 | 浜折祭の起源と寒川神社(歴史はロマンを内包する) 起源は寒川神社の神輿が相模川に落ち、南湖の漁師の孫七さん の地引き網にかかり、それを機にお礼として茅ヶ崎南湖海岸で 行われたと言われている。
★ それでは寒川神社のもともとの祭神は誰なんだろうか、 大物主の命、など多数あげられているが、 画像は腰掛神社(菜園の隣の道)のダシであるが日本武尊の 東征のおり腰を下ろしたという石が現存する。 命はここに腰を下ろし「吾妻はや」と言ったと言われている。 ★ 相模湾をを航行していた命の船が荒波に遭遇しそれを鎮めるために 妻の「弟橘姫」が海の神の怒りを鎮めるため海に身を投じた。 その彼女の櫛が海岸に打ち上げられた。その櫛が祭神だという 人もいる。 「吾妻はや」妻よお前のおかげでもう東に着いたよ、日本武尊命の感謝と 哀しみが籠った言葉であろうか。
僕のドグマはいつもこの伝承にこだわっている。 それは哀しいほどのロマンがあるからである。
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No.12399 - 2013/07/19(Fri) 05:43:18
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