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No.5479へ返信


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all 政策的には、二者択一しかない! - 豊後の小兵衛 - 2013/05/30(Thu) 09:47:10 [No.5455]
Re: 政策的には、二者択一しかない! - hasebe - 2013/05/30(Thu) 23:04:57 [No.5457]
千葉から日本政治の一新を! - hasebe - 2013/06/07(Fri) 15:53:15 [No.5468]
『女性と生活の向上を考える会』 - hasebe - 2013/06/21(Fri) 23:28:09 [No.5479]
ご意見募集:『女性と生活の向上を考える会』 - hasebe - 2013/06/27(Thu) 13:50:12 [No.5486]


『女性と生活の向上を考える会』 (No.5468 への返信) - hasebe

 小沢さんのお母様の故郷の地、柏で『女性と生活の向上を考える会』
の発足式に参加いたしました。

日本では、私が就職した頃に比べると、女性の地位も隔世の感が
あります。

何にしろ結婚したら即、会社を辞める事が暗黙の条件でした。

今では、多くの分野で女性が活躍、実績を残していますが、何故か
政治の世界では、相変わらず男性社会です。

国会議員(衆院)の女性割合(10月末現在)で、日本は190か国中
113位。(列国議会同盟(IPU)の統計による)

4割前後の北欧や2割前後の欧米諸国に比べ、日本は先進国の中では
最低レベルです。

それなのに日本の政界を見渡せば、男性議員がサラリーマン化している
せいか女性議員の腹のくくり方、覚悟の程が目立ちます。

千葉は、現在参議院候補者9人のうち女性候補者は、たった一人
太田かずみさんだけです。
ぜひ、当選していただきたいです。

平野貞夫氏がこの柏での発足式の事を日本一新のメルマガに
書かれています。

下記にコピーさせていただきます。
   

「日本一新運動」の原点―166

日本一新の会・代表 平野貞夫妙観

《『女性と生活の向上を考える会』小沢代表の母の故郷で発足!》

 6月19日(水)、柏市五條谷(旧沼南町)の妙見会館内にあ
るシロアム・キリスト教会で『女性と生活の向上を考える会』が
発足した。この会は『日本一新の会』に事務局を置き「女性の向
上による生活の向上」を目標に、全国から提言・意見など女性の
知恵を提供していただき、日本一新の会事務局で整理し、女性の
国政進出に活用してもらうために設けたものである。

 ネットを中心とした活動となるが、要領は事務局から発信する
ことになる。

 発会式は午後1時半から始まり、小沢一郎さん(生活の党代表)
と太田かずみさん(参議院千葉県地方区立候補予定者)が顔を見
せ、参加者を驚かせた。小沢さんはお母さんの故郷が旧沼南町で、
久しぶりに母の故郷を訪ね菩提寺や神社を参拝し、親族に挨拶を
済ませた帰りであった。

 太田さんは柏市の生まれで、近くの県立沼南高校の卒業生で、
思い出の地であった。

 発会式で小沢さんは「久しぶりで母の故郷を訪ねた。私にとっ
て母親が最大の恩人で、現在も母の教訓が政治活動の原点です。

社会には女性の力はとても大切です。女性の知恵と活動力が「国
民の生活が第一」の政治とって欠かせません。千葉選挙区唯一の
女性候補である太田かずみさんをよろしくお願いします(要旨)」
と挨拶した。

 太田かずみさんは、「福島から戻ってきました。原発事故への
対応で、女性の悩みを数多く知りました。千葉県下でも、放射能
問題はこれからです。女性の知恵と力で解決していきます。女性
の向上にきめ細かな政策を展開することが「国民の生活が第一」
の政治の基本です。皆様のご支援をよろしくお願い申し上げます
(要旨)」と、元気いっぱいの挨拶であった。

 小沢代表の母親の故郷で『女性と生活の向上を考える会』を発
足することができたことは、とても意義深いことだった。

〇母の故郷は『民衆の福寿と国の安寧』発祥の地!

 小沢さんの母「みちさん」の故郷は、千葉県柏市藤ヶ谷である。

元は東葛飾郡沼南町藤ヶ谷という地区で、荒木家という名門の生
まれである。6月初旬、小沢さんから「母の親族への挨拶や、神
社参り、墓参りをしたい」との話があった。実は偶然だが、私は
旧沼南町大津ヶ丘に35年前から住んでいて、藤ヶ谷地区までは
国道16号線で2キロぐらいの場所である。小沢さんの日程が、
6月では19日しか採れず、しかも、午前11時から午後1時半
までの3時間弱の特急訪問であった。

 荒木家の歴史は残されている文書と伝承があり、いずれもわが
国の歴史の中で大きな役割を果たしている。親族に挨拶を済ませ
て、最初に菩提寺の「善龍寺」を訪れた。天台宗だが古記録は失
われており創建は不詳である。近くの「神明社」(伊勢神宮分社)
との関係が深く、伝承では千年以上の歴史とのこと。

 次に訪れた『神明社』が荒木家のルーツと関係が深い。約4百
年前、伊勢神宮内宮の神主であった荒木伝右衛門らがここに派遣
されたのが先祖である。伝承では、この神明社は約千五百年前の
創建といわれ、かつては、手賀沼周辺の相馬地区は伊勢神宮領で
あった。平将門一族は、相馬御厨として、平安時代に神明社を通
じて伊勢神宮に寄進する相馬地方の特産物の管理役であった。

 小沢さんの先祖は神明社を通じて、平将門に繋がる「国の安寧」
に尽力していたのである。

 最後に訪れたのは、岩井地区の『将門神社』であった。小沢さ
んは、母みちさんから「藤ヶ谷の家は将門の常宿だった」と聞か
されていた。荒木家は伊勢神宮「神明社」の先祖の他に、藤ヶ谷
の隣り、将門の本拠地「岩井」にルーツがあると推定できる。実
は『将門神社』を何百年も守っているのが「勝矢家」で、荒木家
と親族関係である。平将門と小沢一郎は歴史の中で一体化してい
るのだ。

 将門はこの地で妙見北辰信仰を通じ、「民衆の福寿による国の
安寧」を実現しようとした。それが「将門の乱」と誤って歴史に
位置づけられた。真実は腐敗した平安貴族政治の改革であった。

将門は処刑されたが、唯一の理解者、叔父・平良文は陸奥鎮守将
軍として胆沢城主となる。そこは小沢さんの父、佐重喜の出身地、
水沢だ。良文の子孫はアテルイ(阿弖流為)の子孫たちと共存し、
千葉一族を名乗り、民衆の福寿と国の安寧のため、約250年後、
鎌倉幕府を樹立し、将門の志を生かすことになる。小沢さんの政
治理念「国民の生活が第一」は、将門の政治理念の再現といえる。


[No.5479] 2013/06/21(Fri) 23:28:09

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