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祈り&感謝 / 沙耶香 引用

天のお父様神様イエス様、あるクリスチャンが今出張でかなりお忙しいそうですが、イエス様によってお忙しくさせてもらっていることに感謝します。
きっと今まで以上により一段とイエス様の栄光をあらわすために、名声を上げられることを期待し感謝します。

No.866 2006/07/19(Wed) 05:03:45
家族間いじめ / 沙耶香 引用

私はいつも家族間のいじめにあっています。精神疾患で私の立場が一番弱く、辛い日々を送っています。
神様イエス様どうか、私の家族がサタンの支配から逃れ、イエス様に支配されますように。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・

No.857 2006/07/13(Thu) 22:40:57

Re: 家族間いじめ / 昌夫 引用

家族にいじめられるというのは、とても辛いことだし、クリスチャンとしてどのように対応するのが御心にかなうのか、難しいと思います。牧師にも祈っていただいてアドバイスをいただいてみてください。

No.860 2006/07/16(Sun) 01:47:01

Re: 家族間いじめ / ナス 引用

沙耶香さんの病状が回復される為に家族との葛藤が少なくなっていくことをイエス様のお名前を通してお祈りします。アーメン

No.864 2006/07/16(Sun) 21:34:56
癒し / 沙耶香 引用

天のお父様神様イエス様、宗教合宿まであともう何日もありませんが、それまでに体調精神状態を整えて、行けます様に、そしていろんな祝福や恵みが受けられますように。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・

No.851 2006/07/10(Mon) 17:14:44

Re: 癒し / 昌夫 引用

今回の合宿は、締め切りが過ぎた状態から、祈っていたら神さまが行けるようにしてくださったということだったので、きっと体調と精神状態も神さまが整えて行けるようにしてくださると信じて感謝します。

No.855 2006/07/12(Wed) 05:52:11
お祈り / 沙耶香 引用

あるクリスチャンが今月の20日から日本で一時帰国されるそうで、そのときにまたより一段とよい仕事ができて、よい時間がすごせますように。
イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・

No.823 2006/06/18(Sun) 23:39:39
家庭内 / 沙耶香 引用

家族間で何だか相当問題起きています。というか私一人精神疾患で仕事もせず、ろくでなしだと思われていて、一番家の中で立場が弱いので、何でもしわ寄せが私に回ってくるというか、弱いものがまた弱いものをいじめるという世の中の構図の縮小版みたいになっているのです。
家庭内で落ち着かなかったら本当に持って行き場がないですね。
でもイエス様がおられるから・・・ただ一人イエス様だけが私をいつも支えてくれて励ましてくださいます。
励ましてくださっているにもかかわらず、いつもそれにたてつき本当に駄目で至らないクリスチャンの私です。
お許しください。

No.848 2006/07/05(Wed) 17:54:26

Re: 家庭内 / 昌夫 引用

本来なら弱者が家族愛で支えられるべき家庭内で、弱い立場で、しわ寄せを受けるということは、とても辛くて苦しいことだと思います。いつか、ご家族もイエスさまを信仰するようになって、本来あるべき家庭の姿に変えられていくようになると良いですね。

No.849 2006/07/06(Thu) 22:15:51
まことさんへ / 昌夫 引用

まことさん、No.842へのレスです。

>2005年の一月から、3年間働いた後にいったん会社を辞め、小さなクリスチャン大学で聖書専攻の勉強をしています。

30過ぎにして会社をやめて聖書の勉強をするという行為は信仰からの大きな勇気のいる選択だったろうと思います。

>また、「祈っていますよ」と言われて、感謝する人もいれば、逆に引いてしまう人もいると思います。

なるほど、確かに人によって違うでしょうね。エCENSOREDさんは、以前によくお祈りのリクエストを書いておられましたが、最近は全く違う感じ方をされるかもしれませんね。人によって違うだけでなく、人も変わっていくので、注意が必要だということに思い当たりました。

