[ 掲示板に戻る ]

過去ログ閲覧モード

出エジプト記37章 / 沙耶香 引用

今日は出エジプト記37章を読みます。

7節に
また、槌で打って作った二つの金のケルビムを「購いのふた」の両端に作った。
とありますが、槌って何だろうか?と思ったが、前にも見たような気がして聖書検索で「槌」と入れてみるとやはり創世記や今までの出エジプト記で出てきていたが一番近い出エジプト記25章18節のところを開いてみると、ケルビムのことを聞いているけれど、槌のことは聞いていない。ほかの創世記7・15,6.19にも出てきているように聖書検索ではなっているけれど、私の聖書には、載っていない。うーん??
辞書で引いてみると、物を打つ工具みたいだ。思いついたのだが、かなづちの槌かな?と思うんだけれど・・・

23節に
また、そのともしび皿7つと、その心切りバサミと心取り皿とを純金で作った。
とありますが、心切りバサミと心取り皿とはなんだろうな?と思ったが、今まででも出てきていたと思い、聖書検索すると、やはり出エジプト 25:38 に出てきていたのでこの掲示板でそのときのものを出してくると、管理人さまの説明が載っていて、
38節の心きりばさみと、心取り皿は、燭台のろうそくのための道具ですが、具体的にどういうものが、僕にはよく分かりません。ろうそくの芯を切るためのはさみのようなものか、火ばしのようなものと、何かろうそく用の皿だと思います。
とあります。なかなか覚えられないですし、その当時のものなんて今とは全く時代背景も違うし、異国のことなので、何だか理解しづらいですね・・・

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書4章26―30節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、28節の
女は、自分の水がめを置いて町へいき、人々に言った。
がきになるので、これをもう何度か読みます。
イエス様こそ永遠の水がめだ・・・

No.3265 2007/10/19(Fri) 11:34:48

再出エジプト記37章 / 沙耶香 引用

今日はもう一度出エジプト記37章を読みます。

8節に
一つのケルブを一方の端に、他のケルブを他方の端に。ケルビムを「購いのふた」の一部として、その両端に作った。
とあります。前に出エジプト記25章19節でも単数形のケルブと複数形のケルビムのことの説明を管理人様から受けていますね・・・

19節に
一方の一つの枝に、アーモンドの花の形をした節と花弁のある三つのがくを、また、他方の一つの枝にも、アーモンドの花の形をした節と花弁のある3つのがくをつけた。こうして燭台から出る6つの枝をみな、そのようにした。
とありますが、前に「アーモンド 花弁」でいろいろ検索しました。図も見ました。

29節に
彼はまた、調合法にしたがい、聖なるそそぎの油と純粋な香りの高い香を作った。
とありますが、聖なる香の調合法という物があったんですね・・・

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書4章31―35節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・・
何度か読んでいると、34節の
イエスは彼らに言われた。「わたしを遣わした方のみこころを行い、そのみわざを成し遂げることが、わたしの食物です。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
イエス様の御心を行うことこそ私たちクリスチャンの使命ですよね・・・

No.3266 2007/10/19(Fri) 19:44:42

Re: 出エジプト記37章 / 大垣 引用

7節の「槌」は沙耶香さんの考えどおり、かなづちの「つち」だと思います。

No.3365 2007/11/12(Mon) 05:18:00
レビ14章残り / 沙耶香 引用

今日はレビ14章残りを読みます。

34節に
「わたしがあなたがたに所有地として与えるカナンの地に、あなたがたがはいり、わたしがその所有地にある家にらい病の患部を生じさせ、
とあるが、わざわざ何でらい病の患部を生じさせないといけないのか?

45節に
その家、すなわち、その石と材木と家の土全部を取り壊す。またそれを町の外の汚れた場所に運び出す。
とありますが、町の外の汚れた場所ってどこだろうか?

