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レビ23章22節まで / 沙耶香 引用

今日はレビ23章22節までを読みます。

6節に
この月の15日は、主の、種を入れないパンの祭りである。7日間、あなたがたは種を入れないパンを食べなければならない。
とあるが、うちの教会は女性伝道師がいなくなってから、種ありパンで聖餐式を行っている。

11節に
祭司は、あなたがたが受け入れられるために、その束を主に向かって揺り動かす。祭司は安息日の翌日、それを揺り動かさなければならない。
とありますが、主に向かって揺り動かすって何だったっけ?と思って、聖書検索すると、出エジプト29の24に出ているみたいだから、そのころの掲示板を開いても聞いていない。でも前に管理人様に聞いて、脚注に載っていると説明を受けたと思うんだけれど・・・あれはどこだったんだろうか?29の26の部分にも戻ってみたが、載っていない。レビ14・12のところに戻ったが載っていない。うーん、揺り動かすだったのかな?と「揺り動かす」で入れても同じことだった。「主に向かって揺り動かす」って何だったですかね?

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書10章11-15節を読みます。
天におられるお父様神様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・・
何度か読んでいると、11,14節が気になるので、これをもう何度か読みます。
よい牧者のイエス様は羊のために十字架にかかられ命を投げ出してくださいました。

No.3404 2007/11/19(Mon) 11:10:27

再レビ23章22節まで / 沙耶香 引用

今日はもう一度レビ23章22節までを読みます。

3節に
6日間は仕事をしてもよい。しかし7日目は全き休みの安息、聖なる会合の日である。あなたがたは、いっさいの仕事をしてはならない。この日はあなたがたがどこに住んでいても主の安息日である。
とあり、8節に
7日間、火によるささげ物を主にささげる。7日目は聖なる会合である。あなたがたは、どんな労働の仕事もしてはならない。」
とあります。こういうものから日曜日は主に礼拝するということになったのだろうか?

22節の
あなたがたの土地の収穫を刈りいれるとき、あなたは刈るときに、畑の隅まで刈ってはならない。あなたは収穫の落穂も集めてはならない。貧しいものと在留異国人のために、それらを残しておかなければならない。わたしはあなたがたの神、主である。」が印象に残りました。さすが神様ですよね・・・

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書の10章16-20節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、18節の
だれも、わたしからいのちを取ったものはいません。わたしが自分からいのちを捨てるのです。わたしには、それを捨てる権威があり、それをもう一度得る権威があります。わたしはこの命令をわたしの父から受けたのです。」
が気になるのでこれをもう何度か読みます。
イエス様は人の命も自由自在に操れるのですね・・・イエス様に従わないと大変だ。

No.3407 2007/11/19(Mon) 20:31:54

Re: レビ23章22節まで / 大垣 引用

3節の安息日は、イスラエルでは週の終わりの土曜日です。正確には今の金曜日の日没から土曜日の日没までになります。日曜日に礼拝するようになったのは、主イエスが十字架にかかられた後、日曜日に復活されたからだと思います。

11節の「揺り動かす」については、出エジプト記29章の22−27節のチェーン式の脚注に説明があります。この場合、チェーン式では、調べようとしている24節を含む22−27節の脚注に説明があります。また、調べようとしている節のちょっと前の節や後の節の脚注に説明が見つかる場合もあります。

No.3410 2007/11/20(Tue) 13:31:20

Re: レビ23章22節まで / 沙耶香 引用

>>11節の「揺り動かす」については、出エジプト記29章の22−27節のチェーン式の脚注に説明があります。この場合、チェーン式では、調べようとしている24節を含む22−27節の脚注に説明があります。また、調べようとしている節のちょっと前の節や後の節の脚注に説明が見つかる場合もあります。

いつも、脚注に説明がある場合、説明するものを太字で書いてあるので、太字がなかったので、説明がないと思ってしまいました。うん、22-27に出ていますね・・・
揺り動かすとは、ささげ物をまず神に帰し、それからそれが神から祭司に与えられることを示すとあります。

No.3413 2007/11/20(Tue) 17:59:40
レビ19章 / 沙耶香 引用

今日はレビ19章を読みます。

4節に
あなたがたは偶像に心を移してはならない。また自分たちのために鋳物の神々を造ってはならない。わたしはあなたがたの神、主である。
とあるが、「偶像」というのはうちの牧師は人間が作った、神様以外のもの、例えば人間もそうだと言っていたが・・・脚注には、無、空虚、存在しないもの、の意。となっているが・・・

12節の
あなたがたは、わたしの名によって、偽って誓ってはならない。あなたの神の御名を汚してはならない。わたしは主である。
が印象に残りました。

15節に
不正な裁判をしてはならない。弱いものにおもねり、また強いものにへつらってはならない。あなたの隣人を正しく裁かなければならない。
とありますが、牧師も強い伝道師にへつらって弱い私を一緒に裁いたことがありました。あとで間違いに気づき謝ってくれたが・・・

23節に
あなたがたが、かの地にはいって、どんな果樹でも植えるとき、その実はまだ割礼のないものとみなされなければならない。3年の間、それはあなたがたにとって割礼のないものとなる。食べてはならない。
とあるが、割礼は男性の生殖器の包皮を切り取ることでしょ?果樹に当てはまるの?

27節に
あなたがたの頭のびんの毛をそり落としてはならない。ひげの両端をそこなってはならない。
とありますが、びんの毛って何だろうか?脚注には剃髪は異教徒に見られるとあるが、肝心のびんの毛の説明がなされていない。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書の9章11-15節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、15節の、
こういうわけでもう一度、パリサイ人も彼に、どのようにしてみてるようになったかを尋ねた。彼は言った。「あの方が私の目に泥を塗ってくださって、私が洗いました。私はいま見えるのです。」
が気になるので、これをもう何度か読みます。
唯一の癒し主イエス様・・・イエス様イエス様イエス様・・

No.3382 2007/11/15(Thu) 12:16:22

再レビ19章 / 沙耶香 引用

今日はもう一度レビ19章を読みます。

2節の
「イスラエル人の全会衆に告げて言え。
あなたがたの神、主であるわたしが聖であるから、あなた方も聖なる者とならなければならない。
が印象に残りました。

25節にも
5年目には、あなたがたはその実を食べることができる。それはあなたがたの収穫を増す為である。わたしはあなたがたの神、主である。
とあるが、何で語尾にいつも「わたしはあなたがたの神、主である。」とつけるのだろうか?

31節に
あなたがたは霊媒や口寄せに心を移してはならない。彼らを求めて、彼らに汚されてはならない。わたしはあなた方の神、主である。
とあるが、脚注から総合して考えると、この世のまやかしに騙されてはならない。詐欺に騙されてはならないという意味なのだろうか?

