイスタ”編〜第二話 - つね - 2009/08/02(Sun) 23:12:51 [No.1515]
〜第一章 “石の国フェイスタ”編〜第三話 - つね - 2009/08/31(Mon) 02:37:46 [No.1520]
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〜第一章 “石の国フェイスタ”編〜第五話 - つね - 2011/05/15(Sun) 14:10:54 [No.1602]
〜第一章 “石の国フェイスタ”編〜第六話 - つね - 2011/05/26(Thu) 23:46:25 [No.1603]
〜第一章 “石の国フェイスタ”編〜第七話 - つね - 2011/06/14(Tue) 01:52:54 [No.1604]



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[No.1508] 2009/07/25(Sat) 04:13:30
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〜第一章 “石の国フェイスタ”編〜第一話 (No.1508への返信 / 1階層) - つね

※この話はマンガ『いちご100%』の中に登場する東城綾の小説『石の巨人』の世界観を参考にして書いたフィクションです。
 『いちご100%』中に出てくる登場人物と、本作品での登場人物は名前・呼称、人間関係、特定キャラに対する二人称が若干異なります。











国と国との争い、地位をめぐっての内乱、支配者に対する民衆の反乱。


未だ統治の安定することのない時代。


私たちにイメージしやすいように言えば古代ヨーロッパによく似た世界であろうか。


列強の国々が幾度も攻略を試みながら、決して勝利を手にすることができなかった国家があった。


彼らの前に立ちはだかったのは石造りの高い壁と天高くそびえる石の塔。


最強と謳われた国の強みは絶対的な守備力にあった。


そしていつしか、国の最大戦力である難攻不落の城壁と石の塔はその堅固さと外観から、その周辺の土地の伝説にちなんでこう呼ばれるようになっていた。














「石の巨人」、と。














『太陽の国と石の巨人』〜第一章 “石の国フェイスタ”編〜 第一話『出立〜太陽のかけら〜』















「さて、これですべてだ」

大きめの麻袋に最後の荷物を詰め込むと、大柄の男は確認するように言った。

誇らしく逆立った金髪に凛々しい顔つき。その額には十字の傷がある。

立ち上がり振り返るとそれは今まで以上に堂々としたものに見えた。

「明日、出発なんだよな。なんだか寂しくなるな…」

二人きりの部屋の中、もう一人の男が呟くように言った。

こちらは中背、大柄の男に比べると幾分かひ弱に見える。

彼の言葉に対し、ふっと鼻を鳴らすとどこか満足げに微笑んだ

「別れは“まだ”だろう。ジュンペイ、お前は数少ない護衛隊に選ばれたんだから」

「…そうだったな。でもほんの数時間の違いだ。近いうちに別れることに変わりはないさ」

「わがままを言うなよ。城に勤めていない者が就ける役割じゃない。これでもかなり無理を言ったんだぜ」

大柄の男は笑いながらそう言った。

「…そうだな」

「さて、今夜は城でも送迎会が開かれる。そろそろ行くぜ。また明日、だ」

麻袋を背負い、木の戸に手をかける。

「ああ、また明日、リュウジ」

ジュンペイは部屋に残り、去り行く男を見送った。











ジュンペイの親友であり、兄貴分でもあるリュウジはこの国自慢の剣士だった。



<回想〜Junpei>

幼い頃から一緒に遊んだ大きな背中。

その背中が大きく、逞しくなるにつれて、リュウジは国の中での地位を上げていった。

兵士に志願してから、その実力のみでだ。

小さい頃、遊びで勝負したこともあったが、まったく歯が立たなかった。

でも、リュウジはさらに強くなりつづけた。僕の手の届かないくらい、遥か、遠く。

そもそも、リュウジには、僕たち常人が決して近づくことのできないような、何か特別な力があった。

以前、一度町の外れの森で修業中のリュウジを訪ねた時、リュウジが剣で大岩を木っ端みじんにしたところを目にしたことがある。

沈黙の末、僕の発した「すごいね」という感心の言葉にリュウジは額の傷を抑えながら俯いて、「そんなにいいものじゃない」と呟いた。

その声はあまりに暗く、リュウジの背負ってきた何かを感じずにはいられなくて、僕はそれ以上何も言えなかった。



―――太陽の国サンウエアにとてつもなく強い戦士がいる



そんなリュウジの噂はあっという間に広がった。

目立った戦(いくさ)も無かったこの国の一戦士の噂がどんな風にして近隣の国に広まったのか、少し不思議ではあったが…。

そして、それにいち早く目をつけたのが数年前からの同盟国である“石の国フェイスタ”だった。

リュウジの実力を高く評価していたフェイスタの国王が、リュウジをフェイスタの兵士の長としてスカウトしたのだ。

明日の「出発」とはそういった経緯の下でのことだった。






























出発の朝は快晴だった。

「太陽の光を纏う」、という国名になぞらえたようなリュウジの姿は、見送りに来た大勢の人々の前でも堂々としていた。

国王に仕え、城に住まう戦士となってからも、頻繁に城下に足を運んでいたリュウジに対する民衆の支持は厚い。

出立を前にした今も、城下の人々は一人残らずリュウジの見送りに来ていた。

彼は言葉どおり、「国の誇り」だった。

その証拠に、今、広場には憧れと尊敬の眼差しが溢れている。

「ジュンペイ、そろそろ行くぞ」

鳴り止まない歓声の中、馬に乗ったリュウジが身を翻す。

広場に集まった人々もその背中に続いた。

そこで、小さな声。

――名前を呼ばれた。

小さな声。だけど確かな感覚に立ち止まる。

人々はリュウジの後を追い、広場の人は急速に減っていく。

誰もいなくなったその場所に、ひとりたたずむ少女。

胸の前で合わせた手には、紐状の何かが握られていた。

ジュンペイが歩み寄ろうとする前に、少女が彼の元へ駆け寄る。

「どうしたんだ、アヤ」

彼女はジュンペイやリュウジの幼なじみである機織りの少女――「アヤ」だった。

「アヤ?下を向いたままじゃ分からない…んだけど…?」

言われて目を合わせた顔は真っ赤で、目には涙が浮かんでいる。

「…えっと…」

その表情に思わず言葉に詰まってしまう。

「あの…」

視線をまた元に戻して、アヤが静かに口を開いた。

「ジュンペイがリュウジの護衛に付くって聞いて、私、これ作ったの」

そう言って差し出したのは皮の紐に綺麗に透き通った石を通した首飾りだった。

「…これって…」

透明なその石は、この国で「太陽のかけら」と呼ばれている貴重な宝石だった。

それが丸みを帯びた形に削られている。

しかし、その仕上がりはお世辞にも綺麗とは言えない。

きっと、アヤが自分の手で削り出したものなのだろう。手に入れるだけでも大変だったろうに…

それを思うと、胸に熱いものがこみ上げてきた。

「あのね、ジュンペイがリュウジを送って、この国に無事帰ってこれるようにって願いを込めて作ったの」

俯いたまま、アヤは照れくさそうに控えめな声で言った。

「…ありがとう…、大事に、ずっと付けておくよ」

手のひらの上を、じっと見つめる。

「良かったら…、私に付けさせて?」

アヤはそう言ってさらに顔を赤くする。

その様子にどぎまぎしながらもジュンペイは頷いた。


細い皮の紐の結び目をほどいて、アヤがジュンペイの首に手をまわす。

自然と顔が近づき、ふわりと前髪の香りが舞った。

ジュンペイの鼓動はさらに高まる。

「…うん、出来た」

アヤが満足げに微笑む。

控えめなその笑顔を純粋に可愛いと思った。

「…アヤ…」

風が止まる。

間近で二人の目が合う。

どちらからともなく距離が…






「やっはっは!いいねえ、アヤ」




二人はビクンッと身を震わせ、声のした方へ振り向いた。

その先には…

「うーん、なかなかいい絵が描けたよ。アヤもますます色っぽくなっちゃってるねえ。どう?今度モデルやってみない?」

画板を持って、筆を走らせる男が一人。

「ヒロシ!お前…いつから!」

「ずっと、だよ。二人ともまったく気づかずにいい感じになりやがって…。まあモデル代ってことで今回は勘弁してやるよ」

先ほどの会話と行動を思い返し、赤面する。

そこにすかさずヒロシが茶々を入れる。

それは幼なじみの間では見慣れた光景だった。







――「ヒロシ」、彼もまたジュンペイの幼なじみである。

絵を描くことを趣味としており、いつも画板を持ち歩いている。

その腕前はなかなかなものなのだが、美しい女性には目が無く、城下でもよく女の子を追いかけている。

ちなみに、彼がスケッチを完了するまでの時間は非常に短く、とても人間業では無いと思わせるが、その詳細については不明である。

夢は現実を超えた絵を描くことだとか。







「それよりいいのか、ジュンペイ。リュウジのお供なんだろ。もう城門出ちまうぜ?」

しばらくその場にいたジュンペイだったが、ヒロシのその言葉に本来の役割を思い出す。

「あ、ヤベッ、そうだった」

そして、慌てて駆け出す。

その途中、振り返り、大きく叫ぶ。

「アヤ、ありがとうな!大事にするよ!」

それを聞いて、アヤは頬を赤く染めながら、満足した表情で頷いた。

「ヒロシも、また!」

「ああ、気をつけて行って来い」



「…あいつも大きくなったな」

ヒロシの呟きにアヤは無言で頷いた。


























人でごった返す城門の前、リュウジは馬から降りると、開いた城門の下にいる国王の元へ向かった。

そしてその前で、すばやくひざまづき、頭を下げた。

「今まで、お世話になりました。本日より、私は同盟国であるフェイスタの兵士長となります」

「うむ」と国王が頷く。優しげな表情だった。

それで挨拶は終わったかと思えた。

しかしリュウジは続ける。

「しかし、離れた場所にいようとも、私がこの国を守る戦士であることに変わりはありません。国の一大事には、同盟国より、必ず加勢に参ります」

「…それでは」

ひざまずいたリュウジがいっそう深く頭を下げると歓声が巻き起こる。

忠義に深く、真っ直ぐなリュウジらしい言葉だった。

大歓声を背に大きな黒い馬に跨ると、リュウジは高く手を挙げ、馬の歩を進め始めた。

ジュンペイもそれについて歩き出す。

次第に城門が、町の姿が、遠ざかっていく。

「ジュンペイ、お前も堂々と手を振れ」

リュウジの呼びかけにジュンペイは大きく手を振った。

その中にアヤとヒロシの姿を見つけると、よりいっそう大きく。

そして前を向くと、首飾りの宝石を握り締めた。


別れは一瞬、帰ってきたらまたみんなと…必ず…


勇気と強い決心を胸に、一歩一歩、足を進める。










――思えばこれがすべての始まりで、だけど、この時はまだ、想像さえしなかった。





――この後に、起こること、そのすべてを――





…つづく


[No.1509] 2009/07/25(Sat) 04:15:52
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〜第一章 “石の国フェイスタ”編〜第二話 (No.1509への返信 / 2階層) - つね


〜第一章〜第二話『邂逅〜石の巨人/庭園の少女〜』






太陽の国サンウエア、その城下の農村地帯を越すと人の気配がすっかりとなくなる。


次第に緑が多くなり、今は森の中、踏みならされた道を歩く。


しばらくはなだらかな斜面が続いたが、徐々に起伏が激しくなっていく。


リュウジとその一行の進むペースはさほど早くはない。


…が、その中で一人、汗まみれになって息を上げている男がいた。


少年の名はジュンペイ。


サンウェア最強の剣士…





…の、親友である…。





「はぁっ…、はぁっ…、…ぜぃっ…」


息遣いが荒くなり、一歩が足を重くしていく。



―――日ごろ農作業の手伝いとかで身体動かしてるから大丈夫だと思ってたけど…


―――これはさすがにきつい…



渇く喉に何かが張り付くような感触。


出立には絶好の天気だったが、それが今はジュンペイを追い込んでいた。



―――しかも…



ジュンペイは酸欠からくる視界の揺らぎに耐えながら隣に目を向ける。



―――馬じゃん、二人とも。俺は歩きだぜ?



