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   記憶鮮明2 過去編 『 蒼 天 』 - たゆ - 2004/11/08(Mon) 21:12:22 [No.607]
Re: 記憶鮮明 2 - takaci - 2004/11/09(Tue) 22:39:44 [No.616]
Re: 記憶鮮明 2 - たゆ - 2004/11/10(Wed) 20:06:33 [No.618]
記憶鮮明2 過去編  『voice』 前書き - たゆ - 2005/05/03(Tue) 20:26:17 [No.1106]
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記憶鮮明2 過去編  『voice』 05 - たゆ - 2007/03/29(Thu) 19:42:07 [No.1347]
記憶鮮明3 現在編 あるエピソード/この世の果て - たゆ - 2007/03/29(Thu) 19:47:20 [No.1348]
記憶鮮明3 現在編 あるエピソード/境界 - たゆ - 2007/03/29(Thu) 19:50:29 [No.1349]
記憶鮮明3 記憶不鮮明にて無題 - たゆ - 2007/03/29(Thu) 20:25:31 [No.1350]
記憶鮮明3 記憶不鮮明編 風の空道《カゼノソラミチ》 - たゆ - 2007/06/18(Mon) 04:33:16 [No.1353]
記憶鮮明3 記憶不鮮明編 風の空道《カゼノソラミチ》 - たゆ - 2007/07/10(Tue) 17:18:26 [No.1355]
Re: 記憶鮮明3 記憶不鮮明編 風の空道《カゼノソラミチ》 - たゆ - 2007/11/07(Wed) 16:00:30 [No.1394]



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記憶鮮明2 過去編 『 蒼 天 』 (親記事) - たゆ

一応私も新作・・・
もうスレッド式掲示板で既出なんですが、感想が欲しくてここにアドレス置きます。

SS(ショートストーリー)は突然にスレにて
1に至るまでの過去のお話

-- 記憶鮮明 キオクセンメイ 2--

 『 蒼 天 』

http://ran.s71.xrea.com/test/read.cgi/mahoroba/1096036689/48-57

時は遡り思い出を綴る
記憶は既に不鮮明

その1は保管庫に置いてあります。
以下本文




ここから先は読まなくても良い

今は忘却の中に沈む射干玉(ぬばたま)の記憶

触れ得ぬことの出来ない既に不帰の世界

思い出せぬままに失う前の夢のあとさきよ

輝きは永久に

想いは海よりも空よりも深く蒼く沈降する


-- 記憶鮮明 キオクセンメイ--

 『 蒼 天 』

みぞれ混じる小雨の中、肩を寄せ合い男女がグラウンドを抜け正門を出てく。
抱き寄せた肩が男の胸の辺りに来ている。
一つの傘にすっぽりと収まり一つに解け合った影が歩いていく。
俺は灯油の切れたストーブの所為で、急速に冷えていく部室からぼんやりそれを眺めていた。
見詰めていた先の影の名は・・・東城綾・・・そして男は天地。
彼女は一人じゃない・・・安堵に似た溜息をついて部室を後にした。

模試の結果から早いうちにこうなると気付いていた。
いいや、もっと早くこうしなきゃいけなかったんだ・・・同じ大学にはいけないんだと・・・。
彼女の狙う大学は二つ。
俺と同じ私立青都大学芸術学部映像科
そして国立・・・東大・・・天地も狙っている大学・・・。
どちらが滑り止めか一目瞭然、才色兼備とはまさに彼女のことだ。
そして俺の気持ちも、傾きつつあったのだから・・・。

誰も居ない冬休み間近の下駄箱を後にする。
冬の寒風が防寒なんぞしてない俺の身体からごっそり体温を奪っていく。
「・・・さみぃ・・・傘もないなあ・・・しょうがないか・・・」
そんな時はいつも彼女が傘を貸してくれていた、もう甘えるわけにはいかない。
鞄を頭に、みぞれ雨の中を走り出した。


俺は一つの場所を目指していた。
パステリー鶴屋・・・もちろんただ一人の美少女に逢う為に・・・。
数日後、終業式を向え冬休みになる。
受験生にとって最後の追い込みのシーズン、疎かに出来ない時間なんだけど顔を見たくて堪らなくなったから・・・。

・・・カランカラン・・・カラン・・・

扉を開けるとクリスマス商戦も一段落した店内に入る。
ここからじゃパティシエ見習いの西野の姿は見えない、覗き込もうとするとここの御大、店長が出てきた。

「あら、あんたまた来たのかい、
 つかさちゃんは忙しいんだ、後にしておくれよ」

「あっ、待たせてもらいます・・・」

「ケーキは何にするのかい、
つかさちゃんの作ったケーキはうちの孫が作ったものと引けをとらないよ」

「どれですかそのケーキは?」

ショーケースを覗き込むと色とりどりの作品と呼ぶに相応しい品が並んでいる。

「じゃあ、二、三個選んでおくよ、まだ当分終業まで時間もあるんだ、
紅茶飲んでくつろいでおくれ」

「・・・あ、はい・・・」

レジ横にある雑誌を適当に取ると、厨房が良く見える席を陣取りのんびりと構えた。
時折プラチナブロンドの髪が隙間から見える・・・そこにいるんだと安堵して雑誌に目を落とした。


「おまたせ!淳平くん!!」

「・・・に、西野、お、お疲れさま・・・」

私服の美少女がエメラルドグリーンの瞳を輝かせてにっこりと笑っている。
小首をかしげカックンとスマイル、俺だけに向けられた笑みに俺は・・・。
・・・首にはクリーム色のマフラー、薄茶のジャケットに濃い紺色のコーディロイ生地のズボン・・・
冬の装いなのに身体のラインは手に取るようにわかる。
・・・男なら確かめずにはいられない上向きのヒップラインは、ぴっちりとズボンからその弾力の良さをあらわして・・・

(・・・か、かわいい・・・むちゃくちゃかわいい〜〜・・・それに段々と色気が出てきたような〜・・・)

「淳平くんどうしたの? いつもぼーっとしてるんだから・・・
暗いし寒くなったね・・・どっか寄ってお茶する?」

「あっああ、そうだなあ・・・少し歩いていく?」

「うん!行こう!!」

可愛すぎて見惚れてしまうのを、いつもの様に西野は気付かない。
自分の可愛さに気付かないところも西野らしい。
連れ立って歩く隣合う肩が暖かい。
お互いの間にある手はいつも触れるくらい側にあるのに・・・握ることの勇気のない俺の所為でいつも冷たそうだ。
ポケットから出した手が空を切る・・・西野も手袋さえしていない真冬の夜に出したまま・・・。
でも今夜は・・・少し違う自分を信じよう。

「ファミレス寄るよね、こっちこっち♪」

「うん、あ、あのさ・・・今日は俺のおごりで何でもいいから注文して・・・」

「本当!でも大丈夫?バイトしてないし受験生におごらせても悪いかなあなんて」

「だ、大丈夫!おこずかいちゃんと残してあるからさ」

「じゃあ給料日にお返しするね♪」

年末の賑わいで活気付く街・・・。
通り過ぎて行く人達にはカップルに見えるだろう。
誰に見られても・・・もう・・・。


(・・・臆することなく堂々と街を歩ける・・・)

(・・・その事を告げに来たんだ・・・)

(・・・何も別れ話を持ち出すわけじゃない・・・)

(・・・でも・・・)

(・・・西野が拒絶したら?・・・)

真冬の街頭で背中に冷たい汗が落ちる。

(・・・ここで振られても独りになるだけさ・・・独りに・・・)

一度振られた哀しさが必要以上に自分を臆病にさせる。

(・・・それに・・・もし受け入れられても・・・来年の春には・・・)

東城の泣き顔が浮かぶ、泣きはしなかったけどさつきとこずえちゃん・・・とっても寂しそうな顔だった。

(ここにきて自分は何をためらってるんだろう。)

(自分の保身に躍起になって・・・人を傷つけてる・・・。)

(女の子の初恋は特別なものなのに、男でもそうだけどさ・・・)