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書の9章16-20節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、16節の
すると、パリサイ人の中のある人々が、「その人は神から出たのではない。安息日を守らないからだ。」といった。しかし、ほかの者は言った。「罪人であるものに、どうしてこのようなしるしを行うことができよう。」そして、彼らの間に、分裂が起こった。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
いろいろなことを言う人はたくさんいます。人の言うことに一つ一つ耳を傾けていたら、動けなくなります。神様の言うことにだけ、耳を傾けるようにできると一番いいです。

No.3384 2007/11/16(Fri) 08:03:28

Re: レビ19章 / 大垣 引用

4節の脚注は「偶像崇拝」の、神ではない空虚なものを崇拝するという面を強調していて、沙耶香さんの牧師は、偶像そのものが何か、ということを解釈して説明されたと思います。

23節で、果樹が割礼のないものということは、果樹が霊的に汚れている、ということを表現していると思います。これは、イスラエルの男児に割礼して神の民のひとりであるという、しるしとすることから、その霊的意味を果樹にもあてはめた表現だと思います。

25節などで語尾にいつも「わたしはあなたがたの神、主である。」とつけるのは、命令を与えておられるのが、イスラエルの神、主であることを民が知ることが、とても重要だったからだと思います。

27節のびんの毛とは、顔の横のところの毛だと思います。

31節の霊媒は死者の霊などを呼び出す者、口寄せは、神以外の霊によって、いろいろなことを話す者だと思います。

No.3387 2007/11/16(Fri) 12:44:45

Re: レビ19章 / 沙耶香 引用

>>23節で、果樹が割礼のないものということは、果樹が霊的に汚れている、ということを表現していると思います。これは、イスラエルの男児に割礼して神の民のひとりであるという、しるしとすることから、その霊的意味を果樹にもあてはめた表現だと思います。

じゃ果樹というのは霊的に汚れているの?ここで言っているかの地とはイスラエルのことかな?

>>31節の霊媒は死者の霊などを呼び出す者、口寄せは、神以外の霊によって、いろいろなことを話す者だと思います。

今この世でも、そういう人たくさん出てきています。超能力者とか言われています。ほとんどが騙しか詐欺だと思います。

No.3389 2007/11/16(Fri) 17:42:26

Re: レビ19章 / 大垣 引用

23節の「かの地」とはイスラエルの民に約束されたカナンの地のことです。イスラエルの民がカナンの地に入ってから3年の間は、民にとって、霊的に汚れたものとなるということが書いてあります。おそらく、当時のカナンの住民の偶像崇拝と関連した汚れだと思います。果樹そのものが霊的に汚れているわけではありません。ローマ14章14節を読んでみてください。

No.3393 2007/11/17(Sat) 09:56:48

Re: レビ19章 / 沙耶香 引用

ローマ14章14節・・・
うん、読みました。それ自体で汚れているものは何一つないと書かれていますが、でも果樹が汚れているということが記されているということは、それ自体で汚れていなくても、汚れているということですよね?うーん???もう何が何だか分からない・・混乱してきました。・・

No.3399 2007/11/18(Sun) 08:08:39
レビ20章 / 沙耶香 引用

今日はレビ20章を読みます。

2,3節に
「あなたはイスラエル人に言わなければならない。イスラエル人、またはイスラエルにいる在留異国人のうちで、自分の子供をモレクに与えるものは、だれでも必ず殺されなければならない。この国の人々は彼を石で打ち殺さなければならない。
わたしはその者からわたしの顔をそむけ、彼をその民の間から断つ。彼がモレクに子供を与え、そのためわたしの聖所を汚し、わたしの聖なる名を汚すからである。
とありますが、自分の子供をモレクに与えるものは悪いけれど、イスラエルの人々が彼を石で撃ち殺さなければならないというのはちょっとおかしいのでは・・・?

15節に
人がもし、動物と寝れば、その者は必ず殺されなければならない。あなたがたはその動物も殺されなければならない。
とあるが、幾ら罪の手段となったものとはいえ、動物までCENSOREDしまうことはないだろうと思うのだが・・・

22節の
あなたがたが、わたしのすべてのおきてと、すべての定めとを守り、これを行うなら、わたしがあなた方を住まわせようと導きいれるその地は、あなた方を吐き出さない。
が印象に残りました。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書の9章21-25節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、25節の
彼は答えた。「あの方が罪人かどうか、私は知りません。ただ一つのことだけ知っています。私は盲目であったのに、今は見えるということです。」
が気になるのでこれをもう何度か読みます。
私もイエス様を崇拝しているので、このようになることを信じて期待して感謝します。

No.3385 2007/11/16(Fri) 09:40:41

Re: レビ20章 / 大垣 引用

沙耶香さんは、旧約聖書が神のみことばであるとは確信を持っておられないということでしたね。それでも、所属しておられる教会の教えどおり、旧約聖書が神のみことばだとしたら、どうしても何かおかしいことがあるだろうか、という考えで、聖書を読んでみられたらどうかな、と思います。もうひとつの読み方としては、旧約聖書は神のみことばでないかもしれない、と思いながら、自分の感覚や考えとあわないところがあるかどうか、考えながら読むという方法です。そういう方法をとると、旧約聖書はおかしなところばかりのように感じられて、混乱していく可能性が高いと思います。

2,3節では神は人をCENSOREDように命じておられるし、15節では、動物もCENSOREDように命じておられる。自分の感覚や考えなら、どうもおかしいように感じるのは当然だと思います。そうではなくて、旧約聖書は神のみことばだとしたら、どうしてもおかしいだろうか、と考えてみてください。もし、人も動物も造られて僕たちよりも愛されておられる神が人や動物をCENSOREDように命じられたなら、この世の命よりももっと大切なものを守るため、という理由が考えられると思うのですが、どうでしょうか。人や動物のこの世の命よりも、大切なものとは、どういうものがあると思いますか?

No.3386 2007/11/16(Fri) 12:18:52

再レビ20章 / 沙耶香 引用

今日はもう一度レビ20章を読みます。

>>沙耶香さんは、旧約聖書が神のみことばであるとは確信を持っておられないということでしたね。

うーん??私、旧約聖書が神の御言葉であるとは確信を持っていないって言いました?そんなこと言った覚えないんだけれど・・・でも、何だか旧約は、ちょっとおかしいと思うようなことが多いかもしれないですね・・・

>>人や動物のこの世の命よりも、大切なものとは、どういうものがあると思いますか?

神様しか浮かばないが・・・

8節の
あなたがたは、わたしのおきてを守るなら、それを行うであろう。わたしはあなたがたを聖なる者とする主である。
が印象に残りました。

20節に
人がもし、自分のおばと寝るなら、おじをはずかしめることになる。彼らはその罪を負わなければならない。彼らは子を残さずに死ななければならない。
とあるが、罪を負うのは分かるが、子を残さずに死ななければならないといっても、もうその時点で子供がいたら、子供も殺さないといけないということだろうか?

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書の9章の26-30節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、30節の
彼は答えていった。「これは、驚きました。あなたがたは、あの方がどこからこられたのか、ご存じないという。しかし、あの方は私の目をおあけになったのです。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
目を開けられる力のあるイエス様・・・素晴らしいです・・・

No.3391 2007/11/16(Fri) 20:58:06

Re: レビ20章 / 大垣 引用

>何だか旧約は、ちょっとおかしいと思うようなことが多いかもしれないですね・・・

旧約聖書も新約聖書も神のみことばと信じるならが、「ちょっとおかしい」と思うときは、自分の考えや感覚が間違っているのだということが分かると思います。

人の永遠のいのちは、人や動物のこの世のいのちよりも、大切だと思いますが、どう思われますか?もし、人の永遠のいのちがそのように大切なら、永遠のいのちを危うくするような場合には、人や動物をこの世でCENSOREDという律法の規定があるのだろうと考えますが、どうでしょうか?