涼しげな顔で真っ直ぐ前を見据えるリュウジ。


そしてその隣にはこの陽気だというのに深い紺色のローブを羽織った小柄な男。



―――というか、男かどうかも分からないんだけど…



リュウジへの護衛は二人。


もちろん一人はジュンペイ。


そしてもう一人がローブを羽織ったその人物だった。



―――でも、気味が悪いよ…。出発してから何も喋らないし…



目深にかぶったローブのフードが影を作って、その表情もまったく読み取れない。


というより、顔自体がよく見えなかった…。


そうしているうちにジュンペイの息はどんどんと上がっていく。


ずっと自分たちのほうを見続けていた視線に気付きリュウジがジュンペイと目を合わせたのはジュンペイが完全にへばってしまう直前だった。


「どうした?ジュンペイ。もうギブアップか?」


どこか楽しそうにリュウジが笑う。


「バカやろ…、こっちは徒歩だぞ…」


渇いた喉からの恨みのこもった声にリュウジはまた「ははっ」と、ひとつ笑って、馬に乗ったまま手を差し出した。


「ほら、ジュンペイ、手を貸せ」


その言葉に無言でリュウジの手をとると、ジュンペイの身体はいとも簡単に浮き上がった。


そして、そのままリュウジの後ろに座る形で着地する。


宙に浮いて解放された両足が気持ちいい。


「リュウジ…」


「ん?どうした?」


「お前、バテるの分かってて俺を歩かせただろ…」


「まあな」


「おまえっ…」


「まあ許してくれ。しばらく会えないかもしれないから見ておきたかったんだ、お前の頑張る姿を、どんな形でもいいから」


つっかかっていこうとしたジュンペイはリュウジの落ち着いた口調に口を閉じた。


昔を懐かしむような声でリュウジが続ける。


「お前は一見頼りなさそうに見えるが、頑張るときは頑張る男だ。俺は知っている」


親友からの言葉に照れくさくなってジュンペイは下を向いた。


「アヤやヒロシたちを頼むぞ」


リュウジは最後にそう付け足した。






森に入ってから一時間ほど経った頃だろうか、ようやく木々の群れの終わりが見えてきた。


そこを出るとぱっと視界が開け、目の前に広大な草原が現れた。


遠くの山が霞んで見えるほど、広く、広く、平らな大地が広がっている。


「ウィルフォ草原だ」


いったん馬の足を止めて、リュウジが言った。


ウィルフォ草原――それはサンウェアとフェイスタのちょうど中間地点にある草原だった。古くからの言い伝えでは、始まり・転機の場所となる場所だと言われている。


「ここまでくればあと少しだ。さあ行こう」


リュウジのその言葉を合図に、一行はまた進み始める。







草原を横切り、検問を抜けると、ぱらぱらと人の姿が見え始めた。


地質も先ほどまでとは変わり、ごつごつとした岩が多く見られるようになっている。



…そして、しばらく歩くと、「それ」が一行を迎えた。



「あれだ」


以前、サンウェア王の護衛でフェイスタに来たことのあるリュウジが「それ」を指差す。


しかしジュンペイにとってその必要は無いほどに「それ」は異様な存在感を放っていた。


隣でも今まで無言だった男が息を飲む気配を感じた。


現在地はまだ農村地帯ではあったが、城が近づいてくれば、その城壁が遠くから見えることは決して不自然なことではない。


だが、その大きさは、明らかに対象までの距離とつり合っていなかった。


「何だ…、あれは…」


そして、その中心部に立っていると思われる建築物を見て、ジュンペイは思わず声を漏らしていた。


「…怪物…だ…」


どっしりとした円柱状のバカでかい塔が、バカでかい城壁の遥か上まで伸びている。



―――これが…『石の巨人』…



それはジュンペイにとって、今まで様々な人から聞いた、「建物」の概念を覆すものだった。


「塔」というものを見ること自体初めてだったが、ジュンペイが知識として知っている「塔」のどれにも当てはまらない。


近づくにつれ、「塔」と城壁の大きさが増していく。


そして、城門を守る兵士の姿を目視できるようになった頃、それは強い圧迫感と威圧感を持って、ジュンペイの前に立ちはだかった。


一歩一歩、進んでいくたびに、逃げ出したくなるような気持ちが胸の中で広がっていく。


馬に乗って、歩く。


自分の意思とは無縁に進んでいく。


…近づきたくないのに、近づく。


その感覚がジュンペイの恐怖心をさらに助長していた。


それに気付いたように口を開いたのはジュンペイの目の前の背中だった。


「大丈夫か?…最初は俺もそうだった。まあ…そのうち慣れるかどうかは分からんが…」


その言葉にジュンペイは少しだけ、平静を取り戻し、隣の様子を伺った。


…そこには今までと変わりなく淡々と馬を進める姿。



―――おいおい…、こいつ何者だ。感情あるのか?…というか、まずどんな顔してるのか分からん。



一度気になりはじめると、もう、いてもたってもいられなかった。


「なあ、リュウジ、」


「ん?」


「この人は一体何者だ?…というか、まず、人なのか?」


ジュンペイが尋ねるとリュウジは声を上げて笑った。


ここまでリュウジが馬鹿笑いするのも珍しい。


「何がおかしいんだよっ!だって何もしゃべらねぇし、誰だって不気味に思うだろ」


笑い涙を拭いながら「それもそうか」と言って、紺のローブに顔を向けると、リュウジは小さく呼びかけた。


「コズエ、城門の兵士に見えないよう、こいつに顔を見せてやってくれ」


『コズエ』というその名前に少し違和感を覚える。


なんというか、しっくりこない。


イメージとあまりに違うのだ。


しかし、ジュンペイはこちらに顔を向けて、ローブのフードを上げた、その顔に衝撃を受けた。



「……え…?……」



かろうじて喉を通り抜けたその声を聞くと、相手は控えめな表情を見せ、再びフードを深くかぶり直す。


城門はすでに目の前まで来ていた。



―――今のは…俺の見間違いじゃなければ…



「城下に入るぞ。ジュンペイ、お前は一旦降りたほうがいい」









城門でのチェックを受けて、城下町へ入る。


一行はそのまま敷地の中央に位置する天守を目指した。



この時代、城とは城門により城下の街も一緒に囲った城壁都市となることが主であった。


それはこのフェイスタでも同じことで、城壁都市の中央に王の住まう天守が存在していた。



そして「塔」の正体は、城壁内に入ってからはっきりとした。


それは容易に想像できたものであるが、ジュンペイにとってはそれまでは得体の知れない建物への衝撃の方が勝っていたのだ。


それは天守とつながっており、物見のための場所となっているようであった。


城壁の中に入って分かったことはまだあった。


一番外側に張り巡らされた城壁の中にも、さらに二枚の巨大な城壁があり、それは中に進むにつれて次第に高く、厚くなっているようだった。


城壁の外でも取引はされていたが、ここではそれと比べ物にならないほどの賑わいがあり、たくさんの人々が行き交う。


しかし、そんな中でも、絶対強固な防衛ラインが敷かれているのだ。


そして、周りの景色は二枚目の城壁を通り抜けたときに突如として変化を見せる。


先ほどまでとは違い、そこにいるほとんどは鍛え抜かれた兵士だった。


広場で訓練をする者、大きな何かを運ぶもの、


先ほどまでとは打って変わって、ここにはどこか張り詰めた空気が流れていた。


そして、二枚目の城壁をくぐると、ようやく天守だった。


護衛のものはここで止められると思っていたが、意外なことに二人とも城の中へ通された。


兵士の話によると、ここまでリュウジを送り届けたことに対して礼を言いたいということだった。


とはいえ、一端の村人がこんな城に入ってもいいのだろうか、とジュンペイは浮き足立った気持ちになる。


対照的に、紺色のローブからはやはり感情の起伏は見られなかった。


普段は城に務めているのだろうか、とジュンペイは思いを巡らせてみる。


―――でも…


素顔を見た後では、ジュンペイにはそう思えてしまうのだった。





三人は王の間に通された。


ジュンペイもリュウジに習い、王座の前にひざまずく。


ほどなくして、国王が姿を現した。


それと同時、三人は揃って頭を下げる。


「サンウェアの剣士、リュウジ、ただいま到着いたしました」


よく通る声でリュウジがそう言うと、王は「ご苦労であった」と、ねぎらいの言葉をかけた。



―――なんというか…、威厳のある声だ…



王座に向かって長いカーペットが敷かれた石張りの床を見たまま、ジュンペイは純粋にそう思っていた。


あるいは慣れないこの雰囲気に呑まれていたのかもしれない。


「よくぞ参った。横のものは護衛の者だな」


「はっ、その通りでございます」


王の前でも物怖じしない態度、それは丁寧な口調の中でもはっきりと感じ取れた。


リュウジは仕えることはあっても、屈服することは無いのかもしれない。


王は「…ふむ」と鼻を鳴らし、ゆっくりと口を開いた。


「…護衛にしては、幾分か頼りなく見えるが?」


それは試すような口調だった。


「いえ、『最も信頼できる者』を護衛に選びましたので」


リュウジは即座に堂々と答えた。


「…うむ、なるほど。 よい、この者たちに褒美を取らせよ」


そう命じると、兵士が動く気配がした。


「よいぞ、三人とも顔を上げよ」


そう言われてようやく顔を上げた先、目の前にいたのは、細身で長身の男だった。


細身、とは言っても、決して華奢なわけではなく、無駄のないその体躯は堂々として見える。


少し目尻のつり上がった瞳は鷹のように鋭く、顎に生えた髭と皺の寄った顔は有無を言わせぬ貫禄を感じさせる。


しばらくすると、一人の兵士が、ジュンペイと紺色のローブの元にやってきて、その目の前にひとつずつ包みを置いていく。


「フェイスタ産の貴重な宝石です。どうぞ、お持ち帰りください」


丁寧にそう告げると、兵士はまた王座の隣に戻っていく。


それを目で追って、そのまま王座に目を移したとき、紺色のローブをまじまじと見つめていた王の姿にジュンペイは気付いた。


しかし、それも一瞬のこと、すぐに王は元の表情に戻る。


「リュウジ、護衛のものと別れを済ませたら奥にある私の私室に来るがよい。それと護衛の二人、ご苦労であった。行ってよいぞ」


「はっ」、と歯切れよく答えるリュウジ。


その後、王が立ち去るのをその場で待っていた一行だったが、柔らかな口調で「行ってよいぞ」と言われ、立ち上がる。


