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Thank you for your love (親記事) - つね

『ずっと一緒にいようね。』




あの日誓い合ったことを、君はまだ覚えてるのかな。





きっと君は今頃、願いを形にして、僕の知らない顔、どこかで…













-Thank you for your love-













俺は高校を卒業した後、青都大学の芸術学部、映像科に合格した。


夏休みの時点では合格は100%不可能で、周りの人たちからも無理だと言われ続けていた。


そんな周囲の予想を大きく裏切った、大逆転の合格だった。


そして今日もいつも通り大学に来ている。




午前の講義を終え、今はサークルの活動で映画の作成に取り掛かっている。


「はい、カーット!」


「やっぱりこの話は脚本が良いよ、さすが東城!」


先輩たちが東城の脚本を絶賛する。


そう、東城も俺と同じ大学に来ていた。


その理由はたぶん…





俺はと言うと、まだ先輩がいる中、一年生の俺がメガホンを持たせてもらえる訳無く、アシスタントをしている。


しかし、さすが映像科であり、先輩を見ているだけでも良い勉強になる。


「じゃあ今日の撮影はここまで。もう帰っていいぞ。」


部長の声が撮影現場いっぱいに響き渡る。


「部長、今日も良い勉強になりました。あそこのカメラワークなんか特に…」


いつものように部長に話し掛ける。


いつも部長が映画を撮っているのを見るとワクワクしてくる。


「真中、お前本当に熱心だな。どうだ、次の作品お前が監督してみるか?」


「えっ!本当ですか!?」


「ああ、お前の腕には問題無いと思うし、なによりやる気があるからな。それに俺もお前がどんな映画作るのか楽しみだしな。」


「それなら喜んで作らせてもらいます!」


本当に嬉しかった。


一年の俺にとっては信じられない話であり、そして願ってもないチャンスだった。





「真中くん、一緒に帰ろうよ。」


俺が振り返ると東城が笑顔で手を振っていた。


「ああ、東城。今行くよ。」


「それじゃあ部長、失礼します。今日はありがとうございました。」


そう言って、東城の元に向かった。














サークルも帰る方面も同じ俺達はいつも一緒に帰っている。


笑顔で話しながら歩く二人…


周りから見たら恋人同士に見えるのだろうか。


だけど俺と東城は付き合っていない。


「真中くんなんか機嫌良いね、何かあったの?」


微笑みながら東城が聞いてくる。


「あ、そうだ!俺、次の作品の監督任されることになったんだ。」


「えっ!そうなんだ。おめでとう真中くん。」


「それでさ、脚本東城に頼みたいんだけど…大変だよな…先輩たちにも頼まれてるし…」


「いいよ。真中くんと一緒に映画作るのがあたしの夢だもん。
頑張って書くね。」


そう言う東城の顔は本当に楽しそうで、その笑顔にいつも癒される。





俺は確かに東城のことが好きだ。


それでも付き合おうとしないのはきっと…






俺は幸せ者なのだろうか。


志望大学に受かって、映画監督の夢に向かって…


道は順調だ。不安もあるが、それを楽しみが上回っている。


先輩にも恵まれている。






そして…


東城はずっとそばにいてくれている。







自分の今の日常に特に文句は無い。


自分で言うのもおかしな話だけど俺は充実した生活を送っている。


でも、何かが違う…


もしかしたら自分は幸せだと言い聞かせてるだけなのかも
しれない。





帰り道にいつも通る公園に差し掛かったとき、


もう一度自分の心に問い掛けてみた。


俺は本当に幸せなんだろうか。






違う、




俺の夢は全部、





本当は君と叶えたいことだった




……西野……


















今から一年前…


俺は西野とこの公園でキスをした。


そして俺はこの公園で西野を選んだ。


その余韻に浸るように


二人でベンチに座って星を見た。


「淳平くん…」


不意に西野が口を開いた。


「あたしパリに行くのやめるね。」


「えっ、何で?」


俺は驚き、西野の方を見た。


「だって淳平くんとずっと一緒にいたいんだもん。」


西野はつないだ手を強く握った。


「でもパティシエは…」


「パティシエはパリに行かなくてもなれるから…でも…パリに行ったら淳平くんには会えなくなるから…」


俺が口を開こうとすると、西野の言葉がそれを遮った。


「それにね…あたしは…淳平くんと一緒ならどんな未来でもかまわない。」


西野はそう言って微笑んだ。




(西野…そこまで俺のこと…)





