昨晩はブースにこもって、新しい曲に取り組んだ。 朝の6時までやってしまった。始めるとどうも止らない。音楽はまだまだ楽しい。 見知らぬ名曲が歌ってくれ!と言っている。一気に4曲を新曲とする。 早く歌詞を咀嚼しないと。 ・・・なんてやってるうちに自分の曲を書き始めたので、朝になってしまった。
熟睡したのか早めに起きる。いい天気。 布団を干してから先日買った花の苗をプランターに植えてあげる。 うちのベランダは木ばっかりでそっけないけど、春に木の芽が膨らんでくるのが好き。 日当たりの悪い場所で我慢していたプランターを移動してお日様と仲良しにさせる。 植物っていうのは実に素直で、肥料、日照、水、剪定・・・ ちょっとでも気づかってあげるとすぐ反応してくれる。人間もそうなんだろうね。
さて、昨夜新曲と取り組んでいてまた思ったけれど、 英文歌詞と洋楽の素直な関係って気持ち良い程羨ましい。自分の曲の場合、 ジャンルレスとはいえ洋楽傾向でクロスオーバーした曲を書いちゃうのだけど、 そこに日本語の歌詞をのせるのは、大変難しいと感じる。 フレーズの持つリズミックな流れをCENSOREDまで歌詞をつけようと思えないのだ。 だから、ボイスの曲が多いのかもしれない。かといって、英語で歌詞をつけるのも、 私という日本人が歌うのに遠回しな・・・という気持ちが沸き起こる。 かつては随分英歌詞もつけたけれど、今はほとんどつけないのはそのせいです。 また、日本語で歌詞を書いた場合、 母国語ゆえのストレートさが曲のイメージを固定してしまうのもいやなので、 ボイスにして、聞く人の解釈に任せるのが私は好きです。 つけても、説明的でない歌詞が好きです。 とことん日本語の歌詞は東洋なメロにのせるか、詩の朗読で即興やるのが好きです。
日本的なメロ、フォーク風、8,16beatは日本語が乗りやすいけれど、 4ビートでスイングするよな曲においては本当に難しい。 昨夜、メロと歌詞が気持ち良くマッチした素晴らしい4曲に出会って(90〜2000年代のJAZZルーツの曲)またしても・・・そう思った。
つまるところ、何故、私は洋楽系をやっているのか?って、つい考えちゃうのだ。 でも私達の音は生粋の洋楽じゃないに決まってる。 東洋のパワーを巻込んでいる音のはず。 だから欧米を真似したって意味がないと思う。 東洋パワーとうまくつきあいたい・・・と、改めて思った夜。 これって、個人的に自分のフィールドから思った感想なのだけど、 日本のミクスチャー文化の面白さと落とし穴を象徴してるのかも知れない。
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No.90 - 2005/03/16(Wed) 15:53:04
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