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? / 典子 引用

また、ここでの通読へのレスについて、大垣さんのレスをチェックする人が誰かいるのですか? 大垣さんが認めて、信頼できて、さらに聖書のみことば、真理を分かち合うことのできる協力者やスタッフ(?)がいらっしゃるのですか?
先生の大変すばらしい回答と、従来どおりの様子のギャップは大いに疑問です。
フライイングしてると思います。
検討中であるなら、そのとおりの姿でいればよいのではないでしょうか? 沙耶香さんが通読しているなら、その間は疑問質問点はメールでされればよいでしょう。どうしてもここにアップして このようにしていることをここにこうして公開したい、という意図だけが浮き出て感じます。

No.3436 2007/11/22(Thu) 17:21:11

Re: ? / 大垣 引用

僕のレスのチェックについては、残念ながらお願いした人たちで受けてくれた方がいませんでした。公開の掲示板なので、僕の回答について、別の意見がある方は、自由に意見を書き込まれれば良いと思います。

No.3442 2007/11/23(Fri) 01:16:12

Re: ? / まこと 引用

横レス失礼します。

>公開の掲示板なので、僕の回答について、別の意見がある方は、自由に意見を書き込まれれば良いと思います。

聖書の一節を本当にきちんと理解しようとすると、リサーチにはかなりの時間がかかります。その一節に何週間も思いを寄せ、何十もの文献を読み、ようやく、すこしわかった、というレベルに達します。

何が言いたいかと言うと、現在ここでなされている聖書通読のペースにあわせた適切(的確)な解説は、「至難」である、ということです。

聖書「全体」を通したきちんとした知識。その知識を相手にわかるように解説する能力と、豊かにされた体験。それは、何週間か活動の「可能性」を検討することによって、何か魔法のように与えられるものではありません。

何年も、何十年もかけて、少しずつ培われてゆくものだと思います。

大垣さんが、過去にこの「至難の業」をやってのけようとし、それが出来ていないことを批判され、活動の内容の再検討を促された当初の状態と、今の状態の間に、何か違いがありますか?

何も違いの無いまま、過去と同じような活動を再開されるのであれば、それは・・・。

No.3444 2007/11/23(Fri) 01:42:03

Re: ? / 典子 引用

> 公開の掲示板なので、僕の回答について、別の意見がある方は、自由に意見を書き込まれれば良いと思います。

聖書を読んでいくこと、どう読むか、どう捉えるかということは 「意見」を持つことではないのです。聖書は真理のみことばなのであって、それに対して 意見を言い合っても虚しいことです。共に学ぶ、学び合い、仕え合い、という方針をどのように具体化していくべきか、真剣に工夫し、吟味されてよいのではないでしょうか。

No.3445 2007/11/23(Fri) 01:56:59

Re: ? / 大垣 引用

僕がここでしようとしていることは、聖書の解説ではなく、聖書通読をしていて質問のある沙耶香さんに不十分であっても祈りの中で自分なりに答えて書いているだけです。まことさんと典子さんが、聖書の質問を受けて答えたことがおありなら、基本的には、同じことだと考えます。それが個人の会話であったり、個人的なメールであったら、聖書全体を考えたときに、大いに問題がある答えであっても、そのままになる可能性があります。それよりも、公開して、問題があると思う人がいたら、自由に指摘を受けるほうが、質問する人にとっても、質問に答える人にとっても、ともに聖書を学んでいく上で、健全であるように考えます。また、ともに学ぶために答えるという考えから、答え方に問題があったときも、公開であるので、そのような指摘を受けて、改善していくことができると思います。

僕の希望としては、まことさんと典子さんに、回答の内容、回答の方法などについて、具体的で建設的な意見を書いていただければ、回答のどこが検討結果にそえていないかとう点について、もっと理解することができると思います。

No.3446 2007/11/23(Fri) 02:57:51

Re: ? / 典子 引用

検討中であることを ここであれやこれや 書き合って・・という姿はとてもおかしなことであると考えます。

>僕がここでしようとしていることは、聖書の解説ではなく、
実際は以前もいまも 解説していると思います。そういうやり方であるから、余計大垣さんを監督できる立場の人が必要であると思います。たまたまこの掲示板を通りすがりの人が見て、たまたま書き込み内容について 意見を述べられる人が、「おかしいな」と思っただけでなく、親切なこころで「こういうところは、このように読んだ方がより適切ではないでしょうか」などと助言してくれると良い・・・そういう不確かなものを期待してるように思われます。 

また、「検討中」のこの場を検討会議の場にすることは おかしなことだと考えます。

No.3460 2007/11/23(Fri) 07:14:24

Re: ? / 典子 引用

提案します。
今後どうしたらいいのか、公開で意見を求めるために、別窓で「検討意見交換掲示板」をお作りになるのはいかがでしょうか? 
大垣さんの監督者になる適任者がいないとわかると、イエスさまだけが先生であるから、などとおっしゃり出すので、それはもはや、やりたいと思ってることが よいと思うことでも、立ち行かなくなっている、ということではないでしょうか。 また、検討中であるならその期間は この場所はあくまで移行期間であることを明記して、名称を「沙耶香さんとともに読み進む通読コーナー」などとしてはいかがでしょう? 掲示板の名称に関しては 正式な協力者の方々に問わなければということですが、どうでしょうか?  

No.3461 2007/11/23(Fri) 09:11:33

Re: 活動の検討 / 大垣 引用

典子さん、具体的で建設的な提案をありがとうございます。

検討意見交換の目的で別の掲示板を造りました。これはCFIの掲示板ではなく、僕の個人的な活動の検討のための掲示板です。この書き込みの家のマークをクリックするか、

bbs.infoseek.co.jp/Board01?user=shunoeikou

のURLで掲示板に行くことができます。

CFIの活動の大きな変更については、正式な協力者の多数決で決めるというルールがあります。CFIの掲示板の名称変更などは、機会が与えられれば、他の協力者の方々と相談したいと思います。

No.3474 2007/11/23(Fri) 23:20:26

Re: ? / まこと 引用

>検討意見交換の目的で別の掲示板を造りました。

私は、時間の無駄だと思うので、行きません。

あしからず。<(_ _)>

No.3475 2007/11/24(Sat) 00:09:14

Re: ? / 大垣 引用

どうか、僕とまことさんが、人間に頼らず主に頼って、主に与えられた貴重な時間を無駄にせず、主にそれぞれが与えていただいたすべての知識、能力、経験、直感を、主に使っていたいて、主に与えられたそれぞれの仕事に励むことができますように。

No.3478 2007/11/24(Sat) 03:29:39

Re: ? / まこと 引用

大垣さん。

>どうか、僕とまことさんが、人間に頼らず主に頼って、主に与えられた貴重な時間を無駄にせず・・・

私が「時間の無駄」と書いたのは、大垣さんがそう仰ったからです。

私や典子さんは大垣さんの活動に、何らかの形で(私の場合は一貫して批判者としてですが)関わってきました。また、現実でも大垣さんと個人的な係わり合いを持っているのは、この掲示板では私と典子さんだけです。

