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all 西日本新聞記事より(その1) - 豊後の小兵衛 - 2016/01/06(Wed) 16:58:27 [No.6159]
Re: 西日本新聞記事より(その2) - 豊後の小兵衛 - 2016/01/06(Wed) 17:02:53 [No.6160]
◎「日本一新運動」の原点―299 - 豊後の小兵衛 - 2016/01/07(Thu) 14:41:59 [No.6161]
亀井静香氏が心ある民主党議員へ檄文 - hasebe - 2016/01/15(Fri) 23:39:08 [No.6162]


西日本新聞記事より(その1) - 豊後の小兵衛

「外交の闇」隠蔽躍起 「核密約」も米に要請か 外務省、80年代

西日本新聞 01月06日 03時00分

 【ワシントン山崎健】米中央情報局(CIA)の資金提供に関する公文書についての
マイケル・シャラー米アリゾナ大教授の証言は、1960年の日米安全保障条約改定を
めぐる密約問題で明らかになった外務省の隠蔽体質を再び浮き彫りにした。
 背景を探ると、外務省が過去にも米政府に対して、特定分野の公文書を公開しないよ
う要請していた事実が明らかになった。
 
 「これは完全で、正確な報告書ではない、ということだ」。アリゾナ州ツーソンの同
大研究室。本棚にある外交史料集「合衆国の対外関係」第29巻第2部「日本」を指さ
して、シャラー氏は無念さをにじませた。
 編纂に携わり、全公文書に目を通した約10人の諮問委員会の総意は「30年以上経
過しており、全て公開し収録」すべきだった。こんなに「ひどい政策」をかつて米政府
が行ってきた史実は、正確に後世に伝えなくてはならない−。しかしシャラー氏の考え
はCIA、在日米国大使館、日本の外務省の反対に阻まれた。

 同氏在任中の96年10月の諮問委議事録(一部非公開)には、資金提供などに関連
するとみられる米公文書を「報道陣より先にチェックするために在米日本大使館が、職
員を米国立公文書館に派遣した」との米政府の報告も記録されており、外務省が神経を
とがらせていた状況がうかがえる。
 
 実は以前にも日本政府が米公文書の非公開を米側に求めた事実が昨春、国務省が刊行
した「『徹底した、正確で信頼できる』編さんに向けて−合衆国の対外関係」に明記さ
れていた。膨大な記録を基に史料集編さんの歴史を国務省の歴史学者らが綴った共著だ。
 同著は86、87年に日本政府から50年代の「幾つかの慎重な取り扱いを要する問
題」についての文書が公開され、史料集に収録されないよう要請があったと明記。「機
密解除担当者は日本の圧力に抵抗した」など情報公開を進めたい米政府幹部らの不満も
記している。
 この章を執筆した歴史学者のジョシュア・ボッツ氏(36)によると、80年代以前、
米国は自国作成の公文書の刊行については他国から非公開要請があっても拒否。しかし
複数国の懸念を受け、レーガン政権は82年、自国作成文書についても当該国と協議す
るように対応を変更。相手国の意向に十分な注意が払われた。国務省の説明では、他国
との協議は現在も行っている。
 
 ボッツ氏によると日本からの86年の要請は非公式に、87年は1、3月に在米日本
大使館作成の公式な申し入れ書が国務省東アジア・太平洋局に提出されたとの記録が米
公文書に記されている。しかし、全て要請通り非公開になったわけではないという。
 外務省の具体的な要請項目をボッツ氏に尋ねたが、回答があったのは「北方領土問題」
だけ。それ以外の記述はいまだに機密指定されているため、明らかにしなかった。安保
改定をめぐる密約関連文書などが含まれている可能性が濃厚だ。
 「核密約」については90年代後半、米国が関連文書をいったん公開し、それが報道
などされた後、再び機密指定され非公開になった例が少なくとも2件ある。

 今回、西日本新聞は外務省に対し、CIA資金提供問題以外にも、米側に文書の非公
開を要請したことの有無、その内容、いったん公開された文書が再び非公開になったこ
とへの関与などを問い合わせたが、いずれも「米側との外交上のやりとりに関するもの
であり、お答えは差し控えたい」。歴史が隠されてきた真相もまた、隠されたままである。


                    ◇    ◇

 日本外交鍛えられない 菅英輝・京都外国語大教授

 私は1998年10月、米国立公文書館で「核密約」の存在を裏付ける「大平・ライ
シャワー電文」(63年4月4日付)を発見した。非核三原則に反し、核搭載米艦船の
日本への「寄港」、「通過」を容認する密約をめぐり、ライシャワー駐日大使から国務
長官にあてた秘密電文だ。ライシャワー氏と会談した大平正芳外相が「持ち込み」の概
念を確認した内容だった。
 この会談内容に触れた別の文書(72年6月付レアード国防長官からロジャース国務
長官への書簡)の存在が翌99年5月に報道された際、高村正彦外相は「大平−ライシ
ャワーメモでも出てくればびっくりして腰を抜かすが、これは米政府内のやりとりだ」
と述べ、密約を否定した。ところが私が、この電文を同年夏に公表した後も日本政府は
密約の存在を否定。しかも間もなく、米公文書館でこの電文が再び機密扱いにされ非公
開となった。外務省の要請によるとみられている。
 核密約は2010年、外務省の有識者委員会が存在を認定。日本政府と外務省が長年
にわたり国民を欺き続けた事実が確定した。
 私は米CIAによる資金提供問題に言及した「合衆国の対外関係」第29巻の書評を
執筆した。機密文書の開示をめぐり激論があったと聞く。問題発覚後、政権の座にあっ
た自民党が否定する一方、西日本新聞によると外務省は文書が公開されないよう米側に
働き掛けていたという。表と裏を使い分け国民をだまそうとしたことが示すのは、核密
約にも通じる隠蔽(いんぺい)体質だ。
 日本政府や外務省は自己保身の傾向が強く、公文書公開に消極的だ。今回は米国の公
文書に関しても口を出していたことが判明した。これでは、世論の批判や専門家の検証
に耐えうる外交交渉は期待できず、日本の外交は鍛えられない。


[No.6159] 2016/01/06(Wed) 16:58:27

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