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レビ記7章28節まで / 沙耶香 引用

今日はレビ記7章28節までを読みます。

1節に
罪過のためのいけにえのおしえは次のとおりである。これは、最も聖なるものである。
とあるが、罪過ってよく出てくるが、多分罪と同じ意味だと思っていたが、辞書で引くと罪と過ちと出ていた。字のとおりだ。

6節に
祭司たちうち、男子はみな、それを食べることができる。それを聖なるところで食べなければならない。これは最も聖なるものである。
とあるが、私、ささげ物は主にささげているので、人間がそれを食べたらいけないと思っていたのだが・・・どうなってるの?

8節に
祭司が、ある人の全焼のいけにえをささげるとき、そのささげた全焼のいけにえの皮はその祭司のものとなる。
とあるが、これはどういう意味だろうか?
ある人が罪を犯して全焼のいけにえを祭司にささげたものを???あーー何だか混乱して全く分からない・・・

26節に
また、あなたがたのどこの居住地においても、鳥でも動物でも、その血をいっさい食べてはならない。
とあります。同じようなことで前にも聞いたと思うけれど、血を一切食べないなんて無理だと思うということからいろいろ広がっていったけれど、覚えていない。今聖書検索で「血をいっさい食べてはならない。」で入れてみたが、ここ以外にはないみたいだ。あまりこだわっているといけないのかもしれないなーーー。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書6章34−38節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると35節と38節の、
イエスは言われた。「わたしがいのちのパンです。信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。

わたしが天から下って来たのは、自分のこころを行う為ではなく、わたしを遣わした方のみこころを行う為です。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
この世にある、水やパンは食べたり飲んだりしていたらなくなります。しかし、イエス様への信仰を失わない限りは私たちクリスチャンは潤います。
人間は罪人だから、御心だと思っても自分のこころが入ることがあるかもしれないですね・・・

No.3312 2007/10/30(Tue) 12:36:59

再レビ記7章28節まで / 沙耶香 引用

今日はもう一度、レビ記7章28節を読みます。

18節に
もし3日目にその和解のいけにえの肉を食べるようなことがあれば、それは受け入れられず、またそれをささげる人のものとは認められない。これは、汚れたものであり、そのいくらかでも食べるものはその咎を負わなければならない。
とありますが、そんなに細かく指示しなくても・・・と思うのは人間的考えで、神様のお考えは違うんだろうなー・・・

お腹が痛い。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書6章39−43節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると40節の、
事実、わたしの父のみこころは、子を見て信じる者がみな永遠のいのちを持つことです。わたしはその人たちをひとりひとり終わりの日によみがえらせます。」
が気になるので、これをもう何度か読みます。
うん、イエス様の御心は裁きを行うことではなく、みなが救われることです。

No.3314 2007/10/30(Tue) 19:59:06
レビ記5章 / 沙耶香 引用

今日はレビ記5章を読みます。

2節に
あるいは、人が、汚れた獣の死体でも、汚れた家畜の死体でも、汚れた群生するものの死体でも、すべて汚れたものに触れるなら、それに彼が気づかなくても、彼は汚れたものとなり、罪に定められる。
とありますが、こんなことまで言われていたら本当どうすることもできないですよね・・・汚れた獣や家畜などは聖めたらいいんだったっけ?

3節に
あるいは人の汚れに触れる場合、触れた人は汚れる。その人の汚れがどのようなものであっても、そしてそれに彼が気づかなくても、彼がそれを知ったときには、罪に定められる。
とあるが、人の汚れに触れる場合ってどういう場合だろうか?
明確な罪を犯している人に触った場合だろうか?

4節に
あるいは人が口で軽々しく、悪いことまたはよいことをしようと誓う場合、その人が軽々しく誓ったことがどのようなことであっても、そしてそれに気づかなくても、彼がそれを知ったときには、これらの一つについて罪に定められる。
とあるが、悪いことをすると言うことと実際に悪いことをすることとは全く違うと思うんだけれど・・・

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日は、ヨハネの福音書6章14−18節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・・
何度か読んでいると15節の、
そこで、イエスは、人々が自分を王とするために、むりやりに連れて行こうとしているのを知って、ただひとり、また山に退かれた。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
イエス様は名声を浴びせられるのを好まれないです。素晴らしいです。私たち人間も名声や栄光は主に帰すようにしたいものですね・・・

No.3298 2007/10/28(Sun) 07:11:08

再レビ記5章 / 沙耶香 引用

今日はもう一度、レビ記5章を読みます。

天のお父様神様イエス様、読解力理解力の劣った私の能力を補充し、聖書の神様の言葉が飲み込めるようになるようにしてください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・

5節の
これらの一つについて罪に定められたときは、それを犯した罪を告白しなさい。
が印象に残りました。罪は告白せずに隠しておくと、よくないですね・・・そりゃー罪を犯さないのが一番いいが、人間は罪を犯してしまうものです。

17節に
また、もし人が罪を犯し、主がするなと命じたすべてのうち一つでも行ったときは、たといそれを知らなくても、罪に定められ、その咎を負う。
とあるが、それが罪だと知らない場合は仕方がないというような気もするが、でもやはり罪だと定められる場合は罪なのだ。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書6章19−23節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、20節の
しかし、イエスは彼らに言われた。「わたしだ。恐れることはない。」
が気になるので、これをもう何度か読みます。
恐れに支配されたらいけないです。

