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出エジプト記29章24節まで / 沙耶香 引用

今日は出エジプト記29章24節までを読みます。

2節に
種を入れないパンと、油を混ぜた種を入れない輪型のパンと、油を塗った種を入れないせんべいとを取れ。これらは最良の小麦粉で作らなければならない。
とあるが、こんなこと誰が決めたんだろうか?

4節に
アロンとその子らを会見の天幕の入り口に近づかせ、水で彼らを洗わなければならない。
とあるが、水で洗ってどうするのか?聖めるという意味だろうか?何だかいろいろと面倒な取り決めをしていますね・・・

13節に
その内臓をおおうすべての脂肪、肝臓の小葉、二つの腎臓と、その上の脂肪を取り、これらを祭壇の上で焼いて煙にする。
とあります。
肝臓の小葉というのが分からなかったが、「肝臓 小葉」と入れて検索すると肝臓は肝小葉というのからできているらしい。何だかいろいろ難しいですね・・・

22節に
あなたはその雄羊の脂肪、あぶら尾、内臓をおおう脂肪、肝臓の小葉、二つの腎臓、その上の脂肪、および、右のももを取る。これは、任職の雄羊である。
とあるが、任職って何だろうか?辞書で引いても出てこないし、任職の雄羊と入れて、聖書的なものが出てきたが、いろいろ書かれていて何が何だか分からない。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書1章26―30節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様野尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると27節が気になるので、これをもう何度か読みます。
その方の靴の紐をとく値打ちもない・・・私もそうですね・・・

No.3153 2007/10/07(Sun) 07:32:22

Re: 出エジプト記29章24節まで / 大垣 引用

25章ー31章は主がモーセに幕屋での礼拝に関する律法を与えられています。だから決められたのは全て神です。

29章1-37節は、祭司の任職式と祭壇の聖別についての規定です。22節にも出てくる任職とは、職に任命することです。祭司職は神に仕える職なので祭司となる人々が聖別されます。

4節で水で洗うのは、沙耶香さんが思われたように、きよめのためです。

人間は罪深く、汚れているので、イエスの恵みがなければ、動物のいけにえを捧げたりや、水できよめたり、特別な衣服を身につけたり、いろいろなことをしなければ、神の前に出ることはできません。僕たちキリスト者はイエスの十字架による罪の赦しと、イエスの血によるきよめを信じて、いつでも大胆に神の前に出ることができるし、そうすることを神が喜んでくださいます。

No.3155 2007/10/07(Sun) 12:10:14

再出エジプト記29章24節まで / 沙耶香 引用

今日はもう一度出エジプト記29章24節までを読みます。

何だかかなり難しいですね・・・やっと掲示板が動くようになって嬉しいです。どうなることかと思っていました。

じゃ、2節にあるように神様は食べ物に関してもかなり細かな指示を出していたんですね・・・

12節に
その雄羊の血を取り、あなたの指でこれを祭壇の角につける。その血はみな祭壇の土台に注がなければならない。
とあるが、祭壇の角っていうのはなんだろうと思って、祭壇の角で辞書に入れてみたが、出てこない。「祭壇 角」で検索したらいろいろ出てきたが、読んでも意味が出てくるわけではなくて、いろいろ説明してくれているが意味不明。つのと読むが、角っこのことかな?と思うんだけれど、違うかな?

14節に
ただし、その雄牛の肉と皮と汚物とは、宿営の外で火で焼かなければならない。これは罪のためのいけにえである。
とあるが、肉と皮は火で焼くことは分かるけれど、汚物を火で焼くなんてちょっと考えられないけれど・・・うーん???

15節に
あなたは雄羊一頭を取り、アロンとその子らはその雄羊の頭に手を置かなければならない。
とあるが、なぜ、雄羊の頭に手を置かないといけないのだろうか?

18節に
その雄羊を全部祭壇の上で焼いて煙にする。これは、主への全焼のいけにえで、なだめのかおりであり、主への火による捧げ物である。
とあるが、なだめのかおりってなんだろうなーと思って、辞書で引いても出てこない。「なだめ かおり」で検索すると聖書のここの部分が出てきたりして意味を書いてくれていない。はたしてなだめのかおりとは一体何だろうか?

22節に
あなたはその雄羊の脂肪、あぶら尾、内臓をおおう脂肪、肝臓の小葉、二つの腎臓、その上の脂肪、および、右のももを取る。これは、任職の雄羊である。
とありますが、あぶら尾って一体なんだろう?と思って、辞書で引いても出てこないので、あぶら尾で検索したら出てきたが、意味が書いてあるわけではなくて参照にはならなかった。あぶら尾って一体何なのだろうか?

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書1章31―36節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると32節が気になるので、これをもう何度か読みます。
御霊が下る・・・

No.3158 2007/10/08(Mon) 21:53:10

Re: 出エジプト記29章24節まで / 大垣 引用

2節のように主に捧げられるパンなどについても細かい指示を出されました。主はイスラエルの幕屋での礼拝について、細かいところまで指示を出されたということが重要だと思います。僕たちキリスト者の場合、心の中の細かいところまで、注意して祈って、主の指示によく聞き従って礼拝することが、大切だと思います。

10−14節は罪のためのいけにえの説明です。

10節で、大祭司のアロンと祭司であるアロンの子らが、いけにえの雄牛の頭に手を置くことが定められています。これは、彼らの罪の結果である死をいけにえの動物が代わりに受けることを表していると思います。僕たちキリスト者の場合、僕たちの罪の結果である死を、イエスが十字架で代わりに受けてくださいました。僕たちは信仰によって罪を赦され、義と認められます。

