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(No Subject) / 名無しさんは所詮名無しさん
>わたしは実名でない人の情報は信用しない

だからわたしの言うことは信用しないでください

No.357 - 2012/06/01(Fri) 14:10:40

名無しさん / id
>わたしは実名でない人の情報は信用しない

と匿名で書き込んでみるとこの情報は信用しないということかな???

29 :名無しさん@13周年:2012/06/01(金) 11:09:03.76 ID:g4eeGeE+0
テレビや擁護の人が、わざと触れないようにしてる事。

扶養義務の人は3親等まで責任がある。河本や梶原は一人っ子でなく兄弟もいる。
本来なら、それらと協力して扶養すべきであるが、それは言わない。
梶原の兄弟には公務員もいるとの話も出てる。

河本の場合、生保担当者への裏取り取材がなされていない。知ってて放送してないのだろう。
生保担当者は、河本が事実と違うことを言ってると怒ってるとの話もでてる。
また、河本の母以外にも河本の身内に生保貰ってる人が複数いるとの記事もある。
その辺をテレビではスルーされている。

梶原の場合が許されるなら、子に生活に余裕のある人いてても親と別居なら生保が受けられる。
また、高級マンションや豪邸に親を住まわせて、十分所得のある扶養義務者がローンを払ってたら1円も出さなくていいことになる。
月々のローン支払い額を親の扶養分考慮して決めるのが当たり前だが、梶原方式なら
親の扶養は税金に払わせて浮いた金を高級マンションのローン支払いに上乗せできるって世間に公表したことになる。
これがありなら、真似る人も多くでてくるかもしれない。
今でも3兆超えてる生保額が益々増えるだろう。

また、年金の件をスルーしてる。
申告もしないで年金かけてなかったら、年金未納者です。
国民の義務をはたしてないとしたら、人様が働いて納めた税金で扶養するとはあってはならな

No.356 - 2012/06/01(Fri) 12:42:22

(No Subject) / 名無しさんは所詮名無しさん
わたしは実名でない人の情報は信用しない
No.355 - 2012/06/01(Fri) 11:44:38

通達 / id
こちらが本丸だと思うんだよね。
なんで法律を通達で改悪できるのだ?
通達での運用なら通達で取り消せばよいだけのことではないか。

2 :名無しさん@13周年:2012/05/31(木) 16:07:20.93 ID:jN9zxKU40
外国人を生活保護で養うなんておかしいだろ

昭和29年5月8日付、社発第382号厚生省社会局長通知
「生活に困窮する外国人に対する生活保護の措置について」

 生活に困窮する外国人に対する生活保護の措置については、貴職におかれても遺漏なきを期しておられることと存ずるが、
今般その取扱要領並びに手続きを下記のとおり整理したので、了知のうえ、その実施に万全を期せられたい。

1 生活保護法(以下単に「法」という。)第1条により、外国人は法の適用対象とならないのであるが、
当分の間、生活に困窮する外国人に対しては一般国民に対する生活保護の決定実施の取扱いに準じて左の手続きにより必要と認める保護を行うこと。
 但し、保護の申請者又はその世帯員が急迫した状況にあるために、左の各号に規定する手続きを履行する暇がない場合には、
とりあえず法第19条第2項或いは法第19条第6項の規定に準じて保護を実施し、しかる後左の手続きを行って差し支えないこと。

1 生活保護法(以下単に「法」という。)第1条により、外国人は法の適用対象とならない

昭和29年5月8日付、社発第382号厚生省社会局長通知をとりやめれば

外国人の生活保護は停止できる。

No.354 - 2012/05/31(Thu) 18:37:05

(No Subject) / 中野雅哉
生活保護かあ。扶養義務の定義をしっかり調べてから議論しないと、感情と空気に流されてまた超くだらない展開になりそうな悪寒(笑)。
No.353 - 2012/05/29(Tue) 21:56:59

悪質な生活保護受給詐欺 / id
やらせなのか、取材記者がボンクラなのか、河本の謝罪記者会見。

河本は岡山のケースワーカーと相談して受給を決めたので問題無いといっているが、明らかに嘘である。自身の所得と資産をまともに申請していたら通るわけがない。なぜ記者はそこを質問しないのか?

