| | Chihiro Sato-Schuh 発
【2024年は世界経済が大きく変わる年になる】
12月6日に、ロシア大統領プーチンは、そうそうたる代表団とともに大統領専用機でアラブ首長国連邦とサウジアラビアに到着して、これ以上ないというくらいの歓迎を受けていた。このことは、今年一年で、どれだけ世界が変わったのかを、はっきりと示しているようだ。 西側のメディアは、プーチンが逮捕されるのかとかいうようなことを書いていただけのようだ。3月に国際刑事裁判所から、言いがかりのような逮捕状が出て以来、プーチン大統領はほとんど国外に出ていなかった。南アフリカで行われたBRICSサミットにも、インドで行われたG20にも、プーチン大統領ではなく、ラブロフ外相が出席していた。それは、逮捕状のことで、主催国に迷惑をかけたくないからという理由でだった。プーチン大統領を逮捕するのを拒否したといって、主催国が西側諸国に嫌がらせを受けることになるからだ。 しかし、アラブ首長国連邦もサウジアラビアも、もはや西側諸国の嫌がらせを恐れてはいないようだ。4機のロシア空軍機に護衛されて、プーチンが乗った飛行機がアブダビに到着し、装甲つきのリムジンに乗って、大統領官邸の宮殿にゆっくりと向かう間、道の両脇には、馬とラクダの部隊がずらりと並んで、剣を掲げて敬礼し、空には空軍機チームがロシア国旗の三色の煙を描いていた。宮殿に着くと、正装した人々が並ぶ中で、ロシア国歌が演奏された。 ウクライナの紛争へロシアが軍事介入を始めてから、グローバルサウスの国々は、西側諸国の政治家にあからさまにそっけない対応をしている。今回のプーチン訪問は、それとはまったく正反対だ。イスラエルとパレスチナの紛争のことで、サウジアラビアを訪問したアメリカ外相ブリンケンは、サウジアラビア首相のサルマン王子に、一晩中待ちぼうけを食わされた。ドイツ大統領シュタインマイヤーは、カタールを訪問したとき、空港で出迎えがなく、半時間も飛行機の出口で待たされていた。インドで行われたG20では、次々と空港に降り立つ各国の首脳たちが出迎えを受けているのに、ドイツ外相が降り立ったときには、誰も出迎えがなく、ドイツ大使がかろうじてギリギリで出迎えたばかりだった。こうしたことは、偶然などではない。グローバルサウスは、もう西側諸国を相手にしてはいないのだ。 アメリカが、主に石油などの地下資源を搾取する目的で、アラブ諸国と関わっているのに対して、ロシアはソ連の時代から、独立支援をしてきた。ロシアには地下資源は十分あるし、領土も必要ない。しかし、アメリカが覇権主義的に他の国々に介入して、傀儡政権を作り、ロシアと敵対させようとするので、ロシアにとっては、他の国々が自立しているほど、安定が保てるのだ。だから、アメリカの覇権主義に対抗して、アフリカやアラブ、アジアの国々を支援して、多極的な世界を作ろうとしてきた。これは、ソ連の時代からずっと続いていたことだった。 アフリカやアラブ、アジアの国々は、アメリカににらまれたら、どんな攻撃を受けるかわからないというので、これまでは多くの場合、アメリカに従ってきた。ところが、ウクライナでのロシアの軍事介入が始まったときから、それが変わってきたのだ。アメリカ大統領バイデンは、すぐさまサウジアラビアに出かけて、石油産出量を増やすように言ったけれど、サウジアラビアはこれを拒否した。そればかりではなく、石油を中国元で取引しさえした。ロシアに対して、世界中に経済制裁をかけさせて、ロシアを経済的に孤立させようというアメリカの試みは、これで挫折したようなものだった。 アメリカはこれまで、サウジアラビアに石油産出量を上げ下げさせることで、原油価格を操作し、世界経済を支配してきたのだ。ソ連が崩壊したのも、軍備競争で負債が増大したときに、石油産出量を増やされて、原油の値段が暴落させられたことが大きな原因だった。それでソ連は借金が返せなくなり、いわば国を借金のカタに取られたようなものだった。 ところが、今度はサウジアラビアはアメリカの言うなりにはならなかった。パレスチナとイスラエルの紛争が始まったときには、ブリンケン外相を一晩待たせたのに、プーチン大統領がリアドに来たときは、サルマン首相が自ら出迎えに来て、まるで古くからの朋友のような親しさで、握手を交わしていた。