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あしあと / Aja 引用

ある夜、わたしは夢を見た。わたしは主とともになぎさを歩いていた。
暗い夜空にこれまでのわたしの人生が映し出された。
どの光景にも、砂の上にふたりのあしあとが残されていた。
一つはわたしのあしあと、もう一つは主のあしあとであった。
これまでの人生の最後の光景が映し出されたとき、わたしは、砂の上のあしあとに目を留めた。
そこには一つのあしあとしかなかった。
わたしの人生でいちばんつらく、悲しい時だった。
このことがいつもわたしの心を乱していたので、わたしはその悩みについて主にお尋ねした。
「主よ。わたしがあなたに従うと決心したとき、
あなたはすべての道においてわたしとともに歩み、
わたしと語り合ってくださると約束されました。
それなのに、わたしの人生のいちばんつらい時、
ひとりのあしあとしかなかったのです。
いちばんあなたを必要としたときに、あなたがなぜ
わたしを捨てられたのか、わたしにはわかりません。」
主はささやかれた。
「わたしの大切な子よ。わたしはあなたを愛している。
あなたを決して捨てたりはしない。
ましてや苦しみや試みの時に。
あしあとがひとつだったとき、わたしはあなたを背負って歩いていた。」


父は今日から入院しました。仕事帰りに病院へ寄り、その帰り道にこの詩を思い出しながら、父がイエス様に背負われているイメージが、なんだかとてもはっきり目にうかび、平安な思いになりました。
手術は25日の朝9時からで、8時間くらいかかる予定です。お祈りよろしくお願いします。

No.1403 2006/12/22(Fri) 23:16:39

Re: あしあと / 沙耶香 引用

天のお父様神様イエス様どうかAjaさんのお父様の手術が成功しますように。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
家族みなさんでイエス様に心が向けられるといいですね・・・

No.1404 2006/12/23(Sat) 10:00:49

Re: あしあと / 昌夫 引用

厳しい試練のときに、Ajaさんに「あしあと」の詩とイメージを使って平安を与えてくださったイエスさまに感謝します。手術が成功しますように、また、この機会をイエスさまがご家族が心を神様に向けるための機会として用いてくださいますように、お祈りします。

No.1406 2006/12/23(Sat) 12:11:40
詩篇88章 / 沙耶香 引用

今日は詩篇88章を読みました。

6節の
あなたは私を最も深い穴に置いておられます。
そこは暗いところ、深いふちです。
はどういう意味だろうか?

続く7節の
あなたの激しい憤りが私の上にとどまり、
あなたのすべての波で
あなたは私を悩ましておられます。はどういう意味だろうか?

8節の
貴方は私の親友を私から遠ざけ、
私を彼らの忌み嫌うものとされました。
私は閉じ込められて、出て行くことができません。
はどういう意味だろうか?私の親友とは誰だろうか?この私私と言っている詩人は何でそこまで嫌われるのか?

もう、何だか私なんかは生きている意味がないのでは・・・・?と思えてきました。何だか憂鬱です。イエス様イエス様イエス様イエス様イエス様イエス様・・・・

9節の
私の目は悩みによって衰えています。
主よ。私は日ごとに貴方を呼び求めています。
あなたに向かって私の両手を差し伸ばしています。
の私の目は悩みによって衰えています。は何の悩みだろうか?この詩人は悩み多き人なのだろうか?
 
10節に
あなたは死人のために奇しいわざを
行われるでしょうか。
亡霊が起き上がって、
あなたをほめたたえるでしょうか。
とありますが、死んでいる人には主は働かれないのでしょうか?うーん、でも死んでいる人は天国にいるか地獄に落ちているかのどちらかなので、主とは関係ないのかな?よく分からない・・・

14節の
主よ。なぜ、私のたましいを拒み、
私に御顔を隠されるのですか。は前にも出てきたような気がします。

何だかとても憂鬱で、お腹も痛くて、イエス様のところへ行きたいなー・・・イエス様私を包んでください・・・

No.1396 2006/12/20(Wed) 19:55:16

Re: 詩篇88章 / 昌夫 引用

第88篇は哀歌で、詩人は死にひんするような、とてもつらい苦しみを神さまに訴えています。苦しみの直接の原因が、何であるかははっきり書かれていませんが、重い病気に若いときから長くかかっているようです。

6節は苦しみを詩的に表しています。「あなたは」とあるのは、どのような原因による苦しみも、究極的には、主の許可によって苦しみが与えられるし、主は苦しみから救い出す力をお持ちだからです。