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書の8章21-25節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、24節の
それでわたしは、あなたがたが自分の罪の中で死ぬと、あなたがたに言ったのです。もしあなたがたが、わたしのことを信じなければ、あなたがたは自分の罪の中で死ぬのです。」
が気になるので、これをもう何度か読みます。
本当イエス様を知らないと罪深くて罪に押しつぶされるところでしたね・・・

No.3353 2007/11/10(Sat) 11:36:03

Re: レビ14章残り / 大垣 引用

34節、主が家にツァラアトの患部を生じさせられることがあったのは、なぜか、ということは聖書にはっきり書いてないようなので難しいです。たぶん、理由は、人が病気になることがあるのを主が許されていることと、よく似たことだろうと思います。主は人間を愛されていて、主は全知全能なのに、人間が病気になることがあるのは、どうしてだと思いますか?

45節の「町の外の汚れた場所」については、チェーン式の40節の脚注に説明があります。

No.3354 2007/11/10(Sat) 12:05:35

再レビ14章残り / 沙耶香 引用

今日はもう一度レビ14章残りを読みます。

>>主は人間を愛されていて、主は全知全能なのに、人間が病気になることがあるのは、どうしてだと思いますか?

うーーーん???こういう風に質問されると難しいが、人間の罪のせいではないかな?人間みな罪人だから・・・

>>45節の「町の外の汚れた場所」については、チェーン式の40節の脚注に説明があります。

脚注見ました。うーん、そうなんだー。

40,41節に
祭司は患部にある石を取り出し、それらを町の外の汚れた場所に投げ捨てるよう命じる。
またその家の内側の回りを削り落とさせ、その削り落とした土は町の外の汚れた場所に捨てる。
とありますが、そうやって汚れたものを汚れた場所に捨てていたら、その汚れた場所から何か出てきそうですね・・・

57節に
これは、どんなときにそれが汚れているのか、またどんなときにそれがきよいのかを教えるためである。これが、らい病についてのおしえである。
とありますが、なかなか難しいですね・・・

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書の8章26-30節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると30節の
イエスがこれらのことを話しておられると、多くのものがイエスを信じた。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
やっぱりイエスを信じることが大事です。

No.3355 2007/11/10(Sat) 21:21:19

Re: レビ14章残り / 大垣 引用

34節でのツァラアトの患部は家にできるので、当然、家が罪を犯した罰ということはないのですが、人間の罪がなんらかの意味で根本的な原因になっているのだろうと思います。罪のある多くの人間を救われる神さまの不思議な計画上、神さまが僕たちの理解できないことも含めて、いろいろなことを起こされたり、起こることを許される、という意味です。人間が病気になるときも、その人が何か特定の罪を犯したとは限らないことが、ヨハネ9章1−3節やヨブ記にはっきり書いてあります。

No.3357 2007/11/11(Sun) 06:19:51
レビ14章31節 / 沙耶香 引用

今日はレビ14章31節までを読みます。

4節の
祭司はそのきよめられる者のために、二羽の生きている清い小鳥と、杉の木と緋色の撚り糸とヒソプを取り寄せるよう命じる。
が印象に残りました。きよめられる者のためにここまでするのか・・・という感じです。

26,27節に
祭司はその油を自分の左の手のひらにそそぐ。
祭司は右手の指で、左の手のひらにある油を、主の前に7たび振りかける。
とあるが、この時代は油を実際にかけていたのだろうか?

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書の8章11-15節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、12節の、
イエスはまた彼らに語って言われた。「わたしは、世の光です。わたしに従うものは、決して闇の中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです。」
が気になるので、これをもう何度か読みます。
主イエスに従う者はいのちの光を持つのだ・・・

No.3349 2007/11/09(Fri) 09:29:32

再レビ14章31節まで / 沙耶香 引用

今日はもう一度レビ14章31節までを読みます。

8,9節に
きよめられる者は、自分の衣服を洗い、その毛をみなそり落とし、水を浴びる。そのものはきよい。そうして後、彼は宿営にはいることができる。しかし7日間は自分の天幕の外にとどまる。
7日目になって、彼はすべての毛、その髪の毛と口ひげと眉毛をそり落とす。そのすべての毛をそり落とし、自分の衣服を洗い、水をその体に浴びる。そのものはきよい。
とありますが、そんな昔の制度のようなものをこのように書かれても、あまり意味をなさないように思うのは人間的心理なのか?やはり神様には意味があるのか?