「どうしたの、顔が真っ青だよ?具合が悪いならまた今度にしようか?」

「わぁっ、に、西野・・・そうじゃないんだ気にしないで・・・ほらついたよ・・・」

「本当? 無理しないでね」

「ああ、無理してない、店に入ろうか」

(西野の笑顔が見たい・・・今はそれだけ考えよう・・・)

怪訝な顔をしたままの西野と一緒にファミレスに入った。

ドリンクバーの飲み放題と軽食を注文した。
西野はサンドイッチ、俺も同じものを頼んだ。
実際は喉に何も通らないほど緊張してるんだけど・・・体裁程度に同じものだ。

注文した後、早速西野は俺の飲み物を持ってきてくれる。

「淳平くんは何がいい?コーヒーそれともポタージュ」

「えっと、西野と同じで良いよ」

「わかった、私ブラックコーヒーだから淳平くんにはミルクとシロップ付けるね」

「あ、ありがとう」

(やさしく気遣う西野・・・かわいい、しかし、緊張で手の平が汗でベトベト・・・冬だってのに・・・)

西野が戻ってきた。ウエイトレスよろしく飲み物を置くと対面の席に座る。
いつもと変らない、いや、むしろよろこんでくれてるだろう、その顔はバイト後の疲れがまったく見えない。
サンドイッチをはさんで会話が弾む。

「最近来てくれるよね、勉強はかどってる?模試の結果悪いって言ってたけど・・・」

「ああ、それは針路変更したからさ、とは言っても希望大学も受けるよ、滑り止めもばっちり」

「そうかあ、うーん・・・あんなに行きたいって行ってたのに・・・淳平くんなら大丈夫絶対何とかなるって!!」

「ああ、サンキュー」

「クラスの皆も三学期中は余り逢えないなあ、西野のところもそう?」

「うん、私のところも一応進学校だからね」

卒業まで逢わない友人も多い、そして春には別々の道へ・・・外村は多分、いや間違いなく東城と同じキャンパスにいるだろう。
進学の話になると必然的にお互いの知り合いの話になる。
話さなければならない話に少し近づいた。

「さつきは就職に親が反対して短大か美容学校受けるってさ、本人はすぐ働ける技術が欲しいって」

「あー、それわかるなあ、早く大人になりたいって言うか、自立したいんだよ」

西野はもう十分に自立している。
バイトと言うより社会人並に仕事をこなしているんだから、同級生と比べればどんなにしっかりしてるか良くわかる。

「ところで・・・東城さんは? 受けるの同じ大学だよね・・・」

「ん、ああ・・・そうだったと言うか・・・一応受けるんだろうけどあくまで滑り止めだろうな・・・
東城にはっきり言ったんだ・・・同じ道は歩けないって・・・
もしかして俺が落ちるかもしれない、いいや現実はもっと酷くて受かるかもしれない程度・・・
そんな大学受けたってダメだって言った・・・」

西野は目を丸くして驚きの顔で聞いている、当たり前か、これは過去を清算しているのと同じだもんな。
俺は知らず知らずにひざ上の手を痛いほど握りしめていた。

「・・・」

「待つって言ってくれたんだけど、待たれても無理だって言った、留年許すほど家は余裕ないからって・・・言った」

「・・・淳平くんそれでいいの?一緒に行きたかったんだよね、今から努力すればまだ間に合うんじゃない」

「・・・なんといっても俺の学力が低すぎる・・・
・・・それに・・・俺は・・・決めたんだ・・・これ以上彼女の夢の妨げにならないようにって・・・
小説はどこでも書けるかもしれない、でもそこでしか出来ない事もある・・・もっと高みを狙えるんだ・・・」

「じゃあ・・・東城さん・・・」

「うん、泣いてたよ・・・でも彼女は一人にはならないよ・・・支えてくれる人がいる
もっと早くに言うべきだったんだ・・・こんな時期に言うなんて非常識だよな・・・ははは」

すっかり冷めてしまったコーヒーにミルクとシロップを入れてぐっと飲み干した。
余計に喉が渇く、暖房の効きすぎなのか頭が熱い・・・間が持たない・・・。

無言のまま食べ終えると店を出た。
結局一口申し訳程度に摘んで残してしまった。
店を出ると曇っていた空は晴れて、冬の透き通った闇が天に広がっている。

「・・・ごちそうさま・・・」

「・・・うん・・・」

控えめな声が西野の心情を表していて戸惑う。

(西野に笑顔を与えたいのに)

(そして、更に先を行こうとする西野を応援したいのに)

(なぜ俺は祝福できない・・・何を恐れて身体が震える?)

(やっぱり拒絶されるのが怖いんだ・・・西野に拒絶されたら俺は・・・
・・・二度振られるってことだよな・・・それだけなんだ・・・
・・・今までの事を思えば仕方ない・・・別れてから・・・積み重ねてきたものがなくなるだけだ)

(それが怖い・・・それが一番・・・でもそれは・・・西野も?)

見慣れた道を黙々と歩く。
歩調は少し右後の西野に合わせて歩く。
こんな風に歩いていても恋人同士に見えるんだろうか、ポケットから出したままの手は心の底では期待して・・・ぶらぶら空を切る。
西野の手は春の爽やかな日差しの中でも冷たかった、冬なら殊更冷たいはずだ。

(じゃあ俺はなぜ、気付いてるくせに温めてやらないんだ、それが出来ないんだ)

(・・・なぜ・・・なぜ・・・俺は・・・)

思考は繰り返し沈黙を重くする。
あの角をまわれば近道の公園だ、抜ければ家路に着く。
ほんのわずかな時間が残されているだけになった。
公園前で、すっと西野が前に出た、
首をかしげてにっこり笑う・・・それでもなにか寂しそうで・・・光る唇が震えてるように見えた。

「淳平くんここまででいいよ・・・冬だもん痴漢も出ないし走って帰れば問題ないよ」

「・・・あ・・・に、西野・・・公園最後まで送らせてよ・・・いつもそこまでしてるし・・・」

「・・・ん・・・わかった・・・」

(わー、ごめんっ西野!黙っててさ気まずいよな〜どうにかしなきゃ・・・)

動揺する俺を知っているのか知らないのか西野は外灯がこうこうと照るベンチに腰掛けた。

「ここ座ろうよ、・・・まだ話したいこともあるしさ・・・ね・・・」

「・・・うん」

「・・・」

「・・・」

年の暮れの公園、距離を置いたカップルが肩を丸めるように座っている。
この距離は二人の距離。
この寒さは二人の感じている寒さ。
光だけがやけに眩しく美少女の白金の金髪を際立たせていた。

「あっ、あのさ、うちの親って留学が本決まりになったとたん、向こうの遠い親戚に挨拶に行くって、
お父さん張り切っちゃってさ、お土産山ほど買って一部屋潰して準備してるんだよ」

「・・・へぇ、そうなんだ・・・」

いきなりの留学関係の話に驚く、西野は・・・西野の心は日本に・・・俺に・・・ないんだろうか。

「留学先のパリ市内のアパートと親戚の家に行くの、かなり田舎で長距離だからいつもレンタカー借りて行くんだよ」

「ふーん、遠いんだね、いつ行くの」

「正月休みを利用して家族で行くよ、お母さんの遠い遠い親戚で去年も遊びに行ったところ、
すごーく田舎なんだよ、ブドウ畑がずーっと見渡すかぎり並んでて・・・私も自家製ワイン飲ませてもらったよ」

いつもと同じ、あまりに変らない饒舌な西野を見てるとなんだか安心してくる。
俺の顔色を気にして沈黙したりしない前向きな西野、これが俺の中のイメージ・・・。
若干違和感を覚えながら・・・にこやかに話す西野を見ていた。

「すごいなあ、見てみたい、風景画みたいだろう」

「うん、絵葉書みたいだよ!そうだ、あっちについたら手紙を書くよ、
おじさんちの地方の絵葉書にメッセージそえて送るから」

「ああ、楽しみにしてる・・・西野はいつ帰ってくるの?冬休み明けは俺はセンター試験で忙しいかな」

(冬休みは数日中にやってくる、西野の心はもうフランスにあるんだ、
俺も受験一筋に心を入れ替えなくっちゃならない・・・
くよくよ悩んでも仕方ない、お互いの夢がある両立しながらなんて無理なんだ・・・)

そう言い聞かせるように俺は繰り返した。でもでも・・・本当にそれでいいのか?