7節は、この世に苦しみが存在するのは、いろいろな原因がありますが、苦しみの究極の原因は罪に対する主の憤りと怒りであるという理解から書かれていると思います。病気の苦しみが波のようにしばしば重くなることの原因を、主の怒りに原因があると詩人は考えています。この怒りが、詩人個人の罪のためかどうかは分かりません。

8節の親友がどういう人だったかは、この詩篇にも、聖書のほかのところにも書いてありません。親友がなぜ遠ざかったかも詳しく書かれていません。ただ、この節の「忌み嫌う者」とされた、ということから、「けがれ」に関係しているように思われます。当時は、ある種の皮膚病にかかると、けがれがあるとされ、町の外にひとりで住まなければならないという律法がありました。そのような皮膚病のために、親友が遠ざかったのかもしれません。

9節は、詩人の悩みと、詩人が主に救いを求めていることが、はっきり表現されていますね。

10節は、当時は、まだ死後の世界と永遠の命のことがはっきりとは啓示されていなかったことからの詩人の理解だと思います。

14節のような言い方は、哀歌によくでてきます。例えば第13篇の1節を読んでみてください。

>もう、何だか私なんかは生きている意味がないのでは・・・・?と思えてきました。

ヨブも苦しみを受けたとき、自分の人生に意味を見出せずに、自分の生まれた日を消してください、という祈りをしました。詩篇88篇の詩人も苦しんでいます。でも、詩篇13篇の5−6節のように、主が必ず信仰者を救い出されます。

No.1397 2006/12/21(Thu) 00:00:30

再詩篇88章 / 沙耶香 引用

今朝はもう一度詩篇88章を読みました。

へーー詩人も重い病気に若いときから長くかかっているんだ。私と一緒ですね・・・共感できますね・・・

9節の詩人の悩みとは病気のことかな?
13章1節・・・見ました。似てますね・・・
そうですね・・・私は今は苦しくてたまらないが、詩篇13章の5、6節のように主が必ず救い出してくださると信じて期待して感謝します。

牧師の喉の具合がよくならないため、来年もまだ祈祷会に参加できなくなりそうで・・・悲しいです。
神学校に見学という形で行こうかな?本当は全行事出たいのです。
イエス様に会いたい、祝福、恵を受けたいという気持ちもありますが、牧師に会いたい、牧師と一緒にいたいという気持ちもあります。
愛する牧師永遠に輝いていて欲しい。

No.1398 2006/12/21(Thu) 11:20:35

Re: 詩篇88章 / 昌夫 引用

9節の詩人の悩みはたぶん病気のことと、親友にも見捨てられてしまった孤独だろう、と思います。

どうか沙耶香さんの牧師の喉を癒して、主にある聖らかな交わりの祈祷会の時間を教会に与えて祝福してくださいますように。

No.1399 2006/12/21(Thu) 11:37:56
詩篇86、87章 / 沙耶香 引用

今日は詩篇86、87章を読みました。

何だか憂鬱で、苦しいです。どこか遠くへ・・・行きたい。

86章の17節の
私に、いつくしみのしるしを行ってください。
そうすれば、私を憎むものらは見て、
恥を受けるでしょう。
まことに主よ。
あなたは私を助け、私を慰めてくださいます。
が印象に残りました。

87章の4節の
私はラハブとバビロンを
わたしを知っているものの数に入れよう。
見よ。ペリシテとツロ、それにクシュもともに。
これらをもここで生まれたものとして。
の前も聞いたことあるような気もするが、カタカナのラハブとバビロンとペリシテとツロとクシュってなんだろうか?人の名前だろうか?

読んでいてもあまり頭に入ってこないし、意味も情景もなかなかわからないし、何だか不安になるが、でも何もしないよりは少しずつでもイエス様に近づけるから・・・

No.1393 2006/12/19(Tue) 19:56:58

Re: 詩篇86、87章 / 昌夫 引用

第87篇の2節のシオンは、エルサレムにある山ですが、霊的な意味としては、目に見えない天の御国の都ということだと思います。キリストが来られるまでは、イスラエルの民だけが選ばれて特別に直接の主との関係を持っていましたが、キリストが来られた後には、イスラエルの敵の国々の民も直接に主と関係を持って、天の御国の都である霊的なシオンで生まれた者となる、ということだと思います。僕たちも信仰を与えられてバプテスマを受けて新しく生まれ変わったときに、霊的には、シオンで生まれたのだと信じます。

