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<カフェ・フジタ>

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保留 / 水上雅敏
結局、「私には、あなたがわかるのかどうかわからない」と言うのが、こちらとしての論理的な応答というところか・・。
No.747 - 2014/05/30(Fri) 00:41:44

魚の楽しみ / 水上雅敏
荘子の魚の話。たしか「君は僕ではないのに、君は僕には魚の気持ちがわからないとわかったんだろう。そのように私には魚の心がわかるのだよ」的な所で決着がついてたように覚えるが、これは正しいのか?こう言われたらどう反駁するのか? 

君と私は「出会い損ねる」と君がまさに言うように、君にはできないだろうが、私には共感ができるのだよ。・・と或るカウンセラーが言ったらラカン派分析家はどう返すのか?

精神病者がそう言ったらどうなのか?それは非論理的なことなのか?

No.746 - 2014/05/30(Fri) 00:36:47

片山被告と「似ている」ということについて / 水上雅敏
片山祐輔氏:「似てる」ということへのこだわりが強いですね。「あの人似てますから僕についての理解の参考にして。悪の経典読んでください。自分みたいな人間が書かれていました」というような。そもそもののまネコ騒動ものまネコがモナ―と「似てる」から来ているし。「自分はサイコパス」と一般論的カテゴリーに当てはめるのも、「サイコパス」のカテゴリーに自分は似てる、ということでしょう。のまネコの話は少しずれますが、その他の上に述べたことは、ある意味、他者の目を自分自身からそらさせるためのカモフラージュのようにも思えます(のまネコ、とその騒動も自分の何かを仮託しつつの何かからのカモフラージュかも知れません)。そもそもの、遠隔操作事件自体、名を隠して他者に成りすますというカモフラージュとも考えられます。その意味では、ただ、彼の言葉に沿って悪の経典から彼を解釈したり、A少年その他と生まれ年が一緒だからと時代や世代から彼のことを考えるばかりだと、彼の術中にはまり、彼のカモフラージュを永続させるだけにもなりかねないなと思っています。

「似ている」と述べる傾向には、想像的同一化が強いが巻き込まれないためにそこから遊離した第三者(想像的第三者)の位置に来て他人事のように判断するというかたちをとっているように思えます。カモフラージュと言うのも、想像的同一化の関係に巻き込まれない位置(他者から、私はこういう人だと同定されない位置)に来るということかも知れません。他にも方法考えられそうな中なぜこういう方法を選んで想像的同一化から自らを防衛したかというのはよくわかりませんが(第三者たる父の位置をとりたいというエディプスコンプレクスからわからないでもありませんが、これほど自分を遊離させ他人事のように話すのは、天に行った死んだ父、隠れた父と同一化したい、というのでも在ったのでしょうか??)。

ところで、「ありのままの自分」を弁護士は彼に求めておられるようですが、そもそも「ありのままの自分」は誰にも無く、通常は「これが自分」というものをどこまでも崩し無に向かって進む動きがあるだけで、それでももしありのままと感じられる自分があるとすれば、こういう動き自体のはずで、この動きが出来るには無を象徴化できる言葉が育っていることが必要だろうと思います。しかし「似てる」にこだわるということは、それだけ自分の支えを他者に求めていたと言うこと、それはそれが無いと無の深淵が露呈するかのような恐れがあったということ、それはそれほどまでに無の象徴化を助ける言葉が育っていなかったということかも知れず、「ありのまま」というのはなかなか難しいことかも知れません。普通だって難しいし。

