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今日は出エジプト記7章を読みます。
3節に わたしはパロの心をかたくなにし、わたしのしるしと不思議をエジプトの地で多く行おう。 とあるが、この場合のわたしのしるしとは何だろうか?
9,10節に 「パロがあなたがたに、「おまえたちの不思議を行え。」というとき、あなたはアロンに、「その杖を取って、パロの前に投げよ。」と言わなければならない。それは蛇になる。」 モーセとアロンはパロのところに行き、主が命じられたとおりに行った。アロンが自分の杖をパロとその家臣たちの前に投げたとき、それは蛇になった。 とありますが、これは前に出てきた主の御業ですね・・・
11節に そこで、パロも知恵のある者と呪法者を呼び寄せた。これらのエジプトの呪法師たちもまた彼らの秘術を使って、同じ事をした。 とありますが、この呪法師って何だろうか?前にも聞いたような気もしますが、もう覚えていないです。辞書でも出てこないですね・・・
12節に 彼らがめいめい自分の杖を投げると、それが蛇になった。しかしアロンの杖は彼らの杖をのみこんだ。 とあるが、アロンの杖は彼らの杖をのみこんだとはどういう意味だろうか?比喩だろうか?
17,18節の 主はこう仰せられます。「あなたは、次のことによって、わたしが主であることを知るようになる。」ご覧ください。私は手にもっている杖でナイルの水を打ちます。水は血に変わり、 ナイルの魚は死に、ナイルは臭くなり、エジプト人はナイルの水をもう飲むことを忌み嫌うようになります。」 が印象に残りました。主の素晴らしい御業です。
・・・癒しに通じる読み方・・・ 今日は使徒22章11―15節を読みます。 天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・ 何度か読んでいると13節が気になるので、これをもう何度か読みます。 こういう癒しの奇跡が私にもいつかきっと・・・・と信じて期待して感謝します。 |
No.2982 2007/09/13(Thu) 12:38:05
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☆ Re: 出エジプト記7章 / 大垣  |
引用 |
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3節.旧約聖書で奇跡は、「不思議」「奇しいわざ」「しるし」と呼ばれますが、特に出エジプト記での、エジプトに対する災害とイスラエルの解放の出来事は、しばしば「しるしと不思議」と2つの語を使って呼ばれます。どうしてだか、詳しく調べてみないと分かりません。たとえば、「しるし」は、神の力と将来の救いを指し示す言葉で、「不思議」は、イスラエルがエジプトでの奴隷状態から解放されたことを言うのかもしれません。
僕たちも、罪の奴隷でしたが、キリストを信じたときに、将来に天国に行くことを指し示していただき、同時に、奴隷状態から解放されました。このように、イスラエルの出エジプトは、キリスト者個人が信仰を持って義と認められて、神と個人的関係を持つことの型になっています。
9,10節。沙耶香さんが覚えておられたように、このわざは、4章3-5節に出てきた杖が蛇になる奇跡と同じです。少し違うところもあります。4章では、主は、イスラエルの民にモーセがこのわざを見せるように言われたのに対し、7章では、主は、パロにアロンがこのわざを見せるように言われています。
11節の呪法者は、当時のエジプトの魔法や呪いを使うエジプトの宗教の祭司だったようです。創世記41章8節に呪法者という言葉が出ていました。
12節の出来事は、比喩ではないと思います。アロンの杖が蛇に変わりましたが、その蛇が、エジプトの呪法師たちの杖が変わった蛇を飲み込みました。このように当時のエジプトの呪法師たちも、霊的な力を持っていて、杖を蛇に変えることができました。この出来事の霊的な意味が重要です。主の力は、呪法師たちの力よりも、ずっと優れている、とうことが、この出来事の意味です。 |
No.2984 2007/09/13(Thu) 20:33:01
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今日は出エジプト記7章を読みます。
1節に 主はモーセに仰せられた。「見よ。わたしはあなたをパロに対して神とし、あなたの兄アロンはあなたの預言者となる。 とありますが、太字の主、アブラハムの神はモーセを神としたなんて、モーセは高く評価されたものですね・・・すごいなーー。
4節に パロがあなたがたの言うことを聞き入れないなら、わたしは、手をエジプトの上に置き、大きな裁きによって、わたしの集団、私の民イスラエル人をエジプトの地から連れ出す。 とありますが、手をエジプトの上に置きってうーん、エジプトに気を使うということかな?
17,18節の 主はこう仰せられます。「あなたは、次のことによって、わたしが主であることを知るようになる。」ご覧ください。私は手にもっている杖でナイルの水を打ちます。水は血に変わり、 ナイルの魚は死に、ナイルは臭くなり、エジプト人はナイルの水をもう飲むことを忌み嫌うようになります。」 はそういう風になりますという預言だったのですね・・・ それで実際に、20,21節の モーセとアロンは主が命じられたとおりに行った。彼はパロとその家臣の目の前で杖を上げ、ナイルの水を打った。すると、ナイルの水はことごとく血に変わった。 ナイルの魚は死に、ナイルは臭くなり、エジプト人はナイルの水を飲むことができなくなった。エジプト全土にわたって血があった。 という風になったんだ。やっぱり主は素晴らしいですね・・・・
・・・癒しに通じる読み方・・・ 今日は使徒22章16―20節を読みます。 天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・ 何度か読んでいると19,20節が気になるので、これをもう何度か読みます。 サウロはすごい迫害者だったのですね・・・でも後に素晴らしい信仰者になります。人はイエス様によってこういう風に変えられます。 |
No.2985 2007/09/13(Thu) 22:19:13
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4節の「手をエジプトの上に置き」はエジプトを主が大きな力で圧迫される、というような意味だと思います。
14−18節は、主がモーセに、このように預言せよ、と教えておられます。このように預言者の仕事は、主の言われたことをそのまま言うことです。主のみことばを言うために用いていただける、とても名誉のある仕事です。
モーセは20節の最初の文で命じられたとおりに、この通りにパロに対してナイルの岸で預言したと思います。そして、沙耶香さんの書かれたように、21節で預言が成就しました。 |
No.2986 2007/09/14(Fri) 02:38:05
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