その意味では、私たちは、協力者と名乗りつつ、定期的な掲示板のチェックもせず、実質的な協力が出来ない状況にあるような「名ばかりの関係者(協力者)」よりも、ずっと深く、また密接に大垣さんの活動と関わって来ました。それが「肯定的な協力」というカタチでなくともです。

そのような直接的な関係者からの意見を、「それは、いくら話しても時間のもう無駄になるだけ」と言い切ったのは、大垣さんです。

そのような突き放した対応を取られるのならば、私としても、関わるのは時間の無駄だと思いました。一抹の虚しさも感じます。

「ピアノ線」。思い出します・・・。

No.3481 2007/11/24(Sat) 12:52:23

Re: ? / 大垣 引用

まことさん、検討意見掲示板を設置した主な理由は、まことさんと典子さんから、現在検討しているいろいろな課題についての意見をいただくことを期待したからです。

しかし、長い期間をかけて祈って、祈りのなかで信頼する兄弟姉妹と相談して、僕なりに確信を得た部分については、定期的な掲示板のチェックや直感や経験のような人間的なものに基づいて意見を書いていただいても、僕としては対応に困るのです。もし、まことさんが、その部分について、僕がしたのと同じような期間をかけて祈り、信頼する兄弟姉妹と相談した上で、意見を書かれたら、僕も、もう一度検討してみようと思うかもしれません。でも、まことさんが、もしそのようなことをされたら、それは、ヨハネ21章21節で、ペテロが「主よ、この人はどうですか。」と聞いたのと、同じようなことになると思います。そういう意味で、その部分について意見を書いていただいても、お互いに時間の無駄だと思いました。

例えば、インターネットの活動ということについて、僕とほかの協力者2人で、CFI を立ち上げるときに、長い時間をかけて祈って検討しました。今は、いろいろな事情で、協力者としては、人間的に見れば、「名ばかり」かもしれません。でも、マルセリーノさんが、不思議なタイミングで退院されて書きこみをしてくださったように、今でも聖霊さまが僕たちの祈りに答えてくださっていると思います。

人間のすることはすべて不完全であると思います。聖書解釈が多くの祈りの結果であることを忘れて、その不完全さを侮っていたのが、僕にとっては今回の一番大きな反省点でした。この掲示板の活動が、不完全であっても、多くの祈りの結果としてあります。そのことを考慮していただけたら、ある部分については、意見を求めていない理由が理解していただけるかと思います。

No.3482 2007/11/24(Sat) 13:48:51

Re: ? / まこと 引用

大垣さん。

色々な考えがあるでしょうけれど、私としては「祈り」や「神の召し」の存在を、あまり他の人に対して言いたくありません。

祈りや神の召しというものは、私個人と神様との間でのことであり、それを理由に他の人を説得したり、自分の行いを説明したりは(必ずしも)できないことを認めるからです。

それはそうとして、

>もし、まことさんが、その部分について、僕がしたのと同
>じような期間をかけて祈り、信頼する兄弟姉妹と相談した
>上で、意見を書かれたら、僕も、もう一度検討してみよう
>と思うかもしれません。

これは大垣さんのご本心でしょうか。

掲示板での活動に一旦終止符を打ち、そして現実の教会での交わりへと心を傾け、そこで「子」として養われることに甘じ、信仰の友たちを愛する信仰生活へと導かれてゆくように、という祈り、そして願い、相談し続けている人たちがいたとしたら、その人たちの意見は、聞かれるのですか? 

その祈り、願い、検討、相談が、それこそ何年間も継続されたものであったとしたら、大垣さんは、その意見を聞かれると言うのですか?

そのような意見は、既に大垣さんに寄せられているのですよ?

その意見に対して、大垣さんはすでに「時間の無駄」と判を押してしまわれているのですよ?

そのことは認識するべきだと思います。

No.3484 2007/11/24(Sat) 14:33:42

Re: ? / 大垣 引用

まことさん、返信をどうもありがとうございます。

僕は、まことさんが、人間的な直感や経験や人間的な動機の純粋さや、何年も勉強すれば聖書解説をする能力ができる、というような人間的なものにより頼んで、たいして祈りもせずに、意見されたと思っていました。祈りの中の検討、相談と、それに基づく意見を伝えてくださったことを感謝します。「時間の無駄」と決めつけたことを撤回して謝罪したいと思います。どうかお赦しください。

僕が現実の教会の交わりに、もっと時間をいただき、神さまがそそいでくださった愛を、主の恵みによって、兄弟姉妹にそそぐことのできる祝福をいただく日が来ることを信じて、お祈りしてくださった方々のことを、神さまに感謝します。

ところで僕はNo.3482を書いたときに、もし、まことさんが、そういう風に祈りの中で相談して検討されて、それで、意見を言われたら、どうするべきか、と考えました。そのときに、僕には、まことさんの書かれた問いの発し方ということと、ヨハネ21章の「主よ、この人はどうですか。」ということが浮かびました。

たとえば、もし、ある人が、「自分は今、どうすべきですか」ということを祈りの中で兄弟姉妹と検討しある確信を得たとします。さらに、他の人が「あの人は今、どうすべきですか」ということを祈りの中で兄弟姉妹と検討し、別の確信を得て、矛盾が生じた場合を考えてみます。自分のことについては、誘惑が入ってきやすいということがあります。そのために、兄弟姉妹と相談するわけですが、自分と同じような考えを持っている人と相談することが多いという問題もあります。だから、誰に相談するか、ということが重要になると思います。しかし、僕は「自分は今、どうすべきですか」という問いの方が、「あの人は、今、どうすべきですか」という問いよりも、ずっと優れていると思います。また、自分のことについては、自分のほうが人よりもずっと情報量が多いということも考慮すべきだと思います。

どうか、神さまがまことさんを通して語られたことを、僕が謙虚にしっかり聞くことができますように。そして、今、僕がすべきことを、しっかりすることができますように。今の時点でもう一度検討しなおすべきことは、そうできますように。確信を持って、前に進んでいくべきなら、そうできますように。どうかお導きくださいませ。

No.3486 2007/11/24(Sat) 23:21:53
レビ25章28節まで / 沙耶香 引用

今日は、レビ25章28節までを読みます。

4節に
7年目は、地の全き安息、すなわち主の安息となる。あなたの畑に種を蒔いたり、ぶどう畑の枝をおろしたりしてはならない。
とあるが、なぜ7年目は主の安息となるのだろうか?と思って、チェーン式の脚注を見ると、「貧しい者への配慮と、地を耕す者が主を求める好機となる年。」と書いてあるが、何でだろうか?

