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テトス2章 / 大垣 引用

テトス2章。1節。僕たちキリスト者は、キリストからいただいた健全な教えにふさわしいことを話したい。

2-4節。年をとった婦人たちが、敬虔にふるまうことで、若い婦人たちに敬虔にふるまうように、さとすことができる。

7-8節。テトスのような信仰者のリーダーが、自分自身が良いわざの模範となり、教えにおいては純正で、威厳を保ち、非難すべきところのない、健全なことばを用いることが大切である。

13節。キリスト者は不敬虔とこの世の欲とを捨て、キリストの再臨を待ち望みたい。

No.3786 2008/01/16(Wed) 07:26:59

Re: テトス2章 / 亜衣瑠 引用

テトス2章
文章の量的に言うとさほど多くない章であり、書いてあるすべての文、一文一文全てを書き出して噛みしめ確認していきたいと思うほどです。それだけに無駄がなく必要なことを伝えるパウロの的確なメッセージ力を見せつけられます。

1節 脚注にあるように「健全」という言葉が何度も用いられ、また強調されている。(1:9,13、2:1,2,8)神とともにある場合、まちがいなく健全であろう。神から離れてしまったとき、健全でなくなるであろう。わたしたちはどんなときも神に向き続け、神さまの喜ばれる―またそれは神のご性質でもあろう―選択をしていきましょう。

3節 年をとった婦人たちが人を中傷するうわさ話を好み、酒の奴隷となっていた、という脚注は悲しいかな、多分現代日本を見渡しても当たっているように思う。わたし自身がその罪に囚われることなく、またその渦に巻き込まれることのないように。むしろ、4,5節にあるような「さとし」をする者でありますように。それができるために、わたし自身が3節のように「神に仕えている者らしく敬虔にふるまい、悪口を言わず、良いことを教える者」となりますように神さまどうかあなたが整えてください。7節を見てもやはり「模範」のことばを読むと、自分を省み、5節に現われるように「慎み深く、貞潔で、家事に励み、優しく、自分の夫に従順であるように」ありたいと願います。いま、不完全な部分があることを自覚します。どうか模範に近くなっていけますようにこれからの日々がそのために使われますように。8節や10節は わたしたちキリスト者の最終目的は何なのか、を今一度思い起こすのに良いところと思います。それは、マタイでイエスが説くように、それによって神の栄光が現われるため。マタイ5:13-16 「このように、あなたがたの光を人々の前で輝かせ、人々があなたがたの良い行いを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようにしなさい。」同様にロマ12:20も連想しました。「そうすることによって、あなたは彼の頭に燃える炭火を積むことになるのです。」

またここ10節の「神の教えを飾る」という表現、この「飾り」とは ピリピ4:1で「私の喜び、冠よ」とパウロが呼びかけたときにあったと同質のものではないだろうか。
わたしたちはあくまでこのことを忘れないでいたい。それはロマ11:36
「というのは、すべてのことが、神から発し、神によって成り、神に至るからです。」

15節 「権威」「だれにも軽んじられてはいけません」そのような権威をテトスに与えるのは神である。軽んじられてはいけない、と宣言するのも神である。終生敬虔であったイエスさまご自身を手本にして日々歩んでいけますように、どうか弱いわたしたちを助けてくださいませ。

No.3787 2008/01/16(Wed) 07:29:03
民数記31章残り / 沙耶香 引用

今日はもう一度民数記31章残りを読みます。

27節に
その分捕ったものをいくさ出て取ってきた戦士たちと、全会衆との間に2分せよ。
とありますが、どういうことだろうか?と思って、脚注を見ると、戦士たちへの戦いの労苦への主の報いであるというようなことが書かれてあります。

47節の
モーセは、このイスラエル人のものである半分から、人間も家畜も、それぞれ50ごとに一つを取り出し、それらを主がモーセに命じられたとおりに、主の幕屋の任務を果たすレビ人に与えた。
が印象に残りました。

49節の
モーセに言った。「しもべどもは、部下の戦死たちの人員点呼をしました。私たちのうちひとりも欠けておりません。
が印象に残りました。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はルカ2章26-30節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、26節の
また、主のキリストを見るまでは、決して死なないと、聖霊のお告げを受けていた。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
聖霊のお告げ・・・大いにイエス様に語って欲しいですね・・・

No.3783 2008/01/15(Tue) 13:03:09

Re: 民数記31章残り / 沙耶香 引用

今日はもう一度民数記31章残りを読みます。

30節の
イスラエル人が受ける分のうちから、人や牛やろばや羊、これらすべての家畜を、それぞれ50に対して一つ、取り出しておき、それらを主の幕屋の任務を果たすレビ人に与えなければならない。」
が印象に残りました。

54節の
モーセと祭司エルアザルは、千人の長や百人の長たちから金を受け取り、それを会見の天幕に持っていき、主の前に、イスラエル人のための記念とした。
が印象に残りました。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はルカ2章31-35節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・・
何度か読んでいると、35節の
剣があなたの心さえも刺し貫くでしょう。それは多くの人の心の思いが現われるためです。」
が気になるので、これをもう何度か読みます。