その他幾つかの疑問点:父の死(のまネコ騒動の後に急死:原因についての情報なし)、そのすぐ後に母の名(片山)への改名となると、父母の関係はどうだったのか? 父の死因が本人にしっかりと伝えられたか、伝えられなかったとすれば、自分が殺したのだと思い罪悪感として残っていないか、それが近親相姦の幻想を強く残したり(父を殺せた、罪を犯せた、つまり母との近親相姦を達成できた、との幻想)それゆえにさらに罪を犯させたりしたのではないか(それはさらに近親相姦達成の幻想を強めもする)、防犯カメラのありそうなところで猫に首輪つけるという行動は単に抜けてるのではなく、父の陰から見つめる目をよみがえらせたかったのではないか(それは罰を受けるためか、父を倒錯的にバカにするためか、は不明だが)、遠隔操作自体言葉を作り出す父あるいは名の無い神の位置をとろうとしたからではないのか(そこにも父をよみがえらせたいとともに、もしかしたら、法と言う父なるものをバカにしたい、というエディプスコンプレクスからの両価性なり倒錯傾向なりを考ええるが)、カモフラージュもそのような死んだが陰に居ると考えたい父との同一化か、そもそも「似てる」にこだわるのは、差異を作り出すはずの言葉が十分に許される環境(家庭、社会)では無かったのではないか、どんな人のどんな書き込みに遠隔操作で侵入したか、そこにパターンはないか。なぜ猫が好きなのか。

No.745 - 2014/05/28(Wed) 20:32:17

扁桃体と言語 / 水上雅敏
聴講した或る講義の主旨の一部(以下、記憶起こした限りのものなので誤解もあるかと思います)、「扁桃体は、恐れや不安などの感情と関わっている。そして扁桃体が分裂病で若干小さくなっている。それが警戒心や距離感などが分裂病であまりうまく行っていないことと対応しているのかもしれない」(的な話)。→私からの質問「言語の論理の崩れが分裂病にあると思うが、どちらがより一次的な原因になっているかと言うのはよくわからないが、扁桃体と言語との関係は?」→答えとしてはとりたてて直接的な関係は無い、というような話だったか、と。そして「この恐れや不安は、動物のものと同質であり、人間でも蛇などを見た時も反応し、それはやはり本能的なもの」というのが答えの主旨。

さて、「人においては本能は崩れている」という考え方からすれば納得しがたく感じます。実際にはそれは本能的な反応なのかも知れませんが、動物の脳の反応との類似からだけで本能なるものを受け入れた基盤の上に研究を進めるとどこかでうまく行かなくなるのではと心配します。本能が崩れているかどうか知りませんが、論理的には、まず本能を考えなくても言えるものならば、そこから入るのがつつましいやりかたかと考えます。じゃあ、蛇に対する人間の恐れは何か、というと、それは、自分の自我像の統合性が蛇を見ると危うくなるから、ということで済むかと思います(通常なら、人間を相手にそれを鏡として同一化していたものが、手足の無い動物を見て崩されかける)。つまりそういう鏡像とのズレ、鏡像の穴、への反応が人間の扁桃体の反応である、とまず考えるのがよいかと。さらに、分裂病者においてこの扁桃体の働きのうまく行っていないことは、そういうズレ、穴を認めえるほどの言葉の論理性を分裂病者はそもそも排除(父の名の排除)しているから、というふうに考えることもできるかと思います。その意味で、扁桃体と言語との関係をどのようなルートでか見いだせるのではないかとも思います。

それにしても扁桃体と言葉や論理とどちらが先に崩れるのか、同時的か、扁桃体の小ささは後天的なものかどうか、疑問が残ります。

No.744 - 2014/05/28(Wed) 17:46:11

方言 / 水上雅敏
沖縄の言葉が古い日本語なら、それが方言というより、通常の日本語のほうが方言ということにはならないのか?

標準語がまずあって、エネルギー節約の為にルーズに発音したものが方言になってる場合もあるのでは? 例:「と、いうか」→「ちゅうか」(山口弁)。古語の残って方言になっているもの、「帰る」→「いぬる」(山口弁)。2つのパターン。

No.743 - 2014/05/16(Fri) 23:52:12

急所の痛みはマッハで伝わる? / 水上雅敏
>有髄神経ではないが、神経がやたら細いと、逆に有髄以上に速くなるらしい。鈍痛などを伝える神経など。なぜ?