87篇4節の、カタカナのラハブとバビロンとペリシテとツロとクシュは、イスラエルのまわりの国々を表します。聖書を詳しく読み始めたばかりの沙耶香さんは、国の名前というような歴史の細かいところは、気にしないで良いと思います。それで、大まかな歴史を今まで読んだ詩篇の関連箇所とともに書いておきます。前に進んでいくことを急ぐよりも、前の詩篇を読みかえして、大まかな歴史を覚えるようにしてみたら良いのではないかと思います。

アブラハムが信仰によって主に選ばれ、子孫のイスラエルの民がエジプトで奴隷にされていたが、主が奇蹟を用いて救い出されました(78篇12−16節、43−54節)。民がカナンの地に入り(78篇55節)、ダビデ王(第18篇30−50節)が多くの敵国に戦争で勝ちました。ダビデ王の息子のソロモン王はまわりの国々の王の娘たちを妻とし、財産を蓄えて栄えました(45篇)。しかし、イスラエルの不信仰の罪のために、北と南の王国に分かれてしまいました。北イスラエルはアッシリアという国に滅ぼされ、民は、捕囚として、遠くの土地に連れて行かれて苦しみました(80篇)。南のユダ王国はバビロンという国に滅ぼされ、エルサレムの神殿も破壊され(79篇1−4節)、捕囚として遠くの地に連れていかれて苦しみました(79篇5−13節)。やがて、主がイスラエルをあわれんで、バビロンにいたイスラエルの民が、イスラエルに帰れるようにしてくださいました(85篇1−3節)。紀元前6世紀のことです。このように、イスラエルの民がこの世ので救われただけでなく、罪の性質によって、主と切り離されてしまう問題から、キリストの十字架によって、本当の救いを与えられました。

後は細かいことになるので気にしないで良いですが、参考のために書いておきます。ラハブとは、もともとは神話的な海の怪物ですが、ここや、イザヤ書の30:7,51:9では、エジプトの国のことをさしています。ヨシュア記に出てくるラハブという女性と日本語で書くと同じですが、もともとのへブル語では違う語です。

クシュとはアフリカのエチオピアの国のことです。ツロは町ですが、ここではツロのあるフェニキアという国をさしていると思います。

No.1394 2006/12/20(Wed) 00:25:10

再詩篇86、87章 / 沙耶香 引用

今朝はもう一度詩篇86,87章を読みました。

78章12から16節、43から54節、読み返しました。55節
神はまた、彼らの前から国々を追い出し、
その地を相続地として彼らに分け与え、
イスラエルの諸族をおのおのの天幕に住まわせた。
18章30から50節
読み返しました。
詩篇45章
読み返しました。
詩篇80章
読み返しました。
全部を読み返すエネルギーなくごめんなさい。

最後にもう一度詩篇86,87章を読みます。
87章最後の踊りながら歌うものは、
「私の泉はことごとく、あなたにある。」と言おう。が印象に残りました。賛美が好きで賛美に重点を置いている私にとってはこの節は素晴らしい。

No.1395 2006/12/20(Wed) 11:42:21
詩篇85章 / 沙耶香 引用

今日は詩篇85章を読みました。

11節の
まことは地から生えいで、
義は天から見下ろしています。はどういう意味だろうか?
生えいってなんだろうか?

13節の
義は、主の御前に先立って行き、
主の足跡を道とします。はどういう意味だろうか?

伝道師が辞められたことでショックで・・・でも仕方がない。本人の意思だから・・・

No.1389 2006/12/18(Mon) 19:25:48

Re: 詩篇85章 / 昌夫 引用

第85篇は、バビロンで捕囚となっていたイスラエルの民がイスラエルに帰還するようにしてくださった主に感謝していると思います。捕囚からの帰還は紀元前6世紀のことでした。敵国で捕囚となって苦しんでいたイスラエルの民を、主が救い出されました。このように、この世での苦しみから救い出されることは、素晴らしいことで、1−3節は、そのことに感謝しています。

ところが、イスラエルの民に罪があって、主の御怒りの対象になっているという状態は、捕囚から帰還しても同じでした。4−7節では、主との関係の回復という意味での本当の救いを求めています。

8−13節では、主との関係回復の本当の救いは、主の恵みとして、イスラエルが義とされることによって得られることを書いています。この本当の救いは、キリストによってもたらされました。

11節の生えいでとは、「生える」と「いでる」をあわせて、「生え出る」ことです。ここで「まこと」とは、主の恵みに対する、人間の誠実な応答のことだと思います。天におられる主が恵みによって、人間の罪を赦して義としてくださることに対して、地の草のような人間が、まことの信仰によって応答している様子を表していると思います。