俺は手を握り返し、空を見上げながら言った。


「西野…ずっと一緒にいような…」




「約束だよ…淳平くん…」


俺たちはしばらくの間、無言で空を見続けた。


幸せをかみ締めるように。













それから何分か経ち、西野が口を開いた。


「ね、まだ時間あるし、交際記念、二人で祝おうよ。」


「祝うって…どこで?」


「淳平くん、家に来なよ。今日、両親いないからさ、ね。」


俺が返事をする前に西野が俺の手を引っ張った。


西野は楽しそうに手を繋いだまま走る。後ろからで顔は見えないけど、その顔は笑ってるだろうと思った。













そして西野の家に着いてから二人でいちごのショートケーキを食べた。


そのとき、西野の部屋に流れていた曲に俺は聞き入った。


「この曲…良い曲だな。」


優しい歌詞に、切ないメロディ。思わずつぶやいた。


「淳平くんもそう思う?この曲ね、あたしの一番のお気に入りなんだ。」


「俺もたぶん…今までで一番…」


「それならこの曲は今日からあたしたち二人のお気に入りソングだね。」


そう言って西野は笑った




その夜、俺と西野はずっとその曲を聞いていた。


途中からは二人で口ずさみながら、


一緒に歌うと、二人の気持ちが一つになるみたいで嬉しかった。














それから俺はほとんど毎日西野と会った。


辛いことも、苦しいことも、西野がいれば全部吹き飛んだ。


西野がいれば、いつでも幸せな気持ちになった。


二人でいる時間が、本当に好きだった。


もう決してこの関係は崩れることは無いだろう


そう思ってた…












そして迎えた次の年の2月14日…








俺は西野と公園で待ち合わせた。


バイトがあった西野は少し遅れて来た。


「ごめん、待った?」


「いや、俺も今来たところだし。」


少し気の利いたことを言ったつもりだった。


でも、


「嘘、頭に雪積もってるぞ。」


俺の頭の雪を払いながら西野は言った。


俺の嘘はいつもすぐに見抜かれてしまう。


君は勘が良いから、





その後、遊具のトンネルの中で西野のチョコを食べた。


隣にいる西野は、すぐに感想を聞いてくる。


「ねえ、どうかな?淳平くん。」


答えは一つしかなかった。


「おいしい…本当においしいよ…」


このチョコを食べてなかったら、未来は変わっていたのかな…


そんなことを今でも思う。


「淳平くん、あたしたち約束したよね…『ずっと一緒にいよう』って…」


しばらくして西野が口を開いた。


「うん。だけど急になんで…?」


「あたし…日暮さんに言われたんだ……今の腕なら絶対に通用するから、留学しなきゃもったいないって…」







(…え…?)


「ねえ、淳平くんはどう思う…?」






(俺は…行かないでほしい、)


「俺は…」




口を開きかけた瞬間、さっきのチョコの味が思い出された。




西野のチョコは今まで食べたどんなチョコよりもおいしかった。本格的にパティシエ目指さないのがもったいないくらいに…









「…西野、行ったほうが良いよ…パリに…」







「そっか…そうだよね…淳平くんはあたしがいなくても大丈夫だよね……でも、あたしは…」



「西野…?」





「…なんてね。今日はチョコ食べてくれてありがとね。あたし頑張るから。」




走り去る西野に俺は何も言えなかった。




言いたいのはこんなことじゃないのに…




どうして言葉が出てこないんだろう。




それはたぶん、西野のチョコがあまりにおいしかったから…




改めて西野の才能に気付いたから…


















そしてとうとう西野が飛び立つ日が来た。


フランスへの留学は一、二年で終わるものでは無く、両親の意見により向こう
に家を移し、かなりの長期間にわたってパリに住むらしい。


あと数時間で西野はもう会えない人になる…


あんなに同じ未来を描いてたのに…






俺は空港のロビーで西野を見送った。


西野は笑顔で友達と話している。


そして最後に俺の前に来た。




「淳平くん。今までありがとう。淳平くんに会えて本当に良かった。」


「西野、頑張ってな…」


「うん、淳平くんもね…」


俺は笑顔だった。




いや、笑顔を作っていた。




悲しい顔をすれば彼女の決断を鈍らせてしまうから…




最後くらいは明るく見送りたかった。




夢へ向かう西野を応援したかった。









ロビーにアナウンスが流れる。


「そろそろ行かなきゃ。」


西野は最後に振り返ってこう言った、






「淳平くん、あたしのことは忘れてね…」







あの時の西野の顔は今でもはっきりと覚えている。






満面の笑顔、






なのに、






目にいっぱいの涙…


今にも壊れそうな切なく、悲しい笑顔だった。



気付けば俺の目からも涙が溢れていた。



西野の背中はあっという間に見えなくなった。


俺は何も言えずその場に立ち尽くした。



言葉が喉の奥につっかえて出てこなかった。


(これで…良かったん…だよな…)


