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Café Foujita

<カフェ・フジタ>

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藤田先生 / 水上雅敏
ご返信ありがとうございます。たしかにそれでスッキリ全てが還元できるように思えますね。
No.887 - 2021/09/16(Thu) 14:50:25

水上さんへ / 藤田博史
ご返事ありがとうございます。
以前からわたしが提唱している幻想の式とエロスとタナトスの関係について書いてみます。

 EROS
 ⇨⇨⇨
 $ ◇ a
 ⇦⇦⇦
THANATOS

つまりシニフィアンを連鎖させるベクトルがエロス(というエネルギー)であり、そのベクトルに反作用を及ぼしているのがシニフィアン(という抵抗)だというわけです。つまり人類がタナトスを獲得したのはシニフィアンつまり言語を獲得したからだ、と考えるわけです。

No.886 - 2021/09/13(Mon) 23:26:25

藤田先生 / 水上雅敏
ご返信ありがとうございました。少し考えてみました。とても記憶が薄くて歪曲がある可能性大ですが、フロイトのタナトスの概念の、前駆体的な概念として、自己保存欲動というのがあったと思います。それがなぜ死の衝動につながるのか疑問に思っていましたが、この自己保存欲動と言うのは、個体なりのプロセスをたどって死に向かうことを述べているものだから、とあったような記憶があります(ここも随分記憶錯誤、歪曲がはいっているかもしれません)。私なりには、個体なりの過程・リズムがあって、それをあえて速めることも引き延ばすこともできないのだ、そういう過程に沿って生きるのが、タナトスそのままの自然な生き方なのだ、ということだと理解しています。

ここで、自我にとってこの先の見えない過程が我慢できない、となって自我の統合性を保とうとするナルシズムというエロスからの備給が優位になってしまうと、いわば、エロスによるタナトスの先取り、あるいは、エロスによるタナトスもどき、とでもいえるようなものとして自殺が起きてしまう。自我を保つつもりが、逆説的に、それを生み出している生体を消滅させてしまうということになるのではと考えています。あるいは、どこかに、自我は死後も存続する、という想像を持ってそうしている人もいるかもしれませんが。こう見ると、私は、なんだか、タナトス一元論、エロスは付随物でタナトスにとってよくも悪くも働く(上の例では悪い例ばかり出しましたが)のようにも思えますが、今のところそういうところです。また、こう見ると、私は、タナトスのほうこそが、シニフィアン連鎖をすすめているもののように考えているように思います。あるいは、シニフィアンの切断的=差異化的機能のほうにのみタナトスを見て、「連鎖」という、どこか統合性も働いているような側面にはエロスを見るべきなのかもしれませんが。つまり差異相互の間にイマジネールな塊(エロスが起源の)があってこそ、差異が同じ地点で壊れたレコードのように反覆するのではなく、すこしづつずれつつ連鎖するのである、という見方です。

No.885 - 2021/09/13(Mon) 01:28:29

水上さんへ / 藤田博史
ご指摘の「生をあきらめる方が楽」という事態に関連して、ニルヴァーナ原則と希死念慮の関係について再考してみる価値があると考えます。晩年のフロイトは、死の欲動を意識し始めて以来、生命活動を維持している様々なエネルギーを無に近づけようとするような心的ヴェクトルに心を惹かれるようになってゆきました。ラカン的にパラフレーズすれば、シニフィアンの連鎖を諦めること、シニフィアンの連鎖を断つこと、と表現できるかも知れません。
No.884 - 2021/09/12(Sun) 21:59:17

追記 / 水上雅敏
先が見えないよりは、もうだめだ、と先を想像し、生をあきらめるほうが楽、というのもあるのでしょうか。で、そのように神経も働き始める、という。
No.883 - 2021/09/12(Sun) 03:52:03

Give up itis の件 / 水上雅敏
本当か知りませんが、実験的に、赤子に話しかけないでおくと、赤子は死んでしまった、という話を聞いたことがあります。他者と語って、言葉を育くもうとしている脳や神経の部分を、使えない状況に置かれると、それらは育つのをあきらめて自己消滅や自己破壊しようとするのでしょうか? そして、そもそも人間の場合、本能が不安定で、本能に対してトップダウン的に働きかける言語やそれに関連する神経の機能があってこそ、どうにか本能も調整しつつ生きていけるのに、後者が自己消滅の憂き目にあったから結局死んでしまったということでしょうか? 極限状態で死ぬ人もそういうことかなとも思いました。件の論文まだ読んでいませんが、ドーパミン云々、ということから、致死性緊張病も連想しました。まあ極限状態で死ぬ、という場合とは違うかもしれませんが。言語とかかわるトップダウン的な働きを持つ神経の自己破壊の問題、ともしとらえるなら(?どうかわかりませんが。ボトムアップの問題が主である可能性もありましょうし)、そこは共通項ではあるのかもしれません。
No.882 - 2021/09/12(Sun) 03:27:52

