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エペソ1章 / 大垣 引用

エペソ1章。3節、僕たちはすでに天にあるすべての霊的祝福を受けている。

4-5節.神は、僕たちを、創世の前から、すでに信仰を持つように選ばれていた。御子の恵みによって、僕たち罪人をもご自分の子にしようとあらかじめ定めておられた。

6節.選びの目的は、恵みの栄光がほめたたえられるためである。

9節.すべては神のご計画による。

10-11節.僕たちは御国を受け継ぐものとされました。それは、私たちが、神の栄光をほめたたえるものとなるためです。この理由は6節と同様である。

13-14節.福音を聞いて信じるものは、聖霊をもって証印を押される。また、御国をつぐことの保証として聖霊が信仰者の中に入られる。

17節.聖霊が与えられる目的は、神を知るようになるためである。聖霊が中に入ってこられるとき、信仰者は神を個人的に知るようになる。エレミヤ31:31-34の預言が成就して、身分の低い者も高い者も、皆、主を個人的に知るようになる。

18−19節.僕たちの心の目がはっきり見えるようになるとき、神の偉大な力をよりよく知るようになる。

23節.教会はキリストのからだであり、力に満ちている。

No.3570 2007/12/07(Fri) 23:36:20

Re: エペソ1章 / 亜衣瑠 引用

神の与えてくださる道に感謝します。
そこを辿るように 誘われています。
エペソ 1章
1節 「神のみこころによる」 連想するのは?Uコリ7:10「神のみこころに添った悲しみは、悔いのない、救いに至る悔い改めを生じさせますが、世の悲しみは死をもたらします。」
by the will of God
Godly sorrow
わたしたちはほとんど「人」から出るもので判断し、しゃべり、行動している。その割合をきょうから少しずつ、Godly に変えていってください。
3節 わたしたちのいただく祝福は キリストがくださる「天にあるすべての霊的祝福」
わたしたちには到底分かり得ない神さまの尊いご計画を 直接啓示を受けたパウロがパウロの賜物によって わたしたちにわかるように示してくれる。4−14節
わたしたちは創造された神のみもとにキリストによって集められ、そこで神の栄光を讃える。それがどのような心地であるか、今は想像もつかない。しかし、その保証は御子が父に従って父のご計画のままに血を流され、体裂かれたことによる。
18,19節。わたしたちの抱く望みとは、わたしたちに知らされる神の力とは、どのように偉大であるか、わたしがいま「知っている」程度を遥かに超えた望みの高さと力の大きさでありましょう。どうか知らせてください。
22節 キリストをいただく教会。なんと栄えあるものでしょうか。なんと豊かな祝福でしょうか。23節 教会はキリストのからだ。
「教会はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです。」
わたしたちは渇き、求め、満たされた。満ちておられる方は常にあなたのみです。わたしたちはあなたから受けて満ちた者とされます。感謝します。
ヨハネ1:16「わたしたちは皆、この方の満ち満ちた豊かさの中から、恵みの上にさらに恵みを受けたのである。」
エペソ3:19「こうして神ご自身の満ち満ちたさまにまで、あなたがたが満たされますように。」
あなたによって満たされる渇きであって、渇き求める続けるものではないことを感謝します。そして、どうか、この者が 具体的なキリストのからだとなり、具体的なはたらきを日々して、より教会を愛することができますように、教会を知ることができますように。教会というものが何たるか、どうぞもっともっと深く詳しく教えてください。そして満たされる者から満たす者へと成長していけますように。あなたの全能の力により、みこころの奥義に触れる機会を少しでもお与えくださいませ。
黙示10:7「第7の御使いが吹き鳴らそうとしているラッパの音が響くその日には、神の奥義は、神がご自身のしもべである預言者たちに告げられたとおりに成就する。」
その脚注に「神の国が地上に樹立されるまでは明らかにされてない、神についての真理」とある。それほどに 神は わたしたちに簡単に明らかにされるお方ではない。その方を「お父さま」と呼び、御子であるイエスさまにとりなしていただける恵みをいただいていることをきょうも感謝します。

