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all 「国会の葬式」 - 豊後の小兵衛 - 2013/12/05(Thu) 14:20:57 [No.5732]
Re: 「国会の葬式」 - hasebe - 2013/12/10(Tue) 23:26:22 [No.5733]
マスコミの葬式 - hasebe - 2013/12/11(Wed) 15:51:19 [No.5735]
Re: マスコミの葬式 - 豊後の小兵衛 - 2013/12/13(Fri) 13:20:27 [No.5737]
Re: マスコミの葬式 - 豊後の小兵衛 - 2013/12/13(Fri) 13:21:59 [No.5738]
高知での『違憲国会の葬式』 - hasebe - 2014/02/18(Tue) 12:03:01 [No.5790]
Re: 高知での『違憲国会の葬式』 - hasebe - 2014/02/18(Tue) 12:12:35 [No.5791]
平野貞夫氏『違憲国会の葬式』 - hasebe - 2014/02/27(Thu) 10:20:18 [No.5798]
違憲国会の葬式 弔辞 - 豊後の小兵衛 - 2014/02/27(Thu) 13:58:46 [No.5799]
議会政治再生・ジョン万次郎宣言 - 豊後の小兵衛 - 2014/02/27(Thu) 14:02:59 [No.5800]
Re:3人のパネラーによる「 討議」 - hasebe - 2014/02/28(Fri) 10:36:01 [No.5801]
「新聞葬」に込められた土佐人の心意気 - hasebe - 2014/02/28(Fri) 11:21:01 [No.5802]
土佐人の心意気 - 豊後の小兵衛 - 2014/02/28(Fri) 15:17:07 [No.5803]
平野貞夫氏:「3・11原発事故」の解決を阻止するのは誰か! - hasebe - 2014/03/16(Sun) 23:16:30 [No.5815]
平野貞夫氏メルマガ:「日本は核武装すべきなのか」 - hasebe - 2014/03/24(Mon) 14:06:59 [No.5820]
『違憲国会の葬式』 弔辞 - 豊後の小兵衛 - 2014/03/25(Tue) 15:58:46 [No.5821]
議会政治再生・ジョン万次郎宣言 - 豊後の小兵衛 - 2014/03/25(Tue) 16:01:20 [No.5822]
Re: 議会政治再生・ジョン万次郎宣言 - hasebe - 2014/03/28(Fri) 14:44:28 [No.5828]
Re: 議会政治再生・ジョン万次郎宣言 - hasebe - 2014/03/29(Sat) 00:10:43 [No.5829]


Re: 議会政治再生・ジョン万次郎宣言 (No.5828 への返信) - hasebe

何故、ここまで日本の政治が、何でも有りの状況になって
しまったのか?

そこには、日本人の国民性も関わっているのでしょうか?

平野貞夫さんの日本一新のメルマガに、その考察が述べられて
います。

日本人の古来からの歴史や日本列島の地政学との関連、また
権力、宗教、教育と多岐にわたった日本人考が語られています。

下記に平野貞夫さんのメルマガ記事をここに転載させて
いただきました。




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◎「日本一新運動」の原点―206

            日本一新の会・代表 平野 貞夫妙観

《『違憲国会の葬式』をやったら危篤状態になった国会!》

 3月20日(木)に、平成24年度総予算が参議院で可決され、
戦後3番目の早さで成立した。朝日新聞は3月22日の社説で、
『「1強」国会 誰のための審議か』と前半国会のあり方に嘆息
している。多くの日本人もそう感じているだろう。

 日本一新の会では、最近の国会情況を総括して2月22日(土)
に、高知市の自由民権記念館で『議会政治再生・違憲国会の葬式』
を催したものの再生どころか危篤状態の国会となった。

それなりの責任を感じている。
と同時に、こうなる予感があったから、なんとか議会政治を再生
させなければならないと挙行したのである。

 朝日新聞だけではなく、ほとんどの論調はNHK会長や内閣法
制局長官の言動で、安倍政権の失態が目立ったが、野党の結束が
不調の国会審議を批判している。

そんな現象面を批判するだけでは問題の解決にはならない。
日本政治の病根は何かを検証しなくてはならない。

(東京新聞が提起した「政治のウソ」とは!)