西野が飛び立った後、


そう思ってるのにとてつもなく胸が苦しかった。




全部西野のためだと思ってたのに、それが一番西野にとって良いことなんだって…













人は人を思いやれば思いやるほど出口の無い迷路に迷い込んでいく、






あの時こうしていれば…思ってももう遅い、






君はもう僕の手の届かないところへ…


[No.933] 2005/03/12(Sat) 00:24:06
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Thank you for your love 2 (No.933への返信 / 1階層) - つね

『ずっと一緒にいようね。』




あの日交わした、不安な約束から逃れて、




自由を掴んだのに、




こんなにも心が苦しくなるのは何故…








-Thank you for your love 2-









まだ残暑が残る九月のある日、


俺はいつものように大学から帰っていた。






「真中くん、真中くんが監督できるの、もうすぐだね。」


いつものように楽しそうに話す東城。


「ああ、ホントに楽しみなんだ。東城の脚本も完璧だしな。」




本当にここ数日の生活は充実している。




そんな俺も笑顔で話していた。


そのとき俺の目に一軒の店が目に入ってきた。





『パティスリー鶴屋』





最近西野に関するものが妙に目につく。




いっそのことすべて忘れてしまえればいいのに…



その度にいつもそう思う。








「真中くん?」


東城が心配そうに尋ねてきた。


「…ああ、なんでもないよ…」


「…それよりさあ、脚本の始まりの部分、俺ホントにすごいと思ってさ。ここを映像化するのスッゲェ楽しみにしてんだ。」


(過去なんか振り返らなくても俺にはこんなに楽しい今があるじゃないか)