「どうしたの淳平くん?またぼーっとして・・・寒い?もう帰ろうか・・・」

覗き込む彼女の瞳に心の全てを見透かされたように思った。
実際はわからないだろう、しかし弱気な俺が見透かされたように彼女の透き通った瞳に映っている・・・。

「あ、いやそうじゃなくて・・・もういなくなるんだなあってさ考えてた・・・もう少しで冬休みなんだなあって」

「・・・うん、もう少し・・・でもちゃんと帰ってくるんだから安心して!」

背中をドンと叩かれる。

「おっとと、だよなあ・・・本格的にパリに行くにはまだ早いし・・・うん・・・」

(もう少ししかない・・・声をかければ逢える距離じゃなくなる・・・)

「そうだよ、淳平くんは受験で大変だけど春の卒業式までいるから・・・逢えるよ、うん」

目線を合わせられない、俺の視線を追って西野の視線も空を切る。

(動揺を隠したい・・・留学を祝福したい・・・)

自分も認めたくない気持ちが湧き上がる。

(・・・さみしい・・・
男の俺がなんて女々しい・・・でも抑えることが出来ない
塾帰りのこの時間がなくなることが・・・胸が苦しい・・・)

「そうだ! 西野のところって卒業旅行とかするの?」

「トモコ達が、修学旅行で逢った事あると思うけど、その友達がね予定組んでるよ、
後からのお楽しみで、まだ教えてくれないんだけどね、淳平くんはどこに行くの?」

俺もあったんだけどさ・・・俺は参加できなくなったから・・・なくなった」

「え、何で?あっ・・・そっか・・・」

「・・・うん・・・」

再び重い沈黙。
俺は何度西野を困らせればいいんだろう。
自問自答しながら、自分の気持ちに素直にならなきゃいけないことを自覚した。

「しょうがないよな、俺の所為なんだからさ・・・この調子だとあるかどうかもわかんないし・・・」

それまで悲しそうな顔をしていた西野の瞳にぐっと力を入が入った。

「じゃあっ、二人でまた旅行しようか!」

「・・・えっ・・・えええええっ!西野ぉ!!それってもしかして・・・」

「そうそう、夏に二人っきりで別荘行ったよね、あそこはどうかな?
卒業旅行にお金使っちゃうから他に行くところないけどさ、雪を見ながらのんびりしない?
あそこは豪雪地帯だから、まだ雪が残ってきれいだよ〜」

「ああ、いいなあ、そのころは結果も出てのんびり出来るし、バカ騒ぎよりそっちの方が向いてるかもなあ」

俺はすぐ雪の中と想像して、温泉に浸かって湯煙の中の西野を思い浮かべた・・・、
誰もいない混浴の露天風呂で、産まれたままの姿、西野の肌はほんのりと紅く染まって・・・

『ほら雪が降ってきたよ淳平くん、岩の上にいっぱいつもってるね〜、えいっ、こら、避けちゃダメ〜』

消える魔球を投げてくる西野・・・肝心なところは湯気で見えない・・・妄想が足りないようだ・・・。

「こら、淳平くん、鼻の下延ばして、なーに考えてるのかな!!!」

「ふぁいぃっ、にひの・・・」
鼻を摘まれてしまった。

「どうせ、雪を見ながら温泉とか妄想したんでしょう!」

「・・・いやあのその・・・」

「いいよ、ゆるしてあげる、近所に温泉施設もあるし入れないわけじゃないから・・・私も一緒に入れたらなあと考えてたんだよね」

「えっ一緒に・・・混浴・・・」

(どきーん、西野同じ事考えてくれてたのか〜嬉しいなあこれで俺たちは・・・どきどき・・・)

「コラッ、違うってば、男湯にちゃんと入ってね、合宿じゃあいつも女湯潜入してるらしいし・・・」

「ぎくっ、いやそのそれはその・・・あわわわわ・・・そのあのう・・・
で、でも好きな女の子とのんびり入る温泉とそれは全然違うんだ・・・あれはわざとじゃなかったし事故だよ事故・・・西野、そのう・・・」

あわてて腕を振る俺の言葉に西野は真剣な眼差しを向けている。
眉をひそめて怒ってる・・・男の本音と下心は理解されないものだ・・・。

「本当に違うの??」

「えっ、ああ、・・・違うよ全然・・・その、一緒にいたいしさ・・・なんて言うか甘えたいみたいなところあるし・・・ごめんっ!ほんっとごめん!!」

「・・・あやまらなくても良いよ・・・なんだかすごーく嬉しいし・・・混浴してみようか・・・」

真冬の公園に長くいるのに西野の頬が熱く火照っていくのがわかる。
色素の薄い肌は気持ちを鏡の様に照らして、見る間に耳も首も紅くなっていく。
俺も寒さを感じなくなった体が震えてくる、とうとうその日が来る・・・。

「西野・・・それって・・・期待していいのかな・・・」

「・・・うん・・・当分逢えないもん・・・それくらいいいよね・・・」

「そうだよな・・・それくらい・・・」

安堵が心の氷を溶かしていく。
はっきり言うことの出来ない、拒絶を恐れる二人にとってわずかに見えるお互いの気持ちが唯一の救いであったのだから。

(諦めなくていいんだ、これからも二人は遠く離れていても気持ちが一つであればそれでいい、
時折帰ってくる西野を待っていればいいんだ、お盆には必ず帰ってくるだろうし・・・)

「・・・寒いね・・・」

「・・・ああ・・・」

自然と寄り添う影・・・少年と言うには大きい胸に頭を預け、微笑を浮かべたまま瞳を閉じる少女・・・。
木枯らしが木々の枝を揺らしても、寒さは感じない。
冷たい光りでった外灯も心なしか温かみを増したように、一つの影をベンチに作っていた。

雲一つなかった満天の夜空が木枯らしと供に星を消す。
白いものがチラホラと舞い始めてきた、時刻は人気のない時間になっていく。

「・・・ねえ、出発いつ頃?・・・」

小さなささやきで胸元の西野に聞く、胸の振動で直接聞こえてるだろう。
猫背になって寄り添う西野に雪がかからないようにした。
大切なものを守るように・・・かけがえのない時間を二人で・・・。

「31日の午前中には出ちゃうかな・・・その時にトモコも来てくれるって・・・お土産は・・・何を頼まれたと思う?・・・」

ゆっくりとささやく声は雪に守られて自分にしか届かない。
さらさらと流れる雪の音を聞きながら、かすかに呼吸に揺れる西野の肩を感じていた。

「・・・んー・・・ブランド物のバックは高すぎるよな・・・ワインとか?」

「はずれ〜、エッフェル塔の置物だって・・・パリらしいものってこれが一番〜とか言っちゃって、
・・・うふふ、日本のおみやげ物屋さじゃないから見つかるかなあ」

「・・・ははは・・・見つかるよ・・・」

「・・・そうだね・・・うふふ・・・」

「・・・」

「・・・」

「・・・帰りはいつ?・・・」

「丁度一週間後の7日の夕方に空港に着く予定・・・
・・・手紙出すから、エアメールって一週間はかかるらしいから帰った頃に手紙が来るね・・・
・・・でも必ず出すよ・・・読んでね・・・」

「・・・うん、もちろん読むよ・・・気をつけて行ってこいよ西野・・・」

「・・・うん・・・」

「・・・空港に行くよ・・・出発する西野を見送りたい・・・」

「ありがとう、でもまだ下見だよ、受験生だから悪いなあ・・・」

「それくらい・・・勉強しなくても変らないよ・・・」

「あっ淳平くん真っ白!ごめんなさい気付かなくて・・・」

俺の肩が白くなってきた、見上げた西野があわてて雪を払ってくれる。

「ううん、気にすんなって・・・もう遅いし帰ろう、ご両親も心配するだろうし・・・」

「うん、そうだね」

ベンチから立ち上がるとお互いの雪を払って公園出口へと向った。
隣り合う手はポケットから出したまま・・・横を見ると西野も出したままだった・・・。

「あっ・・・淳平くん・・・」

「やっぱり冷たいなあ・・・少しはこれで暖かいだろ・・・」

ひったくるように握り締めた西野の手を、強引に上着のポケットに入れた。
指と指を絡ませて、冷たい指先まで温かくなることを願って・・・。
真っ赤になった顔のまま無言で西野の家まで送ることにした。
先ほどまでの沈黙とは違い、無言でいることが西野を側に感じる、絡めた指をゆっくり解き別れの挨拶をした。