ANさんへ / 藤田博史
掲示板の書き込み機能が停止していたこともあり、ご質問を頂いてから1年が経ってしまいました。

「生きることの放棄」にはいくつかのパターンがあると考えます。「生きることの放棄」の背後には生きる辛さからの逃避もあれば、根源的な生の欲動の枯渇もあるでしょう。自殺もそのひとつですが、これは死の欲動のみでは説明できないと考えます。つまり自殺を遂行するには生の欲動の手助けが必要なのです。

覚醒状態がオレキシンによって維持されているように、生命活動も何か特定の物質によって支えられているのかもしれません。もしそうであれば、オレキシンが発見されたのと同様に、生命活動を支えている物質が発見されても不思議ではないでしょう。想像を逞しくすれば、それは脳神経のシナプスに潜んでいながら未だ同定されていないモノアミンかもしれません。

ただ、長年医師として、多くの人の死に関わってきた立場から私見を述べるなら、人は簡単に(あっけなく)死ぬものであり、生き続けていることの方が遥かに不思議なことだということです。

No.881 - 2021/09/09(Thu) 17:16:14

Give up itis / AN
突然ですが、質問させていただきたいことがあります。

イギリスの心理学者によるもので、Give up itisという症状を提示している論文があります。収容所や遭難事故などの極限状態における心理状況では、人は明らかな肉体的疾患なしに死に至る可能性がある、というものです。その例として、フランクル『夜と霧』の事例(クリスマスに開放されなかった人々がそれを境に大量に死亡したこと)など二次資料も挙げています。うつ病と異なるが、あきらめの心理から起こりうるものだと著者はしています。

メカニズムとしてドーパミン云々を最後に多少説明していますが、説得力には欠けるように思うのですが、専門家ではないので、先生方はこの論文はどのように評価されるかお考えをお聞きできれば幸いです。

https://www.semanticscholar.org/paper/'Give-up-itis'-revisited%3A-Neuropathology-of-Leach/e02598144bc490a7172232ff5689d8ee98d5ce8d

No.878 - 2020/09/25(Fri) 19:36:52

分裂病者における夢と願望充足 / 水上雅敏
分裂病者が一次ナルシシズムに棲んでいるとしたら、彼等の夢はどんな願望充足を行っているのだろう? すでに願望は充足していると思うのだが。病者は夢を見ることが少ない、とも言われたりするが、もしあの、1H30Mごとの、ノンレム、レム睡眠のリズムがあるとしたら、レムの時はやはり夢を見ているのだろう(レム睡眠=夢を見てる、でもないとの見解もたしかに聞いたことはあるが)。夢を覚醒時忘れているだけ、とするなら、しかし忘れさせるほどの抑圧の能力の存在は分裂病の構造と矛盾する。補填の部分が、偽抑圧を行う、ということなのだろうか。しかしやはりそもそも何の願望の充足が今さら必要なのだろう?これも補填における偽願望とその充足、ということなのか? あるいは、排除された正常な(=本来あるべき弁証法の可能性を宿した)言語シニフィアン連鎖のレベルで作られた願望とその充足が、夢を作り上げているのだろうか。であれば、分裂病者の治療のは入り口として夢を利用できなくもない、という話しにもなるが。こればしかし病者にとってすごくショッキングで、補填で擬似安定をとっている病者には破壊的な危険のあることともなろうが。「夢は悪魔から送り込まれてくる」と言っていた病者もいたが、それはこういうことだからだろうか(補填から来た夢にしてもそういう反応を病者がする可能性もあるかも知れないが)。
No.877 - 2020/08/22(Sat) 01:42:24