>「聞くこと優先する」ことを意識的に選択してゆく事を繰り返して行くことで、それが自然に身について行くと良いですね。

そうですね。僕は人の話を聞くよりも、自分の考えを書くほうが好きという面が強いですが、そういう面は意識的に抑えていくことが必要と思います。

>こればかりは、努力しないとダメみたいです。

信仰によって、イエスさまの力で努力できると嬉しいと思います。

No.843 2006/07/02(Sun) 09:13:29

Re: まことさんへ / まこと 引用

大垣さん。

>30過ぎにして会社をやめて聖書の勉強をするという
>行為は信仰からの大きな勇気のいる選択だったろう
>と思います。

確かに、当時はエイや!という踏ん切りが必要でしたね。でも、それは自分で選択した、というよりは、そのような選択に追い込まれた、という感じでした。それはそうと、同じような選択をして来られた方々に、多く出会います;何も特殊なことではありません。

>人によって違うだけでなく、人も変わっていくので、
>注意が必要だということに思い当たりました。

そのあたりの事情等を理解してゆくことは、はっきり言ってこういう掲示板では、よほどがんばっても、やはり至難ですね・・・。私は掲示板を通しての相手の理解は、ほとんど諦めてます;限界があります。

>そうですね。僕は人の話を聞くよりも、自分の考えを
>書くほうが好きという面が強いですが、

大垣さんのお仕事は、そのような面が有用かつ必要なご職業ではないでしょうか。でも、カウンセリングなどには向いてないご性格なのかも知れませんね。

>そういう面は意識的に抑えていくことが必要と思いま
>す。

私が思わされているのは、人の性格や性質というものは、他の人との関わりあいの中にフィット(正しく位置付けられて)始めて機能するんだろうな、ということです。大垣さんが他の人の中でフィットしているなら、「僕は人の話を聞くよりも、自分の考えを書くほうが好き」というご性格もすばらしく開花するんだと思います。

でも、自分がフィットするその場所を見つけ、その場所に入れるように自分を変えてゆくとき、いつもながらの自分の性格を意識的に抑えてゆくことは、必要になるのでしょうね。 

それでは、今回は以上にて。おやすみなさい。

No.844 2006/07/02(Sun) 11:45:00

Re: まことさんへ / 昌夫 引用

>同じような選択をして来られた方々に、多く出会います

神さまの召しに勇気を持って従う人が多いということは素晴らしいことですね。日本人としては、珍しいのではないかと思いますがどうでしょうか。

>でも、カウンセリングなどには向いてないご性格なのかも知れませんね。

そうですね。ただ向いていないことでも、神さまが弱いところに働いて、するように導かれることもあると思うので、お導きを求めて従いたいと思います。

>いつもながらの自分の性格を意識的に抑えてゆく

祈りのなかでそのようにしていくとき、神さまが自分を変えていってくださると信じて実感しています。

No.846 2006/07/03(Mon) 21:24:22
宗教合宿 / 沙耶香 引用

私達の教会では夏にいつも二泊三日くらいで宗教合宿がありますが、今年は申し込みが締切日を過ぎてしまい、バスの定員の関係でいけるかどうか分からないという状況なのです。
神様イエス様どうかこの宗教合宿にいけますように。そしてもしいけなくてもいけないことも益としてくださることを私が実感できますように。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・

No.833 2006/06/27(Tue) 12:05:40

Re: 宗教合宿 / 昌夫 引用

主にある兄弟姉妹と一緒に寝泊りして主を賛美したり主の御言葉を学んだりする合宿は素晴らしいでしょうね。僕はそのような教会関係の合宿は行ったことがありません。どうか、沙耶香さんが、今年も行けますように。

No.834 2006/06/27(Tue) 23:25:52

Re: 宗教合宿 / 沙耶香 引用

行けることになりました。神様イエス様感謝します。私は無収入だが、イエス様が行かせてくれるお金を作ってくれて、その上バスの定員の問題もクリアしてくれました。
本当に感謝します。
うん、イエス様率いる信仰の家族と一緒に宗教合宿に行けます。
あとは牧師と同じ部屋になることを祈っています。
でも本当に正真正銘の合宿で、旅行気分の人にはちょっと辛いかもしれない。だってどこへも観光に行かないし、朝早くから夜遅くまでずっと会堂で賛美や聖書のメッセージやらそういうことばかりしています。
でも兄弟姉妹と一緒に主を賛美し、主の御言葉を学んだりできて本当に貴重な三日間です。
今回もいろいろ祝福されますように。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・

No.835 2006/06/28(Wed) 00:30:28

Re: 宗教合宿 / 昌夫 引用

全知全能の力と、聖い愛で沙耶香さんが合宿に参加できるようにしてくださった神さまに感謝します。どうか、沙耶香さんが合宿で大いに祝福されて、神さまの力と愛をより深く実感できますように。

