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all 『WHEEL』 序章―無限の歪― - 光 - 2007/05/06(Sun) 18:25:14 [No.1351]
『WHEEL』 第1章―気になるアイツ― - 光 - 2007/05/17(Thu) 01:29:56 [No.1352]
『WHEEL』 第2章―恋に不慣れなオトコノコ― - 光 - 2007/08/04(Sat) 23:46:04 [No.1367]
『WHEEL』 第3章―ボクを悩ますオンナノコ― - 光 - 2007/11/19(Mon) 20:47:46 [No.1399]
お詫びという名の言い訳 - 光 - 2008/06/25(Wed) 00:17:39 [No.1451]
『WHEEL』 第4章―言えない関係― - 光 - 2008/06/25(Wed) 00:24:09 [No.1452]
『WHEEL』 第5章―ただ、君と一緒に― - 光 - 2008/11/04(Tue) 01:24:41 [No.1481]
『WHEEL』 第6章―ここから始まる― - 光 - 2011/04/21(Thu) 17:35:29 [No.1600]


『WHEEL』 第6章―ここから始まる― (No.1481 への返信) - 光


 今日もまた、一日が始まる。いつもと変わらない日常、というも

のは、ここ泉坂中学校にも例に漏れずやってくる。

 真面目な運動部の面々は朝の練習を終えて戻ってきているし、女

子連中は登校するや否や、一番仲の良いグループで教室内に点々と

散らばり、帰宅して以降から蓄積していた話題の山々を盛んに吐き

出しては、何がそんなにおかしいのか、弾かれたように笑い出す。

そしてまた、教室のドアが開き、新しいクラスメートが入ってき

て、自らの席に荷物を放り出し、いつもの顔ぶれの集まる集団に入

っていく。
 
 だが、退屈な日常というものは、得てして崩れやすいもの。今日

はそのドアが一際大きな音を立てて開いた瞬間にその日常が壊され

た。

 随分元気良く開けたのはどいつだと、音のした方をむく。それ

を、全員一斉に行ったことがわかるかのように、次の瞬間には、騒

がしかった教室内が、急激に冷え切っていく。


 今しがた入ってきたのは、このクラスに在籍する女生徒の一人

だ。文字にすれば、別段特筆すべきでもない、どこにでもある光景

といえる。わかりやすくするため、少々その場にいた一人の男子生

徒の主観の入った書き方をするなら、まず、鞄が机の上に体当たり

をかまし、否、持ち主によって体当たりさせられ、次いで、乱暴に

引いたイスの上に、その華奢な体格からは想像もできないほど荒々

しいドスンという音を立てて座る。何よりも、一連の動作を起こし

ているのが、目鼻立ちの整った、所謂“可愛い”部類に属するよう

な女の子なのである。









 と・・・












「もうっ!」


 当の少女、何がそんなに気に入らなかったのか、突然先刻叩きつ

けたばかりの鞄に、握りしめた両の手を振り下ろし、同時に、ほと

んど凄みは利いていないが、憤怒の感情だけは惜しみなく載せた怒

声を吐き出した。














「へぇ?じゃあ、とりあえず西野の誤解は解けたんだ?」



 当の少女の癇癪玉が爆発しているそのころ、下の階の三年四組で

は、大草が少しだけ感心したような声を出していた。


「まぁ、ね・・・・・西野も泉坂高校目指す、って言ってくれた

し、それは一応良かったんだけど・・・」






 そこまで言って、淳平は言葉を濁らせる。自分を悩ませていた最

大の原因を、漸く一つ取り除けたのだから、それは間違いなく喜ぶ

べきことなのだが、なんとなく歯切れが悪い。


「んで、それが終わったから今度は新しい問題に挑戦する、と?ホ

ント、真中って受験生の鑑だよなぁ〜?」


 薄ら笑いを浮かべながら嫌味をたれる大草に「やりたくてやって

るわけじゃねぇよ」と、口を尖らせる淳平のツッコミも、弱々しく

元気が無い。

 大草が言った通り、淳平は、既にある火種をさらに燃え上がらせ

るような状態を起こしてしまっていた。今朝方つかさと手を繋ごう

としたとき、差し出した手に巻かれた絆創膏をつかさに見られてし

まったのである。

 ただちょっと、切っただけ。そうであるならば全く何の問題も無

かったし、事実淳平はそういって誤魔化そうとした。が、元来人を

騙すことに向いている性格ではない淳平。ちょっと言いよどんだ状

態でそう告げたところで、つかさの疑いは、消えるどころか余計に

膨らんでいく。そこをキッチリと問い詰められて(淳平にとって不

幸なことに、早い時間に待ち合わせたために、時間だけはたっぷり

とあった)結局は、ここ最近続いている嫌がらせのことや、手の傷