31節の
すなわち、手に入れることのできたもののうち、一羽を罪のためのいけにえとして、他の一羽を全焼のいけにえとして、穀物のささげ物に添えてささげる。祭司は主の前で、きよめられる者のために購いをする。」
が印象に残りました。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書の8章16-20節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると20節の、
イエスは宮で教えられたとき、献金箱のあるところでこのことを話された。しかし、だれもイエスを捕えなかった。イエスのときがまだ来ていなかったからである。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
イエス様時を大事にされます。

No.3350 2007/11/09(Fri) 21:45:44

Re: レビ14章31節 / 大垣(管理人) 引用

8,9節に書いてあることは、昔の制度ということではなくて、汚れているツァラアトで汚れていた人がきよめられるときは、どうすれば良いか神が教えておられます。

いろいろな読み方があるでしょうか、僕の場合は、汚れということが、どれほど深刻な問題であるかを学んで、イエスの血によって自分がきよめられていることの恵みをより深く知るようにしたいと思っています。

26、27節は、当時は実際に油をかけていたと思います。

No.3351 2007/11/10(Sat) 08:45:59

Re: レビ14章31節 / 沙耶香 引用

>>26、27節は、当時は実際に油をかけていたと思います。

ふーん、実際に油を掛けていたの?でも油を実際に掛けたら汚くてあとの処理が大変だ。

>>僕の場合は、汚れということが、どれほど深刻な問題であるかを学んで、イエスの血によって自分がきよめられていることの恵みをより深く知るようにしたいと思っています。

うーん、そうですね・・・イエス様は偉大なお方・・・

No.3352 2007/11/10(Sat) 09:28:51
レビ13章28節まで / 沙耶香 引用

今日はレビ13章28節を読みます。

3節に
祭司はそのからだの皮膚の患部を調べる。その患部の毛が白く変わり、その患部がそのからだの皮膚よりも深く見えているなら、それはらい病の患部である。祭司はそれを調べ、彼を汚れていると宣言する。
とあるが、その当時らい病という病気は大変だったんでしょうね・・・

20節に
祭司が調べて、もしそれが皮膚よりも低く見え、そこの毛が白く変わっていたなら、祭司は彼を汚れていると宣言する。それはその腫物に吹き出たらい病の患部である。
とあるが、何だか聖書なのに医学書みたいになってきましたね・・・

25節に
祭司はこれを調べる。もし光る斑点の上の毛が白く変わり、それが皮膚よりも深見えるなら、これはやけどに出てきたらい病である。祭司はこの者を汚れていると宣言する。それはらい病の患部である。
とあるが、らい病ってやけどに出てくるものだったの?
らい病で検索したら、らい病は不治の病で遺伝性のものと考えられていたらしい。???じゃなんでやけどに出てくるのだろうか???

28節に
もしその光る斑点がもとのままであり、その皮膚に広がっておらず、それが薄れているなら、それはやけどによる腫れ物である。祭司は彼をきよいと宣言する。これはやけどのあとであるから。
とありますね・・・やけどとらい病とは違うの??でも25節にはやけどに出てきたらい病というものがあることを言っていたし・・・どうなってるの???

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書の7章43-47節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、44節の
その中にはイエスを捕えたいと思ったものもいたが、イエスに手をかけた者はなかった。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
主の見えない力を感じます。

No.3333 2007/11/07(Wed) 13:10:52

再レビ13章28節まで / 沙耶香 引用

今日はもう一度、レビ13章28節までを読みます。

2節に
「ある人のからだの皮膚にはれもの、あるいはかさぶた、あるいは光る斑点ができ、からだの皮膚でらい病の患部のようになったときは、その人を、祭司アロンか、祭司である彼の子らのひとりのところに連れてくる。
とあるが、らい病とは病気なのに、何で医者じゃなくて祭司のところに連れてくるのか?この時代には医者はいなかったのか?