No.3785 2008/01/16(Wed) 07:24:35
民数記31章24節まで / 沙耶香 引用

今日は民数記31章24節までを読みます。

2節に
「ミデヤン人にイスラエル人の仇を報いよ。その後あなたは、あなたの民に加えられる。」
とありますが、仇はどういう意味だろうと思って、辞書を引くと、恨みのある相手のことみたいだ。でも恨みの相手を報いよって意味不明だなー。

あっ後の3節に
そこでモーセは民に告げていった。「あなたがたのうち、男達は、いくさのために武装しなさい。ミデヤン人を襲って、ミデヤン人に主の復讐をするためである。
とありますので、ミデヤン人を仇討ちせよということだね・・・うーん、でもそれにしても2節の言い方は意味不明!!

6節に
モーセは部族ごとに千人ずつをいくさに送った。祭司エルアザルの子ピネハスを、聖具と吹き鳴らすラッパをその手にもたせて、彼らと共にいくさに送った。
とあるが、聖具って一体何だろうか?と思って脚注を見ると、2本の銀のラッパのことみたいだ。えー??でもとすると、銀のラッパと吹き鳴らすラッパをとラッパのことばかり言っていて何だか文章がおかしくないかな?

16節に
ああ、この女たちはバラムの事件のおり、ペオルの事件に関連してイスラエル人をそそのかして、主に対する不実を行わせた。それで神罰が主の会衆の上に下ったのだ。
とあるがバラムの事件って何だろうと思って、横の中を見ると、民25・1-5とありますので、開いてみます。よく分からない・・・

19節に
あなたがたは7日間、宿営の外にとどまれ。あなたがたでも、あなたがたの捕虜でも、人を殺したもの、あるいは刺し殺されたものに触れたものはだれでも、3日目と7日目に罪の身をきよめなければならない。
とありますが、主は3と7という数字が好きですね・・・

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はルカ2章11-15節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、11節の
きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
救い主イエス・キリスト・・・・

No.3776 2008/01/11(Fri) 22:59:55

再民数記31章24節まで / 沙耶香 引用

今日はもう一度民数記31章24節までを読みます。

君は愛されてる永遠の愛で君は神様にとって大切な宝最高の愛で君は愛されている・・・♪

4節に
イスラエルのすべての部族から、一部族ごとに千人ずつをいくさに送らなければならない。」
とありますが、すごい人数だな−−。

18節に
男と寝ることを知らない若い娘達はみな、あなたがたのために生かしておけ。
とありますが、そういう人は男性を知らない人より価値があるということかな?

23節に
すべて火に耐えるものは、火の中を通し、きよくしなければならない。しかし、それは汚れをきよめる水できよめられなければならない。火に耐えないものはみな、水の中を通さなければならない。
とあるが、これはどういうことなのだろうか?と思って脚注を見ると、きよめる目的や、衛生上の理由からみたいだ。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はルカ2章16-20節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、20節の
羊飼いたちは、見聞きしたことが全部御使いの話のとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰っていった。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
うん、みなで神をあがめ、賛美しましょう。

No.3777 2008/01/13(Sun) 20:41:19

Re: 民数記31章24節まで / 大垣 引用

2節の「報いよ」ですが、「報いる」という言葉は、良いことをした人に良いことをしてお返しする、という意味と、悪いことをした人に、罰を与える、という意味の両方に使われます。2節の場合、悪いことをした人たちに罰を与える、という意味です。

16節の、バラムとべオルの事件は、25:1−9にある事件です。背景として、モアブとミデヤンは同盟を組んでいました(22:4)。黙示2:14とあわせて読むと、預言者バラムは、モアブの王のバラクにイスラエルの民をたぶらかす方法を教え、モアブやミデヤンの女たちを使って、不品行をするように誘惑し、さらに偶像神のバアル・ぺオルを崇拝する霊的な姦淫もするように誘惑したようです。

No.3780 2008/01/15(Tue) 07:44:32

Re: 民数記31章24節まで / 沙耶香 引用

>>2節の「報いよ」ですが、「報いる」という言葉は、良いことをした人に良いことをしてお返しする、という意味と、悪いことをした人に、罰を与える、という意味の両方に使われます。2節の場合、悪いことをした人たちに罰を与える、という意味です。

ふーん、報いるという言葉はよいことをした人にお返しをすることだと思っていたんだけれど、悪いことをした人に罰を与えるという意味もあったんですね・・・

>>16節の、バラムとべオルの事件は、25:1−9にある事件です。背景として、モアブとミデヤンは同盟を組んでいました(22:4)。黙示2:14とあわせて読むと、預言者バラムは、モアブの王のバラクにイスラエルの民をたぶらかす方法を教え、モアブやミデヤンの女たちを使って、不品行をするように誘惑し、さらに偶像神のバアル・ぺオルを崇拝する霊的な姦淫もするように誘惑したようです。