12節の祭壇の角は27章2節の祭壇の四隅の角です。25章のところの模型のサイトの祭壇の写真に、四隅にある角が見えます。

罪のためのいけにえは2つの場所で焼きました。13節の部分は祭壇での上で、14節の部分はイスラエルの人たちが住む宿営の外で焼きました。14節の「汚物」はいけにえの牛の腸の中に入っている汚物を宿営の外で焼いたということだと思います。祭壇の上で焼く部分と違って、宿営の外で焼く部分は、主にささげる、という意味はないか、ほとんどないのだろうと思います。

15−18節は全焼のいけにえで、このいけにえは、罪に対する神の怒りを、いけにえを焼いた煙の香ばしいかおりで、なだめるためのもだと思います。それで、「なだめのかおり」と呼ばれると思います。僕たちキリスト者の信仰に入る前の罪に対しても、神は怒っておられましたが、ローマ3章23節とエペソ5章2節にあるように、イエスが僕たちを愛して「なだめの供え物」「香ばしいかおり」となってくださいました。

15節で、大祭司のアロンと祭司であるアロンの子らが、いけにえの雄羊の頭に手を置くことが定められています。この意味は10節と同じように、彼らの罪の責任を雄羊に代わって受けてもらう、ということだと思います。

10−18節までの罪のためのいけにえと、全焼のいけにえをささげると、祭司たちは聖なる主の前に出ることができます。19−28節は、祭司が任職して神との交わりを持つための和解のいけにえについての規定です。

22節のあぶら尾とは、羊の尾ですが、カナンの地の羊は尾に多くの脂肪がつき、かなりの重さで地面につくほどであったそうです。それで、特に「あぶら尾」と言ったようです。

No.3159 2007/10/09(Tue) 03:15:10

再出エジプト記29章24節まで / 沙耶香 引用

>>12節の祭壇の角は27章2節の祭壇の四隅の角です。25章のところの模型のサイトの祭壇の写真に、四隅にある角が見えます。

大体祭壇というのがどの部分かは、はっきりしない。天幕の中のことなのか?じゃその四隅のことなのか?
こんなこと言うと、きちんと読んでいないのではないか?と思われるかもしれないけれど、読んでいてもなかなか理解不能で、聖書に頭が追いついていかないのが現状なのです。

>>罪のためのいけにえは2つの場所で焼きました。13節の部分は祭壇での上で、14節の部分はイスラエルの人たちが住む宿営の外で焼きました。14節の「汚物」はいけにえの牛の腸の中に入っている汚物を宿営の外で焼いたということだと思います。祭壇の上で焼く部分と違って、宿営の外で焼く部分は、主にささげる、という意味はないか、ほとんどないのだろうと思います。

うーん??腸の中にあるものは汚物というのだろうか?一緒に焼いてしまって問題ないと思うんだけれど・・・

ローマ3章23節・・・
すべての人は罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、
エペソ5章2節・・・
また、愛のうちに歩みなさい。キリストもあなたがたを愛して、私たちのために、ご自身を神への捧げ物、また供え物とし、香ばしいかおりをおささげになりました。

No.3162 2007/10/09(Tue) 09:50:53

Re: 出エジプト記29章24節まで / 大垣 引用

祭壇は模型のサイトの上から3段目の写真などに写っていて幕屋の外にあります。

14節の「汚物」と訳されているへブル語は「糞便」という意味だと思います。

へブル13章11-12節を読むと、罪のためのいけにえの肉が外で焼かれたように、イエスもエルサレムの門の外で十字架の苦しみを受けられたということが書かれています。13-16節にあるように僕たちキリスト者はキリストのはずかしめを身に負って霊的にはこの世の外に出て、キリストのもとに行きます。そしてキリストの力で、賛美をし善を行って神にささげます。

No.3165 2007/10/09(Tue) 17:02:48

Re: 出エジプト記29章24節まで / 沙耶香 引用

>>祭壇は模型のサイトの上から3段目の写真などに写っていて幕屋の外にあります。

祭壇、分かりました。

>>14節の「汚物」と訳されているへブル語は「糞便」という意味だと思います。

いけにえの腸に入っている汚物をわざわざ取り出して宿営の外で焼くことなくて、一緒に焼いて問題ないのではないか?と私は思うのだけれど・・・

へブル13章11-12節・・・
動物の血は、罪のための供え物として、大祭司によって聖所の中まで持って行かれますが、からだは宿営の外で焼かれるからです。
ですから、イエスも、御自分の血によって民を聖なるものとするために、門の外で苦しみを受けられました。

何だかいろいろと難しいですね・・・

No.3166 2007/10/09(Tue) 17:42:24

Re: 出エジプト記29章24節まで / 大垣 引用

腸の中に入っている汚物を取り出しなさいとは書いていないので、沙耶香さんの思われたとおり、腸と一緒に焼いて問題ないと僕も思います。「汚物」と書いているから腸に入っていたらそれを取り出したはずだ、というように、書いていないことをいろいろ想像していく必要はないと思います。

No.3167 2007/10/09(Tue) 18:16:04

Re: 出エジプト記29章24節まで / 沙耶香 引用

いや、私がいろいろ想像したのではなくて、管理人様が


罪のためのいけにえは2つの場所で焼きました。13節の部分は祭壇での上で、14節の部分はイスラエルの人たちが住む宿営の外で焼きました。14節の「汚物」はいけにえの牛の腸の中に入っている汚物を宿営の外で焼いたということだと思います。祭壇の上で焼く部分と違って、宿営の外で焼く部分は、主にささげる、という意味はないか、ほとんどないのだろうと思います。


という風に説明くださったじゃないですか?じゃ全部一緒に焼くことができて2箇所で焼く必要はないのではないですか?