No.3301 2007/10/28(Sun) 21:00:53

Re: レビ記5章 / 典子 引用

>それが罪だと知らない場合は仕方がないというような気もするが、でもやはり罪だと定められる場合は罪なのだ。

今朝は詩篇19も読んでいましたので、12節が この種の罪にあたりますね。12-14節をわが祈りとして特に祈りたいです。

No.3311 2007/10/30(Tue) 09:37:01

Re: レビ記5章 / 沙耶香 引用

詩篇19章・・・
だれが自分の数々の過ちを
悟ることができましょう。
どうか、隠れている私の罪をお赦しください。

私も典子さんのように、感想を見て、ほかの聖書の箇所が思い浮かぶようになりたいなー――。

No.3313 2007/10/30(Tue) 12:42:22
レビ記6章 / 沙耶香 引用

今日はレビ記6章を読みます。

2,3,4,5節に
「人が主に対して罪を犯し、不実なことを行うなら、すなわち預かり物や担保のもの、あるいはかすめたものについて、隣人を欺いたり、隣人をゆすったり、
あるいは落し物を見つけても、欺いて偽りの誓いをするなど、人が行うどれかについて罪を犯すなら、
この人が罪を犯して罪に定められたときは、そのかすめた品や、脅迫してゆすり取ったもの、自分に託された預かり物、見つけた落し物、
あるいは、それについて偽って誓った物全部を返さなければならない。元のものを償い、またこれに5分の1を加えなければならない。彼は罪過のためのいけにえの日に、その元の所有者に、これを返さなければならない。
とあるが、うん、これは時代を超えて、私なんかでも納得できる。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書6章24−28節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、27節の
なくなる食物のためではなく、いつまでも保ち、永遠のいのちに至る食物のために働きなさい。それこそ、人の子があなたがたに与えるものです。この人の子を父すなわち神が認証されたからです。」
が気になりますので、これをもう何度か読みます。
この世的にすぐに消えてしまうものより永遠のいのちに通じるもののほうが素晴らしいのですよね。

No.3306 2007/10/29(Mon) 11:49:36

再レビ記6章 / 沙耶香 引用

今日はもう一度、レビ記6章を読みます。

21節の
それを油でよくこねて平なべの上で作らなければならない。それを、粉々にした焼いた穀物のささげ物として持ってはいらなければならない。主へのなだめのかおりとしてささげなければならない。
が印象に残りました。粉々にした焼いた穀物のささげ物・・・

30節の
しかし、聖所での購いをするためにその血が会見の天幕に持っていかれた罪のためのいけにえは、食べてはならない。これは火で焼かなければならない。
が印象に残りました。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日は、ヨハネの福音書6章29−33節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、32,33節の
イエスは彼らに言われた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。モーセはあなたがたに天からのパンを与えたのではありません。しかし、わたしの父は、あなたがたに天からまことのパンをお与えになります。
というのは、神のパンは、天から下ってきて、世に命を与えるものだからです。」
が気になるので、これをもう何度か読みます。
本物の神のパン・・・

No.3307 2007/10/29(Mon) 20:20:04
レビ記3章 / 沙耶香 引用

今日は、レビ記3章を読みます。

先ほどから子供の声がにぎやかだ。遠足か何かだろうか?

3,4節の
次に、その人は和解のいけにえのうちから、主への火によるささげ物として、その内臓をおおう脂肪と、内臓についている脂肪全部、
2つの腎臓と、それについていて腰のあたりにある脂肪、さらに腎臓といっしょに取り除いた肝臓の上の小葉とをささげなさい。
は何だか今でいう病院への献体という感じに思えますね・・・

6節に
主への和解のいけにえのためのささげ物が、羊である場合、雄でも雌でも傷のないものをささげなければならない。
とありますが、人間にささげ物をする場合、傷があってもなくても、食べたら同じだという気がするけれど、主へのささげ物は違うんだなーーー。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書5章31−35節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、35節の
彼は燃えて輝くともしびであり、あなたがたはしばらくの間、その光の中で楽しむことを願ったのです。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
イエス様の光・・・

No.3290 2007/10/25(Thu) 11:16:01

再レビ記3章 / 沙耶香 引用

今日は、もう一度レビ記3章を読みます。

6節に
主への和解のいけにえのためのささげ物が、羊である場合、雄でも雌でも傷のないものをささげなければならない。
とありますが、主への和解のいけにえのささげ物・・・なんて何か大袈裟なような気もするが、それだけ人間は罪深いということなのかな?

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日は、ヨハネの福音書5章36−40節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、どれも気になるのだが、特に気になったのは、40節の
それなのに、あなたがたは、いのちを得るためにわたしのもとに来ようとはしません。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
永遠の命を得る方法があるのに、イエス様の元にこない愚かな人間が非常に多いのだ。でも人間愚かな生き物なのだ。

No.3291 2007/10/25(Thu) 22:33:48

Re: レビ記3章 / 典子 引用

> 主への和解のいけにえのためのささげ物が、羊である場合、雄でも雌でも傷のないものをささげなければならない。

羊の初子の中からそれも最良のものを、それも自分自身で持ってきた(創世記4:4)アベルを連想します。そして、同時に アベルとは対照的だったカインの態度をも思い起こします。

> それなのに、あなたがたは、いのちを得るためにわたしのもとに来ようとはしません。
> 永遠の命を得る方法があるのに、イエス様の元にこない愚かな人間が非常に多いのだ。でも人間愚かな生き物なのだ。


わたしもイエスさまを信じる4年前までは イエスさまの元に行こうとしない愚か者でした。そして、信仰を持った今も 自分の愚かしさにあきれ、ああ、この愚かさは底なしだ、と思わされます。それでも、イエスさまはそばにいてくださる、愚かさも罪も皆ひっくるめて、わたしの闇の部分を全部しょってひっかぶって、十字架にかかってくださった。感謝が溢れてきます。