不正申請者は禁錮刑、厳罰にしたほうがいいね。
この件は個人の問題に矮小化せずに、外国人への支給禁止まで踏み込んで欲しい。

5 :名無しさん@12周年:2012/05/29(火) 08:24:52.32 ID:04//XQiW0
年金と生ポ

あつい あつい 夏の日のこと。年金は さむい 冬にそなえて いっしょうけんめい はたらいていました。

そんな ある日ナマポが 草かげで楽しそうに うたを うたっていました。

「年金さん 年金さん。なんで君たちはこんなにあつい 夏の日にそんなに あせみずたらしてはたらいているんだい?」

ナマポは 年金をこばかにしたようなかんじでいいました。

「なにを 言うんだ、ナマポくん。今のうちにはたらいておかないとすぐに さむい 冬の時代がくるんだよ。

きみたちも うたをうたうのは ほどほどにしてすこしは 食べものでも はこんでおいたほうが いいよ。」

「ばかだなぁ。せっかくの夏だよ。すきなことをして 楽しまないとつまらないじゃないか。」そう言うと ナマポはまた うたい はじめたのです。

年金さんたちは さらに はたらきつづけます。 「みんなで 力を あわせたおかげで しごとも早くおわったね」「これで あたたかい 冬を すごせるね。」「よかった、よかった。」

やがて 夏はさり、秋がきてそして さむい 冬が やってきたのです。

つめたい ゆきの ふる 中をぼろぼろのふくをきた あのときの年金さんがおなかをすかせて さまよって いました。「さむいよ〜、おなかが すいたよ〜」

そのとき、年金は いっけんのいえを見つけたのでした。

まどから 中を のぞいて 見るとあのときの ナマポがたくさんの ごちそうを まえに 楽しそうにパーティーを ひらいているでは ありませんか。

「ごめんください。おなかが すいて しにそうなんです。おねがいです。なにか たべるものを めぐんで くれませんか?」

「おやおや 年金さん。きみは あのとき なんて いったんだっけ?はたらいてばかり いるから そういう ことに なるのさ。」

そういわれた 年金は 夏の日に はたらいてばかりいたことをたいへん はんせいし、大きな なみだを ながしましたとさ。

No.352 - 2012/05/29(Tue) 19:51:16

青い光とサーカディアンリズム / 水上雅敏
昨日はNHKで「ブルーライト研究会」というのがあるのを知りました。
波長の短い(エネルギーの強い)青い光は、目に障害を起こしやすい。ゆえPC画面(一見青く見えなくとも青の波長は出ている)などに目が晒される今日は特に影響が強い、というような旨ありました。

また青い光はサーカディアンリズムとも関係するだろうとのこと。
青い光に(特に暗闇の中での発光ダイオードの)非常に心地好く、仕事からのストレス解消も感じていて、わざわざ買って眠る前には見ていた自分としては興味深いことでした。

年をとると青い光が見えにくくなるからガスの火には気をつけたほうがいい(青い炎だからついてるのに気がつきにくい)という話を聞いたことがありますが(モスキートーンが年取ると聞こえなくなるように、どの知覚にしろ、高周波の波に対しては、ゆるんだ弦のように共鳴しなくなるということでしょうか)、そういう感受性の鈍りもこういう青への指向に影響しているのでしょうか?? 年取ると足らなくなるからわざわざ見つめないといけない、とか。

ところで、当研究会のホームページttp://blue-light.biz/about_bluelight/about.htmlに

>人の目の角膜や水晶体はおよそ350nm〜800nmの波長を透過させますが、それより外側の電磁波は通過できません。
つまり、紫外線にもっとも近いエネルギーを持ち、網膜まで届く光が「ブルーライト」ということになります。