何だかとても難しくて分かりづらいです。

No.3782 2008/01/15(Tue) 09:28:07
テトス1章 / 大垣 引用

テトス1章。1節。パウロは神に信仰を持つように選ばれた人々の信仰と、敬虔にふさわしい真理の知識のために使徒に任命された。

2節。パウロの使徒としての任命は永遠のいのちの望みに基づくことである。キリスト者はこの世のことだけに心を奪われず、天の御国の永遠のいのちを望みとして生きたい。

3-4節。テトスはパウロの宣教によって回心したので、信仰によるパウロの子となったのだと思う。

5節。ここの記述から、パウロとテトスはクレテ島で一緒に宣教したが、パウロはテトスが多くある町々のひとつひとつに長老を任命して教会を確立するように、島に残したらしい。使徒27:7−15で、パウロが囚人としてローマに連れて行かれたとき、クレテ島の島陰を航海し、ラサヤの近くに寄港しているが、宣教してテトスを残すように状況ではないと思う。それでこの手紙が書かれたのは、パウロがローマで一度釈放された後であると思う。

6-9節で、長老と監督というのは同じであると思われる。監督の資格については、?Tテモテ3:1-7とほぼ同じことが書いてある。9節で、監督は自分がみことばを、しっかり守っていなければならない、というところが印象的。みことばについて自分でしていないことを人にするように教えるのは、イエスが最も忌み嫌われた偽善の行いになる。

10-16節。偽教師の口を封じる必要がある。そのためには誰が偽教師か見分ける必要があると思う。神を知っていると口で言っていても行いでは否定している教師は偽教師であると分かる。マタイ7章15-23節でにせ預言者を実によって見分けることができるように、偽教師を実によって見分けることができる。しかし、15節のように、きよい人々には、すべてのものがきよい。不信仰な人々には、何一つきよいものはない。だから、見かけでは同じように見える行いが、行いをしている人の心によって、全く違う意味を持っていることがある。だから、ひとつひとつの行いではなく、その人の行いが全体として神の助けを受けて良いわざになっているかどうかを見分けていく必要があるのだと思う。例えば2人の教会のリーダーが同じように貧しい人々を助ける行いをしていても、全く違った心でしていることがありえる。

No.3779 2008/01/15(Tue) 07:30:15

Re: テトス1章 / 亜衣瑠 引用

テトス チェーン式の緒論。 パウロがさまざまな仕事をテトスに託したことを再確認する。テモテとはだいぶ異なる性質を持っていたと思われる。任されるという光栄、大きな祝福とともに困難、試練も大いにあったことだろう。ハンドブックの前書きを読む。テモテは祖母と母から受け継いだ信仰の実りのひとつの姿だと思うが、テトスはパウロによって回心したとあるので、独特の結びつきが終生あったことだろう。4節「同じ信仰による真実のわが子テトスへ」という表現に読み取れるかもしれない。舞台となるクレテという地について、ギリシヤ神話のミノタウロスの故郷というのは初めて知った。「道徳的評判がすこぶる悪かった」とされるクレテにおける伝道を担ったテトスを思う。

1章
11節「彼らの口を封じなければなりません。」13節「ですから、きびしく戒めて」このあたりに、幾分臆病気味なところがあったかもしれないテモテではなく、テトスがこの地に任命されたご計画を思わされます。?Tテモテの言い回しと比べると 断固としたいいつけをパウロがテトスを通してこの教会に下しているように感じられる。

12節のクレテの詩人からの引用をそのまま「この証言はほんとうなのです。」と断定しているあたり、この地域を教える者の覚悟がどれだけ必要かを察せられる。

16節「彼らは、神を知っていると口では言いますが、行いでは否定しています。」どうかわたくしたちが、口で言うことと行いとが一致する真の信仰者でありますように。イエスの従順をみならう者でありますように。

No.3781 2008/01/15(Tue) 07:46:35
民数記31章残り / 沙耶香 引用

今日は民数記31章残りを読みます。

28節に
いくさに出た戦士からは、人や牛やろばや羊を、それぞれ5百に対して一つ、主のためにみつぎとして徴収せよ。
とあるが、5百に対して1つなんてかなり少ないように思うが、どうなっているのだろうか?