No.3304 2007/10/28(Sun) 22:29:13

Re: レビ記3章 / 沙耶香 引用

創世記4章4節・・・
また、アベルは彼の羊の初子の中から、それも最良のものを、それも自分自身で、持ってきた。主はアベルとそのささげ物とに目を留められた。
カイン??出てきたが、対照的だったとか覚えていない・・・カインで聖書検索すると、カインは弟アベルを殺したらしい。

うん、クリスチャンになっても、やはり人間は罪人、ひっきりなしに罪を犯します。イエス様みたいに完全無欠にはなれないです。そんな愚かな私たちのために十字架にかかってくださいました。

No.3305 2007/10/29(Mon) 09:21:55
最近 / 沙耶香 引用

私の市内にあった銭湯が閉鎖されました。近くに温泉ができた体と思います。大きな銭湯だったんだけれど・・・銭湯なんて段々と閉じられて、もう銭湯なんてこの町にはないのではないかな?
私は温泉のような軟水は苦手なので、銭湯が閉じられると悲しい。でも大体の人は普通の銭湯より温泉を好む。芸能人で家や別荘にまで、温泉を引いている人もいる。
昔はそこかしこに銭湯があったのに段々と閉じられた。家庭内でお風呂が主流になっているからだ。

公衆電話も段々と減っていって、外に出ていてちょっと連絡しようと思っても困る。
教会行事で、家から少し離れたところで、牧師と待ち合わせしていて、20分過ぎてもこないからおかしいと思ってあたふたしても、その辺には公衆電話はないし、家に帰るのには10分くらいはかかるけれど、もう仕方がないから家に帰ってかけた。
NTTの人に公衆電話を増やすように言っても、今はみんな携帯電話を持っているからと言うので、公衆電話はかなり維持費がかかり、公衆電話の部門は大体赤字なんだそうだ。段々減らす方向に行っているときに増やせと言われても困ると言われた。
増やすように個人で要望しても駄目で、団体で要望してこないといけないらしい。

一家全員で携帯電話を持ち、連絡しあう・・・これが今の家族の風景だけれど・・・昔のよさが段々となくなった様に思うなー――。

No.3294 2007/10/27(Sat) 10:55:43

Re: 最近 / 大垣 引用

銭湯とか、公衆電話とか、家にお風呂があり、携帯電話を持っている人にはもう必要がないので、そういう人にはどんどん便利になっている、という面があります。それと同時に、家にお風呂がなかったり、携帯電話を持つ財力がなかったりする人たちには、どんどん不便になっている。便利になったから、豊かになったから、進歩だと考える前に、「進歩」のために困っている人たちもいる、ということも考えたい、と思います。

No.3297 2007/10/27(Sat) 22:10:29

Re: 最近 / 沙耶香 引用

>>便利になったから、豊かになったから、進歩だと考える前に、「進歩」のために困っている人たちもいる、ということも考えたい、と思います。

うん、そういう風に本当に思って、貧しき人を気に病んでくださっているのはイエス様だと思います。

No.3299 2007/10/28(Sun) 07:13:16

Re: 最近 / 典子 引用

沙耶香さん、お近くの銭湯が閉じられたとのこと、その分遠くまで通うことになると、交通の便とか時間もかかったりとか いろいろと大変になるのですね。これから寒くなるから、どうぞ風邪をひきませんように、とお祈りします。わたしは今は家に風呂があってほんとうに感謝しますが、かつて自分も銭湯に行ってたときは、一人暮らしで毎日口にするものもやっとだったので、帰り道はふらふら、手すりにつかまって階段を上ったりしました。
天のお父さま 御名をあがめて賛美します。きょうまでいただいた全ての恵みを感謝します。主に在る姉妹の沙耶香さんが 利用していた銭湯が閉鎖されて大変悲しんでおられます。どうか、そのご不便さをご覧になり、今後通われる銭湯が少しでも利用しやすい快適なものでありますように。どうぞこの祈りをお聞きください。また、外出した際などは 沙耶香さんが度々家に帰らずとも良いように、不安に思うことができるだけ少ないように、お計らいくださいませ。どうぞ沙耶香さんが心細く思うとき、あなたが共にいつもおられることを 沙耶香さんが感じられますように。悲しい気持ちが溢れるとき、どうぞあなたからの慰めが豊かにありますように。このお願いを すべて感謝して、信じます尊いイエスさまのお名まえを通して御前にお捧げします。アーメン。

No.3303 2007/10/28(Sun) 22:07:41
沙耶香さんへ / 典子 引用

>イエス様は名声を浴びせられるのを好まれないです

ああ、ほんとうに同感です。イエスさまは「永遠にメルキゼデクの位に等しい大祭司となられ」たお方ですが、(ヘブル6:20)でも、金ぴかの、きらびやかな刺繍の祭司の荘厳な服をお召しになっても、きっとちぐはぐな感じがしたと思います。それは 中身があまりにも輝いていて、祭司の服の立派さもかすんでしまう程だと思うから。

