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「ライマン・ホームズの航海日誌」刊行によせて 小沢一郎氏 (No.5286 への返信) - hasebe

 ライマン・ホームズの航海日誌―
             ジョン万次郎を救った捕鯨船の記録

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
  刊行によせて(本書より)

            衆議院議員・CIE会長 小沢 一郎

 日本の近代化に尽した人物は大勢いるが、漂流少年ジョン万次
郎の功績は特筆すべきである。そのジョン万次郎を永年にわたり
研究し、私たちに貴重な情報を提供しながら、万次郎の功績を顕
彰する国際草の根運動を支えてくれているのが、慶應義塾大学元
教授の川澄哲夫氏である。

 この度、『ライマン・ホームズの航海日誌』の全訳が、バイリ
ンガルで出版されることになった。川澄氏のライフワークの完成
であり、病身を押しての必死の努力に敬意を表したい。

 この『航海日誌』は、私にとって忘れることができない因縁が
ある。実は、米国の古書店で2000年に入手したのは、私の慶
應義塾大学時代の同級生・涛川和夫氏であった。神田神保町で洋
書店を経営している人物だ。

 2001(平成13)年2月、川澄氏を通じて「この航海日誌
は、19世紀の太平洋における海洋文化、資源確保そして日本の
開国の原因を究明できる重要な資料なので、日本での古書オーク
ションに出したくない。ジョン万財団で購入してはどうか」との
話があった。

 ジョン万財団(CIE:財団法人ジョン万次郎ホイットフィー
ルド記念国際草の根交流センター)に、資金的余裕がなく、とり
あえず私が入手して、CIEに寄贈することを前提に購入した。
現在はCIEに寄贈し、そこで管理している。一日も早く全訳し、
万次郎の研究者たちだけでなく、国民の共有財産になることを祈
念していた。

 万次郎らを救助した「ジョン・ハウランド号」には、ホイット
フィールド船長による公式の航海日誌があるが、それとは別に若
い水夫が克明に記録した日記があることは、奇跡的なことである。
ハーマン・メルヴィルの『白鯨』の裏づけともなるもので、一日
も早く全訳することを期待したが、3年6ヵ月と7日間という長
期間の膨大な記録のため、簡単には進まなかった。

 そこで関係者が相談して『航海日誌』を、川澄氏に要約しても
らい、慶應義塾大学の阿川尚之教授に「万次郎の見たアメリカ」、
私が「万次郎に学ぶこと」の一文を書き、平成13年7月に『ジョ
ン万次郎とその時代』(廣済堂出版)を刊行した。このホームズ
の航海日誌は、ホイットフィールド船長の公式『航海日誌』と食
い違うところもあり、全訳の刊行が期待されていたものである。

 ホームズの『航海日誌』は、1839年1月26日(火)から始まり、
1843年5月8日(月)に終わっている。日誌の最後を「鯨捕
りの掟」で結んでいる。

 「汝は6日間、労をおしまず、力のあらん限り働け。そして7
日目に、血ぬられた甲板を、ごしごしとこすり、洗い清め、その
上、ケーブルをきれいに磨くのだ」と。捕鯨という19世紀の資
源確保に、民衆がいかに活躍したか。民衆が時代を支えていたこ
とがわかる。

 『白鯨』の著者、ハーマン・メルヴィルは、ホームズと同じよ
うに捕鯨船の水夫であった。捕鯨船の生活に堪えられず文筆家に
なったといわれている。名著『白鯨』の中で、日本の鎖国が捕鯨
船の活動にとって大きな障害になっており、「日本を開国するの
は捕鯨船である」と記してある。 1851年11月のことだ。

捕鯨船の若き水夫・ホームズの『航海日誌』は、それを証明する
ものといえる。ジョン・ハウランド号が万次郎らを救助した18
41年6月28日の日誌は、次のように綴っている。

 「午後1時、2隻のボートを下ろし、岸辺に海亀を探しに行く。
3時にボートは戻ってきた。5人の中国人か日本人を連れ帰った。

難船して、この島に漂着したということだった。彼らは、泳いで
ボートに乗り移ってきた。何もしゃべらない。お互いに、身振り
と手振りでしか、相手の言うことが理解できない。海岸に衣類と
数個の箱を残してきたと言っているようだ」(以下略)。

 万次郎らを救助した状況を、実に冷静に記述している。日誌と
はいえ事実はいかなる想像より力強くロマンチックなものである。

 米国捕鯨船に救助された万次郎は、ホイットフィールド船長の
人類愛で米国で近代社会に学び、一流の航海士となり捕鯨船員と
なる。10年後、捕鯨船のためにも日本のためにもと、開国を訴え
るため命を懸けて日本に帰国する。万次郎が日本の開国と近代化
について、どのような活躍をしたのか。川澄氏や万次郎の子孫・
中浜博氏らの研究があるので、そちらに譲る。 CIEの運動も
この『航海日誌』の全訳で、さらに活発となると確信している。

 最後に、本書の刊行にあたって、格別の配慮をいただいた慶應
義塾大学出版会の関係者に心から感謝の意を表しておきたい。
                         
                     2012年10月


[No.5304] 2013/02/01(Fri) 21:01:20

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