これは、アラブはもうアメリカの言うなりにはならないという、はっきりした意思表示だと言える。 プーチンと一緒にアラブを訪問したロシア代表団は、ラブロフ外相のほかに、ロシア銀行のナビウリナ、チェチェン共和国のカディロフ長官、ロスコスモスやロスアトムの代表といった、そうそうたるメンバーだった。このメンバーからして、金融やエネルギー政策が会談の大きなテーマだったのだろう。その中でも、石油産出量を下げて原油価格を上げるという取り決めがなされたということが報道されていた。 12月6日にアラブ首長国連邦のアブダビに着いて、それからサウジアラビアのリアドを訪問し、7日にはもうモスクワに戻って、イランのライシ大統領と会談していた。アラブ首長国連邦、サウジアラビア、イランの3ヶ国は、来年1月からBRICSに正式に加盟する。この3ヶ国とロシアを合わせたら、世界の石油産出量のかなりの部分を占めることになるそうだ。これはつまり、アメリカはもう石油の値段を自分の都合で操作することができなくなるということを示している。 アメリカ中心の一極支配はもう崩壊して、多極化の世界が生まれたということを、昨年春から、ロシアは、繰り返し言ってきたけれど、今回のアラブ訪問は、世界経済が根本的に転換することを確実にしたようだ。アラブ首長国連邦、サウジアラビア、イランと、アラブ3ヶ国の首脳と矢継ぎ早に会談したあとで、8日に始まった経済フォーラム、「ロシアが呼んでいる!」でスピーチしたプーチン大統領は、グローバル経済のシステムが、不可逆的に根本的な変化を遂げたということを言っていた。これまでは、西側エリートが、他の国々を植民地として搾取していて、それがグローバル経済と呼ばれてきた。そして、西側エリートは、他の国々が成長しないように、制裁をかけたり、政治を混乱させたり、紛争を煽動したりしてきたのだ。第二次世界大戦後に、国連という民主的に国際紛争を解決する機関がありながら、戦争が止まなかったのは、まさにそのためだった。そのスピーチで、プーチン大統領は、そうしたことをはっきりと言っていた。 確かアラブでの会談でだったと思うけれど、来年前半で、世界経済の構造が大きく変わる、ということをプーチン大統領は言っていた。来年は、ロシアがBRICSサミットの開催国になり、アラブ3ヶ国を含めた6ヶ国が、新たに加盟する。それにより、世界経済をBRICSが主導する構造ができるのだ。これは、もはやアメリカが植民地支配のために、世界経済を操作することができなくなるということを意味している。世界経済は、公正な秩序を取り戻し、本来の自由競争の原理が機能するようになることで、豊かさが人々に還元されるようになっていくだろう。 振り返れば、この一年は、世界の権力構造が根本的に多極化した年だった。3月に中国の習近平がモスクワでプーチンと会談し、これは100年来の大きな転換だと言っていた。あのあと、アメリカに敵対させられていたアラブの国々が、中国の仲介で次々と和解し、協力し始めた。8月のBRICSサミットでは、新たに6ヶ国が加盟することになって、BRICSが経済力でG7を追い越すことになった。ニジェールは、マリとブルキナファソに続いて、フランスの傀儡政権がクーデターで倒されたけれど、フランスは軍事介入もできないまま、駐留していた軍隊を撤退することになった。このことは、もはや西側諸国はアフリカを植民地支配できなくなっていることを示してしまった。 インドで行われた9月のG20では、西側諸国がウクライナ侵攻のことでロシアを非難する決議を出させようとしていたのが阻止され、もはやG20がG7の言うなりにはならないことがはっきりした。そして、10月にパレスチナとイスラエルの間で紛争が始まると、西側諸国はパレスチナを非難させようとしたのに、世界中でパレスチナ支援のデモが起き、アラブもアフリカも、イスラエルを支援するアメリカに背を向けた。 そして数日前に、西側グローバリストが国際刑事裁判所に逮捕状を出させたプーチン大統領を、アラブ2ヶ国が、これ以上はないような歓迎ぶりで迎え、石油産出量についての取り決めが交わされたのだ。これは、今年の大きな締めくくりになったできごとだったと思う。
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No.11060 - 2023/12/10(Sun) 19:00:13 |