5節に
祭司は7日目に彼を調べる。もしその患部が祭司の目に、そのままに見え、患部が皮膚に広がっていないなら、祭司は彼をさらに7日間隔離する。
とあります。
21節に
もし祭司がこれを調べて、そこに白い毛がなく、それが皮膚より低くなっておらず、それが薄れているなら、祭司はその者を7日間隔離する。
とあります。やっぱりここでも完全を意味する数字=7が出てきますが、7日間隔離するというのは主の完全の意味からだろうか?それともほかに何か意味があるのだろうか?

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書の7章48-53節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んだけれど、一つに絞れなかったので、全体をもう何度か読みます。
何だかあまり語り掛けを受けなかったです。勉強不足でごめんなさい。

No.3336 2007/11/07(Wed) 20:22:54

Re: レビ13章28節まで / 大垣 引用

沙耶香さんの読んでおられる新改訳第2版の「らい病」と訳されているヘブル語は、現代に「らい病」と呼ばれるハンセン病とは違うと思います。チェーン式聖書の13章2節に脚注があるので、読んでみてください。また、新改訳の第3版では「らい病」と訳された語は「ツァラアト」とへブル語の音のままで訳してあります。

2節、当時にも医者がいたようですが、祭司の役目は、皮膚にはれものなどができた人が、聖所に入っても良いかというよう宗教的な意味で、汚れているかどうかを調べることでした。

5節、汚れに関しては、理由を理解することはとても難しいようです。7日間にどういう意味があるか、僕にはよく分かりません。

No.3341 2007/11/08(Thu) 04:03:58

Re: レビ13章28節まで / 沙耶香 引用

うん、らい病は皮膚病、カビ等と書いてあります。

>>新改訳の第3版では「らい病」と訳された語は「ツァラアト」とへブル語の音のままで訳してあります。

第3版ってどこに出てくるの?

No.3344 2007/11/08(Thu) 17:38:56

Re: レビ13章28節まで / 大垣 引用

新改訳聖書の第2版は、もう今は本屋に行くとおいていなくて、第3版がおいてあります。

第3版で変えたところを調べるのに、

echurch-jp.com/

にある聖書検索が便利です。例えば、「らい病」といれて、旧約をクリックして検索してみてください。「検索結果」の場面が出てから、新改訳(3版変更箇所付)をクリックして、もう一度検索すると、第3版での変更箇所がでてきます。例えば、レビ記13:9で「らい病」とあったのが、「ツァラアト」に変更されたことを確認してみてください。

No.3347 2007/11/09(Fri) 03:40:34

Re: レビ13章28節まで / 沙耶香 引用

うん、出ます。何だか面白いですね・・・

No.3348 2007/11/09(Fri) 08:18:47
レビ記1章 / 沙耶香 引用

今日はレビ記1章を読みます。

2節に
「イスラエル人に告げて言え。
もし、あなたがたが主にささげ物をささげるときは、だれでも、家畜の中から牛か羊をそのささげ物としてささげなければならない。
続く3節に
もしそのささげ物が、牛の全焼のいけにえであれば、傷のない雄牛をささげなければならない。それを、主に受け入れられるために会見の天幕の入口のところに連れてこなければならない。
とありますが、そんなに細かく指示しなくても・・・心からのささげ物であれば何でもいいと思うんだけれど・・・私の人間的考えと神様のお考えは違うから・・・

9節に
内臓と足は、その人が水で洗わなければならない。祭司はこれら全部を祭壇の上で全焼のいけにえとして焼いて煙にする。これは、主へのなだめのかおりの火によるささげ物である。
とありますが、内蔵と足を水で洗わないといけないなんて大変だなーー。

あら??13節にも
内臓と足は、その人が水で洗わなければならない。こうして祭司はそれら全部をささげ、祭壇の上で焼いて煙にしなさい。これは全焼のいけにえであり、主へのなだめのかおりの火によるささげ物である。
とあります。9節とほとんど同じ文章だ。何で2度も同じようなことを書くのだろうか?よっぽど重要なことなのだろうか?