No.3574 2007/12/08(Sat) 06:01:59
(No Subject) / 典子 引用

ガラテヤ5章
2節の言い方。パウロ自身、自分がすでにこのガラテヤの人々から信頼を得ているとの自負があるので、こう言えるのだと思う。
2−4節も 要は6節に集約されている。「愛によってはたらく信仰だけが大事なのです」
13節は大変印象深い表現である。「ただ、その自由を肉の働く機会としないで、愛をもって互いに仕えなさい。」 パウロが信仰者に言葉を放つとき、神のみこころに沿った条件がつくことで、とても説得力を持つ。たとえば、6節なら、「信仰だけが大事」なのではなく「愛によってはたらく信仰」となるし、13節でも、わたしたちは「自由を与えられる」ために召されたのだけれども、それは「愛をもって互いに仕えあうため」に与えられた自由である。?Tコリ13章1−3節でも、たとえ完全な信仰であっても「愛がないなら」何の値打ちもない、と言い切るパウロだから。
15節 「気をつけなさい」・・・・気をつけよう。
16節 「御霊によって歩みなさい」このみことばを 何度ノートに書いたり、読んだりしたことだろう。何度自分に言い聞かせたことだろう。
 “So I say, live by the Spirit.”
17節の理屈は 読むたびに「ほんとうにそうだな」と思わされること。御霊の願いと肉の願い。こんなにも対立している、そんな対立をわたしたちは 常に内在させている。「したいと思うことをすることができないのです」の言い方はロマ書の7:19を思い起こさせます。
22節 すばらしい「御霊の実」 愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制。
これらのことばは ことばだけで、祝福の響きに聞こえてくる。どうか、これらの実をわたしの内に実らせてください。
24節 「キリスト・イエスにつく者は、自分の肉を、さまざまの情欲や欲望とともに、十字架につけてしまったのです。」 バプテスマを受けて間もなくの頃だったか、このみことばに信頼して、すでに「十字架につけてしまった」ことを自分で自分に言い聞かせていました。実際には自分の手の内にかなりを握りしめていたように思う。でも、みことばの約束の力の前に、まちがいなく「十字架につけてしまった」のですね。
15節の脚注が印象的。「互いに愛をもって仕え合わず、対立し、争うなら、滅びてしまう以外に道がない」  それでは困ります、神さま。滅びに向かってひた走ることのないよう弱いわたし(たち)をお導きください。

No.3565 2007/12/07(Fri) 08:43:24

Re: / 大垣 引用

ガラテヤ5章。6節と13節。割礼のように、外に表れることではなく、愛によって働く信仰、という心が大切。そのような信仰を大切にするとき、愛をもって互いに仕えることができるようになっていく。

15節.気をつけましょう。

16節.どうか僕たちがいつも御霊によって歩けますように。

17節。ローマ7章の19節と24-23節を思います。僕たちは罪の支配から解放されるためには、イエスに頼るしかない。

21節。19-20節にあるようなことをしている者たちが神の国を相続することはありません。僕たちは信仰の恵みによって、義認された。信仰からは、愛の行いが出るはずです
(ヤコブ2:26)。

22節。どうか僕たちがイエスさまの恵みにより、御霊の実をならすことができますように。

No.3569 2007/12/07(Fri) 23:34:56
(No Subject) / 典子 引用

ガラテヤ4章 
印象に残った箇所 6,8(神々・・)、9(知られている)、16節(真理を語る)
ハガルとサラ 個人的にはハガルにかなりの思い入れがある。神のあわれみを受けたハガル親子のことがとても印象深く自分には刻まれているから。 しかし、ここでの使われ方は 「約束」ということだからやむを得ないだろう。

No.3564 2007/12/07(Fri) 08:41:23
民数記7章29節まで / 沙耶香 引用

今日は民数記7章29節までを読みます。

あーーおなかが痛い痛い痛い。

7節に
車4両と雄牛8頭をメラリ族に、祭司アロンの子イタマルの監督のもとにある彼らの奉仕に応じて与えた。
とあるが、この時代、今の車と違うだろうから・・・人力車のようなものだったのだろうか?どういうものだったのだろうか?