13節ですが、まず、主との関係を回復するために、人間は、主が正しいと認められる義の心をもって、義の行動をするようになる必要があります。ところが、人間には義の心がないので、義の行動をすることができません。それで、義の心と行動は、主が後ろから押され、前から導かれることによって、主が人間に与えられます。そのことを、13節は詩的に表していると思います。

No.1391 2006/12/19(Tue) 00:44:57

再詩篇85章 / 沙耶香 引用

今朝はもう一度詩篇85章を読みました。

バビロンで捕囚となっていたイスラエルの民がイスラエルに帰還するようにしてくださった主に感謝している・・・情景思い浮かばずただ何となく読んでいる私・・・全くそういうことは分からないけれど・・・でも分からない、分からない・・で何もしなかったら何もつかめないので、少しずつ一歩ずつ踏み進んで・・・だってクリスチャンは勝利者なんだから・・・・

うん、でも本当の救いはキリストによってもたらされるっていうのはいいですね・・・

へーー・・13節の管理人さんのご説明かなり分かりやすく私の心にも響きました。やはり人にものを教えられているお仕事をされていると違いますね・・・

でも本当に管理人さんて主にあって至れり尽せりの素晴らしいクリスチャンですよね・・・いつも関心しております。うちの牧師も主にあって至れり尽せりのすばらしい牧師なんだけれど・・・

でもクリスチャンになってもなかなか神様に心が向いていかない人も結構いますね・・・なかなか時間がかかり難しいことなのでしょう。そういう点からも管理人さんや牧師は素晴らしいと思います。

No.1392 2006/12/19(Tue) 10:34:15
詩篇84章 / 沙耶香 引用

今日は詩篇84章を読みました。

3節の
雀さえも、住みかを見つけました。
つばめも、ひなを入れる巣、
あなたの祭壇を見つけました。
はどういう意味だろうか?あなたの祭壇???なんだろうか?

12節の
万軍の主よ。
なんと幸いなことでしょう。
あなたに信頼するその人は。
が印象に残りました。

No.1384 2006/12/17(Sun) 20:31:41

Re: 詩篇84章 / 昌夫 引用

3節の祭壇ですが、出エジプト記27章1-2節に説明のある、モーセに主が示された幕屋の外の庭の中央に置かれた四角の壇で、この上で、いけにえが主に捧げられました。今のイスラエルに聖書の記述に基づいて作られた模型があって、その写真が
http://www.bibleplaces.com/tabernaclemore.htm
にあります。最初に横2枚あるのは、幕屋の写真で、その次が幕屋の内部、その次の写真が外の庭にある祭壇の写真です。ソロモン王の建てた神殿の前方の庭の前の庭にも、同じように歴代誌4章1節にある、さらに大きな祭壇が置かれました。詩篇第84篇の1節の「あなたのお住まい」とはソロモンの建てた神殿で、3節の祭壇は、その神殿の前に置かれた祭壇だと思います。

僕は6節の「涙の谷」という言葉が印象に残っています。以前に「涙の谷に住むもの」というHNで、掲示板に書き込みされていた方に教えていただいた「ユキの日記」という本があります。ユキという20歳で心の病にかかって数年後に心不全のためこの世を去った薄幸の女性が、少女のときから書いていた日記を、最後に主治医となった精神科医が抜粋して編集された本です。その日記のなかで、ユキが自分のことを涙の谷に住むもの、と書いているところがあります。

No.1387 2006/12/18(Mon) 01:16:55

再詩篇84章 / 沙耶香 引用

今朝はもう一度詩篇84章を読みました。

HPの写真見ました。何だか歴史の教科書に載っているような感じですね・・・

うーん?その本の主人公のユキって私のことみたいだね・・・何だか非常に興味があります。その日記の内容の書いたHPとかないんですかね?きっと私にも通じるものがあると思うのです。
涙の谷・・・谷のように涙があふれ出る。私の人生のようだ。
何で私の人生は次々と災難が降り注ぐのだろうか?
でも12節のように
主に信頼する人は幸いなんですよね???