 3月17日(月)午後5時頃、JR柏駅から自宅に帰るバスの
中に携帯電話が掛かってきた。

東京新聞の『こちら特報部』の記者からである。

バスを降りてから電話をすると「最近の日本社会は原発・食品偽
装・作曲偽装・科学研究などで嘘が蔓延している。

政界ではもっと酷いが、いつ頃から、どうしてこういう国になっ
たのか」と意見を求めてきた。

そこで私は歩きながらではあったが、故事来歴を語ったところ、
翌十八日の『こちら特報部』で、私の談話について報道があった。

危篤状態の国会の病状のことでもあり、関係部分を転載して治療
法を考えてみたい。

 政界について、与野党を渡り歩いた平野貞夫・元参議院議員は
「いまの議会政治はウソが蔓延して最悪の状態だ」と語る。

 平野氏は政界にはびこるウソの源流が2000年(平成12年)
の森喜朗政権の誕生時とみる。

「一部の自民党幹部らによる密室談合で森政権はできた。
 権力のためなら何でもありという倫理破壊が党内で広まった」

 次の首相は森氏の派閥会長だった小泉純一郎氏「彼は靖国神社
 参拝に積極的だったが、それは政治的信念からというより、党
 内で争った橋本龍太郎氏の支持基盤であった日本遺族会を取り
 こむためだった。

 その小泉の後が安倍氏で、第1次政権は1年の短命だったが、
 12年末に再登板すると、原発やTPPでウソを繰り返した。

 一時政権をとった民主党政権もご都合主義だった。
 「ウソで都合の悪いものには蓋をしてしまう体質が、いまの
  国政には染みついている。自浄作用を失った深刻な状態だ」
                          (平野氏)

 との記事だが、私のことを「与野党を渡り歩いた」とは失礼な
言い方である。

江戸時代に「渡り仲間」ということばがあった。

「仲間」とは武家の小者・召使いのことで、私が小者かどうかは
どうでも良いが、少なくとも、参議院議員として無所属(6ヵ月)
→自民党(4ヵ月)→新生党(1年5ヵ月)→新進党(3年1ヵ
月)→自由党(5年9ヵ月)→民主党(10ヵ月)と、各党に所
属していたのは、すべて政党政治の改革のためであった。

自己の利益のための「渡り仲間」のように、政党や派閥を「渡り
歩いた」のではないことをご理解いただきたい。

 そこで「政治とウソ」について考えてみたい。

(日本の政治は「うそ」と「マコト」の糾える縄!)