「淳平くんおやすみ」

「ああ、今度逢う時は空港だな・・・おやすみ・・・」

年末の静かに白く変っていく街を一人歩く・・・凍える寒さだけど暖かい、このぬくもりは西野の温かさだ・・・。
数日後には機上の人・・・しかし、今の俺の心の中はここ数年感じたことのない安らぎに満ちていた。

空港のロビーは国外脱出のためごったがえしていた。
見逃してしまわないように、周囲に目を配らせていた。
しかし、時間が経過しても見つからない、焦りは濃厚になってきた・・・。

「淳平く〜ん、こっち、こっち!!」

「お〜い、西野〜」

元気よく手を振る西野、片手にはキャスター付きの旅行バックが有る。
駆け寄る西野も俺も息が切れていた。
見つからなかったら、パリに行かないんじゃないかと思うほど西野の顔は真剣だった。

「・・・もう逢えないかと思った・・・」

「ごめんな、年末の空港がこんな事になってるなんて知らなかったからさ・・・搭乗手続きの時間だよな・・・」

「ううん、気にしないで淳平くん、もう行かなきゃ・・・あっ、あっちでお母さんが手を振ってる・・・もう行くよ〜!」

「気をつけてな、あっちすごく寒いんだってなあ、がんばって下見してこいよ」

「ありがとう、いってきまーす!じゃっ一週間後に日本で逢おうね!!」

走り去る西野、突然振りむいて大きく腕を振る。

「手紙書くよ〜!!」

「おお〜、楽しみにしてるらな〜!」

俺も同じく大きく腕を振った。
人ごみに消えていく西野の背中を最後まで見ていた。
振り上げた手をゆっくり下ろしながら、夢を現実にする為に努力を惜しまない女の子を見送った・・・。



晴天の冬の空は澄んだ深い蒼だ。
西野の乗った飛行機を見つけ、人のまばらな屋外の展望所でぼんやりと見ていた。

「・・・西野・・・いってらっしゃい・・・」

口元を白く煙らせつぶやく。
滑走路の端にあるそれが爆音と供に空に駆け上がる。
たちまち蒼い空の一点へと変っていく、
音も影も形もなくなった機体が飛び去った空をいつまでも眺めていた。



お屠蘇気分も抜けぬ頃、所轄署から問い合わせの電話が鳴る。
フランスの日本領事館から確認の電話であったが、誰もそれを確かめるものはいない。
留守宅に虚しく響くテレホンコールも10数回後には切れてしまった。

この家の少女の部屋には二つのカレンダーが並んでいる。
一つは旧年度、もう一つは新年度。
新しいほうには既に走り書きがしてあり、三月まで予定がぎっちり組まれていた。
一際大きい印のそれにはこう書いてある。

『別荘へ・旅行』

主のいない家のポストにはもう誰も見ることのない年賀状が山と積まれていた。


記憶は風になり、想いは天から降り注ぎ積もっていく。
何もかも忘れるまで繰り返す。
それを愚かだとは誰も思うまい・・・誰も・・・。





[No.607] 2004/11/08(Mon) 21:12:22
KD059135246085.ppp.dion.ne.jp
Re: 記憶鮮明 2 (No.607への返信 / 1階層) - takaci

ああ、いい感じの二人ですねえ。
見てて心があったかくなります。
でも、この先には・・・

ああ・・・悲しいストーリーだなあ。
でも・・・先に光があると信じています。
この先、楽しみにしています。


[No.616] 2004/11/09(Tue) 22:39:44
pd31754.aicint01.ap.so-net.ne.jp
Re: 記憶鮮明 2 (No.616への返信 / 2階層) - たゆ

感想ありがとう
この先…闇を書かなければ光の温かさは表現できない…
…闇 病み 已み…どのやみも深く哀しい
陳腐なものにはしたくない
でも人生の渦中で選んではならない選択肢を書かなければならない

慟哭

絶望…死に至る病

書けるんだろうな…それなりにだけど
心の闇は詩としてずっと綴ってきたからなあ
短くサクッと終らせる事が出来るなら書きます
谷は短く山は高く書きます
あくまで希望ですが…


[No.618] 2004/11/10(Wed) 20:06:33
ZB241176.ppp.dion.ne.jp
記憶鮮明2 過去編  『voice』 前書き (No.618への返信 / 3階層) - たゆ

記憶鮮明 2 『voice』ですがスレッド式で散々既出ですが一応ここに置いておきますね。

http://ran.s71.xrea.com/test/read.cgi/mahoroba/1096036689/60

http://ran.s71.xrea.com/test/read.cgi/mahoroba/1096036689/67

ここからが更新分です。
http://ran.s71.xrea.com/test/read.cgi/mahoroba/1096036689/71

以下同じモノを貼り付けます、ご了承下さいませ。


[No.1106] 2005/05/03(Tue) 20:26:17
KD059135246085.ppp.dion.ne.jp
記憶鮮明2 過去編  『voice』 01 (No.1106への返信 / 4階層) - たゆ

深夜、昼夜、問わず鳴り続ける呼び出し音。

答えるものはなく、無常の開幕音となる。


記憶鮮明 2 『voice』


トモコがそれを聞いたのは一月七日、クラスの緊急連絡網に寄ってクラスメートからの電話であった。
内容は亡くなったクラスメートの葬儀出席について、そして香典はクラスを代表して先生とクラスの雑費から出るということが決まった趣旨でった。

「もう一度言って・・・お願い!名前をもう一度・・・」

(受話器の向こうが涙声で聞こえないじゃない、誰の葬式だって?・・・。)

「・・・!」

電話をすばやく指で切ると短縮ダイヤルでかけ直した、数回の呼び出し音の後向こうが出てくる。

「あ、私、トモコ・・・」

「ただいま電話に出ることが出来ません、ピーと鳴ったら------」

受話器を置くと、自室に行き机の上のペーパーウエイトを持ち家を飛び出した。

「トモコちゃん、どこ行くの?コート着ていきなさい!雪が降るわよ、トモコちゃん!!」

部屋着のまま親が言うのも聞かず走り出す、ちらちら雪が舞い散る空が予報通りの天候を指していた。
今年はめずらしく東京に大雪が降る・・・泉坂も注意報が報道され、奥多摩はすでに警報となっていた。

(嘘よ・・・そんなの嘘・・・だって年賀状も来たし、私のリクエストの置物も届いたし・・・国際電話で新年の挨拶もしたわ・・・嘘よ・・・)

駆け出した先の空は暗く、車もヘッドライトを付けねば走行できないほどであった。


[No.1107] 2005/05/03(Tue) 20:28:01
KD059135246085.ppp.dion.ne.jp
記憶鮮明2 過去編  『voice』 02 (No.1107への返信 / 5階層) - たゆ

はあはあはあはあはあ

白くなっていく路面。
既に白く煙る吐息。
薄いスウェットとジャージのズボン姿の少女が、後で一本にまとめてある髪を振り乱し街を疾走する。
最寄のバス停で待っていたが一向に来ない、駅までダッシュで駆けて行く。
麻痺し始めた交通機関が首都の雪に対する弱さを物語っていた、それは行き交う人も同じであった。
タイル張りの歩道、シャーベット状の雪、そこに溝のない靴。
雪が降れば転倒事故が多発する、車もスリップしどこかに衝突して止まる。
雪が当たり前の地方では信じられないくらい備えがない。
そしてトモコも既に数回派手にこけていた、しかしスピードを緩めない・・・その顔は必死だ。

(あと少し・・・もう少し・・・いつもならすぐなのに・・・どうしてこの日に限って雪なんか降るのよ!!)