6,7節に
地を安息させるならあなたがたの食糧のためになる。すなわち、あなたと、あなたの男奴隷と女奴隷、あなたの雇い人と、あなたのところに在留している居留者のため、
また、あなたの家畜とあなたの地にいる獣とのため、その地の収穫はみな食物となる。
はどういう意味だろうか?安息日のことをいっているのだろうか?うーん??何だかよく分からない・・・

10節に
あなたがたは第50年目を聖別し、国中のすべての住民に解放を宣言する。これはあなたがたのヨベルの年である。あなたがたはそれぞれ自分の所有地に帰り、それぞれ自分の家族のもとに帰らなければならない。
とあるが、チェーン式の脚注も見たが、では、2年間は奴隷状態は解放されるのか?2年間は女奴隷も男奴隷もいなくなるのか?

12節に
これはヨベルの年であって、あなたがたには聖である。あなたがたは畑の収穫物を食べなければならない。
とあるが、何でわざわざ畑の収穫物を食べなければならないと書くのだろうか?だって畑の収穫物を食べるのは普通でしょ?ヨベルの年だから、畑の収穫物を食べなければならないということではないのではないの?

16節に
年数が多ければ、それに応じて、あなたはその買い根を増し、年数が少なければ、それに応じて、その買値を減らさなければならない。彼があなたに売るのは収穫の回数だからである。
とあるが、収穫の回数が多いか少ないかが、収穫量と比例するのだろうか?比例するのだったら、この法則で成り立つが、比例しないのであれば、この法則は成り立たないと思うのだが・・・

17節の
あなたがたは互いに害を与えてはならない。あなたの神を恐れなさい。わたしはあなたがたの神、主である。
が印象に残りました。

20,21,22節に
あなたがたが、「もし、種をまかず、また収穫も集めないのなら、私たちは7年目に何を食べればよいのか。」と言うなら、
わたしは、6年目に、あなたがたのため、わたしの祝福を命じ、3年間のための収穫を生じさせる。
あなたがたが8年目に種をまくときにも、古い収穫をなお食べていよう。9年目まで、その収穫があるまで、なお古いものを食べることができる。
とあるが、これらはどういう意味だろうか?何が言いたいのだろうか?

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書の11章1-5節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、4節の
イエスはこれを聞いて、言われた。「この病気は死で終わるだけのものではなく、神の栄光のためのものです。神の子がそれによって栄光を受ける為です。」
が気になるので、これをもう何度か読みます。
病気になるのも病気が癒されるのもすべてイエス様のなせる業です。

No.3432 2007/11/22(Thu) 12:50:14

Re: レビ25章28節まで / 大垣 引用

4節、なぜ主がこういう定めを与えられたのかは、僕には全く分かりません。

5−7節は、安息の年に畑で落ち穂から生えたものを一挙に刈り入れて倉庫に入れたりせず、毎日畑に出ていって、畑に生えているものを持ち主も奴隷も家畜も飼っていない獣も食べる、ということだと思います。

10節は、ヨベルの年に土地も奴隷も解放されます。脚注にあるように、ヨベルの年の前の年も、7年ごとの安息の年にあたります。

12節は、5−7節にあるように、畑で落ち穂から生えたものを一挙に刈り入れて倉庫に入れたりせず、毎日畑に出ていって、畑に生えているものを食べるように、ということだと思います。

16節、土地を売買する時点では、将来の収穫量が実際にどのように変動するかは人間には分からないので、将来の各年に平均的に期待できる収穫量を用いて、買い値を決めるように、ということだと思います。

20−21節は、7年目の安息に、畑の落ち穂から生えたものは、1年の食糧として、十分でない、という心配に対しての答えです。主は6年目に3年間分の食糧があるほどの収穫を生じさせてくださいます。それで、6年目の終わりからその収穫を食べ始め、7年目に、一年間分の食糧を食べ、8年目の最初に種を蒔くときから、9年目の収穫があるときまでも、6年目の収穫を食べることができる、ということです。

No.3434 2007/11/22(Thu) 14:59:13

再レビ25章28節まで / 沙耶香 引用

今日はもう一度レビ25章28節までを読みます。

>>10節は、ヨベルの年に土地も奴隷も解放されます。脚注にあるように、ヨベルの年の前の年も、7年ごとの安息の年にあたります。

えっ??脚注には、ヨベルの年の前の年も7年後との安息の年にあたるなんて書いていないけれど・・・何だか余計に意味が分からなくなってきました。

>>20−21節は、7年目の安息に、畑の落ち穂から生えたものは、1年の食糧として、十分でない、という心配に対しての答えです。主は6年目に3年間分の食糧があるほどの収穫を生じさせてくださいます。それで、6年目の終わりからその収穫を食べ始め、7年目に、一年間分の食糧を食べ、8年目の最初に種を蒔くときから、9年目の収穫があるときまでも、6年目の収穫を食べることができる、ということです。

うーん??今一意味不明だが、とにかく食糧を満たしてくれるということが言いたいのかな?

4節に
7年目は、地の全き休みの安息、すなわち主の安息となる。あなたの畑に種を蒔いたり、ぶどう畑の枝をおろしたりしてはならない。
とあるが、じゃ7年目は農耕は禁止ということだろうか?毎日が安息日ということだろうか?

あ、だからその答えが21,22節の
わたしは、6年目に、あなたがたのため、わたしの祝福を命じ、3年間のための収穫を生じさせる。
あなたがたが8年目に種をまくときにも、古い収穫をなお食べていよう。9年目まで、その収穫があるまで、なお古いものを食べることができる。
ということなのかな?うーん??でもあまりよくこの部分の内容は分からないけれど・・・

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書の11章6-10節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、9,10節の
イエスは答えられた。「昼間は12時間あるでしょう。だれでも、昼間歩けば、つまずくことはありません。この世の光を見ているからです。
しかし、夜歩けばつまずきます。光がその人のうちにないからです。」
が気になるので、これをもう何度か読みます。
イエス様の光を夜も放っていたいですね・・・

No.3440 2007/11/22(Thu) 21:07:31

Re: レビ25章28節まで / 大垣 引用

10節、脚注よりも、まず神のみことばである聖書の本文を中心に考えてみると良いだろうと思います。本文から7年ごとに安息の年で、49年目は7回目の安息の年になります。50年目がヨベルの年です。こう考えてから、脚注を読んでみてください。

20−21節は、沙耶香さんの思われたとおり、種をまいたりしないでも、安息の年には主が食糧をくださるということが大切なところです。

安息の年は、毎日が安息日と似ていますが、違いもあると思います。出エジプト20章8−12節の安息日の定めと、安息の年の定めを比べてみてください。

No.3443 2007/11/23(Fri) 01:23:04

Re: レビ25章28節まで / 沙耶香 引用

>>出エジプト20章8−12節

読みました。比べても違いはよく分からない・・・

No.3471 2007/11/23(Fri) 12:04:43

Re: レビ25章28節まで / 大垣 引用

出エジプト20章10節に「どんな仕事もしてはならない。」とあります。レビ25章に説明のある、安息の年は、どのような仕事をしてはいけないと書いてあると思いますか?