No.3185 2007/10/11(Thu) 08:34:44

Re: 出エジプト記29章24節まで / BISKO 引用


>14節の「汚物」と訳されているへブル語は「糞便」という
>意味だと思います。

管理人さん。確認させていただきます。

揚げ足取りになるかもしれませんけど。

まず、その節の「汚物」と訳されているヘブル語を、記してください。 次に、そのヘブル語に「糞便」という意味があることを記しているヘブル語の辞書を書いてください。

よろしく。

No.3187 2007/10/11(Thu) 11:31:10

Re: 出エジプト記29章24節まで / 大垣 引用

沙耶香さん、

>祭壇の上で焼く部分と違って、宿営の外で焼く部分は、主にささげる、という意味はないか、ほとんどないのだろうと思います。

と書いた僕の考えは間違っていたと思います。「汚物は捨てるべきもので、大切ではない」という尾も込みによる間違いだったようです。お詫びします。へブル13章11−12節を読むと、特に罪のいけにえの肉が宿営の外で焼かれたのは、イエスがエルサレムの門の外で焼かれたことと対応しています。だから、モーセの律法で宿営の外で焼かれた部分もとても重要なささげものだったのだと思います。その大切な宿営の外で焼かれる部分に汚物も含まれているということが、またとても大切な意味があるのだろうと思います。このことは第1テモテ4章4−5節と関係が深いと思います。

僕たちが聖書を読むとき、神が聖書で言われていることと、人間の理解ということを、分けて考えることが重要だと思います。

僕や他の人の説明、沙耶香さん自身の想像の理解は、しょせんは人間のものなので、完全に信頼すべき神のみことばと分けて考えないと混乱します。神の言われていることに注目し、人の説明などは、神に聞くための助けというように考えると良いと思います。

そういう風に考えてみて、神さまが語ってくださるように祈ってから13−14節をもう一度読んでみてください。そのときに、次に2つのことに注意してみてください。

1.罪のためのいけにえは、すべて一緒に焼かれたのか、祭壇の上と宿営の外の2箇所で焼かれたのか。

2.腸の中に入っている汚物は、腸と一緒に焼かれたのか、腸からとりだしてから焼かれたのか。

読んでみて、分からなかったら、また質問してください。

No.3189 2007/10/11(Thu) 21:24:25

Re: 出エジプト記29章24節まで / 大垣 引用

BISKOさん、書き込みをありがとうございます。

聖書を読むときには神に近づいていくので、出エジプト記にあるように細心の注意が必要だと思います。キリスト者一人一人では注意をしていてるつもりでも人間は間違いをするので、揚げ足取りのように見えても、お互いに質問して確認することが大切だと思います。

僕はへブル語もギリシャ語も知らないので、単語を調べるときは、英語さえ知っていれば使える

www.searchgodsword.org/

というサイトを使っています。Exodus 29:14 で検索して、original Hebrew をクリックすると、英語表記で peresh、Strongs' number で 06569 のへブル語が「汚物」と訳されていることが分かります。意味に faecal matter となっています。

このサイトは他に注釈も何種類かついています。古い注釈が多いので注意が必要ですが、便利です。

No.3190 2007/10/11(Thu) 23:34:41

Re: 出エジプト記29章24節まで / 沙耶香 引用

うーん、なんかいろいろと分けて焼くみたいだから、汚物は腸から取り出して外で焼いたのだと思います。
祭壇の上と宿営の外の2箇所で焼いたのだと思います。
うん、質問したり考えたりしていると段々と元の聖書の御言葉が何だったかずれて行くので混乱します。
何だかいろいろ難しいですね・・・

No.3197 2007/10/12(Fri) 11:02:38
出エジプト記30章残り / 沙耶香 引用

今日は、出エジプト記30章残りを読みます。

21節に
その手、その足を洗う。彼らが死なないためである。これは、彼とその子孫の代々にわたる永遠のおきてである。」
とあるが、この手足を洗うときにあの模型のサイトの6段目の右の青銅の洗盤で洗ったのですね・・・

34節に
主はモーセに仰せられた。「あなたは香料、すなわち、ナタフ香、シェヘレテ香、ヘルベナ香、これらの香料と純粋な乳香を取れ。これはおのおの同じ量でなければならない。
とあるが、ナタフ香ってなんだろうと思って検索してみると、エコノキ科の蘇合香樹からとれる芳香樹脂だそうで、喜びを持って神に賛美し、喜びを持って礼拝するということで、満面の笑みを持って主を賛美し礼拝するのです。これは主が喜んで受け取ってくださる賛美であり礼拝なのだそうです。
シェヘレテ香は、(そで貝のへたから採集されたものと思われる。これは焼くと芳香を発する。)すなわち心の奥から、神を礼拝する者、霊とまことを持って祈りと賛美する事、心を尽くし、思いをつくし、力を尽くして、すべてを尽くして、あなたの神、主を礼拝するということでしょう。
ヘルベナ香は、―(セリ科のウイキョウの根から採集される黄褐色の樹脂で強い臭気がある。)この香は朝早くでかけなければ採集されないそうです。これは朝早くまだ暗いうちに起きて神の前に出るということでしょう。
だそうです。
それぞれに意味があるのですね・・・

37節の
あなたが作る香は、それと同じ割合で自分自身のために作ってはならない。あなたは、それを主に対して聖なるものとしなければならない。
が印象に残りました。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書の2章6―10節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・・
何度か読んでいると9,10節が気になるので、これをもう何度か読みます。
イエス様の御技は素晴らしいですね・・・

