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平野貞夫氏の遺言?小沢政治塾15周年≠フ記念講義 (親記事) - hasebe

日本一新の会 メルマガ配信
━━【日本一新】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                 通巻第257号・2015/3/19
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                     顧問:戸田 邦司
                     発行:平野 貞夫
                     編集:大島 楯臣
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◎「日本一新運動」の原点―257

            日本一新の会・代表 平野 貞夫妙観

○ 小沢政治塾15周年≠フ記念講義 

 3月16日(月)、日本青年館で開催された小沢一郎政治塾
で「平成の『日本改革』の原点」と題して講義をした。

その要旨は「小沢塾長を中心に行われた平成改革の原点を確認して、
その過程で実現した改革の評価と、実現に至らなかったために生じ
た諸問題を検証する」と、大見得を切ったのだが、分かり易く言え
ば諸々の裏話であった。

敢えて強弁すればものごとの原点や本質はその方が理解しやすい、
と私は思う。

 安全保障と政治改革について、私が直接関わった問題の裏話が
主であるが、安全保障でいえば、小沢自民党幹事長の発想による
「国際平和協力に関する合意覚書」(平成2年11月・自公民3
党によるPKO合意)の立案過程の裏話と、四国西南地域に「ジ
ョン万次郎記念国際貢献PKO訓練センター」の設置で、沖縄の
基地一部移転を構想し、自社公民の賛同と地元自治体の誘致決議
もあったが、自民党国会議員の利権による妨害や、自民党執行部
の不誠実が重なり実現しなかった経緯を話した。

これが現在につながる辺野古問題の悲劇≠フ原因であると論じ
ておいた。

 政治改革については、時間の制約もあり、用意していたことを
十分に話することはできなかった。

竹下首相がリクルート事件の責任をとって退陣するとき、自民党
で党議決定した「政治改革大綱」を、3回の国政選挙で公約しな
がら、その実現を自民党自身がつぶした経過も説明。

その後非自民細川連立政権を成立させて、一部ではあったが改革
を実現させた苦労話をし、このとき、政治改革の形だけの法制度
はつくったものの、並行して日本の政治は劣化し始め、政権交代
をぎこちなくできるようになった途端に、現在のような議会民主
政治を忘れた国会となった原因も論じた。

 塾生の質問もそこに集中し、私自身の反省もこめて『日本の議
会制度は英国をモデルにしているが、宗教的背景もあり、日本に
は、英国のように、健全な議会政治を支える文化が未熟である』
と答え、私たちの改革論≠ェ上からの目線であったとしこれか
らは『民衆の魂を共鳴させる』活動が必要であると結んでおいた。

 講義の枕で「政治塾での講義は5年ぶりだ。私も歳だから次の
5年があるかはわからない。

従って今日の講義は私の遺言と理解して欲しい」と話を始めた。

会場には塾生に混じって政治塾OB、元・前議員など口さがない
人たちもいて、終わった後の雑談で、「ずいぶんと元気溌剌・意気
軒昂な遺言≠ナしたね?」との評を頂戴した。


(民衆の魂を共鳴させた海舟・万次郎・龍馬)

 逆順になるが、3月6日(金)の夕刻、墨田区内のホテルで開
かれた「柳家海舟改名・真打ち昇進」披露パーティーに顔を出し
た。

私は数年前に、勝海舟顕彰会から依頼され『勝海舟』という唄を
作詞していた。

廣田健史会長の発想で、海舟と改名して真打ちに昇進した記念に
自分が唄う「勝海舟」のCDを出すことになり、その発表会でも
あった。

 勝海舟といえば、万次郎に草の根デモクラシーを教わり、龍馬
を指導して徳川幕藩体制を改革しようとしたことで知られている。

3人に共通するのは出自が庶民で、江戸の下町の人々と縁が深く、
そして星を信仰していたことだ。星信仰といえば妙見信仰である。

それは「民衆の福寿が国の安寧をつくる」という思想である。現
代では『国民の生活が第一』ということになる。

 東京の下町にはいまは忘れられた妙見信仰の面影が遺っている。

「柳家海舟」といえば、姓も名も妙見そのものである。落語の、
「柳家」といえば、亀戸にある「柳妙見」と深い関係がある。

「勝海舟」といえば、本所の「能勢妙見」に命を助けられたこと
で知られている。性が柳妙見、名が能勢妙見という大変な改名で
ある。本人も気づいていないが、パーティーに参加した人たちも
知らない。

 実は江戸時代まで日本の全国の民衆は、神仏混合の中、妙見北
辰という信仰で心理的安定を保っていたと私は推察している。

明治維新による近代化≠ナ忘れられたようだ。否廃仏毀釈
として排除されたともいえる。

「民衆の福寿」を実現するためには「民衆の自立と共生」が必要
である。

現代の日本で「国民の生活が第一」の政治が実現しないのは、民
衆側にも問題がある。

 新しい民衆のための妙見運動が必要である。パーティーの帰り、
JR常磐線で「スカイツリー」を見て気がついた。

「これが現代の妙見・星信仰のシンボル」だと。そこで『スカイ
ツリーは星の宿』の詩が浮かんだ。「すみだの夜空 妙見星光る 
民衆(たみ)の福寿を護る星・・・・」。

 7月20日、海舟記念行事で発表の予定だ。

○平成の日本改革の原点 (第2回)
(昭和天皇の崩御)

 消費税制度の導入を成功させた直後の竹下首相は、長期政権を
展望しながら、昭和63年12月27日、内閣を改造した。

リクルート事件の余波が残る同月30日、就任したばかりの長谷
川峻法務大臣が、リクルート社から政治献金を受けていたことが
報道され辞任した。

竹下首相は、昭和64年の年頭会見で「政治改革元年」を宣言す
るなど、盛んに国民の気を引く活動を行った。

 1月7日(土)の早朝、衆議院議運委院長室の土田君から「天
皇が危篤」との電話で、直ちに自宅を出発した。地下鉄丸ノ内線
の国会議事堂前駅を出たところで、官邸の弔旗が見えた。

天皇の崩御を知り弥富事務総長らと国会の諸準備について協議に
入った。

 最初の問題は、共産党が本会議に出席して、弔詞に反対する方
針を決めたことだ。

委員部副部長の私が、事務総長の指示で東中議運委員を説得に行
く。

共産党は「憲法上、弔詞奉呈を行うべきでない」ことを理由にし
ていた。全国民の弔意に水を差すことになる。

本会議を欠席することで対応してはどうか」と進言。共産党は幹
部会が了承して収まった。

 もうひとつの難題は、自民党から「弔詞奉呈の本会議で黙祷を
すべきだ」と、議運理事会で突然提案が出された。与野党議論に
なって収まらない。

私が提案者の耳もとで「神様に黙祷となると失礼になる。

拝礼となると一礼二拍手で宗教行事になる」と囁くと、「何故早
く言ってくれないか」と文句をいう。

常識のない政治家はいつの時代にもいるものだ。元号は7日午後
2時半『平成』と決まった。

(天皇の崩御で起こった心理的退行現象?)

 1月末になると天皇崩御の行事が一段落する。とたんにリクル
ート事件が再燃する。原田憲経企庁長官がリクルート社の政治献
金問題で辞任する。

1ヶ月に2人の閣僚が辞任することで、竹下政権は窮地に立った。

竹下首相から「政権運営に率直な意見を欲しい」との連絡があり、
メモを届ける。

『昭和天皇の崩御で国民全体が心理的退行現象発生し、竹下政権
に霧がかかっている状態になった。

これに対応するには理屈や数字といった意識の世界の発想では解
決しない。

また、竹下政権を支える人たちの心理状態が、無意識層から意識
層に流れるエネルギーの不調が目立つようになった。

 竹下首相がいくら地方創生を叫んでも、国民はバラマキ政治と
しか受けとらない。

政治改革を唱えてもリクルート隠しとしかとらない。

総理が政治生命を賭けているという実相を示し、国民がそれを魂
で受け入れる情況をつくってこそ、政権運営が安定するのだ。

「大喪の礼」が終わったところで、ぜひ出雲の故郷に帰られ、先
祖の墓参と故郷の山川の霊と心理的に交流することを薦めます。

総理の無意識をパワーアップする方法です。故郷の自然や先祖の
墓参は、必ず何かを教示してくれると思います。』

 との「まえがき」で、当面の政治改革について、実現できない
綺麗事より政権政党たる自民党として、実現可能な党改革を国民
の前に具体的に示し、実行すること。そして例えば、

1)自民党国会議員の資産公開 
2)自民党内に政治倫理委員会の設置 
3)パーティーによる資金集めの自粛 
4)候補者を公認する際の倫理審査

などを挙げておいた。(平成元年2月7日、私の日記より要旨)

 2月16日から衆議院予算委員会の総括質疑が始まり、野党側
は中曽根前首相の証人喚問と竹下首相の政治資金パーティー疑惑
などを追及し、総予算の衆議院通過の見通しがつかなくなった。

私が進言した「竹下首相の故郷の先祖参り」も実行できなかった。

そんな中、中曽根前首相と竹下首相の対立をめぐり、自民党内は
熾烈な抗争が始まる。竹下政権の総主流派体制が崩れ窮地に苦境
となる。                      
                          (続く)

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          次回の定期配信は、3月26日(木)です。
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[No.6083] 2015/03/28(Sat) 23:24:46
続: 平野貞夫氏の遺言?小沢政治塾15周年≠フ記念講義 (No.6083への返信 / 1階層) - hasebe

日本一新の会 メルマガ配信
━━【日本一新】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                 通巻第258号・2015/3/26
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                     顧問:戸田 邦司
                     発行:平野 貞夫
                     編集:大島 楯臣
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◎「日本一新運動」の原点―258

            日本一新の会・代表 平野 貞夫妙観

○小沢政治塾15周年≠フ記念講義・後日談 

 3月16日(月)の午後、小沢塾長の講義となった。

そこで重要な発言があったが、一部のマスコミしか報道しなかった。

小沢塾長は戦後70年の日本政治を概観したうえで、「安倍政権への
不満、不安を感じている人が大多数で、政権の受け皿らしきものがで
きれば絶対(国政)選挙は勝てる」と分析し、野党各党に、比例代表
の統一名簿を作るよう呼びかけた。

 野党の協力が進まなければ、「総選挙では野党が負け、自民党政権
が5年、10年と続き、野党はなくなる。

民主政治には政権交替が必要であり、政権交代を実現して議会民主政
治を定着できれば、次の時代の皆さんにバトンタッチしたい」と語った。

政局の見通しをこう述べたが、さすがに慧眼である。

塾生が関心をもったのは「議会民主政治の定着」についてで、国会が
駄目になった理由だった。

それは午前中の私の講義で、日本で議会民主政治が定着しない理由に
ついて私の反省も含めて説明していたからだ。

 要点は次の通り。

 議会民主政治が健全に機能するためには、それを支える健全な文化
がなければならない。

議会の母といわれる英国では、まず、国民性として「自由」「規律」
「信義」「独立」などの精神が多くの人に行き届いている。

それが「自治の精神」や「妥協の精神」となり、議会民主主義の思想
を育成し発展させた。

一方、日本では明治時代の近代化で、議会制度を導入し、色々な問題
があったが、キリスト教文化圏以外で一応成功させてきたといえる。

とはいえ、健全に機能した時期は短く、逆に国会の機能障害により、
国政を混乱させたケースが多いことも事実である。

それぞれの国の歴史や国民性の違いが、その国の議会政治を特色づけ
るもので一律には論じられない。

 明治以来われわれは国会改革を英国をモデルにして行ってきた。

私など衆議院事務局在職中から参議院議員としての45年間、英国は
こうだから、日本もこうあるべきだ、という英国目線の一方的押しつ
けで終始してきたことを反省している。