No.836 2006/06/29(Thu) 12:28:52

くだらない / エセックス 引用

大垣様は良いですよ。
いままで気の済むまで、栄達し、恋愛し、飽きるほど好きなことを十分にやってきたんでしょう。
それに飽きたので、神の道を歩みたくなったのでしょう。

他の人は違うのです。
まだ、栄達もしていないし、あなたのように十分にこの世の楽しみを経験したわけではないのです。
そういう人達に、自分の老後と同じような殺風景な道に導いたりしないで下さい。
そのくだらなさにうんざりします。

No.837 2006/06/29(Thu) 15:57:01

Re: 宗教合宿 / まこと 引用

大垣さん、こんにちは。大変久しぶりの投稿となります。まことです。神経症患者さん改め、マルセリーノさんも、お久しぶりです。

大垣さんにおかれましてはXENOSでの勉学は未だ続けて折られますか? エCENSOREDさんも久しぶりですが、当時は受験等にまつわるいろいろな問題と直面されておられましたが、近況はいかがでしょうか。

さて、エCENSOREDさんのご投稿についてですが、

>大垣様は良いですよ。
>いままで気の済むまで、栄達し、恋愛し、飽きる
>ほど好きなことを十分にやってきたんでしょう。
>それに飽きたので、神の道を歩みたくなったので
>しょう。

というご意見には、誤解が多く含まれていると私は感じます。私自身、大垣さんと直接お会いし、キリストを信じるにいたった個人的な経緯について伺っています。それは自分のやってきたことに「飽きたから」その「代わり」としてキリストを信じたという性質のものでは決してありませんでした。その点だけは、私として大垣さんに代わって弁明させていただきたいと思います。

ただ、エCENSOREDさんの仰るところの、

>他の人は違うのです。
>まだ、栄達もしていないし、あなたのように十分に
>この世の楽しみを経験したわけではないのです。
>そういう人達に、自分の老後と同じような殺風景な
>道に導いたりしないで下さい。

というご意見の「ニュアンス」、少し判るような気がします。もっとも、エCENSOREDさんの仰る「自分の老後と同じような殺風景な道に導いたりしないで下さい」というご意見は、大垣さんのここでの活動を見て、どうしてそう思えてしまうのか、私には ? ですが。

それはさておき、大垣さんには少し失礼な言い方になってしまうかもしれませんが、私は大垣さんが「全知全能の力と、聖い愛・・の神・・・」云々と仰るとき、何か、こう、「むなしさ、空っぽさ」を感じます。その言葉の表面的な美しさと威厳の故に、何か実際的には相手を適当にあしらってしまっているような「いいかげんさ、殺伐さ」を感じてしまうのです。 

人間同士の普通の会話では、経験談とか、具体例とか、屈託ない笑顔や苦笑いとか、さまざまな表現の彩りがあります。それは単なる表現としての彩ではなくて、お互いに理解しあい、お互いの状況に同情しながら、気遣い合うという意味での、会話の豊かさとしての彩りです。その彩りの中で、会話を進め、また楽しむこと。それが会話の醍醐味なのではないでしょうか。・・・いわゆる議論は、これとは異なりますが。 「全知全能の神!」と言ってしまうと、こういう普通の会話の楽しみと彩りが、まったいら(平ら)な 白色に塗りつぶされてしまうような、そんな感じがします・・・。

PS
大垣さんが以前管理していた infoseek の掲示板のいくつかですが、ポルノサイトの広告等で、すごい状況になってました。ちゃんと削除されたほうが良いと思います。

No.838 2006/06/29(Thu) 23:31:12

Re:お久しぶりです / 昌夫 引用

CENSOREDさん、お久しぶりです。
僕は信仰を持った直後は、とても禁欲的な考えを持っていたのですが、かなり考えが変わりました。神さまは、僕たちがいただいたものを感謝して神さまとともに喜ぶことを喜んでくださると実感しています。この世で与えられるものは一人一人違うので、人に与えられて自分に与えられていないものをうらやんだり、自分に与えられて人に与えられていないものを見つけて人を見下したりしても意味がないと思います。どうかエCENSOREDさんが神さまとともに大いに喜ぶことができますように。

まことさん、お久しぶりです。
週末神学校の受講は修了しました。成績が出たら、修了証書をいただける予定です。だからどうということもないのですが、一応の目標としていたので嬉しく思います。