俺は無理矢理自分にそう言い聞かせてまた歩き始めた。

















次の日、


日曜日で今日はサークルも休みだった。


久しぶりの休日、


朝から俺は家でごろごろしていた。


今日は親も出掛けていて家には俺だけしかいない。




ピンポーン


部屋の中にベルの音が鳴り響いた。


「誰だよ、ったく。」




面倒臭そうに起き上がりドアを開けると、




そこに立っていたのは…




外村だった。




「よう真中、久しぶりだな。」


「外村…。何しに来たんだよ。」


「何って、久しぶりの親友との再会にそれはねえだろ。とりあえず上がらせてもらうぜ。」


「おい、待てって、」


俺に有無を言わせないうちに外村は家の中に入っていった。













「で、何の用なんだ?」


俺はもう一度外村に聞いた


「特に用はねえよ。ただ久しぶりに話せれたらなって思ってな。」


そう言って床に座り込む外村はちっとも変わってなかった。


「で、どうなんだよ。真中。」


「どうって、何が…?」


突然の質問に少し戸惑う。


「バカ、大学生活に決まってんだろ。他に何があるんだよ。」


外村は昔と全く変わらない調子で話す。


「大学は本当に充実してるよ。そうだ、今度は俺が監督させてもらえるんだぜ。」


「そうなのか。良かったじゃん真中。」


「ああ。で、外村のほうはどうなんだよ。」


「うーん、俺はぼちぼちってとこかな。」



懐かしいテンポで会話が進んでいく





久しぶりに話した俺達はいろいろな話で盛り上がった。
















そして昼を過ぎた頃、





「あ、そうだ。そういや差し入れ持って来たんだよ。」


外村はそう言いながら袋から白い箱を取り出した。


「これって…ケーキ?」


「ああ、二人で食べようぜ。たぶんかなりおいしいと思うぜ。」


そんなこと言われなくてもそのケーキの味がいいことはすぐに分かった。


白い箱には小さく店名が書かれている。





『パティスリー鶴屋』





「ん?…真中どうした?」




固まってる俺を見て外村が声をかけた。


「…ああ、俺フォーク持ってくるな。」


俺はそう言って台所に向かった。






台所から帰ってくると箱から取り出されたケーキが二つ置いてあった。


俺は外村と向かい合わせに座った。






いちごのショートケーキ…付き合い始めたあの日、西野と一緒に食べたケーキだった…





「真中、早く食べろよ。うまいぜ、このケーキ。」


外村に急かされて一口のケーキを口に運んだ。




…懐かしい味がした。







『淳平くん、うまくできてるかな?』






『淳平くんのために愛情いっぱい込めて作ったから。』






西野の姿が、言葉が、鮮明に思い出された。














「真中…お前…」



俺は気付くと涙を流していた。


今まで自分の中でごまかし続けた気持ちが溢れた








−西野に…もう一度会いたい−








俺はしばらくの間泣き続けた。








そんな俺を見て外村が口を開く。


「つかさちゃんのことでも思い出したか…?」


俺は頷いた


「俺、大学の暮らしは本当に充実してて…でも何かが違ってた。」





今まで溜め続けていた想いが言葉に変わり、俺の口からこぼれていく。






「考えてみれば西野がいなくなってから、時々すごく虚しい気持ちになった。」






「西野がいなくなって、やっと気付いた。やっぱり西野がいないとダメなんだって。」





「…でも…西野に会いたくても、西野は今頃…」





「何言ってんだよ。」



外村の言葉が俺の口を止めた。


俺は驚き、外村の方を見る。




「そんなに会いたいなら会えばいいだろ。」


「だって…西野はパリに…」


「だからお前がパリに行けばいいんだよ。」



外村はそれは当然のことだとでも言うような態度だった。



「…パリって…でもお金が…」


外村の言葉と態度に俺は答えに詰まる。




「ほらよ。これ貸してやるから。」


外村の手には札束が握られていた。



20万はあるだろうか、



「ネットで稼いだ金だよ、返すのはいつになってもいいから。」



「でも悪いよ。」



「バーカ、つかさちゃんが必要なんだろ。いい加減に捕まえろよ。」




その一言で決心がついた。




「…ありがとう、外村。俺、パリ行くよ。」


















数日後…


「淳平、本当に行くのね。」


「ああ、向こうに着いたら連絡入れるからさ。心配いらないよ。」


少し不安な顔をする母さんに心配かけないように笑顔を向けた。


「母さん、じゃあ行くよ。」


「淳平、気をつけるのよ。」


「うん、それじゃあ。」


そして俺は家を出た。















空港に着いて、機内へ乗り込む。


手には昨日買った銀の指輪。


これを渡したら、君はどんな顔をするかな





笑顔になるかな、






驚くかな、





西野の喜ぶ顔を想像するだけで笑顔がこぼれた。







胸いっぱいの希望を抱いて俺はパリへと飛び立った。


[No.935] 2005/03/12(Sat) 00:38:15
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Thank you for your love 3 (No.935への返信 / 2階層) - つね

今、また僕らが出会ったら、あの日のような関係にまた戻れるのかな





もし…






もしもあの日に帰れるならば…






心から伝えたい、『ありがとう』
















-Thank you for your love 3-











「…ん…」


着陸の衝撃で目が覚めた。


俺は眠たい目をこすりながら窓の外を見る。


そこには今まで写真でしか見たことの無い景色が広がっていた。





空港を出てしばらく歩いてみた。




少し歩くと街へ出ることができた。


俺はその町並みに圧倒された。


(西野…こんなにきれいな場所に住んでるんだな。こんなきれいな街…今まで見たことねえよ…)


心の中でそう思ったとき、


ふとあることに気付く。


(そういえば…西野って、パリのどこに住んでるのかな…?)


俺は肝心なことを知らなかった。


西野の居場所を…










しばらくの間、街灯の柱にもたれ掛かって考えてみた。


そのとき、一台の車が俺の横を通り過ぎていった。


(…え…?今のって…)


俺はその車を必死で追いかけた。


間違いない。


あの顔、あの独特の雰囲気、


車に乗ってたのは…


あの人なら必ず…


そう思って全力で走り続けた。


このチャンスを逃したくなかった。


いや、逃したら、もう西野には会えないような気がした。













必死に走るが、車と人間、


段々と距離が離れてく。


(やばい…もう無理かも…)