議会民主政治を支える日本人の政治文化の改善について議論する機会
も少なかった。

英国と日本の最大の違いは、立法権を名実ともに、誰が持っているか
の問題である。

英国では立法権が議会にあることが確立した後、近代官僚制が確立し
た歴史がある。

官僚側は、立法権をもつ議会側の存在に敬意を表する文化をもっており、
国民もそれを理解している。

 日本では、近代化のスタートは天皇制の元での官僚制の確立であった。

それに従うように議会制が導入されたが、立法権を持つのは「天皇」で
あった。

その協賛機関が議会であった。

官僚が実質的立法の発案者であり、行使者であった。

敗戦による新憲法では国会が「唯一の立法機関」と規定されたが、制定後
70年近くなっても、名実ともに国会が立法権を行使していると思ってい
る国民は一人もいない。

国会議員を選ぶ国民主権の国民自身が「立法権を持つのは自分たちの代表
だ」との政治文化を確立しない限り、本物の議会民主政治の機能は期待で
きない。

(『日本改革の原点』(仮題)の出版)

 小沢塾長の最終講義が終了して2人の懇談中のことだが「実業之日本社」
から出版の話があることを話題にした。

故菅原文太氏のお別れの会で、いのちの党関係者から発破をかけられたこ
とだ。

「小沢改革は平成日本を改革しようとしたものだったはずだ。

今の日本の様はなにごとか。総括と、これからの展望を示すべきだ」とい
う指摘で、実業之日本社から出版してはどうかとの話をした。

そうであるならば、安倍首相の「戦後70年談話」が出る直前に世に出そ
うということになり、私の総括的論調をベースにして、小沢塾長にも登場
願いこれからの展望を2人で議論することになった。 

小沢塾長も「よし、やろう」ということで早速その作業が始まった。



○平成の日本改革の原点 (第3回)
(中曽根前・竹下現首相の深まる権力闘争)

 平成元年2月下旬、朝日新聞のA記者から重要な情報を聞く。

「検察の狙いは前首相で、総理経験者を対象にするかどうかは、10億円
以上の違法な金を基準にしているようだ。

リクルートだけでなく、都市開発やドル減らしなど、一連の民活で超えた
との情報がある。

3月に入れば動きが出るとの見方もある。前首相側は竹下政権が検察を牽
制しないと不満を持っているとの話も聞く。

党内的にも波風が高くなるだろう・・・・」
 3月に入って、小沢官房副長官から「リクルート事件と国会審議で政局
のシミュレーションをつくってほしい」との要請がある。

同年3月9日に、
1)国会議員が逮捕されず捜査が終わるケース 
2)前首相を除く複数の国会議員が在宅起訴され、
  捜査が終わるケース 
3)前首相を除く国会議員が逮捕、
  起訴されて捜査が終わるケース 
4)前首相が在宅起訴され捜査が終わるケース 
5)前首相が逮捕、起訴され捜査が終わるケース

 を別表にして届けた。

3月中旬になると法務省関係者から、5)の可能性もあり得るとの情報
があり、準備に入る。

 4月に入って社会・公明・民社・社民連の他党4党は、党首会談を開き
「内閣総辞職・衆議院解散要求・連立政権協議会の結成」で合意。

4月半ば、安倍晋太郎自民党幹事長が発病して入院。

竹下政権を支える柱のひとつがなくなる。4月21日、自・社・公・民
四党の幹事長・書記長会談で中曽根証人喚問問題が決裂し、竹下首相側に
も新しいリクルート問題が発覚した。竹下政権は動きがとれなくなる。

そんな時、竹下首相側から「政局の臨む姿勢」について意見を聞かせて欲
しいとの要望があった。

 私の進言の要点は、国会決議により、

1)証人喚問による真相解明 
2)政治改革の断行 
3)政治倫理の確立などを国民に約束する、

というものであった。
そして進言の最後にこれからの厳しい政局に臨む姿勢として、大本教の教祖
・出口王仁三郎のことばを引用しておいた。

「人事を尽くして天命を待つ≠ニいう心境では悟りが足りない。人事を
尽くして天命に遊ぶ≠ニいう心境になってこそ、天は力を貸す」と。

 翌日(4月23日)、側近の早坂茂三氏から「竹下総理がとても感謝して
いた。

進言のとおり事態収拾に取りかかる。

それにしても、天命に遊ぶ≠ニは良い言葉だった」との伝言で私は竹下首
相は辞める腹を固めたと思った。

 竹下首相側は懸命な事態収拾に尽くしたが、25日午前10時半、小沢官
房副長官から電話があった。

「いまさら振り返っても仕方がないが、中曽根証人喚問で幹事長・書記長会談
が決裂したのが残念だった。

後は竹下首相に恥をかかせないようにしたい。

本人は予算を参院で成立させて退陣の考えだが、リクルート問題で吊し上げら
れることは忍び難い。

衆院で予算を通したところで総辞職させたいが、憲法など法規と慣例上問題は
ないか」。

「法規上、予算を成立させずに内閣が総辞職する場合、新内閣が前内閣の予算
を継承させる決定をすればよい。

石橋内閣から岸内閣に代わったときの先例がある。

参院で成立させてから総辞職するかどうかの問題は、すべて政治判断で、竹下
首相の判断に任せるべきだ」と答える。

 同日午前11時半、竹下首相は記者会見して「総予算の成立を果たし、政治
責任をとって退陣する」と表明した。

竹下首相の退陣表明にもかかわらず、中曽根証人喚問問題は紛糾し、衆議院で
は予算委員会も本会議も、自民党の単独で憲政史上初めて総予算を強行採決し
た。

多賀谷副議長は辞表を提出し、原議長は居座りを続けた。

 5月の連休明け、公明党の池田克也衆議院議員と自民党の藤波孝生衆議院議
員が、リクルート事件で在宅起訴された。

25日には衆議院予算委員会で高辻法務大臣が、リクルート事件の捜査報告を
行い、事実上の捜査終了宣言となった。

午後には中曽根前首相が証人喚問に応じ、「自分は関係ない」と疑惑に開き直
った。

ロッキード事件と同じ展開である。

 この日、共産党の寺前国対委員長らに議事堂通用入り口で会うと「この政治
状況をどう思うか?」と声をかけられた。

「革新政党がだらしがないからですよ。
 天安門を見なさい。
 この国会議事堂を取り囲もうとする人間が、日本にはいないじゃないですか。
 憲法の危機ですよ」というと、寺前氏は「まいった、まいった」
 と頭を掻くことしきり・・・・。         

                          (続く)
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           次回の定期配信は、4月2日(木)です。
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[No.6084] 2015/03/28(Sat) 23:43:33
Re: 平野貞夫氏の奥様の遺言・・。 (No.6084への返信 / 2階層) - hasebe

平野貞夫氏の奥様が急逝されました。

平野氏を通して、きっと夫人は包容力のあるシャキッとした
女性かしら、と想像していました。

陰に陽に平野氏を支え続けた奥様を失った平野さんをお気持ち
を思うと・・。
妻は夫を残して逝ってはいけないですね。

平野氏は、奥様が先に逝かれ、自分がこの世にのこされたのは
今少し、仕事をしろとの天の意思かもしれない、と。



日本一新の会 メルマガ配信
━━【日本一新】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                 通巻第259号・2015/4/2
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                     顧問:戸田 邦司
                     発行:平野 貞夫
                     編集:大島 楯臣
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◎「日本一新運動」の原点―259

            日本一新の会・代表 平野 貞夫妙観

○(『日本改革の原点』(仮題)の出版を楽しみにして逝った妻) 

 私ごとで恐縮ですが、妻・操が急死したので今回はさまざまな
思い出などを述べることをお許しいただきたい。

 3月22日(日)午前6時半すぎ、2階の寝床を離れ、雨戸を
開けるとセコムの警報が鳴り出した。

平時は1階で寝ている早起きの妻が警報を解除しているはずだ。

「おかしいな?」と思って降りてみると、トイレと廊下の間に倒
れている妻がいた。

顔色にはまったく血の気はなかったが、意識はあった。
急いで救急車を呼び、近くの名戸ヶ谷病院に向かった。

 病院では直ちに救命措置がとられ、検査の結果「肺血栓塞栓症」
で、左右の肺静脈に「血栓」が塞栓状態であった。

担当医師は、「手術はできず、きわめて危険な状況」とのこと。

到着が数分遅れていたなら、救急車のなかで死亡していたとの話を
聞き、直ちに子や孫たちに連絡した。

 名戸ヶ谷病院の山崎誠理事長は、日本一新の会の熱心な支援者
である。病院の待合室には「メルマガ・日本一新」を増刷して、
患者さんが自由に持ち帰られるようにしていただいている世界で
唯一の病院である。

 ここで奇跡的なことが起こった。病院には血栓を溶かす最新薬
が用意されていたのだ。病院には常備していないものだが、一週
間ほど前に片方の肺の血栓患者が入院して使用した残りがあった。

 日曜日にもかかわらず高野副理事長も遠方から駆けつけてくれ、
病院挙げての最高・最善の体制で治療が始まった。人工心肺を使
い、子や孫が駆けつけたころには僅かな安定状態を得た。

眠れぬ一夜が明けた23日朝、高野副理事長から「生命力の限界
までに血栓が溶けてくれれば・・。

今日と明日は病院内に留まるように」との話を聞き、神の世界の
次元になったと感じた。

それでももう一夜生き続け24日午後3時50分、家族が見守る
中を次の世界に旅だった。

 実は妻が倒れる前夜の21日の夕食時のことだが、珍しく2人
で老後のことで談笑した。

最初の話題は3月16日の小沢政治塾15周年記念の私の講義の
冒頭「今年私は80歳になる。

20周年の小沢政治塾までは生きてはいないだろう。
今日の講義は私の遺言だと思ってくれ」だった。

妻は一度も入院したことがないことを自慢としていて、私が講義
の中で、遺言≠ニいうことばを口にしたことが不満だった。

その妻が一週間も経ないうちに「遺言だ」と放言した夫に遺言を
残すとは事情も順番も違う。

 ほんに人間の運命とは不可思議なものである。談笑のなかには、
「私に万一のことがあれば、これこれの友人たちが相談に乗って
くれるから安心してよい」と私が先に逝くことを想定して具体的
なことも説明しておいた。

 嫁にいった子の孫たちも育っており多少気にしていたのが桐朋
学園・大学2年生になる次女の長男のことであった。音楽を専門
にするだけに将来の生き方を心配していた。

この孫とは、19日(木)、私が医学進学コース学生時代によく
通った目黒区自由が丘のモンブラン≠ナ会い、近況を話し合っ
たばかりだった。

聞いてみると、心配するどころか、我が孫のことながら、なかな
かの感性を持っていた。

彼は「新しい君が代≠つくりたい」と、とんでもないことを
言い出した。

「国家の君が代≠ヘ歴史を表すのでそれでよいが、現代の応援
歌としてもう一つ君が代≠ェあってもいい」との意見だった。

 ハッ≠ニ思い出したのは、11年前、参議院議員を辞するに
あたって「日本一新運動」を始めたときの私の感覚だった。

この感性は社会と人生に目的を持ったものだと妻に話すと、飛び
上がるほど喜んでいた。

もうひとつ妻が喜んだことがある。
昨年春頃から政治に関心が強くなり、「小沢さんも貴男も何を考
えているの!」と、厳しく迫られていた。

私が「8月には日本改革の原点の総括と展望の出版をする。

小沢一郎さんも参加して貰い、対談をやることで了承もとってあ
る」と、就寝前に話したところ明るい顔になっていた。

 翌22日朝トイレの入り口で倒れたが、その横にはファックス
が置いてあり、そこには、事務局からの「メルマガ258号」の
ゲラが届いていた。妻の足元には、どうしたことかそのメルマガ
の一枚目が落ちていた。

 最後になりましたが、妻の通夜・葬儀には多くのお仲間に参列
いただき、本当にありがとうございました。事務局にも多くの弔
意メールが届いている由、略儀ながら、誌上をお借りしてお礼を
申し上げます。