そして、王の間を出る瞬間、ジュンペイの背中に独り言のような王の声が、確かに聞こえた。


その瞬間、隣で紺色のローブに包まれた小さな身体がビクンとひとつ震えたのをジュンペイは見逃さなかった。


きっとリュウジもそれに気付いていたはずだ。


王は確かにこう言った。









―――『…女か』、と。






























天守の城門の前でリュウジと向き合う。


フェイスタまで、三人という少数で移動をしてきたが、その間、襲撃の不安を感じずにいられたのはリュウジのおかげだった。


別れの時となった今、そのことをひしひしと感じる。


「本当に感謝している。二人ともありがとな」


リュウジがそう切り出す。


「ジュンペイ、そんな顔をするな。ここはサンウェアの同盟国だ。またいつでも会える」


「それは分かっているけど…」


思わず隣を見てしまう。


王は感づいていた。


思い返せば、ローブのフードをかぶったまま王に接見するのは明らかに無礼にあたる行動である。


それについて何も言わなかったということは、早い段階で気付いていたのかもしれない。


王が相当勘の鋭い人物であると思わずにはいられない。


そして、ジュンペイは再びこれからのことに思考を巡らす。


二人での長距離の移動。


さらにそこにいるのが一端の村人と女となれば、誰しも不安にならないわけが無い。


いくら同盟国とはいえ、立場はフェイスタのほうが上な訳で、スパイの危険性を感じ、ジュンペイは自分達にたちに追っ手を向ける可能性も無いとは言い切れない気がしていた。


それを読みとったのか、リュウジは言う。


「大丈夫だ。お前達にもしものことがあれば、その国ごとぶっ壊してやる。フェイスタにもそう言ってあるんだ」


リュウジが言うと、本当に頼もしかった。それはリュウジならば可能なことに思えたからだ。


それほどリュウジの強さは、ずば抜けている。


「それに…」


リュウジはそう続ける。


「コズエのことを心配しているのかもしれないが、大丈夫だ。こいつがいれば、お前も必ず無事で帰れる。安心しろ」





……


紺色のローブに包まった、小柄な少女に目をやる。




ジュンペイにとっては、不安を抱えたままの不思議な別れとなった。




























「コズエ…、でいいんだよね…?」


天守の城門から第二の城門へ向かう間、ジュンペイは思い切ってコズエに向かって話しかけていた。


「…はい」


大きなフード中の顔、やはり自分と同じくらいの歳の女の子だった。


「あのさ、」


そう呼びかけた瞬間だった。


「次の城門を抜けるまで、待っていただけますか?」


コズエはささやくような声でジュンペイを制した。


その声はまだ幼さを残しているように思える。


「私が…、その、女であることを兵士には悟られたくはないのです」


王には悟られたようだが、できる限り、隠しておきたいということだろう。


今までの行動からもそれは理解できることであったし、何とはなしにその気持ちが分かる気がする。


ジュンペイはそれ以上は聞かなかった。














そうして、無言で歩き続ける中、ある光景がジュンペイの足を止めた。


それは、無数の花びらが舞う庭園の芝生に、少女が一人、ぽつんと座り込んでいる、そんな風景だった。


その少女がおそらく王女であることはその身なりから予想ができた。


見惚れるほどに美しい少女。


少女は不規則に舞い散る花びらを慈しむように見ている。


まるでそこだけに別の世界があるとさえ感じさせる、幻想的な風景。


だが、その姿はどこか儚げで、今にも消えてしまいそうにも見えた。






―――なんだろう、この感じ…






コズエが立ち止まった袖を引くまで、ジュンペイはそこから動くことができなかった。








つづく…


[No.1515] 2009/08/02(Sun) 23:12:51
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〜第一章 “石の国フェイスタ”編〜第三話 (No.1515への返信 / 3階層) - つね


〜第一章〜第三話『“盗”亡』




「すごいな…、来た時も思ったけどすごい数の人だ…」


「今やこの周辺では最も栄えている国ですからね」


感心しているジュンペイにそう答えるのは第二の城門につないでいた馬を引くコズエ。


「でも、その背景には軍事力による周辺諸国の従属があります」


「戦争で勝ち続けて他国との貿易を有利に進める。それは防御に重きを置き、自分達から侵略をすることのないこの国にとっては長い月日をかけて積み上げた物です」


「だけど、最近はそうでも無いようです」


「…えっ…?」


コズエの語気が変わったのをジュンペイは感じ取っていた。


「どんどんと好戦的になっているのです。ついこの間、隣国に攻め入ったと聞きます。城門を取り壊し、街の隅から隅までを調べ尽くし…、街は壊滅状態まで追いやられたと」


「これまでのフェイスタの国の性格からしたら異常なことです。何を探しているのかは分かりませんが、サンウェアも例外ではありません」


ジュンペイにはコズエの言っていることが分からなかった。


「その隣国は侵略を受ける前日まで、フェイスタと同盟関係にあったと聞きます」


「…っ!…」


ジュンペイは言葉を失った。


そして今の自国の置かれた状況を思い返すと血の気が引いた。





「…まあ、念には念を、ということです」


青ざめたジュンペイの表情を見て、コズエは最後に安心させるような口調で付け足した。


























「なんだか、大役の割にはあっさりとしてたな」


最後の城門が目前に迫ったとき、ジュンペイが呟いた。


「…仕方ないです。リュウジさんはああ言ってくれましたけど、変な疑いをかけられるのも良くないですから…」


結局二人は街のようすをゆっくりと見て回ることもせず、真っ直ぐ城門に向かっていたのである。


ここはあくまでも「他国」であり、コズエの言葉通り、街を徘徊することによってあらぬ疑いをかけられる可能性も否定しきれない。


自国のためにはそうすることが賢明だと思われる。


二人の判断は概ね正しいと言えるだろう。








しかし、偶然か、必然か。







このとき、もうすでに、始まっていたのだ














城門を通り抜けようとしたその瞬間、街がざわめいた。


思わず振り返るジュンペイの視界に入ったのは、城門からは少し離れた広場に多くの人が集まる光景。


歓喜の渦の中心にはやぐらの上に立つ一人の少女。











―――フェイスタは間違いを犯した。










―――この少女を“今”、城の外には出してはいけなかったのだ。









―――権力による慢心?










―――まさか。狡猾で思慮深い、“あの男”に限って?










―――それではただの伝達ミスか。










―――どちらにせよ、正確無比・絶対堅固なフェイスタの連絡網・守備網に、今、ほころびが出たことは間違いない。










―――事実、勝ち続けたもの、安定を得たものは失敗の臭いに疎くなるものだと言うが…










―――それとも、小さな同盟国から来たこの二人の少年少女を取るに足らない存在として見たのか。

















ジュンペイが振り向いて間もなく、やぐらの根元の柱が折れた。


それに伴いバランスを崩すやぐら。


やぐらの上の少女が宙に投げ出されるのは当然なこと。


スローモーションの中、揃って口を大きく開き空を舞う少女の姿を追う民衆たち。


まさに偶然が重なった出来事。


それならば、その少女の落ちゆく先に一頭の馬がいたことも、偶然と言えるのだろうか。














ドンッ!


その音と同時に、時が動き出した。


甲高い鳴き声が天に昇り、前足を大きく上げた馬。


空回る足が地面をとらえた瞬間、城門に向かって猛然と走り出す。


護衛に当たっていた兵士の誰もが状況についていけず、遠ざかる影に向かって手を伸ばすだけに終わる。




「その馬を止めてくれ!」


広場から聞こえたその声は、物事の一部始終を見守っていたジュンペイが動くには十分だった。


ジュンペイは猛進する馬の進路に立ちはだかる。


「…! ジュンペイさん…、どうするつもりですか?」


「…分からないけど…、止めてみる」


そう言ってはみるものの、猛烈な勢いで突進してくる馬のスピードが緩むことはない。


自ずと身体が震え上がる。


迫り来る恐怖と不安が勇気や使命感と入り混じる。


ジュンペイは唾を飲み込んだ。


「…っ!…」


突進してくる馬とジュンペイの影が重なったとき、コズエは思わず目をそむけた。




バタンッ!




馬が木製の頑丈な城門にぶち当たる音が聞こえた直後、コズエが見たのは、開け放たれた城門の向こう側に遠ざかる馬の後ろ姿だった。


コズエは、その背中に二人の人が乗っていることを確かに認めた。


…正確には、一人は馬の首にぶら下がっているが…


「ジュンペイさん!」


コズエは自分の馬を走らせ、その影を追いかける。


二人分の荷重を負った馬の足に追いつくのは容易なことだった。


「ジュンペイさん!なんとかよじ登ってください!」


隣に並び、呼びかける。


「そんな…こと…、ぐっ、言ったって…!」


「そうしなきゃ放り出されて死にますよ!」


ジュンペイの顔が青ざめる。


「っ…!ぐ、ぐ、ぐ、死んで…」


「…死んで!たまるかあああああああああ!」


火事場の馬鹿力だった。


コズエの脅迫も手伝って、ジュンペイはなんとか馬の背に這い上がる。


それと同時に、それまで馬の背にいた少女の身体がずり落ちようとする。


「うわっ…、とととっ」


とっさにその身体をジュンペイが支え、なんとか事なきを得る。


「あぶねっ…」


体勢を立て直し、うまくバランスを取る。


―――リュウジに馬の乗り方教わっといて良かった…


落ちないよう、背に手を回し抱き寄せる。


危機を脱し落ち着いた思考。


ようやく少女の姿の詳細が目に入るようになった。


「…!…」


その瞬間、ジュンペイは声を失った。


「…この子は…」


「ジュンペイさんっ!前っ!」


「へ?」





ドゴッ!…ドーンッ!





