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今日は民数記14章19節までを読みます。
2節に イスラエル人はみな、モーセとアロンにつぶやき、全会衆は彼らに言った。「私たちはエジプトの地で死んでいたらよかったのに。できれば、この荒野で死んだほうがましだ。 とありますが、何でイスラエル人はこのような気持ちになるのだろうか?主が剣で倒されようとするからだろうか?だが、剣で倒されるのと、荒野で死ぬのと同じだと思うのだが・・・ あー何だか混乱してきた・・・
11,12節の 主はモーセに仰せられた。「この民はいつまでわたしを侮るのか。わたしがこの民の間で行ったすべてのしるしにもかかわらず、いつまでわたしを信じないのか。 わたしは疫病で彼らを打って滅ぼしてしまい、あなたを彼らよりも大いなる強い国民にしよう。」 が印象に残りました。主を信じないと結局滅びるのです。
14節に この地の住民に告げましょう。事実、彼らは、あなた、主がこの民のうちにおられ、あなた、主がまのあたりに現れて、あなたの雲が彼らの上に立ち、貴方が昼は雲の柱、夜は火の柱のうちにあって、彼らの前を歩んでおられるのを聞いているのです。 とありますが、これは比喩だと思うけれど、貴方の雲というのは主のことで、昼は雲の柱というのは、雲のようにいつも覆っているということで火の柱というのは夜はともし火のように守っているということかな?今まででどこかで出てきたような気もしますので、聖書検索してみると、出エジプトの13,21で出ていて、脚注に雲の柱も火の柱も解説されています。ともに主の臨在を表現するものらしい。ということは結局はこの節は、彼らと主がともにおられて主がいつも守ってくださっている事が言いたいのだろうか?
・・・癒しに通じる読み方・・・ 今日はヨハネの福音書の16章26-30節を読みます。 天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・ 何度か読んでいると28節の わたしは父から出て、世に来ました。もう一度、わたしは世を去って父のみもとに行きます。」 が気になるので、これをもう何度か読みます。 うん、私たちもそうなることを願っています。 |
No.3616 2007/12/15(Sat) 19:21:56
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今日はもう一度民数記14章19節までを読みます。
7節に イスラエル人の全会衆に向かって次のように言った。「私たちが巡り歩いて探った地は、すばらしく良い地だった。 とあるが、私たちが巡り歩いて探った地とはイスラエルのことですよね?
・・・癒しに通じる読み方・・・ 今日はヨハネの福音書の16章31-33,17章1,2節を読みます。 天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語り下さい。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・ 何度か読んでいると、33節と2節の、 わたしがこれらのことをあなた方に話したのは、あなたがたがわたしにあって平安を持つためです。あなた方は、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。」 それは子が、あなたからいただいたすべての者に、永遠のいのちを与えるため、あなたは、すべての人を支配する権威を子にお与えになったからです。 が気になるので、これをもう何度か読みます。 イエス様がすでに世に勝ったので、私たちは勝利者なのですよね。でも現実を見ると程遠くて・・御言葉のみが真実です。 イエス様がすべての人を支配しているんだから・・・ |
No.3617 2007/12/16(Sun) 06:15:18
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☆ Re: 民数記14章19節まで / 大垣 |
引用 |
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2-3節。イスラエル人は主の約束を信頼せず、カナンの地に攻め入ったら背の高いカナンの民に剣で倒されると考えました。
7節の「私たちが巡り歩いて探った地」はカナンの地で、約39年後にイスラエルの民はヨシュアにひきいられてカナンの地に攻め入ります。
14節。僕は雲の柱と火の柱は、比喩ではなく、実際にそのような柱がたったのだと思います。 |
No.3637 2007/12/20(Thu) 00:01:01
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☆ Re: 民数記14章19節まで / 沙耶香 |
引用 |
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>>14節。僕は雲の柱と火の柱は、比喩ではなく、実際にそのような柱がたったのだと思います。
ふーん・・・雲は柱のようになることはあるんだ??火の柱って燃え上がって柱のようになったのだろうか? |
No.3641 2007/12/20(Thu) 09:27:20
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