No.3186 2007/10/11(Thu) 10:06:59

再出エジプト記30章残り / 沙耶香 引用

今日は、出エジプト記30章残りを読みます。

23節に
「あなたは、最上の香料を取れ。液体の没薬500シェケル、かおりの強い肉桂をその半分―250シェケル―、におい菖蒲250シェケル、
24節に
桂枝を聖所のシェケルで500シェケル、オリーブ油1ヒン
とあるが、肉桂や桂枝ってなんだろうと思って、肉桂で検索すると、
クスノキ科。シナモン、カシア、ニッキともクスノキの一種の樹皮をはぎ取って乾燥させた物です。日本名は桂皮または肉桂。 樹皮を丸めて棒状にしたものと、粉にしたものが売られています。 厳密にはシナモンと呼べるのはスリランカ産だけです。
と出てきました。

桂枝で検索すると、
クスノキ科(Lauraceae)ケイCinnamomum cassia Blume.の若枝。
★《神農本草経》上品に「箘桂キンケイ」「牡桂」で収載。
と出てきました。
うーん、私は何か生薬というか、漢方薬っぽいなーと感じたんだけれど・・・

27節に
机とそのいろいろな器具、燭台とそのいろいろな器具、香の壇、
とあるが、燭台ってなんだったっけ?と思って、検索すると、燭台の写真が出てきて、明かりをともす道具みたいだった。

35節に
これをもって香を、調合法に従って、香ばしい聖なる純粋な香油を作る。
とあるが、この時代は香を大切にしていたんですね・・・今なんか、香なんてあまり感心事ではないですね・・・

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書の2章11―16節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、16節が気になるので、これをもう何度か読みます。
エルサレム神殿は神性な場所だから・・・

No.3188 2007/10/11(Thu) 20:22:32

Re: 出エジプト記30章残り / 大垣 引用

検索を使っていろいろ調べて報告してくださってありがとうございます。ただ検索の結果を書き込むときに、他のサイトからそのままコピーしてくると著作権がある場合は、盗用になる場合があるので、注意してください。一般的な知識を自分が理解して自分のことばで言い換えて書き込むならば問題がありません。

調べたことを書き込みことは掲示板を読んでいる人たちに、とても親切な行いですが、まず、盗んではいけない、と言われる神さまのみことばを大切にして、注意したいと思います。

No.3192 2007/10/11(Thu) 23:54:48

Re: 出エジプト記30章残り / 沙耶香 引用

すみません。
ほかの見ている人たちにも役に立つかと思ったんだけれど、うん、そのままコピーは問題あることが分かりましたので、今度から、いろいろ考えてします。申し訳ございませんでした。

No.3194 2007/10/12(Fri) 09:12:18
使徒9章 / 大垣 引用

使徒9章。1-30節、サウロの回心。5-6節にあるパウロのイエスとの出会い。サウロはイエスと出会うまでは教会を熱心に迫害していた。イエスと出会ってからは、大胆に福音を伝えた。この対比が、イエスとの出会いのす晴らしさを示していると思います。

アナニヤは、サウロが迫害者だったので恐れたのに、主に聞き従って、サウロを受け入れた。

18節、「目からうろこのような物が落ちて」という表現が興味深い。

どうか僕たちの目からうろこのような物を取り去ってくださいませ。

27節のバルナバの主への従順を思います。

31-43節、死人をよみがえらせたペテロ、皮なめしの家に泊まったペテロ。ペテロはイエスにどんどん似てくる。そのペテロでさえ、ガラテヤ2章11-13節にあるように、大きな失敗をして、パウロに注意された。絶対的に信頼できるのは神だけで、人はどのように素晴らしくても誰もそのような信頼には値しないということが、聖書のひとつの大切なメッセージだと思います。

No.3193 2007/10/11(Thu) 23:59:13
出エジプト記30章19節まで / 沙耶香 引用

今日は出エジプト記30章19節までを読みます。

4節に
また、その壇のために、その飾り縁の下に、二つの金環を作らなければならない。相対する両側に作らなければならない。これらは、壇をかつぐ棒を通すところとなる。
とあるが、壇、壇と言っているのは前に出てきた祭壇のことだろうか?

8節に
アロンは夕暮れにも、ともしびをともすときに、煙を立ち上らせなければならない。これは、あなたがたの代々にわたる、主の前の常苦の香の捧げ物である。
とあるが、常苦の香の捧げ物って一体何だろうか?常苦で辞書で引いても出てこないし、「常苦の捧げ物」で入れても出てこないしうーん、何物だろうか?

10節の
アロンは年に一度、贖罪のための、罪のためのいけにえの血によって、その角の上で購いをする。すなわち、あなたがたは代々、年に一度このために、購いをしなければならない。これは、主に対して最も聖なるものである。」
が印象に残りました。

13節に
登録されるものはみな、聖所のシェケルで半シェケルを払わなければならない。1シェケルは20ゲラであって、おのおの半シェケルを主への奉納物とする。
とあるが、シェケルとかこの時代のお金の単位だろうか?今の円と同じようなものだろうか?

15節に
あなたがた自身を購うために、主に奉納物を納めるとき、富んだ者も半シェケルより多く払ってはならず、貧しい者もそれより少なく払ってはならない。
とあるが、貧しい人は払えないということはありえると思うけれど、こんな規定作ってしまっていいのだろうか?うーん???