がそのせいでできたものであることを、しゃべるはめになってしま

ったのだった。

 当然ながらつかさは、そのことについて激怒。更には、その相手

がわからないということもあり、その怒りの矛先を失った状態なの

で、登校中は淳平の心配をするか、見知らぬ相手に対して怒りを燃

やしているかのどちらかだった。当然、そんな状態なので、中学生

の男女が仲良く登校するムードなど、ぶち壊し。何ともいえない嫌

な空気を感じたまま、淳平は登校することになってしまった。別に

淳平が悪いわけではないのであるし、その場に嫌がらせの犯人がい

るわけではないのだから、つかさがその場で怒っても仕方が無い。

そう割り切れたものでもないことは、重々承知してはいても、一緒

にいる淳平にしてみれば、最悪に居心地が悪い。踏んだり蹴ったり

である。






「でもまぁ、こういうのはほとぼりが冷めりゃ、だれも気になんか

しなくなるだろ・・・」

 大草のこの予想は、概ね正しい形で現れた。それから2〜3日

で、淳平に対する嫌がらせは、急速に見られなくなっていったので

あった。これには、どうもつかさに因るところが大きいというの

が、淳平と大草、小宮山の三人の共通の意見だった。嫌がらせのこ

とがつかさに知られたあの日以降、つかさは休み時間と言えば、淳

平のクラスに顔を見せるようになり、下校時も、まっすぐに四組に

向かい、出来るだけ淳平と一緒にいる時間を増やしていた。

 嫉妬心から嫌がらせをする人間は、自分の行いが、好意を向けて

いる相手に発覚することを何より恐れる。要するに、つかさがいる

前では、淳平に何かしたくとも、できないということであろう。

 つかさは、たまに一人で四組に来ることもあれば、友達何人かと

連れ立って来るときもあった。曰く、「だって、休み時間を淳平君

だけとしか過ごさないんじゃ・・・ねぇ?」とのこと。つまりは、

彼氏も大事だけど友達も大事、そういうことなのだろう。

 二人きりではないにせよ、一緒にいる時間は増えたし、嫌がらせ

も減ってきたしで、淳平にとってもその状態は、決して悪いもので

はなかった。そして、そんな状態のまま、夏休みまで、残り数日を

数えるようになっていた。





























 そんなある日のこと。全ての授業が終わり、後は帰宅するだけ

か、残り僅かの部活に精を出すかの生徒たちの最後の仕事。掃除の

時間である。

 義務教育の機関としては、恐らく日本だけであろうと言われてい

る、学生が自分たち自身で清掃活動をするというこの時間は、ある

教育学者に言わせれば、教育上非常に良いことだということであ

る。が、それも当然、“やっていれば”という言葉がつけば、の話

である。

 全部が全部、というわけではないが、大体の生徒たちは言われた

からやっているだけ、という姿勢がありありと見て取れるし、その

ように、やっている姿勢だけでも取り繕おうとすることさえせず、

完全に友達とのトークの時間と決め込んでいる者もいる。イスを机

の上に載せて、端に寄せたすぐ近くでは、右手から放られた丸めた

雑巾が、長めに構えた箒のフルスイングの餌食となり、教室の中空

に弧を描く。


「お〜い!淳平くぅ〜ん!!」


 ギリギリ不自然なくらい思い切り時間をかけて叩いていた黒板消

しを両手に持った淳平が、名前を呼ばれて振り向く。換気のために

大開放された廊下側の窓から、つかさが顔をのぞかせて、手を振っ

ていた。

 教室中のほとんどの視線が自分に向くのは、未だに慣れることが

できず、なんともくすぐったかったが、それでもほんの少し優越感

に浸りながら、淳平は片手を挙げてつかさに答える。持ったままの

黒板消しから白い粉がハラハラと舞い落ち、淳平の頭にちょっとだ

け降りかかる。それを見てクスリと笑いを漏らすと、つかさは「早

くしろよぉ」などと言い、廊下の反対側の壁に寄りかかった。

 持っていた黒板消しを教卓の上に無造作に放り出し、寄せてあっ

た机の幾つかを、大体このあたりだろう、とアタリをつけて並べる

と、淳平は自分の鞄を掴んで、さっさと教室を後にするのだった。


「ねぇ、淳平君?帰りにちょっと寄りたいところがあるんだけど、

いいかな?」


 並んで歩きながらお喋りを楽しんでいる最中、つかさがふと思い

出したかのようにそう聞いてくる。特に用事もなかった淳平が二つ

返事でそれを了承すると、つかさはその直ぐ後の、いつもは右折す

る交差点を直進し、淳平の手を引きながら(たまには淳平がリード

してほしい、と常々言っているが、未だに実現しない)駅の方に向

かって歩を進めた。


(なんだろう?何か買いたいものでもあんのかな?それ

か・・・・・もしかして、下校途中に寄り道デート!?)


 頭の中が都合のいい(おまけに、どんどんエスカレートしていく)

