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all 平野貞夫氏の遺言?小沢政治塾15周年≠フ記念講義 - hasebe - 2015/03/28(Sat) 23:24:46 [No.6083]
続: 平野貞夫氏の遺言?小沢政治塾15周年≠フ記念講義 - hasebe - 2015/03/28(Sat) 23:43:33 [No.6084]
Re: 平野貞夫氏の奥様の遺言・・。 - hasebe - 2015/04/02(Thu) 10:36:27 [No.6085]
Re: 平野貞夫氏の奥様のご遺言・・。 - hasebe - 2015/04/06(Mon) 23:42:28 [No.6087]
平野氏メルマガ『菅官房長官、梶山静六氏を師と言うなかれ』 - hasebe - 2015/04/09(Thu) 22:06:25 [No.6089]
Re: 平野氏メルマガ『菅官房長官、梶山静六氏を師と言うなかれ』 - hasebe - 2015/04/10(Fri) 11:35:38 [No.6090]
小沢一郎『ザ・ディプロマット』の寄稿記事全文』 - 豊後の小兵衛 - 2015/04/17(Fri) 08:26:02 [No.6094]
日本一新臨時メルマガ 「民主の退潮「底打ち」「底なし」?」 - hasebe - 2015/04/18(Sat) 19:26:48 [No.6096]
平成の日本改革の原点 - hasebe - 2015/04/18(Sat) 20:20:50 [No.6098]
米大統領元特別補佐官〜辺野古以外の選択肢を〜 - hasebe - 2015/04/19(Sun) 13:59:00 [No.6101]
小沢氏、刊行に寄せてを寄稿「ライマン・ホームズの航海日誌」 - hasebe - 2015/04/27(Mon) 10:09:31 [No.6103]
「民主党退潮に歯止めかからず」 - hasebe - 2015/04/27(Mon) 23:34:12 [No.6104]


平成の日本改革の原点 (No.6096 への返信) - hasebe

平野貞夫氏が書いて下さる日本一新のメルマガは、日本の政治史
の学びの場だと思っています。

政権交代というと2009年の民主党の政権交代を思い浮かべますが
そこに至る長い長いプロセス、その民主党政権もほんの9ヶ月で
変質を余儀なくされました。

これまでも長い道筋でしたが、これからも当分イバラの道が続く
のだと思うとため息が出ます。




日本一新の会 メルマガ配信
━━【日本一新】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                 通巻第261号・2015/4/16
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

〇 平成の日本改革の原点 (第6回)
(米ソ冷戦終結が日本の政治構造を変える)

 小沢幹事長の要請で作成したレポートの『世界政治の大変動に
よって、日本の政治構造がどう変わったか』を竹下元首相と金丸
経世会会長に読ませることになる。

私の結論「世界で政治が大変動したとき、日本では政党再編が起
こる。

政権交代できる仕組みへ変わらざるを得ない」を伝えた。

竹下元首相からは「公明・民社とパーシャル連合でしのげる。

政権交代で自民党が政権から下りるような改革は必要ない」との
返事があった。

金丸会長は「自民党が社会党と提携すればよい」とのこと。

自民党最大派閥の最高指導者がこんなことではどうしようもない
とがっかりする。

 それにしても、竹下元首相は退陣の提唱で『政治改革大綱』を
策定させ、そこには「衆院に比例代表制を加味した小選挙区制を
導入し、政権交代を可能とする」との記載があったはずだ。

 平成2年が明ける。1月5日、小沢幹事長から電話で「新年か
ら衆院解散の手順で頭が痛い。政党再編について自民党の指導者
たちが理解しない」との話。

創価学会が政界再編について神経を使っている様子を説明。

秋谷栄之助会長の秘書役が解散の時期や政局の展望について情報
を求めてきたと話すと会うことになった。

 同月9日夜、ホテルニューオータニで小沢幹事長・権藤衆議院
議員(公)・秋谷会長秘書役と私の4人で懇談した。

私から『政界再編はどう展開するか』のレポートを会長秘書役に
渡し、そこには「政界再編はすでに始まっており、公明党が傍観
していると、自民党と社会党の提携が始まる」として、政局の詳
細な分析をしておいた。

このレポートが、その後の公明党の動きを変えていく。

          (平野貞夫衆議院事務局日記に詳細を収録)

 権藤議員と秋谷会長秘書役が帰った後、2人でじっくりと話す。

この時の小沢幹事長の覚悟に驚かされた。「米ソ冷戦終結はパン
ドラの箱が開いたと同じだ。

各地で紛争が増え、競争優先の市場原理経済の国際的混乱を増やす。

日本も米国の従属ではやっていけない。自分は、そのために新しい
政治の枠をつくることに政治生命を賭ける。

失敗すれば政治家を辞めてもよい覚悟で臨む」と。


 この小沢幹事長の見識が「平成の政治改革」の原点となる。前
述した、竹下元首相との考えの違いが、その後の政治対立の始ま
りでもあった。

これまでの日本の政治の枠といえば、昭和30年(1955年)に、
自由党・民主党の保守合同と、社会党の左右両派が合同して、自社
55年体制という2大政党による政治であった。

 この55年体制というのは英国型の政権交代を目指していたが、
問題が2つあった。ひとつは米ソ冷戦というイデオロギー対立の
国際情勢の中で、自民党は米国の立場での政治を展開、社会党は
主としてソ連や中国の立場での政治を主張していた。

自民党岸政権にはCIAの資金が出された文書が米国で公表され
ている。

 一方、社会党には主としてソ連からさまざまな形で資金が流れ
ていた文書が残されている。

与党も野党も外国からの資金で政治活動をやっていたという、ど
う見ても独立国とはいえない何とも情けない状態が続いていた。

 2つ目は、自民党は日本を社会主義国家にしないために手段を
選ばない政治手法を繰り広げた。

60年安保といわれている岸政権まで、社会党は政権獲得を本気
で考えていたが、池田政権で急展開する経済成長策の成果が上が
るにつれ、イデオロギーによる政治より、豊かな生活をつくる政
治に軸足を変えた。

しかし、表向きは自民党と激しい対立≠演出≠オながら、
裏側では、事実上の連立政権のように手を握るという談合政治を
展開した。

この中でさまざまな金権腐敗政治が出現する。

 戦後の米ソ冷戦による「日米安保体制」はこういった政治を助
長させた。その冷戦が終結したのだ。小沢幹事長の主張する「新
しい政治の枠」とは、日本にとって歴史的必然性といえるもので
あった。当時、この時代認識をする政治家が少なかったのがわが
国の悲劇といえる。                (続く)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
          次回の定期配信は、4月23日(木)です。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━END━━━━━


[No.6098] 2015/04/18(Sat) 20:20:50

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