二駅先にある泉坂は厚く暗い雪雲に覆われていた。


それから数刻前、真中家に一つの電話があった。
クラスメイトに姉を持つ友人から聞いた話しだと唯から電話があった。
電話を取るまでの真中は、受験生に終業式など関係なく最後の追い込みにおわれていた。
それが日常だった、彼が夢をかなえるための片翼の希望、もう一つの翼ははるか外国の空を飛翔しているはずであった。

暗転。

つかさの家に電話をかけた。

「只今留守にしております、しばらくたってからおかけなおし下さい」

留守電ではなかった。
暗い空の下、トレーナー上下の少年は走る。
胸を鷲掴みにされたような苦しさは正月でなまった身体が感じるものではない、虚無のうちに足は速くなる。
その手にはパリに無事到着したと報告している、つかさからのエアメールが握られていた。

(西野、西野、うそだろ・・・帰国は確か今日だったよな・・・予定じゃあ帰ってるはずなんだよな・・・西野!!!)

家は近くとも・・・遠い・・・はるかに遠い・・・。

友人を思う影が二つ、暗鬱な空の下で疾走する。


[No.1108] 2005/05/03(Tue) 20:28:52
KD059135246085.ppp.dion.ne.jp
記憶鮮明2 過去編  『voice』 03 (No.1108への返信 / 6階層) - たゆ

はーっ はーっ はーっ はーっ

信号待ちの交差点でジャージのポケットに違和感を感じた少女はそれを取り出す。

パチンと二つ折りの携帯を開けると未読メールが数件入っている。
項目だけ見ても目的の人は居ない。


いつもなら・・・微笑がさみしそうに見えたりする時は・・・授業中には出さないが放課後にメールを出す仲になっていた。
バイトの簡単な内容、日常の他愛のない話、いつも素っ気ない数行の文字。
普段の飄々とした彼女を知る人にはそれで通るだろう、しかし、それが親友の精一杯だと知っている。
頑なな秘密主義者、頑固者・・・見せない一面を語ればそんな感じだろうか。
実際は自分の事で周りの人を困らせたくない一心の外見の華やかさとは裏腹のやさしい親友。
踏み込めばさらりとかわす、引けばいつの間にかグループの中心に居る親友。

一度だけ親友の『お願い』を聞いた時も、必要最低限よりも少ない説明とは言えない説明があった。
好きな人と二人っきりの修学旅行を実行した日の夜に、邪魔の入らない寝室で本当ならレポート用紙10枚分は仔細を提出して欲しかった。
トモコには二つ返事で協力してくれた同じグループの友達に報告義務があったのだから。
めずらしく親友が真っ赤な顔でオロオロしている、困窮して固まってる彼女を見てたらまるで罰ゲームのようだった。

『えっと・・・そのう・・・前から好きな人で・・・あの、言わなきゃダメ?・・・』

『しょうがないなあ、今回は許してやるか〜』

『ありがとう、トモコ!』

その言葉だけで許してしまった、リスクも何もかもを。
つかさが幸せならいい、そのためならいくらでも友人たちも自分も手を貸すだろう。
今も昔もそれは変らないはずだった。


携帯から見慣れた番号にかける。

「ただいま電話に出ることが出来ません、ピーと鳴ったら------」



信号が変る、再びマラソンはスタートした。
安穏な日常は遠く、彼女の眉間の皺はなくならない。
あてのないゴールに向っていることに気付いてはいない。
気付くことはこの先一度もないだろう、それが親友の絆なのだから。


[No.1109] 2005/05/03(Tue) 20:29:46
KD059135246085.ppp.dion.ne.jp
記憶鮮明 現在形の彼方 (No.1109への返信 / 7階層) - たゆ

最後の君は微笑を返してた
あの時の君はきっと幸せだった
だから僕もくりかえす
空に向って微笑みを
風に向ってキスを
押しては返すさざなみの様に
くりかえし続ける

記憶は雨だれの様に
ぽつりぽつりと胸に降り積もっていくんだね
忘れていた出来事をゆっくり思い出していく
胸が痛い
傷みの形は君の影
この疼痛を治して欲しい
癒せるのは君の手だけ
たったそれだけなのに
君はどこにもいない

名残り惜しそうに鶯の声が響く
春を超え
夏になっても一人ぼっちの鶯老の声
つがいを求めて鳴く声は
初夏の墓地に響く

僕も独り鳴いている
届かない想いを込めて

SS(ショートストーリー)は突然に
http://ran.s71.xrea.com/test/read.cgi/mahoroba/1096036689/72
スレッド式に随分前に投稿したもの続きなんで追加しました。


[No.1137] 2005/06/09(Thu) 23:28:04
L156084.ppp.dion.ne.jp
記憶鮮明2 過去編  『voice』 04 (No.1137への返信 / 8階層) - たゆ

記憶鮮明 2 『voice』 04


真中は息を切らせつかさの自宅へと走っていた。
白くなった道をザクザクと白いしぶきを上げ猛スピードで駆ける。

(あの角を曲がれば西野の家が見える・・・)

本来なら帰国して普通に明日の始業式に出る、真中の様に受験生なら休む生徒もいるだろう。
つかさの様に就職を決めた子は名残惜しさからか、休まずに三学期を過ごす生徒が大半だ。
受験組が休んでいるガラガラの教室で授業もそこそこに、登校している同じく就職組たちと最後の学生気分を味わう。
必ず登校するはずである。
そのはずであった。
つかさの部屋には壁にかかったアイロンの利いたブラウスとブリーツスカート、簡単な身だしなみの為のポーチと筆記道具の入った学園指定のカバンなど、半日程度の始業式に出るための用意もすでにしてあった。

空は暗雲が垂れ込め、今しがた白い粒を降らせていたのを再び繰り返しそうであった。
門柱が見える。
後数歩で西野家の玄関である。
門柱に手をかけようとしたその時、ふらりと黒い影が半開きの門と玄関の間で見え隠れした。

「西野!」
「えっ?つかさの知合い・・・?」

修学旅行以来まともに顔もあわせたことのない、つかさにとって最愛であり心砕く二人が邂逅した。

(西野じゃない・・・)

真中の心の呟きは顔に出て落胆の表情をトモコに見せる。

「えっと・・・えーっと・・・彼氏さんですか?・・・」

つかさは女子高であるから男子の友達はいない、それも呼び捨てできる人なんてトモコも知らない。
好きな人は修学旅行の一件もあって必ずいると予想はするけど、つかさは言わない。
正式には付き合ってないかもしれない、でもぞっこんな人がいることぐらいはわかってる。
もしかしてその彼なんじゃあと目の前の真中の必死さを見て思うのは当たり前だった。
ただ、ためらったのはもしかして彼氏というほど深い付き合いじゃないかもしれないと思ったから。

「えっ!彼氏!あ、まあ、そのう、今は友達です・・・はい・・・」

二人のことをどれほど知ってるかわからないつかさの友達に真中はいきなり彼氏と言われて驚く。
真冬の凍てつく豪雪警報が出ている空の下、
自分の様に部屋着のまま駆けつけるほど心配している友達なんだから、それは親しいに違いはないと思う。

-----つかさの事が心配で心配でたまらないの-----

彼女の蒼白な頬と下がった目じりと潤んだ瞳からはそんな言葉が溢れてくる。
ああ、このコも心配してるんだ、俺と同じなんだと思うと、心の中にある絶望も少しは軽くなった気がした。
ただし出来事の重大さは変わらない。
そして二人揃ったことで「つかさはここにはいない」と真っ黒な現実を叩きつけられたと等しい、
固く閉ざされた玄関の前で言葉を失った二人は暫く無言のまま立ち尽くしていた。






沈黙と時が流れる。
腰掛けている玄関のタイル敷きから真冬の冷たさが凍みてくる。
真中とトモコの二人は雑談をしに集まったわけではない、
たった一人の少女を待ちわびているから、
あれから会話もなくただヒザを抱え待っている。

沈黙はそのまま寒さになった。



トゥルルルルルル トゥルルルルルル


時折室内から電話の呼び出し音が響いてくる。
トモコが肩を震わせ玄関の扉をじっと見る、
その視線の先には一人の少女が写っている。
目前の扉ではなく開いた先の空間にいるべき女の子、
それは真中も同じだった。