No.3477 2007/11/24(Sat) 03:00:44

Re: レビ25章28節まで / 沙耶香 引用

うん、レビ25章の4,5節に
畑に種を蒔いたり、ぶどう畑の枝をおろしてはならない。
あなたの越ち穂から生えたものを刈りいれてはならない。あなたが手入れをしなかったぶどうの木のぶどうも集めてはならない。
とあります。
どのような仕事もしてはならないんだったら、そんな注意書きは必要ないと思うので・・・そうですね・・・安息日と安息の年は微妙に違うのですね・・・

No.3480 2007/11/24(Sat) 11:43:56
レビ10章 / 沙耶香 引用

今日はレビ10章を読みます。

1節に
さて、アロンの子ナダブとアビフは、おのおの自分の火皿を取り、その中に火をいれ、その上に香を盛り、主が彼らに命じなかった異なった火を主の前にささげた。
とありますが、火皿って前も出てきたが一体なんだったろう?と思って、聖書検索すると、前にも出ていて、そのときに管理人さまが
火皿は皿の一種で、いけにえを焼くための火に使われたということ以外は、僕は分かりません。
という風にご説明くださっています。昔の道具は、今の私たちがすべてわかるというのは無理なことなので・・・

次の2節の
すると、主の前から火が出て、彼らを焼き尽くし、彼らは主の前で死んだ。
を読んでびっくりしました。やはり主に逆らったら、あとで返ってきますね・・・

5節に
彼らは進み出て、モーセが言ったように、彼らの長服をつかんで彼らを宿営の外に運び出した。
とあるが、長服ってあの図解のHPの下まである、服のことだったですよね?あれ?それは装束??うーん???

6節に
次に、モーセは、アロンとその子エルアザルとイタマルに言った。「あなたがたは髪の毛を乱してはならない。また着物を引き裂いてはならない。あなたがたが死なない為、また怒りが全会衆にくだらないためである。しかし、あなたがたの身内のもの、すなわちイスラエルの全会衆が、主によって焼かれたことを泣き悲しまなければならない。
とあるが、イスラエルの全会衆が焼かれたこととは、一体何だろうか?やっぱり文章構成がなかなか読み取れない為、何だかよく分からないですね・・・
1,2節の主に逆らったので、主の前で死んだことを言っているのかな?どうなんだろうか?

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書の7章3−7節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、6節の
そこでイエスは彼らに言われた。「わたしの時はまだ来ていません。しかし、あなたがたの時はいつでも来ているのです。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
イエス様はこのときというものを大事にされます。

No.3323 2007/11/03(Sat) 12:23:58

再レビ10章 / 沙耶香 引用

今日は、もう一度、レビ10章を読みます。

明日は礼拝日ですね・・・楽しみです。

3節の
それで、モーセはアロンに言った。「主が仰せになったことは、こういうことだ。「わたしに近づくものによって、わたしは自分の聖を現し、すべての民の前でわたしは自分の栄光を現す。」」それゆえ、アロンは黙っていた。
が印象に残りました。

あーお腹が痛い。

7節に
またあなたがたは会見の天幕の入口から外へ出てはならない。あなたがたが死なない為である。あなた方の上には主のそそぎの油があるからだ。」それで、彼らはモーセのことばどおりにした。
とあるが、じゃ、何で会見の天幕の入口から外へ出たら死ぬのだろうか?

17,18節の
「どうして、あなたがたは聖なる所でその罪のためのいけにえを食べなかったのですか。それは最も聖なるものなのだ。それは、会衆の咎を除き、主の前で彼らのために購いをする為に、あなたがたに賜ったのだ。
その血は、聖所の中に携えいれられなかったではないか。あなたがたは、私が命じたように、それを聖所で食べなければならなかったのだ。」
が印象に残りました。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日は、ヨハネの福音書の7章8−12節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、12節の
そして群集の間には、イエスについて、いろいろとひそひそ話がされていた。「よい人だ。」という者もあり、「違う。群集を惑わしているのだ。」という者もいた。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
うん、真実とは最初はそういう風に疑われるものですよね。

No.3324 2007/11/03(Sat) 21:39:48

Re: レビ10章 / 大垣 引用

チェーン式のレビ記の最初にある梗概を見てください。11−15章は、「汚れに関する律法」となっています。この汚れとは、何か、ということ自体、僕にはよく分かりません。罪にある人間が、さらに罪を犯したり、生命と血に関わることに触れたりすると、汚れるようです。汚れたまま、神の御前に出ると、その人は死んでしまうようです。

1.どういうことをしたら汚れるか、2.汚れから聖められるには何が必要か、という2つのことに注意して、11−15章を読んでみてください。

僕は、この汚れというのは、イエスさまの恵みということを理解するのに、とても重要だと思って読んでいます。僕たちは、イエスさまの恵みで罪を赦されて、義とされました。また、イエスさまの恵みで、汚れから聖められて、いつも神の御前に出ることができます。だから罪ということと、汚れということをよく理解すると、恵みがより深く理解できるようになっていくと考えています。

5節の長服は、出エジプト28章40−42節に説明があり、脚注にあるように、2−29節の大祭司の装束に比べるととても簡素です。模型のサイトには、大祭司の装束もありますが、、祭司の長服は白いです。

6節は、確かに読み取りが難しいです。「主によって焼かれたこと」とは、沙耶香さんが書かれたように、ナダブとアビフが主に逆らって死んだことです。そのことを、アロンと、彼らの弟のエルアザルとイタマルは、着物を引き裂いて悲しんだりしてはいけない。そのように近親者である彼らが悲しむと、主に対する反抗の心を持ってしまうからだと思います。これに対し、イスラエルの全家族は、罪によってあわれにナダブとアビフが主の御怒りを受けたことを、泣き悲しむほうが良い。主に反抗する心ではなく、主が近親者を失ったアロンたちをあわれむので、主とともにという心で、悲しむと良い。そういう風に僕は感じます。6節の脚注も読んでください。

7節は脚注に説明があります。

No.3453 2007/11/23(Fri) 04:58:56

Re: レビ10章 / 沙耶香 引用

>>6節は、確かに読み取りが難しいです。「主によって焼かれたこと」とは、沙耶香さんが書かれたように、ナダブとアビフが主に逆らって死んだことです。そのことを、アロンと、彼らの弟のエルアザルとイタマルは、着物を引き裂いて悲しんだりしてはいけない。そのように近親者である彼らが悲しむと、主に対する反抗の心を持ってしまうからだと思います。これに対し、イスラエルの全家族は、罪によってあわれにナダブとアビフが主の御怒りを受けたことを、泣き悲しむほうが良い。主に反抗する心ではなく、主が近親者を失ったアロンたちをあわれむので、主とともにという心で、悲しむと良い。そういう風に僕は感じます。6節の脚注も読んでください。

脚注も読みましたが、うーん、何だかややこしくて、よく分からない。

No.3472 2007/11/23(Fri) 17:34:17
レビ記4章残り / 沙耶香 引用

今日はレビ記4章残りを読みます。

神様イエス様どうか読解力理解力のない私にもイエス様の言葉、聖書の御言葉を私にわかるように、私が理解して吸収できるようにしてください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・

21節に
彼はその雄牛を宿営の外に運び出し、最初の雄牛を焼いたように、それも焼きなさい。これは集会の罪のためのいけにえである。
とありますが、集会とは何の集会だろうか?集会の罪って何の罪だろうか?