No.3300 2007/10/28(Sun) 18:42:22

Re: 沙耶香さんへ / 沙耶香 引用

ヘブル6章20節・・・
イエスは私たちの先駆けとしてそこにはいり、永遠にメルキゼデクの位に等しい大祭司となられました。

イエス様のように私たちは謙虚でなければならないですね・・・

No.3302 2007/10/28(Sun) 21:06:34
大垣さんへ / 典子 引用

わたしはできることなら、沙耶香さんの通われている教会に行って 直接沙耶香さんにお目にかかって、共に賛美歌を歌い信仰を励まし合えたらいいのに、と心から思います。でも、わたしにそんな予算がありません。だけど、もしできるなら、ほんとうなら、そのようにしての励まし合いも 4年も経っていながら出来ないことが残念でたまりません。この活動には予算というものはないのでしょうか?活動費のようなもの。ネットで掲示板を運営してるのみですか? 今まで閉ざされていたものが(聖書の学びとか 兄弟姉妹との新たな出会いとか)実際に足を運ぶことで 開かれる可能性というのを 大垣さんは選択肢の中には持っておられないのでしょうか。
それは簡単なことではないかもしれませんが、メールでだけ、沙耶香さんの通われる教会の牧師の方とのやりとり、限界がありませんか?帰国されるときに、どうして行こうとなさらないのでしょう。初めから ネット上で、と限定しているために、可能性の広がりを逆に閉じているかもしれない、ということを お考えになったことはありませんか?ネット上でできること(だけ)を考えているから、ということになってはいませんか? 

No.3283 2007/10/24(Wed) 10:39:45

Re: 大垣さんへ / 沙耶香 引用

>>わたしはできることなら、沙耶香さんの通われている教会に行って 直接沙耶香さんにお目にかかって、共に賛美歌を歌い信仰を励まし合えたらいいのに、と心から思います。でも、わたしにそんな予算がありません。

こういう風に私のことを考えてくださっている人がこの世の中にいると思うだけでもう私は嬉しくて満足で、生きている価値がないのでは?といつも家族や世間に思わされる中で涙が止らないくらい嬉しいです。

>>それは簡単なことではないかもしれませんが、メールでだけ、沙耶香さんの通われる教会の牧師の方とのやりとり、限界がありませんか?帰国されるときに、どうして行こうとなさらないのでしょう。

管理人様かなり多忙で奥様もおられますし、子供様もおられます。それに神様がこのようなネットのみで私を支えてくださるという状態を作られました。最初のころは会いたいと思っていましたが、祈ったり、いろんな意見の交わしあいの中で私は管理人様と主にあってつながっている、本当の家族同様に考えてくださっている、私は一人ではないんだと強く実感しています。
家族からも虐待を受け、世間からも見放され、教会の中でも一人孤立していて牧師と管理人様のみが私を受け入れてくれていて感謝しています。

人間の常識的考えでは、会うということが一番大切なように思うけれど、会わなくても通じ合うことができることもあることを知ってほしいと思います。

No.3284 2007/10/24(Wed) 10:54:31

Re: 大垣さんへ / 典子 引用

>会わなくても通じ合うことができることもあることを知ってほしいと思います。

沙耶香さん、もちろんです。そういう関係は存在するし、尊いものです。でも、

>ネットのみで私を支えてくださるという状態を作られました

このような考えに落ち着いてしまうのは もったいないです。そういう状況にあるので、それ以外を思わないようにさせられていったように思います。
沙耶香さんとのごくごく初めの時、なかなかお住まいの場所を沙耶香さんは教えてくださいませんでしたね。でも、どこか地域の教会がないか、探せないものか、そのために、どうしても知りたかったので、わたしはしつこくお尋ねしました。かなり嫌がっておられましたが(笑)、最終的には地域だけは教えてくださいました。それで大垣さんには連絡することができました。

>牧師と管理人様のみが私を受け入れてくれていて

今はまだわからない、目には映っていないでしょうけれども、きっと、きっと この方たちだけではないんですよ、ということが明らかになると思います。

会わなくても通じ合えます。しかし、何とかしなくては、というとき、それなしでどんな方法がありますか?ということも言えるとわたしは思っています。

No.3286 2007/10/24(Wed) 11:57:32

Re: 大垣さんへ / 沙耶香 引用

>>沙耶香さんとのごくごく初めの時、なかなかお住まいの場所を沙耶香さんは教えてくださいませんでしたね。でも、どこか地域の教会がないか、探せないものか、そのために、どうしても知りたかったので、わたしはしつこくお尋ねしました。かなり嫌がっておられましたが(笑)、最終的には地域だけは教えてくださいました。それで大垣さんには連絡することができました。

ふーん、そうだったんだ??多分そのときにクリスチャンの人で私のことを誤解して変に取った人がいたんで警戒したんだと思います。教会は神様が捜してくださり導いてくださいました。
途中でみながいろいろうちの教会や牧師を批判し、教会を変えようかとほかの教会に日曜日以外に送迎してもらって連れて行ってもらったが、結局は元のところに帰れということで落ち着き、これが一番よかったと思っています。

>>今はまだわからない、目には映っていないでしょうけれども、きっと、きっと この方たちだけではないんですよ、ということが明らかになると思います。

今の教会の人だって、始めは私を受け入れてくれていたのですよ。でも段々と私がほかの人よりいろんな面で劣っていることや、馬鹿で愚かな性格とか容姿(顔もブスで体も太っていて醜い)とか身だしなみのなさとか・・・怠惰じゃないんだ・精神障害上いろいろやむをえないところが多い。・・・で結局段々とみなが相手にしなくなり、今は牧師ともう一人の姉妹と管理人様のみとなりました。

>>しかし、何とかしなくては、というとき、それなしでどんな方法がありますか?ということも言えるとわたしは思っています。

一番最初、会わないと信じてもらえない、私の言っていること、うそっぽいから信じてもらえないと思っていました。うちの牧師は、会っていたので、私のことを信じてくれました。いや、会う前から信じていたみたいです。管理人様も実際私を最初は疑っておられました。でもイエス様が変えてくださいました。
人間的には不可能でもイエス様には不可能はありません。
会わなくても信頼関係はできます。イエス様を介入させることです。イエス様イエス様イエス様・・・愛している・・・・

