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「――あの男は“聖杯戦争潰し”と呼ばれている」 他に誰もいない部屋で、黒木少尉の声と資料を捲る音だけが響く。 「出身は冬木。生家については第二次聖杯戦争の戦禍でヤツを残して全員鬼籍に入っている上に資料の散逸が激しく、不詳。……まぁ、冬木のセカンドオーナーが見逃していたのだ、かなり以前に没落した魔術師といった辺りが妥当な推測か」 セカンドオーナーとはその霊地を管理する魔術師の家系だ。 よく領主に喩えられるが、実際表の社会でも地元の名士で通っている場合が侭ある。彼らの“領地”に他の魔術師が居を構える場合、なんらかの繋がりは持っていることが普通だ。基本的に秘密主義である魔術師は排他的で、自身の縄張りで他の魔術師が自由にしていることを好まない。 現在末裔たる康一が魔術使いとして活動している以上、才覚は継承していたのだろうが、既に志摩家に魔術の家系としての実態はなかったと見るのが妥当だ。 「以後、父親の知己が経営する神戸の施設に入り育つ――が、1877年の“例の”聖杯戦争に巻き込まれ、施設は全焼。その際にどういう経緯かは解らんが参加者の一人を養父とし、1年後、養父の死亡と同時に魔術刻印を移植している。立ち会ったのは時計塔の高町某。直後に、同協会を逐電。――問題はここからだ」 次の頁には、無数の赤字が入れられた世界地図。 まるで地球を赤く染め上げんばかりに書き込まれたそれは、聖杯戦争の勃発した都市だ。そのおよそ全てが粗悪な贋作であったが、それでも魔術師たちは奇跡と「」を求めて闘争に明け暮れ続けた。 そしてそのうち、4つが黒く傍線を引かれている。 「ヤツはそれからたった2年の間に4つの聖杯戦争を“潰し”ている。小樽、トンキン、イスタンブール、ペトロパブロフスク・カムチャッキー……いずれも勝者不在のまま小聖杯を破壊され、続行が断念された」 驚異的な所業と言えた。 聖杯戦争に参加する以上、その大多数は戦闘向きの魔術師だ。本道は研究であるとはいえ、一度その秘奥を戦闘に特化させれば歩兵一個大隊でも勝利できるかは危うい。 戦力として評価した場合の魔術師はそこまで圧倒的な存在だ。おまけに各マスターは当然サーヴァントを連れている。 実質、それを7組敵に回して最終目標を横から掻っ攫って見せたわけだ。 「――味方であれば有難かったのだが、と言ったところか」 不意に、男の声が背後から響く。 黒木少尉は振り向かなかったが、背後に自分のサーヴァントが実体化したのを肌で察した。 「味方さ、アサシン。世界を救うその時まではな」 黒木少尉の声は皮肉げだった。アサシンはフン、と鼻を鳴らす。 ロード・ルーナリアは特定の陣営に偏らず。英霊を侮ることなく。この危機に二つ心なく立ち向かうことが出来る魔術師を選んで呼集したと言った。 それは間違いではない。黒木遼少尉はそういう清廉な人物だった。 「聞いた限りではお前が聖杯を手にするのを黙って見過ごす類の輩には思えんぞ」 「そのためのお前だ、アサシン」 「消す――ということか。“本物の黒木遼のように”」 アサシンの口調には聊かの棘があった。 さもあらん。この男は間違いなくアサシンの適正も持ってはいるが、手を汚すことに慣れた暗殺者ではなく、むしろ清純の英雄の類だ。 精神性が黒木少尉とは決定的に相容れない。本来ならばそうしたサーヴァントを召喚することは悪手だが、性能と入手可能な召喚媒体の都合上他に選択肢がなかった。手の甲に刻まれた令呪が二画しかないのはその代償だ。 「懐柔できるならばそれでいいさ。僕とて――うッ」 咳き込む。 たっぷり1刻ほど苦悶して、口元を押さえた手を離すと純白の手袋はドス黒い赤に染まっていた。 「――僕とて、それほど余裕のある身じゃあない」 魔術は窮めれば不完全ではあるが死すらも退ける。かの死徒27祖の中には魔術の探求の果てに死徒に至ったものも少なくない。 だが、それは歴史に名を刻むレベルの天稟を以って初めて成し得ることで、大方の魔術師はやはり定命の存在だ。黒木少尉も例外ではない。 己を蝕む死病さえ、退けることができない。 「――――……フン」 アサシンは鼻を鳴らして、再び霊体化した。 独り部屋に残されて、黒木少尉は我が身を抱いた。 震える。喀血に体温を奪われた為かも知れないし、鉄火場を前に武者震いしたのかもしれない。――あるいは、今更本物の黒木遼を殺した罪悪感が頭をもたげたのかもしれなかった。 思ったよりも、覚悟していたよりも。自分は、惰弱だ。 「そうさ、余裕はないんだ――だから、この命だけ。他の何を投げ出しても、この命だけは――」 捨てて、なるものか。 その瞳の奥で、生への執念が炎となって揺らめいた。 [No.633] 2015/11/27(Fri) 19:24:14 |