 先にも記しましたとおり、妻の遺志もあり、『日本一新運動』
は生命あるかぎり続ける所存ですから、会員各位には、引き続き
のご助勢を伏してお願い申し上げます。



〇 平成の日本改革の原点 (第4回)
(自民党「政治改革大綱を策定)

 竹下自民党総裁の後継には、(平成元年)5月31日に宇野宗
佑外務大臣が竹下首相のペースで固まる。

当初竹下首相が清貧で国民から信頼のある伊東正義元外相を推し
たが、伊東氏は「本の表紙だけ替えても駄目だ」と固辞した。

竹下首相は後継選びには経世会会長の金丸信氏に相談しなかった
ため、両氏の間に波風が立つことになる。

中曽根前首相はリクルート疑惑の責任をとり、宇野総裁が内定し
たその日に自民党を離党した。

 竹下首相は総辞職にあたって、自民党の政治改革委員会(会長・
後藤田正晴)がまとめた『政治改革大綱』の実現を国民に約束し、
自民党の衆参両院議員に要請した。

この大綱は竹下首相が退陣表明した4月25日直後に後藤田政治
改革委員長に要請して、5月連休中にも作業を行って作成したも
ので、私たち、衆議院事務局スタッフも非公式に参加してつくら
れたものであった。

『大綱』の要点は、

1)衆議院に比例代表制を加味した小選挙区制を導入し、政権交
  替を可能とすること 
2)国会・地方議員の資産公開・パーティーや寄附の規制、政治
  資金による株式売買を禁止すること 
3)自民党内改革は派閥や族議員の弊害を除去すること 
4)わかりやすい国会を実現するため議員間の討議の促進や国会
  のテレビ中継など、であった。

 平成時代の20数年間の日本の政治は、竹下首相が提唱し自民
党が策定して国民に約束した『政治改革大綱』の実現をめぐって、
日本の改革を本気で実行しようという勢力と、既得権を死守しよ
うとする勢力、それに改革の仮面をかぶって自己の政治的権力を
得ようとする勢力が党派を超えて3つどもえになって闘った歴史
である。これは今でも続いている。


(初めての衆参逆転と海部―小沢政権の出現)

 宇野政権は首相の「女性スキャンダル」などが発覚し多事多難
の船出であった。第51回参議院通常選挙が7月23日と決まり、
全国的に選挙モードが盛り上がった7月7日、小沢一郎経世会事
務総長から電話があり「参議院選挙で自民党が過半数を割った場
合、政権を野党に渡す方が自民党の将来にプラスになるとの意見
があるが、意見を聞かせて欲しい」とのこと。

私は「政権は衆議院でつくることが憲法の原理だ」と説明して、
昭和23年、第2次吉田内閣の成立をめぐって父親の小沢佐重喜
氏が苦労した時代の資料を届けた。

 参議院選挙の結果は、自民党は比例区で15名地方区で23名
(追加公認2名)しか当選させることができず、非改選議員を入
れて111名という惨敗で過半数を割った。

社会党は土井たか子委員長の人気で46名を当選させ、統一候補
の「連合」を加えて57名という圧勝であった。

この時の彼女の言葉である「山が動いた!」は名文句として残っ
ている。

他は公明党10名、共産党は5名、民社党は3名、諸派5名、無
所属10名で参議院は与野党逆転となった。

宇野首相と橋本龍太郎幹事長は、責任をとって投票日の翌日退陣
を表明した。

 自民党の敗因は前年導入した消費税制度に対する国民の反発と、
リクルート事件を始め、自民党政治家の政治腐敗に対する厳しい
批判で、『政治改革大綱』に対する説明不足というか、自民党の
本気度を国民は見透かしていたといえる。

宇野総裁の後継をめぐって経世会の小沢事務総長は各派閥に経世
会の橋本龍太郎幹事長を打診したが、橋本氏に女性問題が浮上、
経世会からの総裁擁立を断念する。

8月8日、自民党は両院議員総会と都道府県代議員による投票で
経世会が推した海部俊樹氏が自民党総裁に当選した。

 8月9日、海部内閣は発足するが、参議院では野党が多数、衆
参両院で首班指名が異なるのは36年ぶりであった。

憲法の規定で両院協議会が開かれ、衆議院の指名が国会の指名と
なった。

 海部内閣は三木派の海部首相を、経世会の小沢一郎氏が自民党
幹事長として担ぐことになり、「海部―小沢政権」が出現した。
                          (続く)
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           次回の定期配信は、4月9日(木)です。
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[No.6085] 2015/04/02(Thu) 10:36:27
Re: 平野貞夫氏の奥様のご遺言・・。 (No.6085への返信 / 3階層) - hasebe

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━━【日本一新】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                 臨時増刊号・2015/4/4
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                     顧問:戸田 邦司
                     発行:平野 貞夫
                     編集:大島 楯臣
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       <メルマガ・日本一新・臨時増刊号>
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☆平野代表の令室の逝去について、事務局宛に多くの弔意メール
 を頂戴しましたが、すべて平野邸へ転送いたしました。

代表は、『妻の遺志もあり、日本一新運動≠ヘ生命あるかぎ
り続ける』
 と決意を新たにしていますので、向後もよろしくお願い申し上
 げます。
                    日本一新の会事務局

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

関連して「経済界」の4月21日発売号に、永田町ウォッチング
としてジャーナリストの山田厚俊氏が、告別式に出席した所感を
書いている。

その末尾には『(平野氏が)今後妻から貰った命≠どう永田
町に注力していくのか大いに見ものである。

そして、小沢氏だ。
統一地方選後、いよいよ日本の政治図を組み替えるため、本格
始動するだろう≠ニいうのだ。

来夏の参議院選に向けて、野党の選挙協力はもとより、今後の国
会運営についてもより積極的に動き出すものと見られる。

小沢は死んでいない=\―。
2人の盟友から、無言の誓いが感じられたのだ』と結んでいる。

                 (全文は『経済界』を参照)

同じく「サンデー毎日」の4月12日号には、倉重篤�氏のサン
デー時評『「恐ろしい世の中になるよ」小沢一郎から見た安倍政
権』が掲載され、同じく末尾には『政局見通しも語った。

野党再編が動き出すのは年内で、参院選に向けて統一名簿を作れ
るかどうかがカギだという。

1時間弱の小沢方言録、政局解説者としての歯切れの良さは期待
値を上回った』とある。

そしてまた、4月3日の朝日新聞には「軍事力での貢献 行き過
ぎ」と題して、かつての自民党内でも右≠ニ称されていた山崎
拓氏が「安倍政権の姿勢には、強い危機感を持ちます。

専守防衛から他国防衛容認に転換し、国際貢献に軍事力を投入す
ることは今までの安保政策を180度変えるものです。

地球の裏側まで自衛隊を派遣できる恐ろしい広がりを持っている」
と警鐘を鳴らしている。

『戦前の昭和史と似てきた。経済格差が増え、軍需産業で不況を
乗り切ろうとしている』とは小沢氏の弁だが、このままで良いは
ずはない。

傍観して戦前を繰り返すのか、議会民主政治を確立するために
主権者≠ニして振る舞うのか、今こそ、私たちの覚悟が問われ
ている。


[No.6087] 2015/04/06(Mon) 23:42:28
平野氏メルマガ『菅官房長官、梶山静六氏を師と言うなかれ』 (No.6087への返信 / 4階層) - hasebe

平野貞夫氏が普天間基地移設の件で大切な話を語っています。

菅官房長官が翁長知事との会談で『お前たち、代替案を持っているのか』
 『日本の安全保障をどう考えているんだ』と言ったという。

それに対し翁長知事は、『沖縄県が自ら基地を提供したことはない。
私たちの思いとは全く別にすべて強制接収された。』と抗議したという。

それを聞いた平野氏は、涙が出たという。

このメルマガで平野氏はある密約の話を述べています。

【沖縄基地問題の混迷は、
     自民党が新進党との合意を反故にしたことが原因だ!】

自・社・さ政権の橋本元首相時の梶山静六官房長官とと小沢新進党
代表との間で、普天間基地の県外移設に関する密約がかわされたという。

普天間基地の代替地もほぼ決まっていたとの事。
その後、その密約を自民党が反故にした為、基地問題の混迷が残された
という。

辺野古への移設も、政治家がらみの利権疑惑話もチラホラ?

その後始末のための移設では、まさか、無いでしょうね。

下記に日本一新の会のメルマガを転載させていただきましたが、ぜひ
ご一読下さい。





日本一新の会 メルマガ配信

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◎「日本一新運動」の原点―260

            日本一新の会・代表 平野 貞夫妙観

○沖縄の米軍基地問題の根本を考えよ!

 4月5日(日)午前、菅官房長官と翁長沖縄県知事が初めて会
談した。

昨年秋、翁長知事が辺野古への基地移転に反対する県民の圧倒的
支持を受けて当選して以来、四ヶ月のときを経て初めての安倍政
権との会談である。

これまでも、再三にわたって会談を求める翁長知事への不誠実な
安倍政権の姿勢にそれでも日本人か!≠ニ、強く抗議しておく。

 管官房長官は「国と県が話し合いを進めていく第一歩になった
・・・」と会談後に語っている。

これに歩調を合わせるように、同日のテレビ朝日報道ステーショ
ン・サンデーで、コメンテーターの後藤謙次氏が「「これで両者
が土俵に上がった」と評価し、政府ベースの展開に仕立て上げる
世論の擦り込みに懸命であった。

 翁長知事は会談で、菅官房長官の発言に抗議しているが、私に
とっては涙が出る思いだった。

 「沖縄県が自ら基地を提供したことはない。
  私たちの思いとは全く別にすべて強制接収された。

 『お前たち、代替案を持っているのか』と。
 『日本の安全保障をどう考えているんだ』と。

 こういった話がされること自体が日本の国の政治の堕落だ」
 (朝日新聞4月6日付朝刊)と。

まさしくその通りだ。

普天間から辺野古問題に至る沖縄県民の苦悩は、「日本政治の堕落
の歴史」によるものに間違いはない。

 何故こういう事態になったのか。

それは平成9年の沖縄基地継続使用の特別措置法改正案の国会審議
で、時の梶山官房長官が政治生命を賭けて、沖縄基地の県外移設を
やろうとした歴史を梶山静六を自らの師と自称する菅官房長官が知
らないことによる。

 知っていてこのような態度を続けるなら、我が師への冒涜とい
える。

(沖縄基地問題の混迷は、
     自民党が新進党との合意を反故にしたことが原因だ!)

 何故、私がここまで断言するのか。それは平成9年に沖縄基地
問題をめぐり、梶山官房長官と小沢新進党党首の激論の中でいか
にして問題を解決するか、非公式に合意文書の作成に関わったの
が、当時の与謝野官房副長官と新進党党首補佐役の私であったか
らだ。

この経緯については、読売新聞(平成9年4月5日・朝刊2面2
頁)に詳しく解説されている。

関心のある方はご覧いただきたい。

 平成9年といえば、朝鮮半島での緊張が続き、「自社さ」橋本
政権は安全保障問題でしばしば窮地に立った。

その最大の問題が沖縄特措法改正案の国会審議であった。

与党である社民党が反対で参議院での否決が確実されていた。

当然、野党との提携が必要であった。

当時の民主党は態度を決めきれず、新進党の小沢党首と橋本首相
の会談で合意ができ、決着することになる。

 小沢党首の主張は、

1)安全保障は国の責任であることを明記すべし
2)沖縄基地の移転縮小は、法律をもって国の責任を明らかにす
  べし 
3)社民党・さきがけ両党から離れて新進党と政策協議して合意
  すれば協力する。ということ。

 橋本首相は「1)については了承 3)は自民党内を説得し、
9月の内閣・党人事改造で実現する 2)は法律の制定は無理」
との回答であった。

梶山官房長官は自民党内で反対する加藤紘一・山崎拓氏らの説得
に当たる一方で、2)についての妥協案をつくるべく、小沢党首
に「平野を貸せ。

与謝野と二人で智恵を出させる」となる。

 そこで私が与謝野氏と会い、「沖縄の基地使用にかかわる問題
は、県民の意思を生かしながら、基地の整理・縮小・移転などを
含め、国が最終的に責任を持つ仕組みを誠意をもって整備するも
のとする」などを提案して合意した。

この文意は、平成9年9月には「自社さ」政権を解消して、自民
党と新進党の協力で普天間基地を県外に移転させる、との密約が
あった。

 移転先については、小沢党首と私の腹案は細川政権時代に共産
党以外の各党が推進していた「PKO訓練・国際貢献センター」
の候補地、地元も誘致運動をしていた高知県西南地域であった。

その後、自民党がこの「橋本・小沢合意」を反故にしたため沖縄
基地問題を解決する機会を逃したのである。

(辺野古問題は米国と再交渉すべし!)