53節に
従軍した人たちは、戦利品をめいめい自分のものとした。
とあるが、戦利品って一体何だろうか?と思って、脚注を見ると、戦士が貴金属を自分のものとしたというようなことを書いてあります。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はルカの2章21-25節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・・
何度か読んでいると、25節の
そのとき、エルサレムにシメオンという人がいた。この人は正しい、経験な人で、イスラエルの慰められることを待ちのぞんでいた。聖霊が彼の上にとどまっておられた。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
聖霊様がとどまっておられると心に平安が得られていいですね・・・

No.3778 2008/01/15(Tue) 00:32:03
民数記30章 / 沙耶香 引用

今日は民数記30章を読みます。

4節に
その父が彼女の誓願、あるいは物断ちを聞いて、その父が彼女に何も言わなければ、彼女のすべての誓願は有効となる。彼女の物断ちもすべて、有効とならなければならない。
とあるが、その父が彼女に何も言わなければと言っているのが気になって、脚注を見ると、娘の場合は宗教的務めよりも父に対して服従するほうが大切だというようなことを書いてあります。

8節に
もし彼女の夫がそれを聞いた日に彼女に禁じるなら、彼は、彼女がかけている誓願や、物断ちをするのに無思慮に言ったことを破棄することになる。そして主は彼女を赦される。
とあるが、今一よく分からないなと思って、脚注を見ると、結婚したら女性は夫の支配下に置かれるみたいなことが書かれている。私も誰か理解のある素晴らしい信仰深いクリスチャンと結婚したいなーーー。

9節に
やもめや離婚された女の誓願で、物断ちをするものはすべて有効としなければならない。
とあるが、物断ち物断ちといっているが、この時代は、たとえば何を物断ちしていたのだろうか?

13節に
すべての誓願も、身を戒めるための物断ちの誓いもみな、彼女の夫がそれを有効にすることができ、彼女の夫がそれを破棄することができる。
とありますが、じゃこの時代は結婚したら、何もかも夫次第ということになりますね・・・

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はルカ2章1-5節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいたが、一つに絞れなかったので、全体をもう何度か読みます。
住民登録・・・

No.3773 2008/01/10(Thu) 21:56:29

再民数記30章 / 沙耶香 引用

今日はもう一度民数記30章を読みます。

15節の
もし夫がそれを聞いて後、それを破棄してしまうなら、夫が彼女の咎を負う。」
が印象に残りました。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はルカ2章6-10節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、10節の
御使いは彼らに言った。「恐れることはありません。今私はこの民全体のためのすばらしい喜びを知らせに来たのです。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
主の前では何も恐れることはないですね・・・一番恐れなければならないのは主です。

No.3774 2008/01/11(Fri) 08:20:28
民数記29章残り / 沙耶香 引用

今日は民数記29章残りを読みます。

体調良くない。誰か私を**してください。楽になりたい。

30節に
これらの雄牛、雄羊、子羊のための、それぞれの数に応じて定められた穀物のささげ物と注ぎのささげ物とする。
とあるが、私をささげるのでイエス様**してください。私は明日までに天に召されます。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はルカ1章70-75節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、74,75節の、
われらを敵の手から救い出し、
われらの生涯のすべての日に、
きよく、正しく、
恐れなく、主の御前に仕えることを許される。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
主の御前にいつも仕えていたいですね・・・そうすると心に喜びと平安が宿り、最高ですね・・・

No.3767 2008/01/09(Wed) 21:03:56

再民数記29章残り / 沙耶香 引用

今日はもう一度民数記29章残りを読みます。

35節に
8日目にあなたがたはきよめの集会を開かなければならない。どんな労役の仕事もしてはならない。
とありますが、7日間の仮庵の祭りの後の集会かな?と思って脚注を見ると、祭りが終わる閉会集会みたいだ。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はルカ1章76-80節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、78,79節の
これはわれらの神の深いあわれみによる。そのあわれみにより、日の出がいと高きところからわれらを訪れ、暗黒と死の陰にすわる者たちを照らし、われらの足を平和の道に導く。」
が気になるので、これをもう何度か読みます。
イエス様の奇跡は死のふちからも救い出されます。私ももうどん底ですがきっとイエス様がそのどん底から救い出してくださると信じます。

No.3772 2008/01/10(Thu) 14:01:22
?Uテモテ4章 / 大垣 引用

?Uテモテ4章。1節。パウロが父なる神とキリストの御前に出てテモテに命じていることに注目します。キリストの恵みによって、信仰者は神の御前に大胆に出ることができる。

2節。時が悪くても、みことばを伝えなさい、という命令に従うのは簡単なことではない。

3-5節。真理を聞くことは、つらいことが多い。神に愛されている、ということは素晴らしいことだが、神の愛は甘やかす愛ではなく、この世で僕たちが苦しむことが、永遠の目から見て良いことであるなら、僕たちが耐えられるぎりぎりまで苦しむことを許されることもある。僕は自分が良い人間で、能力もあるので、人々の役に立つと思いたいという気持ちがあるが、僕には罪の性質があり、僕の能力など存在しなくても、神はすべてご計画どおりにされる力を持っておられる。それで、次々に教師を呼び集めて、自分の聞きたいことを言ってもらったり、自分勝手な考えにそれて行きたいという誘惑がある。そのような誘惑の強い時代になったが、そのような誘惑に負けてはいけない。キリスト者は、どのようなばあいにも慎み、困難に耐え、伝道の機会が与えられたら伝道し、神が自分に与えられた務めを十分に果たしたい。