9節に
しかしケハテ族には何も与えなかった。彼らの聖なるものにかかわる奉仕は、肩に負わなければならないからである。
とあるが、肩に負わなければならないなんて大変だなーー。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書の13章22-26節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、26節の
イエスは答えられた。「それは私がパン切れを浸して与えるものです。」それからイエスはパン切れを浸し、取って、イスカリオテ・シモンの子ユダにお与えになった。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
裏切り者ユダ・・・

No.3560 2007/12/05(Wed) 19:15:53

再民数記7章29節まで / 沙耶香 引用

今日はもう一度、民数記7章29節までを読みます。

腹痛子だ。痛い痛い・・・子宮から下腹部から取り除けたい。頭も痛い。

23節に
和解のいけにえとして雄牛2頭、雄羊5頭、雄やぎ5頭、一歳の雄の子羊5頭。これがツアルの子ネタヌエルのささげ物であった。
とあるが、こんな風にいけにえの内容をたらたら重要書物の聖書に書かなくてもいいと思ってしまうのだが・・・

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書の13章27-31節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、31節の
ユダが出て行ったとき、イエスは言われた。「今こそ人の子は栄光を受けました。また、神は人の子によって栄光をお受けになりました。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
人の子=イエス様の栄光・・・

No.3561 2007/12/06(Thu) 12:42:31
民数記6章 / 沙耶香 引用

今日は民数記6章を読みます。

3節に
ぶどう酒や強い酒を断たなければならない。ぶどう酒の酢や強い酒の酢を飲んではならない。ぶどう汁をいっさい飲んではならない。ぶどうの実の生のものも干したものも食べてはならない。
とあるが、何でぶどうの実の生のものや干したものは食べてはならないのだろうか?ぶどう酒にお酢なんか入っているんだろうか?強いお酒にお酢が入っているなんて聞いたことないけれどなーー。

4節に
彼のナジル人としての聖別の期間には、ぶどうの木から生じるものはすべて、種も皮も食べてはならない。
とあるが、なぜ、そこまでぶどうから断絶しないといけないのか?ぶどうは汚れた食べ物なのだろうか?

5節に
彼がナジル人としての聖別の誓願を立てている間、頭にかみそりを当ててはならない。主のものとして身を聖別している期間が満ちるまで、彼は聖なる物であって、頭の髪の毛をのばしておかなければならない。
とあるが、髪の毛を伸ばすことは聖なるものからずれていると感じたのだが、脚注を見ると、長髪は神の祝福と聖別されていることのしるしと考えられていたとあるが、何でだろうか?一般的な考え方と違うけれど・・・

7節に
父、母、兄弟、姉妹が死んだ場合でも、彼らのため身を汚してはならない。その頭には神の聖別があるからである。
とありますが、前章か前々章で近親者が死んだ場合は別だと書いてなかったですかね?めくってみたが分からないが、どこかに、書いてあったと思うのだが、近親者の死体に触れてもいけないのだろうか?

12節に
ナジル人としての聖別の期間をあらためて主のものとして聖別する。そして一歳の雄の子羊を携えてきて、罪過のためのいけにえとする。それ以前の日数は、彼の聖別が汚されたので無効になる。
とあるが、これはどういう意味だろうか?脚注は読んでみたが、何だかよく分からない。それ以前の日数??うーん???

17節に
雄羊を和解のいけにえとして、1かごの種を入れないパンに添えて主にささげ、さらに祭司は穀物のささげ物と注ぎのささげ物をささげる。
とあるが、注ぎのささげ物って何だろうか?お酒のことだろうか?