No.3289 2007/10/24(Wed) 21:21:50
『モーゼとアロン』 / 典子 引用

先週、ベルリン国立歌劇場オペラ『モーゼとアロン』という作品を鑑賞する機会を与えられました。オペラそのものが生まれて初めてで、それだけでもびっくりなのに、この作品はシェーンベルクという斬新な作曲家によるもので、さらに演出も斬新で、モーセもアロンもイスラエルの民も、皆、黒のスーツに髪はオールバックになでつけて真っ黒なサングラスをかけている。全員! 相当に変わった演出でした。それだけに、普通なら衣装や舞台セット、照明などで雰囲気をじゃんじゃんかもし出すところが、言葉(せりふ)と音そのもの、つまり演じる歌手たちの実力と、オーケストラの演奏の力がそのまま現れるという 独特のものでした。
一緒に行ったノンクリスチャンの夫には、前日、出エジプトの4章を読み聞かせしておりました。それで、当日「どっちがおにいさんだ?」とたずねると、「アロンだろ」と答えてくれました。(ちなみにモーゼはバス、アロンはテノールでしたね 実際のふたりの声はどんなだったでしょう!!イエスさまの声とともに 気になるところです)
オペラでは モーセが山に行ったっきり帰ってこないので、ふもとで民が不満を言い出し、遂にはアロンが皆の要求を呑んで 拝むための金の像を民に与える・・・最後は 「言葉」について 問いを投げかける形で終わりました。

わたしたちが こうして聖書を読んでいけること、すべて言葉があるので可能になっていることをあらためて思います。

(あ、そういえば、タレントの楠田えり子さんが割と近い席にいました。個人的な趣味で来られていたのかな?仕事にも生きてくるのかな?なんて思ってみました)

No.3279 2007/10/23(Tue) 16:19:12

Re: 『モーゼとアロン』 / 沙耶香 引用

典子さん、前に交流があり、お世話になった方じゃないでしょうか?かなりお久しぶりですね・・・お元気そうで、何よりです。
タレントの人が近くに座っていたなんていうところをみると、お住まいは東京なのかな?

No.3280 2007/10/23(Tue) 16:29:05
お久しぶりです / マルセリーノ 引用

沙耶香さん、お元気そうで何よりです。
聖書をしっかりと読んでいらっしゃるようですね。
ここをご覧になっている人から以前、メールを頂いたことがありますが、沙耶香さんがこうして一生懸命に通読している様子を見て、とても励まされたという内容でした。

沙耶香さんと大垣さんのやりとりが、お二人の知らないところで、誰かが励まされていることを思うと、神の働き、神の計画の偉大さを考えずにはいられません。

それだけでも、この掲示板が神に用いられている証拠です。
これからもきっとどなたかに、大垣さんや沙耶香さんを通して、神は人々に何らかの働きをもってくださることでしょう。

さて、私の近況を報告しますね。

昨年秋に、ちょっとした手術をした後、今年に入ってから左半身(首から下すべて)に強いしびれや痛みが生じ、頚椎症と椎間板ヘルニアと診断されました。

歩く仕事だったんですが、少し歩くと足をひきずるようになり、患部に直接麻酔する、ブロック両方を首と腰にし続けましたが、痛みが緩和されるのと引き換えに、その強い薬の副作用で、安定していた糖尿病が短期間に一気に悪化してしまいました。
また、左半身をかばい右腕を酷使し過ぎたせいで今度は右肩を痛めてしまい、少しでも上に挙げようとすると激痛が走り、動かせなくなりました。
MRI撮影したら、水もたまっているそうです。

ただ、感染症を起こす可能性が非常に高いということで、ヘルニアや肩の痛みに効果的なブロック治療が出来ない状態になり、左足(左上半身はだいぶ良くなった)や右肩に関しては、内科的な数値が安定するまでは、しびれや激痛も我慢するしかない状態です。

常に痛み止めを飲み続けていないと、辛いかな…

しかし、糖尿病の悪化を放置したら、様々な合併症を引き起こしてさらに大変なことになってしまう可能性が高かったので、よい時期に会社の健康診断が行われたことに感謝しております。

20日近く入院しましたが、先週の金曜日に退院し、今は食事制限と、毎食前に自分で血糖値を計りインスリン注射を打ってから食事をし、後は、治療出来ない肩などを、固まってしまわないようにリハビリを続けて治療が出来る状態まで待たなくてはなりません。

いまだに体調が非常に悪い時もあり、また、良かった時は仕事が異常な忙しかったこともあって、ネット活動どころか現実でのクリスチャンとしての活動も、なかなか出来ない日々が続いております。

しかし不思議なもので、そんなさなかにも、神はサイトを通して多くの人に働きかけ、恵みを与えてくださることを切に感じました。

私も携帯とパソコンの両方のサイトを運営していますが、今月もまた、以前、サイトを通してメールをくださっていろいろとお話した人の中から、2人の人が洗礼の恵みへと導かれました。

7日にはすでに1人の女性が洗礼式を終え、そして20日にはもう1人のかたが洗礼に授かります。
キリスト教関連サイトを始めてからもうすぐ3年。
サイトに来られた未信徒の方々のうち、約30名の方々が神の導きにより受洗されました。
また、仏教やその他カルトから改宗された方もおりました。
本当にありがたいことです。