妄想でいっぱいになる淳平。よく見ればはっきりわかるほど顔をに

やけさせながらも、二人分も持っていたかと、こっそりサイフの中

身を思い出そうとしていた。

 だが、淳平の期待(あるいは、不安?)を他所に、つかさはファー

ストフード店を無視し、ファミレスの前を過ぎ、いつだったか小さ

な雑誌で紹介された、ちょっと名の知られた喫茶店の前を素通りし

た。だんだんとわけがわからなくなってきた淳平の目の前で、つか

さがようやく足を止め、「あ、ココ!」と言ったところは・・・















「ベーカリー・・・・・上井?」


 焼きたてのパンの香ばしい匂いに鼻孔をくすぐられながら、淳平

が目の前に掲げられた看板を読み上げる。凝った飾り文字を用いて

書かれているためか、ちょっと自身が無さそうに語尾をあげてい

る。


「違う、違う。その上だよ、上。」


 しかし、つかさが目指していたのは、今正に買い物鞄を提げたお

ばさんが出てきたところではないらしい。きょとん、とした表情を

つかさの方に向けた淳平は、繋いでいない方の左手でちょいちょい

と上を指す指先を見ていた。そのまま視線をスライドさせた先、パ

ン屋がある建物の二階の窓には、窓ガラス一枚につき一文字の割合

で、大きな文字が貼り付けられていた。


「教英・・・進学塾?」


 今度は、つかさからの訂正は入らなかった。ということは、目的

地はその学習塾であることに間違いはないのであろう。つかさはこ

この塾生だったのであろうか。それにしては、今までに一度もそん

な話はされなかったし、特に何曜日は一緒に下校できない、という

こともなかった。第一、仮につかさがそこの生徒だったとして、今

ココに淳平を連れてくるという理由にはなりそうもない。

 一体、自分は何でこんな所につれてこられたのだろう?淳平がそ

んなことを考え始めた時だった。


「ほら、何してるの!早く行くよ!」


 既に二階へと通じる階段の前に立ちながら、つかさが声をかけて

きた。何の説明もされずに、何がなにやらわからぬまま付いていく

のは、自分でもマズイとは思ったが、実際にここまで来てしまって

からつかさ一人を残して返るわけにもいかず、淳平は慌ててつかさ

の後についていった。

 十数段の階段を上がり、緊張の面持ちで開いたドアの先は、淳平

が知らない空間が広がっていた。入ってすぐ目の前はパソコンが一

台置かれているカウンターになっており、右手は大きめのゲタ箱が

置いてあって直ぐに行き止まり。左手から奥に進めるようになって

おり、その先には、大小様々な教室の扉がたたずみ、中から講師た

ちの威勢のいい声が微かに漏れ聞こえてきている。


「こんにちは〜」


 突然カウンターの奥から聞こえた声に、淳平はギョッと振り向

く。そこにいたのは、30代後半くらいと思われる、細身の女性で

あった。事務でも担当しているのだろうか、つい今まで座っていた

であろう席には、なにやら細かい数字が書かれた書類が、パソコン

操作の邪魔にならないように脇に除けられて、きちんと置かれてい

た。



「すみません、入塾案内を貰いたいんですけど・・・」



 どことなく間延びした話し方をする事務の女性に対し、つかさは

ニコニコと話しかけている。未だに自分がどんな立場にいるのか曖

昧な淳平は、ヘタなことは言わない方が良さそうだと、完全に傍観

する覚悟を固めたところだった。


「はい〜。そっちのお友達も一緒に、ってことでいいのかしら

〜?」


 初対面でもホッとするような笑顔を浮かべてそう尋ねられ、バッ

チリ目まで合ってしまったとあれば、淳平も何も言わないわけには

いかない。「あ、はい」とだけ声に出したが、完全に硬直してしま

っている喉からは、とても小さな声がようやく顔を覗かせる程度だ

った。



 風呂上がりの体を窓からの涼風で冷ましながら、淳平はゆっくり

と考えを巡らせていた。