轟音とともに世界がひっくり返った。




























「…なんで、こんなお決まりのパターンに…」


大木の下、地面に打ち付けた頭をさすりながらジュンペイがぼやく。


「…あ…その…大丈夫でしょうか…」


「…まあ、なんとか…。思えばあれしか馬の暴走を止める術は無かった気もするし…」


「…それにしても…」


ジュンペイはひとつため息をついて隣に横たわる少女に目をやる。


「フェイスタ国の王女ですね」


「やっぱりそうなのか…」


艶のある金色の髪に白いドレス。


その外見は王女と呼ばれるに相応しいものだった。


そして彼女はジュンペイが城内の庭園で見惚れた少女と同一人物であった。


近くで見ても、その横顔はやはり美しいものであり、思わず頬を染めてしまう。


透き通るような白い肌、すっと通った鼻の筋、適度に潤った桜色の小さな唇、


頭髪と同じく金色の整った眉毛と綺麗に生えそろった長いまつげ。


整った顔立ちはこの世のものとは思えないほどだった。




「…んんっ…」


しばらく見惚れていたジュンペイは、少女の小さな声を聞き、我に返る。


「あれ…?おかしいな…あたし、やぐらの上から落ちて…」


寝ぼけ眼で周りを見わたす少女。


その様子が妙に可愛らしい。


「目が覚めた?」


「わっ、誰?」


ジュンペイの声に慌てふためく少女。


馬に乗ったときからずっと気を失っていた彼女からすればそれは当然の反応だった。


「えっ…と、落ち着いて…。とりあえず…、どこから話せば…」







ジュンペイとコズエは事件の一部始終を少女に伝えた。


予想通り、少女はフェイスタの王女であった。


『ツカサ』という名のこの王女の話によると、集会などの場において民衆の前に姿を見せることが彼女の国内での大きな役割であるということだった。


そして、それは特に戦の前などでは通例の儀式となっていたということだ。




―――おそらくは、彼女は国のシンボルとなる存在なのだろう。




彼女はそう明言はしなかったがジュンペイにもコズエにもそういった想像は容易だった。


そして、今回の件もいつも通り、そんな儀式の一環だったようだ。




彼女の話によって、大体の事情が明らかになった。


しかし、ジュンペイにはひとつだけ気になることがあった。


こうして話す王女の表情があまり芳しくない。


まるで、嫌なことを話しているような表情(かお)をしている。


その様子を見て、ジュンペイは庭園での彼女の儚げな姿を思い返していた。



―――この王女とフェイスタという国の関係には何かがある。



そう直感で感じていた。





















お互いに事情を話し終えると、ジュンペイが口を開いた。


「じゃあ、とりあえずフェイスタまで戻らなきゃな」


そう、それが二人の為すべき仕事であった。


実際、王女が行方不明とは大事である。


コズエも頷き、馬を出す準備をする。


幸いなことに、あれだけ派手にぶつかったものの、ジュンペイと王女の乗っていた馬には怪我は無かった。


馬を繋いでいた紐を木からほどき、その背へと乗る。


「さあ、王女様も乗ってください」


「王女…?」


ジュンペイの振り返った先、王女はまだ大木の下に俯いたまま座り込んでいた。


まったく動く気配の無い王女の元にジュンペイとコズエが馬から降り、歩み寄る。


先ほどの話も手伝ってか、心配をしながら歩み寄ったジュンペイだったが、顔を上げた彼女の表情は思いのほか明るいものだった。


「そういえば、二人とも他国から来たっていってたよね?」


「…はい、そうですが…」


「こら、敬語使わない。ジュンペイくん、あたしたち同い年でしょ」



―――心配して損したかも…。しかもいつの間に「ジュンペイくん」…



「それで、われわれ…、えっと、俺たちが他国の者だって言うのがどうしたんだ?」


―――王女相手にタメ口っていうのも気が引けるなぁ…。ああ、もうどうにでもなれだ…


「んー?えっとね…、」


「面白そうだから連れて行ってよ!」


「は?バッ…、バカヤロ」


暴言が思わず口をついて出ていた。


しかし、それほど王女の発言は突飛で、脈絡が無く、馬鹿げていた。


「君は王女だろ…!そんな無責任な…」


それでも、その数秒後、ジュンペイの言葉は止まっていた。








「…お願い…、連れて行って…」




自らの左腕を掴んだ右腕で抱きしめるようにしたその身体が震えていた。




俯いた表情は読み取れない。




―――だけど、ひとつだけ、確かなこと。




―――目の前の少女は間違いなく、今、僕に助けを求めている。




「ジュンペイさん!」




―――コズエの声が聞こえる。




―――ああ、分かってる。これは“静止”の声だ。




―――心の中でも、もう一人の自分が警笛を鳴らしている。「取り返しの付かないことになるぞ」と。




―――だけど、今、この場では、目の前の少女の心の叫びだけが真実で




―――僕は、震えるその手を取り、僕の後ろに乗せると、




―――太陽を纏う国に向けて走り出した。











…つづく


[No.1520] 2009/08/31(Mon) 02:37:46
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〜第一章 “石の国フェイスタ”編〜第四話 (No.1520への返信 / 4階層) - つね

“偶然”







“運命”







この二つの言葉の間にある境界線はあまりに曖昧である。


たとえ偶然であっても、人がそこに運命の存在を感じれば運命となりうる。


人が運命と呼ぶものを、単なる偶然と捉えることも見方によっては十分可能である。


しかし…


歴史が大きく動くとき、


まるで初めからそれが起こることが決められていたように、


いくつもの偶然が重なっていくことがある。


それはあるものにとっては衰退・破滅への道であり、


あるものにとっては繁栄・栄光への道であるかもしれない。


あとから振り返ってみれば、


まるですべてが“その結末”に向かう為の要素であるように、


いくつもの偶然が、不気味なほどにつながっている。


そんなとき、人は“運命”というものを感じずにはいられない。

















第一章〜第四話『力』















「ジュンペイさんっ!止まってください!」


コズエの必死の声が馬の足音と風の中、ジュンペイの耳に届く。


ジュンペイは本当は聞き入れなければならないその言葉に対して、今はあえて無言を貫いた。


もし、一言でも応えてしまったら、振り返ってしまったら、もう、フェイスタという国に縛られた少女を苦しみの牢獄から救い出すことなどできないと、そう感じていたからである。