6節。パウロは自分が犯罪人として処刑され、神へのささげ物となることを確信している。

7節。パウロは迫害に対しても勇敢に戦い、走るべき信仰の道を走り終えた。誘惑にも迫害にも負けず、信仰を守り通した。ピリピ3章13-14節で、パウロはすでに捕えたなどと考えず、神の栄冠を得るために、目標を目指して一心に走っていると書いた。殉教を前に、パウロはついに走るべき道のりを走り終えた。

8節。主の現われを慕っている者は、だれでも主の再臨の後に、義の栄冠を主から授けられる。

10節。デマスは今の世を愛し、パウロを捨ててしまった。ヨハネ12章43節にあるように、神からの栄誉よりも、今の世での人の栄誉を愛すれば、主からずれていってしまう。

11節。使徒15章34-41節では、パウロはマルコは役に立たないと思って、バルナバと別れたほどだった。たぶんマルコはおごりの罪のために、パウロ第一次伝道旅行のときに、パンフリヤでパウロに反発して、彼の一行から離れてしまったのだろうと思います。バルナバの忍耐強い指導によって、マルコは再びパウロを助けて主に用いられるキリスト者になったのだろうと思います。

14-16節。パウロを苦しめたアレキサンデルのしわざに応じて、主が彼を罰されることをパウロは確信している。これに対し、最初の弁明(おそらくパウロがトロアスで無実の罪で再逮捕されたときの法廷での弁明)の際に、パウロのまわりにいた人々は、パウロを見捨てたが、パウロは彼らがそのためにさばかれないように祈っている。このパウロの態度と、彼のアレキサンデルに対する態度は全く違っていて興味深い。その違いはどのような理由によるのか、僕にあ分からないが、いつも、どのような状況での罪に対しても「主よ彼の罪を赦してさばかれませんように。」と祈るべきかというと、そうではないとうことが分かると思います。

18節。パウロはもうすぐ自分が処刑されるのを知りながら、「主は私を、すべての悪のわざから救い出し」と書いていることに注目したい。

No.3770 2008/01/10(Thu) 13:12:34

Re: ?Uテモテ4章 / 亜衣瑠 引用

パウロ最後の書であるこの書を読むと、獄中で書かれたピリピ書が喜びにあふれ満ちていたところからさらに突き進んで (基調は同じなのだが)どこをとっても勝利の確信だけが伝わってくる。ハンドブックの表現でいうと「凱旋の調べ」「死のうとする征服者の勝利の雄叫び」また、このような表現をしている。「彼の頭が彼の胴からはねられる瞬間、かくも身をささげて愛し仕えたその方のみもとに直ちに行くであろうということを疑う影もない」嗚呼、それならば、一刻も早くお傍に行きたいと願わないではいられないでしょう。かつて、ピリピ書1:23で世を去ってキリストとともにいることをより願っていたパウロなのですから。

2節「時が良くても悪くても」5節の「どのような場合にも」とリンクする。もはやこの世での時間がさほどないと知っているパウロが愛弟子テモテに 自分と同じ様にキリストの道をひた走るよう 愛をもって最後の教えを与える。

6-8節はテモテや主にある兄弟姉妹へというよりも、愛するイエスへの証しと告白、ことばをもっての捧げのように感じられる。特に6節は 丁度ヨハネ福音書17章1節にあるイエスの父への呼びかけ、また、ルカ23章46節のイエス最後のことばのよう。 ここまでのすさまじい信仰の炎は 自分とあまりに距離があるけれど、「義の栄冠は」8節「私だけでなく、主の現われを慕っている者には、だれにでも授けてくださるのです」とあるので、真理からそれることなく、信仰を守りとおしていきたいです。どうぞあなたがそちらの道へ常に誘ってください。「義の栄冠」からやはりすばらしい冠を連想しています。
 「試練に耐える人は幸いです。耐え抜いて良しと認められた人は、神を愛する者に約束された、いのちの冠を受けるからです。」(ヤコブ1:12)
 Blessed is a man who perseveres under trial; for once he has been approved, he will receive the crown of life from the Lord has promised to those who love Him.
ハンドブックの記述にも心打たれる。「天国での歓迎は、パウロがかつてローマで目撃したどの凱旋行進をもしのいだであろう。」また、次の記述は初めて読んだ3年前も大変印象的だったが、実際のところはだれにも分かり得ないこととは言え、筆者のハーレイ氏の想いの深さを表していて興味深いと思う。「彼が天国に着いた時、主にお会いしてから後の最初の仕事は、ステパノを捜し出して彼の赦しを求めることではなかったろうか。」 そういえば、6-8節のパウロの告白と勝利宣言はイエスと同質であると同時にもちろん「主イエスよ。わたしの霊をお受けください。」(使徒7:59)(そのあとの感動的な祈りの叫びが続く最期)
と言ったステパノとも同じ高みだと思う。

18節 ペテロが?Tペテロで「ほえたけるししのように」と迫害のすさまじさを伝え、また警告しているが、そのような中にあって、
「主は私を、すべての悪のわざから助け出し、天の御国に救い入れてくださいます。」と力強く確信のことばを述べている。むしろここでは平安を感じさせます。