18節に
「洗いのための青銅の洗盤と青銅の台を作ったなら、それを会見の天幕と祭壇の間に置き、その中に水を入れよ。
とありますが、青銅の洗盤とは一体なんだろうと思って、辞書で引いても出てこず、青銅の洗盤で検索したらたくさん出てきたが、開いても文章がたらたら書いてあって意味が分からないが二つ目にヒットしたもので、開く前に下に書いてあったものに「青銅はすべての罪の裁きを意味し、洗盤の水は、イエスがヨハネからお受けになって世の罪を被られたバプテスマを示します。」とありました。うーん、今一分からないけれど・・・何だか難しいですね・・・

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書1章47―51節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると51節が気になるので、これをもう何度か読みます。
早くそういうシーンを見たいですね・・・

No.3176 2007/10/10(Wed) 12:04:32

再出エジプト記30章19節まで / 沙耶香 引用

今日はもう一度出エジプト気30章19節までを読みます。

こんな昔の、幕屋や祭壇やらを、どういう材料でどういう風に作るということを、聖書で書いて何か意味があるのだろうか?と不思議に思うが、でも神様なさることには何か意味があるので・・・

6節に
それをあかしの箱をおおうたれ幕の手前、わたしがあなたとそこで会うあかしの箱の上の「購いのふた」の手前に置く。
とあるが、この「購いのふた」はこの前に管理人様に説明を受けたあのアドレスのもののことだろうか?

12節に
「あなたがイスラエル人の登録のため、人口調査をするとき、その登録にあたり、各人は自分自身の購い金を主に納めなければならない。これは、彼らの登録によって、彼らにわざわいが起こらないためである。
とあるが、こういう制度があったんだ。

14節に
20歳、またそれ以上のもので登録されるものはみな、主にこの奉納物を納めなければならない。
とあるが、じゃ20歳未満の人は納めなくていいのだろうか?

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書2章1―5節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると4節が気になるので、これをもう何度か読みます。
イエス様は時を重んじられるお方だから・・・

No.3179 2007/10/10(Wed) 21:29:11

Re: 出エジプト記30章19節まで / 大垣 引用

1−10節は幕屋の中の聖所の奥に置く香をたくための壇(香壇)の説明です。25章で紹介して模型のサイトの下から2段目の右と9段目の左に写真があります。特に2節の角の様子を見ておいてください。香壇と角は幕屋の外の祭壇と角よりも小さいけれど、似ています。下から9段目の右は、香壇で使う器具の模型です。

8節、常苦ではなく、常供です。僕も字を間違うときが多いので考えたのですが、聖句を書き込むときは、間違わないように細心の注意をする必要があります。確かめる時間がないときは、聖句を書き込まないで、「8節の常供はどういう意味か分かりません」というように書くほうが良いかもしれません。祈りのなかで考えてみてください。

常供とは、毎日、朝と夕にするささげ物を「常供のささげ物」というそうです。これに対し、10節のいけにえは、1年に一回だけささげます。聖書を読んでいくと、後で「贖罪の日」にするいけにえだと分かります。

シュケルとゲラは重さの単位で1シュケルが11.4グラム、1ゲラが0.57グラムだそうです。ここでは納める銀の重さなので、お金の単位と同じような意味があります。

15節について、後ででてきますが、10分の1税のように、お金持ちの人たちが貧しい人たちよりも、額としてはたくさん払う税もあります。貧しい人は、何でも少なく払うようにするほうが良いという考えは、人間のもので、神のお考えとは違うということだと思います。神の民として登録されるため納める額は、貧しいか富んでいるかに関係がなく、全知全能の神が、貧しい人も払えるようにしてくださる、と考えると良いと思います。

18節の青銅の洗盤ですが、模型のサイトの6番目の右に写真があります。大祭司と祭司が幕屋に入るときや、ささげ物を焼くために祭壇に近づく前に、手足を洗いきよめました。

No.3180 2007/10/10(Wed) 21:47:59

Re: 出エジプト記30章19節まで / 大垣 引用

沙耶香さんのNo.3179へのレスです。

有限の人間が無限の神さまのされることを全部理解できるわけがない、と考えると良いと思います。本来、罪と汚れのある僕たちが、聖なる神さまの御前に出て仕えるためには、どれほど細心の注意をして、いろいろなことをする必要があるのか、学んでいくことが重要だと思います。そうすると、イエスさまの十字架と血によって、聖霊さまに中に入っていただいていることが、どれほど恐れおおいことか、イエスさまの恵みがどれほど素晴らしいか、僕たちも少しは理解でるようになっていくと思うのです。

6節の「購いのふた」は以前に模型のサイトの写真などで説明した契約の箱の上のふたです。

12節の登録が実際に行われた様子が、民数記1章に書いてあります。

14節、20歳未満の人は納めなくて良かったと思います。今の日本でも未成年にはいろいろな義務が免除されることが多いのと似ています。

No.3181 2007/10/10(Wed) 21:57:13

Re: 出エジプト記30章19節まで / 沙耶香 引用

あれーー?8節はじょうくと読むから勝手に常苦だと思ってしまったが、常供だったんだ。うーーん、いや、聖書の聖句を書き込まないと、常供の意味がわからないと言っても意味不明じゃないかな?と思って・・・わざわざ聖書を出してきてこの掲示板見ている人ってかなり少ないと思うのです。
そういう人にもこの掲示板だけで分かるようにしてあげたいと思って、聖句を書き込んでいたんだけれど、間違えたら何にもならないですね・・・

No.3184 2007/10/11(Thu) 08:30:01

Re: 出エジプト記30章19節まで / 大垣 引用

沙耶香さんの読んでいる方が聖書を出してこなくても分かるようにという親切な気持ちはとても貴重だと思います。でも人を見るよりもまず神さまを見るようにすると、聖句を書き込むなら間違わない、ということがまず大切になると思います。それが難しいときは、全知全能の神さまが、聖書を出してきて読むべき人は、そうするようにされる、と考えて神さまにゆだねて、聖句を書き込まない、という選択があると思います。