20節。親の罪のために子をCENSOREDはいけないという律法の定めがあったと思います。そうすると、もし、「子を残さずに」とあるのは、子供もCENSOREDということではないと思います。

No.3392 2007/11/17(Sat) 09:51:34

Re: レビ20章 / 沙耶香 引用

>>旧約聖書も新約聖書も神のみことばと信じるならが、「ちょっとおかしい」と思うときは、自分の考えや感覚が間違っているのだということが分かると思います。

うーん、おかしいというより、何だかおとぎ話のような感じがすると言ったことがあるように思います。

>>人の永遠のいのちは、人や動物のこの世のいのちよりも、大切だと思いますが、どう思われますか?もし、人の永遠のいのちがそのように大切なら、永遠のいのちを危うくするような場合には、人や動物をこの世でCENSOREDという律法の規定があるのだろうと考えますが、どうでしょうか?

うん、人間の永遠のいのちは、神様が与えてくださる大いなる恵だから大切です。うん、そうですね・・・

No.3398 2007/11/18(Sun) 07:15:08
レビ15章 / 沙耶香 引用

今日は、レビ15章を読みます。

9節に
また、漏出をやむものが乗った鞍はみな汚れる。
とありますが、鞍とは馬に着けるものだったですよね?と思い念のために「鞍」で検索すると、やはりそうみたいだ。

12節に
また、漏出を病むものがさわった土の器はこわされなければならない。木の器はみな、水で洗われなければならない。
とありますが、性的病気を患っている場合に手で触ったものなんか関係あるんだろうか?

18節に
男が女と寝て交わるなら、ふたりは共に水を浴びる。彼らは夕方まで汚れる。
とあるが、夜交われば、翌夕方まで汚れるのだろうか?じゃ毎日営んでいたら、毎日汚れているということになりますね??

19節に
女に漏出があって、その漏出物がからだからの血であるならば、彼女は7日間、月のさわりの状態になる。だれでも彼女に触れる者は、夕方まで汚れる。
とありますが、女性の生理は病気ではないのに、やっぱり汚れているということになるのかな?

23節に
その女の床であっても、座ったものであっても、それに触ったものは夕方まで汚れる。
とあるが、女性の生理は病気ではなく、女性の体に不可欠な現象なのに、この言われよう・・・

25節に
もし女に、月のさわりの間ではないのに、長い日数にわたって血の漏出がある場合、あるいは月のさわりの間が過ぎても漏出がある場合、その汚れた漏出のある間中、彼女は、月のさわりの間と同じく汚れる。
とありますが、それじゃー不正出血の出ることが多い私は汚れている期間が多いの?

29節に
8日目には、その女は山鳩2羽か家鳩のひな2羽を取り、それを会見の天幕の入口の祭司のところに持って来なければならない。
とあるが、何だか女性ばかり・・・と女性の私は考えてしまうが・・・

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書の8章31-35節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると32節と34節の
そして、あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。」
イエスは彼らに答えられた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。罪を行っている者はみな、罪の奴隷です。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
人間みな罪人だが、イエスの真理に近づいていくと罪から解放されます。

No.3356 2007/11/11(Sun) 06:19:21

Re: レビ15章 / 大垣 引用

12、19節など、「汚れる」というのは、純粋に宗教的な意味であって、医学上の病原菌こととは関係ないだろうと僕は思います。また、汚れる原因は、必ずしも、何か特定の罪を犯したとか、病気になった、いうわけではありません。

18節。沙耶香さんの解釈どおりだと思います。1サムエル記21章1−6節が参考になるかもしれません。特に4−5節に注意してください。

25節。キリスト者は、キリストの十字架と血によって自分の罪が赦され、汚れがすべてきよめられていると信じて、大胆に神さまに近づいていくことが大切です。たとえばへブル書10章19−23節です。

No.3358 2007/11/11(Sun) 06:31:58

再レビ15章 / 沙耶香 引用

今日はもう一度、レビ15章を読みます。

>>18節。沙耶香さんの解釈どおりだと思います。1サムエル記21章1−6節が参考になるかもしれません。特に4−5節に注意してください。

うーん、聖書では夫婦間の性交渉は認めているにもかかわらず、汚れると言っている??うーん??なんとも理解しがたい。
1サムエル記21章1-6節・・・
うん、読みました。では、異性を遠ざけて結婚しないほうがいいのだろうか?

へブル書10章19−23節・・・
うーん??あまりよく意味がわからないけれど、信仰によって神に近づけるということかな?

7節に
また、漏出を病む人の隠しどころに触るものも、自分の衣服を洗い、水を浴びなければならない。その者は夕方まで汚れる。
とあるが、だったら病んでいるんだから病院の先生はどうなるのかな?と思っていたら、チェーン式の聖書の脚注に、専門医でさえも汚れるとあるが、でも病院の先生は、患者だから仕方がないのに、汚れるの?うーん???なんとも不可解!!

20節に
また、その女の月のさわりのときに使った寝床はすべて汚れる。また、その女のすわった物もみな汚れる。
とありますが、生理のときに使った寝床と普段の寝床を変える人なんているのかな?生理のときもいろんなものに座っているのだから、じゃ家の中のものはみな汚れているということになります。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書の8章36-40節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、37節の
わたしは、あなたがたがアブラハムの子孫であることを知っています。しかしあなたがたはわたしを殺そうとしています。わたしのことばが、あなたがたのうちにはいっていないからです。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
神様の御言葉が入って浸透させないといけないですね・・・

No.3359 2007/11/11(Sun) 20:26:22

Re: レビ15章 / 大垣 引用

神の御前に出ることができないという宗教的な意味で汚れるということは、どういうことなのか、理解がとても難しいことだと思います。

僕たちキリスト者は罪を犯さないようにすることが大切ですが、罪を犯すこと以外では、モーセの律法の意味で汚れないようにするように、と神さまがキリスト者に言われているのでは、ないように思います。このことで、特に結婚については、1コリント7章を読んでみてください。

No.3360 2007/11/11(Sun) 21:06:52

Re: レビ15章 / 沙耶香 引用

1コリント7章・・・
18,19節に
召されたとき割礼を受けていたのなら、その跡をなくしてはいけません。また、召されたとき割礼を受けていなかったのなら、割礼を受けてはいけません。
割礼は取るに足らぬこと、無割礼も取るに足らぬことです。重要なのは神の命令を守ることです。
とありますが、聖書のどこかに生まれてから8日以内(正確には分からない)に割礼を受けないといけないとか書いていなかったですかね?

うーん、3節の
夫は自分の妻に対して義務を果たし、同様に妻も自分の夫に対して義務を果たしなさい。
というのが、夫婦の営みを行いなさいということなのかな?

No.3372 2007/11/13(Tue) 09:56:13

Re: レビ15章 / 大垣 引用

1コリント7章18、19節にある割礼は、創世記17章9−14節にあるアブラハムの契約のしるしです。

3節は、沙耶香さんの書かれたとおりだと思います。

No.3376 2007/11/14(Wed) 12:54:42

Re: レビ15章 / 沙耶香 引用

>>1コリント7章18、19節にある割礼は、創世記17章9−14節にあるアブラハムの契約のしるしです。

うん、創世記に生まれて8日目に割礼を受けなければならないと書いてあるのに、コリントでは、

召されたとき割礼を受けていたのなら、その跡をなくしてはいけません。また、召されたとき割礼を受けていなかったのなら、割礼を受けてはいけません。
割礼は取るに足らぬこと、無割礼も取るに足らぬことです。重要なのは神の命令を守ることです。

と、割礼を絶対しなければならないものと位置付けていないではないですか?どうなってるの?