 『閑吟集』(室町時代の小唄集)には、「人は嘘にて暮らす世
に」というくだりがある。

これを肯定するつもりはないが、人間の嘘はまことに理解しにく
いものだ。

我が国では「嘘から出た実(まこと)」とか、「嘘も方便」と嘘
を評価する風土がある。

五木ひろしの演歌に「だましてください最後まで・・・・・」と
いう、女ごころの詩があるくらいだ。

日本人には「だましてほしい国民性がある」とは、3月18日の
『こちら特報部』の見出しであった。

 日本人が嘘に寛容なのは、「日本の地政的条件による民族や日
本語の形成にある」というのが本邦唯一の平野説である。

承知の通り、日本列島はユーラシア大陸の東端にある。

大陸で騒動が起きれば人は東へ東へと移動し、行きつく先は海を
渡った日本列島だ。

古代には、ここから先の海は広大で行き止まりである。

 ここで大陸と同じように殺戮を繰り返したなら全員死滅となる。

日本史上での集団的殺戮は珍しい。
地政的制約で形成される日本民族の性格は、他の民族に比べ穏和
になる。

言語の形成においても同じような傾向となる。

「曖昧な表現」「暈かした言葉」「本音を明示しない態度」等々、
これらは芸術や文化にも反映され、日本人の特長ともいえるもの
だ。

不思議なことに日本人は言語以外で意思交換することが得意であ
る。

「言語外言語」といえるものだ。
わかりやすくいえば、「腹と腹で語る」とか「眼と眼で理解する」
ということである。

 人間の活動でもっともわかりにくいのが「政治に関わる言動」
である。

それは人間が人間を支配するという「権力行動」を本質とする
からだ。

「権力」を、強制力=暴力で正当化する時代ならともかく
「頭を叩き割る代わりに頭を数える」ことで権力を正当化する
デモクラシーの時代になると、政治は複雑な動きとなる。

議会政治(多数決政治)の故郷・西欧と日本では、制度の形は同
じでも、内容や性格に相当な差がある。

 西欧の歴史は、人間が自然を支配するだけでなく、人間が人間
の頭を叩き割り合うのが政治の原点だった。

それを宗教(キリスト教)の影響で「頭を数える政治」に変えて
いく。

いずれにせよ、自己の主張を表明するためには、言語が明確でな
くては目的を果たせない。

西欧の言語はイエス、ノーがはっきりしていて、曖昧に意思を伝
える表現は少ない。

「頭を数える政治」でもうひとつ大事なことは、議会の発言でウ
ソをつくと政治家失格というルールがある。

西欧の議会では完璧ではないがこの倫理観が今でも生きている。

理由は西欧での議会は一神教のキリスト教会から発達したもので
「社会的教会」である。

従って議会でウソをつくのは「神様にウソをつく」ことになる。

西欧の議会では当選して最初の行事は、全員が聖書に手を置い
ての宣誓である。

 さて日本ではどうか。
多神教徒で何百年も全会一致の談合政治を続けていた国家が、
明治の近代化で「帝国議会」という議会制度を「大日本帝国憲法」
を制定して導入した。

新憲法と比べると問題はあるものの、多数決原理で国政を運営し
ようとするものである。

キリスト教一神教でない日本で、それに代わる倫理規律が必要と
なり、そこで制定されたのが「教育勅語」であった。

この教育勅語は、第1回帝国議会が召集され、大日本帝国憲法が
施行された明治23年(1980年)11月29日の1ヵ月前に
発布されていることに注目すべきだ。

「教育勅語」は学校教育に限ったものではなく、むしろ議会政治
―言論・多数決政治の発足にあたって、国民全体への倫理基準の
役割を果たしていた、というのが私の見方だ。

今日の立場で内容の評価や批判は避けるが、本来、議会民主政治
とは、国民的コンセンサスを得た倫理基準がないと適切に機能し
ないものである。

 私の体験的推論を大胆にいえば、明治生まれの国会議員が衆参
両院で半数以上いた昭和50年頃までは、彼らの潜在意識の中に
「教育勅語」的な倫理基準の影響が生きていた。

この倫理観は保守系の政治家より、「教育勅語」に反対の革新系
の真面目な政治家にあったのが不思議である。

当時は野党の物理的抵抗や与党の強行採決など、大混乱が日常的
であったが、その根底には与野党とも政治にあたって、国や社会
や国民のためという、大義名分を意識していた。

 敗戦後に制定された「日本国憲法」の元では、民主主義という
言葉だけが先走りして、制度とそれを運用する人間の現実の意識
にちくはぐができ、それが戦後民主政治の実態であった。

このちくはぐが、議会政治に悪性の「ウソ」を持ち込む透き間と
なる。

議会政治での「ウソ」は許されないもの、やむを得ないもの、許
されるものなど、さまざまであり、問題は単純ではない。

 結論を先に言えば、日本の議会政治の特長は「ウソとマコトの
糾える縄」である。

その真実を国民の前に明らかにするのが国会や社会の木鐸たる
マスメディアの役割だが、これが機能しなくなったので、議会
政治再生のための『国会の葬式』をやったわけだ。

 次号では、国会での「ウソ」の歴史と実体を検証してみたい。
                          (了)


[No.5829] 2014/03/29(Sat) 00:10:43

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