うーん、この前、管理人様が牧師に聞いてくれと言っていたものを牧師にメールで聞いたのだが、返信かえってこない。うーん、お忙しいんだ。

公衆電話は、利用の少ないところから段々と閉鎖して行っているらしい。このまま携帯電話が普及すればするほど、公衆電話の利用が減るので、必然的に採算が取れなくなって、また閉鎖される。携帯電話を持っていない人にとっては、本当に困る話だ。
一ヶ月980円で使える携帯という歌い文句でネットで出ていたので、開いてみると、使わない場合、待ち受け専用の場合だそうだ。一ヶ月1280円携帯というのもあって、何かと思ったら、家族全員や知り合いもその会社の物を利用した場合に通話料がかからないので、そうなるというもので、大体その会社は最近参入してきた業者なんだから、家族や知人が持っていない。
いろいろ考えるなー――。業者は儲かるように儲かるように、あの手この手で必死だ。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書6章4−8節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいたが、一つに絞れなかったので、全体をもう何度か読みます。
全体は5節もあるので、ちょっと書き込むのを遠慮させていただきますがご了承ください。
うん、あまり何も語られなかったですね・・・まだまだ不勉強な私をお許しください。

No.3295 2007/10/27(Sat) 11:40:37

再レビ記4章残り / 沙耶香 引用

今日はもう一度、レビ記4章残りを読みます。

段々と冷えてきます。

22,23,24節に
上に立つものが罪を犯し、その神、主がするなと命じたすべてのうち一つでもあやまって行い、罪に定められた場合、
または、彼が犯した罪が自分に知らされたなら、彼はささげものとして、傷のない雄やぎを連れて来て、
そのやぎの頭の上に手を置き、全焼のいけにえをほふる場所で、主の前にそれをほふりなさい。これは罪のためのいけにえである。
とあるが、人より上に立つものが罪を犯した場合、こういう風にいろいろと主の前にしないといけなかったんだ。やはり人より上に立つものはそれだけのことをしてもらわないといけないですよね。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書6章9−13節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、13節の
彼らは集めてみた。すると、大麦のパン5つから出てきたパン切れを、人々が食べた上、なお余ったもので12のかごがいっぱいになった。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
うん、イエス様は必要に応じて食糧やいろんなものを満たされます。

No.3296 2007/10/27(Sat) 21:05:00

Re: レビ記4章残り / 大垣 引用

21節の「集会」は13節の「全会衆」と同じで、イスラエルの民全体だと思いますが、13節の脚注にあるように、13節の全会衆は、イスラエルの代表者たちの会議をさす、という説があるそうです。

No.3449 2007/11/23(Fri) 03:26:43

Re: レビ記4章残り / 沙耶香 引用

うん、13節の脚注読みました。いろいろ出てくると、余計にわけがわからなくなっていきますね・・・

No.3470 2007/11/23(Fri) 11:50:46
レビ7章残り+レビ8章8節まで / 沙耶香 引用

今日はレビ7章残り+レビ8章8節までを読みます。

30節に
そのものは、主への火によるささげ物を、自分で持って来なければならない。すなわち彼は、その脂肪を胸に添えて持って来なければならない。そしてその胸を奉献物として主に向かって揺り動かしなさい。
とありますが、胸というのは彼の胸ということだろうか?その胸を奉献物として主に向かって揺り動かす???うーん、何だかあまりよく意味が分からないが・・・

34節に
それは、わたしが、奉献物の胸と奉納物のももをイスラエル人から、その和解のいけにえのうちから取って、それを祭司アロンとその子らに、イスラエル人から受け取る永遠の分け前として与えたからである。」
とあるが、永遠の分け前ってなんだったっけ?と思って、聖書検索してみると、出エジプト29・28にあるが、そのころの掲示板に戻ってみたら、質問しているが、返答がないみたいだ。「永遠の分け前」で検索しても検討違い名物が出てくるので、「永遠の分け前 聖書 意味」と入れたら、その聖書の箇所が出てくるだけで・・・うーん、前に何かで聞いたような気がするが??いや、あれは「ゆずりの地」のことだったかな?うーん??混乱してきた・・・

36節に
それは、彼らが油注がれた日から永遠のおきてとして、代々イスラエルの人から取って彼らに与えるよう、主が命じられたものである。
とありますが、永遠のおきてとは何だろうか?だから一体、永遠の分け前、おきてとは一体何だろうか?「永遠のおきて」で検索しても見当違いだ。

あーー何だかいろいろ分からなくて調べているとかなり疲れてきた。

37節に
これは、全焼のいけにえ、穀物のささげ物、罪のためのいけにえ、罪過のためのいけにえ、任職と和解のいけにえについてのおしえである。
とあるが、任職ってなんだったかな?と思って、聖書検索したら、出エジプト29章に出ていて、立ち返ると「任職とは、職に任命すること」とご説明くださっています。

7節に
そして、モーセはアロンに長服を着せ、飾り帯を締めさせ、その上に青服をまとわせ、さらにその上にエポデを着けさせた。すなわち、エポデを帯で締め、あや織りのエポデをその上に着けさせた。
とありますが、エポデはあの図解のHPで見ましたね・・・

本当は8章全部を読むつもりだったのだが、何だか何もかも分からないので、頭が混乱してついていけないので、いやになって続けられなくなったらいけないので、ここで区切ります。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書の6章44−48節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、47,48節の、
まことに、まことに、あなたがたに告げます。信じる者は永遠のいのちを持ちます。
わたしはいのちのパンです。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
永遠の命は一番の贈り物ですよね。

No.3317 2007/10/31(Wed) 12:07:08

再レビ7章残り+レビ8章8節まで / 沙耶香 引用

今日はもう一度、レビ7章残り+レビ8章8節までを読みます。

8節に
次に、モーセは彼に胸当てを着けさせ、その胸当てにウリムとトンミムを入れた。
とありますが、ウリムとトンミムは「光」と「完全」を意味するらしいが、何だか面白くて印象に残りました。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書の6章49−53節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると51節の、
わたしは、天から下ってきた生けるパンです。だれでもこのパンを食べるなら、永遠に生きます。またわたしが与えようとするパンは、世の命のための、わたしの肉です。」
が気になるので、これをもう何度か読みます。
永遠に生きることができるいのちのパン・・・一番大切なパン・・・