タイミングよく次のような情報が。有髄なのか無髄なのか知りませんが・・。



『ロケットニュース24
2014年05月16日18時00分
ttp://news.livedoor.com/article/detail/8839844/

男性が「急所を蹴られると地獄のように苦しい理由」が科学的に説明される / ただし痛みレベルは出産の方が上らしい』より抜粋。

:急所に打撃を受けると、神経信号が脳に伝達される。そのスピードなんと時速約460キロだという。信号を受けると脳は即座に反応。すると睾丸は “P物質” と呼ばれる痛覚の伝達物質を作り出す。P物質が脊髄を通って脳に届き、「ハァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ」な痛みを感じるのだそうだ。:

No.742 - 2014/05/16(Fri) 19:53:45

神経 電位 マイクロチューブル / 水上雅敏
ttps://www.jstage.jst.go.jp/article/hikakuseiriseika/29/3/29_135/_pdf …『その3:興奮はいかにして伝わるか』。

読んでふと湧いた疑問。

活動電位こそが情報なのか、余分な+の放出・残骸でしかないのか。むしろ情報は高まる波の形の電位の変化にある、ということはないか。

有髄神経では伝達速度は直径に比例するらしい。直径2倍で速度2倍。無髄神経だと直径のルートに比例とのこと。なぜ?

有髄神経ではないが、神経がやたら細いと、逆に有髄以上に速くなるらしい。鈍痛などを伝える神経など。なぜ?

ペンローズのマイクロチューブル再考したくなる。ちなみにチューブリンはねじた八角形の格子状に配列され、3、5、8毎に繰り返すらせんの道筋が作られるとのこと(『ペンローズの量子脳理論』p172)。フィボナッチ思わせる。マイクロ〜の壁は13のプロトフィラメントから構成。その夫々がチューブリンから構成(同著170)。13もフィボナッチ思わせ、また、3^2+3^1+3^0を思わせる。射影平面の次数3の場合のその次数と無限遠含めた点の数(『2次元より平らな世界』p203参考)。

No.741 - 2014/05/15(Thu) 14:17:33

超能力 / 水上雅敏
NHKサイエンスゼロ、超能力の話。2つのスリットを光子を通させるとき、どちらかに多く偏らせるように念じさせる。すると優位に偏った。超能力には量子(この場合は光子)が影響しているのでは、を調べた実験。興味深い。念力、透視、テレパシーはまだわかるが、予知能力はどう考えるべきかわからない。

また、紙に書かれたものをあてる実験。耳の穴に挟んで試みるとあて易いらしい。量子を反射させて書いたものの形を探るのか? しかし当てようとする意志がどう描いたものを量子で探り出し受信するのか? どう体を動かせばいいか頭でわからずとも目標物に当てようと思えば、厳密に計算したかのようにうまく体が動いてくれるのと同じか?

No.740 - 2014/05/11(Sun) 01:23:48

側頭との関係? / 水上雅敏
もし、一旦、記憶された連鎖を蓄えるところが側頭だとすると(側頭でなくても良いのだが)、分裂病者では、側頭から、これまで蓄えた言語シニフィアン連鎖が、@語りの途中にその語りを常に去勢するように(つまりさまざまな言語シニフィアン連鎖を語りのまわりに巡らせることで、その語りに絶対的な意味を与えないように)降りてこなくなっているのか。A降りてきても、それをさらに去勢するように語っていく(おりてくるさまざまな連想にとらわれずその隙間を縫ってさらに自己去勢するように)ことが出来なくなっていると言うことか? 前者は思考途絶や「しずかなるざわめきとひしめき」の状態あるいは絶対的な意味をもってしまった語り(絶対的な意味を持ったネオロジズム等)、後者は幻聴や自生思考などに対応するか? ただ、そういう見方は余りに器質的なものに短絡的に直接対応をさせた見方な感じもする(たとえば側頭から降りてきた連鎖の記憶が、そのまま幻聴になるわけではなかろう。また、下りてこないことがそのまま思考途絶でもないのかも。シータ波上で行われた連鎖に対する、側頭でどのようにか蓄えられた記憶形式に対していま働かせるトップダウンの思考との関連が今新しく思考途絶なり幻聴を作り出す、と考えるべきかも。)。
No.739 - 2014/05/10(Sat) 04:57:09

無意識の時間系列 / 水上雅敏
「ときどき覚醒中に運動していた時の発火パターンの一部が時間変化を含めて再現され」(ネズミの徐波睡眠の件『脳は物理学をいかに創るのか』204p)→では、人間の無意識にも時間系列も成り立っているか? 夢はあえてそれを組み替えもするということ?
No.738 - 2014/05/10(Sat) 04:13:26