No.1388 2006/12/18(Mon) 09:17:42

Re: 詩篇84章 / 昌夫 引用

この本は「ユキの日記―病める少女の20年」笠原 嘉 (編集)みすず書房です。内容が読めるHPはないようです。精神科医の間では、有名な本のようなので、図書館か、精神科医から借りることができると思います。

12節のように「主に信頼する人は幸い」という場合の「幸い」は、「主と出会い、知ることができる」という永遠の祝福のことだと思います。永遠の天の御国では、この祝福によって完全な幸福が永遠にいただけます。でも、この世的な祝福は、いただけることもあれば、いただけないこともあります。

この世で苦しむときも、天の御国での祝福は、だんだんより深い実感として感じることができるようにしていただけて、心の平安と喜びがいただけるはずです。それは、見えない天の御国を、より深く実感することによると思います。たとえば、僕たちが、祈りや聖書を読むことによって、主と交わるとき、また、この世と違う価値観を牧師や他の兄弟姉妹の言動に実感するとき、天の御国を実感していると思います。

No.1390 2006/12/19(Tue) 00:21:26
(No Subject) / Aja 引用

すみません。パソコンの調子が悪く、すごいことになってしまいました。
直し方がわからないので管理人さん、ものすごいスペースの部分を削除しておいていただけますでしょうか。
お願いします。

No.1382 2006/12/17(Sun) 15:08:07

Re: (No Subject) / 沙耶香 引用

Ajaさん、お父様の癌の手術転移がなくてよかったですね・・・
牧師が今日礼拝でギターデビューしました。
大好きな牧師の生演奏が聞けて相当感激!!
愛している愛している愛している。

No.1383 2006/12/17(Sun) 20:16:34

Re: (No Subject) / 昌夫 引用

Ajaさんのお父さまのガンの転移がないようにしてくださった全知全能の神さまに感謝します。嵐のときに、教会の兄弟姉妹のお祈りも用いてAjaさんに心の平安を与えてくださった神さまに感謝します。

どうか、イエスさまが、お父さまのガンと手術という大きな試練の中のAjaさんとご家族とともにいてくださいますように。Ajaさんがいつもイエスさまがともにおられることを意識することができますように。

No.1385 2006/12/17(Sun) 23:26:39
(No Subject) / Aja 引用

礼拝前の勉強会で「人生最大の嵐」についてひとりずつ分かち合いました。
みなそれぞれの経験を話されました。

その中で印象に残ったのが、神様を知る前の人生がすべて人生最大の嵐でした、神様と共に歩む人生の嵐は「最大」には決してならない、という言葉でした。
本当にそうだなあと思いました。

父は他の部分にはガンの転移はなかったので、ガンの部分を切り取ってしまえば大丈夫ということでした。それでも大手術ではあるのですが…。

教会のみなにもお祈りをしてもらい、平安をもらいました。

No.1381 2006/12/17(Sun) 14:56:05
詩篇82章 / 沙耶香 引用

今日は詩篇82、83章を読みました。

3,4節の
弱いものとみなしごとのためにさばき、
悩むものと乏しいものの権利を認めよ。
弱いものと貧しいものとを助けだし、
悪者どもの手から救い出せ。
が印象に残りました。

8節の
神よ。立ち上がって、地をさばいてください。
まことに、すべての国々は
あなたが、御自分のものとしておられます。
はいいですね・・・
すべてイエス様のものという感じで・・・・

No.1369 2006/12/15(Fri) 20:16:32

Re: 詩篇82章 / 昌夫 引用

第82篇の1節で、神々とあるのは、御使い(天使)たちと考えられます。御使いは、人間よりも力のある霊的な存在なので、神(ヘブライ語ではエロヒム)と呼ばれることもあったようです。

2-7節では、悪い御使いたちが、不正なさがきを行っていて、弱いものや貧しいものの権利を正しく認めなかったので、主が怒って警告を発しておられます。

8節は、御使いではなく、主に直接に正しいさばきを下していただき、直接にすべての国々を統治していただきたい、と詩人が主にお願いして祈っています。

No.1370 2006/12/15(Fri) 22:48:32

再詩篇82章 / 沙耶香 引用

えーー?神々とあるのは御使いのことなの?でも天使って本当に実在したのだろうか?人間の目には見えないけれど、実在するんだろうか?

うん、神様は弱者や貧しい者の味方だから嬉しいです。御言葉のなかでいつも私たち弱者の味方だし、言葉だけでなく、実際に弱者の味方を今までしてきてくれたし、奇しい技で救い出してきてくださいました。
イエス様以外ではこんな弱者でこの世的に何の利益にもならないような人を助ける人はいないと思います。

じゃ2節の
いつまでおまえたちは、不正なさばきを行い、
悪者どもの顔を立てるのか。は悪い御使いたちに主が警告していたんだ?ふーん、御使いも悪い人いたんだ?だって天使でしょ?悪い人いないと思っていたんだ。

じゃ8節は詩人アサフが主にお願いしているの?