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書の13章12-16節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、16節の
まことに、まことに、あなた方に告げます。しもべはその主人にまさらず、遣わされた者は、遣わしたものにまさるものではありません。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
私たちは主イエス様には勝っていないことは分かっているが、クリスチャンでも自分のことを誇っていたり、自分がいいことをし続けているから、祝福されていると豪語している人がいるのがとても残念だ。

No.3558 2007/12/04(Tue) 21:02:16

再民数記6章 / 沙耶香 引用

今日はもう一度民数記6章を読みます。

18節に
ナジル人は会見の天幕の入口で、聖別した頭をそり、その聖別した頭の髪の毛を取って、和解のいけにえの下にある火にくべる。
とあるが、火にくべるとは火の中に入れるということだろうか?

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書の13章17-21節を読みます。
天におられるお父様神様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、20節の
まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしの遣わす者を受け入れるものは、わたしを受け入れるのです。わたしを受け入れるものは、わたしを遣わした方を受け入れるのです。」
が気になるので、これをもう何度か読みます。
父なる神様子なる神様、この関係をすべて理解するのは難しい。

No.3559 2007/12/05(Wed) 10:13:21
民数記5章 / 沙耶香 引用

今日は民数記5章を読みます。

7節に
自分の犯した罪を告白しなければならない。そのものは罪過のために総額を弁償する。また、それにその5分の1を加えて、当の被害者に払わなければならない。
とあるが、罪はすべてお金に換算できるというものではないと思うのだが・・・

15節に
夫は妻を祭司のところに連れて行き、彼女のために大麦の粉10分の1エパをささげ物として携えて行きなさい。この上に油をそそいでも乳香を加えてもいけない。これはねたみのささげ物、とがを思い出す覚えの穀物のささげ物だからである。
とあるが、何で穀物はねたみのささげ物、とがを思い出すのだろうか?何か意味があるのだろうか?

17節に
祭司はきよい水を土の器に取り、幕屋の床にあるちりを取ってその水に入れる。
とあるが、脚注を読んだが、幕屋の床にあるちり=聖さの象徴・・・きよい水を器に入れて、きよいものをその水に入れる・・・何か意味があるんだろうか?きよめていると言いたいのだろうか?あ、18節を読んで分かりました。今までの文章の関連で、汚れた女を聖めるという意味かな?

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書の13章2-6節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、2節の
夕食の間のことであった。悪魔はすでにシモンの子イスカリオテ・ユダの心に、イエスを売ろうとする思いを入れていたが、
が気になるのでこれをもう何度か読みます。
ユダも迫害者だったのですね・・・

No.3555 2007/12/04(Tue) 04:44:53

再民数記5章 / 沙耶香 引用

今日はもう一度民数記5章を読みます。

13,14節に
男が彼女と寝て交わったが、そのことが彼女の夫の目に隠れており、彼女は身を汚したが、発見されず、それに対する証人もなく、またその場で彼女が捉えられもししなかった場合、
妻が身を汚していて、夫にねたみの心が起こって妻をねたむか、あるいは妻が身を汚していないのに、夫にねたみの心が起こって妻をねたむかする場合、
とあるが、13節に、姦淫を犯していて発見されなかった場合となっているのに、何で14節で妻が身を汚していないのに、夫にねたみの心が起こって妻をねたむ場合というのが出てくるのだろうか?脚注にも、姦淫罪のことを言っているとあるのに、身を汚していない場合というのが出てくるのが分からない・・・

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書の13章7-11節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、10,11節の
イエスは彼に言われた。「水浴したものは、足以外は洗う必要がありません。全身きよいのです。あなたがたはきよいのですが、みながそうではありません。」
イエスは御自分を裏切るものを知っておられた。それで、「みながきよいのではない。」と言われたのである。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
うん、イエス様は何でもご存知です。隠そうと思っても知られてしまいます。