「全知全能の力」というような言い方のことですが、おっしゃりたいことは理解できると思うので祈りのなかで検討してみたいと思います。以前の掲示板は削除しました。いろいろな貴重な助言をありがとうございます。

No.839 2006/06/30(Fri) 22:15:10

Re: 宗教合宿 / まこと 引用

大垣さん。

XENOSでの学びを修了されたとのこと、おめでとうございます。

>「全知全能の力」というような言い方のことですが、
>おっしゃりたいことは理解できると思うので祈りの
>なかで検討してみたいと思います。

要するに、人間らしく、話しましょう、ということです。私がお伝えしたかったのは、普通の人間関係や会話においては本来時間をかけて理解しあうようなことを、「神」という言葉を使ってすっ飛ばして、省略してしまっているんじゃないですか? という感想でした。なにも信仰云々、祈り云々の話ではありません。ごく、ごく普通のことです。

たとえば、大垣さんは

>エCENSOREDさんが神さまとともに大いに喜ぶことが
>できますように。

と仰っていますが、このお言葉は(エCENSOREDさんが置かれている状況への理解と同情を伴うものでなければ)、生身の人間としてのエCENSOREDさんご本人にとっては、あまり意味が無い気がするんです。 もちろん、祈りをもって彼の心に喜びが訪れることを願うことにも意味が無いなどとは思いませんが。

No.840 2006/07/01(Sat) 00:57:33

Re: 宗教合宿 / 昌夫 引用

>XENOSでの学びを修了されたとのこと、おめでとうございます。

どうもありがとうございます。差し支えなかったら、まことさんの近況も教えてください。

>生身の人間としてのエCENSOREDさんご本人にとっては、あまり意味が無い気がするんです。

なるほど。エCENSOREDさんのために祈ることが大切だと思いますが、それを掲示板に書くことが、必ずしも適切ではないということに思い当たりました。まず、相手の話を聞くこと、という基本に戻ることを選択していきたいと思います。

No.841 2006/07/01(Sat) 10:13:38

Re: 宗教合宿 / まこと 引用

大垣さん。

>まことさんの近況も教えてください。

2005年の一月から、3年間働いた後にいったん会社を辞め、小さなクリスチャン大学で聖書専攻の勉強をしています。現在は、来期の奨学金の捻出のために、インターンをしています。30過ぎにして、ビンボー学生です(笑)。大学の聖書コースの修了が12月。その後の進路が目下の課題です。

>エCENSOREDさんのために祈ることが大切だと思います
>が、それを掲示板に書くことが、必ずしも適切ではな
>いということに思い当たりました。

人前で祈ることを問題視するわけではありませんが、本当に心からする祈りは、人目に触れない、隠れた場所でのことが多いと思います。また、「祈っていますよ」と言われて、感謝する人もいれば、逆に引いてしまう人もいると思います。 「何もしてくれなくとも、祈ってもらえることがありがたい」、と感じる人もいれば、逆に、「具体的に助けてくれないのに、祈っている、と言われるだけなら余計なお世話だ」と感じる人もいるでしょうね。どちらであっても、不思議じゃありません。

いずれにせよ、祈りは、個人的であれ、会衆の中であれ、人ではなく、神様に対するものですから、それを掲示板に書く、書かない、は問題の本質では無いと思います。肝心なのは、その「祈ります」という一言に、自分自身が本当に心を込めているかどうかでしょうね・・・。 私はそう考えて、私自身は、メールや掲示板では、「祈ります」という言葉は慎重に用いようと、極力努めています。 言葉を乱射することで、言葉の持つ意味が失われてしまいそうで、イヤなんです。

>まず、相手の話を聞くこと、という基本に戻ることを選択していきたいと思います。

というより、そうしないと、本来は会話になりません・・・。でも、「聞くこと優先する」ことを意識的に選択してゆく事を繰り返して行くことで、それが自然に身について行くと良いですね。会話のスキルに長けてゆく、ということでしょうか。 こればかりは、努力しないとダメみたいです。

No.842 2006/07/01(Sat) 13:53:43
三人目の牧師 / 沙耶香 引用

今の教会が合わないかもしれないと思い、ほかの教会にもいろいろ行きだしたときに知り合った三人目の牧師に元の教会に帰りなさいと言われました。
神様の御声と思い、従いました。
その牧師に祝福を伝えようと思います。
二年前のことだが、どこのどなたという牧師か鮮明に覚えている。