No.3318 2007/10/31(Wed) 20:36:53

Re: レビ7章残り+レビ8章8節まで / 大垣 引用

7章30節の「胸」はいけにえの動物の胸の肉のことだと思います。「揺り動かす」については、レビ23章11節のところに書きました。

34節の永遠の分け前は、イスラエルの11部族が、約束の土地を分割して永遠の分り当て地として受けるのに対し、祭司たちは土地ではなく、いけにえの肉の一部などを永遠の分け前として受け取る、ということです。

36節の永遠のおきては、律法の定めをさすと思います。

No.3450 2007/11/23(Fri) 04:38:09

Re: レビ7章残り+レビ8章8節まで / 沙耶香 引用

>>7章30節の「胸」はいけにえの動物の胸の肉のことだと思います。「揺り動かす」については、レビ23章11節のところに書きました。

揺り動かす=ささげ物をまず神に帰し、それからそれが神から祭司に与えられること

>>34節の永遠の分け前は、イスラエルの11部族が、約束の土地を分割して永遠の分り当て地として受けるのに対し、祭司たちは土地ではなく、いけにえの肉の一部などを永遠の分け前として受け取る、ということです。

うーん??永遠の分け前でも2種類あるのか・・・分かりづらい。

No.3469 2007/11/23(Fri) 11:43:58
レビ8章残り / 沙耶香 引用

今日はレビ8章残りを読みます。

9節に
また、彼の頭にかぶり物をかぶらせ、さらにその被り物の前面に、金の札すなわち聖別の記章をつけさせた。主がモーセに命じられたとおりである。
とあるが、金の札すなわち聖別の記章とは一体何だろうか?

10節に
ついで、モーセはそそぎの油を取って、幕屋とその中にあるすべてのものに油をそそいだ。こうしてこれらを聖別した。
とありますが、私は油そそぎするというのは、本当に油をそそぐのではなく、そういう風に言っているだけだと思っていたのだが、例えば牧師のことを神様が油そそぎした人だとか言いますが、じゃ、あれは本当に油注ぎしているのだろうか?うーん???

11節に
さらにそれを祭壇の上に7たびふりかけ、祭壇とその用具全部、また洗盤とその台に油をそそいで、これらを聖別した。
とあるが、洗盤て何だったっけ?と思っていたら思い出した。あの図解のHPのお皿のようなものですよね。

27節に
それから、彼は、その全部をアロンの手のひらとその子らの手のひらに載せ、奉献物として主に向かって揺り動かした。
とあります。また主に向かって揺り動かしたが出てきました。

36節に
こうしてアロンとその子らは、主がモーセを通して命じられたことを残らず行った。
とありますが、素晴らしいですね・・・アロンとその子らは本当に素晴らしいですよね。主が命じられたことを残らず行ったのだから・・・

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書の6章54−58節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、56節の、
わたしの肉を食べ、わたしの血を飲むものは、わたしのうちにとどまり、わたしも彼のうちにとどまります。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
やはりイエスに通じる永遠を知らないと・・・

No.3319 2007/11/01(Thu) 11:59:56

再レビ8章残り / 沙耶香 引用

今日はもう一度レビ8章残りを読みます。

18節に
次に、彼は全焼のいけにえの雄羊を連れ出した。アロンとその子らはその雄羊の頭の上に手を置いた。
とあります。そして22節に
次に、彼はもう一頭の雄羊、すなわち任職の雄羊を連れ出した。アロンとその子らはその雄羊の頭の上に手を置いた。
とあります。雄羊の頭の上に手を置くことは重要なことなのかな?

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書の6章59−63節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、63節の
いのちの与えるのは御霊です。肉は何の益ももたらしません。わたしがあなたがたに話した言葉は、霊でありまたいのちです。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
御霊・・・

No.3320 2007/11/01(Thu) 20:36:38

Re: レビ8章残り / 大垣 引用

9節の聖別の記章とは、すぐ上に「金の札すなわち」とあるので、金の札であることが分かります。「金の札」の右肩に数字があり、横の注を使って、出エジプト28章に説明のある純金の札のことを確認してください。36−37節の脚注も読んでおいてください。

10節、昔のイスラエルでは油を実際に注いだのに対し、現在の教会で「油そそぎした」という場合は、比喩的な表現であることがほとんどだと思います。

18節の手を置くことの重要性については、出エジプト29章10節の脚注を読んでみてください。脚注に按手とあるのは手を置くことです。

No.3451 2007/11/23(Fri) 04:43:32

Re: レビ8章残り / 沙耶香 引用

>>9節の聖別の記章とは、すぐ上に「金の札すなわち」とあるので、金の札であることが分かります。「金の札」の右肩に数字があり、横の注を使って、出エジプト28章に説明のある純金の札のことを確認してください。36−37節の脚注も読んでおいてください。

脚注の説明読みましたが、何だかよく分からないものですね。

>>18節の手を置くことの重要性については、出エジプト29章10節の脚注を読んでみてください。脚注に按手とあるのは手を置くことです。

動物に罪を移行させるという意味みたいだ。

No.3468 2007/11/23(Fri) 11:37:25
レビ11章24節まで / 沙耶香 引用

今日はレビ11章24節までを読みます。

3節に、
動物のうちで、ひづめが分かれ、そのひづめが完全に割れているもの、また、反芻するものはすべて、食べてもよい。
とありますが、ひづめって何だろうか?反芻するものってなんだろうか?と思ったが、前にも見たことあると思って、「反芻」で聖書検索したが、今までに出てこなかったようになっている??「反芻する」で聖書検索しても同じだ。
反芻するでは辞書で出ないので、反芻でひくと、「牛などが、一度のみこんだ食物を胃から再び口中に戻してかむこと。」となっていた。
ひづめも辞書で引くと、「中・大形の草食哺乳類の脚先にある靴状の硬い爪」となっていた。つめの一種なんだ。

24節に
次のことによっても、あなたがたは汚れたものとなる。すなわち、これらのものの死体に触れるものはみな、夕方まで汚れる。
とあるが、何で汚れるのは夕方までなのだろうか?

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日は、ヨハネの福音書の7章13−17節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、16節の
そこでイエスは彼らに答えて言われた。「わたしの教えは、わたしのものではなく、わたしを遣わした方のものです。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
父なる神様と子なる神様の関係・・・難しいですね・・・

No.3325 2007/11/04(Sun) 07:57:57

再レビ11章24節まで / 沙耶香 引用

今日はもう一度レビ11章24節までを読みます。

前にもここは何かの関連箇所で読んでいますね・・・だから、反芻とか聞いたことがあると思っていたんだ・・・豚肉は食べてはならないものとされているのを不思議に思って牧師に聞いてみたことがありました。

13,14,15,16,17,18,19節に
また、鳥のうちで次のものを忌むべきものとしなければならない。これらは忌むべきもので、食べてはならない。すなわち、はげわし、はげたか、黒はげたか、
とび、はやぶさの類、
烏の類全部
だちょう、よたか、かもめ、たかの類、
ふくろう、う、みみずく、
白ふくろう、ペリカン、野がん、
こうのとり、さぎの類、やつがしら、こうもりなどである。
とあるが、これらのものを食べてはならないと言っても、こんなものを食べる人がいるのだろうか?