No.1373 2006/12/16(Sat) 10:21:08

Re: 詩篇82章 / 昌夫 引用

>でも天使って本当に実在したのだろうか?

御使いや悪霊やサタンが実在することは、聖書に何度も書いてあります。例えば、歴代誌第1の21章16節、ダニエル6章の22節を読んでみてください。父なる神も霊であって見えないし、天の御国も、ある意味でもう来ているのに見えないので、聖書から見えない霊的な現実を知るようにすることがとても大切だと思います。

>御使いも悪い人いたんだ?だって天使でしょ?

御使いは、人ではない霊的な存在だと思います。ペテロの手紙第2の2章4節に、神が罪を犯した御使いを罰されたことが書かれています。サタンも罪を犯すまでは御使いだったし、悪霊たちは、もともとは御使いだったのだが、罪を犯して悪霊となったと思われます。

No.1374 2006/12/16(Sat) 12:01:28

Re: 詩篇82章 / 沙耶香 引用

歴代誌第一の21章16節
ダビデは、目を上げたとき、主の使いが、抜き身の
剣を手に持ち、それをエルサレムの上に差し伸べて、
地と天の間に立っているのを見た。ダビデと長老たち
は、荒布で身をおおい、ひれ伏した。
ダニエル6章の22節
私の神は御使いを送り、獅子の口をふさいでくださ
ったので、獅子は私に何の害も加えませんでした。そ
れは私に罪のないことが神の前に認められたからで
す。王よ。私はあなたにも、何も悪いことをしていま
せん。
うーん、あまりよく意味が取れないが・・・
天のお父様神様イエス様どうか聖書から見えない霊的な現実を知るようにすることができますように。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・

何だか難しいですね・・・
ペテロの手紙第二の2章4節
神は、罪を犯した御使いたちを、容赦せず、地獄に
引渡し、さばきの時まで暗闇の穴の中に閉じ込め
てしまわれました。
ふーん、何だかいろいろと難しいですね・・・・

No.1375 2006/12/16(Sat) 17:37:19

Re: 詩篇82章 / 昌夫 引用

見えないことというのは理解するのが特に難しいですね。聖書にも、見えない霊的な現実や御使いや悪霊のことが、それほど詳しく説明されているわけではありません。沙耶香さんは、聖書を詳しく読み始めたばかりなのだから、

1.見えなくとも御使いや悪霊やサタンなどの霊的な存在が実在すること

2.御使いも罪を犯すことがあること

3.世界を創造された主が、悪人をも支配されていて、最後の審判のときに公平にさばかれるように、悪霊やサタンも支配されていること。

の、3点を知っていれば、今の時点では十分だろうと思います。

No.1377 2006/12/16(Sat) 23:14:32

Re: 詩篇82章 / 沙耶香 引用

ふーん、やっぱり主は素晴らしいということですね・・・

No.1380 2006/12/17(Sun) 07:44:48
詩篇83章 / 沙耶香 引用

今日は詩篇83章を読みました。

5節の
彼らは心をひとつにして悪巧みをし、
あなたに逆らって、契約を結んでいます。って何の契約だろうか?前にも同じようなものがあったような気はするけれど、もう忘れてしまいました。

8節の
アッシリヤもまた、彼らにくみし、
彼らはロトの子らの腕となりました。
のロトの子らって誰だろうか?

9節のどうか彼らを、ミデヤンや、キション川での
シセラとヤビンのようにしてください。とはどういう意味だろうか?シセラとヤビンのように???さっぱりわからない・・・
10節の
彼らは、エン・ドルで滅ぼされ、土地の肥やしとなりました。のエン・ドルってまさか円、$のことじゃないでしょうし・・・どういう意味だろうか?

11節の
彼らの貴族らを、オレブとゼエブのように、
彼らの君主らをみな、
ゼバフとツァルムナのようにしてください。
はどういう意味だろうか?こういう風にカタカナ字ばかり並べられても意味不明だ。
15節の
そのように、あなたのはやてで、彼らを追い、
あなたのあらしで
彼らを恐れおののかせてください。のあなたのはやてってなんだろうか?