そう思った瞬間、車が一つの店の前で停まった。


ハァ、ハァ


俺はもう前も見れず、膝に手をつき肩で息をした。




「ん…?まさか坊主…か?」


俺の前から声がした。




「…日暮さん…こんにちは。」


声の主は日暮さんだった。









「坊主、お前、何でこんなところに…」



「え…と、西野に…西野に会いに来たんです。」


俺は西野が日暮さんと同じ店で働いてるだろうと思った。


今、目の前にあるその店の中にいると思うと少しドキドキしてきた。


「そうなのか。でも今日は店も休みだから、西野さんは来てないな。」


「えっ、そうなんですか?」


「ああ、俺はちょっと店に運ぶものがあって来ただけ。」


俺はそれを聞いてがっくりと肩を落とした。


そんな俺を見て日暮さんが口を開いた。


「俺はもう用ないし、西野さんの家の近くまで乗ってくか?」


「えっ!?」


俺は顔を上げて日暮さんの顔を見た。


「坊主、お前その様子じゃ他にあてもないんだろう。」


「…はい、すみません…お願いします。」


俺は深々と頭を下げた。


「いいって、いいって、帰り道だし。」


「ちょっと待ってろ、材料置いてくるから。」


そう言って日暮さんは店の中に走っていった。










(やっぱり日暮さん、本当にいい人だよな。こんな人が西野の隣にいるなら、西野だって…)









「おい、坊主、なんて顔してんだ。早く乗れよ。」


気付くと日暮さんはもう車に乗ろうとしている。


「は、はい、」


そして俺は日暮さんの車に乗り込み、西野の家へと向かった。
























車の窓を流れる景色はとても新鮮で、自然に溶け込む整った町並みが本当に綺麗だった。


そんな景色を見ながら、俺は西野と日暮さんのことを考えていた。


そんな中、


不意に日暮さんが口を開いた。


「俺と西野さんのことが気になる?」


そう言いながら笑顔を浮かべる日暮さん。


「…え…」


確かに気になるけど、「聞きたい」と簡単には言えなかった。






少し不安だったから…









「俺と西野さんはなんでもないよ。」


俺の心を見透かしたように日暮さんは答えた。


「こっちに来てからもね、何回か結婚の話を持ち掛けてみたことはあるんだよ。」


「でも、その度に西野さんはこう言うんだ、『気持ちはありがたいです。けど、あたしには好きな人がいるんです。その人は今遠くにいるけど、あたしが日本に帰ったとき、まだ待っていてくれたら…。だからその時までその話は待っていてくれませんか。』ってね。」







声が出なかった。






そうだとは知らなかった、思わなかった。






東城がずっと俺の側にいてくれて、俺の答えを待っていた。






近くにいる分その優しさは切ないほどに強く感じた。






でも、それだけじゃなかった。






西野もまた、俺を待っていた…






こんなに遠い地で…























「ほらよ、坊主。着いたぞ。あそこに見える家だ。」


「日暮さん、本当にありがとうございました。」


俺はもう一度日暮さんにお礼を言って、頭を下げた


そして俺は西野の家に向かって足を進めた。


気持ちの高ぶりは抑えられず、一歩一歩をやけに意識してしまう。


心臓の鼓動はだんだんと早くなり、心臓は今にも飛び出しそうになる。




そのとき、



ドンッ


俺の肩が誰か知らない人の肩に当たった。


その衝撃で俺は財布から小銭を落としてしまった。


(なんでこんなときに…)