 今日の国際情勢は、平成9年時代とは大きく変化している。
普天間基地を辺野古に移す合理的理由は無くなっている。
 
その根拠は、

1)米国政府内は世界戦略について、国防省とCIAが対立する
  など複雑である。沖縄基地問題は県民の意思を説明すれば、
  米国側に理解する政治家や有識者もおり再交渉の余地がある

2)日本政府が辺野古へ強行移転する背景には、麻生政権時代の
  日米合意した時期に、埋め立てなど石材業者が利権がらみで
  暗躍していたことを私は知っている。

 高知県の石材業者を紹介してくれ≠ニの依頼を受けた記憶が
  ある。

  政治家がらみの疑惑話も聞いた。
  その後始末の強行移設≠ニは思いたくないが・・・・ 

3)安倍政権が何が何でも辺野古への基地移転を強行する理由に、
  法と行政で決まっていることを根拠にしているが、議会民主
  政治では「法と行政」は絶対ではない。

  それは健全な民意が支えてこそ正当化できるものだ。

  東アジアの緊張を少なくするためにも、米国内でさえ評判の
  悪い、アメリカンハンドラーからの決別をすべきだ。


〇 平成の日本改革の原点 (第5回)
(小沢自民党幹事長の覚悟)

 海部首相のさわやかさで内閣支持率も回復に向かった平成元年
8月24日、山下徳夫官房長官の女性問題が報道され後任に森山
真弓氏が決まった夜、小沢幹事長から赤坂の浅田≠ノ呼ばれた。

公明党の権藤恒夫衆議院議員も一緒で、小沢氏が議院運営委員長
時代(昭和58年12月〜同60年12月)、権藤氏は理事、私
が衆院事務局の担当課長で、3人は何かと馬が合い竹下首相から
「兄弟のようだ」といわれた仲であった。

会談の要旨は、

〇小沢 私が幹事長になったのは、ポストを求めたのではない。
 竹下さんは反対したが金丸さんから強く言われたからだ。国際
 情勢も変化し、自社55年体制で政治をやれなくなった。大変
 化の時代だから引き受けた。これからもよろしく頼む。

〇権藤 わかった。

〇平野 これまでのように個人的意見を言うわけにはいかない。
 与党の幹事長だ。

〇小沢 自民党には、僕の考えをわかる人は少ない。なんとして
 も自民党を改革したい。言いたいことがあれば、今言ってくれ。

〇平野 政治改革が大事だと言って『政治改革大綱』をつくって
 も放りっぱなし。解党的改革をしないと、国民から見捨てられ
 ますよ。

〇小沢 このままなら、2年に1度、派閥のボスは捕まるだろう。
 僕は、総理になるためのカネ集めをする能力はない。総理にな
 るつもりもない。自民党の解党的出直しをしたいのだ。

 もし、それができないなら、自民党を潰す。国家国民のために
 必要なのだ。
 ぜひこれからも相談に乗ってくれ。

 田中角栄・金丸信・竹下登らが肥大化させた自民党を潰そうと
 いう話だ。

この小沢幹事長の真剣な話に、私は後に引けなくなり、小沢一
郎さんとのつきあいは天命だと腹を固めた。

私にとっては人生の岐路となる夜だった。

9月25日、衆議院事務局の人事異動で国会運営(委員会中心
主義)の現場責任者である委員部長に昇格した。

副部長から7部ある筆頭の委員部長への昇格は明治以来初めて
で、こんな異例な人事は官僚組織としてはあってはならないこと。

参議院が野党多数の国会では年令順とか出身大学名など通用しな
い状況であった。

ベルリンの壁の崩壊を機に、東欧の社会主義国は次々と体制を
移行させた。

そんな中、小沢幹事長は、伊東正義・自民党政治改革本部長・
後藤田正晴・同本部長代理に説得を続けた。

その趣旨は「リクルート事件により選挙制度の改革を行う最後の
チャンスがきた。

さらにベルリンの壁の崩壊である。日本が責任ある政治を行うた
めには、派閥解消をいくら叫んでも駄目だ。

選挙制度を改革して、政権が交代する仕組みを作らない限り、
日本の政治は腐敗を続ける」というものだった。

 伊東・後藤田両氏は納得し、11月末自民党政治改革推進本部
は「選挙制度改革要綱」を発表した。

その内容は小選挙区比例代表制を柱に、政治資金の規正、政治倫
理の確立など「政治改革要綱」を実現することであった。

年明けに予定されている衆議院総選挙での公約とした。

 12月2日、地中海のマルタ島で、ブッシュ米大統領とゴルバ
チョフソ連書記長による米ソ首脳会談が開かれ、東西冷戦を終結
させた。

国際情勢の激変は、わが国の政治に大きな影響を与えた。

冷戦で支えられていた、日米安保体制の見直し、バブル経済に浮
かれた日本人の驕りをどう反省するのか、課題は山積していた。

 小沢幹事長が最初に要請したのは、「日本が明治時代に議会制
を導入して以降、世界政治の大変動によって日本の政治構造がど
のような影響を受けたか調査してくれ」であった。

調査の結果は「世界で政治が大変動した時、わが国では政党再編
が起こる」ということであった。               

                            (続く)
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[No.6089] 2015/04/09(Thu) 22:06:25
Re: 平野氏メルマガ『菅官房長官、梶山静六氏を師と言うなかれ』 (No.6089への返信 / 5階層) - hasebe

前号で平野貞夫氏が、翁長知事が菅官房長官に語った言葉に
涙が出る思いだったとしたその全文が、メルマガ臨時増刊号
に転載されています。

この翁長知事の語った言葉に反論出来る日本人は、おそらく
一人もいないと思います。

下記に日本一新メルマガをコピーさせていただきます。

ぜひ、ご一読して下さい。




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━━【日本一新】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                 臨時増刊号・2015/4/10
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                     顧問:戸田 邦司
                     発行:平野 貞夫
                     編集:大島 楯臣
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       <メルマガ・日本一新・臨時増刊号>
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
☆「原点―260」の記述にある『読売新聞(平成9年4月5日・
朝刊2面2頁)』と4月4日付の関連記事コピーをご希望の方は、
「維持会員に限り」PDFでお届けしますので、このメール宛て
にお知らせください。

☆この臨時号は平野論説ー260号と併せ読みして欲しいと思う。

論説は「米国と再交渉すべし」と促しているが、ジョセフ・ナイ
元国防次官補も「再検討しなければならないだろう」と答えてい
るから、不可能なことではないだろう。それとも県内移設を強行
する真の理由が、論説の2)にあるとすれば、何をか言わんやで
ある。

☆そしてまた、翁長知事の冒頭発言の全文も紹介したい。移設反
対を貫くのは、イデオロギーからではなく、保守として生きてき
た知事の切々たる思いが伝わってくる。これほど明晰に基地反対
のことばを口にした沖縄県知事は私の知る限りいなかったと思う。

特に『日本の国の政治の堕落』と指摘されたのは、一連の「平野
論説」「小沢発言」と符合する。直ちに埋め立て作業を中止し、
米国との再交渉はもとより、東アジアの安定のための対話を進め
るべし。

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  ナイ元国防次官補、辺野古「再検討を」地元民意を重視

琉球新報 2015年4月4日

米クリントン政権で米軍普天間飛行場返還の日米合意を主導した
ジョセフ・ナイ元国防次官補(現米ハーバード大教授)は2日、
日米両政府が進める普天間飛行場の名護市辺野古への移設につい
て「沖縄の人々の支持が得られないなら、われわれ、米政府はお
そらく再検討しなければならないだろう」と述べ、地元同意のな
い辺野古移設を再検討すべきだとの見解を示した。

 ワシントン市内にある米有力シンクタンク戦略国際問題研究所
で琉球新報に答えた。

米外交政策に影響力を持つ米国防省元高官が辺野古移設に疑問を
投げ掛けていることは、沖縄の民意を無視する形で工事が進むこ
とに米国内でも懸念が広がっていることの表れとみられる。

 ナイ氏は辺野古移設に反対する翁長雄志知事が就任するなど、
県内移設反対の声が根強いことについても「承知している」と述
べ、沖縄と日本政府は話し合う必要性も強調した。

 ナイ氏は昨年の知事選後、日本メディアに対し、辺野古移設に
関して「長期的には解決策にはならない。

固定化された基地の脆弱性という問題の解決にならないからだ」
と指摘し、中国の弾道ミサイルの射程内にある沖縄に、米軍基地
が集中することが対中国の軍事戦略上リスクになるとの見方を示
した。
(以下略)

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<翁長・管会談、翁長冒頭発言全文>

 お忙しい中、時間を割いていただき、意見交換の場をつくって
いただいたことに感謝を申し上げたい。

官房長官からも話があったが、沖縄は全国の面積のたった0・6
%に74%の米軍専用施設が置かれている。

まさしく戦後70年間、日本の安全保障を支えてきた自負もあり、
無念さもある。

今、官房長官からそういったことに対して大変理解のある言葉を
もらった。

そうであるならば、去年の暮れ、あるいはことしの初め、どんな
に忙しかったかは分からないが、こういった形で話をする中で
「物事を粛々と進める」ということがあったら、県民の理解もも
う少し深くなったと思う。

 私は日米安保体制が重要だというのは、私の政治の経歴からい
っても十二分に理解している。

しかし、日本の安全保障を国民全体で負担するという気構えがな
ければ、今、尖閣の話もあったが、たった1県のこの沖縄県に多
くの米軍施設を負担させて日本の国を守るんだと言ってもよその
国から見るとその覚悟のほどがどうだろうかと思う。

日本国民全体で負担する中で、日本の安全保障や日米安保体制、
日米同盟をしっかりやってほしいというのが私の気持ちだ。

 オスプレイなどが本土で訓練する話もあったが、残念ながらい
わゆる基幹基地を本土に持って行くという話がないから、訓練を
していずれ全て沖縄に戻ってくるのではないかという危惧は、今
日までの70年間の歴史からすると、十二分に感じられることだ。
不安がある。

 そして、どんなに言っても米軍の運用に自分たちは口を挟めな
いんだという形で物事が終わってしまう。

環境問題もさることながら、日米地位協定の改定も抜本的な意味
合いでやってもらわないと。

沖縄の危惧は、今の日米地位協定の中では解決しにくいと思って
いる。

 今日まで沖縄県が自ら基地は提供したことはないということを
強調しておきたい。

普天間飛行場もそれ以外の取り沙汰される飛行場も基地も全部、
戦争が終わって県民が収容所に入れられている間に、県民がいる
所は銃剣とブルドーザーで、普天間飛行場も含め基地に変わった。

 私たちの思いとは全く別に全て強制接収された。

自ら奪っておいて、県民に大変な苦しみを今日まで与えて、そし
て今や世界一危険になったから、普天間は危険だから大変だとい
うような話になって、その危険性の除去のために「沖縄が負担し
ろ」と。