No.3379 2007/11/14(Wed) 17:57:08

Re: レビ15章 / 大垣 引用

>割礼を絶対しなければならないものと位置付けていないではないですか?

重要なのは神の命令を守ることです。それで「割礼をする」というような行いに関する命令は、「誰が、いつ、どこで、どういう機会に」その行いをするように命令されているのか、よく調べることが重要です。モーセの律法では、いけにえをささげるという行いが重要です。ところが、「いけにえをささげることは良いことだ。」と思って、祭司がささげないで、他の人がささげると神にかえって逆らう行ないになってしまいます。後の時代に、イスラエルの最初の王のサウルが祭司でないのに、祭司のサムエルがなかなか来なかったので、自分でいけにえをささげて、神に逆らってしまうということがありました(1サムエル13章8−14節)。

割礼については、「誰が、いつ、どこで、どういう機会に」するように定められたと思いますか?

No.3381 2007/11/14(Wed) 23:33:50

Re: レビ15章 / 沙耶香 引用

1サムエル13章8−14節・・・
読みましたが、サウルやサムエルが祭司かどうかなんかこの文章では分からないですけれど・・・

>>割礼については、「誰が、いつ、どこで、どういう機会に」するように定められたと思いますか?

男子が生まれて8日目に、どこでとかどういう機会にというのはちょっと分からないが・・・主との契約のしるしのために・・・
でもコリントでは、絶対に割礼をしなければならないということはないように書いてあるので、何でだろうと思って・・・

No.3383 2007/11/15(Thu) 20:45:34

Re: レビ15章 / 大垣 引用

男子なら誰でも割礼を受けるように、という命令ではありません。創世記17章の9−14節で、割礼はアブラハムと彼の子孫と彼らの家で生まれたしもべのうちの男子が受けるように、という主の命令でした。

1コリントの手紙が、もし異邦人のキリスト者にあてて書かれたとすると、彼らはアブラハムの子孫ではにので、割礼は必要ないということになります。もし手紙が、ユダヤ人にもあてて書かれたとすると、ユダヤ人のキリスト者はモーセの律法を守る必要があるか、という難しい問題があります。

No.3388 2007/11/16(Fri) 12:53:57

Re: レビ15章 / 沙耶香 引用

>>1コリントの手紙が、もし異邦人のキリスト者にあてて書かれたとすると、彼らはアブラハムの子孫ではにので、割礼は必要ないということになります。もし手紙が、ユダヤ人にもあてて書かれたとすると、ユダヤ人のキリスト者はモーセの律法を守る必要があるか、という難しい問題があります。

うーん???難しいですね・・・混乱してきました。。。

No.3390 2007/11/16(Fri) 19:06:33
レビ18章 / 沙耶香 引用

今日はレビ18章を読みます。

5節の
あなたがたは、わたしのおきてとわたしの定めを守りなさい。それを行う人は、それによって生きる。わたしは主である。
が印象に残りました。

6,7節に
あなたがたのうち、だれも、自分の肉親の女に近づいて、これを犯してはならない。わたしは主である。
父をはずかしめること、すなわちあなたの母を犯すことをしてはならない。彼女はあなたの母であるから、彼女を犯してはならない。
とあるが、夫婦以外の性交渉は姦淫の罪だと言って禁じているのに、何でわざわざこんなこと言うのだろうか?

17節に
あなたは女とその娘とを犯してはならない。またあなたはその女の息子の娘、あるいはその娘の娘をめとって、これを犯してはならない。彼女たちは肉親であり、このことは破廉恥な行為である。
とありますので、結婚して犯してはならないということなのかな?

20節に
また、あなたの隣人の妻と寝て交わり、彼女によって自分を汚してはならない。
とありますが、これだって姦淫の罪を禁じているのに、わざわざ言わなくてもいいように思うが・・・

23節に
動物と寝て、動物によって身を汚してはならない。女も動物の前に立って、これと臥してはならない。これは道ならぬことである。
とあるが、ペットを飼っている人で一緒に寝ている人いると思うけれど、これはいけないんだ。うーん・・・??

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書の9章1-5節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、3節の、
イエスは答えられた。「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。神の業がこの人に現れるためです。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
うーん・・・私も神の業が私に現れるためなら、いつかな?いつ、癒されるのかな?

No.3375 2007/11/14(Wed) 12:34:56

再レビ18章 / 沙耶香 引用

今日はもう一度、レビ18章を読みます。

3節に
あなたがたは、あなたがたが住んでいたエジプトの地のならわしをまねてはならない。またわたしがあなたがたを導きいれようとしているカナンの地のならわしをまねしてもいけない。彼らの風習に従って歩んではならない。
とあるが、エジプトの地のならわしをまねてはならない、カナンの地のならわしをまねてはならないとあるが、どういうことをまねてはならないのだろうか?

30節の
あなたがたは、わたしの戒めを守り、あなた方の先に行われていた忌み嫌うべき風習を決して行わないようにしなさい。それによって身を汚してはならない。わたしはあなたがたの神、主である。」
が印象に残りました。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書の9章6-10節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、7節の
「行って、シロアム(訳して言えば、遣わされたもの)の池で洗いなさい。」そこで、彼は行って、洗った。すると、見えるようになって、帰っていった。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
癒し主イエス様です。

No.3380 2007/11/14(Wed) 21:38:38
レビ16章 / 沙耶香 引用

今日はレビ16章を読みます。

うーん??一番上に出エジプトなんかが出ているし、次を見ても、その次を見ても古いので、これは画面を間違えていると思い、下を見たら1になっているが、何かの間違いだと思い、2や3を開いてみたが、逆でもないみたいだし、と混乱していて、1に戻ると、管理人様のレスの日付が新しいので、合っているんだと気づきました。

2節に
主はモーセに仰せられた。「あなたの兄アロンに告げよ。
かってなときに垂れ幕の内側の聖所にはいって、箱の上の「購いのふた」の前に行ってはならない。死ぬことのない為である。わたしが「購いのふた」の上の雲の中に現れるからである。
とありますが、「購いのふた」とは前の図解のHPの金の天使のようなものがついたものですよね?

13節に
その香を主の前の火にくべ、香から出る雲があかしの箱の上の「購いのふた」をおおうようにする。彼が死ぬことのないためである。
とあるが、香から出る雲とは煙のことだろうか?

14節に
彼は雄牛の血を取り、指で「購いのふた」の東側に振りかけ、また指で7たびその血を「購いの蓋」の前に振り掛けなければならない。
とあるが、何だか面白いというか不思議というか・・・昔に決まっていたことは何だか不思議だ。

20節に
彼は聖所と会見の天幕と祭壇との購いをし終え、先の生きているやぎをささげる。
とあるが、私は文章のつながりは全く分からないが、先の生きているやぎとは8-10節あたりのやぎのことかな?

33節に
彼は至聖所の購いをする。また会見の天幕と祭壇の購いをしなければならない。また彼は祭司たちと集会のすべての人々の購いをしなければならない。
とあるが、至聖所って何だったっけ?前も出てきたかもしれないが、多分聞いたことなかったので、「至聖所」で検索すると、幕屋の奥の部屋みたいだ。幕屋全体を聖所っていうのかな?そして奥の部屋が至聖所かな?