とありましたが、どういう構造ゆえに、「それより外側の電磁波は通過できない」ということになっているのか??
「目から紫外線が侵入すると、肌のメラニン生産量が増える」というなどの話もあるから(ttp://www.sappho.co.jp/bihada/kougi/kougi_276.html )通過はしていると思っていたのですが・・。

No.351 - 2012/05/29(Tue) 04:38:29

運悪く見せしめにされる芸能人 / 水上雅敏
河本氏が生活保護不正(?)受給について追求された件、「国民よ!今後生活保護の水準を下げるからと言って下げた分を不正受給で補おうとするなよ」、という政府による布石なのか?

島田紳助と暴力団排除条例の関係も思い起こさせますね。
権力者側からの、見せしめ、広告塔として、一部の芸能人がターゲットにされるという動きが始まったようにも見えます。

生活保護は、定期的に福祉事務所が調査するものと思っていたのですが、それでOKだったのなら問題はないし、まずかったのなら多分に福祉事務所側の問題では?とも思うのですが・・。うまく意図的にごまかしていたとすればその分は本人の問題でしょうが。少しでもグレーな有名人を探り出して広告塔に使ったような・・その程度のグレーさの有名人はたくさん居る(?)かも知れないところであてずっぽうでひとりを選んで見せしめにしたような・・と感じてしまいます。

No.350 - 2012/05/27(Sun) 03:56:47

デンジャラス・メソッド / id
この秋公開ですが面白そうです。

フロイドとユングの実話ベースでクローネンバーグの映画です。
ttp://birthofblues.livedoor.biz/archives/51353614.html#more

No.349 - 2012/05/21(Mon) 11:17:39

リストカットと吐き気の併発事例 / 水上雅敏
@カットすることでカットされうる皮膚がはっきり存在しているという想像の捏造
A吐き気によって、内側は充満していたのだという想像の捏造
こういう外と内の充満(それぞれを乖離し、交流を妨げた上でのそれぞれの充満)によって、去勢と出会わなくさせているのかも・・という視点もひとつありうるか、とも思います。

No.348 - 2012/05/19(Sat) 12:30:41

暗号理論から見た2種の抑圧、あるいは抑圧と分離? / 水上雅敏
昨日のNHK「頭がしびれるテレビ」は暗号についてでした。素因数分解が出来なくなって暗号のまま解けなくなってしまったような抑圧と、素因数分解できたとしても共有していたコード表(分解されて出てきた自然数(いわゆるゲーデル数)にそもそもどういう概念をもともと対応させていたか)を忘れてしまって暗号が解けなくなるような抑圧と、2種類あるのではないかと、ふと思いました。後者は強迫症的な「分離」ということになるかどうか・・。まあ、見方によるのでしょうが・・。
No.347 - 2012/05/14(Mon) 03:12:00

中野さん / 水上雅敏
いいですね。

そもそも、主権在民ですからね。英語辞典(COD)でconstitution調べると、body of fundamental principles according to which a State is governedともあって、やはり国家に対するしばりですね。主権在民の主旨を記した日本国憲法の前文まで自民党は変えようとするのですかね。父をのっとろうとするエディプスコンプレクスも感じてしまいます。変える正当性があるためには、それがより論理的である=より高次な父に基づいている、必要があると思いますね。

もし「国民をしばる(=自由を規制する)ように私たちはしばられているのだ」と自民党が言うならそれは詭弁と言うほかありません。国民はしばられることを望んでいないし。望むとしたらそれはマゾですね。

No.346 - 2012/05/13(Sun) 11:58:45

水上さん(340)へ / 中野雅哉
自民党は、憲法にメッセージを持たせようとするから文面がうざったくて美しくないですよね。
↓みたいな文言がよいと思います。

この憲法が国民に保障する自由及び権利は、行政・司法・立法の三権の行使主体および国民自身の不断の努力により、保持されなければならない。いかなる者もこれを濫用してはならず、権力には責任及び義務が伴うこと、常に公益及び公の秩序に反してはならないことを自覚しなければならない。