No.3557 2007/12/04(Tue) 11:26:08
(No Subject) / 典子 引用

ガラテヤ3章
1節 言うときは言う。これはいま風に言えば、「このガラテヤ人のバカ者が!」という感じでしょうか。(「ああ、そんな言葉を吐いちゃいけないんだ」「バカだからバカって言うんだ」「わたしはバカなんでしょうか」「そうだ!バカ者だ!もっと利口になれ!」)
6−9節 イエス登場前の時代、アブラハムの示した信仰は やはり凡人の信仰でできるものではなかったと思う。愛するアブラハムを復習する。(創世記12章1節 主の言葉への従い!18章2節 理屈でなくひれ伏す彼の信仰に惹かれる。カナンの土地をこれまた従いの態度で買ったこともすごいことであった、神のご計画とは!という言葉にできない思いが湧く)
11節「義人は信仰によって生きる」ハバクク2:4、ロマ1:17、ヘブル10:38、それぞれ確認する。ヘブル書を見たついでに36節に目が留まる。
「あなたがたが神のみこころを行って、約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です。」 「忍耐」の漢字がとても「困難」そう、「大変」そうに感じるものなので、余計「重く」のしかかるように感じてしまいます。風のように忍耐していけますように。
14節 神の計画は ほかのどんな計画とも違う。どのように違うか。これだけが成る計画だ。(箴言19:21「人の心には多くの計画がある。しかし、主のはかりごとだけが成る」)
19節 律法の目的が明快に述べられている。「違反を示すため」
22節 パウロのこの論法、主より直接賜ったはたらきの命を パウロは存分に果たす方なのでした、と思う。
24、25節 古いものと新しいものとの対比ということで、ヘブル書を思い出す。(ヘブル8:13)
26節 このように明記してくださる神の書、神のことばに感謝します。さらに、
27節 「バプテスマを受けてキリストにつく者とされたあなたがたは皆、キリストをその身に着たのです。」キリストを着る。キリストを羽織る、キリストに包まれる。キリストがわたしを包む。キリストがわたしの衣。その状態であるなら、きっとキリストの香りを放つことができますね。そうであってほしい。そうなりたい。いつでも。
28節 ひとつ。一つ。
“for you are all one in Christ Jesus.”
29節 わたしはキリストのものである、と自覚することは 平安に結びつく。大好きな賛美歌354番は 「我らは主のもの 主に贖わる」と繰り返します。そのように「信じて」言える、告白できる、歌える、賛美できることはほんとうに幸いです。感謝します。

No.3554 2007/12/03(Mon) 23:17:27
民数記3章残り / 沙耶香 引用

今日は、民数記3章残りを読みます。

29節に
ケハテ諸氏族は、幕屋の南側に沿って宿営しなければならなかった。
とありますが、ケハテ諸氏族って一体何だろうか?12部族の中にもないし・・・でも幕屋の南側に沿って宿営する・・・27節によると、
アムラム族、イツハル族、ヘブロン族、ウジエル族がケハテ人の諸氏族であるらしいが、幕屋の南側に宿営するのだからかなり身分の高い人たちだったのだろうか?うーん??

33節に
マフリ族とムシ族はメラリに属し、これらがメラリの諸氏族であった。
とあるが、マフリ族、ムシ族、メラリ・・・一体何物だろうか?12部族ではないみたいだけれど・・・あ、脚注の図解の会見の天幕の北側に沿って宿営している。やっぱり重要な身分の人たちなのだろうか?

38節に
幕屋の正面、すなわち会見の天幕の前方に当たる東側に宿営するものは、モーセとアロンまたその子らで、イスラエル人の任務に代わって、聖所の任務を果たす者たちであった。ほかの人でこれに近づく者は殺される。
とありますが、近づいただけで殺されるというのはちょっと・・・

41節に
あなたは、わたしのために、わたし自身、主のために、イスラエル人のうちのすべての初子の代わりにレビ人を取り、またイスラエル人の家畜のうちのすべての初子の代わりに、レビ人の家畜を取りなさい。」
とありますが、何でこのような命令をされるのだろうか?脚注を見てみたが、よく分からない・・・なんでここでレビ人が出てくるのか?

45節に
「レビ人をイスラエル人のうちのすべての初子の代わりに、またレビ人の家畜を彼らの家畜の代わりに取れ。レビ人はわたしのものでなければならない。わたしは主である。
とあるが、何でここまでレビ人に執着するのか?