「ジュンペイさんっ…!」


普段、こんなにも大きな声を出すことなど無いのだろう、コズエの声は次第にかすれ、咳き込む様子も見られるようになっていた。


コズエの必死の表情、苦しむ表情。


それを背後に感じ取ったジュンペイはグッと目を瞑った。


そして背中に直に感じる体温、そこにいる少女はどんな表情をしているだろうと思いをめぐらせる。


すがるように密着したその身体はどこか弱々しく、儚げに感じられた。


「…大丈夫。きっと守ってみせる」


自然に出ていたその言葉に、ジュンペイの身体に回されたツカサの手にグッと力がこもったように思えた。



























全速力で馬を走らせ続ける二人。


前を行くジュンペイは見えない何かからの圧迫感を拭えないでいた。


そのひとつの要因がフェイスタからの追っ手に対する不安であったことは言うまでも無い。


あるいは、それは自分が歴史を動かしてしまった、という、心の奥底の形にならない自覚でもあったろうか。



―――でも、まだフェイスタには王女をつれて俺たちが逃げていることは伝わっていないはず。



そう、事実、このときはまだ、フェイスタには詳しい事情は伝わっていなかった。


王女が行方不明ということで国が大パニックに陥っていることは間違いない事実だったが。


しかし、ジュンペイはうかつだった。


彼は押しつぶされそうなプレッシャーと不安に、平常心ではいられなくなっていたのだ。


このとき、せめてもの救いはコズエがジュンペイより幾分か冷静だったことであった。




コズエは検問の周りにできた集落に入る前に、ジュンペイに呼びかけていたのだ。


フェイスタ領内で人が集まるところといえば、城内とその周辺の農村地帯、そして国境の代わりとなっている検問の近くであった。


ジュンペイがツカサを乗せた馬ごと大木にぶつかった時は、もうすでにフェイスタの中心部からは遠ざかっていた。


となると、残りの道中でフェイスタの人間の目に触れるとなるとこの集落だった。


検問を抜けるためには、第一条件としてこの集落で王女の存在に気付かれないという必要がある。


主な連絡手段が馬に乗った生身の人間による伝達であるこの世界に、すでに情報が伝わっているとは考えにくかった。


うまくやり過ごせば何の問題も無く検問までたどり着けた可能性もある。


そうすれば、残るは道の途中に木製の小さな門を構え、二人の兵士がいるだけの検問所。


同盟国同士をつなぐ検問所であったためか、さほど規模の大きくないこの検問であれば力技で突破することも十分できただろう。




しかし、コズエの声はジュンペイには届かなかった。


ジュンペイはもう、流れていく景色さえも気に留めていなかったのだ。


ただ夢中で馬を走らせる。


そして、いつの間にか、ジュンペイたちは検問前の集落に進入していた。


尋常ではないスピードで駆けていく二頭の馬にざわめきが起こる。


中にはジュンペイの後ろに乗った王女の姿に気付いたものもいたようだった。


しかし、ジュンペイは気付かない。


もう、目の前の道の外には何も見えていなかった。


馬を走らせる、そのことに、ただ、必死になっていた。




























しかし、検問にたどり着いたとき、ジュンペイは自分の浅はかさを知ることになる。


急ブレーキをかけた馬が土煙を上げながら止まる。


コズエの馬もジュンペイの馬に並びかけるようにその足を止めた。


「…嘘だろ…」


ジュンペイの頭の中にあったのは粗末な門に数少ない兵士という小さな検問の図。


ところが、目の前には二十人はいようかという武装した兵士。


道を塞ぐように真っ直ぐに並び、弓を構える十人ほどの兵士。


さらにその後ろには槍や剣を持った兵士。


そしてさらに絶望するべきことは…


「うむ、おぬしの後ろにおるのはフェイスタ王女に違いないな」


ジュンペイたちが来た方角から現れ、ジュンペイたちを追い越すような形で彼らの目の前に止まった騎馬兵、二人。







…集落にいた兵士達に、ジュンペイたちの情報が伝わり、先回りされていたのだ。







ジュンペイは自分の愚かさを呪った。


泣けそうなくらいの恐怖が身体を震わせる。


まさに今、自分は死の目前に身を置いていると思うと、不思議なほどに時間の流れが遅く感じた。


ゆっくりとスローモーションのように、それでも“終わり”に向けて確実に進んでいく時間の中、ジュンペイの頭には後悔しか浮かばなかった。








コズエの声に耳を傾けていたなら…



もっと自分自身が考えをめぐらせていたなら…




もっと冷静でいられたら…











――王女を奪うなど、無謀なことをしなければ…




















――――王女が苦しんでるなんて事実、知らなければ…




















































――――――王女に……、ツカサになんて、出会わなければ――――――

































時が一斉に動き出す。


死を覚悟した瞬間だった。













しかし、目を開けたジュンペイの視界に飛び込んできたのは思いもよらぬ光景だった。












―――敵の兵士が、全滅してる…












検問の前、兵士の持っていた武器はことごとく粉砕され、使い物にならなくなっていた。


兵士はそれぞれ道の脇の木の根元や門の柱の下など、バラバラな場所に吹き飛ばされたように倒れ、騎馬兵の兵士と馬は乗り手が誰か分からないほど離れた別々の場所に倒れていた。


信じがたいその光景にジュンペイは絶句した。


彼の後ろに乗るツカサも言葉を失い、ジュンペイの身体にきつく回していた腕がだらりと垂れ下がった。





ジュンペイ、ツカサ、二人が乗る馬、コズエが乗っていた馬。


ジュンペイたちの周りだけ、何も無かったようにそのままである状況の中、







コズエが一人、地面に両手を突いて息を荒げていた。













つづく…


[No.1533] 2009/10/21(Wed) 03:12:38
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〜第一章 “石の国フェイスタ”編〜第五話 (No.1533への返信 / 5階層) - つね

自己の理解を超えた力にふさわしい形容をすることは難しい。


出会ったことのない力には、どう対応してよいか、人は戸惑う。


そしてそれがこの上ない破壊の予感を伴うものであれば、人はそこに恐怖を感じるだろう・・・。







第一章〜第五話『呪い』



関所を越した後の道は驚くほどにすんなりとしていた。


追っ手の姿も、監視の気配も感じられない。


行きがけとなんら変わりのないのどかな道中である。


しかしそんな景色が目に入らないほどに、ジュンペイの頭は混乱していた。


それは背中にもたれ掛かる少女の存在を忘れてしまうほどに。


対して思いの外冷静であったのはコズエ。


その表情に微かな悲壮感を帯びながらも、うまく進路を変え、自国の城の裏手に回ることに成功した。


何故裏手に回る必要があったのか…


その答えはジュンペイの背中にある。


今は安らかに寝息を立てる少女を皆が目にすれば、騒ぎが起きることくらい予測できていた。


しかしそれも時間の問題。


彼らの行動は時間稼ぎにしか過ぎないのかもしれない。













ちょうど城門の真逆の辺りでコズエは馬の足を止めた。



そして石造りの城壁に手を当て、何かに祈るように目をつむった。


その瞬間、分厚い石の壁の一部がスパッと切れ、そこを押すと人一人分通れる空間ができた。


それを見て、またジュンペイは自らの目を疑う。


しかし先程と大きく違うのは、彼女の“力”をその目で確かに見たということだった。


この力が敵兵を全滅させたことは間違いない。


そう思うと鼓動が高鳴る。


ともすれば味方である自分すら…


「コズエ…君は一体…」


「…ジュンペイさん、あなたには後ほど話します。今は早く王女を」


静かに語る声には有無を言わせぬ説得力があった。


ジュンペイは馬から下り王女を抱きかかえると、素早く抜け穴をくぐった。



















ジュンペイの目的地は決まっていた。


ひとまずは親しい友人の家に匿ってもらうしかない。


真っ先にアヤとヒロシの顔が浮かぶ。


ならば、どちらの家に連れていくか。その答えも考えるまでもなく決まっていた。


迅速に事を運ばねば、見つかってしまう。







木で立てた粗末な小屋、その後ろでその名前を呼ぶ。


「…ヒロシ、ヒロシ」


呼び掛けて間もなく、家の主が姿を表す。


「ジュンペイ、帰ったのなら普通に入ってこい」


めんどくさそうにそう言う。


しかしすぐにその声色は変わった。


「で、何があった」


相変わらず勘が鋭くて助かる。


「何があったかはこれを見てくれ」


ジュンペイが示した先、そこにヒロシは歩み寄る。


「……バカやろう。度が過ぎてる…」


声は冷静なまま、そう吐き捨てた。














なんだかんだ言いながら結局ヒロシは王女をかくまってくれた。


あの家はヒロシ一人の住まいだし、ちょうどいい。


あとは素直に城門をくぐるだけ。


それも事無きを得て、初めての旅は終わった。


迎えてくれたアヤを見てから初めて、彼女のくれた首飾りの事を思い出した。


アヤに対する申し訳なさと同時に王女のことにあまりに夢中になっていたことに気づいた。


日が西に傾く夕暮れの事だった。




















その夜、ジュンペイは城内の一室にいた。


王への接見を済ませたあと、コズエから話があると言われ城内に残ったのだ。


暗がりに火が点された部屋の中、ジュンペイはなんとも落ち着かない気持ちで床に視線を落とした。


揺らぐ気持ちの一つはただ単純に不慣れな場での動揺。


もう一つは王女の心配…ヒロシはうまくやってくれているだろうか。


そしてもう一つ、最も大きなものが王への…この国への後ろめたさであった。


今、冷静になって考えてみると、自分はともすれば戦争への引き金に指をかけているのではないか。


それともすでに手遅れか…。


どちらにせよ…


そこまで考えた時、扉が開く音に目を覚まされた。


振り返った先には、黒いローブを羽織った少女。


少女と判別が付くのは、無論、彼女の正体を見たからなのだが。


「…お待たせしました」


そう言うと彼女は座っているジュンペイを通り越し、部屋の奥で彼に背を向けた。


「ジュンペイさん」


厳かな雰囲気にかしこまってしまう。


「ジュンペイさんには話すと言いましたよね?」


「…うん、確かに」


「今から私が話すこと、それはジュンペイさんの今後に大いに影響を与えることだと思います」


「知っておいてほしいのです。こうなってしまったからには…」


語られる…コズエの口から。


「今日見たもの、あれが私の力です」


“力”と聞いてドキッとする。


おそらくこの話であろうと予測はついていたにもかかわらず、だ。


今もまだ五感に焼き付いて離れない、コズエの未知なる力…


「私は特別な力を与えられた者です。忌まわしき呪いの力を」


「…呪い?」




「…はい、呪いです」


そう言うとコズエは少しの間黙った。


何かを言い出そうとしてためらっているように感じた。


そして、しばらくたってから、意を決したようにジュンペイの方に振り向きローブのフードを取った。


「…ジュンペイさんには…私が…その…普通の女の子に…見えるでしょうか?」


…ドキッとした…


コズエが女の子であることは分かっていた。


しかし、今こうして、まじまじと見ると、それはもう、本当に女の子なのだ。


幼さの残るかわいらしい顔立ち、赤く染まった頬に、遠慮するような表情。


どこからどうみても…


「…女の子だ…普通の女の子…ただ…素直にかわいいと思う…」


口をついて言葉が出ていた。


「…そうですか…」


そう言うとくるりと身を返し、また背を向けた。


「かわいい…と言われたのは初めてかもしれません。少し恥ずかしいです…」


「…でも…」


そう切り出して一呼吸。


「私を知る大半の人は私を普通の女の子としては扱いません…」


彼女は今どんな表情でその言葉を発しているのか。


言葉の中にはそれを言い慣れたかのような落ち着きがあった。


「…ジュンペイさん」


「な、何?」


「…少し…嬉しいです…ですが、私への認識がそのままだと困るので…恥ずかしいんですが…」


そう言うと、コズエは羽織ったローブをすとんと腰まで下ろした。


「…えっ?」


…ローブの下は素肌だった。


…そして、その背には痛々しい大きな十字の傷痕。


何も言葉が出てこなかった。


「これが呪いです」


さっとローブを羽織り直すと、コズエはそう言った。


そしてフードを被り、また全身を黒いローブに包む。


「私は風の力を与えられました」


「たとえば…」


そう切り出すと、右腕を掲げ、軽く空気を払ってみせた。


ジュンペイの頬にも風のささやきが感じられた。


そしてコズエが軽く手首のスナップを聞かせた瞬間、


…フッ


「…え?…」


燭台の火が消えた。


暗闇の中、不安が迫る。


「燭台の火を消す程度の風を吹かすこともできれば…」


コズエがそう言った瞬間、さらに風が強くなり、そして一瞬止まる…


そして…


ドンッ!


