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御来房の皆様、こんにちは。 毎月15日の担当、楽曲房ダンエモンです。
まず、今月1日、数年振りに椎名恵さんのライブに参加してきました。 5月に岡本真夜さんのライブに参加し、現在進行中である大黒摩季さんのライブにどこかで遠征したいと思っていたので、年内は東京に行くのは厳しいと思っていました。 そこに突如椎名さんのライブの情報を得て、時間的・経済的にそれなりに無理して参加してきました。
幸い、数年のブランクを経ても椎名さん並びにバンドメンバーからは覚えられていて、皆、再会を喜び、最前列に座れたとはいえ、椎名さんからは「一緒に沢山歌ってくれてありがとう!」との御言葉も頂戴しました。 普段は自分の容姿にコンプレックスを抱くことの方が多いのですが(苦笑)、こういうときは覚えられ易い顔に生んでくれた両親に感謝しています(笑)。
さて、ここで話はコロっと変わるのですが、先日歌について恥じるところがありました。 それは8月9日のことで、毎年この日は長崎市の平和祈念式典を留守録して見るのですが、その式典で歌われた一つの曲の存在を知りました。
それは福山雅治氏の「クスノキ 500年の風に吹かれて」と云う曲です。
ダンエモンは、歌謡曲に関しては「狭く深く」の主義で、アーティストに関しても、基本、「思い切り知っている」か、「殆ど知らない」かのどちらかです。 勿論これは極端な例えで、歌っている歌手が好きであろうとなかろうと、関心が高かろうと低かろうと、本当に良い曲と想われるものはそれなりに重視しているつもりです。
そんな中、福山氏に関しては、「『笑点』で三遊亭小遊三師匠が自分の容姿に擬えているネタ元。」としてのイメージが強いのですが、式典で歌われた「クスノキ 500年の風に吹かれて」には心を揺さぶられたました。
曲は、昭和に20(1945)年8月9日に原爆を投下を受けて激しく損傷しながらも生き残り、現在青々とした葉を繁らせ、樹勢を誇る被爆クスノキを主人公として、その不死身とも云える姿に復興を遂げ、繁栄する長崎への想い、生き続ける被爆者と遺族への鎮魂・エールを歌い上げたもので、式典では爆心地から5、600メートルの距離にある小学校の児童合唱団にて歌われました。
恥じているのは、かかる名曲が2014年に作られたもので、10年以上ものその存在を知らなかったことです。 道場主は10数年前に福山氏が、自身を被爆二世であることをカミングアウトしていたのを知ってはいました。 中学校の修学旅行が長崎で、長崎出身のピアニストのお姉さんに色目を使っていたこともあって(苦笑)、長崎にはそれなりの関心を持って生きてきたつもりでしたが、被爆クスノキも、片足鳥居も知らずにいました。
本来、歌謡曲はノンポリであるべきだと思っています。 しかし、戦争であれ、天災であれ、非業の死を遂げた多くの人々の犠牲を悼み、その立ち直りにを支援するのに、国籍も、信条も、時代も関係ないと思っています。
「クスノキ 500年の風に吹かれて」を知ったのは今更、かも知れませんが、知った上はその想いをしっかりと受け止め、今後も8月9日が巡る度に想いを新たにし、改めて長崎が「最後の被爆地」であり続けることを願う次第です。
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No.570 2025/08/24(Sun) 16:51:32
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