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志摩康一は、死んでいた。 彼の世界は、只管に赤かった。 言葉一つ紡ぐこと能わず、指先さえ動かせない。 ただ、それでも定まらない自分の形は視えていたし、自分が生物として欠格であることも理解していた。 幸福を掴む腕が無く、大地を踏みしめる脚が無い。呼吸する為の肺が無く、物を食むための消化器官が無い。 ただ、赤い世界に。 彼の原型が浮かんでいた。 生きることが出来ない。死にたくない、と叫ぶことさえ出来ない。その不満さえ、的を射ていない。 彼は、『生まれてさえいない』。 そして、『生まれることさえ許されない』。 彼の心に渦巻くのは、只管の攻撃性。 それは生を否定した者への憎悪。それは原初の権利を奪った者への糾弾。それは秩序を違えた世界への弾劾。全ての生きる者への嫉妬。 怒りと悲嘆が枝分かれする、その遥か前の感情。 彼の世界は、只管に赤かった。 それが、自分を包む母体の色で内と気付いたのは、いつのことだったか。 赤の世界。 『被害』の原型。 彼の意識が出でたその時から、「」は其処に在った。 彼と共に、在ったのだ。 志摩康一は、死ぬ度に思う。 あれはまだ、ここにあるのだ。 この、志摩康一の中に。 「」は。 だから、だから――いつかは――。 死という眠りから、康一の意識が浮かび上がる。 また、忘却の時が来る。 この言葉に出来ない感情も、自身の起源も、「」も。 全ては『生まれなかった自分』に返却される。 覚醒の世界に舞い戻る志摩康一が所持することを許されるのは、予感だけだ。 根拠のない、恐れ。悪夢の残滓のようなもの。 いつか、「」と相対しなければならないという……底冷えのする、予感だけだ。 ● 「ある――、康一」 ランサーの声で、康一は目を覚ました。 ごとん、という感触と共に、バスが停車する。 「着いたか」 一つだけ伸びをして、座席から立ち上がった。 ランサーはいつぞや買ったあの服に身を包んでいるが、既に表情は戦場のそれだ。 さもあらん、空涯の指定した待ち合わせ場所まで、ここから100mと少し。 康一は戦闘は無い、とした見立てに自信はあったものの、やはりいつ首を取りに来られても対処しておく心構えは必要だと思った。 「行くぞ、ランサー」 「御意。主も努々、気を抜かぬように」 一つだけ言葉を交わして、康一とランサーは降り立った。 湖底市の北の果て、街並みを見下ろす丘。 そこが、空涯の指定した場所だった。 [No.429] 2011/06/02(Thu) 20:39:50 |