 放課後につかさに連れて行かれた塾。

「ちゃんと泉坂目指すなら、すぐにでも本気モードでいかないと

ね!」入塾のための資料を受け取り、一緒に帰る道すがら、つかさ

が自分に向けて言った一言が、淳平の頭の中に蘇る。




(まぁ、実際そうなんだろうな……)




 ごろりとひとつ、寝返りをうつ。淳平とて、今のままの学力で泉

坂に入れるはずがないことは重々承知の上である。いつかは本腰入

れて受験勉強というやつに向き合わなくてはならないこともわかっ

てはいた。だが、まだまだ部活動が続いていることと、実際に周囲

がそこまで受験に対してガツガツした雰囲気になっていないこと

で、淳平本人も、どこか本気で受験のことを考えられないでいるの

だった。

 しかし、今さら確認しなおすまでもなく、泉坂高校はそれなりの

進学校である。超が付くほどの難関校というわけではないものの、

毎年卒業生から、日本の最高学府への進学者を出していることも事

実であり、とすれば、やはりそこに入るためにも、きちんと合格す

るための準備というやつは必要になってくる。
















「………」


 想像していたよりも早く、いよいよ受験勉強を始めていかなけれ

ばならない時期に突入したことによる嫌な感じは不思議とない。淳

平はそれよりも、ほんの少しだけ気恥ずかしさを感じていた。泉坂

高校に入りたい。確かにはっきりとつかさには伝えたし、間違いな

くそう思っていた。だが、思い返してみれば、だからどうしよう、

だとか、そのためにはこれをやっておく必要がある、といった具体

的な目標意識というものを、淳平はしっかりと持ってはいなかっ

た。というか、つかさに言われるまで、きちんと勉強するための方

策さえ、曖昧なままにしていたことに気付かされた。





































(俺……本当に泉坂行けるのかな…)




 既に淳平は母にこのことを話しており、塾に通うかもしれないこ

とは、了承を得ている。「あの淳平が、自分からきちんと受験のこ

とを考えていたなんて」と、母親を少しだけ感動させるような場面

も作っておきながら、淳平の心の中には、やる気よりも不安だけが

大きく膨らんで行っていた。

 淳平の抱いている不安など、ものともしないかのように、二人の

塾通いはトントン拍子にことが進んでいっていた。早速その日の夜

には淳平の母が塾に電話を入れ、翌日の面談と授業体験が確定して

しまっていたのだった。

 そのことが淳平の耳に入ってきたのは、翌朝。すなわち、授業体

験にいく当日。起き抜けの頭にそんな情報を突然放り込まれて、自

分には悩む暇も与えずに決めてしまったのかと、淳平は憤慨した。

だが、朝の忙しい時間帯にそんなことで言い争っている余裕はない

し、なにより「あんたが行きたい、って言ってきたんじゃない

の!」と、尤もなことを言われて返す言葉もなく、結局は、怒涛の

ように変化する状況に飛び込んでいくしかないことになるのであっ

た。

 最初こそぶちぶちと文句を言っていた淳平だったが、登校中、つ

かさも同じ授業での体験を受けることが決まったと知り、少しだけ

気分が軽くなっていたのだから、気楽なものである。

 それでも、その日の夕方になると、淳平は一人で家路につきなが

ら、段々と気分が重くなっていくのを感じていた。つかさの方は授

業体験の前に面談を受けるらしく、彼女は終業のチャイムととも

に、サッサと帰宅してしまっていた。

 早めの夕食をもそもそと食べ終わり、クローゼットの奥から、長

いこと使っていなかったリュックを取り出してノートと筆記用具だ

けを放り込んで、淳平は教英進学塾への道を、自転車で走りだし

た。


[No.1600] 2011/04/21(Thu) 17:35:29
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