No.1376 2006/12/16(Sat) 17:56:15

Re: 詩篇83章 / 昌夫 引用

この詩篇も歴史に基づいています。アッシリヤが北イスラエルを滅ぼした後に、ユダ王国のまわりの国々がアッシリヤとともに、ユダ王国を滅ぼそうと手を結んで攻め入ろうとしているところだと思います。

1節は、敵の大軍から主が救ってくださるように嘆願しています。

2−8節は、手を結んだ多くの国々の大軍がユダ王国を滅ぼそうと迫ってきている様子を書いています。5節の契約とは、これらのユダ王国の敵の国々が、手を結ぶ約束をしたことです。

9−11節では、過去に主がイスラエルを敵から救ってくださったことを回想し、今回も同じようにしてくださるように嘆願しています。

12−18節は、敵に主の力を見せていただきたい、と嘆願しています。15節の「はやて」とは、急に吹き荒れる風のことです。へブル語の詩は、同じような意味のことを繰り返すことが多いですが、15節後半の「あらし」と同じような意味です。

ここまでの大まかなところを、理解するようにしてみてください。

沙耶香さんが質問された他のところは、細かい歴史的なこともあり、将来に歴史を書いた部分の聖書の他の書を読んでからのほうが、よく分かるようになると思います。以下に聖書の該当箇所もあげて答えますが、今は全部読まなくて良いと思います。

8節のロトはアブラハムのおいです。創世記12章の1−5節で、アブラムとは、主がアブラハムという名に変えられる前のアブラハムの名です。カランに自分の一族とともに住んでいたアブラハムは、1−3節にある主のお告げを聞いて、妻のサライ、おいのロト、しもべたちとともに、自分の一族と別れて、見知らぬカナンの地に旅立ちました。

創世記13章5−13節で、ロトはアブラハムから別れ、ソドムという町の近くに住むようになります。18章−19章で、主が罪深いソドムとゴモラの町を滅ぼされたときに、ロトとふたりの娘は救われたことが書かれています。19章37−38節にあるように、モアブ人とアモン人はロトの子孫です。詩篇第83篇の8節の「ロトの子ら」とは、ロトの子孫のことです。

アブラハムの時代から数百年後にイスラエルの民がエジプトを出て約束のカナンの地に入った後、最初のころは、イスラエルは王はまだ与えられず、士師と呼ばれる人たちがイスラエルの指導者でした。この時代のことが「士師記」の書に書かれています。シセラとヤビンのことは、士師記4章に書かれています。ヤビンは、イスラエルが攻め入る前からのカナンの地の王の一人で、シセラはヤビン王の将軍で、イスラエルの敵でした。エン・ドルはイスラエルの北方の町のひとつです。

11節のオレブとゼエブ、ゼバフとツァルムナはイスラエルの士師のギデオンが撃破した、ミデヤンの指導者たちです。

No.1378 2006/12/17(Sun) 00:16:50

再詩篇83章 / 沙耶香 引用

今朝はもう一度詩篇83章を読みました。

管理人さんて本当によく勉強されてますね・・・
全体的な雰囲気と一節一節の意味と照らしあわさないといけないんだろうけれど、難しいですね・・・

ロトって言われたら私の印象はギャンブルという気がしますがアブラハムの甥なんだ。
創世記12章1から5節・・主がアブラムにいろいろと仰せられています。
創世記13章5から13節・・・
うん、ロトやアブラムやソドムという町について書かれています。
18から19章・・・は全部は読みきれないので、19章の37から8節モアブ人とアモン人はロトの子孫・・・

何だか聖書を理解するにはいろんな箇所を総合しないといけないんですね・・・私にはいつのことになるか分からない・・・考えていると途方にくれます。
15節の
そのように、あなたのはやてで、彼らを追い、
あなたのあらしで、
彼らを恐れおののかせてください。が印象に残りました。
悪者を恐れおののかす主っていいですね・・・・

No.1379 2006/12/17(Sun) 07:43:34
詩篇81章 / 沙耶香 引用

今日は詩篇81章を読みました。

1節の
われらの力であられる神に喜び歌え。
ヤコブの神に喜び叫べ。のわれらの力であられる神ということばがいいですね・・・本当に力が出てきます。

3節の
われらの祭りの日の、新月と満月に、
角笛を吹き鳴らせ。のわれらの祭りの日の新月と満月とはいつのことだろうか?昔はそういうことが決まっていたんだろうか?

7節の
あなたは苦しみのときに、呼び求め、
わたしは、あなたを助け出した。
私は、雷の隠れ場から、あなたに答え、
メリバの水のほとりで、あなたをためした。のメリバの水のほとりとはどういう意味だろうか?