「お前たち、代替案を持ってるのか」と。
「日本の安全保障はどう考えているんだ」と。

「沖縄県のことも考えているのか」と。こういった話がされるこ
と自体が日本の国の政治の堕落ではないかと思う。

 日本の国の品格という意味でも、世界から見ても、おかしいの
ではないかと思う。

この70年間という期間の中で、基地の解決に向けてどれぐらい
頑張ってこられたかということの検証を含め、そのスピードから
言うと先にはどうなるのか。

これもなかなか見えてこないと思う。

 一昨年、サンフランシスコ講和条約の発効の時にお祝いの式典
があった。日本の独立を祝うんだという、若者に夢と希望を与え
るんだという話があったが、沖縄にとっては、あれは日本と切り
離された悲しい日だ。

そういった思いがある中、あの万歳三唱を聞くと、沖縄に対する
思いはないのではないかと率直に思う。

 27年間、サンフランシスコ講和条約で日本の独立と引き換え
に米軍の軍政下に差し出されて。そして、その27年の間に日本
は高度経済成長を謳歌した。

その間、私たちは米軍との過酷な自治権獲得運動をやってきた。
想像を絶するようなものだった。

 官房長官と私は法政大学で一緒だが、私は22歳までパスポー
トを持ってドルで送金受けて日本に通った。そういったものなど
を思い浮かべると、あの27年間、沖縄が支えたものは何だった
のかなと思い出される。

 そして、官房長官が「粛々」という言葉を何回も使う。僕から
すると、埋め立て工事に関して問答無用という姿勢が感じられる。

その突き進む姿は、サンフランシスコ講和条約で米軍の軍政下に
置かれた沖縄。その時の最高の権力者だったキャラウェイ高等弁
務官は「沖縄の自治は神話である」と。

「自治は神話」だとあの当時に言った。

 私たちの自治権獲得運動に対し、そのような言葉で、キャラウ
ェイ高等弁務官が言っていて、なかなか物事は進まなかった。

 官房長官の「粛々」という言葉がしょっちゅう全国放送で出て
くると、何となくキャラウェイ高等弁務官の姿が思い出される。

何か重なり合う感じがして、私たちのこの70年間、何だったの
かなと率直に思っている。

 そして、この27年間の苦しい中で強制接収された土地を、プ
ライスさんという人がきて、プライス勧告というもので強制買い
上げをしようとした。

とても貧しい時期だったから、県民は喉から手が出るほどお金が
ほしかったと思うが、みんなで力を合わせてプライス勧告を阻止
した。

 今、私たちは自分たちの手の中に基地(の土地)が残っている。

こういった自治権獲得の歴史は「粛々」という言葉には決して脅
かされない。そう思っている。

上から目線の「粛々」という言葉を使えば使うほど、県民の心は
離れて、怒りは増幅していくのではないのかと思っている。

私は辺野古の新基地は絶対に建設することができないという確信
を持っている。

 こういう県民のパワーが私たちの誇りと自信、祖先に対する思
い、将来の子や孫に対する思いというものが全部重なっていて、
私たち一人一人の生きざまになってくる。

こういう形で「粛々」と進められるものがあったら、絶対に建設
することはできない、不可能になるだろうなと私は思う。

そうすると、建設途中で頓挫することによって、起こり得る事態
は全て政府の責任だ。

世界が注目しているので、日本の民主主義国家としての成熟度が
多くの国に見透かされてしまうのではないかなと思っている。

 官房長官にお聞きしたい。ラムズフェルド国防長官(2003
年当時)が「普天間は世界一危険な飛行場だ」と発言し、官房長
官も国民や県民を洗脳するかのように「普天間の危険性除去のた
めに、辺野古が唯一の政策」と言っている。

辺野古基地ができない場合、本当に普天間は固定化されるのかど
うか、聞かせていただきたい。

 ラムズフェルドさんも官房長官も多くの識者も世界一危険な基
地だと言っているのに、辺野古ができなかったら固定化ができる
のかどうか。これをぜひお聞かせ願いたい。

 普天間が返還され、辺野古に行って(面積が)4分の1になる
という話がある。

それから嘉手納以南の相当数が返されると言うんですが、一昨年
に小野寺前防衛大臣が来た時に「それで、どれだけ基地は減るの
か」と聞いたら、今の73・8%から73・1%にしか変わらな
い。
0・7%だ。

 なぜかというと那覇軍港もキャンプキンザーもみんな県内移設
だから。県内移設なので、普天間が4分の1の所に行こうがどう
しようが、73・8%が73・1%にしか変わらない。

 官房長官の話を聞いたら全国民は「相当これは進むな」「なか
なかやるじゃないか」と思うかもしれないけれど、パーセンテー
ジで言うとそういうことだ。

 それからもう一つ。那覇軍港やキャンプキンザーなどは202
5年まで、2028年までには返すと書いてあるが、その次に、
「またはその後」と書いてある。これは日本語としてどうなんだ
と思う。

 2025年、2028年までに返すんだと書いておいて、その
次に「またはその後」という言葉が付いている。

「ハナシクワッチー」と言って、沖縄では話のごちそうという言
葉がある。

いい話をして局面を乗り越えたら、このことにはまた知らんふり
というのが、戦後70年間の沖縄の基地の問題だったと思う。

だから、今こうしてオスプレイをどこそこに持って行くあるいは
たくさんの基地が返るんだという話をされても「またはその後」
が付けば、「50年ぐらい軽くかかるんじゃないか」という危惧
を県民はみんな持っている。

 こういうところをぜひ、ご理解いただきたい。そして安倍総理
が「日本を取り戻す」と2期目の安倍政権から言っていた。私か
らすると、取り戻す日本の中に沖縄が入っているのか、率直な疑
問だ。

 「戦後レジームからの脱却」ということもよく言うが、沖縄で
は「戦後レジームの死守」をしている感じがする。

一方で憲法改正という形で日本の積極的平和主義を訴えながら、
沖縄でこの、「戦後レジームの死守」をすることは、本当の意味
の国の在り方からいくと納得しにくい。

 昨日、一昨日の官房長官の「沖縄県民の民意」というものがあ
った。「いろんなものがあってあの選挙を戦ったんだよ」と。

「だから(民意は)いろいろあるでしょう」という話があったが、
昨年度の名護市長選挙、特に沖縄県知事選挙、衆院選挙の争点は
ただ一つだった。

前知事が埋め立て承認をしたことに対する審判だった。テレビ討
論や新聞討論で(議題は)教育、福祉、環境いろいろあるが、私
と前知事の政策に、埋め立て承認以外では違いがなかった。

 あの埋め立て承認の審判が、今度の選挙の大きな争点であり、
10万票差で私が当選したということは、もろもろの政策でやっ
たものではないということを、ぜひ理解してほしい。

辺野古基地の反対について、県民の圧倒的な考えが示されたと思
っている。

 振興策の話もしていたが沖縄県はいろいろ難しいところがある。

例えば基地があることによって困ったことは何だったかというと、
あの9・11の(米国)ニューヨークのテロで、ビルに飛行機が
ぶつかったときに、大変なことが起きたなと思ったら、1週間後
には、沖縄に観光客が4割来なくなった。

そして4割来ないということは大変な出来事であのときの沖縄の
苦しみというのは大変だった。

 そして尖閣も日本固有の領土だし、守ることは結構だ。しかし、
あの尖閣で何か小競り合いが起きると、石垣島に来ている100
万人の観光客がすぐ10万人くらいに減るという危険性も十二分
に持っている。

そういう視点からも、沖縄は平和の中にあって初めて、沖縄のソ
フトパワー、自然、歴史、伝統、文化、万国津梁の精神、世界の
懸け橋になる、日本のフロントランナーとなる。

経済的にもどんどん伸びていき、平和の緩衝地帯として他の国々
と摩擦が起きないような努力の中に沖縄を置くべきだと思う。

米軍基地があると、お互いの国とも近くて、最近はミサイルが発
達しているので1、2発で沖縄が危なくなる。

 こういったことを考え合わせると、米軍もアメリカももうちょ
っと遠いところに行きたがっているんじゃないか。日本の方がか
えってそれを止めて「抑止力」という形でやっているのではない
かという疑問がある。

 アジアを見据える、あるいは中東を見据えるところまで沖縄の
基地が使われるのではないかと思っているが、この辺の根本的な
説明がないと、新辺野古基地というのは恐らく難しい。

 県民の今日までのいろんな思いは絶対に小さくはならない。も
っと大きくなって、この問題に関して、話が進んでいくと私は思
っている。

 きょう官房長官にお会いさせていただいたが、安倍総理にもこ
のような形でお話しする機会があれば大変ありがたい。ぜひ、そ
の面談の手配をお願いしたい。

(官房長官は)基地負担軽減担当大臣でもあるので、辺野古建設
の中止をされて、しっかりと話し合いをして、基地問題を解決し
ていただきたいと思っている。

よろしくお願いします。

              以上、文責・日本一新の会事務局

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

☆関西地区「平野講演 and 交流会」について!

予てからご希望が多かった、関西地区の交流会を下記要領で開催
予定です。子細は世話役が調整中ですから追ってご案内しますが、
日程に組み入れて頂きますよう、よろしくお願い申し上げます。

 期 日:5月24日(日)14:00〜
 場 所:茨木市市民総合センター(クリエイトセンター)
     大阪府茨木市駅前4丁目6-16
 演 題:安倍自公政権の戦前回帰を許すな!(仮題)
 参加費:無料(但し、受付で浄財≠申し受けますので、ご
        協力をお願いいたします)
 懇親会:実 費(ご希望の方のみ、受付で申し受けます)
 連絡先Fmokomokokayo.dc2@gmail.com(堀家)
     072-668-5877 (北爪・読書室NAN)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
            次回の定期配信は、4月16日です。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━END━━━━━


[No.6090] 2015/04/10(Fri) 11:35:38
小沢一郎『ザ・ディプロマット』の寄稿記事全文』 (No.6090への返信 / 6階層) - 豊後の小兵衛

━━【日本一新】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                 臨時増刊号・2015/4/18
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                     顧問:戸田 邦司
                     発行:平野 貞夫
                     編集:大島 楯臣
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☆「日本一新の会」は、皆さんからご協力頂く「会費」で運営し
  ています。会費切の方は継続を、予備会員の方は維持会費の
  ご協力をよろしくお願い申し上げます。

 会費は月額¥500円で、一年分前払いの場合は¥5.000円です。
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       <メルマガ・日本一新・臨時増刊号>
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☆小沢代表の米誌『ザ・ディプロマット』の寄稿記事全文を紹介
する。先に送りした「翁長知事・菅官房長官会談」における翁長
知事の冒頭発言と読み比べて欲しい。いずれも「政治とは何か、
民主主義とは?」の根底を問う発言である。これほどの識見をも
つ両巨頭が真摯に話し合えば、辺野古問題は解決する。
私たちは戦前回帰を忌避するために、今こそ小沢一郎氏に、もう
一働きしてもらわねばならない。

                    日本一新の会事務局

『ザ・ディプロマット』の寄稿記事全文』

『安倍政権は米海兵隊の普天間航空基地を沖縄県内の名護市辺野
古に移設する動きの一環として、海底掘削調査を再開するのに、
強引な手法に頼っている。海上保安庁は、地元住民の排除に行き
過ぎた手荒な戦術を用いており、キャンプ・シュワブで働く警備
員らが、移設に抗議する市民らを拘束する事例もあった。

安倍政権はこの重要な政治問題に対して、高圧的な政治戦術を繰
り返し用いており、これは極めて危険である。人びとの意志を尊
重し、民意にもとづく政治をすることが、民主主義の基本原則で
ある。もちろん、世論が国民と国のために正しいことを示す最善
の指標では必ずしもなく、政治家は時には国民と国のために多数
意見に逆らって行動しなければならないかもしれない。これが議
会制民主主義に付きものなのである。