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日は、ヨハネの福音書12章24-28節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか、今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、25,26節の、
自分のいのちを愛するものはそれを失い、この世でそのいのちを憎むものはそれを保って永遠のいのちに至るのです。
わたしに仕えるというのなら、その人はわたしについて来なさい。わたしがいるところに、わたしに仕えるものもいるべきです。もしわたしに仕えるなら、父はその人に報いてくださいます。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
イエス様に仕えると、天の御父が報いてくださいます。

No.3532 2007/11/30(Fri) 20:15:21

再民数記3章残り / 沙耶香 引用

今日はもう一度民数記3章残りを読みます。

27節、29節のケハテ諸氏族って何だろうと思って、「ケハテ諸氏族」で検索したが、聖書の御言葉の箇所が出てくるばかりなので、辞書でケハテ諸氏族で引いてみたが出てこなかった。

33節の、マフリ族とムシ族とメラリって何だろう?と思って、全部を検索したがやはり御言葉の箇所しか出てこないし、メラリで辞書で引いても出てこなかった。12部族ではない、別の部族かな?

36,37節に
メラリ族に任じられた努めは、幕屋の板、その横木、その柱と台座、そのすべての用具およびそれに用いるすべてのもの、
庭の周りの柱とその台座、その釘とその紐についてである。
とあります。メラリ族が何だかあまり分からないが、努めの内容が決まっていたみたいですね・・・宿営する位置によって、する仕事の内容が決まっていたみたいですね。。。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書の12章29-33節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、31節の
今がこの世の裁きです。今、この世を支配するものは追い出されるのです。
が気になるので、この世で悪いことをして栄えている人たちたくさんいますね・・・

No.3536 2007/12/01(Sat) 10:38:23

Re: 民数記3章残り / 大垣 引用

ケハテ族についてはチェーン式の4章1節の脚注を読んでみてください。

38節のように会見の天幕の正面は東側です。

17節にあるように、ゲルション、ケハテ、メラリとはレビ族の中の氏族です。レビ族は1章49−53節、また3章39−51節にあるように、12部族の中でも特別に、主に仕える部族として聖別されました。

No.3544 2007/12/02(Sun) 09:02:12

Re: 民数記3章残り / 沙耶香 引用

>>17節にあるように、ゲルション、ケハテ、メラリとはレビ族の中の氏族です。レビ族は1章49−53節、また3章39−51節にあるように、12部族の中でも特別に、主に仕える部族として聖別されました。

レビ族は12部族の中に入っていないですよね?1章49-53節、3章39-51節、読み直しましたが、あまりよく分からないなー。

No.3547 2007/12/02(Sun) 18:32:44

Re: 民数記3章残り / 典子 引用

>レビ族は12部族の中に入っていないですよね?


はい。入っていません。わたしも前、12部族って・・・とカウントして確かめたことあります。なになにぃ?って。
民数記1章4節の脚注にわりとハッキリ書いてあります。1章の本文の5節(ルベンからは・・・)から15節までで12部族登場ですね。 それから、なんでレビ族だけ、すごく特別扱いなのか、という点では、1章47節の脚注がわかりやすいのではないかな。読んでみてくださいね。

No.3550 2007/12/02(Sun) 21:26:49

Re: 民数記3章残り / 沙耶香 引用

うん、脚注見ました。
民が金の子牛を配する罪を犯したときモーセの呼びかけに応じて彼に従った故に神の祝福を受けた部族。
とあります。

No.3553 2007/12/03(Mon) 21:52:09
民数記4章残り / 沙耶香 引用

今日は民数記4章残りを読みます。

31節と32節に
会見の天幕での彼らのすべての奉仕で、彼らがになう任務のあるものは次のとおりである。幕屋の板、その横木、その柱とその台座、
庭に回りの柱と、その台座、釘、ひも、これらの用具と、その奉仕に使うすべての物である。あなたがたは彼らがになう任務のある用具を名指して割り当てなければならない。
とありますが、メラリ諸氏族の奉仕ってかなりの重労働ですね・・・