緊張感が一気にほどけ、気持ちも落ち込んだ。


でも、近くにいた人が小銭を拾うのを手伝ってくれていた。





「あ、すみません。」


そう言ってみたが、言った後で俺は気付いた。ここはパリ、日本語が通じる訳が無い


通じるはずの無い言葉、でも少し経ってから俺の耳に声が届く。








「…その声…淳平くん?」





それは一番聞きたかった声。





懐かしくて、愛しくて…想いが溢れた。



「に…しの…」


俺は顔を上げて目の前にいる人の顔を見た。


綺麗な顔立ち、肩まで伸びた髪、そしてあの頃と同じ真っすぐな瞳。


その目は今、間違いなく俺を見ている。


「てやっ!」


その声と同時に西野は俺に抱き着いた。


「うわっ、西野!?」


突然のことで驚いた俺は思わず声を上げた。


そんな俺をよそに、俺の体を抱き締め続ける西野。


「なんで?淳平くん。あたし…忘れてって言ったのに…」


「そんな…俺が西野のこと忘れる訳無いだろ…」


そう言いながら俺も西野を抱き締め返した。












「淳平くん、どうしてここに来たの?」



抱き合ったまま西野が聞いてきた。


「…え…西野に会いに来たんだ。」


少し照れ臭かったけど、はっきりと言った。


西野は何も言わなかったけど、さっきよりも少し強くなった西野の腕の力が充分な答えだった。



















それから俺は西野に連れられて、西野の家に入った。


家には西野の母親がいた。


俺を見た瞬間驚いたが、歓迎してくれた。


すっきりとしていて、無理なく綺麗に飾られた空間。


それが西野の家の第一印象だった。


初めて来た場所なのに何故か落ち着けた。


俺と西野、そして西野の母の三人は椅子に腰掛けて紅茶を飲みながら話した。


その間に俺は西野の母親にパリに来た理由などを説明した。


西野のお母さんは高校のとき俺と西野が付き合っていたことも知っていたので俺の話をすぐに理解してくれた。













そして俺の話が終わると西野のお母さんが口を開いた。


「なら、真中くんパリにいる間家に泊まっていいわよ。」


「えっ!…いいんですか?そこまでしてもらって…」


思わず声が大きくなる。


「いいのよ、遠慮しないで。」


西野の母さんがそう言った直後、


ギュルルルルル


「あ、」


思えば空港を出てから何も食べていない。


「ちょっと待っててね、ご飯もう少しだから。」


西野の母さんは笑いながらそう言った。


俺は恥ずかしさの余り俯いた。







西野の父親は帰ってこなかったので三人での食事だったが、笑顔は絶えなかった。









なにより、西野が母親と作った料理が本当においしくて、それが俺を自然に笑顔にさせた。





















そして夜も更け、俺は西野に連れられて部屋にいった。


「淳平くんの部屋はここだから、」


部屋のドアを開けて驚いた。


かわいらしい雰囲気にいい匂い


「え…ここって…もしかして、西野の部屋じゃ…」


「ごめんね。さっき確かめてみたら部屋空いてなくて。」


「…ということは…西野もここで寝るって…ことだよな…?」


そのことを考えると、思わず顔がにやけてしまう。


「そうだよ。…って淳平くん、今エッチなこと考えてただろ!」


「あ、いや、その」


「もうっ、だらしないんだから。」


(…なんか、この感じ。懐かしいかも…)















西野の部屋では、西野はベッドで、俺は床に敷いた布団で寝た。



それでも隣に西野が寝ていると考えると眠れなかった。

















それから、俺は西野の家で生活した。


西野の両親ともすぐに仲良くなり、まるで本当の家族のように過ごした。


そして西野と俺の関係は付き合っていたあの頃の続きを再び歩み始めた。


離れてもお互いに想い続けていた二人の絆は、時を重ねるごとに強く、深くなっていった。














二人で一緒にいる時間はいつも楽しくて、幸せで、




僕の目には希望しか映っていなかった…


[No.968] 2005/03/23(Wed) 22:49:36
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Thank you for your love 4 (No.968への返信 / 3階層) - つね