19-21節 愛する特別な弟子テモテに 関わりの濃い愛する者たちの個人名を挙げ、神とパウロ自身と主に在る兄弟姉妹たちの何重にもそして限りなく連なる信仰の絆を書面に残して パウロは主のもとにのぼって行った。パウロとパウロが書き送った手紙をいまの時代に伝えてくださった神さまに感謝いたします。

No.3771 2008/01/10(Thu) 13:17:17
民数記25章 / 沙耶香 引用

今日は民数記25章を読みます。

1節に
イスラエルはシティムにとどまっていたが、民はモアブの娘達と、みだらなことをし始めた。
とありますが、みだらなことをしはじめたらよくないですね・・・

2節に
娘達は、自分達の神々にいけにえをささげるのに、民を招いたので、民は食し、娘達の神々を拝んだ。
とあるが、民は食しって神々にささげたいけにえを食べたのだろうか?

8節に
そのイスラエル人のあとを追ってテントの奥の部屋にはいり、イスラエル人とその女とをふたりとも、腹を刺し通して殺した。するとイスラエル人への神罰がやんだ。
とありますが、腹を刺し通して殺したら神罰がやむ??CENSOREDのは神の御心ではないので、神罰がやむというのがちょっと考えられないが・・・

あれ?でも9節で
この神罰で死んだ者は、2万4千人であった。
とあるが、神罰がやんだのやんだは病んだだったのだろうか?そうすると、8節も納得できる。

15節に
また殺されたミデヤン人の女の名はツルの娘コズビであった。ツルはミデヤンの父の家の氏族のかしらであった。
とあるが、ツルという人が気になるので、聖書検索してみたら、いっぱい出てきたので、よく見てみると、エリツルとかで、ツルというのはこれがはじめてみたいだ。ツルとはどういう人なのだろうか?その名のとおりツルだけにやせ細っているのだろうか?

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はルカの1章6-10節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいたが、一つに絞れなかったので、全体をもう何度か読みます。
うーん、何も語られなかった。

No.3732 2008/01/02(Wed) 21:45:29

再民数記25章 / 沙耶香 引用

今日はもう一度民数記25章を読みます。

4節の
主はモーセに言われた。「この民のかしらたちをみな捕えて、白日のもとに彼らを主の前でさらし者にせよ。主の燃える怒りはイスラエルから離れ去ろう。」
が印象に残りました。主の怒りが一番怖い。主を恐れないと・・・

7節に
祭司アロンの子エルアザルの子ピネハスはそれを見るや、会衆の中から立ち上がり、手に槍を取り、
とあるが、ピネハスという名前がかなり気になったのだが、だってピンハネみたいで・・・と思って聖書検索すると、出エジプト 6:25 に載っていたみたいだが、でもエルアザルの子ということ以外は分からない。ピネハスって何者だろうか?エルアザルの子ということ以外は分からないかもしれないなーー。

18節に
彼らは巧妙にたくらんだたくらみで、あなたがたを襲ってペオルの事件を引き起こし、ペオルの事件の神罰の日に殺された彼らの同族の女、ミデヤンの族長の娘コズビの事件を引き起こしたからだ。」
とありますが、ミデヤンの族長の娘コズビの事件って何だろうか?

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はルカの1章11-16節までを読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、15,16節の
彼は主の御前にすぐれた者となるからです。彼は、ぶどう酒も強い酒も飲まず、まだ母の胎内にあるときから聖霊に満たされ、
そしてイスラエルの多くの子らを、彼らの神である主に立ち返らせます。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
うーん、イエス様素晴らしい。

No.3734 2008/01/03(Thu) 11:14:07

Re: 民数記25章 / 大垣 引用

2節は偶像にいけにえとしてささげられた肉を食べたのだと思います。

7節に出てくるピネハスのことについては、チェーン式の聖書の後ろの索引を見てください。後ろから、あいうえお順に大切な言葉や人名や地名などについて、意味を説明したり、聖書の参照箇所が書いてあります。

ピネハスは、語としては「託宣」という意味で、詩篇106:30-31にも彼の名が出てくることが分かります。ピネハスがこのときイスラエル人とミデヤン人の女を殺したことは、罪であるどころか、主に喜ばれることであったことが、8節で神罰がやんだこと、11-13節と詩篇106:30-31のように、このことで、ピネハスが素晴らしい報いを受けたことから、はっきり分かると思います。

CENSOREDはならない。」と言われた主が、このときにピネハスが殺したことを喜ばれたと思いますか?

18節のミデヤンの族長の娘コズピとは、13節にあるように、6-8節でピネハスに殺されたミデヤン人の女です。だから、コズピの事件とは、6-8節で起こった殺人の事件のことだと思います。

No.3737 2008/01/03(Thu) 12:28:53

Re: 民数記25章 / 沙耶香 引用

>>7節に出てくるピネハスのことについては、チェーン式の聖書の後ろの索引を見てください。後ろから、あいうえお順に大切な言葉や人名や地名などについて、意味を説明したり、聖書の参照箇所が書いてあります。

うん、載っています。うん、託宣という意味です。えーー?でも人をCENSOREDことが主に喜ばれることになるの?