トゥルルルルル カチッ


呼び出し音は不意に消え留守番電話に切り替わる。
既にメッセージが受付けないのを真中は知っている。
つかさのクラスメートなのか、或いは親の仕事関係なのか、沈黙の玄関に響くそれは止まらない。
携帯も持たない真中には時間がいくら経過したのか分からない、
そして空は黒く閃光がまたたき雷鳴が轟く、
空から白いものが落ちていき、地面は白く白く無垢に還っていった。





トモコは沈黙の中に疑問を秘めていた。
かつてはつかさの恋人てあった真中に対して暗雲の様に疑問は次々と浮かぶ。
なぜ別れたのか、それはいつなのか?
修学旅行で見たのは彼ではなかったのか?
恋人だからこそ全てをかけてつかさは行動したのだろうか?
それにしては当時のつかさのあまりの必死さに驚き、親友の恋の行方に皆が協力した。
普通に付き合ってるのならあの必死さは要らない、
あの後別れたのだろうか?あれから一年以上過ぎるのだからそれもありえるとトモコは考える。

なにより自分の知らないうちに親友の恋が終わっていたことに軽いショックがある。
でも心配して元恋人にがここにいる時点でそれは幸せなのかもしれないとも思う。

『どーなってんのよっ・・・
 つかさったらそんなこと何も言わないんだから
 帰ったら問い詰めてやるんだから
 問い詰めて・・・聞いて・・・』

勝気な眉が下がりヒザの間に顔を埋める。
目じりに浮かぶそれを誰にも見られたくないから。

『・・・だから、だから・・・早く帰ってきなさいよ、つかさ!
 帰ってきて・・・必ずここに、 みんなのところに
 いつもの感じで、桜海の窓際の机でお話しようよ
 お願い早く帰ってきてよ・・・みんな待ってるんだからさぁ・・・』

痛いほど右手に握っているエッフェル塔の置物を掴む。
指の関節は寒さと力みで感覚がなくなっていく。
雪は本降りになり玄関ポーチの軒下ぐらいでは吹き込んでくる。


思考は最初からループしてしまう
どんなに身を小さくしても待っていても
どんなに時が経っても
何も変らない


世界が白くなる


SS(ショートストーリー)は突然に
http://ran.s71.xrea.com/test/read.cgi/mahoroba/1096036689/73-76
ここに書き溜めていたものをまとめて出しました。


[No.1311] 2006/09/05(Tue) 11:36:40
KD059135246085.ppp.dion.ne.jp
記憶鮮明2 過去編  『voice』 05 (No.1311への返信 / 9階層) - たゆ

ごうごうと風が庭木をゆらし住宅地の人気のない夜の道に雪の白波を舞い上がらせる。
吹き込む雪も増え、二人の待ち人のつま先にかすかに降り積もる。
降る雪が街灯に照らされキラキラと光る、それをただぼんやりと真中は眺めていた。


沈黙のまま暗い景色を眺めて険しい表情の女の子と微妙な空気に戸惑いつつも何もできない自分は同じ目的のはずなのに、滑稽なほどばらばらに見えてここにはいない待ち人に申し訳なく思えた。
何か話したほうが良いに決まっている、時間の経過がつらすぎる。
しかし何を話せばいいのだろう?
そして時間がいくら心地よく経過したとしても肝心の西野が帰ってこなければ意味がない。
いくら時間が経とうが意味がない
ヒザをかかえた女の子に西野の学校生活の様子を聞くことだってできる。
普段知ることのできない様子が聞けるはず。


真中は少女のヒザが震えているのに気づいた、この寒さなのに薄いスウェットとジャージ姿なのだと始めて気づいた。
ポケットに放りっぱなしの小銭を確かめると門柱を開け敷地から雪降る世界へ走り去った。
その姿を見てトモコは小さく「・・・あっ」っと声を出すがもう届かない、雪が降っているため真中の足音も聞こえない、独りになったトモコは開放されたかのように長いため息をついた。

「・・・つかさ・・・私待ってるから・・・ずっと・・・ずっとずっと待ってるから・・・」

少女は意を決したように立ち上がり半開きの門柱をくぐりきっちりと閉める。
つかさの部屋のある二階の窓を見上げると黒目の多い瞳から大粒の光が落ちた。

「あたし、あたし、つかさのこと大好きだから、ずっと忘れないから、だから絶対戻ってきて、絶対よ!」

たちまち黒髪が雪で白く染まる。
彼女は振り向きもせず、白い世界をものともせず来た道を走っていった。




しばらくすると真中が門柱をくぐり頭の雪を払いながら、街灯の光が届かない薄暗い玄関ポーチに近づき声をかけた。

「あたたかいココアだけど、よかったら飲んで・・・」
「・・・あ・・・」

床には今さっきまでいた人の形に雪が降りこんではなかった。
隣に腰掛けると買ってきたココアを少女がいた場所に置いた。

カコォン

それは玄関に軽く響く。
自分用のコーヒーを空けると一息ついた。白く煙る吐く息がさらに寒さが増したのだと気づかせる。
女の子の名前さえも、つかさとの関係も詳しく知らないことに、そして少女の名前を知る方法さえも知らない自分に気づく。

「・・・名前ぐらい聞けばよかった、西野に聞けばすぐわかるのになあ・・・」




肩の雪をはらってくれる人も、凍える体を心配して扉を開けてくれる人もいない。
灰色の空を眺めて深く長いため息をついた。
雪が音を閉ざし人気の無い真冬の住宅地はなおさらに無音であった。


無人無言無音。
そして無常の時が流れる。


記憶鮮明 2 『voice』編 完



SS(ショートストーリー)は突然に
http://ran.s71.xrea.com/test/read.cgi/mahoroba/1096036689/81
ここに書いていたものです


[No.1347] 2007/03/29(Thu) 19:42:07
KD059135246085.ppp.dion.ne.jp
記憶鮮明3 現在編 あるエピソード/この世の果て (No.1347への返信 / 10階層) - たゆ

ねえ、世界の果てってどこにあるか知ってる?



 世界の果てはね



 キミの



 あたしの



 いない世界





俺は定期健診に病院に来ている。

この病院は歴史ある古い大学病院で入院棟の旧館と外来棟の新館をつなぐ渡り廊下がある。

長い入院期間の間そこから外をながめるのが日課になっていた。

退院して外来診察が終わっても入院してたときと同じように渡り廊下からながめるのが習慣になっていた。

食堂のラーメンは健康第一の病院だけあってスープの薄さと味気なさに全部食べれなかったけど、ここから見える山の手方面と都心部は最高だった。

待ち時間だけが過ぎる外来診察もやっと終わり、のんびりとした昼下がりの院内を見舞い客にまぎれて渡り廊下にむかう。

今日は晴天、日差しはきつく梅雨もまだなのに夏の気配がする。窓から差し込む光のまぶしさに目を細めて件の渡り廊下まであと角を曲がれば到着という時になって俺は異変に気づいた。何に気付いたという訳ではなく場の雰囲気の不自然さにうなじの毛がピリピリと逆立ち警戒を発していたのだ。このまま進めば何かがあると。

それでもまさかと思い一歩踏み出した。



長い渡り廊下には誰もいない。

あれほどいた見舞い客はどこに行ったのだろう。

自分と同じように景色を眺めて憩う患者達はどこに行ったのか。

時折あわただしく行きかうはずの看護士達もどこへ。

面会時間が変わったのだろうか、患者達は午後の日光浴をやめておとなしくベットで寝ているのか、そして仕事中であるはずの看護士達は遅い昼ご飯を一斉に取ったりしているのだろうか。