No.827 2006/06/23(Fri) 10:05:18

Re: 三人目の牧師 / 昌夫 引用

そのような助言をされた牧師は、牧師としてもとても信仰の深い方だろうと思います。その牧師に神さまが沙耶香さんをどのように祝福されたか伝えることによって、牧師が神さまへの愛と理解をさらに深められるだろうことを信じて、とても嬉しく思います。

No.830 2006/06/25(Sun) 06:09:27

Re: 三人目の牧師 / 沙耶香 引用

前に教会に行ったら胸が圧迫されるとかいう症状が続いて苦しかったときも、その牧師に相談したことありました。この牧師は相当いい牧師だけれど、私の牧師にはなれない。・・・・・男性だから・・・・

No.831 2006/06/25(Sun) 06:26:17
こんばんは〜 / かおり 引用

まもなく、敬老の日、日本だけかな?
今のお年寄りは元気な方が多いですよね。私が小さかった頃は、40過ぎてたら結構おばあさんに見えたけど、今、自分がその年代になって、まだまだいけそうって思うもんね。

突然、質問です。
日本にリバイバルははじまっているのでしょうか?
教会に真面目に通っていたころは信じていたんですが、ここのところ、リバイバルそのものに、?です。
リバイバルって個人の心におきるんですか?
いろいろな国単位で起きてるんだと思うんですが、起きたリバイバルは永遠ではないのでしょうか?

10月にフィジィーから、リバイバルを経験した方々が15名ほどの団体さんで教会にいらっしゃいます。
それで、ちょっと気になったので、どなたかお教えください。よろしくお願いします。

No.284 2005/09/16(Fri) 21:20:37

Re: こんばんは〜 / 昌夫 引用

アメリカには敬老の日はありません。お年寄りを敬うのは、日本の素晴らしい伝統ですね。

リバイバルが何かというのは、いろいろな考えがあるでしょうが、僕は神さまの不思議なわざによって、なんらかのグループが、神さまに聞き従いたいという強い気持ちを持つようにさせられること、と考えています。

イスラエルの出エジプトや、「使徒の働き」の書に書いてある聖霊降臨が、聖書にあるリバイバルの例だと思います。出エジプトはイスラエルという国ができるときの話で、聖霊降臨の後は、国ではなくて、キリスト者全体が単位である話ですね。

モーセや使徒たちが神さまと直接に出会ったように、リバイバルでは、まず個人単位で神さまが強いリーダーたちを育成して、彼らが十分に成長したところで、なんらかのグループをリードしていくことになると思います。

日本という国単位のリバイバルは、まだ目に見える形では始まっていないと言ってよいとおもいます。人口の5パーセントとか10パーセント以上のの人たちが、クリスチャンにならないと、国単位のリバイバルが、見える形で始まったとは言えないと思うからです。もし、国単位のリバイバルがもう始まっているとすれば、今はリーダーたちの育成期ではないかと思います。

No.285 2005/09/17(Sat) 20:18:54

Re: こんばんは〜 / じんない 引用

>>>
リバイバルが何かというのは、いろいろな考えがあるでしょうが、僕は神さまの不思議なわざによって、なんらかのグループが、神さまに聞き従いたいという強い気持ちを持つようにさせられること、と考えています。
>>>

僕も昌夫さんに同意です。その上で、変化っていうのは目に見える劇的なムーブメントとか、大きな社会現象とか、そういうのじゃ無いのかな、っていう気もしています。それを期待することは間違っていないと思います。でも、それが見えないことで落ち込むとしたら、それは間違っているように思います。

社会を大きく変えることが出来なくても、一人の人が僕らを通して変わったとしたら、それはその人の人生にとって大きな変化です。それを期待しましょう。
大きなリバイバルが起こるかも知れないし、僕らはそれを一生見ることが出来ないかも知れない。でも、そんな事には関係なく、期待して与えられた召しや仕事に忠実に。それが求められているものだと思います。

No.287 2005/09/18(Sun) 14:22:26

Re: こんばんは〜 / かおり 引用

そうですね。フィジーのリバイバルの現象のビデオを見てしまったので、「海は鳴りとどろけ」(Let the sea Resound)。
もの凄いなにかを期待してしまう気持ちがあります、その反面、どうなってしまうのかな、という表現し難い不安も感じています。