私は聖公会の信徒ですので、本来なら聖公会一色のサイトにするべきでしょう。
しかしあえて私は、様々な教派と連携をとり、神の働きに委ねる方針をとりました。
自分の所属教派だけの宣伝にとどまらなかったということに関しては、批判される人も中にはいらっしゃると思います。

しかし、たとえ私が不完全であっても、その補完を神がなさってくださることを信じ切っていました。
だからこそ、神も自由に、サイトに訪れる人々に働きかけることが出来たのかも知れません。

それは、このCFIについても同じだと思います。
大垣さんも、そして誰しもが不完全であります。

牧師や教役者、聖職者と呼ばれる人々や、クリスチャンになって何10年たったという人でも、間違った聖書解釈をしたり、神の意に反する事をしてしまうというのも決して珍しいことではありません。

しかしそんな中で、いや、そんな中だからこそ人々は互いに成長していくと思うのです。

それは教わる側のみならず、導き、教える側にとっても、成長へとつながっていくと感じます。

そしてそういったことも、もしかしたら両者に神が計画を持って働いているということも十分にありえます。

BISKO様も様々なご意見を述べておられますね。

BISKO様、改めて初めまして。

マルセリーノと申します。

BISKO様ももしかして、ここに居場所を見つけられたのかな…
そんな気がします。

ICFのことを色々とご考慮なさり多くのご意見を書き込みいただいたことを感謝いたします。

ネットの世界には数え切れないほどのHP、サイト、掲示板等があります。
しかしどのサイトも「すべての人を満たす」ことはあり得ないことですよね。
それぞれのサイトには、それを必要としている方々が集います。
掲示板でもそうですね。
自分には合わない、自分には不必要と感じている人は、書き込まずに黙って去っていき、自分に合う別なサイトや掲示板を探して歩きます。

そういう意味では、BISKOさんも、無意識の中でここを必要と感じられたのでしょうねえ。

あなたの中に闇があるなら、それを吐き出す場所も必要ですから…

それが教会であれ、ネットであれ、またクリスチャン以外の友人知人との場であれ、神があなたにとって最良の場を与えてくださると思います。

また、BISCO様に1つだけ私の事をお伝えしますが、私もなかなか活動出来ないこともあり、CFIの協力者であることを辞退することも考えたこともありますが、短い期間だけで今出来ることだけを考えるのではなく、神の長い大きな計画の中で、いつどこで私を用いるかも知れないということを信じている…すなわち神に身を委ねることにしています。

ですから、神が、私をCFIにとって不要と考える時が来たならばきっと大垣さんに働きかけると思っていますし、その時が来たならばそれは素直に受ける所存であります。

もし自分の勝手な状況判断で辞退したならば、神に逆らうことにもなりかねません。

もしBISKO様がクリスチャンならば、神に身を委ねるということがどのような事か、きっとお分かりいただけることと思います。

また、沙耶香さんがここに来られることも、大垣さんが一生懸命それに応えようとしていることも、先ほども書いた通り、これはお二人にとって。神が今必要として与えられているのかも知れないということも、ご理解出来るのではないかと思います。

神が計画した時が満ち、沙耶香さんがここを離れる時がいつかは訪れるかも知れませんが、それまでは、共に祈り、支えていただければ幸いです。

さて、長くなりましたね。

外はすっかり秋の気候に変わりました。
これから冬に向けて、場所によっては加速度的に寒くなっていきます。
体調を崩しやすい時期です。
体には十分、お気をつけてください。

しかし早いなあ…
クリスマスまであと2ヶ月と少しかあ…

No.3258 2007/10/18(Thu) 16:07:48

Re: お久しぶりです / 大垣 引用

マルセリーノさん、体調が悪いなかを、書き込みをしていただき、どうもありがとうございます。

掲示板での僕のレスのしかたについて、変えるのが御心だと思います。考えがまとまってきたので、書けたらメールしますので、もし時間が与えられましたら、祈りの中で、検討してみてください。

どうか、神さまがマルセリーノさんの体調を見守ってくださいませ。しびれや激痛でさえも、神さまが、他のこととともに働かせ、マルセリーノさんが、十字架の上で苦しまれたイエスさまにさらに近づけるために用いてくださることを信じて、期待して、感謝します。

No.3259 2007/10/18(Thu) 20:15:36

Re: お久しぶりです / 沙耶香 引用

マルセリーノさん、本当にお久しぶりです。
以前も体調を崩されているとかで心配していたのですが、またいろんな苦難に遭われて大変さが伝わってきます。
でもイエス様が友におられて、いろいろと働いてくださいますね。
私なんかにも気遣っていただき本当に感謝します。
天のお父様神様どうかマルセリーノさんの体調が癒されますように。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・

No.3261 2007/10/18(Thu) 20:30:34

お別れの挨拶。 / BISKO 引用

マルセリーノさん。こんにちは。

マルセリーノさんの書き込みを読んで、自分自身について気付いたことがあります。

それは、

>BISKO様ももしかして、ここに居場所を見つけられたのか
な…そんな気がします。

と書かれた部分についてです。

自分の「居場所」をこの掲示板で見つけなければならないような状態に(無意識であっても)自分の心があるのであれば、その心の状態と現実的な状況が根本的におかしい、また、病んでいる、という事です。

「居場所」というのは、自分の心のよりどころ、主要な関心事、そして求める人間関係がどこに存在するかの問題だと私は考えます。

そのような、自分のよりどころとしての「居場所」がこの掲示板に依存しているのだとすれば、それは私にとっては、自分自身の周囲にいる直接の兄弟姉妹たちを信頼せず、ないがしろにし、無視し、かえって自分だけの世界へと逃げ込もうとする極めて自己中心的な「罪」です。