それよりもなによりも、この廊下は先が見えないほど長かったのだろうか。





日差しのきつさは変わらないはずなのになぜ廊下の先は夜のように暗いのだろうか。





そしてその暗い中に光るように見える少女は誰なのだろう。

よく知っていたような気がする。

よく知っているような気がする。

久しぶりに見たような、それなのに毎日逢っていたような気もする。






さらさらの髪は日の光を受け金色の輝き。

前を簡素に合わせただけの服は白い作務衣のようにも薄手のガウンのようにも見る。

エメラルドの瞳はいつ見ても吸い込まれそうな南海の色で深く澄んでいる。

光と命の翠色と黄金色が暗い廊下を照らしなんの不安も憂いも感じさせない。

微笑がそこにある、俺を見つめて微笑んでくれる。

望んでいたものが今ここにある。







知らず知らずに俺は長い廊下を渡りきっていたようだ。

ほらもう、彼女がこんなに近くにいる。

やっと逢えた。






俺は手を伸ばした。

西野の痩せた細い身体を抱きしめた。

西野からも腕が伸びて抱きしめる。

もう離したくない離れたくないと心に強く思いながら、間近にある翡翠の輝きに吸い込まれるように顔を近づける。

自然と西野の唇に俺の唇が触れた。




微笑みに微笑みを返す。

笑顔がある。



西野が笑っている。




本当の目的を思い出した。

定期検診に行くたびにここに来る理由を思い出した。







おれは、 にしのに、ふれたくて、 ここにきていたんだ。







にしのは ここにいたんだ

キミは ここにいたんだね




おれは ここにいたよ

あたしは ここにいるよ









帰りの遅い息子を自宅で母が寄り道してるのかしらと心配しかけている頃、かかってきた電話を取った。

真っ青な顔のまま普段着で家を飛び出すと住宅地を抜け本通りでタクシーを拾った。

母は息子が行った先の大学病院へとむかった。



SS(ショートストーリー)は突然に
http://ran.s71.xrea.com/test/read.cgi/mahoroba/1096036689/84
このURLに初出でした


[No.1348] 2007/03/29(Thu) 19:47:20
KD059135246085.ppp.dion.ne.jp
記憶鮮明3 現在編 あるエピソード/境界 (No.1348への返信 / 11階層) - たゆ

薄暗いと感じた部屋は既に夕暮れの紅い色も消えかかった紫で照らされ、これから点灯しようかどうしようかという時間になっていた。
見覚えのある雰囲気、なじみのあるカーテンが自分を四角く囲って狭い境界を作っている。
ただ窓側のカーテンのみ開け放たれ刻々と暗くなる外が見える。
身体はだるく指一本も動かしたくない、ただ身体は正直に空腹だと俺に教えてきた。
そう言えば空腹なら食べれるんじゃないかと頼んだ病院付属の食堂の超ヘルシーでうまみなんてちっともないラーメンを半分しか食べてないことを思い出した。
帰ったらおやつに何か食べようと思ってたっけ、ああ、めんどくさい、そう思ったとき身体が素直に反応した。


ぐぎゅ〜ぅううううっ


「あらっ目が覚めたのね!お母さんよわかる?」
「うん、おなかすいた」
「やだ、この子ったら、ふふふ」


深い安堵に包まれた母の顔を俺は改めてみた。自分の状況を少し理解できた気がする。

「よかった、ちょっと待って、先生に聞いて食べてよかったらなにか食ようね」

母はまるで小学生の俺をあやすように優しく語りかける。

「うん、わかった。でも待てないかも」
「あらあら、とってもお腹へってるのね、売店へ行ってくるからほんの少し待って」
「もう行くから、早く探しに行かなきゃ」

自分には自分にしか出来ないことがある。
たとえ空腹だろうと今度は自分から進んで行かなきゃいけない。
母はあからさまな困惑の表情を浮かべナースコールを押した。
でも看護士さんは間に合わないだろうな、俺もう行かなきゃ。
どこへ行くとは聞かれなかった。
どこへと聞かれても答えにくいし、答えたとしても母を混乱させるのはわかっていた。
だけど黙って行くのはなんだか悪い気がして俺は自分に説明できるだけの言い訳をした。

「今度は俺のほうから探しに行くんだ、俺を支えてくれて・・・」
「・・・ずっと俺を待ってる・・・必要とされてる・・・絶対みつける・・・だから・・・・・・」

俺は深く目を閉じた。
母が何か言った気がする。
周りの喧騒もざわめきも遠くに聞こえ世界は融解して形も色も音も失われていく。
さっきまで強く感じていた空腹も、ベットにけだるく沈んでいた身体の感覚も感じない。
限りなく眠りに近いところへ意識は向かってる。


俺は行かなきゃいけない。
あの時、あの場所へ。
バラバラのピースをつなげるように記憶と想いをつなげて、一枚の絵のように連続した画像のように存在と命がありつづけることを願って。



上記の分は下記で初出です
SS(ショートストーリー)は突然に
http://ran.s71.xrea.com/test/read.cgi/mahoroba/1096036689/85
一部ブログのSS推敲中カテゴリー内から抜粋


[No.1349] 2007/03/29(Thu) 19:50:29
KD059135246085.ppp.dion.ne.jp
記憶鮮明3 記憶不鮮明にて無題 (No.1349への返信 / 12階層) - たゆ

記憶不鮮明にて無題/或いは誰も知らない子守唄と共に彼方へ






一つになる方法を知りたいんだ



空と大地と



大氣と風と



そして君と






君なら見つけてくれるよね



夜明けの澄んだ大気に



成層圏の幾多数多の蒼いきらめきに



君が私と感じてくれたらそれは私なのだから



夕に朝に君を呼ぶよ



だからそれまでかくれんぼ






水は全ての媒介



溶けた私が世界に拡散する






みつけてくれたら一緒にダンスを踊ろう



まわる まわるよ



くるりくるり ひらりひらり



いのちのRONDOをおどろう



初出
記憶鮮明3 記憶不鮮明にて無題
http://ran.s71.xrea.com/test/read.cgi/mahoroba/1096036689/86
 ※これの初出はあほろばの手記 2007-02-22 SS推敲中
 http://d.hatena.ne.jp/tayukaname/20070222


[No.1350] 2007/03/29(Thu) 20:25:31
KD059135246085.ppp.dion.ne.jp
記憶鮮明3 記憶不鮮明編 風の空道《カゼノソラミチ》 (No.1350への返信 / 13階層) - たゆ

『たとえ新聞記者といえども、もし真夜中に墓場に誘い出されたなら、妖怪変化(ファントム)の存在を信じるだろう。
というのは、どんな人間でも、もし人の心の奥に深い傷跡を残すような目に会えば、みんな幻視家(ヴィジョナリー)になるからだ。
しかし、ケルト民族は、心に何の傷を受けるまでもなく、幻視家なのである。』

(「ケルト妖精物語」イェイツ編著/井村君江訳より一部を抜粋)





この胡乱なる世界が何で構築されているのか俺は知らない
きみがいないことだけは真実
もう一度この世界の果てから君を探し出すんだ
そしてそして
この世界に光を満たそう
金碧の光
黄金と青緑の輝きで





傷付いた魂は限りない幻想を見せ
遙か遠くのヴィジョンに手を届かせる


そこに幻視の力と救済を見出せるならば
もう一度片翼たちは出逢い
一対の翼となりて天空へと飛びたてるのだろうか


たおやかな腕
しなやかな動きの脚
日に照らされ輝く髪
白磁器のように白くはあるがミルクのように琥珀の輝きを含んだなめらかな肌
生の躍動溢れた声
破顔することのない憂いを含んだ笑み
友人以上であり理解者であり希望を告げる存在

うつつにあってそれはまぼろし
夢の中で形と成す

ここより夢幻の世界
幻想の街にて彼と彼女は邂逅する


これは幻視《visual/ヴィジョナリー》と救済《salvation/サルベイション》の物語


こちらのURLにて初出
http://ran.s71.xrea.com/test/read.cgi/mahoroba/1096036689/88
ブログに初出したものにちょっとだけ手直ししました


[No.1353] 2007/06/18(Mon) 04:33:16
G041184.ppp.dion.ne.jp
記憶鮮明3 記憶不鮮明編 風の空道《カゼノソラミチ》 (No.1353への返信 / 14階層) - たゆ

深く深く彼が行く世界は暗碧の色
暗い世界に落ちた一滴の命

すべてがここにあり同時に存在する
失われたものなど実は何もないのだ
全てのものは形を変えながらあり続けている

記憶を失い深い眠りにあるとき彼は彼女と邂逅した
その時の約束をもう一度果たすため彼は自分から深い世界へと落ちる
出会える自信や確証はない
強い強い想いが信念が指し示す方向へと彼をいざなう