>>「CENSOREDはならない。」と言われた主が、このときにピネハスが殺したことを喜ばれたと思いますか?

だって、管理人さんがその前にこう書いていますよ。

ピネハスがこのときイスラエル人とミデヤン人の女を殺したことは、罪であるどころか、主に喜ばれることであったことが、8節で神罰がやんだこと、11-13節と詩篇106:30-31のように、このことで、ピネハスが素晴らしい報いを受けたことから、はっきり分かると思います。

って。

>>18節のミデヤンの族長の娘コズピとは、13節にあるように、6-8節でピネハスに殺されたミデヤン人の女です。だから、コズピの事件とは、6-8節で起こった殺人の事件のことだと思います。

うーん??何だかつながりがいろいろと難しいですね・・・

No.3739 2008/01/03(Thu) 17:19:43

Re: 民数記25章 / 大垣 引用

主が「CENSOREDはならない。」と言われたので、人間の命は大切なものであって、人をCENSOREDという行為自体は、主に喜んでいただけるものでないことが分かると思います。

しかし、永遠の命のように、人のこの世の命より大切なものがあります。だから、人のこの世の命よりも大切なもののために、例外的に人をCENSOREDしか正しい行いがない場合もあると思います。たとえば、申命記19章の11−15節と21節で、裁判によって死刑になる罪を犯した人が殺されなければならないことが書いてあります。また、申命記20章1節と13節で、戦争のときに敵をCENSOREDべき場合があることも分かります。

ピネハスがイスラエル人とミデヤン人の女を殺したことが、罪でなかったのは、どういう理由だと思いますか?

No.3741 2008/01/04(Fri) 05:45:44

Re: 民数記25章 / 沙耶香 引用

私なんか生きている価値がないのではないか?と思い出しました。あーーーー生きているって本当に私たち精神障害者にとってはしんどくて、生き辛くて、苦痛なことですね・・・毎日苦しい、そして何かで少し傷つくとそれが体調精神状態に怒涛のごとく響きそれがずっと続く。あーー神様イエス様どうか、精神疾患を癒してください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・

>>裁判によって死刑になる罪を犯した人が殺されなければならないことが書いてあります。また、申命記20章1節と13節で、戦争のときに敵をCENSOREDべき場合があることも分かります。

死刑になる罪を犯した人が殺されるのは分かるが、戦争のときに敵をCENSOREDべき場合??でも戦争のときに敵対国の人は別に悪いことをしているわけではないのに??

>>ピネハスがイスラエル人とミデヤン人の女を殺したことが、罪でなかったのは、どういう理由だと思いますか?

戦争のときに敵をCENSOREDべきときだったからかな?うーん、よく分からない・・・

No.3746 2008/01/04(Fri) 10:59:19

Re: 民数記25章 / 大垣 引用

神が戦争をするように命じられたり、人間が戦争することを許されるときには、いろいろな理由があるだろうと思います。ひとつには、国全体としての悪がひどい場合、国を罰されることがあります。当時の「国」とは小さい場合、町であることもありました。創世記18−19章で、神は戦争を使われませんでしたが、悪のひどかったソドムとゴモラの町を滅ぼされました。18章23−32節でのアブラハムの

「あなたはほんとうに、正しい者を、悪い者といっしょに滅ぼし尽くされるのですか。」

という質問は

>でも戦争のときに敵対国の人は別に悪いことをしているわけではないのに?

という沙耶香さんの質問と同じ意味を持っていると思います。これに対して18章で主がアブラハムに言われたことと、19章で主が御使いを通してロトと家族に町から出るように言われたことで、主のこのことに関するお考えがある程度分かると思います。

主は悪の国や町を戦争などで罰されることがあるが、その国や町の正しい人々には、逃げ道を用意してくださり、逃げ道について主に聞き従う者は救われると思います。

ピネハスが殺したとき、裁判があったわけでも、戦争をしていたわけでもないので、聖書に殺人についてはっきり書いてある例外にはあてはまらないようです。ピネハスの殺人行為が罪にならなかった理由ははっきり書いていないので理解が難しいです。しかし罪とが何か、ということを考えるときに、重要だと思うので、疑問を持って主に聞き求めながら、聖書を読み進んでいくと、だんだん罪とは何かということについて、主が語ってくださると信じます。