したがって、政治家は常に多数派の支持する特定の行動をすべき
であるとは断定できない。そうはいっても、安倍と彼の政権がこ
の件で用いる高圧的な手法が日本国民の利益にかなっているとは
とてもいえない。施設を普天間から辺野古に無理矢理に移設して
も、沖縄県民にも、国民全体にも利益にならない。だが、そうす
ることが日本と国民の評判に大きな汚点を残すだろう。

日本政府は、普天間から辺野古への施設の移転に問題があれば、
日米関係に悪影響がおよぶだろうと主張している。私は、これは
間違っていると信じている。もちろん、中国の軍事的拡張に関し
て米国が感じている留保は、日本と近隣諸国で共有されている。
だからといって、この理由で、米軍の沖縄駐留が必要であるわけ
ではない。

しかし、米国は目下、アジアだけでなく、ヨーロッパからも前線
部隊を撤収させている。これは、米国が軍事戦略を、常時部隊駐
留から有事に緊急即応部隊を動員する手法に転換したからである。
沖縄に駐留していた海兵隊のグアムとその他への再配置は、この
戦略の一環であり、日本、あるいは沖縄に配慮して無邪気に実行
されているわけではない。

私は米国の軍事戦略の転換を考えると、辺野古に普天間の代替施
設を造ったり、滑走路を建設したりする必要があるとは信じない。
だが、滑走路がほんとうに必要なら、沖縄でも本州でも代わりに
なるのに適した土地がある。したがって、安倍のふるまいがどん
な形であれ、私は土地埋め立てと辺野古での工事の準備を強行す
ることに賛同できない。

私はまた、在日米軍基地の74%を抱えている沖縄の住民の反対
を踏みつぶして、辺野古の滑走路建設を強行して、米国の利益に
なるとも信じない。滑走路が軍事的に正当化されても、美しいサ
ンゴが栄え、マナティと類縁の希少な海棲哺乳類、ジュゴンの北
限の自然生息地である澄み切った海を埋め立てる結果になるのに
他ならない。われわれは力を尽くして、沖縄の貴重な自然環境を
守るべきである。

それでも安倍政権が辺野古移設を実現すると意を決しているなら、
まず地元の行政当局と万全な協議を尽くすべきである。沖縄県民
によって正当に選出された県知事は首相との面会を要請している。
単に見解が異なっているという理由で、安倍が面会を拒んでいる
のは、常軌を逸して子どもじみている。道理をわきまえた議論が
できるはずだとは考えにくくしているのは、総理大臣にふさわし
くない言動であり、幼稚なふるまいなのだ。

仲井眞弘和・前知事が埋め立てを認可したかもしれないが、沖縄
県民はその後の県知事選挙の結果をもって、この上なく明確な、
「No」を計画に突きつけたのである。翁長雄志・現知事は、日本
政府との議論を再開しようとしており、沖縄県民の意志にそって
行動している。安倍が翁長とのかかわりを拒んでいるのは、民主
的な政治手続きを否定している。

日本政府がいましなければならない義務は、まず沖縄の民意を聴
きとることであり、そのうえで、問題解決のための議論を米国と
はじめることである。こうした議論の結果、米軍が沖縄から撤退
することになれば、日本自体が自国防衛の責任を担い、隙間を埋
める方法を決めなければならない。安倍政権はこのような論争を
避けたいと思い、単純に米国の要求にそうことを好んでいる。こ
れもまた、政治手続きの放棄である。沖縄は戦略と地政学の両面
で極めて重要である。米軍が撤退するのであれば、日本が負担を
肩代わりする方法について、日本国民のすべてが真剣に考えるべ
きである。日本国民は、米国がやるべきことをやると当てにする
のではなく、負担をわかちあい、責任を担うべきである。

私は、沖縄の駐留米軍を可能なかぎりの最小限に削減すべきであ
ると信じている。日本が責任分担に取り組む強い決意を示せば、
米国は議論に応じると私は信じている。私は、辺野古移設が計画
どおりに実現しなければ、ただちに日米同盟に重大な影響がおよ
ぶという意見にくみしない。それどころか、普天間基地の移設に
関して、日本政府が高圧的な戦術をつづければ、反感と不信を招
くだけであり、反対派を硬化させる。昔ながらの格言「急がばま
われ」は、この場合でも間違っていない。時間がかかるにしても、
安倍は徹底的な議論を尽くすべきだ。無分別に突き進めば、失敗
に終わるだけであり、日米関係におよぼす影響をさらに悪化させ
るだけである。首相と内閣はもっと誠実な手法を採るべきであり、
もっと広範な視野に立って考えるべきである。

                (文責:日本一新の会事務局)
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            次回の定期配信は、4月23日です。
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[No.6094] 2015/04/17(Fri) 08:26:02
日本一新臨時メルマガ 「民主の退潮「底打ち」「底なし」?」 (No.6094への返信 / 7階層) - hasebe

日本一新の会 メルマガ配信
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                 臨時増刊号・2015/4/18
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                     顧問:戸田 邦司
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                     編集:大島 楯臣
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       <メルマガ・日本一新・臨時増刊号>
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全略〜

☆一斉地方選の前半が終わったが、各地で選挙戦を戦われた議員・
候補者の皆さん、ご苦労さまでした。引き続き、後半戦のご奮闘
をお祈りいたします。

さて自民党の某地方幹部曰く「民主党の連中は09年の政権交代
を自分たちの力だったと錯覚している。その要因の7〜8割は、
小沢一郎の先見性・統率力(指導力)に依るものだ。

小沢氏が抜けた民主党は単なる「選挙互助会」と化している。

否、政権運営の失敗で国民の信頼を失い、互助会機能までも喪失
し、その存在さえ疑われているから党勢が回復しないのだ。

彼らには政権のなんたるかがわかっていない。現在の民主党を核
とする政権交代構想は、夢のまた夢であろう」と私に皮肉ってく
れた。

読売新聞は「党内からは『政権を明け渡して2年過ぎたのに、何
も変わっていない。回復の兆しすらない。

このまま行けば、来夏の参院選はもっと恐ろしい結果になる』と
執行部への批判の声が上がっている」と報じているが、自民党の
某地方幹部の見立てと同じだ。

小沢代表は「日本改造計画続編」について『粗方考えはまとめて
あり、やれば出せますけれども、出しても読んでもらわないこと
にはしようがない。読んでもらうためには、やはり我々が政権を
目指す、獲るということでないと、国民の関心は向きませんから。

そういう意味で、まずは政権奪還を目標にしてやっていきたいと
思います。本のほうは、その後でゆっくり考えて間に合うと思い
ます」と定例会見で答えているが、中々にして含蓄のある回答で
ある、とは事務局の独り合点か!。


 民主の退潮「底打ち」「底なし」意見分かれる

読売新聞 4月14日(火)

 民主党は統一地方選前半戦で議席を大幅に減らしたことで党勢
の地盤沈下が止まらない危機感が広がっている。

 当初は反転攻勢の足がかりと位置付けていたが、政令市議選で
は共産党を下回る「野党第2党」の勢力に転落するなど、目標と
は程遠い結果に終わったためだ。党内には、政権奪還に向けたシ
ナリオを描けない執行部への不満にとどまらず、党の将来性を悲
観して、野党再編を求める声も再び出始めている。

 岡田代表は13日の党役員会で、「全国的に厳しい状況だった」
と述べ、各地で苦戦を強いられたとの認識を示した。

 41道府県議選での獲得議席は前回比82議席減の264議席
に落ち込んだ。17政令市議選では公明、共産両党の後塵を拝し、
第4党に後退した。大阪市議選では党公認候補の当選がゼロに終
わった。

 執行部は当初、統一選で党勢を回復軌道に乗せ、政権奪還につ
なげるシナリオを描いていた。事実上の自民、民主両党の対決と
なった札幌市長選では勝利し、与党に一矢報いる局面もあったが、
期待を大きく裏切る敗北に、党内では「深刻な事態だ」と衝撃が
広がっている。

 ただ、選挙結果の総括をめぐっては、退潮傾向に歯止めがかか
った「底打ち」派と、今後も党勢低落が続く「底なし」派で意見
が分かれている。

 枝野幹事長は、党勢の衰退が「底を打った」との認識だ。道府
県議選の前回当選者は346人だったが、その後の党分裂などの
影響で告示前勢力が275人に減った事情を考慮しているためだ。

枝野氏は13日、国会内で記者団に「若干の微減だが、ほぼ現有
を維持できた」と総括し、「2012年衆院選か13年参院選の
辺りで底打ちして戻しつつある流れだ」と強調した。

 細野政調会長は「底なし」の低迷への危機感を抱いている。

13日、静岡市で記者会見し、「民主党の厳しい傾向に歯止めが
かかっていない」と指摘した。党内では「自民党に代わる受け皿
と見なされていない」との失望感も広がっており、長島昭久元防
衛副大臣も「党の存在意義が問われている」と語った。


[No.6096] 2015/04/18(Sat) 19:26:48
平成の日本改革の原点 (No.6096への返信 / 8階層) - hasebe

平野貞夫氏が書いて下さる日本一新のメルマガは、日本の政治史
の学びの場だと思っています。

政権交代というと2009年の民主党の政権交代を思い浮かべますが
そこに至る長い長いプロセス、その民主党政権もほんの9ヶ月で
変質を余儀なくされました。

これまでも長い道筋でしたが、これからも当分イバラの道が続く
のだと思うとため息が出ます。




日本一新の会 メルマガ配信
━━【日本一新】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                 通巻第261号・2015/4/16
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〇 平成の日本改革の原点 (第6回)
(米ソ冷戦終結が日本の政治構造を変える)

 小沢幹事長の要請で作成したレポートの『世界政治の大変動に
よって、日本の政治構造がどう変わったか』を竹下元首相と金丸
経世会会長に読ませることになる。

私の結論「世界で政治が大変動したとき、日本では政党再編が起
こる。

政権交代できる仕組みへ変わらざるを得ない」を伝えた。

竹下元首相からは「公明・民社とパーシャル連合でしのげる。

政権交代で自民党が政権から下りるような改革は必要ない」との
返事があった。

金丸会長は「自民党が社会党と提携すればよい」とのこと。

自民党最大派閥の最高指導者がこんなことではどうしようもない
とがっかりする。

 それにしても、竹下元首相は退陣の提唱で『政治改革大綱』を
策定させ、そこには「衆院に比例代表制を加味した小選挙区制を
導入し、政権交代を可能とする」との記載があったはずだ。

 平成2年が明ける。1月5日、小沢幹事長から電話で「新年か
ら衆院解散の手順で頭が痛い。政党再編について自民党の指導者
たちが理解しない」との話。

創価学会が政界再編について神経を使っている様子を説明。

秋谷栄之助会長の秘書役が解散の時期や政局の展望について情報
を求めてきたと話すと会うことになった。

 同月9日夜、ホテルニューオータニで小沢幹事長・権藤衆議院
議員(公)・秋谷会長秘書役と私の4人で懇談した。

私から『政界再編はどう展開するか』のレポートを会長秘書役に
渡し、そこには「政界再編はすでに始まっており、公明党が傍観
していると、自民党と社会党の提携が始まる」として、政局の詳
細な分析をしておいた。

このレポートが、その後の公明党の動きを変えていく。

          (平野貞夫衆議院事務局日記に詳細を収録)

 権藤議員と秋谷会長秘書役が帰った後、2人でじっくりと話す。

この時の小沢幹事長の覚悟に驚かされた。「米ソ冷戦終結はパン
ドラの箱が開いたと同じだ。

各地で紛争が増え、競争優先の市場原理経済の国際的混乱を増やす。

日本も米国の従属ではやっていけない。自分は、そのために新しい
政治の枠をつくることに政治生命を賭ける。

失敗すれば政治家を辞めてもよい覚悟で臨む」と。


 この小沢幹事長の見識が「平成の政治改革」の原点となる。前
述した、竹下元首相との考えの違いが、その後の政治対立の始ま
りでもあった。

これまでの日本の政治の枠といえば、昭和30年(1955年)に、
自由党・民主党の保守合同と、社会党の左右両派が合同して、自社
55年体制という2大政党による政治であった。

