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「お疲れちゃーん、Co−1!」 ステージを降りた俺を、マネージャー……と言っても、ペイを出してるわけじゃないので実質知り合いのボランティアだ……が出迎える。 くねくねとしなを作るが、アフロにヒゲの40過ぎのおっさんだ。一応断っておく。 「相変わらずゴキゲンなノリだったじゃないの。これなら龍門夜もイタダキね!」 龍門夜(ロンメンイェ)ってのは年に一度の上海ストリート最大の音楽祭だ。メジャーのスカウトもやってくる、ストリート上がりのミュージシャンにとっては文字通りの登竜門。 ……個人的にはさほど興味ないのだが、それを口に出すとまた長々と説教されるので、やめておいた。 今日はそれより気になることもある。 「そういえばCo−1、お客さんが来てたわよ?例の魔女ッコ」 マネージャーの一言で、俺の懸念は現実のものとなった。 行かないわけには……いくまい。一応。 「ご法度とは言わないけど、ほどほどにしときなさいよォ。 眩遊庵の耳ッコのこともあるしィ、メジャーになったらそういうのうるさいんだから!」 大いに解りやすい誤解だ。眩遊庵の耳ッコとやらも含めて。 解こうと善処はしたのだが、今日までついぞその努力が報われたことはない。 俺は適当に手を振って応えると、そのまま控え室に引っ込んだ。 ● 「や、気づいてくれたみたいだね」 「ギグにローブ姿で来るヤツなんざ他にいるか。黒ミサじゃあるまいし」 シェイクを啜りながら手を挙げる馴染みの魔法使い、イライザ・F・霧積に俺はこめかみを抑えながら言った。 「いいかげん慣れなよ、貴方も客も。昨日今日の付き合いじゃあるまいしさ」 老街の中心部、クラブ"BlockHeads"。俺に限らず、上海のスラムで活動するミュージシャンの大概にとって馴染みの店だ。 ツキイチ程度でギグを演らせてもらっているのだが、店の位置が解り易いせいか、この女魔術師が俺に接触を取る時は大概ここだ。見ての通り、良家のお嬢さながらの上等な服に、占い師でも着ないようなソレもんのオカルトローブを纏って。 おかげでノリが悪くなって困る。俺は一応、貧しいストリートの味方で通ってるし、そのつもりなのだ。 だが、魔女は俺の渋面など露ほども気にせず話を切り出した。 「で、さ。ちょっと愚痴に付き合ってよ」 今ヒマ?とか、付き合ってくれる?と一応聞いてみるとか、会話に必要な段取りが二段ばかり飛び越えられている。 いつものことだ。 そして、それが愚痴だけで済まないのも、いつものことなのだ。 ● ポートコムをネットに繋ぎ、今日の新聞を流し見しながら聞いたイライザの愚痴は、小一時間ほど続いた。 「デンリョウにキョウダン、ねぇ」 そのものズバリは誌面に出ていないが、それと思しき騒ぎは散見される。 ギャングが血みどろの抗争を路上でおっぱじめようが大した記事にもならない上海のストリートだが、軍用ドローンや身の丈5mを越える化け物と女の子が魔法合戦をやらかしたとなれば流石に扱いもデカい。 「で、コウイチ。噛まない?」 ……今、話に変な展開があった気がする。 「なんでそうなる。 お前、関わる気は無いって今さっき言ったじゃねえか」 「言ったね」 「自分が関わりたくないもんになんで俺を噛ませようとするんだ?」 「いたいけな女の子が街の平和のため、巨大な化け物に傷つきながらも立ち向かう、っていうのはストリートのカリスマとしては放って置けないかな、と思って」 善意で教えに来たんだよ?と臆面もなく言う。 断じて明言しておくが、俺はミュージシャンであって、悪を挫くヒーローでもなければ、テロを防ぐ法の番人でもない。 たぶんその台詞も何度めだか解ったものじゃないのだが、イライザは気にした様子もなかった。 「でも、魔法使いよね。 その気になれば企業の重役も一瞬で暗殺できる」 「…………」 それも、一面の事実ではあるが。 俺は眉間を揉み解しながら、暫し思考を巡らせた。 普段は低血圧極まりないこいつが突拍子もないことを俺に押し付けに来るのは初めてじゃないし、そういう状況には共通点がある。 「つまり、お前は噛みたいわけか?」 「話、聞いてた? 私は――」 「寝る前に考え込むぐらいには、気にしてんだろ?この件の――特に、女の子のこと」 イライザは眉をひそめた。が、ムキになって否定はしないのがこの女の賢明なところだ。 「昔、モーシってこの国のえれー人が言ったのさ。『人間は誰でも人の困ってんのを見過ごせないドージョーシンってのを持ってる』ってな」 うろ覚えだが、まぁ間違っては無いはずだ。学歴はないがガクはある俺。 「理屈こねくり回してないで自分のセンスを肯定しろよ、魔術師<メイジ>。 シニカルなだけが人間じゃないぜ?」 「それは貴方の言い分だよ、呪い師<シャーマン>」 あるいは父親との会話で溜まった鬱屈を発散したいだけかもしれない。 あるいは、頭の上を飛ぶ蝿を叩き落したい、ぐらいの気持ちかもしれない。 ただ少なくとも言い切れるのは、本当に『噛みたい』のは、この女のほうってことだ。 イライザは嘆息して、残ったシェイクを全て啜った。 「まぁ、ってことは貴方は噛んでくれるわけね?」 「しょうがないからお前に付き合ってやるってことさ」 立ち上がったのは同時だった。伝票を押し付けてきたのは、この女のせめてもの反撃か。 「まぁ、たまには命のかかった酔狂もいい、か」 [No.117] 2011/04/30(Sat) 23:16:47 |