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AM7:00。 アラームプログラムで、強制的に私の意識は目覚めたくもない朝を迎える。 今日のスケジュールは午前10:00からマクハリコロッセオでフリーバトル。 重要性は低いが、ランカーともなればポイント稼ぎ程度の試合にも、出場は極力しなければならない。 それが王者たるものの務めだ。仕方なし。速やかに我がマスターを起床させねばなるまい。 アパートメントのコンディショナルシステムにジャックイン。我が主人が就寝するはずの枕元の端末から現実とリンクする。 『おはようございます、My Master。 お目覚めのほどは――』 挨拶する暇も有らばこそ。 すえた臭いと、端末に引っかかった生暖かい感触が私の意識を不快の奥底に叩き落した。 「あ――」 恰幅のいい男が、下半身裸でこちらを見ている。 お世辞にも美男とは言えず、健康状態を害するほど肥満で、眼鏡の向こうの視線は常に陰気に下を向いた――つまるところ、第一印象においておよそ想像し得る限り最低なこの成人男性が、私の主人。 カケル・オオタその人だ。 「……Chu-B?」 カケルは呆けたように私を呼んだあと、慌てて下着を上げて居住まいを正そうとし、片付けようとした性処理用ガイノイド(要するに喋るダッチワイフだ)に蹴っつまずいてベッドの下に転げ落ちた。 『この上なくスッキリお目覚めのようですわね、マスター』 できればまずは速やかに、端末に引っかかった精液を拭っていただきたいのだけれど。 本日の義務を果たしたガイノイドが、思考の無い瞳に窓の外の朝陽を映していた。 ● 無機質な壁が、上から下に流れて行く。 コロッセオに続く上昇リフトは少々長く、圧迫感のある光景と天板から伝わる微細な振動はルーキーの緊張感とベテランの高揚を助長する。 「だから……悪かったってばさ、Chu-B」 コクピットの中で謝罪の言葉を繰り返す主人を放置し、私は黙々と機体のアセンブルの最終確認を続けた。 『全く、一切、これっぽっちも気にしておりませんわマイマスター。 極めて遺憾ながらこれが初めてではありませんので』 世間の男性の自慰回数の平均は寡聞にして知らないが、普段自宅のシステムに常駐している以上、何らかの形で主人の秘め事を目撃してしまうことはままある。 それが恋仲の女性相手というならこちらこそ恥じらい、申し訳なく思うところだが、残念ながら私が知る限り彼の相手は常に性処理用ガイノイドだ。 「や、でも怒ってるでしょ君?」 「何を怒る理由が? 私にはマスターの生理現象を咎める権限は与えられていませんけれど」 「いや、でも不機嫌じゃんさ」 「……端末に精液が付着したせいで不機嫌になる権利は、認められていますから」 ジャックインしている端末に汚物を引っ掛けるのは本当に勘弁して欲しいのだが、それにしてももう3度目になる。 ……まさか狙ってやってるのではないでしょうねこの白ブタ。 「わざとじゃないんだって。こう、体位がさ、偶然……ほら、あのガイノイド重いから……」 「弁解はそこまでで結構です、マスター。ワイヤードはお済になって?」 「あ、うん」 ずらずらと言い訳を並べ立てるマスターの言葉を遮って、システムを立ち上げる。 アセンブリオールグリーン。 ワイヤード・ジャックオープン。 カケルの電脳と我らが騎乗のAW『窮鼠』がリンクし、鋼の四肢に人の意識と戦術が宿る。 『さぁーっ、ここで皆お待ちかね、チャンプのお出ましだ!』 旧市街各所に配されたスピーカーから、実況の肉声が響き渡る。 『2099年春シーズンのデビュー以来、同年内に軽量ランク制覇の大偉業! 黒が踊ればブロックへッズが赤に染まる! 誰かコイツを止められないのか、三期連続チャンピオン!』 窮鼠のAWにしては細い足が、ゲートを出てアスファルトを踏みしめる。 目の前に広がるのは廃墟と化した旧市街。学園都市が夢の跡。 『“OtaK”の登場だァー!』 実況のシャウトと共に、その声の背後から「殺(シャー!)」「殺(シャー!)」というギャラリーの歓声が飛んでくる。 古の剣闘士への殺せ殺せという野次と、有名なロボットアニメの登場人物をかけたコールらしい。 ……正直品が無いので私は嫌いだ。 『さぁ、ぐちぐちした貴方はお仕舞い。 ブタにダンスが踊れて、マスター?』 「わかってる」 モニターギア越しに外界を睨むその顔は、既に醜い白ブタではなく、王者の顔だ。 この一線があるからこそ、彼は私のマスターなのだ。 「行くよ、Chu-B!」 『ヤー、マイマスター!』 黒き鼠が獲物の喉笛を噛み裂くべく、コンクリートのコロッセオへ躍り出た。 [No.189] 2011/05/01(Sun) 00:35:19 |