君といる時間は楽しくて、辛いことも苦しいことも全部吹き飛ばしてくれる




僕は君にどれだけたくさんの笑顔をもらっただろう






だから、今度は僕が支えたい






君が辛いとき、苦しいとき、君を笑顔にしてあげれる、君を支えてあげられる、





君にとって、僕はそんな存在でありたい










-Thank you for your love 4-









パリに来て一週間が経った。


西野とずっと一緒の毎日。


そんな幸せな毎日に異変は起きる。







「西野、大丈夫なのか?」


「うん、少しは楽になった…」


最近やけに西野が体調を崩すことが多い。


今日も食事を戻した。


「じゃあバイト行ってくるね。」


そう言う笑顔は無理して作っているものだと分かる。


「でも、そんな体調じゃあ…」


「そうよ、つかさ。病院に行ったほうがいいわ。」


俺が言い終わる前に西野の母が西野を止めた。


結局西野も説得に応じて病院に行くことになった。
























病院の待ち合い室、


西野の診断結果を待つ間、不安な気持ちでいっぱいだった。













診察室のドアが開き、中から西野が出てきた。


「西野、どうだった?」


その瞬間、俺は西野に駆け寄った。


「うーん。そんなに大変な病気じゃないみたいだけど、検査も含めて少し入院することになるみたい。」


そう言う西野の顔色はまだ優れない


「そっか。でも重病じゃなくて良かった。」


それでも俺は少しホッとした。


確かに西野の調子が悪いことには変わりはないけど、俺はもっと悪い事態を想像していたから。

















その後、西野の入院のための準備をするために、俺は一度西野の家に帰った。


西野の両親に頼まれてのことだった。


西野の両親は病院に残って入院の手続きをしている。




俺は西野に言われたものを一通り揃えて部屋を出ようとした。


いつも良く聞く、俺の一番好きな曲を口ずさみながらドアに手をかける。


そのとき、


「あ、そうだ。」


俺は西野の枕元に置いてあるMDプレイヤーを手に取った。


その中にはあの時、二人を引き寄せたあのお気に入りソング。


「これ持って行ったら西野喜ぶだろうな。」


そう思いながら俺は家を出た。





















病院に着き、俺は西野を探した。


どこの病室にいるのか分からなかったけど、受付にいる人もすれ違う白衣の人も日本ではあまり見たことのない顔。


フランス語を話せない俺には会話ができない。


そんな俺は病院の廊下を適当に歩いた。












しばらくすると病室の前の椅子に座っている西野の母を見つけた。


「あ、お母さ…」


声を出しかけた俺はその表情を見て固まった。


「…え…と…どうしたんですか…?」


西野の母さんの目からは涙が流れていた。


俺に気付いた西野の母さんは口を開く。


「…淳平くん…」






その瞬間、急に不安な気持ちになった





嫌な予感がする。




西野の母さんが流した涙はどうか俺の予想と違う理由からであってほしい。





「…つかさは…」





























「…あと3ヶ月生きられるか分からないの…」

























何が何だか分からなかった。







目の前が一気に真っ暗になって、






未来の希望なんて一瞬にして崩れ去ってしまった。





なんで…





西野に会いたくて、西野が必要で、西野のことが本当に好きで、




もう一度あの時に戻りたくて、






パリに来て、また一緒になれたと思ったのに…





僕の願いはいつも叶っては消えていく





運命は僕らだけをいつも苦しめているようで…






こんな思いをするのなら、パリになんて来なければ良かった…



















しばらく経ってから俺は目の前にあるドアを開けた。


ベッドの上には少しつまらなそうにする西野。


俺は西野に近づき話し掛ける。


「西野、言ってたもの一通り持って来たよ。」


「ありがと、淳平くん。」


俺の声を聞いた西野は嬉しそうに笑った。


自分の病気のことを、西野はたぶん知らない。


その無邪気な笑顔が今日は切なくて、涙が零れた。


「どうしたの?淳平くん。」


「あ…」


俺は急いで涙を拭いた。


そしてまた明るく振る舞う。


「ごめん、何でもないよ。」






「それより西野、これ。持って来たんだ。」


俺は手に持ったMDプレイヤーとMDを西野に見せた。


「淳平くん、それ…」


「そう、俺達二人のお気に入りソング。」


俺はそう言って西野に向かって微笑んだ。


その瞬間に西野も笑顔になる。


「早速聴いてみようよ。」


そう言われて俺は西野の側に行く。





MDプレイヤーのスイッチをいれれば流れてくるあのメロディー、





しばらく経って西野が口ずさみ始めた。


それにつられて俺も口ずさむ。





二人で歌うと…




心が一つになるみたいで嬉しくて…




この歌を聞いていると、希望が少し見えるような気さえもした。



















その二日後、俺は西野のお母さんを通じて病院の医院長に頼んだ。


『西野の命が限られたものなら、どうか西野を退院させてやってください』と。



残された僅かな時間。


その間、ずっと西野に最高の笑顔でいてほしい。西野を幸せにしたい。


今俺に出来ることなんてそれくらいしかなかった。











その翌日、西野は退院した。


その日の夜、西野の家族と俺は西野の退院を祝った。


そしてその後西野と俺は部屋へ入った。


ドアを閉めて俺は西野に話し掛ける


「西野、明日一緒にどこか行こうか。」


いつもは西野からの言葉。


その言葉に少し驚いたようにした西野だけどすぐにいつもの笑顔に変わる。


「パリでの初デートだね。」


『デート』


その言葉に少し照れながら、俺は眠りについた。



















そして次の日、二人で公園へ行った。


公園へ足を踏み入れた瞬間、俺はあまりの綺麗さに驚いた。


そんな俺の顔を覗き込むようにして微笑む西野。


「パリの公園ってすごいでしょ。淳平くんに見せたかったんだ。」


西野は少し得意げに言う。






たくさんの遊ぶものがある訳では無いその空間、


その中で西野は俺を飽きさせない。


一緒にお弁当を食べたり、


集まって来た鳩に餌をやったり、


そのたびに見せる様々な表情。





どんな綺麗なものを見ているよりも西野を見ているほうがずっと楽しかった。





もし神様がいるのなら、





どうかずっと西野の隣にいさせてほしい。




ずっと…ずっと…




他には何もいらないから、





それだけでいいから…


[No.977] 2005/03/26(Sat) 21:27:19
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Thank you for your love 5 (No.977への返信 / 4階層) - つね