マルセリーノさんが仰ったように、

>そういう意味では、BISKOさんも、無意識の中でここを必要と感じられたのでしょうねえ。 あなたの中に闇があるなら、それを吐き出す場所も必要ですから…

私は、自らの内にある「闇」をここで吐き出し、それをまるで「光を放っている」かのように、自己満足に浸っていました。

私がここで色々な「意見」を書き込んできたのも、ただ、「自分を認めて欲しい」という利己的な理由、すなわち「自己の正当化、自己の表現」だったのだと思います。 それを、「沙耶香さんを助ける」という大義名分をつけて色々とやかましく語ってきたのだと思います。

それはまた「他人の事情にみだりに干渉する」ということでもあります。考えてみれば、沙耶香さんの実生活に直結する教会のことに関して、彼女に一度もあった事の無い私が色々と意見すること自体が、まさに愚の骨頂でもあります。

単に情報交換、意見交換という場ではなく、自分の「居場所」としてネットの掲示板に拠り頼んでいるなら、それは私にとっては、現実の兄弟姉妹たちとの交わりを深める努力を怠り、安易な道を臆病に選択していることとまったく同じことを意味します。

「義人は信仰によって生きる。もし恐れ退くなら、わたしの心は彼を喜ばない。」ヘブル書。

私、この掲示板から離れます。

いえ、離れなくてはなりません。

この掲示板が良い、または悪いという問題からではなく、自分自身のクリスチャンとしての歩みにあっての健全さの問題として、離れます。

沙耶香さんに、現実のキリスト者としての交わりの中にあっての場が、今後、豊かに与えられて欲しいと願うことには変わりありません。

しかし、それを自分中心の理屈や、事情を知らない者の無責任なアドバイスを通して語っても仕方が無い、いえ、むしろそれはしてはならないことです。

私は、今後この掲示板を離れます。

そして、現実の友たちと関係を深めてゆくことに時間と労力を使い、心を割いてゆきます。

その行為が、私からの、沙耶香さんへの、メッセージです。

それが「神の御心」であるかどうか、そんなことは私には判りませんが、自分の行いによって自分の信仰を示すという意味では、これが私ができる最善の、心からの選択です。

この掲示板に今後祝福があるようにとは、私はあえて祈りません。それは、神にゆだねられたこととして、手放す所存です。

私たちを正しく裁かれるのは、主です。

突然のことで申し訳ありませんが、これで最後の書き込みとなります。管理人さんに差し上げたメールアドレスも、しばらくしたら閉鎖します。

マルセリーノさん。大切なことに気付かせていただいてありがとうございました。 

沙耶香さん、どうぞご健在であってください。

管理人さん、色々ときつい言葉を自己満足のためにあなたにぶつけてしまったこと、お許しください。

掲示板の他の閲覧者の方々。お見苦しい書き込みを多数してしまい、失礼致しました。

BISKO

No.3263 2007/10/19(Fri) 07:00:10

Re: お久しぶりです / マルセリーノ 引用

●大垣さん●

お祈り感謝です。
病に負けることなく、病にあるからこそ気付く恵みや与えられているものも沢山あるんだなあと感じています。

大垣さんもお忙しいと思います。
体調には十分、お気をつけてください。

●沙耶香さん●

覚えていてくださいましたね。
嬉しいなあ。
(*^_^*)

時々ここを見ては、あなたの聖書通読を感心しておりました。
聖書は、あらゆる書物の中で、もっともわかりやすく、同時にもっともわかりにくい書物かもと思います。

神は私たちの知識・思考をはるかに超えている存在であるから、私たち人間の考えでは理解できないことも沢山ありますからねえ。
特に旧約においては、【何で???】ということは少なくないと思います。
私は、生きているうちにわからなかったことは、いつの日にか神のみもとに行くことが出来た時に、神に直接聞いてみたいと思っています。
というか、その瞬間にはすべての答えが与えられているかも…

クリスチャンでも、「洗礼受けたらハイ終わり」という人も少なくない中で、あなたのように、聖書を理解しようとしている人がいるということは、本当に励みとなります。

沙耶香さんも体調が安定しない時もあるかと存じます。
そんな時は無理せずに、ゆっくりと体を休めてくださいませ。

ここまで書いた所で、ちょっと用事が…

BISKO様には午後にでも改めて、メッセージをと思います。
先に一言だけ…あなたの↑の真摯な書き込みに、心から感謝します。

では、途中ですが、また後ほど…

No.3264 2007/10/19(Fri) 09:00:07

Re: お久しぶりです / マルセリーノ 引用

●BISKOさん●

こんばんは。遅くなりました。
きっと読んでくださると思います。

この上にあるNo.3263の書き込みは、BISKOさんもある意味、勇気がいったことかと存じます。

自分で自分のことをあのように言える人はなかなかいないと思います。

BISKOさんはBISKOさんなりに、ご自身の経験を基にして本気でご心配してくださったのだと思います。

私のサイトでの事ですが、掲示板に来られる方々に対して私は時々このように書きます。
「いつまでも掲示板やネット上の私を頼りにするのではなく、実社会の人間関係の中で様々な悩みや信仰上の問題等を解決出来るようになることがベストです。ですから、時が来たなら掲示板をいつしか卒業してもらえるのが、私の理想です」
と…

特に、主イエスに導かれながらもクリスチャンの知り合いが居ない人は、教会にいきなり行くことは勇気が居る場合もあります。
そんな時は、その人の住む地域の教会を調べ、牧師や神父さんに電話やメールをして事情を話して、その人が出来るだけ現実の教会へと足を運べるように段取りをすることもしばしばあります。
近県ならば直接お会いして、一緒にお近くの教会に行くこともあります。