私の中ではリバイバルが起きたんですね。イエス様に救い上げられた時に。一瞬にして変えられた部分と1つ1つ変えられている部分があり、変えられたくないと神様に抵抗している部分があります。

今があまりにも不甲斐なく思え、足踏みしています。目の前のことを忠実に。ですね。

No.288 2005/09/18(Sun) 21:12:31

Re: こんばんは〜 / 昌夫 引用

小さいことに忠実にして、神さまがされる大きな不思議なわざに希望を置いて生きていくと良いのだと思います。そして、自分にイエスさまへの信仰を与えられて、新しい永遠の生命を与えられた奇跡を、いつも喜んでいたいと思います。

神さまが僕を変えられるのも、日本を変えられるのも、僕には、ひどくゆっくりに感じられることが多いです。けれども、神さまにとっては千年は1日のようなので、僕たちは、あせらずに、恐れずに信じて待っていれば良い。

フランク・キャプラ監督の「素晴らしき哉、人生!」という1946年の映画があって、主人公は、平凡な人生を送ってきたと思っているのだけど、天使が、その人がいなかったら多くの人の人生が全く違ったものになっていることを見せてくれる、という筋です。小さいことに忠実であるクリスチャンの人生は、平凡であるように見えても、そのように多くの人々の人生に影響を与えると思います。

No.290 2005/09/19(Mon) 12:30:49

高齢者とリバイバル / マルセリーノ 引用

久しぶりにこちらに書き込みいたします。
敬老の日とリバイバルの話が出ていましたね。

現代の日本では、クリスチャン人口は一般的には1%100万人強)と言われていますが、しかしその中で、籍は置いたままで完全に教会や信仰生活から離れてしまった人も少なくなく、実際には0.6〜0.8%ではという話もでています。
16世紀にキリスト教が入って来た当時は日本の人口は約2500万人でしたが、わずか50年ほどの間にクリスチャン(キリシタン)人口は50万人にも増えたようです。
わずかの期間に約2%がクリスチャンになったということになります。
これは、規模は大きくはないかも知れませんが、まったくのゼロからですからある意味でリバイバルと言えなくもありません。
しかし残念ながらそれが国中に広まらなかった原因は、当時の幕府によるキリシタン弾圧や「宗門改め(寺に信徒として登録させてキリスト教から離れさす)」によるものが大きいとされています。

明治になってキリスト教の布教が認められ、日本には多くのプロテスタントの宣教師も入って来ました。
しかしながら、それから140年ほどたっているのに、今や1%にも満たないかも知れない状況は、確かに厳しいのは間違いないし、その原因には一言では言い尽くせない様々な要素がからんでいるようです。
(これに関しては私も研究中で、いずれHPにて掲載する予定です)

終戦直後は、若いクリスチャンが非常に多かったと聞きます。
それぞれの教会には、20歳前後の人が多数いて、受洗なさっていたそうです。
それが今や、日本の教会には若い人は非常に少なくなって来ました。
10代20代の人は殆ど居ない教会だけでなく、教会に足を運ぶ信徒の多くがご年配の方ばかりといった教会もあるようです。

そして、同時に受洗なさる人の年齢も上がってきていようです。
50〜70代、例えば定年退職なさってからであったり、女性で言えば義父母が亡くなられて自分の時間が取れるようになってからであったり(これも実は【家】という考え方の為に嫁いでから自由に宗教を選択できないといったことも起因します)…

少し前のことですが、素晴らしいお話をお聞きしました。
私が尊敬し、個人的にもお世話になっている藤本牧師(『百万人の福音』等にも時々寄稿されています)の教会で、なんと100歳過ぎて受洗なさった人がいたということです。

そのお婆様は長い間、仏教一筋だったのですが(何故なら家が寺であった)、息子さんがもらったのはクリスチャンの女性だったそうです。
そしてその女性、つまり嫁さんをずっといじめて来たそうです。
しかし、100歳越えて体調を壊し入院している最中に、いきなり賛美歌を歌い始めたのでした。
親族の話では、その賛美歌はお婆様が若い時に、近くに宣教に来た牧師か宣教師がよく歌っていたものであったらしいとのこと。
ご高齢ではあっても意識はしっかりとし、今までの罪を悔い改め、また、ご家族の同意もあって受洗に至ったそうです。