こういう睡眠を持てないと? / 水上雅敏
こういう睡眠を持てないとどうなるか? 睡眠直前の記憶がうまく圧縮されない、そして記憶されないということにはなるのであろうが。

しかしねずみの場合には睡眠直前の記憶だけのための鋭波であっても、人間なら睡眠直前のことにもおおくの連想がからんでくるからどうなのか。

No.737 - 2014/05/08(Thu) 02:45:43

鋭波が間歇的である理由は? / 水上雅敏
徐波睡眠中の鋭波の出現は間歇的である。これは、しばらく休んで一挙に電圧あげて爆発させて、その勢いで、長い情報も短時間に圧縮してからめ捕る(リッブル振動で分節された各位相に)、ということなのかどうか。そのために夢を見ない睡眠も必要なのか。
No.736 - 2014/05/08(Thu) 02:37:58

症状の潜伏期との関係 / 水上雅敏
いったん眠って記憶を圧縮して側頭葉にたまるようにしないといけない(側頭葉かどうか知りませんが)・・・この構造は、症状の発現には潜伏期があるということを説明しうるものなのかどうか。
No.735 - 2014/05/08(Thu) 01:42:44

続きの自問自答 / 水上雅敏
これは、分節された鋭波の上にメタデータを載せるようなものか? たとえばベンハムのコマの錯覚のように、高周波の白黒の転変を掴むのはあきらめて、いくつかの帯があるという情報だけを色彩分割で伝えるように。あるいは情報を漏らさず、次元を高めた(いくつかのゲーデル数自体もさらに順に並んだ素数の指数とするような)ゲーデル数の観点から考えられるかも。

そしてそれらの記憶は海馬から側頭葉へ移されるということなのかどうか・・。

そして側頭葉の各記憶の間の隙間に欲望が生じ、シータ波とそこに載せられる発火(人間の場合はなんらか言語に関連した発火)の発現をさらに動機付けるということか?

それにしても、リッブル振動で分節された鋭波の各位相にどのように情報が入っているのか。あるいは、その振動の様相と鋭波の特定位相の交叉自体が情報なのか?

No.734 - 2014/05/08(Thu) 01:27:27

鋭波とリッブル振動 / 水上雅敏
徐波睡眠中では、波による波の分割は、鋭波とリッブル振動の間で起こるらしいですね(ねずみの話)。で、その分節された鋭波のその周期は、シーター波の1周期の20分の1。というところから、覚醒時のシーター波の1周期分の情報が、20分の1に徐波睡眠中に圧縮されるということのよう。読解力不足で頭が錯綜していて誤読しているかもしれませんが(731で述べた文献)。

で、ここで想起される記憶断片は主として睡眠直前の記憶の断片とのこと。対して、レム睡眠中の記憶は数日前の行動の記憶も含んでいるとのこと。

No.733 - 2014/05/08(Thu) 01:13:27

夢も無い眠りの必要性? / 水上雅敏
731の記事の件

なぜそれが徐波睡眠で起きえるか? 波を節約して、他方リッブル振動として回帰させる、というメカニズムなのか? そのために夢もない眠りが必要なのか?

No.732 - 2014/05/08(Thu) 00:21:10

波が波を分割する アナログを組み合わせてデジタルに / 水上雅敏
波の各位相が、より周波数の高い波によって分割され、そのひとつひとつに圧縮された情報が載る、というのは面白い。シータ波とリッブル振動の関係。それがねずみの徐波睡眠中に起こっている、とのこと。そうやってねずみは海馬に蓄えられた記憶の断片を徐波睡眠中に早回しで想起しているのだろう、との旨。『脳は物理学をいかに創るのか』244p
No.731 - 2014/05/07(Wed) 23:47:13

