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今日は創世記33章を読みます。
8節に それからエサウは、「私が出会ったこの一団はみな、いった、どういうものなのか。」と尋ねた。するとヤコブは、「あなたのご好意を得るためです。」と答えた。 続く9節に、 エサウは、「弟よ。私はたくさんに持っている。あなたのものは、あなたのものにしておきなさい。」と言った。 とありますが、ヤコブはエサウとイサクを騙して、長子の権利を奪い取って、エサウはヤコブをCENSOREDやるとまで言っていたのに、仲直りしたのだろうか?
・・・癒しに通じる読み方・・・ 今日は使徒15章10―14節を読みます。 天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・ 何度か読みましたが、一つに絞れないので、全体をもう何度か読みます。 うーん、何だかよく分からないです・・・ |
No.2828 2007/08/17(Fri) 20:31:15
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☆ Re: 創世記33章 / 昌夫  |
引用 |
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>ヤコブはエサウとイサクを騙して、長子の権利を奪い取って、エサウはヤコブをCENSOREDやるとまで言っていたのに、仲直りしたのだろうか?
そうです。33章は、エサウとヤコブが仲直りする、美しい章です。この章では、3節のように、ヤコブがエサウに7回も地に伏しておじぎしているところが素晴らしいと思いますが、エサウがヤコブを赦すことができたということが特に素晴らしく、主の恵みと祝福を感じます。
しかし、ヤコブがエサウをずっと警戒していることも読み取れると思います。2節で、最も愛するラケルとヨセフを最後に置き、もしエサウが襲ってきた場合には、彼らだけでも逃げることができるように、という気持ちがうかがえます。また、エサウと仲直りした後でも、ヤコブはまた14節で嘘を言っています。ヤコブはセイルに行くとエサウに言ったけれども、17節で実際には方向の違うスコテに行きました。 |
No.2830 2007/08/18(Sat) 01:23:15
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今日はもう一度創世記33章を読みます。
ヤコブのうそは直らなかったんだ・・・
あ、そうですね・・・3,4節に ヤコブ自身は、彼らの先に立って進んだ。彼は、兄に近づくまで、7回も地に伏しておじぎをした。 エサウは彼を迎えに走ってきて、彼をいだき、首に抱きついて口付けし、ふたりは泣いた。 とあります。仲直りしたのですね・・・うん、エサウはCENSOREDやりたいとまでヤコブを恨んでいたのに、赦すという恵にあずかって素晴らしいですよね。
うん、でもヤコブはそれほどまでにすごいことをしたのだから、警戒しているのは仕方がないですね・・・
・・・癒しに通じる読み方・・・ 今日は使徒15章15―19節を読みます。 天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・・ 何度か読んでいると17,19節が気になるので、これをもう何度か読みます。 異邦人もみな主を求めていくといいですね・・・ |
No.2831 2007/08/18(Sat) 11:32:10
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>ヤコブのうそは直らなかったんだ・・・
仲直りした後でもエサウを心から主にあって信頼することができず、恐れに支配されてうそをついてしまったのだと思います。主は信仰者の罪の性質をすぐに取り去ってしまうことはされず、ゆっくり時間をかけて取り去っていかれることが多いです。これは、信仰者の個性ということと関係があると思います。例えば、ヤコブがうそをつくことが多い罪の性質と紙一重のところに、ヤコブが主と戦ってでも主の祝福を求める彼の素晴らしい個性があると思います。主がうそをつく性質をすぐに取り去ってしまうと、彼のこの個性の良いところも損なわれてしまうのではないでしょうか。それで、主は個性を大切にされるので、信仰者の罪の性質を、個性の良いところを損なわずに取り去ることができるようになるまで、時を忍耐強く待っておられるのだと信じています。 |
No.2833 2007/08/18(Sat) 22:15:14
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