15節に
祭司は、それを祭壇のところに持ってきて、その頭をひねり裂き、祭壇の上でそれを焼いて煙にしなさい。
ただし、その血は祭壇の側面に絞り出す。
とありますが、血を絞り出すなんてすごいなーー。実際にこんなことしていたら、私の場合、どうにかなってしまいそうだ。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書5章11−15節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、14節の
その後、イエスは宮の中で彼を見つけて言われた。「見なさい。あなたはよくなった。もう罪を犯してはなりません。そうでないともっと悪いことがあなたの身に起こるから。」
が気になるので、これをもう何度か読みます。
罪はなるべく犯さないようにしないといけないです。でないと病気になる場合もあります。でも人間は気をつけていても知らず知らずのうちに罪を犯します。

No.3277 2007/10/23(Tue) 11:20:12

Re: レビ記1章 / 典子 引用

こんにちは!沙耶香さん。
おそろいの聖書を読んでいる典子です。お久しぶりです、覚えていらっしゃいますか? 
誠実に聖書を読まれていてとてもステキですね。活字アレルギーなんて言ってたこと、まるで嘘のようです。このように読めるような歩みをくださった神さまに感謝し賛美します。

壮大な出エジプト記を読み終わったとき、わたしは とてもすばらしかったので、すぐにもう1回読みたいと思ったくらいでした。それは創世記のときにも思ったことです。

レビ記も 事細かにいろんなやり方を神さまは指示しておられますね。ちょっと面食らいます。それに淡白なわたしたち日本人には ちょっと驚くような感覚もあったりして。
でも、そのように神さまのご性質の中に、大変細かく、緻密なところがある、ということがよくわかります。そのかわり、こういう書があることで、こんなときはどうするの?じゃ、こういうときは?と質問されたとき、「はいっ、これです」ときっぱり示すことができて便利だったのでしょうね。それに書きつけておかないと、人はすぐ勝手なことを始めるし、前していたことは忘れるし、そういうどーしよーもない人間のことを 神さまは憐れんで、こういう細かいルールを下さったのだと思います。

No.3278 2007/10/23(Tue) 15:52:15

再レビ記1章 / 沙耶香 引用

典子さん、おそろいの聖書でしたか?覚えていますよ。こちらも覚えていてくれてかなり嬉しいです。
私はHNを何度か変えているので、分かりにくいかと思っていましたが、典子さんは変えていないので、分かります。
いや、活字アレルギーだからこそ、自分ひとりで聖書なんていう怪物を読解できないので、こうして聖書を読む機会が与えられて、感謝します。

>>壮大な出エジプト記を読み終わったとき、わたしは とてもすばらしかったので、すぐにもう1回読みたいと思ったくらいでした。それは創世記のときにも思ったことです。

ふーん、じゃ私と一緒にこの掲示板を見ていてくださっていたんですね・・・とても感謝します。

聖書は難しくて理解しにくいですけれど、でもイエス様がかかれた書だから、読み進めて行きたいので、今後も少しずつ、一歩ずつです。

今日はもう一度、レビ記1章を読みます。

6節に
また、その全焼のいけにえの皮をはぎ、いけにえを部分に切り分けなさい。
とありますが、うーん、何だか私には怖くて到底できないですね・・・していると卒倒して気を失ってしまいそうです。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日は、ヨハネの福音書の5章16−20節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、19節の
そこで、イエスは彼らに答えて言われた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。子は、父がしておられることを見て行う以外には、自分からは何事も行うことができません。父がなさることは何でも、子も同様に行うのです。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
父なる神様子なる神様・・・何だかいろいろと難しいなーー。

No.3281 2007/10/23(Tue) 20:00:30

Re: レビ記1章 / 大垣(管理人) 引用

3節。僕たちは、イエスさまへの信仰による恵みで罪を赦されだので、罪を赦していただき、汚れをきよめるために、細かい行いをしないでよいのです。でも、イスラエルの律法は、信仰による恵みではなくて、罪のある人たちが、律法を守る行いによって、聖なる神の前に出ようとすると、どれだけ細かいことまで気をつけて、いろいろな行いをしないといけないか、ということを教えてくれるのだと思います。

>あら??13節にも・・・9節とほとんど同じ文章だ。何で2度も同じようなことを書くのだろうか?