僕は君といつまで一緒にいられるのだろうか。




こんなにも幸せなのに、



誰がこんな運命を決めたのだろう。




もし、あの日に帰れるのなら…




何度もそう思った。










-Thank you for your love 5-













西野は病気とは思えないほどの明るい表情を見せた。


それでも体調を崩すことは以前よりも多くなり、体も確実に細くなっていった。
















そして、冬に入り雪が舞い散るある日、


西野が倒れた。


病院に運ばれ、病室の前で聞いた絶望的な言葉。











「もう、助かる見込みはないでしょう…」





















その三日後、


最期の時がやってきた。


「淳平くん、約束…守れなくてごめんね。」


申し訳なさそうな西野、


「約束って…」


「ほら、約束したでしょ。『ずっと一緒にいよう』って。」


「…西野…」


西野の言葉に涙が溢れた。


「…淳平くん…泣かないで。」


俺の頬に西野の手が触れた。


「最後には淳平くんの笑顔を見ておきたいから。」


俺は涙を拭いて西野に笑顔を見せた。 西野の願いなら何でも叶えてやりたかった。





「うん。淳平くんにはやっぱり笑顔が似合うよ…」






西野はそう言って微笑み、そのまま目を閉じた。






…西野が余命3ヶ月の宣告を受けてからちょうど3ヶ月と1日経った雪の降る日だった…
























朝目覚めてベッドの上を見る。



布団をめくり、君を探すけど、そこにはもう君の姿は無い。


ドアに目を移す。


(コラ、淳平くん!朝ごはんできてるぞ!早く起きろ!)


いつも聞こえていたあの元気な声が、今日は聞こえない。


起き上がろうとした俺の手がリモコンのスイッチに触れた。






しばらくして流れだす、優しいあのメロディー。







二人でよく一緒に歌っていた。





苦しいときいつも聴いてた。

















(この曲ね、あたしの一番のお気に入りなんだ。この曲聴いてると前に向ける気がして、)







(それならこの曲はあたしたち二人のお気に入りソングだね。)















…だけど今はどんな歌より悲しく聴こえる。






「うぅ…西野…」





涙が止まらなかった。





君はもう、会えない人に…





あんなに同じ未来を描いていたのに…















(淳平くん、淳平くんは今叶ってほしい願いってある?)











(あたしはね、あるよ。)













(それはね、淳平くんとずっと一緒にいることなんだ。)













(ずっと、ずっと一緒にいようね…)















やっと出会えたと思って、これからもずっと一緒にいられると思ってたのに、




こんなにも早く別れが来るなんて、









まだ話したかったのに…








まだ手をつなぎたかったのに…









まだ一緒にこの歌を歌いたかった…














……ずっと一緒にいたかった…

















『ずっと一緒にいようね』











あの日交わした二人の願いは叶わなかった…






































それから1年後、



あの日、付き合い始めた公園のベンチに腰掛けて空を見上げる。


あの時と同じ星空、


その星空を見ながら、心の中で話しかける。




(西野、ずっと君がいなくて寂しくて、悲しかった。)





(でもいつまでも悲しむのはもうやめたんだ。)





(俺にはまだ未来があるから。)






(だから…俺は西野の分まで生きていこうって決めたんだ。)






(西野のことは一生忘れない。俺は西野のことをずっと愛してる。そして、今伝えたい…)















最後は声に出して言った。













「…西野…ありがとう…」






-Thank you for your love- Fin


[No.978] 2005/03/26(Sat) 21:35:50
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あとがき (No.978への返信 / 5階層) - つね

このようなストーリーを書くのは正直辛い部分もかなりありましたが、何とか書き切りました。


このストーリーは題名にもなっている曲を元に、自分なりのアレンジを加えながら書いていきました。
(たぶんこの曲をしている人はかなり少ないと思うのですが)
自分は話のベースに何かの曲を持ってくることがかなり多いのですが、この曲を元にした話をどうしても書いてみたくて、性懲りも無くまた書いてしまいました。
そこら辺をどうかお許し下さい。

この話を読んで、何かを感じていただけたらとても嬉しく思います。
読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。


[No.979] 2005/03/26(Sat) 21:57:24
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