No.3191 2007/10/11(Thu) 23:43:57
使徒8章 / 大垣 引用

使徒8章。モーセの律法では宦官とアモン人とモアブ人の外国人は主の集会に加わってはならなかった(申命記23:1−8)。イザヤ56章1−8節で、メシヤの来た後には宦官と外国人が、主の礼拝に加わることが預言されている。8章で、サマリヤでの伝道の受け入れられたことと、エチオピアの宦官がバプテスマを受けたことは、この預言と関係が深いと思います。32−33節で、イザヤ53章から引用されていることも、この関係を示唆すると思います。

1−3節、サウロは、ステパノの殉教の様子に心をゆり動かされたと思うけれど、イエスはメシヤではない、イエスが復活したということはありえない、という思い込みと、自分の律法の解釈を信じる気持ちが強かったのだと思う。サウロは神に奉仕しているつもりで、激しくエルサレムのキリスト者たちを迫害したと思います。

4節。神がエルサレムでの迫害を善用され、ユダとサマリヤ諸地方に福音が宣べる伝わるようにされた。神の不思議なご計画。

9−24節、シモンはバプテスマを受けたが、この時点では真の信仰は与えられていなかったと思われる。自分を偉大なものだと話していた(9節)ようなおごりの気持ちが邪魔になっていて、大きくずれていたのだろうと思います。

どうか、僕たちの心からおごりの気持ちを取り除いてくださいますように。

No.3183 2007/10/10(Wed) 22:28:50
こんにちはー / れもん 引用

初めて来ました。こんにちは。クリスチャンのお友達が教会の外にも欲しくて書き込みにきました☆☆☆
こういう内容は大丈夫でしょうか?不適切でしたらごめんなさい。
私は携帯のブログをやっています。基本的にクリスチャンブログですがノンクリスチャンの人たちに親しみと理解、なにより福音を伝えるために明るく楽しくやってます♪
今まだ救われて2年めのベイビーですが青年伝道に燃えてます!他教会の方と情報交換とかできたらいいなと思います。青年の方ならなおうれしいです☆

No.3169 2007/10/09(Tue) 20:58:26

Re: こんにちはー / 沙耶香 引用

私もまだまだクリスチャンになってからもうすぐ4年になります。伝道ってなかなか難しいですよね。福音宣べつたえるのってなかなか大変です。馬鹿にされたり、信じてもらえないし・・・
ちょっと、れもんさんのHPのぞいてみますね。

No.3170 2007/10/09(Tue) 22:06:33

Re: こんにちはー / 大垣 引用

れもんさん、はじめまして。書き込みどうもありがとうございます。内容は全く問題ないのですが、掲示板のルールとして、CFIの正式な協力者しか、他のサイトの紹介をできないことにしています。それでホーム・ページへのリンクは消去します。申し訳ないですが、過去にいろいろな問題が起きたので、作ったルールなので、ご理解ください。

僕も入信が2003年の4月で、クリスチャンとしては4歳半ほどです。

れもんさんの携帯のブログのアドレスは保存しておきますので、掲示板を読んで興味のある人が、メールをくださったらお知らせします。

No.3172 2007/10/10(Wed) 02:34:45

Re: こんにちはー / れもん 引用

>紗耶香さん
返信ありがとうございます!伝道については兄弟姉妹ともよく出る話題ですが、方法より、いかに自分自身がキリストの香りを放って生きられるか?なのかなぁって最近思っています。
生き方が伝道そのものになるようなクリスチャンになりたいです!
>大垣さん
返信ありがとうございます^^
かしこまりました。お手数おかけします。
こういったサイトの運営を通して主に仕えてらして素晴らしいですね!
以前韓国人の牧師先生が、世のクリスチャンが思いをひとつにするなら世界は10年で変えられます!と言っていました。
クリスチャンの輪が広がることを期待しつつ。

No.3177 2007/10/10(Wed) 12:41:09

Re: こんにちはー / 大垣 引用

れもんさん、返信とご理解を感謝します。

特に日本が過去に近隣の国々にしたことを思うと、キリスト者として、韓国や中国や台湾の主にある兄弟姉妹と協力していくことが、神さまに喜んでいただけると思います。最近、ミッション・バラバの本と映画を見て、感銘を受けました。

どうか、神さまが、れもんさんを大いに祝福し、れもんさんの中のイエスさまが、れもんさんとれもんさんのブログを大いに用いられて伝道活動をされますように。

No.3182 2007/10/10(Wed) 22:02:37
出エジプト記29章残り / 沙耶香 引用

今日は出エジプト記29章残りを読みます。

35節に
あなたが、わたしの命じたすべてのことをそのとおりに、アロンとその子らに行ったなら、七日間、任職式を行わなければならない。
とあるが、7日間というのは安息日と関係があるのだろうか?安息日が入るまでの7日間という意味だろうか?

41節の
もう一頭の若い雄羊は夕暮れにささげなければならない。これは朝の穀物の捧げ物や、注ぎの捧げ物を同じく添えてささげなければならない。それは、なだめのかおりのためであり、主への火によるささげものである。
が印象に残りました。

42節の
これは、主の前、会見の天幕の入り口で、あなたがたが代々にわたって、絶やすことのない全焼のいけにえである。その所で私はあなたがたに会い、その所であなたと語る。
が印象に残りました。主に語っていただけるなんて幸せですね・・・

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネ1章37―41節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいたが一つに絞れなかったので、全体をもう何度か読みます。
イエス様イエス様イエス様・・・

No.3164 2007/10/09(Tue) 10:58:44

Re: 出エジプト記29章残り / 大垣 引用

35節の7日間の7は完全を表す数字と言われています。だから7日間の任職式は祭司の任職の完全性を表しているのだと思います。また、7日目ごとの安息日、7年目ごとの安息の年、過越の祭と仮庵の祭が7日間というように、モーセの律法に出てくる期間は7の数に基づいていることが多いです。