1章は、全焼のいけにえについてですが、1−9節は、牛を全焼のいけにえとする場合。10−13節は羊を全焼のいけにえとする場合。14−17節は、取りの場合です。それぞれについて、説明があるので、繰り返しもあります。

6節と15節で、僕たちが、いけにえの動物をかわいそうと思う気持ちは、神さまにいただいています。だから、神さまも、動物がかわいそうだと思っておられます。しかし、神さまは、人間を動物よりも大切にしてくださり、人間の罪を赦すという、とても大切な目的のためには、人間がいけにえをささげるときに、羊の皮をはいだり、鳥の頭をひねり裂くことを許してくださいます。僕たち人間の罪は、そういうことが必要になるほど、悪いということが分かると思います。

No.3340 2007/11/08(Thu) 03:45:43

Re: レビ記1章 / 沙耶香 引用

本当、人間の罪は重いですね・・・

No.3346 2007/11/08(Thu) 20:21:21
(No Subject) / jilap 引用

神様にお願いしたり、質問したり、怒ったり、嘆いたり、
それでもなかなか答えてくれない時にはとても苦しみます
それでも主に信頼し、依り頼むことが許されるのは、主が
あなたを愛しておられ、豊かな恵みと信仰を与えて下さる
からだと信じます

No.3334 2007/11/07(Wed) 16:03:42

Re: / 沙耶香 引用

うん、何でも主により頼むことが大切です。
なかなか答えてくれないときは多いです。それでも忍耐を持って祈ることだと思います。なかなか信仰の道は険しいですね・・・

No.3335 2007/11/07(Wed) 18:13:08

Re: / 大垣 引用

jilap さんの書かれたことに共感します。

沙耶香さんに豊かな恵みと信仰を与えられた神さまに感謝します。

No.3342 2007/11/08(Thu) 04:06:23
聖書通読についての検討結果 / 大垣(管理人) 引用

掲示板全体のあり方については、まだ検討中ですが、聖書通読に関して、検討がしましたので、結果を報告します。

10月23日に、主にある兄弟姉妹と相談の結果、僕が掲示板での通読に対する回答をつづける場合の、基本的考えがまとまりました。そこで、東京にいるときに指導していただいている埼玉県蕨のキリストの教会の戸村先生(先生の許可をいただいて実名を掲載しています)と、沙耶香さんの牧師に、メールで下記の考えをお伝えし、お考えをうかがいました。


1.僕には聖書解釈はどれも人間の作った不完全なもの、という侮りの気持ちがありました。聖書解釈はたとえ不完全なところがあっても、多くの場合聖霊の働かれた部分もあるので、決して侮ってはいけないということが示されたと思います。悔い改めます。

2.牧師でも神学者でもない僕が、沙耶香さんを教えるのは、良くない、という意見がありました。マタイ28章8−10節で、教師はイエスだけであるべきことが、書いてあると思います。ですから、信仰によって、キリスト者の中に入られたイエスが、教えるべきだと思います。牧師や神学者は、そのように召された人たちですが、場合によっては、補助的に、それ以外のキリスト者の中のイエスがほかの人を教えるように召される場合もあると思います。牧師や神学者でなければ、教えてはいけない、ということにはならないと思います。

今の場合、沙耶香さんの通読に関して、僕が教えるように召されている可能性もあるので、部外者の考えだけに頼らず、沙耶香さんの牧師と、沙耶香さんと、僕が、僕の中のイエスが沙耶香さんを教えられるように、僕が召さているかどうか、祈りのなかで、神に聞くことが大切であると思います。

3.牧師でも神学者でもない僕を、沙耶香さんが、教師として信頼するようになったのは、良くないという意見がありました。これは、沙耶香さんが、僕という人間を信頼したのなら問題であるが、僕の中のイエスを信頼されたのなら、問題ではないと考えます。

4.掲示板の通読の目的は、沙耶香さんが、与えられたチェーン式の聖書や、インターネットを用いながら、一人でも、聖書を読むことができるように、自立を助けることに置きたいと思います。いずれ、教会で兄弟姉妹と一緒に聖書を読んでいくことが、もっと中心になっていくように、お祈りしながら進めようと思います。今までは、僕の聖書解釈を教えることを目的のひとつとしていたので、ずれていたと思います。