訂正 / 水上雅敏
>重力のように情動量は在るものと感じられるが

「感じられる」のは、情動量でなくて情動でしたね。情動量は、それ以前の理論的な仮説。それもなしでやっていけるかの問題。

No.730 - 2014/05/07(Wed) 21:02:05

ホログラム / 水上雅敏
高次元のものは低次元のもののホログラム、という考えを精神分析理論に持ってこれるとしたら、私にまず思い浮かぶのは、情動量の件。重力のように情動量は在るものと感じられるが、実は情動量などというものは無くて、それがあるかのように表象が組み合わさっただけ、という風に考えること。そしてそのような表象概念だけによって、かつて情動量の働きとみなされたものの再構成をしていくこと。それでどうなる? というのわけでもないが、仮説は単純なほうがよい、というのにのっとってはいるかも。逆にそのほうが複雑になるかもしれないが。
No.729 - 2014/05/07(Wed) 20:59:13

シータ波そのものも記憶されるのかどうか / 水上雅敏
『脳は物理学をいかに創るのか』(武田暁 岩波書店 204p)からの抜粋:

『場所ニューロンが形成された後にねずみを別の場所で休ませると、深睡眠中やレム睡眠中の場所ニューロン群の発火パターンに、ときどき覚醒中に運動していた時の発火パターンの一部が時間変化を含めて再現され、トラック走行中の記憶が想起されているように見える。人間の場合に脳に電極を挿入して同様な測定をすることは出来ないが、休息中やレム睡眠中に無意識のうちに絶えず直前に起きた出来事や過去の出来事、あるいは覚醒中に考えたことなどの記憶想起をしているものと思われる。ネズミの実験で興味ある結果の一つは、深睡眠中の記憶想起では時間を20分の1程度に短縮して映画の早回しのような形で記憶の一部を想起し、レム睡眠中の記憶想起では実時間と同程度の時間スケールで記憶想起していることである。』

面白いです。以下、いくつかの部分に対する感想。

>場所ニューロンが形成された後に・・・
→ということは、最初からシータ波の上で場所細胞がうまく(=各位相上を次々と移動していくように)発火するというわけではないのか?? それはあるルートを学習した上でそうなるのか。

>深睡眠中やレム睡眠中の場所ニューロン群の発火パターンに、ときどき覚醒中に運動していた時の発火パターンの一部が時間変化を含めて再現され、トラック走行中の記憶が想起されているように見える
→レムではない深睡眠中にさえこんなことが起きているのか!
→時間変化も含めて、ということはシーター波と発火のセットがそのままの形でどこかに保存されているということか?
ではわれわれの記憶や言語記憶もそういう形で残されているのか? あるいは波は省いた形で順番が残っているということか? そのように残された記憶と、覚醒時の現在にやってきている外界(の刺激)との照合(あるいは対立や弁証法?)はどのように行われているのだろうか。 

>深睡眠中の記憶想起では時間を20分の1程度に短縮して映画の早回しのような形で記憶の一部を想起し
→我々が言葉の意味がすぐ分かったり、聞いた言葉に対して色んな連想を瞬時にしているというのは、覚醒時にさえこういうことが働いているからではないのか? しかしどういうふうにして早回しが可能になってるのか? 本当に早回しなのか、あるいは早回しに等価な何かの構造的な工夫によるのか。

>レム睡眠中の記憶想起では実時間と同程度の時間スケールで記憶想起している
→人間の夢の場合はどうなのか。やたら長い場面の夢でも、実は一瞬に見ていたりするし。それは長く感じられていても実は少数のきれぎれの場面の組み合わせでしかない、ということか? 「同程度の時間スケールで記憶想起」というのをあえて人間の夢に当てはめて考えると、実は、たとえば、思い出すべきある言葉の実時間的長さがレム睡眠の長さであって、夢としてそれが色んな修飾を受けてごまかされているだけ、と言えるかどうか・・(まあこれはこじつけでしかないでしょうが・・)。

**ともかくシータ波自身は、例えば外界からやってくる音波などとは次元の違う波なのでしょうね。もし音波だとしてそれ自体も記憶が残されるとしたら、たとえば、例の聞きようによって「撮ったのかよ」か「エイエイアイ」のどちらかに聞こえる携帯電話のシャッター音も、記憶を想起してもう一方のほうに聞き取れるということになってしまいますから(実際にはそうならないでしょう)。シータ波は、人間で言えば、いわば表象の時系列をそろえるための波とでもいえそうなものにも思えます。

No.728 - 2014/05/04(Sun) 03:13:38

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