29章にも、実際に行われた任職式のことを書いたレビ8章にも、安息日との関係がどうだったか書いていないのでよく分かりませんが、任職式の最初の日か最後の日が安息日で会った可能性が高いように思います。

No.3168 2007/10/09(Tue) 19:17:34

再出エジプト記29章残り / 沙耶香 引用

今日はもう一度出エジプト記29章残りを読みます。

あっ、そういえば7は完全を表す数字だとこの間の時のレスで管理人様が書いてくれていたと思います。うーん、神様は完全無欠だから・・・

25節の
これらを、彼らの手から取り、全焼のいけにえといっしょに祭壇の上で焼いて煙とし、主の前になだめのかおりとする。これは主への火によるささげ物である。
が、前読んだときに印象に残った、41節と割と似ているなと思って・・・

26,27,28節に
あなたはアロンの任職用の雄羊の胸を取り、これを奉献物として主に向かって揺り動かす。これは、あなたの受け取る分となる。
あなたがアロンとその子らの任職用の雄羊の、奉献物として揺り動かされた胸と、奉納物として、ささげられたももとを聖別するなら、
それは、アロンとその子らがイスラエル人から受け取る永遠の分け前となる。それは奉納物であり、それはイスラエル人からの和解のいけにえの奉納物、すなわち、主への奉納物であるから。
とあるが、結局は永遠の分け前というのは、アロンとその子らの任職用の雄羊の胸のことなのだろうか?何だかややこしくて分かりにくい。

40節に
一頭の若い雄羊には、上質のオリーブ油4分の1ヒンを混ぜた最良の小麦粉10分の1エパと、また注ぎのささげ物として、ぶどう酒4分の1ヒンが添えられる。
とあるが、4分の1ヒンとか10分の1エパという単位が面白くて印象に残りました。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書1章42―46節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると45節が気になるので、これをもう何度か読みます。
うーん、何だかいろいろ深い。

No.3171 2007/10/09(Tue) 22:13:16

Re: 出エジプト記29章残り / 大垣 引用

出エジプト29章19−28節で主が命じられた和解のいけの定めを、実際に行ったことがレビ8章22−32節に書いてアあります。出エジプトでは「あなた」とはモーセのことで、雄羊は1.主にささげる部分と、2.モーセが分となる部分と、3.その残りのアロンとその子らが食べる部分、の3つに分けられます。レビ8章を読んでみて、どの部分が主にささげられ、どの部分がモーセの分になるか、考えてみてください。それから、もう一度出エジプト29章の26−28節を読んでみてください。

答えを書くより、こういう風にどういう風に聖書の違う箇所を読んでいくか書いたほうが、長い目で見て、沙耶香さんに良いかもしれない、と考えました。レビ8章を読んでも分からないことがあったら、また質問してください。

No.3173 2007/10/10(Wed) 07:20:42

Re: 出エジプト記29章残り / 沙耶香 引用

今、レビ8章22―32読んでみたけれど、わからないから、もう一度8章全体を読んでみます。
何だかいろいろ読んでいると、自分が元々質問した内容がわからなくなってきました。

>>どの部分が主にささげられ、どの部分がモーセの分になるか、考えてみてください。

雄羊の脂肪、あぶら尾、それと内臓の上の脂肪全部、また肝臓の小葉、および二つの腎臓とその脂肪、それからその右のももを取った部分が主にささげられたもので、その胸の部分がモーセの分だと思うんだけれど・・・
あまり考えているとまた混乱してくるので・・・

No.3175 2007/10/10(Wed) 09:34:46

Re: 出エジプト記29章残り / 大垣 引用

沙耶香さんは主にささげる部分と、モーセの分となる部分と、正確に読み取られたれと思います。神さまに感謝します。あと、雄羊の残りの部分は、アロンとその子らの分となります。

No.3178 2007/10/10(Wed) 21:15:03
使徒7章 / 大垣 引用

使徒7章。25節の「彼らは理解しませんでした。」が印象的。

41節、「楽しんでいました」が重要だと思います。偶像崇拝は、自分にも理解できる、人間の作った偶像を崇拝するので、それは人間にとって楽しい。そこに誘惑がある。聖書解釈も含め、人間の作ったものを崇拝することのないように注意したい。

53節、「あなたがたは律法を受けたが、それを守ったことはありません。」人間には律法を守る力がないと思います。

59節、60節、ステパノは、イエスととても似た行動をしている。

No.3174 2007/10/10(Wed) 08:50:30
出エジプト記28章残り / 沙耶香 引用

今日は出エジプト記28章残りを読みます。

22節に
また編んで撚った純金の鎖を胸当てにつける。
とあるが、純金の鎖は編んだりしないと思うんだけれど・・・???

33節に
そのすそに、、青色、紫色、緋色の撚り糸で、ざくろを作り、そのすその回りにこれをつけ、その回りのざくろの間に金の鈴をつける。
とあるが、ざくろというのはあの果物のざくろのことだろうか?

38節に
これがアロンの額の上にあるなら、アロンは、イスラエル人の聖別する聖なる物、すなわち、彼らのすべての聖なる捧げ物に関しての咎を負う。これは、それらの物が主の前に受け入れられる為に、絶えずアロンの額の上になければならない。
とありますが、アロンは責任重大ですね・・・・

39節に
亜麻布で市松模様の長服をつくり、亜麻布で被り物を作る。飾り帯は刺繍して作らなければならない。
とあるが、市松模様って何だろうか?市松という種類の松があるのだろうか?