爆発音のような音が耳をつんざく。


後にはパラパラと何かが崩れる音。


「力を集めれば強固なものでも破壊できます」


ジュンペイは言いようのない恐怖を覚えていた。


昼間、敵兵を全滅させた力は間違いなくこれだと、その確信とともに。


静かに火が点り、コズエの姿が見える。


それはまぎれもなく、火が消える前に照れくさそうに語っていた少女の姿。


しかし、先ほどまでとは何かが違う。


変わりのない姿なのにそう感じるのは他でもないジュンペイ自身の心の変化の所為だった。


コズエはジュンペイの目の前まで来て、フードの端を少し上げてみせた。


その奥、はっきりとは見えないが、「普通の女の子」の素顔がのぞく。


「手荒い真似をしてしまってごめんなさい。でも…分かったでしょう」


「私は化け物です」


「人とは違う、化け物なんです」


言葉を続けるコズエとは対照的に、ジュンペイは金縛りにあったように何も言えなくなっていた。


「ジュンペイさんは…優しいですので…私に気づかいはしないだろうかと、心配だったんです」


「短い旅でしたが、そう感じたんです」


「私の力のすべては分からなくとも…それは私もわかりませんから」


「でも、“普通の女の子”…じゃないということは、伝えられたような…そんな気がします」


顔を伏せてそう言った。


「残念ながら…この国が求めているのは、“化け物”のほうの私なんです。それはたぶんどこの国に行っても」


「心配しないでくださいね。…私は慣れていますから」


そう告げると扉に向かって歩き出す。


ジュンペイはただ俯き、振り返ることもしない。


そして、コズエは扉を開ける前に一つ、付け加えた。


「あ、ひとつ言い忘れました…王女の件ですが、早めに国王に告げたほうが良いです」


“王女”という言葉にジュンペイはようやく振り返ってコズエを見た。


しかし、ジュンペイにはコズエの発言の意図するところがわからない。


「…え…それは…どういう…」


「戦(いくさ)が起きます。大きな戦です」


その言葉が混乱するジュンペイの思考にさらに追い打ちをかけ、彼の頭は真っ白になる。


「ジュンペイさんに責任はありません。いずれこうなることでしたから」


「軍備を充実させられて不意打ちをされるよりはよっぽどいいです」


「…それでは」


バタンと扉が閉まると、後に残るのは静寂のみ。


歴史の大きなうねりに飲み込まれ始めた一人の少年。


彼は長い間、ぼうっと部屋の壁を見続けた。



――そして





―――その壁の一部は、貫通寸前まで崩れていた。





つづく…


[No.1602] 2011/05/15(Sun) 14:10:54
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〜第一章 “石の国フェイスタ”編〜第六話 (No.1602への返信 / 6階層) - つね