このような話を聞くと、まだまだ日本は捨てたもんじゃないなと感じております。
私のような反キリスト者でもクリスチャンに変えられるのですから、神様の御業は本当に偉大であると心から感じています。

今、日本では5人に1人が65歳以上ということです。
ご高齢の方々に敬意を表すと同時に、1人でも多くの人が主の愛を知ることが出来るようにお祈りしたいと思います。

朝鮮半島では、朝鮮戦争以前は北を中心に全人口の2%がクリスチャンだったようですが、戦争後、北は徹底的に弾圧されたにも関わらず、南の韓国では約40年の間で何と全人口の3分の1がクリスチャンになったと聞いています。
また中国では、文化大革命以前は300万人程度と言われたクリスチャンは、毛沢東のもとで弾圧されましたが、1976年に毛沢東が亡くなった後の1980年頃からものすごい勢いで増えていて今ではプロテスタントだけで1000万人を越えているとも言われています。
ただ、今でも弾圧が無いわけではないので、地下教会(昔の日本で言えば隠れキリシタンに近い?)での活動が中心で最近でもニュースで話題になりましたね。

日本は韓国や中国とは非常に近い国です。
私はいつか(それが例え数10年数100年先でも)、日本でも大きなムーブメントがおきることを願ってやみません。
宗教的・社会的・政治的・思想的、その他多くの問題(それは私達の内側も含め)はあるかも知れませんが、私達クリスチャンが共に協力しあい、親から子へ、子から孫へと、また、様々な媒体(直接であったりネットや本であったり)を通して人々に伝えていければと思っています。

昌夫さんの話された通り、《恐れず信じて待つ》と同時に、じんないさんの話された通り、《与えられた召しや仕事に忠実に》生きること、かおりさんの話された通り、《【私】が変えられた》ことは、本当にとても大切なことだと思います。

長い話になりましたが、ご高齢の方々にあらためて敬意を表し、感謝と共に、神の御恵みがありますように心からお祈りしたいと思います。

No.293 2005/09/20(Tue) 12:50:14

Re: こんばんは〜 / 地下水 引用

信者が増える、増えないはどうでもいいことで。
日本は仏教徒が多いし、それはそれでいいのではないでしょうか?
私はクリスチャン、あなたは仏教徒、そして、君はイスラム教というように、それぞれがそれぞれの宗教の違いを認め合い、共存共栄する社会が一番望ましいと私は思います。
日本はその方向を模索するのが良いと考えます。

No.824 2006/06/19(Mon) 16:35:19

Re: こんばんは〜 / 昌夫 引用

地下水さん、はじめまして。

 9ヶ月くらい前の書き込みを読んでいただいて、レスをつけていただいたことに感謝します。

 キリストは「さばくな」と言われたので、他の宗教を信じる人をさばくような態度を、キリストに聞き従うことを願うクリスチャンは避けることが重要だと思います。でも、日本でさまざまな宗教が共存共栄するのが、キリストに一番喜ばれるかどうかというと、いろいろな考え方がありえると思います。

 キリストは「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。」(ヨハネ14:6)とおっしゃいました。このことをどう解釈すれば良いかは、とても難しいと思います。キリスト教を信じなければ地獄に行くという解釈がありえます。その解釈であれば、キリスト教の信者が増えても増えなくともどうでも良いとは考えにくいものがあります。

 他の解釈も可能です。旧約聖書のアブラハムはキリストが生まれる2000年近くも前の人で、キリスト教のことを知らなかったと思います。それでも、彼は信仰によって父なる神さまのみもとに行ったと考えられます。そうすると、必ずしもキリスト教を信じなければ地獄に行くとはキリストは言われなかったという考えも有力です。

 どのような解釈を取るにしても、何らかの意味でキリストを通してしか父なる神のもとに行けないと信じるなら、キリスト教の信者が増えることは喜ばしいことであると考えられます。そう考えた上で、他の宗教を信じる人たちの考えも尊重できたら、クリスチャンとして、一番望ましいのではないかと思います。

No.826 2006/06/20(Tue) 11:10:20
CENSORED願望 / 沙耶香 引用

いつも夜布団に入ると、明日は起きませんように、明日は天国に召されていますようにとお祈りしているけれど、いつも次の日には目がさめる。イエス様早く迎えにきて欲しい。
でもいつもイエス様がそばにいる幸せをもう逃したくないので信仰を捨てるつもりはないので信仰者である以上CENSOREDはできない。
多くの恵まれない弱者の人、精神疾患を抱え、苦しみ家族や世間から虐待されたり締め出されている人、イエス様を知って苦しくても生きていけるようになって欲しい。