夢と精神病は似ているのか? / 水上雅敏
夢と精神病の類似性が言われたりもするが、本当に似ているのか?分裂病と夢を比べてみると、視覚的には夢の方が異常性が豊か。言語的には分裂病の方が異常性が豊か、ということにも思える。たとえば時々大きな旅客機が地球に突っ込む夢を見るが、そもそも分裂病者の場合視覚的な幻覚自体が少ないし、あってもそんな幻覚ではないだろう。逆に、夢でネオロジズムがあるにはあっても、分裂病者に時に見かける、長々と引き続くような言葉のサラダのような夢は無いように思う。
No.876 - 2020/08/22(Sat) 01:37:37

藤田先生  / 水上雅敏
レスありがとうございます。そうなんですよね。赤子見てると、当然、文法は事後的。それが分かっていいはずなのに、私が英語を学んだ時は、学校教育の延長で、高校1年まで文法メインでした。面白いのもあってしゃかりきに文法勉強してました。でも、あたりまえですが、全く会話も聴き取りも出来ない自分に愕然とし、高2から赤子の学び方を想像して、先生の言われたような方策をとりました。文法が事後的なものとしてわかるほど、丸暗記、とにかく聞く、速読、というような。今、必要性からフランス語勉強していますが、同じようにできればいいのですけどね。あのころの根性が欠落しています。

ただ、結局は、英語も、最初文法を学んてしまっていたから、純粋に丸暗記から始めたら本当に事後的に文法を把握しえてたのか、個人的にはわからぬ状態になっていますね。

No.875 - 2020/08/22(Sat) 01:35:48

水上さんへ / 藤田博史
わたしの場合は、ひたすら言い回しをテープレコーダーを再生するように反復することです。おそらく母国語もそうやって習得したと考えます。フレーズの数が増えて、日常の会話ができるようになって、文法は「事後的に」発見するものだと思っています。少なくとも、わたしにとってフランス語はそうでした。
No.874 - 2020/08/16(Sun) 16:49:42

中野雅哉さん、ご連絡ありがとうございます。 / 藤田博史
しばらくBBSを開いていなかったので、本日メッセージを確認しました。
今は、セミネールもフジタゼミもコロナのせいで休止していますが、再会したときはぜひ参加して下さい。
また、このBBSにも随時書き込んでもらえると嬉しいです。

No.873 - 2020/08/16(Sun) 16:44:56

外国語学習 / 水上雅敏
精神分析やって「今語ってる自分のこの言葉は、何かのアナグラムじゃないか」などと考えて、母国語を一回ばらばらにして組み直してみる、などしていると、外国語を文法から学ぶボトムアップ的学び方もありではないか、とも思え始めた。

文法から学ぶ、というのを考えていると、「個体発生は系統発生を繰り返す」という言葉が浮かんだ。文法に限らず、外国語の学習はそうなる面が多いだろう、とも思った。一方で、たしかに、赤子が母国語を学ぶ時のように、天下り的におりてきた母国語の塊を丸暗記とともに分解しつつ自分のものにしていく、というような学び方をしたいとも思うけど。

No.872 - 2020/07/27(Mon) 05:34:27

中野さん / 水上雅敏
横から、失礼します。お元気ですか?
No.871 - 2020/07/27(Mon) 05:33:54

藤田さん、お久しぶりです。 / 中野雅哉
藤田さん、お久しぶりです。セミネール断章の「<超自我>新論」いま初めて読みましたが、すごく面白かったです。やはり明確な文章というのはいいものですね。
No.870 - 2020/06/26(Fri) 00:04:10

分裂病への謡の効果 / 水上雅敏
中井久夫氏は、精神症状に「注意を向けていられないようにすると、症状はその間は消える」という意味で、「謡のようなものは、かなり長い間続き、身体の力が必要だし、台詞を言うためにもエネルギーがいるので、幻聴を消すには良いらしい」と述べる。「アリアドネからの糸」中井久夫、みすず書房 pp108−109。

だが謡に、言葉の通常の論理的進展を崩そうとする、いわば反論理を病者に使わせなくする時間を長引かせる効果を見ることも出来るのではないか? まさに今、謡というまともな論理に基づいた言葉を発声しているのだから、その間に反論理を使うというのは難しいことだろう。サリバンの様に、病者を酔わせて軽い酩酊にせずとも、謡で、反論理の攻勢を弱めることができるのではないか?

