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2012年12月19日(水) 昭和58年の今日、あれは10時半だった。「北海道5区、鈴木宗男、無所属新、当選確実」とテレビのテロップに流れた。何とも言えぬ思いだった。もう足かけ、30年前の事になるが、私にとっては昨日の事のように新鮮な、そして忘れ得ぬ出来事として残っている。 当時の選挙は、中選挙区制で自民党派閥選挙の全盛期、公認を取れない段階で落選と言われていたものだが、心ある人のお蔭で「奇跡の当選」と言われ、あの時の壮絶な選挙は、今でも語り草になっているほどである。 厳しい選挙を勝ち上がって行った分、私は公の仕事で評価してもらおうと人より頑張った。「頑張りすぎた結果、国策捜査にあったのでないか」と多くの人から言われたが、私は「公」の事では人一倍働いたと自負しているので悔いはない。 松山千春さんが「鈴木宗男さん位働く政治家が10人いれば日本は変わった」と良く言ってくれたが、1人でもそう思ってくれる人が居れば有難い限りである。「生涯政治家」として私は私の道を歩いていく。 「生きていれば良い事がある。生きていれば逆転もある」と人生挫折や失望を味わった人に少しでも勇気や励みを与えて行くのが、鈴木宗男の役割だと言い聞かせている。 何時の日か「鈴木宗男の後姿を見よう、いや鈴木宗男の生き様を参考にしよう」と言わしめる日を作りたいと心している。 故松下忠洋郵政改革・金融担当大臣の偲ぶ会が全日空ホテルで行われた。 野田首相・横路前議長はじめ沢山の人が来られ、御挨拶されていた。国民新党の自見代表・下地幹事長・松下忠洋氏の後継者で当選された野間たけし氏が挨拶の中で、松下忠洋先生がいつも言っていた言葉に「受けた恩は石に刻み、かけた恩は水に流せ」だったとしみじみと話されていた。 松下忠洋さんらいしと思いながら、私宛の遺書にも「鈴木先生、大変お世話になりました。先生と出会えて嬉しかったです。先生必ず再起して北方領土を解決して下さい」としたためてあった事を想い出した。 松岡利勝・松下忠洋両氏は男気と情を持った私の盟友であった。二人とも現職大臣として旅立ってしまったが、何とも言えぬ世の無常を恨みながら、心からのご冥福を祈ってやまない。 鈴木宗男 [No.5234] 2012/12/19(Wed) 21:08:24 |