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書の8章41-45節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると42節の
イエスは言われた。「神がもしあなたがたの父であるなら、あなたがたはわたしを愛するはずです。なぜなら、わたしは神から出てきてここにいるからです。わたしは自分で来たのではなく、神がわたしを遣わしたのです。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
父なる神が遣わした子なる神・・・

No.3366 2007/11/12(Mon) 11:20:50

再レビ16章 / 沙耶香 引用

今日はレビ16章を読みます。

16節の
彼はイスラエル人の汚れと、そのそむき、すなわちそのすべての罪のために、聖所の購いをする。彼らの汚れの中に彼らと共にある会見の天幕の中にいてはならない。彼は自分と自分の家族、それにイスラエルの全集会のために購いをする。
が印象に残りました。

29,30節の
以下のことはあなたがたに、永遠のおきてとなる。第7の月の10日には、あなたがたは身を戒めなければならない。この国に生まれた者も、あなたがたの中の在留異国人も、どんな仕事もしてはならない。
なぜなら、この日に、あなたがたをきよめるために、あなたがたの購いがなされるからである。あなたがたは、主の前でそのすべての罪からきよめられるのである。
が印象に残りました。

31節に
これがあなたがたの全き休みの安息であり、あなたがたは身を戒める。これは永遠のおきてである。
とあるが、安息日は休みなのに身を戒める??うーん、ちょっと不思議だなーー。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書の8章46-50節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると50節の、
しかし、わたしはわたしの栄誉を求めません。それをお求めになり、さばきをなさる方がおられます。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
イエス様も父に栄誉を帰している。私たちも栄光を主に帰すことにしないと・・・。

No.3371 2007/11/12(Mon) 20:20:55

Re: レビ16章 / 大垣 引用

16章は、33−34節にあるように年に一回、大祭司が至聖所の中にはいる贖罪の日の定めが書いてあります。29節にあるように、これは第7の月の10日です。

2、13節は、沙耶香さんの書かれたとおりだと思います。

20節の「生きているやぎ」は8−9節の「アザゼルのやぎ」で、20節で、「ささげる」とあるのは、10節のように荒野に放つことだと思います。6,8節のチェーン式の聖書の脚注に説明gああるので読んでみてください。

29、31節での「身を戒める」とは、チェーン式の聖書の脚注によると、公的な断食をすることだそうです。今では贖罪の日にはユダヤ人はいけにえをささげませんが、断食をする人々は多いようです。

No.3377 2007/11/14(Wed) 13:14:15

Re: レビ16章 / 沙耶香 引用

>>今では贖罪の日にはユダヤ人はいけにえをささげませんが、断食をする人々は多いようです。

断食をする人が多いのか・・・すごいなーー。

No.3378 2007/11/14(Wed) 17:52:28
出エジプト記32章 / 沙耶香 引用

今日は、出エジプト記32章を読みます。

2節に
それで、アロンは彼らに言った。「あなたがたの妻や、息子、娘達の耳にある金の耳輪をはずして、私のところに持ってきなさい。」
とあるが、この時代に金の耳輪というかイヤリングがあったのですね・・・・

4節に
彼がそれを、彼らの手から受け取り、のみで型を造り、鋳物の子牛にした。彼らは、「イスラエルよ。これがあなたをエジプトの地から連れ上ったあなたの神だ。」と言った。
とあるが、金の耳輪で鋳物の子牛を作ったのかな?あなたの神だとか言っているのは偶像ではないのかな?

9節に
主はまた、モーセに仰せられた。「わたしはこの民を見た。これは実にうなじのこわい民だ。
とあるが、うなじのこわいとはどういう意味だろうか?と思って、「うなじがこわい」で検索してみたが、中にうなじがこわいという言葉が入っているだけでうなじがこわいという意味が今一つかめないので、辞書でうなじが怖いと入れてみたが、出てこなかった。私のイメージでは何だか剛鉄なとか傲慢なというような感じがするんだけれど・・・

14節に
すると、主はその民に下すと仰せられた災いを思い直された。
とあるが、主が思い直されるということはあるんだろうか?また、思い直されたことなんかどこで分かるんだろうか?

17,18節に
ヨシュアは民の叫ぶ大声を聞いて、モーセに言った。
「宿営の中にいくさの声がします。」
するとモーセは言った。「それは勝利を叫ぶ声ではなく、敗北を嘆く声でもない。私の聞くのは、歌を歌う声である。」
とあるが、いくさの声なのに、歌を歌う声なの??何だか不思議だ。

20節に
それから、彼らが造った子牛を取り、これを火で焼き、さらにそれを粉々に砕き、それを水の上に撒き散らし、イスラエル人に飲ませた。
とあるが、なんとまー、女々しい方法というか・・・

24節に
それで、私は彼らに、「誰でも、金を持っているものは私のために、それを取り外せ。」と言いました。彼らはそれを私に渡したので、私がこれを火に投げ入れたところ、この子牛が出てきたのです。」
とありますが、何だか意味不明ですね・・・

26節に
そこでモーセは宿営の入り口に立って「だれでも、主につくものは、私のところに。」といった。するとレビ族がみな、彼のところに集まった。
とあるが、レビ族って12部族に分かれたときのだろうか?レビ族で検索したけれど、意味が書いてあるわけではなく、つかめない。辞書に入れても出てこない。レビ記と何か関係があるのかもしれないですね・・・

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネ3章1―5節を読みます。
天のお父様神様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・・
何度か読んでいると3,5節が気になるので、これをもう何度か読みます。
うーん、なかなか神の国に入るのは難しいのですね・・・

No.3205 2007/10/13(Sat) 11:03:25

再出エジプト記32章 / 沙耶香 引用

今日はもう一度、出エジプト記32章を読みます。

5節に
アロンはこれを見て、その前に祭壇を築いた。そして、アロンは呼ばわって言った。「あすは主への祭りである。」
とあるが、4節の偶像礼拝の様子を見て、祭壇を築いたということだろうか?なのに主への祭りであると言っている・・・・???

27節に
そこで、モーセは彼らに言った。「イスラエルの神、主はこう仰せられる。おのおの腰に剣を帯び、宿営の中を入口から入口へ行き巡って、おのおのその兄弟、その友、その隣人を殺せ。」
とありますが、殺せとは穏やかではないですね・・・主のお考えを重んじるモーセらしくないですね・・・・

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネ3章6―10節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると8節が気になるので、これをもう何度か読みます。
何だかいろいろ難しいですね・・・

No.3208 2007/10/13(Sat) 19:54:48

Re: 出エジプト記32章 / 大垣 引用

4 節の金の子牛は耳輪などの金で作った偶像です。でも、アロンたちにとって主と関係のない偶像ではなく、エジプトから連れ出してくださった主を表すつもりの偶像でした。このように、人間の作った偶像が、真の神である主と関係づけられるとき、偶像と主を見分けることがとても難しくなります。後に、イスラエルは北と南の 2 つの国に分裂しますが、北イスラエル王国では、金の子牛を主を表しているとする偶像崇拝が起こり、北イスラエル王国が滅亡するまでつづきました。これに対し、南のユダ王国では、バウルのような異国の神々を崇拝する偶像崇拝が盛んになってしまい、国として主に立ち返る動きも起こったことがありましたが、結局はバビロンによってエルサレムに攻め入られるまで、偶像崇拝が直りませんでした。

9節は、チェーン式の聖書の脚注を読んでみてください。

14 節、モーセの嘆願の祈りによって、主は思い直されました。絶対に間違われない全知全能の主が「思い直された」というのは、人間のように、「間違ったから思い直します」という場合の、「思い直す」とは意味が違います。では、どういう風に違うのか、かなり難しいところです。32節14節で、主が「思い直された」のはどういう意味か、ぜひ牧師に聞いてみて、僕にも牧師のお考えを教えてください。