BISKOさんのおっしゃる通り、理想は、すべてが実社会でまかなえることだと私も思っていますし、大垣さんもきっと同じ気持ちだと思います。

しかしながら、今、多くの教会では決して求道者や未信徒、もしくは悩める信徒に対して救いの手を差し伸べているか、もしくは満たすことが出来るかといえば、残念ながらなかなかそうはいかない教会も少なくありません。

牧師が忙しくて時間が取れなかったり、牧師不足で、礼拝の時にしか牧師は来ないという教会も多くあります。
信徒が求道者に対して高圧的な態度で接してしまう教会もあります。
教会内で信徒同士で「いじめ」があったり、その他様々な出来事があったりします。

そのような状況の中にある人は、場合によっては神に導かれながらも教会に失望してしまったり、クリスチャンとなっても人間関係や様々なしがらみ、もしくは教会の中の現実に直面して信仰を捨ててしまうケースも少なくありません。

また、事情によっては、体調や仕事の関係で、なかなか教会側の都合のいい時間にあわせられない人もいます。

HPやサイト運営者の中には、来訪者を増やすことにやっきになったり、来られた人をつなぎ止めておくことに必死になっているケースも多々あります。
クリスチャンサイトでも、そのような運営者・管理者は確かにおります。

しかし大事なことは、何らかの事情でサイトに導かれた人に対して、いかに最善を尽くすかということです。

一時的にせよ、BISKOさんが何らかの経路をたどってCFIに導かれたことは、BISKOさんだけでなく、訪れていただいたCFIにとっても、また、沙耶香さんにとっても、BISKOさんは、必要な時に現れた、必要な人だったように思います。

ですから、サイトを運営することによって、管理者側が一方的に発信するのではなく、管理者側、そして来訪者が互いにプラスとなっていくことが、1番理想的ではないかと私は考えています。

そしてそれが、果たして今生かされるのか、将来においていつか生かされることなのかは、私にはわかりません。

BISKOさんがここで発言なさった様々なことも、大垣さんも私も否定的にとらえるのではなく、真摯に受け止めていき、今後のプラスにしていきたいと思いますし、また、発言なさったことや私のようなものの言葉でBISKOさんご自身にも、何らかのプラスがあったとしたなら、本当に幸いなことだと思います。

ここに集う方々の誰が正しい、誰が間違いということでなく、教団・教派・教会は違えど、同じ主を主と仰ぎ信じる兄弟姉妹として、これからも共に成長出来ればと思います。

もうここには来られないとおっしゃっていますが、私は自分のサイトでも来る人に伝えてますが、それさえも神に任せています。

神がBISKOさんに何らかの働きかけを持ってまたここに導いた時には、どうぞまた遠慮なくお越しいただければと思います。

どのような形であっても、神の御前にて、お互い最善の歩みが出来ればと思います。

BISKOさんの今後に、さらなる祝福がありますように…

No.3267 2007/10/19(Fri) 23:13:06

Re: お久しぶりです / 大垣 引用

3日間ほど旅行中でした。

●BISKOさん●

>お許しください。

BISKOさんの書き込みは、僕にとってこの掲示板だけでなく、信仰の歩みを見直すための貴重な助言を多く含んでいました。どうもありがとうございました。

●マルセリーノさん●

体調が悪い中を、多くの書きこみをしていただき、どうもありがとうございます。

No.3274 2007/10/22(Mon) 11:00:54
出エジプト記39章 / 沙耶香 引用

今日は、出エジプト記39章を読みます。

25節に
また彼らは、純金の鈴を作り、その鈴を青服のすそ回りの、ざくろとざくろとの間につけた。
とあるが、目立つように工夫されたんですね・・・

30節に
ついで、聖別の記章の札を純金で作り、その上に印を彫るように、「主の聖なるもの」という文字を書き付けた。
とあるが、最後のほうの文字という字にふりがなでもんじとつけてありますが、何か意味があるのだろうか?あまり関係ないかもしれないが・・・

39節に
青銅の祭壇と、それにつく青銅の格子と、棒と、そのすべての用具、洗盤とその台、
とあるが、洗盤とは何だろうか?と思って、前にも出てきたなと思い、聖書検索すると30章18節に青銅の洗盤ということで出てきている事が発覚し、そのあたりの掲示板を開いてみると、あの模型のサイトに出ていたことを管理人様がご説明くださっています。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書4章46―50節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、48節の
そこで、イエスは彼に言われた。「あなたがたは、しるしと不思議を見ない限り、決して信じない。」
が気になるので、これをもう何度か読みます。
うーん、信仰を深めるってかなり大変なことですね・・・

No.3272 2007/10/21(Sun) 06:44:57

再出エジプト記39章 / 沙耶香 引用

今日は、もう一度出エジプト記39章を読みます。

43節の
モーセが、すべての仕事を彼らが、まことに主が命じられたとおりに、したのを見たとき、モーセは彼らを祝福した。
が印象に残りました。主が命じられたとおりに行うと祝福されるのですね・・・

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書4章51―54節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、53節の
それで、父親は、イエスが「あなたの息子は直っている。」と言われた時刻と同じであることを知った。そして彼自身と彼の家の者がみな信じた。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
イエスの奇跡の御業を知ると、みなイエスを信じます。ここへくるノンクリスチャンの人もイエス様を信じて救われて欲しいと思います。

No.3273 2007/10/21(Sun) 19:48:28
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