 | ひめさんお早うございます。 今年一年間お世話様になり有り難うございました。 良き年をお迎えください。 来年もよろしくお願いします。
今年最後のお届けは初期中仙道です。初期中仙道沿いに当時の面影が残る小野宿と初期中仙道小野峠を訪ねてみた。中山道は、東海道・奥州街道・日光街道・甲州街道とともに江戸幕府の定めた五街道のひとつとして重要な街道でした。中山道が定められた当初は、下諏訪より東堀・小井川・岡谷を通り、三沢から小野峠を越え、さらに牛首峠を抜け、桜沢(塩尻市贄川)に通じるものでした。これは、当時の勘定奉行大久保長安が江戸の町づくりのために多くの用材が必要だったため、木曽の森林資源に着目し、その運搬道路として開発されたためとか。この道路のうち、東堀から桜沢までが初期中山道と呼ばれる部分だ。 慶長7年に開通した初期中山道でしたが慶長18年(1613年)大久保長安が死去すると翌年の慶長19年(1614年)に初期中山道が官道指定を外され新たな中山道(塩尻峠経由)が開削された理由ははっきりはしないが小野峠と牛首峠2つを超える急勾配の山道は当時の旅人への配慮で塩尻峠越えに変へられ、初期中仙道の運命は約12年の運命だった。
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No.23379 - 2015/12/31(Thu) 11:24:39
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