No.3361 2007/11/12(Mon) 03:55:52

Re: 出エジプト記32章 / 沙耶香 引用

うん、人間は弱い生き物だから、目に見えるものを崇拝してしまいがちです。

うなじの怖い民=強情な民

>>32節14節で、主が「思い直された」のはどういう意味か、ぜひ牧師に聞いてみて、僕にも牧師のお考えを教えてください。

牧師に聞いて見ました。メールの返信を貼り付けます。

●ここで言っている、「思い直す」の意味は・・・・・、出エジプト記 32章の11−14節を読んでみると、分かります。

・金の子牛を拝むという、神様が最も忌み嫌われる「偶像礼拝」の罪を犯してしまった、イスラエルの民・・・・・。偶像礼拝は、神様の前で、非常に重い罪なので、本来ならば、神様からの裁きが下る(=滅ぼされる)筈でした。

・しかし、そこで、モーセが、「イスラエルの民を、どうか滅ぼさないで下さい。」と、神様に真剣にとりなしの祈りをしました。

・すると・・・・・、神様は、モーセのその真剣なとりなしの祈りを聞いて、イスラエルの民を憐れんで下さり、・・・・・その結果、その件でイスラエルの民を滅ぼす事をされなかった。・・・・・という事です。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
● 聖書には、この他にも、神様が「思い直された」という箇所が、何箇所かあります。以下の箇所を、実際に開いて、読んで見て下さい。
そうすると、上記の意味が、さらに良く分かるでしょう。

・エレミヤ書 18章8節  / ヨエル書 2章13節 / ヨナ書 3章10節 / 

これらは、どれも、「人々が、神様に対して、重い罪を犯しても、・・・・・その人達が、真剣に、神様に祈り、その罪を心から悔い改めるならば、・・・・・神様は、憐れんで、赦(ゆる)して下さる」という事が書かれている箇所です。


--------------------------------------------------------------------------------

● つまり、まとめると・・・・・、

・神様は、義(正しい)お方なので、罪に対しては、裁きを下されます。
・しかし、神様は、(義なる方であると共に、)憐れみ深いお方なので・・・・・、「たとえ、私達が、神様の前で、重い罪を犯してしまったとしても、
・・・・・神様に真剣に祈り、その罪を真剣に心から悔い改めるならば、・・・・・神様は、その心を見て、憐れんで下さり、・・・・・裁くのをやめて、赦(ゆる)して下さる。」という事です。

No.3370 2007/11/12(Mon) 17:35:37
出エジプト記33章 / 沙耶香 引用

今日は出エジプト記33章を読みます。

1節に
主はモーセに仰せられた。「あなたも、あなたがエジプトの地から連れ上った民も、わたしがアブラハム、イサク、ヤコブに誓って、「これをあなたの子孫に与える。」と言った地にここから上って行け。
とありますが、「これをあなたの子孫に与える。」と言った地とはイスラエルのことだろうか?
管理人様、私の読み方が幼稚で愚かだから、段々嫌気がさしてきたんだろうと思います。
だって直ぐ忘れるし、理解能力も読解力もないし、その上、すぐ人に聞くし、手を焼いているという感じかな?ごめんなさい。

3節に
乳と蜜の流れる地にあなたがたを行かせよう。わたしは、あなたがたのうちにあっては上らないからである。あなたがたはうなじのこわい民であるから、わたしが途中であなたがたを絶ち滅ぼすようなことがあるといけないから。」
とあるが、乳と蜜の流れる地ってどこだろうか?と思って聖書検索すると前にも出ていたことが判明しました。出エジプトの3・8家3・17で出てくる。家畜を養うための牧草が豊富にあり、蜜蜂が好む草花や樹木が繁茂する地となっている。
うーん、この聖句の全体の意味も分からない・・・・わたしは、あなたがたのうちにあっては上らない・・・わたしが途中であなたがたを絶ち滅ぼすようなことがあるといけないから・・・???何で絶ち滅ぼすようなことになるのだろうか???

4節に
民はこの悪い知らせを聞いて悲しみ痛み、だれひとり、その飾り物を身に着けるものはいなかった。
とあるが、この飾り物というのは前章辺りで出てきた、あの子牛のことだろうか?
何だかいろいろ考えていると頭が混乱してきますね・・・・

9節に
モーセが天幕に入ると、雲の柱が降りてきて、天幕の入口に立った。主はモーセと語られた。
とあるが、雲の柱が降りてきて、天幕の入口に立ったとはどういう意味だろうか?主に対する何らかの比喩的表現だろうか?

11節に
主は、人が自分の友と語るように、顔と顔とを合わせてモーセに語られた。モーセが宿営に帰ると、彼の従者でヌンの子ヨシュアという若者が幕屋を離れないでいた。
とあるが、顔と顔を合わせて、主に語られるなんて幸せですね・・・・

20節に
また仰せられた。「あなたはわたしの顔を見ることはできない。人はわたしを見て、なお生きていることはできないからである。」
とありますが、これはどういうことだろうか?主を見てなお生きていることは何で不可能なのだろうか?実際には天国に行ってからしか主は見れないということだろうか?

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネ3章11―15節を読みます。
天におられるお父様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると15節が気になるので、これをもう何度か読みます。
イエス様を信じないと永遠のいのちはないが、イエス様を信じても永遠のいのちが与えられないということもあるのだろうか?

No.3214 2007/10/14(Sun) 07:34:45

Re: 出エジプト記33章 / BISKO 引用

沙耶香さん。

こんにちは。BISKOです。

沙耶香さんに少しお伺いしたいのですが、沙耶香さんは教会に通われて居られますか?

もし通われておられないのでしたら、私としては、通うべき教会を見つけて欲しいと思います。

もし通われておられるのだとしたら、バイブルスタディを他の教会員の方々と共に出来るような、学びの場は提供されていないのでしょうか?

教えていただければ幸いです。

No.3215 2007/10/14(Sun) 07:52:18

BISKOさんへ。 / 沙耶香 引用

うん、私、教会へ毎週通っています。聖書の学びの場のようなものは提供されていません。
うちの教会は教会の会堂がなくて、毎週公共の場を借りてしているのです。だから神学校というのはあるけれど、教会員の家を借りてしています。しかし神学校というのは多額のお金がかかりますし、単位を取らなければならないので、私には難しすぎるので行っていません。
活字アレルギーで、理解力読解力もなくて、精神障害者で、なかなか聖書が読めなくて、牧師やいろんな人に相談しているうちに少しずつ読んで、こういう風に通読状況を書き込むという形になりました。
こういう風に書き込みながら、聖書を読んでいくのは祝福だと思っています。
これをやめないといけないというのはどうしてなのか私には理解できません。
私の能力のなさが浮き彫りになり、いやになったのでしょうか?