No.3763 2008/01/09(Wed) 00:26:14

Re: 民数記25章 / 沙耶香 引用

>>主は悪の国や町を戦争などで罰されることがあるが、その国や町の正しい人々には、逃げ道を用意してくださり、逃げ道について主に聞き従う者は救われると思います。

ふーん、何だかそこまでされると素晴らしいですね・・・逃げ道抜け道・・・

>>聖書を読み進んでいくと、だんだん罪とは何かということについて、主が語ってくださると信じます。

うーん・・・何だか難しいですね・・・本当聖書は難しい。難解で私にはついていけないが、一歩ずつ進む。

No.3769 2008/01/09(Wed) 21:17:46
民数記28章 / 沙耶香 引用

今日は民数記28章を読みます。

今日は教会で、久しぶりに来られた看護師兼介護師のクリスチャンが来られていました。それに結婚して北海道に移り住んでいる教会の人の娘様も来られていました。やはりクリスチャンは教会へ行って交わらないといけないなーー。
あーーー今いろいろな問題が生じていることにも感謝します。でもこのことも神様きっと益としてくださると信じます。
神様イエス様イエス様イエス様イエス様誰かの心を動かしてください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・

14節に
それにつく注ぎのささげ物は、雄牛一頭については2分の1ヒン、雄羊一頭については3分の1ヒン、子羊一頭については4分の1ヒンのぶどう酒でなければならない。これは1年を通して毎月の、新月祭の全焼のいけにえである。
とあるが、毎月の新月祭って一体何だろうか?

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はルカ1章48-53節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、53節の
飢えた者を良いもので満ち足らせ、富むものを何も持たせないで追い返されました。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
うーん、貧乏人は馬鹿にされ、富裕者はもてはやされるこの世の中、この御言葉の原則になっていないなー―。

No.3751 2008/01/06(Sun) 22:47:42

Re: 民数記28章 / 大垣 引用

新月祭とは、毎月の第一日の祭りです。脚注にあるように11-15節に、主がモーセを通してイスラエルに与えられた新月祭のときにするささげ物の規定が書いてあります。

No.3755 2008/01/07(Mon) 01:54:57

再民数記28章 / 沙耶香 引用

今日はもう一度民数記28章を読みます。

体調よくないです。神様イエス様癒してください。

>>新月祭とは、毎月の第一日の祭りです。脚注にあるように11-15節に、主がモーセを通してイスラエルに与えられた新月祭のときにするささげ物の規定が書いてあります。

ふーん・・・じゃ1日はいつもお祭りなんだ。今日本ではそういうものはないが、海外ではあるところもあるのかもしれないな。どうなんだろうか?

4節に
一頭の子羊を朝ささげ、他の一頭の子羊を夕暮れにささげなければならない。
とありますが、こういう風にいつもささげ物にこれをこういう風にささげなければならないと何節にも及んで書いていて何か意味があるのだろうか?と私なんかは考えるが、神様のお考えはどこか違うんだろうなー。

7節に
それにつく注ぎのささげ物は子羊一頭につき4分の1ヒンとする。聖所で、主への注ぎのささげ物として強い酒を注ぎなさい。
とありますが、注ぎのささげ物って一体何だろうか?注ぎは油注ぎのことだろうか?横の注に民数記4章7節、レビ記10章9節とありますので、開いてみます。うーん、でも今一意味不明だなーー。「注ぎのささげ物 意味」と入れてもメッセージが出てくるだけで分からない。

16節に
第一の月の14日は、過越のいけにえを主にささげなさい。
とありますが、いつも言っている、過越しの祭りのことかな?

26節に
初穂の日、すなわち7週の祭りに新しい穀物のささげ物を主にささげるとき、あなたがたは聖なる会合を開かなければならない。どんな労役の仕事もしてはならない。
とありますが、この「7週の祭り」も時々出てくるが、一体何だろう?と思って、脚注を見ると、小麦の初穂の刈り入れの祭りとも呼ばれていて、初穂の束を主に向かって揺り動かした日から7週間を経た50日目に当たるそうだ。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はルカ1章54-58節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・・
何度か読んでいると、57,58節の
さて月が満ちて、エリサベツは男の子を産んだ。
近所の人々や親族は、主がエリサベツに大きなあわれみをおかけになったと聞いて、彼女と共に喜んだ。
が気になるので、これをもう何度か読みます。
聖なる子供ができた。うん、この何ヶ月か喜びに満たされていたことでしょう。

No.3756 2008/01/07(Mon) 12:53:00

Re: 民数記28章 / 大垣 引用

7節の注ぎのささげ物は、民数記15章10節にあるように、祭壇にいえにえをささげるとき、ぶどう酒などの酒を一緒にささげました。ささげるいけにえの上に注いだと思います。?Uテモテ4章6節で、パウロが殉教することを予感して「私は今や注ぎの供え物となります。」と書いていることが印象的です。

14節の新月祭は、イスラエルでも今はもう行われていないようです。他の国で新月を祝うところがあるかもしれませんね。

16節の「過越」は、沙耶香さんの思われたとおり、「過越の祭り」の過越です。第1の月の14日に過越のいけにえを主にささげます。15日から始まって7日間を過越の祭りと呼びます。

No.3765 2008/01/09(Wed) 13:58:35

Re: 民数記28章 / 沙耶香 引用

?Uテモテ4章6節・・・私は今や注ぎの供え物となります。私が世を去るときはすでに来ました。

No.3768 2008/01/09(Wed) 21:13:37
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