 | その昔中国では、季節の変わり目は邪気が入りやすいと考えられていて、 3月3日の雛祭りの風習が平安時代にこの風習が日本に伝わり、 形代とよばれる人形を川や海に流して、厄を払う「流しびな」が宮中行事として行われ 戦国時代になると、これが武家社会にも広まりますが、当時は男女の区別がない行事でした。 そして江戸時代に、幕府が多数あった節句を整理して五節句を公的な祝日と定めてから、 「端午の節句(5月5日)」は男の子の節句、 「上巳の節句(3月3日)」は女の子の節句としてそれぞれ祝われるようになりました。
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No.23854 - 2016/03/02(Wed) 06:55:48
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