No.345 - 2012/05/13(Sun) 10:49:22

反復してあらわれる形体 / 水上雅敏
思い出しましたが、サント・ヴィクトワール山に限らず、セザンヌの絵には、よく見ると、その山の稜線に似た形が現れているものが幾つかあるという話を聞いたことがあります。彼が意識的にやったものかどうかわかりませんが・・。それらについても父の死のメタファーとして解釈してみるとどうか・・、と考えつつそれらの絵を見直してみたく思っています。
No.344 - 2012/05/12(Sat) 23:37:41

サント・ヴィクトワール山は父の墓か? / 水上雅敏
さきほどの「美の巨人」では、セザンヌの「サント・ヴィクトワール山」でした。TVでその山の写真が映し出された中に、一瞬ですが、十字架が見えました(見間違いではないと思いますが)。「サント・・」というくらいだから当然なのかも知れません。その山を繰り返し描いた、ということは何かセザンヌの持つ死についての連想が関係しているのかなと思いましたが、たしかに父が死に故郷に戻ってからセザンヌはこの山を描き始めたということのようではあります。勘ぐるしか有りませんが、この山は、彼の死んだ父のメタファー、あるいは墓のようなものなのでしょうか・・。ともかく、そう思ってあらためて見直すと、また違う味わいがあります。連想をたくましくすると、ヴィクトワールという名自体が、死んだ父への賛美?あるいは、エディプスコンプレクスからの自分の父に対する勝利感とも重なったこともこの山を描いたことと多少とも関係していないかなどとも思えてきます。

話は少しずれますが、当該番組のホームページでは

>セザンヌに転機がやってきます。父が死去し、セザンヌは莫大な遺産を相続するのです。当時、移ろいゆく瞬間にこだわり続ける印象派の技法に疑問を持ち始めていたセザンヌは、故郷エクスに戻り自然に囲まれてひたすら絵に没頭します。中でも、とりつかれたように描いたのがサント=ヴィクトワール山でした。

・・とあります。「移ろいゆく瞬間にこだわり続ける印象派の技法に疑問」とありますが、これは、父の死なり死そのものなりに対する否認(死へと続かざるをえない「時間」というものを止めたいという)による影響もないでしょうか(そもそも親友ゾラが彼の作品でセザンヌに似た性格の画家の死を描いたことに反応して、ゾラと絶交するくらいですから)? また、「移ろいゆく瞬間」には疑問をもつくせに、複数の地平線、すなわち移ろい行く視点を思わせるキュビズムの技法をこの絵において花開かせた、というのも、抑圧の回帰を思わせるようで面白いです。(あるいは逆に、すでにこの時には「死」なるものを受容できており、そういう自分からは、印象派の「瞬間を固めてとどめようとする」やりかたがまどろっこしく思えた、ということなのでしょうか??)

No.343 - 2012/05/12(Sat) 23:04:32

ネオテニー / 水上雅敏
ネオテニーと言う身体、神経の未熟性ゆえに、すぐに反射的ができず反応が空回りしてしまうおかげで、音声にすぐに反応することなく音声の連鎖を振り返りそこに意味を生じさせるという言葉を人間が覚ええた、とも考えられると思いますが、しかし、ネオテニーと言う質を持つ生物は人間だけではないはず。なぜ、人間だけが言葉を持つようになったか、という疑問が残ります。関連して、人間の想像的同一化と鳥のインプリンティングの違いも問題になるようにも思います。

