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今日は出エジプト記23章を読みます。
2節の 悪を行う権力者の側にたってはならない。訴訟に当たっては、権力者に偏って、不当な証言をしてはならない。 が印象に残りました。
7節に 偽りの告訴から遠ざからなければならない。罪のないもの、正しい者をCENSOREDはならない。わたしは悪者を正しいと宣告することはしないからである。 とありますが、この世の中の裁判官もこういう風だといいんだけれど・・・
9節に あなたは在留異国人をしいたげてはならない。あなたがたは、かつてエジプトの国で在留異国人であったので、在留異国人の心をあなた方自身がよく知っているからである。 とありますが、これはイスラエル人に対して言っているのかな?でも読む人はイスラエル人ではない私のような人もいるので、かつてエジプトの国で在留異国人であったのでと言われても・・・
15節に 種を入れないパンの祭りを守らなければならない。わたしが命じたとおり、アビブの月の定められたときに、7日間、種を入れないパンを食べなければならない。それは、その月にあなたがエジプトから出たからである。だれも、何も持たずにわたしの前に出てはならない。 とあるが、前にも聞いたかもしれないが、アビブの月って何だろうか?低能力でなかなか覚えが悪くてごめんなさい。
18節に わたしのいけにえの血を、種を入れたパンに添えてささげてはならない。また、わたしの祭りの脂肪を、朝まで残しておいてはならない。 とあるが、祭りの脂肪って何だろうか?牛や羊などのことだろうか?
19節に あなたの土地の初穂の最上のものを、あなたの神、主の家に持ってこなければならない。 子やぎを、その母親の乳で煮てはならない。 とあるが、子やぎを、その母親の乳で煮てはならないというのはどういうことだろうか?子やぎをその母親の乳で煮る習慣があったのだろうか?
22節に しかし、もし御声に確かに聞き従い、わたしが告げることをことごとく行うなら、わたしはあなたの敵には敵となり、あなたの仇には仇となろう。 とありますが、心強い御言葉ですね・・・
25節の あなたがたの神、主に仕えなさい。主があなたのパンと水を祝福してくださる。わたしはあなたの間から病気を除き去ろう。 が印象に残りました。
26節に あなたの国のうちには流産するものも、不妊のものもいなくなり、わたしはあなたの日数を満たそう。 とありますが、これはどういう意味だろうか?流産する人も不妊の人もいるんだけれど・・・・
28節に わたしは、また、くまばちをあなたの先に遣わそう。これがヒビ人、カナン人、ヘテ人を貴方の前から追い払おう。 とありますが、くまばちとは何だろうか?くまのような巨大なはちだろうか?
・・・癒しに通じる読み方・・・ 今日は使徒27章19―24節を読みます。 天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・ 何度か読んでいると24節が気になるので、これをもう何度か読みます。 主の御使いの小憎らしい演出というか、なかなかやりますね・・・ |
No.3085 2007/09/29(Sat) 11:54:50
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今日はもう一度出エジプト記23章を読みます。
今家族間でいろいろありました。食事時いろいろとあります。でもきっとイエス様がいいようにとりなしてくださると信じて期待して感謝します。
20,21節の 見よ。わたしは、使いを貴方の前に遣わし、あなたを道で守らせ、わたしが備えたところにあなたを導いて行かせよう。 あなたは、そのものに心を留め、御声に聞き従いなさい。決して、そのものにそむいてはならない。わたしの名がそのもののうちにあるので、そのものはあなたがたのそむきの罪を赦さないからである。 が印象に残りました。
24節に あなたは彼らの神々を拝んではならない。仕えてはならない。また、彼らの風習にならってはならない。これらを徹底的に打ち壊し、その石の柱を粉々に打ち砕かなければならない。 とありますが、これはどういう意味だろうか?石の柱を粉々に打ち砕く??
27節に わたしは、わたしへの恐れをあなたの先に遣わし、あなたがそこにはいっていく民のすべてをかき乱し、あなたのすべての敵があなたに背を見せるようにしよう。 とありますが、これはどういう意味だろうか?わたしへの恐れをあなたの先に遣わす??うーん??
30節に あなたがふえ広がって、この地を相続地とするようになるまで、わたしは徐々に彼らをあなたの前から追い払おう。 とあるが、これはどういう意味だろうか?相続地とするまで???