彼は往く
彼は想う
再びあの金碧の輝きを見るために




記憶不鮮明編
風の空道《カゼノソラミチ》




ふと、ちいさな女の子は来た道を振り返った。
瞳に映るは質素なたたずまい、数件並んだ集落を出てしまえばしばらく民家もないような町外れの道。
開けっぱなしの戸口には普段も施錠はされておらず、ひさしの奥に見える居間には朝のさわやかな日差しが射している。
平坦な道だが急ぐ心に足をもつれさせ父が行ってしまった道を一生懸命走る。

昨日の夜には父はいたのだ、しかし、起きてみればその姿はどこにもない。
わがままも言えず納得いかないまま朝ごはんを食べていたのだが、祖母が台所に出かけた合間に居ても立ってもいられず食べかけの朝食を置いて家を飛び出した。
早朝の幹線道路と言えど通勤時間を過ぎた後はしばらく人通りもない。
ただ、静かと言えど閑静な都会の住宅と違い鳥や虫たちの声が聞こえるのみである。


おかあさんはびょういんににゅういんしたの
あたしのごはんはこれからおばぁちゃんがつくるの
おとうさんはおうちからおしごといくから
すこしのあいだおばぁちゃんちでおとまりするの
でも
でも
まだおはようをおとうさんにいってない
おはようといってらっしゃいをいわなきゃ


女の子は確信している。
父は絶対この道を通った。
この道を行けば絶対父に逢える。
腕を前に後ろにブンブンふり小走りにかける。
振り返っては心配するだろう祖母の顔が浮かぶ、でも家も見えなくなり駅に少しでも早く近づくために女の子は振り向くのをやめた。
食事用の淡いオレンジのチェックのスモックには大きなひまわりのアップリケ、その姿を見ればまだ箸もうまく使えない年だとわかる。
ただ一言父に言うため一人女の子は駆けていく。




初出
http://ran.s71.xrea.com/test/read.cgi/mahoroba/1096036689/89-90


[No.1355] 2007/07/10(Tue) 17:18:26
G041184.ppp.dion.ne.jp
Re: 記憶鮮明3 記憶不鮮明編 風の空道《カゼノソラミチ》 (No.1355への返信 / 15階層) - たゆ

街に続く道は年端の行かない幼い子に長い道のりだった。
長いガードレールが並走して続いている。
橋に差し掛かったとき後ろから大きな車の近づく音がした。
普段から父母に言われてるとおりに慌てて桟橋の手すりに駆け寄る。
少女の後ろでトラックは加速して橋を渡った。

ごぁっ

熱い排気ガスと風圧が欄干とカードレールの間にいた小さな身体を押し上げる。

・・・あ・・・

路上から少女の身体は消えていた。
少女は一瞬で自分のみに起こったことがわかった。

おちる
おちてる
かわにおちちゃう

身をすくめて目をつぶり、来るであろう衝撃に耐えようとした。

どさっ

音にすればそんな感じだろうか、冷たい水の感覚や水面の衝撃はなく、泳ごうともがく腕は空を切る。

あれ
あれれ
つめなくないし
いたくない・・・

瞳を開けると澄んだ空と心配そうに覗き込む鳶色の瞳があった。

「大丈夫?」

少女は穏やかな風のようにやさしく抱きとめられている。
その腕は決して取りこぼさないように、そして壊してしまわないように幼い彼女を抱きとめていた。

「・・・うん!」

川に落ちないとわかると元気に返事をする。

「ありがとう、おにぃちゃん!」
「どういたしまして、さて道に戻ろうか」
「うんっ!」

少年はジャブジャブと音を立てひざ上の川面をゆっくりと歩き安全な土手に少女を下ろした。

「ねぇ、どうしてかわにいたの?おさかなとり?」
「んー、そんなところかな?」

あらかじめ少年が待ち伏せしていなければ落ちてくる少女を助けることは出来だろう。
そして少年の手には網も釣道具も何も持ってはいない。
これに気付くほど少女は大人ではなく、そして今はもっと他の事に心奪われていた。

「そうかあ、わたしね、これからえきにいくの、でんしゃのところまでいくの」
「だからおにぃちゃんありがとう、さようならーっ」

ででででっと土手を駆け上がりあぜ道を一生懸命走っていく、
それでも十以上年上の少年のほうが早くあっという間に追いついてしまう。

「お兄ちゃんも一緒に行ってあげるから、始発の電車見たいんだろ?」
「いいの?いっしょにいってくれるの?」
「ああ、おんぶしてあげるから乗って乗って!」

「わー、はやい、はやーい!!!」

実際少年は風の様に速かった。
むしろ風そのものであった。
いくら人が速くても風そのものの様にスピードは出はしない、街道を走る車両を楽に追い越せることなど不可能のはずだ。
だが少年が駆ければガードレールや電柱が飴細工のように曲がり避け、木々や生垣が道を作る。
およそ人間には到底不可能なことが起こっている。

「とんでるとりさんみたーい、おにぃちゃんはやいねー」
「天馬にだってなってみせるよ、もっと早くもっと高く」
「てんまってなーに?」
「ペガサス、翼の生えたお馬さんだよ、望めばどんなものにもなれるんだ」
「わーい、おうまさんだーっ♪ぱっかぱっかはしるーおうまさーん♪」

駅までの最短距離を人外の速さであっという間に走り終えた。
まだ始発列車は駅にあった、しかし少女が無人の田舎の駅のホームに着くと同時に列車が出発した。

「あ、おとうさんだ!」
「おとーさーん、いってらっしゃーーい」

「お?おお、いってきます」

見知らぬ少年の背に居る娘を見て驚く父の顔、だが娘が懸命に手を振る姿を見て安心して手を振っている。
少年も手を振り始発列車を見送った。

「間に合ってよかったね」
「うん、よかったーっ、おとうさんにいってらっしゃいいえたよ」
「おばぁちゃん心配してるといけないから帰ろうか?」
「うんっ!」

少女は心からの笑みを浮かべにっこりと笑った。

帰りも行きと同様、風のように瞬く間に家に着いた。
その間も少女は少年の背でにこにこと微笑んでいた。

「さあ、到着〜」
「ありがとう、おにぃちゃん。あ、おようふくぬれてるからね、タオルでふいたほうがいいよ」
「いやいいんだ、お兄ちゃんは大丈夫。それよりも早くおうちに入って」
「でも・・・かぜひいちゃうよ?おようふくかわかさないと・・・」
「心配しないで、ご飯の途中だったんだろ?お行儀悪い子はだめだぞ」
「ん・・・わかった・・・」

手を引いて家に連れて行こうとする少女、しかし少年はしゃがみ諭すように語りかける。

「おにぃちゃんのなまえは?あたししらないの、ごめんなさい」
「謝らなくていいよ、西野はまだ知らなくて当たり前なんだから」

少女は近所の自分が知らないだけの誰かだと思っている。
そう思わせるだけの自然な接し方とやさしさがあるからだ。

「俺の名前は・・・うーん、そうだなあ・・・淳平っておぼえといて」
「じゅんぺいおにぃちゃんだね、わかった!」
「じゃあ、さようなら西野、この場合はつかさの方がいいかな、さようならつかさちゃん」
「またあえるよね?じゅんぺいおにぃちゃん!こんどあそんでねーっ!」
「ああ!またなぁーっ!危なくなったらいくらでも助けに来るからなぁーっ」

少女が玄関に消えてき、奥の台所に居るであろう祖母を大きな声で呼ぶ声がする。
少年は安堵し頭上の青い空を見上げた。
青い青い空。
それは水の草原とも言えるし水の結晶とも言える。



「・・・西野・・・」



ある一つの存在を求め、
ある一つの可能性を掴むため、
今は見えない、あるはずのない未来を目指して真中淳平は再び光と水の飛沫となりここではないどこかを目指した。

初出 http://ran.s71.xrea.com/test/read.cgi/mahoroba/1096036689/101


[No.1394] 2007/11/07(Wed) 16:00:30
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