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御来房の皆様、こんばんは。 毎月10日の担当、特撮房シルバータイタンです。
戦国房薩摩守の申していましたが、終戦記念日が迫り、その手前には二つの原爆の日があり、存命の被爆者・戦争経験者が減っていくことで実体験者からの生の声を聞く機会が減り、いずれはそれも潰え、平和の有難みが遠のくことを危惧しています。
まして今年は核兵器を恫喝に使う保有国の最高権力者の姿も散見され、例年にも増して、「血を吐きながら続ける悲しいマラソン」という、『ウルトラセブン』第16話「超兵器R1号」の有名な台詞が何度も頭を過ります。
また核実験・被爆者と云えば、『ウルトラセブン』幻の第12話、「遊星より愛をこめて」を思い起こす方も多いと思います。 同話が欠番となった経緯には、登場したスペル星人を指して、「被爆者を化け物扱いしている!」という放映当時の女子大生の投書から、抗議の声が高まったため、というのは有名な話ですが、異説も聞いたことがあります。
とある書籍で見た説で、その書籍でも投稿から得た情報であることを明言していましたので、真実ではない可能性も充分にあることを先に述べた上で紹介しますが、『ウルトラセブン』が放映された当時、終戦から20年チョットで、日本人の中に原爆の悲惨さによる記憶が生々しく残る一方で、原子力をパワー源とするヒーロー(とその道具・武器)、アニメキャラクターも数多く存在し、「日本も核武装すべき!」という唱える政治家・論客も間違いなく存在しました。
そして核武装を訴える者達にとって、被爆者の悲惨さが世に広まることで核兵器が「必要悪」ではなく、「絶対悪」と見る向きは避けたいことで、「遊星より愛をこめて」が何度も放映されれば、核兵器を「絶対悪」と見る人々が増え、日本が核武装する事への障害となる……………そう、実は第12話が欠番に追いやられたのは、核武装論者による陰謀だったと……………。
とまあ、そんな説を見たことがあるのですが、自分で採り上げておいてなんですが、余り信用していません(苦笑)。 勿論完全否定するだけの根拠を握っている訳ではありませんが、核兵器による抑止力を訴えるなら、被爆の悲惨さを伏せずとも可能だと思っています。 抑止論を肯定はしませんが、抑止論の根拠は「こんな悲惨な兵器による反撃を受ける可能性が有るのなら、この国に攻撃的な姿勢を取るのは止めよう。」と思わせることに在る訳ですから。
実のところ、敵国の兵士や国民が何十万、何百万人死傷したとしても心を全く痛めない人物でも、後世の悪評を恐れれば核兵器にボタンはまず押せないと思いますし、押すような奴が現れた場合も、「喜んで押した。」とは云わないでしょう。 同時に核武装論者も、使いたくて訴えているとは思いません。「出来れば核兵器なんて無くなって欲しい。」と持っている核武装論者も決して少なくないと思います。 それが分かっていて核廃絶出来ないのは、端的に云って相互不信でしょう。既に核兵器を持っている国が核武装を放棄したとして、他の国も放棄する・使用されない保証は全くなく、武力的に不利になるだけ、としか思えなければ、核兵器に限らず、現状の武装を軽減させること自体が難しいことでしょう。
「じゃあ、どうやったら国同士が互いを信頼し、武器を捨てる事が出来るのか教えて貰おうじゃないか?」と難詰されれば、正直、シルバータイタン自身、有効な手段を提示出来ません。 というか、提示出来る様ならとっくに世界に平和が訪れているでしょう。
そんな中、少し希望を持っているのはアメリカ世論の変遷です。 終戦直後、アメリカ人の間では原爆投下を是とする意見が圧倒的でした。原爆を投下したことで本土決戦が避けられ、日米双方の戦死者が少なく済んだとする肯定論ですが、時の流れを経るにつれ、「勝つ為とはいえ、あんな酷い兵器を使うことはなかった。」という意見が(特に若い世代程)増えています。 考えてみると、戦時中は大切な家族を日本兵に殺された記憶に直面していたアメリカ人も多かった訳で、現代より遥かに人権意識も外国人(同国人であっても肌の色が違えば)に対する理解の薄かった時代、敵国人に対してそれほどヒューマニズムを持ち得なかった人が多かったのは止むを得なかったかも知れません。
改めて血を吐きながら続ける悲しいマラソンの終焉を祈念する次第です。 それでは。
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No.767 2026/08/14(Fri) 21:58:35
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