 この55年体制というのは英国型の政権交代を目指していたが、
問題が2つあった。ひとつは米ソ冷戦というイデオロギー対立の
国際情勢の中で、自民党は米国の立場での政治を展開、社会党は
主としてソ連や中国の立場での政治を主張していた。

自民党岸政権にはCIAの資金が出された文書が米国で公表され
ている。

 一方、社会党には主としてソ連からさまざまな形で資金が流れ
ていた文書が残されている。

与党も野党も外国からの資金で政治活動をやっていたという、ど
う見ても独立国とはいえない何とも情けない状態が続いていた。

 2つ目は、自民党は日本を社会主義国家にしないために手段を
選ばない政治手法を繰り広げた。

60年安保といわれている岸政権まで、社会党は政権獲得を本気
で考えていたが、池田政権で急展開する経済成長策の成果が上が
るにつれ、イデオロギーによる政治より、豊かな生活をつくる政
治に軸足を変えた。

しかし、表向きは自民党と激しい対立≠演出≠オながら、
裏側では、事実上の連立政権のように手を握るという談合政治を
展開した。

この中でさまざまな金権腐敗政治が出現する。

 戦後の米ソ冷戦による「日米安保体制」はこういった政治を助
長させた。その冷戦が終結したのだ。小沢幹事長の主張する「新
しい政治の枠」とは、日本にとって歴史的必然性といえるもので
あった。当時、この時代認識をする政治家が少なかったのがわが
国の悲劇といえる。                (続く)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
          次回の定期配信は、4月23日(木)です。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━END━━━━━


[No.6098] 2015/04/18(Sat) 20:20:50
米大統領元特別補佐官〜辺野古以外の選択肢を〜 (No.6098への返信 / 9階層) - hasebe

普天間基地を廃止することが、何故、新たに辺野古に米軍基地を増設
する事になるのか、納得出来ないでいます。

すでに日本列島に有り余るほどの,133か所の米軍基地が存在しています。

敗戦後70年も経ちながら、日本列島を米軍の浮沈空母として置かなくては
ならないのでしょうか。

沖縄の独立論がどれ程現実味があるのかは分かりませんが、スコットランドの
独立より現実味があるのでは、と思ってしまいます。

アメリカが大事なパートナーであるのなら尚更、現在の沖縄の状況は危険で
あると、政治家なら気が付くはずです。

先日、前泊 博盛沖縄国際大学教授がテレビで語った『沖縄の人々は、以前は
反軍だったが、いまや反米に変わりつつある』
これは日米両国にとっても不幸ではないでしょうか?

17日の小沢さんの政経ホーラムで乾杯の音頭を取った板垣英憲氏が、『自民党
の長男』、米国とも中国とも上手く外交をする、そんな長男ぼうは、いまでは
小沢さんしかいなくなった、と語っていました。

危うい世界の強国とのハザマで、バランスを取りながら日本の国と国民を守る
という難行が、政治家や官僚だけでなく私達国民にも押し寄せてきている・・、
事実を見極めるしやかさな知恵が、本当に必要な状況になってきていると
思います。

下記に日本一新のメルマガに米大統領元特別補佐官(モートン・ハルペリン)と
玉木デニー氏のコメントが載っていましたのでここに転載させていただきます。





━━【日本一新】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                 臨時増刊号・2015/4/19
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                     顧問:戸田 邦司
                     発行:平野 貞夫
                     編集:大島 楯臣
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
       <メルマガ・日本一新・臨時増刊号>
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
☆生活の党記者発表より

玉城デニー幹事長は4月17日、国会内で記者会見を行い、4月
20日から23日の日程で米国を単独で訪問し、辺野古移設問題
についてマケイン米議会上院軍事委員長らと協議をすべく調整し
ていることを明らかにしました。
玉城幹事長による訪米計画の説明は次の通りです。

4月20日から23日までワシントンDCに行き、上院・下院の
軍事委員長をはじめ、軍事委員との面談を調整しています。それ
以外にCSIS日本部、米議会調査局の関係者と面会予定です。

なぜ辺野古移設が進まないのか。なぜ多くの沖縄県民が辺野古移
設計画に反対しているのか。日米安全保障体制を基軸とする中、
どのようなことを行うべきであるか。県民や私の意見も踏まえ、
意見交換し、米関係者に県民の思いを汲み取っていただき、日米
協議に付していただきたいと考えています。

また翁長知事が来月にも渡米されるということもあるので、上下
両院の全軍事委員宛か、少なくとも軍事委員長あてに知事からの
親書の用意をお願いしています。私から親書に盛り込むべきこと
として、忌憚のない意見交換と、上院軍事委員会公聴会での意見
陳述の要請を提案しています。

今回の米国訪問は、沖縄の多くの方から安倍首相の訪米前に県民
の思いを伝えるため、訪米すべきではないかとの助言を受け具体
化しました。衆議院議員、党幹事長の立場を踏まえ、日米安全保
障体制の中における沖縄の基地のあり方について、カウンターパ
ートである米議会関係者らに県民の声を届け、意見交換をしてき
たいと思っています。

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

米大統領元特別補佐官(モートン・ハルペリン)のコメント

略歴:1938年米国ニューヨーク生まれ。ジョンソン政権下の
国防次官補代理として66〜69年、沖縄返還交渉を担当。
クリントン政権下で大統領特別補佐官。昨年、新外交イニシアテ
ィブの招待で47年ぶりに沖縄を訪問した。


        〜辺野古以外の選択肢を〜

4月9日 琉球新報

「民主主義国に軍事基地を造るときには、その負担を受け入れる
地域の人々の意見を慎重かつ真剣に考慮すべきだ。人々の声を無
視して造った基地に安定的な将来はない。特に外国の領土に基地
を造る際は、地域の人々の意見を聞くことがより重要になる。

その努力をしないと、地域社会の抵抗が基地の存在の将来を脅か
し、果ては2国間の主要な外交問題になっていくからだ。

普天間飛行場の名護市辺野古への移設をめぐる県民の意思ははっ
きりしている。名護市長選、県知事選は、県民が移設に反対して
いることを明確に示した。このような状況において、日米両政府
が辺野古移設を断念すべきことは明白だ。

今後、県民の反基地運動がさらに広がれば、嘉手納空軍基地を含
む他の沖縄米軍基地に対する民意にも影響しかねない。日米関係
を損なうことは明らかだし、基地の存在に敵対的な民意に囲まれ
ることで、駐留する米軍人の任務が困難になるだろう。

昨年9月、私は沖縄を訪ね、新基地建設が計画される地域を見て
回った。沖縄の人々の平和を希求する思いが過去の悲惨な沖縄戦
に深く根ざしていることを実感した。辺野古沖のボートの上で、
美しい海と住民の声に強く心を動かされた。住民は環境を守り、
次の世代に引き継ぐため闘っていた。

日本政府はこの民意をただ黙殺し、美しい海にコンクリートブロ
ックを投下している。米国が最も誇りとするところの民主的プロ
セスを、このようなやり方であからさまに否定することは、日米
両国にとって最善の選択にはほど遠い。

普天間飛行場の移設問題を巡る昨今の議論は、沖縄に米海兵隊が
存在することの必要性をめぐる新しい検証抜きで進められている。

米軍は海兵隊基地を置く場所に関して、沖縄以外の東アジア地域、
あるいは米国内の基地など他の選択肢を真剣に検討する必要があ
る。そして、抑止力および軍の運用の観点から他の可能性を選ん
だ場合の意味も考えるべきだ。

沖縄だけが唯一の選択肢ではないだろう。

新基地建設に着手する前に日米両政府は真剣に検証するべきだ。
実際、日米両国で多くの専門家は他の選択肢を提案している。日
本政府の同意なくして、米国は辺野古に新たな基地を造ることが
できない。意思決定は日本側に委ねられているのだ。

私は沖縄返還交渉に米側担当官として関わったが、その際も日本
政府に『沖縄を返してほしい』と言わせなければならなかった。

なぜなら日本政府は拒絶されるのをあまりにも恐れ、そう言わな
かったからだ。その姿勢は今も変わっていないように見える。

辺野古の新基地建設において、米国に『不可能だ』と伝えること
を恐れるべきではない。衆院選の小選挙区の結果を含め、沖縄の
人々が基地建設に反対していることは間違いないのだから。

ボールは今、日本側にある。日本政府の賢明な選択を期待したい。
そして、米政府には、何よりも日米同盟の長期運用に資する形で
それに応えてもらいたい」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


[No.6101] 2015/04/19(Sun) 13:59:00
小沢氏、刊行に寄せてを寄稿「ライマン・ホームズの航海日誌」 (No.6101への返信 / 10階層) - hasebe

ジョン万次郎を救った捕鯨船の船長のライマン・ホームズ氏の
航海日誌を題材にした川澄哲夫氏著書に小沢一郎氏が「刊行によせて」
の寄稿文が日本一新のメルマガ載っています。

ジョン万次郎が身を寄せた建国から間が無い米国には、自由・平等の
建国の精神が満ちて存在し、その精神が万次郎にどのように影響し
たのか?

万次郎の日本に帰国後、どれほど多くの若者に伝えられたかは、坂本
龍馬ら維新の志士の活躍を見れば理解できます。

日本一新のメルマガを下記に転載させていただきます。



日本一新の会 メルマガ配信
━━【日本一新】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                 臨時増刊号・2015/4/25
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                     顧問:戸田 邦司
                     発行:平野 貞夫
                     編集:大島 楯臣
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       <メルマガ・日本一新・臨時増刊号>
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☆事務局に「ライマン・ホームズの航海日誌」(副題:ジョン万
次郎を救った捕鯨船の記録=川澄哲夫著・慶応大学出版会)とい
う大判本がある。書価が1万5千円だから、皆さんに購入をお奨
めすることは至難である。従って、少し大きな図書館(図書館情
報で検索)であれば、蔵書されているようだ。

で何を言いたいか、それは「日米」の関係を見るときの原点みた
いなものであり、この本の出版にあたっては川澄先生は命を削り、
そして平野代表も様々に奮闘している。

また、小沢一郎氏は私財を投じてこれらを為し得たからだ。

当時の米国は建国から間近く、今とはかなり様相が異なることが
詳述されている。

子細は同著を参照して欲しいが、「刊行によせて」として小沢氏
が書いているので、現在の日米関係と照らし合わせて参照して欲
しい。

                    日本一新の会事務局

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

   刊行によせて

          衆議院議員・CIE会長    小沢一郎

 日本の近代化に尽した人物は大勢いるが、漂流少年ジョン万次
郎の功績は特筆すべきである。そのジョン万次郎を永年にわたり
研究し、私たちに貴重な情報を提供しながら、万次郎の功績を顕
彰する国際草の根運動を支えてくれているのが、慶應義塾大学元
教授の川澄哲夫氏である。

 この度、「ライマン・ホームズの航海日誌」の全訳が、バイリ
ンガルで出版されることになった。川澄氏のライフワークの完成
であり、病身を押しての必死の努力に敬意を表したい。

 この「航海日誌」は、私にとって忘れることができない因縁が
ある。実は、米国の古書店で2000年に入手したのは、私の慶
應義塾大学時代の同級生・涛川和夫氏であった。神田神保町で洋
書店を経営している人物だ。

 2001(平成13)年2月、川澄氏を通じて「この航海日誌
は、19世紀の太平洋における海洋文化、資源確保そして日本の
開国の原因を究明できる重要な資料なので、日本での古書オーク
ションに出したくない。ジョン万財団で購入してはどうか」との
話があった。

 ジョン万財団(CIE:財団法人ジョン万次郎ホイットフィー
ルド記念国際草の根交流センター)に、資金的余裕がなく、とり
あえず私が入手して、CIEに寄贈することを前提に購入した。

