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今日は管理人さんのお勧めで、詩篇の9,10章を続けて読んでみました。
9章はセラがよく出てくるのに、10章には出てこないですね・・・ 10章の2節は、神の存在をわきまえぬものが、自分のした悪い罠に自分が引っかかるように祈っているのだろうか? 10節に 不幸な人は、強いものによって砕かれ、うずくまり、 倒れるとありますが、私のことのようです。私はずっとこうでした。今も困難が続きます。 12節の解説のところに貧しいもの=信仰者とありますが、どういうことだろうか?貧しいものっていうのは信仰者のことなの? それともこの節だけ貧しいもの=信仰者という意味で捕らえているの? 何だか割りと私たち弱者の味方という感じの詩が多くて17節に、主よ、あなたは貧しい者の願いを聞いてくださいましたとあります。嬉しいです。 |
No.1008 2006/10/10(Tue) 21:06:01
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☆ Re: 詩篇9,10章 / 昌夫  |
引用 |
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>10章の2節は、神の存在をわきまえぬものが、自分のした悪い罠に自分が引っかかるように祈っているのだろうか?
そうですね。ダビデが、悪者が自分のしかけた罠に自分が引っかかるように願って、祈っています。
>12節の解説のところに貧しいもの=信仰者とありますが、どういうことだろうか?貧しいものっていうのは信仰者のことなの?
英語の聖書では、ここの「貧しいもの」は「苦しめられているもの」という意味のことばになっています。もとのへブル語の単語が、どういう意味になっていたか、僕には分かりませんが、おそらく信仰者ということばではなく、「悪者のによって苦しめられている人たち」という意味だと思います。沙耶香さんの持っておられる聖書の解説は、聖書を日本語に訳した学者たちの考えなので、良い解説が多いだろうけれど、神さまの御ことばのように絶対視する必要はありません。 |
No.1012 2006/10/11(Wed) 00:38:12
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今朝は、もう一度詩篇9,10章を読んでみました。
しかし、やはりその時代背景が分からないと分からないところも多いですね・・・ 牧師や伝道師のように聖書の勉強されている人は、みんな、その時代背景までも勉強されているのだろうか?
今回9章では、9節の 主はしいたげられた者のとりで、 苦しみのときのとりで。というのが印象に残りました。 私はずっと苦しみ虐げられて生きてきました。 だからこそ神様と知り合って救われました。
10章では15節の 悪者と、よこしまなものの腕を折り、 その悪を捜し求めて ひとつも残らぬようにしてください。というのが印象に残りました。 私は学生時代はいじめられっこで家に閉じこもってからもいろんな人に騙されてひどい目にあってきました。 だからこういう御言葉は嬉しいです。 |
No.1014 2006/10/11(Wed) 10:10:28
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☆ Re: 詩篇9,10章 / 昌夫  |
引用 |
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>牧師や伝道師のように聖書の勉強されている人は、みんな、その時代背景までも勉強されているのだろうか?
そうだと思います。神学校などで教育を受けると、時代背景など、研究されてきたことを教えてくれるはずです。
>私はずっと苦しみ虐げられて生きてきました。 だからこそ神様と知り合って救われました。
神さまを知らずに自分は完全に幸福だと思っている人は、神さまの方に振り向くことはできないと思います。
>私は学生時代はいじめられっこで家に閉じこもってからもいろんな人に騙されてひどい目にあってきました。 だからこういう御言葉は嬉しいです。
神さまが公平にさばかれるということは、素晴らしいことですね。自分に対する人間同士の罪は赦した上で、悪いことをした人の不幸を喜ぶというのでなく、神さまに対する悪人の罪が公平に罰されて神さまの義がなることを喜ぶのは、良いことだと思います。 |
No.1017 2006/10/12(Thu) 01:31:02
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