No.3337 2007/11/08(Thu) 03:32:32

Re: 聖書通読についての検討結果 / 大垣(管理人) 引用

No.3337 で書いたことに対しての、戸村先生の返事を許可をいただいので掲載いたします。

先日のお話の件で以下のように思いますのでご参考にしてください。
貴兄の思いにお答えできるかどうか定かでありませんが。

1.聖書解釈において、聖書そのものが唯一の権威であることを認め、謙虚に説くなら神に用いられると思います。聖書が教師で聖書解釈は生徒のような関係です。

2.主に仕え、互いに仕え、学び合うことはすべてのキリスト者の生活そのものです。聖書に親しみ、聖書に聴くことはすべてのキリスト者の基本です。誰もが聖書を互いに学び合い、聴きあうことは開かれているのです。そこでも、学び合う者が神に向く聴き方、学び方だけが実が結びます。

3.信頼する他者を通してイエスに出会うことは神のご計画です。そして、いよいよイエスだけに会う生活へと導かれることが肝要です。

4.聖書の養いは神の家族化を意図とし、やがて永遠の都での大家族をめざす意図があります。救いにしても、成長にしても、主のからだの各部分として生きることにつながるのです。それ以外の在り様はキリスト者には無いのです。


様々な経過をたどりながら導かれ主のご計画にあずかってゆくのです。信仰の創始者であるイエスから目を離さず、その方の御前で生きる幸いを味わいたいものです。

No.3338 2007/11/08(Thu) 03:34:08

Re: 聖書通読についての検討結果 / 大垣(管理人) 引用

No.3337で書いたことについて、沙耶香さんの牧師も返事をくださいました。プライバシーの問題上、掲載しませんが、戸村先生の回答と基本的な考えで一致するものでした。

僕の聖書通読に対するレスを、再開することにします。

No.3339 2007/11/08(Thu) 03:37:53
検討中 / 大垣(管理人) 引用

沙耶香さん、掲示板のあり方について、まだ検討中です。思ったより長くかかっていて、特に通読については検討中にはレスをつけませんので、管理人として心苦しいですが、ご了承ください。

どうか通読を通して神さまが沙耶香さんに語りかけてくださいますように。痛みやいろいろなこの世の試練の中、イエスさまが沙耶香さんとともにいつもともにいてくださいますように。沙耶香さんが、イエスさまのことをいつも意識することができますように。

No.3329 2007/11/05(Mon) 21:52:41

Re: 検討中 / 沙耶香 引用

いろいろと感謝します。
神様が最善の方法をきっと導き出してくださると信じます。

No.3330 2007/11/06(Tue) 08:29:41
夢 / 沙耶香 引用

私は身体障害者でもあり、体のふらつきがあるし、体調もよくないので、買い物に行って、レジの前で要らないものに気づいてそこまで持ち帰ることをせずにそこにおいてしまうことがこの前ありました。
そうしたら、昨日の夢で、置いたものはスパゲティだったと思うけれど、そのことを店員に咎められ、謝ってもとの場所に戻してレジを済ませたあとも天井から私の通ってくるところに上から納豆がどんどんどんどん落ちてきて、逃げても逃げても落ちてきて苦しんだところで目がさめました。
神様、夢の中で、そういう小さなことでもしてはいけないと語られたような気がします。

No.3308 2007/10/29(Mon) 20:26:02

Re: 夢 / 大垣 引用

ルカ16章10節に、小さい事に忠実な人は、大きい事にも忠実である、という意味のことが書いてあります。

僕の場合は、このこ聖句から、自分にも他人にも、行いについて、とても厳しい考えを持って、がんじがらめになってしまった苦い経験があります。いろいろな小さいことを、自分の力を使って、自分が忠実な行いをしよう、としたからだと思います。

どんな小さいことでも、信仰により、自分の中に入ってくださったイエスさまに、イエスさまが与えてくださった自分の経験や能力を使っていただいて、イエスさまに奉仕するように、行えるようになりたい、と思います。