No.3218 2007/10/14(Sun) 14:55:16

再出エジプト記33章 / 沙耶香 引用

今日はもう一度出エジプト記33章を読みます。

うちの教会、だんだん、人数が減っていきます。悲しいです。今私も牧師も入れて、4人です。あと一人たまに来る人がいるけれど、うーん、本当にだんだんと伝道師が二人もいたのに、伝道師のご両親がこなくなり、奥さんがこなくなり、伝道師もお子さんもやめてしまったのです。もう一人は娘様がこなくなり、伝道師ご夫妻もほかの教会に移ったのです。だんだん減ってくるなーーと感じていたのに、伝道師までがいなくなり、もう本当に寂しいです。牧師に言うと、「増える前の前触れですよ。」といっている。うーん、そんなこと言ったって、実際に私が入ってから、だんだん減っていくので、悲しいです。
天のお父様神様イエス様、うちの教会に御心のクリスチャンをたくさん連れて来てください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・・

13節の
今、もしも、私があなたのお心にかなっているのでしたら、どうか、あなたの道を教えてください。そうすれば、わたしはあなたを知ることができ、あなたのお心にかなうようになれるでしょう。この国民があなたの民であることをお心に留めてください。」
が印象に残りました。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネ3章16―20節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、16節が気になるので、これをもう何度か読みます。
やはり永遠の命が一番の神様からいただいた贈り物ですね・・

No.3220 2007/10/14(Sun) 20:01:47

Re: 出エジプト記33章 / BISKO 引用

沙耶香さん。
レスありがとう。

>こういう風に書き込みながら、聖書を読んでいくのは祝福だと思っています。これをやめないといけないというのはどうしてなのか私には理解できません。

ここでの聖書通読をやめよということではありません。

私が問題視しているのは、

沙耶香さんが、管理人さんお一人に、聖書の学ぶ上で頼ってしまっているということ、

それと、このような掲示板では、自分を教えている人が本当にちゃんと正しい知識を教えてくれているか、判断が難しいということ。

これらのことが、私にはとても大きな問題に思えるので、管理人さんに批判の意見を差し上げて来ました。

結果的に、管理人さんから沙耶香さんへのレスが遅れています。

>沙耶香私の能力のなさが浮き彫りになり、いやになったのでしょうか?

そうでは無いと思います。 

私は沙耶香さんではなく、むしろ管理人さんの、「聖書を教える教師としての能力」について意見しています。 沙耶香さんのせいではありません。

本来、誰かを教える教師として訓練される場合、初心者を教える前に、自分が初心者として色々な経験者の人たちから何年もかけて学び、厳しい批判の中で「もまれる」必要があるはずです。

その意味で、この掲示板は、実は管理人さんご自身の聖書の学びにあっても、害を及ぼしているとさえ私は感じています。

他の事柄については、もう少し考えてから返信させて頂きます。

No.3221 2007/10/14(Sun) 22:42:40

Re: 出エジプト記33章 / 大垣 引用

1節の「地」は、イスラエルの民に約束されたカナンの地のことです。

2−4節。32章でイスラエルの民はうなじがこわい民で子牛の偶像崇拝をしました。それで、一度は主はイスラエルの民を絶ち滅ばされると言われました。主は、ご自分が民のうちにあってカナンの地に上っていくと、カナンの地に入る前にまた、民の罪のために、民を絶ち滅ぼすようなことになってはいけない、ということを言われています。

9節は僕は比喩ではなく、柱の形をした雲が天から降りてきて、天幕の入り口のところにまっすぐ立ったのだと思って読んでいます。

20−23節。モーセでさえ、神の御顔を見るほど神と近い関係を持つと生きてはおれなかったということだと思います。信仰者は天国で神の御顔を見ることになると信じます。

No.3362 2007/11/12(Mon) 04:14:51

Re: 出エジプト記33章 / 沙耶香 引用

>>20−23節。モーセでさえ、神の御顔を見るほど神と近い関係を持つと生きてはおれなかったということだと思います。信仰者は天国で神の御顔を見ることになると信じます。

うーん?これはどういう意味だろうか?神と近くなると生きていられないの?

No.3369 2007/11/12(Mon) 17:25:14
出エジプト記34章18節まで / 沙耶香 引用

今日は、出エジプト記34章18節までを読みます。

7節に
恵を千代も保ち、咎とそむきと罪を赦すもの、罰すべきものは必ず罰して報いるもの。父の咎は子に、子の子に、3代に、4代に。」
とあるが、咎がそう何代もに続くのはちょっとかわいそうな話だという気もするけれど・・・自分の咎じゃないのに、先代、先々代の咎のために罰を受けるなんて・・・うーん、でもそれだけ何代にも渡って罰を受けるんだから、罪を犯してはならないということだろうけれど・・・

12節に
あなたは注意して、あなたが入っていくその地の住民と契約を結ばないようにせよ。それがあなたの間で、わなとならないように。
とありますが、何がどのようにわななのだろうか?

13節に
いや、あなたがたは彼らの祭壇を取り壊し、彼らの石柱を打ち砕き、アシェラ像を切り倒されなければならない。
とありますが、アシェラ像ってなんだろうと思って、辞書で調べたが出てこないし、アシェラ像で検索しても、引用しているだけで、その意味がわからない・・・
うん、今までで読んできたところで出てきたもので、見落としている、覚えていないのどちらかかもしれないと思い、聖書検索してみたが、今まで読んだところでは出てきてないようだ。・・・偶像の一つかな??

14節に
あなたはほかの神を拝んではならないからである。
その名がねたみである主は、ねたむ神であるから。
とあるが、何でねたむ神とかいう事が出てくるのだろうか?意味不明である。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネ3章21―25節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると21節が気になるので、これをもう何度か読みます。
クリスチャンは何かを行うときに、常にそれが神様からの思いかどうかを祈り聞き従う必要がありますね。

No.3228 2007/10/15(Mon) 12:51:20

再出エジプト記34章18節まで / 沙耶香 引用

今日はもう一度、出エジプト記34章18節までを読みます。

3節に
だれも、あなたといっしょに登ってはならない。また、だれも、山のどこにも姿を見せてはならない。また、羊や牛であっても、その山のふもとで草を食べていてはならない。」
とありますが、羊や牛に食べてはならないと言っても分からないではないか?

5節の
主は雲の中にあって降りてこられ、彼とともにそこにたって、主の名によって宣言された。
が印象に残りました。主らしいなーと思って・・・

9節に
お願いした。「ああ、主よ。もし私があなたのお心にかなっているのでしたら、どうか主が私たちの中にいて、進んでくださいますように。確かに、この民は、うなじのこわい民ですが、どうか私たちの咎と罪を赦し、私たちをご自身のものとしてくださいますように。」
とありますが、私たちをご自身のものとしてくださいますように。というのはどういうことだろうか?

12節に
あなたは、注意して、あなたが入って行くその地の住民と契約を結ばないようにせよ。それがあなたの間で、わなとならないように。
とあるが、その地の住民との契約とは一体何だろうか?と思って、契約で聖書検索してみたら今までにもたくさん出てきていることが判明した。契約を辞書で引いても普通の意味が出てくるし、契約 聖書で検索しても、今一意味不明だ。うーん、その時代の契約という感じなのか?