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日は、ヨハネの福音書の7章18−22節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、18節の
自分から語るものは、自分の栄光を求めます。しかし自分を遣わした方の栄光を求めるものは真実であり、その人には不正がありません。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
自分の栄光じゃなくて主に栄光を帰さないと・・・

No.3326 2007/11/04(Sun) 22:13:11

Re: レビ11章24節まで / 大垣 引用

13,14,15,16,17,18,19節ですが、これらのものを、人間が決して食べないなら、このような定めは与えられなかったと思います。特に食糧難のときなど、人間はいろいろ思わぬものまで食べます。

24節、なぜこの場合は汚れるのが夕方までなのか、僕には全く理解できません。重要だと思うのは、このように時間が経過するだけできよめられるような汚れと、いけにえを捧げないときよめられない汚れなど、汚れにも程度の違いがあるようである、ということです。

No.3454 2007/11/23(Fri) 05:04:28

Re: レビ11章24節まで / 沙耶香 引用

>>13,14,15,16,17,18,19節ですが、これらのものを、人間が決して食べないなら、このような定めは与えられなかったと思います。特に食糧難のときなど、人間はいろいろ思わぬものまで食べます。

うーん、食糧難のときは人間は生きていくために、食糧になるものは何でも食べていたのでしょうね・・・

No.3467 2007/11/23(Fri) 10:50:43
レビ11章残り / 沙耶香 引用

今日は、レビ11章残りを読みます。

痛い痛い。痛い痛い。

29,30節に
地に群生するもののうち、次のものはあなたがたにとって汚れている。すなわち、もぐら、とびねずみ、大とかげの類、
やもり、わに、とかげ、すなとかげ、カメレオンである。
とあり、
続く31,32節に、
すべて群生するもののうちで、これらはあなたがたには、汚れたものである。これらのものが死んだとき、それに触れるものは皆、夕方まで汚れる。
また、それらのうちのあるものが死んだとき、何かの上に落ちたなら、それがどんなものでも、みな汚れる。木の器、あるいは衣服、あるいは皮、あるいは袋など、仕事のために作られた器はみな、水の中に入れなければならない。それは夕方まで汚れているが、そうして後きよくなる。
とあるが、私の家の窓に時々とかげがいるし、たまに家の中に入ってきていることがあるが、つぶしたこともあるのだが・・・

39節に
あなたがたが食用として飼っている動物の一つが死んだとき、その死体に触れる者は夕方まで汚れる。
続く40節に
その死体のいくらかでも食べるものは、その衣服を洗わなければならない。その人は夕方まで汚れる。また、その死体を運ぶものも、その衣服を洗わなければならない。その人は夕方まで汚れる。
とありますが、食用で飼っている場合死なせて食べるんだから、事故死したって病死したってどれでも死体には変わりはないと思うんだけれど・・・

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書、7章23−27節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、24節の、
うわべによって人をさばかないで、正しいさばきをしなさい。」
が気になるので、これをもう何度か読みます。
うん、人のうわべばかりを見ていてはいけない。

No.3327 2007/11/05(Mon) 09:43:37

再レビ11章残り / 沙耶香 引用

今日はもう一度レビ11章残りを読みます。

27節に、
また、4つ足で歩き回るすべての生き物のうちで、足の裏のふくらみで歩くものはみな、あなたがたには、汚れたものである。その死体に触れるものはみな、夕方まで汚れる。
とあるが、足の裏のふくらみで歩くものとは一体どういう意味だろうか?4つ足で歩くものはみなそうなのではないか?

32節に
また、それらのうちのあるものが死んだとき、何かの上に落ちたなら、それがどんなものでも、みな汚れる。木の器、あるいは衣服、あるいは皮、あるいは袋など、仕事のために作られた器はみな、水の中に入れなければならない。それは夕方まで汚れているが、そうして後きよくなる。
とあるが、これは水の中に入れていると、後きよくなると言いたいのだろうか?

37節に
また、もしそれらのどの死体が、蒔こうとしている種の上に落ちても、それはきよい。
とあるが、大体今までの流れで死体に触れたら汚れるとなっているのに、この、「蒔こうとしている種の上」だけは落ちてもきよいの???不思議だ。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書の7章28−32節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、29節の
わたしはその方を知っています。なぜなら、わたしはその方から出たのであり、その方がわたしを遣わしたからです。」
が気になるので、これをもう何度か読みます。
父なる神様と子なる神様・・・難しい・・・

No.3328 2007/11/05(Mon) 20:21:43

Re: レビ11章残り / 大垣 引用

27節は脚注を読んでみてください。猫などの足の裏がふくらんでいるのに対し、羊はひづめになっているので、足の裏はふくらんでいないようです。

32節、この汚れの場合は、時間の経過だけではきよめられず、水の中にいれておいて、時間が経過するときよめられます。

37節、脚注がありますが、読んでも、僕は不思議な感じがン残ります。

39−40節。脚注にあるように、食用としている家畜が病死、事故死したときと、食用のために殺したときで違うのは、CENSORED方法が定められているからだと思います。血を食べてはいけない(創世記9:4)ので、食用のときに動物をCENSOREDとき、絞めCENSOREDはいけない(使徒15:20)、血を注ぎださないといけいけない(レビ17:13)ということがあったようです。

No.3456 2007/11/23(Fri) 05:38:40

Re: レビ11章残り / 沙耶香 引用

>>27節は脚注を読んでみてください。猫などの足の裏がふくらんでいるのに対し、羊はひづめになっているので、足の裏はふくらんでいないようです。

うーん、ひづめになっているとどうして足の裏はふくらんでいないの?

>>39−40節。脚注にあるように、食用としている家畜が病死、事故死したときと、食用のために殺したときで違うのは、CENSORED方法が定められているからだと思います。血を食べてはいけない(創世記9:4)ので、食用のときに動物をCENSOREDとき、絞めCENSOREDはいけない(使徒15:20)、血を注ぎださないといけいけない(レビ17:13)ということがあったようです。

でも事故死しても病死しても、後で血を注ぎ出したらいいじゃないですか。食用のときも先に血を注ぎだしてからCENSOREDわけじゃないでしょ?殺さないと血を注ぎ出せないでしょ?
何だかいろいろ考えていると混乱してきました。

No.3466 2007/11/23(Fri) 10:45:31
レビ12章 / 沙耶香 引用

今日はレビ12章を読みます。

2節に
「イスラエル人に告げて言え。
女が身重になり、男の子を産んだときは、その女は7日の間汚れる。その女は月のさわりの不浄の期間のように、汚れる。
とあるが、これは、男の子を産んだ後の7日間が汚れていると言っているのだろうか?