とりあえず後者の問題から考えてみると、鳥の場合は最初のインプリンティングが堅固に保存されるように思えます(インプリンティングのし直しも出来るらしいですが、基本的には。動物学には詳しくないので素人的なレベルでこのへんは考えています)。そして鳥に様々な行動を教えるには、すでにインプリントされた親がかかわらざるを得ないとのことで(Wikipedia刷り込み、によると)、鳥の記憶は、基本の大きなブロック(印プリントされた親の像、あるいはそれに対する自分の行動形態)が出来た上で、その上に、細分化された小さな様々なブロックを積み重ねる、というような、「積み重ね」を固めてでできるもののように思えます。

人間の場合は、象徴界が無をより象徴化していくにしたがって、想像的同一化は希薄になっていく、あるいは背景に退いていくと思いますが、こうなるのは、そもそも想像的同一化を鳥のインプリンティングのように堅固に保つ能力さえないから、と考えてみることも出来ると思います。「インプリンティングを保つ能力さえ弱い」、という弱さが幸い?して人間が言葉を覚えた(少なくともそのきっかけにはなった)・・と。

ちなみにそういうもろい人間の場合の記憶は、どうにかいわゆる外界に刻まれることで(意味、という時を超えて共有された誤解や、外に刻まれた文字や文化として)、代理的に保たれているということになるのでしょう。

そんなふうにしてしまっている、人間の脳の構造の、他の動物の脳のそれとの違いも興味深く思います。

No.342 - 2012/05/12(Sat) 12:53:52

田舎での心理的問題の2,3の特徴 / 水上雅敏
・過呼吸を恐れて、首都圏などでは急行の(つまり駅での停車回数が少なく直ぐに降りれない)列車に乗れないという訴えが多かったが、車社会の田舎では車で高速道路を走れない(すぐに止められないから)、とか、トンネルにはいって過呼吸になることが多いという訴えが多い。

・首都圏では、電車に惹かれる自閉症者に多く出会ったが、田舎の或る自閉症者は道路への興味を見せて、絵に鳥瞰的視点から描いていた(多いのかどうかは自験例は少なく不明)。自閉症者の電車への興味は行き先(同一性)が決まっていることへの安心感からかと思っていたが、こうなると、それもどうなのか?・・道路は開放系だから・・。しかし彼の中では閉じられているのか・・という疑問も出てきた。

・首都圏では自由連想の中で「今日、ここにくる電車の中で気づいたのですが・・」、田舎では「今日、ここにくる(車の)運転中に気づいたのですが・・」という人が多い。

・保守的な田舎では中高生の化粧は、当然、都会以上に禁じられる。保守的な大人にとってはすっぴんは理想なのだろうけど、化粧できない分「色白のべっぴんさん」か否かという目で見られ(首都圏では全然聞いたこともない話)、自分にはどうしようもない血・家系の問題までからんでくる傾向があるよう。

No.341 - 2012/05/07(Mon) 01:02:19

「公」という権力者側の恣意 / 水上雅敏
「国民の責務」を規定する自民党の憲法12条改正案を支持する?
BLOGOS編集部

より抜粋。:


【現行12条】
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

自民党改憲案
【新12条案】
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力により、保持されなければならない。国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない。

これについて、自民党の片山さつき議員は以下のように説明しています。
7年ぶりの自民党憲法改正案、今回は23人の起草委員の一人として積極参加!感慨!(片山さつき)より

自民党は自立の党であるべき、と考え、国民の責務、を第12条に付け加え、そこが議論になっているのですが、以前は「、国民は権利を濫用してはならない、公共の福祉のためにこれを利用する責任を負う」、となっていました。憲法判例からいって、権利の濫用が認められるのは、非常に限定された場合だけであって、今回の大震災や今後の対応でも問題になっているのは、たった一軒の家が立ち退かないことによって、つくるべき避難路が抜けない、首長は、選挙をおそれて土地収用を行わない、皆がこうすればいいというように地域の安全確保策ができていない、ということです。

 自由及び権利には、責任が伴う、公益、公の秩序には従うべき、この原則が確立できるかどうかは、日本の将来にとって、非常に大きな分岐点です。日本で、自由という言葉が自分勝手と解されがちで、自由市場にも規律があり、これに反したものは厳罰、追放になる、ということで自由は裏打ちされる、ということが徹底されていないのは、残念なことです。:

・・以上。



「公益及び公の秩序」とは誰が決めるのでしょうか? 政府か多数決か常識か、というあたりでしょうか? いずれにしろ多分に権力側や多数の恣意、つまりイマジネールな第三項からの秩序ということになるでしょう。少数派でも論理的な方が勝つ、ということではなく・・。「公共の福祉のためにこれを利用する責任」と言うほうが、まだ、個々人が論理的に考えて自由と権利を利用する、というクリエイティヴで象徴的なものが介入する余地がありそうな気がしますが・・。

それと片山氏の出した「たった一軒の家が立ち退かないことによって・・」という例。これは立ち退け!自分の自由ばかり行使するな、という話でしょうか? 「自由及び権利には責任及び義務が伴う」という意味、自民党はよく分かっているのか疑問です。この例の場合の自由は、立ち退けと言っている首長のほうが行使しようとしているわけで、この場合の責任とは、その首長が、ではそうやって立ち退かせた住民側の今後の生活のそれなりの保証、補償をどうしていくか、というところにあるのだと思うのですが・・。そもそも「自由及び権利には責任及び義務が伴う」などとは、他人が言うことでなくせいぜい親が放蕩息子に言えばよいような話であるし、たががはずれたものなら刑法でしばればすむと思うのですが。こう見ると、改憲案は「自立」というおせっかいな美名のもとでの、国民の自由と権利を国や首長側が制限できるための布石であるように思えます。

No.340 - 2012/05/06(Sun) 19:24:51

神の失錯 / 水上雅敏
ちなみにアダムとイヴがなぜ「知恵の木の実」を食べるという失錯あるいは原罪をおかしたのか、本人たちはどう思っていたのか・・と調べると色々とおもしろいものでした。

Wikipedia「原罪」によると、この食べたことをアダムは女のせいに、女は蛇のせいに、と責任転嫁したとあったり、そもそも蛇も女に強制はしていず、女も男に強制してはいず、それぞれ自分の意志で食べたのだ、とか、蛇は悪魔と言われるが、うそつきの一動物であるとか蛇の背後に悪魔があるのだという考えがあるとか、原罪も神秘であり人間はそれを完全には理解できない・・とか。また、「原罪」という術語をキリスト教全教派が用いているわけではないというのも興味深いです(たとえば原父殺害的な罪悪感を催させる幻想の伴わない、象徴的去勢の成立はあるのか、という問題にもつながりそうな)。神がアダムとイヴに「何を行ったのか」と言って罪の自覚を促したとあり2人は責任転嫁に終始したとありますが、では罪の自覚をすればどうだったのか・・、人間が言語を得てしまった原罪を自己の責任だとすればではどうなのか・・など考えさせられます。

しかし、そもそもそんな人間を作ったこと自体が神の失錯とも言えそうでもあります。
また、神は「知恵の木の実だけは食べてはならない」と言ったらしいですが、そう言われれば食べたくなるわけであり、それを知っていて神が言ったのであれば神がそそのかしたわけであり、意識していなかったとしたら、この言葉自体が、神の欲望を洩らしてしまった神の失錯とも言えるように思えます。神は、人間が自分の言葉を裏切って原罪?を侵して欲しかったのか?? ・・・

しかしこの話自体人間が作ったわけで、ともかく、そんなことまで考えさせるような、起源神話を作って人間は自分の失錯?原罪?の起源を納得しようとしてきたのだな、ということなのでしょうね。いや、欲望が人間に作らせた起源神話と言うべきでしょうか?

No.339 - 2012/05/03(Thu) 01:35:36

藤田先生 / 水上雅敏
レスありがとうございます。
確かに言葉こそ失錯、なぜこんな失錯を・・と振り返ることがまた失錯を重ねてしまうような失錯ですね。

No.338 - 2012/05/03(Thu) 01:32:18

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