No.3309 2007/10/30(Tue) 02:14:14

Re: 夢 / 沙耶香 引用

ルカ16章10節・・・
小さいことに忠実な人は、大きいことにも忠実であり、小さいことに不忠実な人は、大きいことにも不忠実です。
うん、中におられるイエス様に働いてもらえると一番いいですね・・・

No.3316 2007/10/30(Tue) 20:07:20
レビ記4章18節まで / 沙耶香 引用

今日は、レビ記4章18節までを読みます。

13,14節に
また、もしイスラエルの全会衆があやまちを犯した場合、集団はそのことに気づかなくても、主がするなと命じられたことの一つでも行って、罪に定められる場合には、
彼らが犯したその罪が明らかになったときに、集団は罪のためにいけにえとして若い雄牛をささげ、会見の天幕の前にそれを連れて来なさい。
とあるが、この時代には多分悔い改めの恵というのがなかったのだろうか?だから、罪を犯したらこういう風にいろいろしないといけなかったのだろうか?

憂鬱でお腹が痛い。神様どうか私の憂鬱や腹痛を取り去ってください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書5章41−45節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、43節の
わたしはわたしの父の名によって来ましたが、あなたがたはわたしを受け入れません。ほかの人がその人自身の名においてくれば、あなたがたはその人を受け入れるのです。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
神様イエス様・・・・

No.3292 2007/10/26(Fri) 11:46:29

再レビ記4章18節まで / 沙耶香 引用

今日はもう一度、レビ記4章18節を読みます。

私は読解力理解力が足りない愚かな低能力なものですが、どうか神様イエス様、私が読んでいるうちに聖書の意味、神様のことがもっともっと理解できるようにしてください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・

2,3節に
「イスラエル人に告げて言え。
もし人が、主がするなと命じたすべていんついてあやまって罪を犯し、その一つでも行った場合、
もし油注がれた祭司が、罪を犯して、民に罪過をもたらすなら、その人は、自分の犯した罪のために、傷のない若い雄牛を、罪のためのいけにえとして主にささげなければならない。
とありますが、本当にこの時代はいろいろと面倒だったのですね・・・大変です。

6節に
その祭司は指を血の中に浸し、主の前、すなわち聖所の垂れ幕の前に、その血を7たび振り掛けなさい。
とありますが、7たび振り掛けなさいなんてすごいなーーー。回数まで指示するなんて・・・7って完全を表す数字だったと思うけれど、そういうことが意味しているのだろうか?

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書5章46,47節,6章1−3節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・・
何度か読んでいると2節の
大勢の人の群れがイエスにつき従っていた。それはイエスが病人達になさっていたしるしを見たから

No.3293 2007/10/26(Fri) 20:54:04

Re: レビ記4章18節まで / 典子 引用

>7たび振り掛けなさいなんてすごいなーーー。回数まで指示するなんて・・・7って完全を表す数字だったと思うけれど

数字の「7」は確かに目につきますね。わたしが今朝読んだ詩篇にも「7」が出てきました。
「主のみことばは混じりけのないことば。
 土の炉で七回もためされて、純化された銀。」(詩篇12:6)
それから、さらに思い浮かべるところは、ここ、マタイ18:21「何度まで赦すべきでしょうか。七度まででしょうか。」です。ここは赦しについて 幾度も帰ってくる御おしえで、多分一生このことは大きな課題だと思っています。

No.3310 2007/10/30(Tue) 09:28:49

Re: レビ記4章18節まで / 沙耶香 引用

詩篇12章6節・・・
うん、開きました。
マタイ18章21節・・・
そのとき、ペテロがみもとに来ていった。「主よ。兄弟が私に対して罪を犯した場合、何度まで赦すべきでしょうか。7度まででしょうか。」
そのあとに7度を70倍するまでです。とあります。すごいなーー。

No.3315 2007/10/30(Tue) 20:04:10
全738件 [ ページ : << 1 ... 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 ... 74 >> ]

- HOME - お知らせ(3/8) - 記事検索 - 携帯用URL - フィード - ヘルプ - メール - 環境設定 -

- Skin: Modern v1.81 -

Rocket Board Type-X (Free) Rocket BBS