あ、続く3節に、
―8日目には、その子の包皮の肉に割礼をしなければならない。―
とありますので、多分私の考えであっているのでしょう・・・

5節に、
もし、女の子を産めば、月のさわりの時と同じく、2週間汚れる。その女はさらに66日間、血のきよめのために、こもらなければならない。
とあるが、男の子を産んだら汚れるのは1週間でこもるのも、33日間なのに、何で女の子を産めば倍になるんだろうか?

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書の7章33-37節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、37節の
さて、祭りの終わりの大いなる日に、イエスは立って、大声で言われた。「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
わたしのもとに来て飲みなさい・・・イエス様らしいですね・・・

No.3331 2007/11/06(Tue) 09:51:24

再レビ12章 / 沙耶香 引用

今日はもう一度、レビ12章を読みます。

6節に
彼女のきよめの期間が満ちたなら、それが息子の場合であっても、娘の場合であっても、その女は全焼のいけにえとして一歳の子羊を一頭と、罪のためのいけにえとして家鳩のひなか、山鳩を一羽、会見の天幕の入口にいる祭司のところに持って来なければならない。
とあるが、羊は食べれると聞いたことがあるが、鳩なんか食べれるのだろうか?

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書の7章38-42節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、38節の
わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、いける水の川が流れ出るようになる。」
が気になるので、これをもう何度か読みます。
心の奥底から生ける水の川が流れ出るようになる・・・素晴らしいですね・・・

No.3332 2007/11/06(Tue) 21:57:58

Re: レビ12章 / 大垣 引用

5節、男の子を産んだ場合と女の子を産んだ場合の違いについて、なぜ違うのか、僕には全く理解できません。脚注にひとつの解釈が載っていますが、これらの規定は神が定められた、という視点が感じられず、僕は不満に思いました。

6節、はとを食べることはできると思いますが、ここでは食べるためではなく、いけにえとして捧げる、ということです。また、ルカ2章21−24節で、イエスのご両親がレビ12章の定めを守られたこと、羊を買う余裕がないほど貧しかったので、8節に従われたこと、を確認しておいてください。

No.3457 2007/11/23(Fri) 05:55:04

Re: レビ12章 / 沙耶香 引用

ルカ2章21−24節・・・うん、読みました。うん、何だかよくは分からないけれど、イエス様のご両親は貧しかったのですね・・・
今の人は働いていてお金があるのに、自分の使いたいものに使って、貧しい貧しいといっている人が多い。贅沢貧乏ですね・・・

No.3465 2007/11/23(Fri) 10:29:12
レビ13章残り / 沙耶香 引用

今日はレビ13章残りを読みます。

30節に
祭司はその患部を調べる。もしそれが皮膚よりも深く見え、そこに細い黄色の毛があるなら、祭司は彼を汚れていると宣言する。これはかいせんで、頭またはひげのらい病である。
とありますが、「かいせん」とは痒くなる病気だと思っていたのだが・・・
今、「かいせん」で検索してもやはり痒くなる病気みたいだ。それが頭またはひげのらい病だなんてちょっと・・・
レビ13章2節の脚注にはらい病は皮膚病、カビ等をさしているとあるが、じゃ昔はかいせんとらい病は一緒に考えられていたのだろうか?

33節に
その人は毛をそり落とす。ただし、そのかいせんをそり落としてはならない。祭司はそのかいせんの人を、さらに7日間隔離する。
とあるが、毛をそり落とすことはできるが、そのかいせんをそり落としてはならないと言わなくても、かいせんなんてそり落とせないのではないのだろうか?

38、39節に
男あるいは女で、そのからだの皮膚に光る斑点、すなわち白い光る斑点があるとき、
祭司はこれを調べる。もしそのからだの皮膚に光る斑点が、淡い白色であるなら、これは皮膚に出て来た湿疹である。そのものはきよい。
とあるが、前のほうの節の24,25節に
あるいは、人のからだの皮膚にやけどがあって、そのやけどの生肉が赤みがかった白色、または白色の光る斑点であれば、
祭司はこれを調べる。もし光る斑点の上の毛が白く変わり、それが皮膚よりも深く見えるなら、これはやけどに出てきたらい病である。祭司はこの者を汚れていると宣言する。それはらい病の患部である。
とあります。うーん??これだったら白色の光る斑点の場合、湿疹からい病か分からないではないですか?

45,46節に
患部のあるらい病人は、自分の衣服を引き裂き、その髪の毛を乱し、その口ひげを覆って、「汚れている、けがれている。」と叫ばなければならない。
その患部が彼にある間中、彼は汚れている。彼は汚れているので、ひとりで住み、その住まいは宿営の外でなければならない。
とありますが、らい病は皮膚病なのでしょ?だったら、隔離したりこのようなことまでしなければならないというのは、ちょっと理解しがたいが・・・・

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書の8章1-5節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んだが、一つに絞れなかったので、全体をもう何度か読みます。
姦淫はイエス様の嫌われることですので、なるべくなら犯さないほうがいいけれど、いろいろ想像してしまうことはあります。神様イエス様お許しください。

No.3343 2007/11/08(Thu) 12:42:15

再レビ13章残り / 沙耶香 引用

今日はもう一度レビ13章残りを読みます。

もーねずみが一日中うるさくて、かたかたかたかたとかがじがじがじがじとかもー一日中天井裏から壁側からからんからんいったりしています。ねずみ退治によい方法はないですかね?

47,48,49節の
衣服にらい病の患部が生じたときは、羊毛の衣服でも、亜麻布の衣服でも、
亜麻または羊毛の織物でも、編物でも、皮でも、また皮で作ったどんなものでも、
患部が緑がかっていたり、赤みを帯びたりしているなら、衣服でも、皮でも織物でも、編物でも、またどのような皮製品でも、それはらい病の患部である。それを祭司に見せる。
が印象に残りました。衣服のらい病に対してもいろいろ示唆されていたんですね・・・

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書の8章6-10節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、6節の、
彼らはイエスをためしてこう言ったのである。それは、イエスを告発する理由を得るためであった。しかし、イエスは身をかがめて、指で地面に書いておられた。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
イエスを陥れようとしていたのですね・・・

No.3345 2007/11/08(Thu) 20:17:29

Re: レビ13章残り / 大垣 引用

30節、「13章28節まで」のところに書いたように、「らい病」と訳されているへブル語は、現代のハンセン病とは違うと思います。

33節は、患部の皮膚をそり落としてはいけない、ということかと思います。

24−25節はやけどのある場合、38−39節はやけどのない場合、と分けて考えると良いと思います。

No.3458 2007/11/23(Fri) 06:06:07

Re: レビ13章残り / 沙耶香 引用

>>33節は、患部の皮膚をそり落としてはいけない、ということかと思います。

何でだろうか?かいせんの患部なんて汚い部分だからそり落としたほうがいいではないか?そり落としていたら広がるのだろうか?

No.3464 2007/11/23(Fri) 10:16:12
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