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今日は民数記5章を読みます。
7節に 自分の犯した罪を告白しなければならない。そのものは罪過のために総額を弁償する。また、それにその5分の1を加えて、当の被害者に払わなければならない。 とあるが、罪はすべてお金に換算できるというものではないと思うのだが・・・
15節に 夫は妻を祭司のところに連れて行き、彼女のために大麦の粉10分の1エパをささげ物として携えて行きなさい。この上に油をそそいでも乳香を加えてもいけない。これはねたみのささげ物、とがを思い出す覚えの穀物のささげ物だからである。 とあるが、何で穀物はねたみのささげ物、とがを思い出すのだろうか?何か意味があるのだろうか?
17節に 祭司はきよい水を土の器に取り、幕屋の床にあるちりを取ってその水に入れる。 とあるが、脚注を読んだが、幕屋の床にあるちり=聖さの象徴・・・きよい水を器に入れて、きよいものをその水に入れる・・・何か意味があるんだろうか?きよめていると言いたいのだろうか?あ、18節を読んで分かりました。今までの文章の関連で、汚れた女を聖めるという意味かな?
・・・癒しに通じる読み方・・・ 今日はヨハネの福音書の13章2-6節を読みます。 天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・ 何度か読んでいると、2節の 夕食の間のことであった。悪魔はすでにシモンの子イスカリオテ・ユダの心に、イエスを売ろうとする思いを入れていたが、 が気になるのでこれをもう何度か読みます。 ユダも迫害者だったのですね・・・ |
No.3555 2007/12/04(Tue) 04:44:53
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今日はもう一度民数記5章を読みます。
13,14節に 男が彼女と寝て交わったが、そのことが彼女の夫の目に隠れており、彼女は身を汚したが、発見されず、それに対する証人もなく、またその場で彼女が捉えられもししなかった場合、 妻が身を汚していて、夫にねたみの心が起こって妻をねたむか、あるいは妻が身を汚していないのに、夫にねたみの心が起こって妻をねたむかする場合、 とあるが、13節に、姦淫を犯していて発見されなかった場合となっているのに、何で14節で妻が身を汚していないのに、夫にねたみの心が起こって妻をねたむ場合というのが出てくるのだろうか?脚注にも、姦淫罪のことを言っているとあるのに、身を汚していない場合というのが出てくるのが分からない・・・
・・・癒しに通じる読み方・・・ 今日はヨハネの福音書の13章7-11節を読みます。 天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・ 何度か読んでいると、10,11節の イエスは彼に言われた。「水浴したものは、足以外は洗う必要がありません。全身きよいのです。あなたがたはきよいのですが、みながそうではありません。」 イエスは御自分を裏切るものを知っておられた。それで、「みながきよいのではない。」と言われたのである。 が気になるので、これをもう何度か読みます。 うん、イエス様は何でもご存知です。隠そうと思っても知られてしまいます。 |
No.3557 2007/12/04(Tue) 11:26:08
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