・・・癒しに通じる読み方・・・ 今日は使徒27章25―29節を読みます。 天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・ 何度か読んでいると29節が気になるので、これをもう何度か読みます。 本当航海って大変ですよね。 |
No.3086 2007/09/29(Sat) 20:01:54
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☆ Re: 出エジプト記23章 / 大垣  |
引用 |
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9節のところの沙耶香さんの質問ですが、出エジプト記には主がイスラエルと契約関係に入られたときに、イスラエルが守るべき戒めとして与えられたモーセの律法が書いてあります。ここで「あなた」とあるのは、当時のイスラエル人のことです。僕たちキリスト者は、モーセの律法の下にはないので、ここの「あなた」ではないし、律法に書いてある行ない(例えば、金曜日の日没から土曜日の日没までの安息日に仕事をしないこと)をそのとおりに守る必要もありません。僕たちキリスト者は、モーセの律法を読むことによって、主がどのような方であるか、そして僕たちがどのような心を持つことを望まれるか学び、主に近づいていくことが大切です。
15節のアビブの月は、イスラエルの宗教暦の最初の月で、太陰暦なので年によって変わりますが今の3-4月ごろになります。
18節の「祭りの脂肪」は、祭りで食べる牛や羊の脂肪のことだと思います。
19節、当時、豊作のための魔術的手段として、子やぎを母やぎの乳で煮る、ということをしていた人たちがいたそうです。ここは、そのような魔術的手段を禁じるという意味と、僕にはなぜか理解できませんが、主の目から見ると、子やぎを母やぎの乳で煮るということは、何か残酷で悪いことであるという意味があるようです。
22節、心強い御言葉ですし、律法の素晴らしさを思います。しかし、僕たち人間には律法をことごとく行う力がないのです。主が選ばれたイスラエルにもありませんでした。使徒7章53節でステパノが言ったとおりです。それで、律法を完全に守られたイエスの恵みが僕たちに必要になります。
主に義と認めていただき、契約関係に入り、守るべき戒めが与えられたら、戒めを全て守れば主が祝福されるし、ひとつでも守らなければ主が罰されます。イスラエルは国として主と契約関係に入ったのですが、律法を守らなかったために、主が罰されました。25節の病気が完全になくなる祝福も、26節のように流産する人や不妊の人が完全にいなくなる祝福もイスラエルは受けませんでしが。信仰によって義と認められたキリスト者はモーセの律法の下にはなく、エレミヤ31章31-34節にある新しい契約の下にあります。律法は僕たちの心に書かれています。そしてヨハネ15章12節で主イエスが言われたように、イエスが弟子たちを愛されたように、僕たちが互いにイエスの聖い愛で愛し合うこと、これが新しい契約の戒めです。この戒めと心に書かれた律法を守れば主がキリスト者が祝福され、守らなければ罰されます。
24節は、カナンの地に住む人々の神々を拝んではならないこと、彼らが神々を拝むための石の柱を建てているので、それらを粉々に打ち砕くべきであることを主が言っておられます。キリストの十字架以後は、キリスト者の戦いは、ほかの人間たちに対するより、エペソ6章11-12節にあるように、悪霊に対する霊的な戦いです。これは、主に自分の心の中の戦いになると思います。自分の心の中に、無限に深いので人間には理解できない主を絶対しして崇拝するではなく、もっと理解しやすい人間の造った神々や、人間の作った宗教や聖書解釈を絶対しして崇拝しようという気持ちがあれば、それを主に打ち砕いていただく必要があります。29-30節で、主がすぐにカナンの人たちを追い出されないように、僕たちの心の中の悪も、主が時間をかけて、徐々に追い出されます。これは、主が僕たちの個性を大切にされるので、良いところを悪いところと一緒に打ち砕かないようにされているのだと思います。
27節は、エジプトでの不思議な主のわざがカナンの人々にも伝わるようにし、カナンの人々が主を恐れて、イスラエルの人々から逃げ出すようにされる、ということです。この40年後に、イスラエルがカナンの地に入ったとき、最初に攻めた町はエリコでした。二人のイスラエル人が、エリコを偵察に行ったとき、ラハブという遊女が、カナンの人たちは恐れていることを言いました(ヨシュア記2章1-13節、特に9節)。
28節の「くまばち」は日本では体調23ミリくらいの大きいはちですが、へブル語で「くまばち」と訳されている語は、くまばちよりも少し大きい「すずめばち」に近いかもしれません。どちらにしても2,3センチもある大きめのはちです。 |
No.3087 2007/09/29(Sat) 21:19:23
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>>19節、当時、豊作のための魔術的手段として、子やぎを母やぎの乳で煮る、ということをしていた人たちがいたそうです。ここは、そのような魔術的手段を禁じるという意味と、僕にはなぜか理解できませんが、主の目から見ると、子やぎを母やぎの乳で煮るということは、何か残酷で悪いことであるという意味があるようです。
うーん??子やぎを母やぎの乳で煮るのが残酷??うーん、分からないけれど、主には意味があるんでしょうね・・・
エレミヤ31章31-34節・・・ うーん、何だか分かりづらいが、わたしの律法を彼らの中に置き、彼らの心にこれを書き記す。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。が一番いいたいのかな?と思いますが・・・
>>自分の心の中に、無限に深いので人間には理解できない主を絶対しして崇拝するではなく、もっと理解しやすい人間の造った神々や、人間の作った宗教や聖書解釈を絶対しして崇拝しようという気持ちがあれば、それを主に打ち砕いていただく必要があります。
神様イエス様を崇拝しているつもりだけれど、邪念が入っていたら取り除いてもらわないといけないですね・・・
>>27節は、エジプトでの不思議な主のわざがカナンの人々にも伝わるようにし、カナンの人々が主を恐れて、イスラエルの人々から逃げ出すようにされる、ということです。この40年後に、イスラエルがカナンの地に入ったとき、最初に攻めた町はエリコでした。二人のイスラエル人が、エリコを偵察に行ったとき、ラハブという遊女が、カナンの人たちは恐れていることを言いました(ヨシュア記2章1-13節、特に9節)。
うーん???今一ピンと来ないなー――。 |
No.3089 2007/09/30(Sun) 05:05:29
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☆ Re: 出エジプト記23章 / 大垣  |
引用 |
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27節については、いつかヨシュア記を読まれると、もっと理解が深まると思います。 |
No.3096 2007/09/30(Sun) 22:53:56
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