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書の12章43-47節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると46節の、
わたしは光として世に来ました。わたしを信じる者が、だれもやみの中にとどまることのないためです。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
イエスの光の中にみなが包まれるといいですね・・・でもこの世を見ていると、みなサタンの支配下にいます。

No.3549 2007/12/02(Sun) 20:55:40

再民数記4章残り / 沙耶香 引用

今日はもう一度民数記4章残りを読みます。

38,39,40節に
ゲルション族で、その氏族ごとに、父祖の家ごとに登録され、
30歳以上50歳までの者で、会見の天幕での奉仕の努めにつくことのできるものの全員、
その氏族ごとに、父祖の家ごとに登録された者は、2千6百30人であった。
とありますが、こういう風にゲルション族、メラリ族、ケハテ族のことを詳しく述べて書き記してあまり意味がないのではないか?と思ってしまうのだが・・・

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書の12章48-50節、13章1節までを読みます。(2節も3節も途中なので、切れないので・・・)
天におられるお父様神様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、48節の
わたしを拒み、わたしの言うことを受け入れないものには、その人をさばくものがあります。わたしが話したことばが、終わりの日にその人をさばくのです。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
本当このことを重く受け止めておかないといけない。そのときは確実に迫っているんだから・・・

No.3552 2007/12/03(Mon) 11:33:59
(No Subject) / 典子 引用

ガラテヤ 2章
ハンドブック561ページのサブタイトルを見る。「律法によらず、恵みによって 福音の究極性」とあって、この書の大切さを思う。また、ロマ書やコリント書とともにこのガラテヤ書も信仰をいただいたばかりの頃、何故か福音書よりも先に選んで読んで 大変衝撃を受けていたことを思い出します。毎日揺さぶられていた感じでした。
1節 バルナバがパウロにとってどんなに大切な人だったかと思う。(使徒9:27を復習する)「慰めの子」という意というのがとても納得できる。パウロのことを思うと、わたしは師であったガマリエル(使徒5:38,39)とサウロからパウロへの時必要だったアナニヤ、そして先輩使徒たちにとりなしをしたバルナバの3人の「恩人」たちを思います。もちろん神さまが用意してくださった人々。
2節 「それは啓示によって」また、出ました!
4節「忍び込んだ」という表現が サタンのしわざに思わせる。英語では ‘had infiltrated’
ですね。目的である「奴隷に引き落とそうとして」がいやらしい。また この「奴隷に引き落とす」という表現をしたパウロの意図が強烈。
7節 ペテロとパウロの活躍の場、はたらきの種類がそれぞれ異なっていたというのは、ほんとうに興味深い。神さまのご計画の妙を思います。そのことは この後出てくる11節―14節のパウロのペテロ非難も全部含めて興味深いことだな、と思います。ハンドブック563ページの「ペテロの優柔不断・・」に始まるパラグラフも興味深く読みます。
16節 ここからは延々、第何章の枠を飛び越えて、ひたすら「律法じゃないんだ」ということを切々と説いている。16節はロマ書3章特に28節と同意。
20節 このみことばの印象深いこと! 「わたしはキリストとともに十字架につけられました。もはやわたしが生きているのではなく、キリストがわたしのうちに生きておられるのです。」「いまわたしが、この世に生きているのは、わたしを愛し、わたしのためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。」
 “ and I no longer live, but Christ lives in me.”
偶像崇拝が固く禁じられていることは 旧約聖書のしつこい記述に「もういい加減にわかりました」と言いたくなったものだが、 最も「たちの悪い」偶像とは、やはり「自分」なのだな、と思う。自分を崇めるなど、そんなことはしていない、と思ってはいても、知らず知らずのうちに、「自分かわいさ」「自分をいたわり」「自分特別視」「自分よいしょ」等々している罪に気づかされる。
21節にあるように、わたしもいただいた神の恵みを無にしないよう、しもべとして素直に喜んで受けて あなたがご用意してくださった道を歩んでいけるように、どうぞ弱いわたしを助けてください。

No.3551 2007/12/02(Sun) 22:37:58
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