一度転がり出した石は止まらない…



やがて、ちっぽけな拳大ほどのそれは、下り坂の先にある、堅固な壁にぶつかり砕け散るだろう…



されど、転がる中で他の石とぶつかり合い、混ざり合い、



そうして大きな岩となっていったならば、



分厚い壁をも打ち破ることもあるのかもしれない。








第一章〜第六話『救い』







…ああ、あったかい…




…懐かしい匂い…




…この感じはお母さんの匂いだ…




…お母さん、隣にいてくれてる…




…お父さんも一緒…




…優しい匂い…




…藁葺きの屋根、すきま風の入る板張りの壁…



…お金持ちじゃないけど、これで十分だった…




…隣にいつもお父さんとお母さんがいてくれたから…




…でも…





…トントンッ…





…戸が叩かれる音…





…あっ、ダメッ。お父さん、出ちゃダメ!…




…“そいつら”悪いやつらだから!…





…ダメッ!!!…





…必死で叫ぶけど、お父さんには聞こえない…





…いつもの優しい顔で戸に向かって歩いていく…





…お母さんも私の隣で微笑んでる…





…お父さんが戸に手をかける…





…あ…ダメ…終わっちゃう…三人のくらしが…





…ガチャ…





…静かに戸が開く音…





…ダメッ!!!…





……














―――目が覚めるとあたしは見知らぬ場所にいた。


藁葺きの屋根、粗末な布団。


何かいい匂いもする。


―――ああ、そうか。確かあたしはフェイスタを抜け出して…


「お、目が覚めたか」


―――そう、一人の男の子に連れられて…


―――でも…


なんだか声が違う気がする。


違和感に顔を動かし、声の主を探す。


「やあ」


「きゃあっ!」


知らない男の子が目の前に。


反射的に立ち上がり、逃げ道を探す。


「ちょ、待てよ!ほら!」


その声にもう一度少年を見ると、彼が自分の敵ではないことが分かった。


彼の両手は彼女のための料理でふさがっていたのだ。


「腹減ってるだろ。食べていいよ」


少年は彼女が動きを止めたことを確認すると、安心したように彼女が寝ていた場所の近くに皿を置いた。


最低限の警戒は保ったまま、彼女は先程までいた場所へと戻ると、訝しげに皿を見つめた。


「毒なんか入ってないよ。まだ信用できない?」


こちらの思考を見透かした言葉にはっとする。


自分をここまで連れて来てくれた少年と同じくらいの歳、体つき。


しかし、その表情は目を覆い隠すほどの前髪で読み取れない。


どことなく怪しい雰囲気…


「あー、ダメだな。ジュンペイのやつのことは信頼してそうだったのに」


髪をくしゃくしゃと掻きながら独り言のようにつぶやく。


「だったらさ、これ見てよ」


そう言って少年が胸元から取り出したのは首飾りだった。


あの少年…「ジュンペイくん」が付けている物と同じ物だった。


「ジュンペイが出発した後でアヤにせがんだんだが、どうも石の大きさも透明度も違う。まあうまくはいかないねぇ」


そう言った通り、首飾りの先端にある石はジュンペイが付けているものよりずいぶん小さく、多少の濁りを含むものだった。


そうやって一通り石を観察した後、ようやく言葉が出た。


「あなた…ジュンペイくんの友達なの?」


少年はニコリと微笑み、答える。


「ああ、そうだ。俺はあいつの親友、ヒロシって言うんだ。よろしくね、ツカサちゃん」


「…なんであたしの名前を?」


「そりゃあその服装見りゃあ誰だか分かるさ。フェイスタ国の姫様」


そう言われて、彼女はようやく自分の格好を思い出す。


これは…よくもまあこんな無茶をしたものだ…


そしてそれと同時に浮かび上がるのは一つの懸念…


―――いや、懸念というよりは予感か…


―――はたして私は生きていられるだろうか…


―――あの忌ま忌ましい男のことだ。私は生かしても、間違いなく…


「そんな青ざめてないで、とりあえず食べろよ。口に合うかは分からないけどさ」


聞こえた声にはっと我に還る。


―――今は、少なくとも今は、私はこの少年に救われていた。











「…ごちそうさまでした」


長旅のための空腹であろう。ツカサはヒロシの用意した食事を一口も残さず食べた。


「驚いた。こんな粗末な食事は口に合わないと思ってたんだけど…」


「ううん、おいしかった。ありがとう。あたしは元々王家の者じゃないから」


つい口をついて出た言葉はすでに彼女が安心を得ていることの証拠だった。


しかし予想外だったのは…


「うーん、なるほど。興味深い。略奪によって得た王女だというのもまんざら嘘でも無さそうだ」


ヒロシの言葉がツカサの身体を強張らせた。


「ちょっと君…!」


「ああ、すまない。少し配慮が足りなかった」


会ったばかりの男にそんなことを言われてはさすがに怒りが込み上げてくる。


「…!」


それでも言い返せないのは…


「嫌なことを思い出させたのならすまなかった。でも、それはたぶん事実とはあまり変わりないだろ?」


…そう。だから言い返せない。


何より、目の前の、ただの村人に見える少年がそんなことを言っている事実が信じられなかった。


ここはフェイスタから遠く離れた土地であるはずなのに。


そんなことにはかまわず少年は続ける。


「たぶん君も感じてると思うから遠慮なく言わせてもらうけど…」


「戦争になる…だろ?」


「…」


ツカサは黙って俯いた。


認めたくないが、彼の言うことは的を得ている。


「辛気臭い話はここまでだ。とりあえず気楽にいこうぜ。そろそろアヤが君の着る服を持ってくる。あ、それと…」


「さっき話したのはあくまで趣味の領域で調べたこと。国の人は俺の話には耳を傾けやしない。適当なことを言ってごめんな」


ヒロシは立ち上がって伸びをしながら微笑んだ。


あれだけ鋭い思考を展開したかと思えば、もうすでにそれは“適当”だった、と言う。


この男が掴めない。


そしてもうひとつ、ツカサには気になることがあった。


「ねぇ、さっきから言ってるアヤって?」


ツカサの言葉にヒロシの表情が崩れる。


「おっ、おもしろい反応だな。俺らの幼なじみだよ。大丈夫、ジュンペイと付き合ってる訳じゃないから」


「なっ…!そんなこと…!」


ツカサの顔は一気に赤く染まる。


「あ、あともう一つ」


「な、何?」


「寝顔、いただき」


そう言ったヒロシが手に持っていたのはツカサの寝顔が描かれた絵。


「なっ…バカッ!何してんだよ!」


「俺の趣味なんだ。かわいい女の子の絵描くの」


「エッチ!変態!」