現在はCIEに寄贈し、そこで管理している。一日も早く全訳し、
万次郎の研究者たちだけでなく、国民の共有財産になることを祈
念していた。

 万次郎らを救助した「ジョン・ハウランド号」には、ホイット
フィールド船長による公式の航海日誌があるが、それとは別に若
い水夫が克明に記録した日記があることは、奇跡的なことである。

ハーマン・メルヴィルの「白鯨」の裏づけともなるもので、一日
も早く全訳することを期待したが、3年6ヵ月と7日間という長
期間の膨大な記録のため、簡単には進まなかった。

 そこで関係者が相談して『航海日誌』を、川澄氏に要約しても
らい、慶應義塾大学の阿川尚之教授に「万次郎の見たアメリカ」、
私が「万次郎に学ぶこと」の一文を書き、平成13年7月に『ジ
ョン万次郎とその時代』(廣済堂出版)を刊行した。

このホームズの航海日誌は、ホイットフィールド船長の公式『航
海日誌』と食い違うところもあり、全訳の刊行が期待されていた
ものである。

 ホームズの『航海日誌』は、1839年1月26日(火)から
始まり、1843年5月8日(月)に終わっている。日誌の最後
を「鯨捕りの掟」で結んでいる。

「汝は六日間、労をおしまず、力のあらん限り働け。そして七日
目に、血ぬられた甲板を、ごしごしとこすり、洗い清め、その上、
ケーブルをきれいに磨くのだ」と。捕鯨という19世紀の資源確
保に、民衆がいかに活躍したか。民衆が時代を支えていたことが
わかる。

 『白鯨』の著者、ハーマン・メルヴィルは、ホームズと同じよ
うに捕鯨船の水夫であった。捕鯨船の生活に堪えられず文筆家に
なったといわれている。

名著『白鯨』の中で、日本の鎖国が捕鯨船の活動にとって大きな
障害になっており、「日本を開国するのは捕鯨船である」と記し
てある。1851年11月のことだ。

捕鯨船の若き水夫・ホームズの「航海日誌」は、それを証明する
ものといえる。

 ジョン・ハウランド号が、万次郎らを救助した1841年6月
28日の日誌は、次のように綴っている。
 「午後1時、2隻のボートを下ろし、岸辺に海亀を探しに行く。

3時にボートは戻ってきた。5人の中国人か日本人を連れ帰った。

難船して、この島に漂着したということだった。彼らは、泳いで
ボートに乗り移ってきた。何もしゃべらない。お互いに、身振り
と手振りでしか、相手の言うことが理解できない。海岸に衣類と
数個の箱を残してきたと言っているようだ」(以下略)。

 万次郎らを救助した状況を、実に冷静に記述している。日誌と
はいえ事実はいかなる想像より力強くロマンチックなものである。

 米国捕鯨船に救助された万次郎は、ホイットフィールド船長の
人類愛で米国で近代社会に学び、一流の航海士となり捕鯨船員と
なる。

10年後、捕鯨船のためにも日本のためにもと、開国を訴えるた
め命を懸けて日本に帰国する。

万次郎が日本の開国と近代化について、どのような活躍をしたの
か。

川澄氏や万次郎の子孫・中浜博氏らの研究があるので、そちらに
譲る。

CIEの運動もこの「航海日誌」の全訳で、さらに活発となる
と確信している。

 最後に、本書の刊行にあたって、格別の配慮をいただいた慶應
義塾大学出版会の関係者に心から感謝の意を表しておきたい。

                     2012年10月
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            次回の定期配信は、4月30日です。
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[No.6103] 2015/04/27(Mon) 10:09:31
「民主党退潮に歯止めかからず」 (No.6103への返信 / 11階層) - hasebe

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4月18日(土)の臨時号に『民主の退潮「底打ち」「底なし」
意見分かれる』という見出しの読売新聞記事を紹介した。他の地
域のことは不案内だから控えるが、少なくとも大分県下に限って
いえば「民主党退潮に歯止めかからず」というのが実感である。

大分県知事選も非自民勢力に少なからずの勝機はあった。しかし、
連合は二つに割れて、村山元総理に至っては自民系候補者の支援
に名を連ね、壇上から語る有様だ。

大分市長選も同じ流れとなり、40数年来非自民系市長だったが、
今回は自公推薦候補者に席を譲った。県下2番目の別府市も同じ
く、村山氏の亡霊が見え隠れし、非自民系の足並みに乱れを生じ
て敗退した。

追ってこの稿を起草中に次の見出しが目に入った。

以下、一部転載

  「底打ちというより土俵際」=民主幹事長、発言修正

                 時事通信 4月27日(月)

民主党の枝野幸男幹事長は27日、統一地方選後半戦が終了した
ことを受け「底打ちというよりも土俵際で歯を食いしばっている
状況」と総括した。

枝野氏は前半戦が終了した際「底打ちして戻しつつある流れはで
きた」と発言、党内から「危機意識の欠如だ」などと批判を招い
ておりより厳しい認識に改めた。

枝野氏はまた、統一選全体を通して低投票率が目立ったことに関
し「4年後はわれわれが積極的な候補者擁立をして激戦、接戦の
状況をつくる責任がある」と語り、民主党が与党との対立構図を
つくれなかったことも一因との見方を示した。(転載終わり)

4年後に、民主党という政党が残っておれば良いのだが・・・。


一昔前の参議院選挙で「民主党候補は無名であり、自民党が有利
だろう」と評されていたが、小沢氏の「川上作戦」が功を奏し、
民主党が競り勝った。

この選挙で小沢氏が最初にマイクを握ったのは、大分の片田舎も
片田舎で、我が町から片道3時間を要する村外れの某公民館前だ
った。

私は小一時間前に現地に入ったが、公民館の隣家までは数百メー
トルもあり、あたり一面は田んぼであった。

それも公民館前の道路は農作業の軽トラックがたまさか通る程度
で、とても人が集まる雰囲気ではなかった。

ところが、始まる10分ほど前には『人が湧いて』きて、公民館
前の小さな広場はおろか、道路いっぱいに溢れるほどとなった。

この時、旧社会党の重鎮が「小沢さんとは不思議な人なんだよね。

大分の繁華街で合同演説会をやったことがある。『土井党首来る』
はビラやポスターに加え、相当な動員体制をとらないと人が集ま
らない。

ところが『小沢一郎来る』は、主だったところにファックスを送
ればそれで終わりで、ほっといても人が湧き出るんだ」と話して
くれたのを思い出す。

そしてまた「社民党は、大分県下では比例復活で当選できても、
小選挙区は絶対にとれない」と言われたが、小沢氏が応援演説に
入るや、小選挙区で当時の自民党衆議院副議長を追い落としたこ
ともある。

野党第一党の民主党の指導者たちも、そろそろ自分たちの実力に
気づいた方がいいんじゃナイノ。このようなとき、昔の自民党は
恩讐を超えて助勢を求めたものだ。ことの善し悪しは別にして、
大人になろうよ!。

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「日本一新の会」はこの6月で6年目に入る。当初、菅民主党政
権の迷走を目の当たりにして「日本一新運動を再興して、正論を
ぶつけていかないと、民主党政権は早晩行き詰まりますよ!」と
提案して再発足したのだが、事務局としては、こんなに長くやる
腹づもりは出来ていなかった。

民主党執行部が『小沢問題』の歴史的重大性に気づき、軌道修正
が図られる、と期待したのだが、夢のまた夢に過ぎなかった。

そんなこともあって、昨年の暮れから「日本一新の会も軟着陸
(解散)の時期を見計らって・・・・」と、平野代表に相談を持
ちかけていた。

 平野代表は創刊号(2010/06/17)で、

『菅首相の所信表明などに感じること、と題し、

1、「国民の生活が第一」という政権交代の標語が消えた。

「強い経済」「強い財政」「強い社会保障」を一体的に実現する。

これが菅政治の中心だが、「強い社会保障」で国民の関心を引き
つけ、消費税アップのために利用しようとする旧体制の官僚の影
を感じる。国民の生活はどうなるのか。
 
2、「最小不幸社会の実現」(記者会見)とは、19世紀の「救
貧法」の発想か。

最小でも「不幸」を前提とする政治があってよいだろうか。私た
ちは「社会保障を国の責任で整備することが、健全な資本主義社
会の前提」という考えだ。「不幸」を撲滅するのが政治の目標で
はないか。

3、日本人の閉塞感、自信喪失、不安感の原因を経済の低迷と発
言した。

この認識は、自民党や旧体制官僚の経済中心主義の歴史観だ。

20世紀末、重化学工業社会から情報社会に資本主義が変質した
ことを認識していない。

現代の混迷の根本原因は第3次産業革命により文明が移行し、所
有欲求と存在欲求という旧体制の価値観で人間社会が運営できな
くなったことにある。

この歴史観を理解している政治家は少ない。

これまでの内閣総理大臣では皆無であった。「日本一新の会」は
21世紀の情報社会では「共生欲求」という新しい価値観を加え
て、国家や社会のシステムを再構築しなければならないと考えて
いる・・・・・・』

と記しているが、残念ながらその後の状況は後退している。

事務局は互いの年齢を見計らって、来年(平成28年5月)を節
として、軟着陸の作業を進める手筈であった。

しかし状況は一変した。理由は奥様の逝去である。

3月22日、10時頃「異変が起きた。状況は厳しい」との一報
から24日午後の訃報を聞くまで、この間のことを走馬燈のよう
に思い返していたが、奥様の「貴男たち、志半ばにして何を考え
ているのよ」という声が聞こえたように感じた。不思議なことに、
平野代表の思いも同じで、告別式の挨拶『やり残したことがあり、
妻から命を貰いました』とのことばに集約されている。

そんなことから「日本一新の会」は命ある限り、或いは「国民の
生活が第一」が日の目を見るまで継続することに『腹を括り治し
ました』ので、引き続きのご支援をよろしくお願い申し上げます。

                    日本一新の会事務局


[No.6104] 2015/04/27(Mon) 23:34:12


   平野貞夫氏の遺言?小沢政治塾15周年≠フ記念講義 - hasebe - 2015/03/28(Sat) 23:24:46 [No.6083]
続: 平野貞夫氏の遺言?小沢政治塾15周年≠フ記念講義 - hasebe - 2015/03/28(Sat) 23:43:33 [No.6084]
Re: 平野貞夫氏の奥様の遺言・・。 - hasebe - 2015/04/02(Thu) 10:36:27 [No.6085]
Re: 平野貞夫氏の奥様のご遺言・・。 - hasebe - 2015/04/06(Mon) 23:42:28 [No.6087]
平野氏メルマガ『菅官房長官、梶山静六氏を師と言うなかれ』 - hasebe - 2015/04/09(Thu) 22:06:25 [No.6089]
Re: 平野氏メルマガ『菅官房長官、梶山静六氏を師と言うなかれ』 - hasebe - 2015/04/10(Fri) 11:35:38 [No.6090]
小沢一郎『ザ・ディプロマット』の寄稿記事全文』 - 豊後の小兵衛 - 2015/04/17(Fri) 08:26:02 [No.6094]
日本一新臨時メルマガ 「民主の退潮「底打ち」「底なし」?」 - hasebe - 2015/04/18(Sat) 19:26:48 [No.6096]
平成の日本改革の原点 - hasebe - 2015/04/18(Sat) 20:20:50 [No.6098]
米大統領元特別補佐官〜辺野古以外の選択肢を〜 - hasebe - 2015/04/19(Sun) 13:59:00 [No.6101]
小沢氏、刊行に寄せてを寄稿「ライマン・ホームズの航海日誌」 - hasebe - 2015/04/27(Mon) 10:09:31 [No.6103]
「民主党退潮に歯止めかからず」 - hasebe - 2015/04/27(Mon) 23:34:12 [No.6104]





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