40節に
あなたはアロンの子らのために長服を作り、また彼らのために飾り帯を作り、彼らのために、栄光と美を表すターバンを作らなければならない。
とあるが、このあなたって言っているのはだれのことだろうか?前のほうに返ってみたが分からない・・・まだまだ理解不能である。

なぜだか知らないが、41節の
これらをあなたの兄弟アロン、および彼とともにいるその子らに着せ、彼らに油を注ぎ彼らを祭司職に任命し、彼らを聖別して祭司としてわたしに仕えさせよ。
のところに鉛筆で囲ってあります。前に読んだときに何か感じたところなのだろうか?

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書1章16―20節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると17節が気になるので、これをもう何度か読みます。
本当イエス様は素晴らしいですよね。

No.3150 2007/10/06(Sat) 12:00:16

再出エジプト記28章残り / 沙耶香 引用

今日はもう一度出エジプト記28章残りを読みます。

35節に
アロンはこれを務めを行うために着る。彼が聖所にはいり、主の前に出るとき、またそこを去るとき、その音が聞こえるようにする。彼が死なないためである。
とあるが、その音が聞こえなかったらなぜアロンは死ぬのだろうか?

43節に
アロンとその子らは、会見の天幕にはいるとき、あるいは聖所で務めを行うために祭壇に近づくとき、これを着る。彼らが咎を負って、死ぬことのない為である。これは彼と彼の後の子孫とのための永遠のおきてである。
とあるが、これを着るというのはエポデのことだと思うけれど、これを着ないとなぜ咎を負って死ぬのだろうか?うーん???

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はヨハネの福音書1章21―25節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、25節が気になるので、これをもう何度か読みます。
普通の人はこう考えますよね。うん。

No.3151 2007/10/06(Sat) 20:36:25

Re: 出エジプト記28章残り / 沙耶香 引用

39節の
市松模様は、格子柄だと判明しました。

No.3152 2007/10/07(Sun) 05:40:17

Re: 出エジプト記28章残り / 大垣 引用

22節は、純金でまず細い糸のようなものを作って、それを編んで鎖を作るのだと思います。

33節の「ざくろ」は果物のざくろの形に作るということだと思います。

35節の音は、祭司が聖所に入ったり出たりするときに、幕屋の外にいる人たちに祭司の動きが分かるようにという意味があるそうです。

35節も43節も、祭司が聖所に入ることは、聖なる主の前に出ることなので、細心の注意を払って音のことや、身につける衣服のことなど、細かい規定まで主に聞き従わないと、罪のために死んでしまうのだと思います。僕たちキリスト者の中には、信仰によって罪が赦され聖霊が入っていてくださいます。だから、聖所に入る祭司以上に、聖なる主が近くにおられるので、主をいつも畏れ、おののく気持ちで、主に注意深く聞き従うのが良いと思います。ピリピ2章12節でパウロが「恐れおののいて自分の救いを達成してください」と書いているのは、そういうような意味だと思います。

38節、アロンはイスラエルの最初の大祭司なので、確かに、いろいろな面で責任重大です。

40節の「あなた」とはモーセです。24章の最後でモーセがシナイ山に登って、40日40夜、山にいた、とあります。25-31章は、山で主がモーセに与えられた幕屋と祭司に関することを中心にして律法の規定です。

沙耶香さんが、41節に鉛筆で囲まれたのは、ヨハネかルカの福音書を読まれていたときに、「キリスト」ということばはどういう意味か、というような質問をされたときだと思います。ギリシャ語のキリスト、へブル語のメシヤは、もともと「油そそがれたもの」という意味です。イスラエルでは、王や祭司を任命するときに油をそそぎました。41節では、祭司たちを任命するときに、彼らに油をそそぐようにと主がモーセに定めを与えておられます。

No.3154 2007/10/07(Sun) 11:00:20

Re: 出エジプト記28章残り / 沙耶香 引用

>>33節の「ざくろ」は果物のざくろの形に作るということだと思います。

「ざくろ」は何か「ざっくざく」とかそんな感じの語呂合わせで、栄えるというイメージがあったのだろうか?勝手な想像でごめんなさい。

ピリピ2章12節・・・
そういうわけですから、愛する人たち、いつも従順であったように、私がいるときだけでなく、わたしのいない今はなおさら、恐れおののいて自分の救いを達成してください。

No.3163 2007/10/09(Tue) 10:05:12
使徒6章 / 大垣 引用

使徒6章。1-7節、7人の任命。使徒をリーダーとする初代教会でも、グループ間の対立があった。ギリシア語を使うへブル人たちと、へブル語を使うへブル人たちの間で、対立が生じた。ギリシア語を使うへブル人たちのうちの、やもめたちが毎日の配給でなおざりにされていた。この状況に対し、12使徒は、2節のように言った。神のことばを伝えることが、最も大切である。それと同時に、7人がしたほかの仕事も教会のために必要である。

5節の7人は、ギリシヤ的な名前から全員がギリシヤ語を使う人たちのグループに属したと思われる。普通なら2つのグループに対立があったときに、1つのグループからだけ問題解決のために働く人たちを選べば、うまくいくわけがない。しかし、信仰と聖霊に満ちていた7人は、注意して神に聞き従い、自分たちのグループの利益だけのために働いたりしなかったので、うまくいったのだと思います。7節、使徒たちと7人がそれぞれに与えられた仕事をこなし、神のことばがますます広がっていった。

8-15節、ステパノ。8節、ステパノが恵みと力に満ちていたことが印象的。イエスの恵みと、聖霊の力ということを思います。11節、議論に勝てないと、偽証という悪いことを、そそのかす人たちがいた。

No.3161 2007/10/09(Tue) 03:20:31
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