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネ3章26―30節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると27節が気になるので、これをもう何度か読みます。
やっぱり人はイエス様なしでは何も意味をなさないのだ。

No.3232 2007/10/15(Mon) 19:42:57

Re: 出エジプト記34章18節まで / 大垣 引用

3節は、民が羊や牛が山に近づかないように管理しなさい、ということだと思います。

7節ですが、エゼキエル18章14−20節を読んで比べてみてください。罪があると、子孫が罪のために罰を受けて、苦労するということが、出エジプト記の34章7節に書いてあり、しかし、親の罪のために子どもが死ぬということはない、ということがエゼキエル18章14−20節に書いてあるようです。

9節。主は33章2節で、ご自分ではなく、御使いを遣わして民をカナンの地に入れようと言われました。それでは、民と主の関係は直接の深い関係ではなく、間接的なものになってしまうところでした。イスラエルの民は、自分たちを、主の使いのものではなく、主ご自身のものとしていただきたい、と願いました。

どうか、主イエスさまが僕たちの罪を赦し、僕たちをご自身のものとして、いつもともにいてくださいますように。

12節。当時、カナンの地の住民は、かなり程度のひどい偶像崇拝をしていたようです。それで、イスラエルの民がカナンの地に入ったときに、彼らと戦わずに契約を結んで親しくすると、自分たちも偶像崇拝したくなるわながありました。

13節。アシェラはカナンで崇拝されていた偶像神のひとつです。チェーン式聖書の脚注を読んでみてください。

14節。人は神のかたちに造られているので、人の性質というのは、神の善の性質を指し示しているのですが、人は罪のために、本来は善い性質をねじれたずれたものにしてしまっている場合があります。人が人を愛するとき、その人がほかの人を愛すると嫉妬やねたみの心が生じます。このねたみの心は、本来は、神の愛の正しい性質であるのに、人間にあっては、ずれてしまっているのだと思います。神は人を愛してくださっているので、人がほかの神を拝むとき、ねたまれます。

No.3363 2007/11/12(Mon) 04:46:59

Re: 出エジプト記34章18節まで / 沙耶香 引用

>>7節ですが、エゼキエル18章14−20節を読んで比べてみてください。罪があると、子孫が罪のために罰を受けて、苦労するということが、出エジプト記の34章7節に書いてあり、しかし、親の罪のために子どもが死ぬということはない、ということがエゼキエル18章14−20節に書いてあるようです。

読みました。うーん、父が罪を犯したらその子は死ぬことはないけれど、罪のために罰を受けて苦しむということかな?と思うが・・・

>>12節。当時、カナンの地の住民は、かなり程度のひどい偶像崇拝をしていたようです。それで、イスラエルの民がカナンの地に入ったときに、彼らと戦わずに契約を結んで親しくすると、自分たちも偶像崇拝したくなるわながありました。

うーん・・・何だか難しいですね・・・頭が岩になりそうだ・・・(意味不明なこというな!!といわれそう・・・)いや、何だか柔軟の逆でこちこちに凝り固まりそうで、何だか難しすぎて何が何だか分からない・・・

No.3368 2007/11/12(Mon) 13:26:14
出エジプト34章残り / 沙耶香 引用

今日は、出エジプト34章残りを読みます。

19節に
最初に生まれるものは、すべて、わたしのものである。あなたの家畜はみな、初子の雄は、牛も羊もそうである。
とあるが、最初に生まれるものはすべては主のものであるという考え方は聖書によく出てくるが、これはどういう考え方からくるものだろうか?

22節に
小麦の刈り入れの初穂のために7週の祭りを、年の変わり目に収穫祭を、行わなければならない。
とあるが、これは過越しの祭りのことをいわれているんだろうか?

26節に
あなたの土地から取れる初穂の最上のものを、あなたの神、主の家に持って来なければならない。子やぎをその母の乳で煮てはならない。」
とあるが、前にも子やぎをその母の乳で煮てはならないと出てきたと思うので、聖書検索で入れてみたが、今までのところでは出ていないようだった。少し言葉が違ったかもしれないが、似た様な言葉が出てきましたよね。多分管理人様、意味はよく分からないけれど、霊的に何か意味があるのではないか?とおっしゃったと思うんだけれど、違ってたらごめんなさい。なんせ低能力だから、とても管理人様の能力にはおぼつきません。

28節に
モーセはそこに、40日40夜、主と友にいた。彼はパンも食べず、水も飲まなかった。そして、彼は石の板に契約のことば、10のことばを書き記した。
とあるが、40日40夜、パンも食べず水も飲まなかったとあるが、それ以外のものは何か口に入れていたんだろうか?断食状態だったのだろうか?うん、前にそういうことが出ていて、私も40日食べれなかったことがあると書いて、BISKOさんが気づかってくれるレスを付けてくれていたことがあるのを思い出しました。
10の言葉というのはモーセの十戒のことかな?

29節に
それから、モーセはシナイ山から降りてきた。モーセが山を降りてきたとき、その手に2枚のあかしの石の板を持っていた。彼は、主と話したので自分の顔のはだが光を放ったのを知らなかった。
とありますが、顔のはだが光を放つなんて素晴らしいですね・・・

33節に
モーセは彼らと語り終えたとき、顔におおいを掛けた。
とあるが、顔に覆いをかけるなんて死人みたいですね・・・何か意味があるのだろうか?

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書3章31―36節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると36節が気になるので、これをもう何度か読みます。
やはり御子を信じないと始まらないですね・・・

No.3246 2007/10/16(Tue) 13:02:39

再出エジプト34章残り / 沙耶香 引用

今日はもう一度、出エジプト記34章残りを読みます。

20節に
ただし、ろばの初子は羊で購わなければならない。もし、購わないなら、その首を折らなければならない。あなたの息子のうち、初子はみな、購わなければならない。だれも、何も持たずに、わたしの前に出てはならない。
とありますが、これはろばの初子じゃ通用しない、羊で代用しろということかな?その首を折らなければならないというのはろばの首のことだろうか?うーん??何だか難しい。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書4章1―5節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいたが、一つに絞れなかったので、全体をもう何度か読みます。
バプテスマと一口に言ってもなかなか難しいですよね。

No.3249 2007/10/16(Tue) 20:32:34

Re: 出エジプト34章残り / 大垣 引用

19節ですが、出エジプト記12章にある、イスラエルのエジプトでの奴隷状態からの救い出しに関係しています。このとき、主はエジプトの地のすべての初子が死ぬようにされました(12節)。しかし、イスラエルの民に初子は、羊によって贖われたので死にませんでした。このとき、イスラエルの初子は、すべて主のものとなりました。

20節。チェーン式の「ろば」の横に1)とあるのを確認し、横の注で出エジプト13章13節が示してあるのを見て、13:13の脚注を読んでみてください。

22節の七週の祭りは、五旬節とか、ペンテコステとも呼ばれ過越の祭りの後第50日目の祭りです。イエスが十字架にかかられたのが過越の祭りのとき、その後、50日後のペンテコステの祭りのときに聖霊が降臨されました(使徒2章1−4節)。

26節の子やぎのところですが、チェーン式の聖書の横の注の2番で、出エジプト23章19節が示してあるのを確認し、そこの脚注を読んでみてください。

28節はチェーン式の脚注を読んでみてください。

33節は、30節にあるようにモーセの顔のはだが光を放って、民が恐れたので、おおいを掛けたと思います。

No.3364 2007/11/12(Mon) 05:06:43

Re: 出エジプト34章残り / 沙耶香 引用

>>20節。チェーン式の「ろば」の横に1)とあるのを確認し、横の注で出エジプト13章13節が示してあるのを見て、13:13の脚注を読んでみてください。

読みました。ろばは汚れた獣の中に入れられていたから、ろばではなくて羊で代用しないといけないということだろうか?

>>28節はチェーン式の脚注を読んでみてください。

脚注には、十誡となっているが、モーセの十戒の戒はごんべんなんかついていなかったと思うのだが・・・

No.3367 2007/11/12(Mon) 12:56:05
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