No.817 2006/06/14(Wed) 23:15:41

Re: CENSORED願望 / 昌夫 引用

旧約聖書にイスラエルにいたエリヤという大預言者のことが書いてありますが、エリヤはあるとき疲れきって「主よ。もう十分です。私のいのちを取ってください。」とお祈りしました。沙耶香さんのお祈りととてもよく似ていると思います。

そのころ、イスラエルは南北に分裂していました。北イスラエルのアハブ王が、真実の神であられる主への信仰を捨てて、妻のイゼベルが信じていたバアルとアシェラという神々を拝むようになっていました。エリヤは一人でバアルの預言者450人とアシェラの預言者400人と対決して、勝ちました。その後、エリヤは30キロくらい走ってイズレエルという町まで走っていきました。エリヤは疲れきって、死にたくなってしまって、「主よ。もう十分です。私のいのちを取ってください。」とお祈りしました。そこで主はエリヤに眠りと食事、それからまた眠りの休息をお与えになりました。それから、エリヤにかすかな細い声で語られて、エリシャという信仰のパートナーを与えられました。列王記第1の18章16節から19章の最後までにこのことが書いてあります。興味がわいたら読んでみてください。

どうか、主が沙耶香さんに、御心のままに休息を与えてくださいますように。かすかな細い声で語ってくださって、苦しみと疲れと病を癒してくださいますように。

No.818 2006/06/15(Thu) 12:50:57

Re: CENSORED願望 / 沙耶香 引用

私のお祈りと似ているし、エリシャという信仰のパートナーが与えられたというところも似ていますね。
とても感謝します。
今少し読んでいるところだけれど、何だかよく意味がわからないですね・・・
最近以前のように、この掲示板でいろんな人が討論しませんが、どうしたのでしょう?
みなさんきっとお忙しいのでしょうね・・・

No.819 2006/06/15(Thu) 20:42:22

Re: CENSORED願望 / 昌夫 引用

>今少し読んでいるところだけれど、何だかよく意味がわからないですね

ここだけ読んでも、細かいところはよく分からないと思いますが、だいたい大きな話の流れがつかめるようなら嬉しく思います。質問があったら教えてください。

>みなさんきっとお忙しいのでしょうね・・・

そうですね。お忙しくされている方々が多いと思います。そして今も読んでくれている方々はおられたら、ご自分では書き込みをされない理由があるのだと思います。

神さまが、御心のままに、沙耶香さんの書き込みを読むべき人は、ここにお導きくださり、読むようにしてくださっていることを信じて感謝します。

No.820 2006/06/16(Fri) 01:37:03

Re: CENSORED願望 / 沙耶香 引用

私は生きている価値のない人間かもしれないです。最悪です。でもきっと私自身は生きている価値がなくてもイエス様に価値を見出され生かされていると信じて感謝します。
いやなことばかりが多いけれど・・・
イエス様ともにおられると思って・・・

No.821 2006/06/16(Fri) 17:34:42

Re: CENSORED願望 / 昌夫 引用

>私は生きている価値のない人間かもしれないです。

この世的には、価値があるかないかは、どういう行為をしたかで決まってきて、どういう心でいしたか、ということは、あまり関係ありませんね。この世では沙耶香さんのように病気で仕事などの行為ができないと価値がないという風に思われがちです。

でも、天の御国はこの世と逆になっていて、神さまは行為よりも、むしろ、心を重視されます。例えば、旧約聖書の民数記1章2−3節で、神さまは、イスラエルの民の人口調査という行為をするようにモーセに命じられました。ところが、?T歴代誌21章1節では、サタンがダビデを誘い込んで、イスラエルの民の人口調査という同じ行為をさせたということが書いてあります。人口調査という同じ行為なので、これはダビデ王が、神さまに頼って聞き従う心ではなく、自分の国の国力に頼ろうという心で人口調査をしたので罪になったと考えられます。

だから、沙耶香さんが、神さまに頼って、神さまに喜んでいただこうという心で、感謝したりお祈りしたりするとき、神さまがとても喜んでくださると信じます。それは、天の御国ではとても価値のあることです。

No.822 2006/06/17(Sat) 06:25:21
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