うーん、イスラエルの民が従わなかったから主が怒られたことが書かれてるのだろうか?

No.1362 2006/12/14(Thu) 21:02:35

Re: 詩篇81章 / 昌夫 引用

>昔はそういうことが決まっていたんだろうか?

レビ記、申命記、民数記などに、主がモーセと通してイスラエルに与えられた律法の祭りの決まりが書いてあります。当時のイスラエルは、太陰暦なので、月の初めの1日が新月の日で、15日が満月の日になります。レビ記23章24節と、民数記29章1節に、第7の月(今の9−10月ごろです)の1日にラッパを吹き鳴らすように書かれています。だから第81篇は、おそらく第7月の祭りに関するものだと思われます。申命記16章13−15節に、第7月の15日から一週間にわたって守られた仮庵の祭りの決まりがあり、ラッパのことは書いてありませんが、伝統的に、15日にラッパを吹き鳴らしたのだろうと思います。

メリバの水のほとりで起こったことは、出エジプト記の17章1−7節と、民数記の20章1−13節に書かれているので読んでみてください。主がエジプトからイスラエルの民を救い出された後、荒野でさまよったときに、飲み水がなくなるという試練があり、主が岩から水を出されたことが2回、聖書に記録されています。どちらの地もメリバという名がつけられました。

民数記に記録された2回目のメリバの水の試練のときに、モーセが民の不信仰に怒って、何か言ってしまったことが罪となり、モーセは、約束の地に入ることを許されなくなりました。それでモーセはイスラエルの民が約束の地に入る寸前に亡くなりました。

No.1364 2006/12/15(Fri) 02:09:05

再詩篇81章 / 沙耶香 引用

今朝はもう一度詩篇81章を読みました。

ふーん、太陰暦??聞いたことあるけれど分からない・・・昔は全く違っていたのですね・・・ということは昔一月は15日だったの?

出エジプト記の17章1から7節・・・
・・・水の出る地をマサあるいはメルバと言っているのだろうか?
民数記の20章1から13節
水が湧き出た・・・それがメルバの水だと・・・
同じように読んでも、私は管理人さんのように言葉の意味もわからないし、文章も把握できないし、背景も把握できないので、何が何だか分からないけれど・・・でもきっとイエス様が私にも何かきっとお伝えくださると信じて期待して感謝します。

15節の
主を憎むものどもは、主にへつらっているが、
彼らの刑罰の時は永遠に続く。が印象に残りました。
私たち永遠の天国と逆ですね・・・

No.1365 2006/12/15(Fri) 10:22:54

Re: 詩篇81章 / 昌夫 引用

>太陰暦??聞いたことあるけれど分からない

太陰暦については、
http://ja.wikipedia.org/wiki/
に無料の百科事典があるので 検索してみてください。

>ということは昔一月は15日だったの?

いや、新月から月が満ちていって満月までが15日で、満月から月が欠けるのに、もう15日かかって、一月は30日です。

>出エジプト記の17章1から7節・・・
・・・水の出る地をマサあるいはメルバと言っているのだろうか?

主が岩から水を出された地をマサあるいはメリバという地名にしたということです。

>民数記の20章1から13節

ここは、出エジプトの17章とは別の地ですが、やはりメリバという地名にしたということです。

15節の「彼らの刑罰の時は永遠に続く」の「彼ら」の一人は僕だったのに、僕の罪の罰を代わりに十字架で受けてくださり、僕が永遠の天国にいけるようにしてくださったイエスさまに感謝します。

No.1367 2006/12/15(Fri) 13:51:03

Re: 詩篇81章 / 沙耶香 引用

HP開いてみましたが、どうやって何をどうすればいいのか分からない・・文字になってなくて、四角ばかり並んで、何が何だか分からない・・・

・・・うん、その彼らの一人は私でもあったんだ。私の罪の罰を代わりに十字架で受けてくださり、僕が永遠の天国にいけるようにしてくださったイエス様に感謝します。
本当イエス様は素晴らしいですね・・・

No.1368 2006/12/15(Fri) 20:07:16

Re: 詩篇81章 / 昌夫 引用

>文字になってなくて、四角ばかり並んで、何が何だか分からない・・・

何かの理由で文字化けしているようです。このサイトは沙耶香さんのコンピューターでは、使えないようですね。では前の辞書と同じサイトで

http://jp.msn.com/

の上の百科事典というところをクリックして、「太陰暦」を検索してみてください。

No.1371 2006/12/15(Fri) 22:53:52
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