「やははは、何とでもどーぞ」





―――前言撤回―――





―――やっぱりこの人は怪しげで能天気な少年だ。






気づけば夕焼けは深い藍色に変わっていた。





そして、







―――こんな風に、感情を剥き出しにしたのは久しぶりだった…







―――私は救われていた…







―――この瞬間だけは、私の選択が間違いではなかったと主張してくれている気がした。








―――気がつけば、涙が頬を伝っていた。


[No.1603] 2011/05/26(Thu) 23:46:25
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〜第一章 “石の国フェイスタ”編〜第七話 (No.1603への返信 / 7階層) - つね

上空から見ても立派な物である。


今日も広大な大地にそびえ立つ、“巨人”


堂々とした様子とは裏腹に、その内部は今、動揺に満ちていた。






「国王、城下の民衆の騒ぎが収まりませぬ」


「“騒ぎ”?わしには支えを失いうろたえる様子…騒ぎとは程遠くか弱いものに見えるが?」


慌ただしい兵士の口調とは対照的に支配者はいたって冷静だった。


「はっ、その通りでございます。しかし、一人として落ち着かず、収拾がつきませぬ」


「ふむ…まあ案ずることはあるまい。姫一人の不在により揺らぐような脆弱な国に育てた覚えはない。…しかし」


一息つき、堂々たる支配者は続ける。


「わしが出よう。放っておく訳にはいくまい」


そして長いマントを翻し、歩きはじめた。


「あ…、はっ!ありがとうございます!」


兵士は安堵の表情を見せた。


それで終わると思われたやりとりだが、安堵の所為か、兵士はさらに言葉を継いだ。


「王…、して、サンウェアですが…」


扉に手をかけた王は振り返り、威厳に溢れたその目を兵士に向けた。


「焦るでない。簡単に攻め落とせる相手ではない。…“化け物”相手に無駄な犠牲も払えぬからな」


「…しかし、牽制くらいはしておいてもよいか…」


そうつぶやき、フェイスタ国王は城下町へ足を向けた。











第一章〜第七話「仲間」














すっかり暗くなった風景。


日没からはずいぶんと時間が経っていた。


ジュンペイは城を出るとあてもなく暗闇をさまよった。


…混乱…


一端の村人である彼にはこうなることは無理もなかった。


整理の出来ない思考、考えを巡らす度に行き着く自己嫌悪。


気づけばヒロシの家の前にいた。


―――俺は、自分の過ちを許してもらいたいのだろうか。


浅はかな自分が情けなく、それでもその扉を叩かずにはいられなかった。


そして扉に近づいた瞬間…





バキィッ!






ジュンペイの顔を勢いよく吹っ飛んだ扉が捉えていた。










…遠のく意識の中…


「バカッ!えっち!いい加減にしてよね!」


―――この声は―――


自らの身体にのしかかっている扉を払いのけて、その姿を見ようとする…


が、扉が重くて払いのけることができない。


―――なんでだ……ああ、ヒロシの家も来る戦争に備えてより強固なものになって…









―――そんなわけねぇだろ!


と、叫ぼうにも押しつぶされて声が出ない。




―――ヒロシ、はやくそこを…どけ…




―――はやく…そこを…



「あっ…、ジュンペイッ!」



薄れていく意識の中聞こえる優しい声…



―――ああ、アヤ、すまない…俺はもう…だめ…だ…せめて最後に君を…







………




……………


























……………





………




……






「ようっ」


……


「気が付くと、そこにはこの世で一番憎い奴の顔があった」


「バカ野郎。冗談が過ぎるぞ、ジュンペイ君」


わざとらしくニヤニヤと笑いながら喋るヒロシ。


「ジュンペイ…大丈夫…?ごめんね、早く気付いてあげられればよかったのに…」


声のしたほうに顔を向けるとそこには天使の笑顔。


「アヤちゃんは悪くない。悪いのはそこの変態男。着替え見るなんて信じらんない」


そっぽを向いたままツカサが言う。


その姿はサンウェアまでの道中、ジュンペイが見ていたものとは大きく異なっていた。


「あ…、その服、よく似合ってるよ」


「ホント?」


「うん、ホントに。いい感じだよ」


「そっか。実はあたしも結構気に入ってるんだ。サイズもぴったりだし、なんだか自由な感じ」


―――自由な感じ、か。


かわいらしく微笑む姿がまぶしいほどだ。


「この服は…、アヤ、用意してくれたのか」


「うん、ちょうど出来合いの服があって持ってきたんだけど、結局私が普段着てる服になっちゃった」


そう言って照れくさそうに微笑む。


「だってアヤちゃんが最初に持って来たの、あれってどこかの貴族が着るようなものだったじゃん。あたしはもうこの国の村人になるんだから」


「ごめんなさい…。ヒロシから王女様だって聞いたからつい…」


「まあそうなんだが、結果的にツカサちゃんの言ってることは正しいな。身を隠すためにはあの服じゃ不自然すぎる」


横槍を入れたヒロシの視線の先には上等な仕立てのドレスが転がっていた。


「うう…」


追い打ちをかけられたよう、顔を真っ赤にしてうつむいてしまうアヤ。


こんな姿もアヤらしくていい。


「アヤ、ありがとうな」


ジュンペイのその一言でようやく、アヤは安心したように表情を崩した。


「あと、これ見てよ。ジュンペイくん!」


ツカサはそう言うと嬉しそうに首飾りを持ち上げた。


その先端部分には…


「それって…」


「うん、アヤちゃんに作ってもらったんだ。これであたしも三人の仲間だよね?」


ご機嫌に微笑むツカサ。


思わず、ジュンペイはアヤを見る。


「あまりいいものではないけど、ほら、私も。これから、いろんなことを乗り切っていかなきゃならないでしょ」


「ジュンペイとヒロシと…えっと…王じ…じゃなくて…ツカサさん、そして私。みんな一緒ならきっと大丈夫だよね」


ヒロシを見ると、彼もまた首飾りを持ち上げ、笑っていた。









四人の手には同じ首飾り。





形も色も少しずつ違った「太陽のかけら」を身に着けて。





お互いのかけらを見せ合いながら微笑む、狭い家の中。





そのつながりが、本当に優しく心強いものだと、そう思えた。


[No.1604] 2011/06/14(Tue) 01:52:54
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