ヴントは「1、5秒以上の間隔の音の繰り返しからは我々は音のテンポというものをつかむことができない」ことを発見したらしい(「脳の中に数学を見る」津田一郎 共立出版 pp104−105)。ということは、本来、声も引き延ばされると、セット化できず、言葉として感じとられない事だろう。ということは、この謡の最中には、次に発声すべき声や文脈を失念しないために、前意識においては、それらに関連した様々な言葉を浮沈させる作業を行い続けることになるだろう。この間に反論理を使うことは困難な事だろうから、それに抗して論理を伸ばす前意識レベルの訓練になるだろうし、―もし反論理を使うというより、そもそもの通常の論理自体が弱い、という病者であったとしても―前意識における論理の訓練になるだろう。

No.869 - 2020/02/20(Thu) 10:41:58

集団絵画療法のメリット / 水上雅敏
集団絵画療法の集団なりのメリット、あるいは特殊な構造を考えてみました。

@3人以上の中で、欠席という状況を作れること(欠席するという、無の象徴化の初期段階)、これは個人療法での欠席とは違い、グループで自分の事が語られているかも、というような、ふすまの向こうの原光景の幻想や彼岸におけるパロールの存在の創造を触発するだろう。

A春暖絵画療法での合評会などにおいて、セラピストと自分(患者)とが話していると、それを聞いている第三者がいる、と思える。イマジネールな二者(?)関係に隙間を開けうる可能性が強まるだろう。それはまた、語りを論理的にしないと、と留意する気持ちも強めえるかも。

B別の患者とセラピストが話しているのが聴ける。或いは別の患者同士が話しているのが聴ける。(視線のやりとりなども含め)。フォルト・ダーで在・不在する糸巻を見ている子供の位置にこれて、無を象徴化する言葉を得られえる可能性も強まるだろう。

Cセラピストも複数いる集団療法であって、主セラピストが毎回ローテーションで交代する様であれば、権威主義的な、現人神を求めるような心性が患者においても弱まるだろう。セラピスト同士が別々の意見を論理的に戦わせている状況などがあるとすれば、このセラピストたちも現人神ではなく、その上に、見えざる論理鳴るもの、「父の名」があると思え得る。

D、ただし、ABCまで分裂病者のイマジネールの中にさらにとりこまれてしまう可能性は否定できない。このとりこみを凌駕しえるほどの強さや速度で、如何にABCを達成していけるか、この「凌駕」が、病者の某的な神経伝達その他生物学的な構造さえ変ええるか、そういう問題が残る。

No.868 - 2019/12/07(Sat) 08:28:03

ニューロンの刈込と活性酸素 分裂病と癌 / 水上雅敏
《昆虫は活性酸素を上手に利用する 〜蛹(さなぎ)になるために活性酸素を利用する仕組みを発見〜》 ttps://research-er.jp/articles/view/83200   (最初のhを略しています)

この記事から・・

@連想したのはニューロンの刈込。2歳ころに一時ニューロンが減少するとの件(+自閉症、分裂病では減少しない、などの件)。全く根拠がないが、ここに活性酸素関わっているとかないか? 中井久夫氏は、分裂病が快方に向かうと癌が発生した例がある、だったか、分裂病者には優位に癌が少ない、だったか、ともかく、分裂病と癌が背反するというようなことを書かれていたような覚えがある(記憶、曖昧)。であれば、活性酸素が遅ればせにニューロンの刈込(あるいはそれに準じた何か)を行って分裂病を快方に向かわせ、がんを発生させた、とか、活性酸素が分裂病者の全身において少ないから、あるいは、カイコにおけるSOD1とSOD2タンパク質(Superoxide dismutase(SOD)の一種 活性酸素を除去する酵素)に相当する人体内の何かの酵素が多過ぎるから、分裂病者にがんが少ない、などということはないか? 

A「チョウ目昆虫では紫外線の照射や、飢餓などの強いストレスが幼虫の時期に加わると早期に蛹になる」⇒ということらしいが、分裂病の治療のヒントにはならないか?

Bさなぎの中で融解した状態にあるものから蛾を作り出すメカニズムはどんなものか? iPS細胞から器官を分化させるようなものか? 通常の2歳児の脳での、ニューロンの刈り込みから残るニューロンは、実は残ったわけではなく、そのようにして新しく作られたものである、ということはないか?

No.867 - 2019/10/28(Mon) 15:03:20

サイコパス / 藤田博史
サイコパスとは何か?
サイコパスは治療可能なのか?
可能だとしたらどのような方法によってか?

9月19日(木)のフジタゼミで探求してみたいと思います。

No.866 - 2019/09/16(Mon) 13:16:41

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