[ 掲示板に戻る ]

過去ログ閲覧モード

おはよう。 / かおり 引用

昌夫さん、講演会お疲れ様でした。
日本は冷え冷えです。体調はいかがですか?
週末です。今日もハレルヤ!ですね。

まことさんもアメリカに住んでおられるのですね。
なんのお勉強をされておられるのですか?
年末は、日本に帰られるのかしら?
身体にお気をつけてお過ごしくださいね。

やすこさん、寒いですね。
もうすぐクリスマスです。楽しみですね。
教会でもいろいろイベントなどお楽しみがいっぱい。
お風邪などひかないよう、ご自愛ください。

私は、うん、順調(?)かな。
悩みも試練もハレルヤ!ですから。
クリスマスは、教会のお礼拝に参加して、祝会は行かないことにしました。
子供と母と楽しく、静かに、過ごします。
昨年までは、祝会の御奉仕ができましたが、今年は自分がかなり無理をしていた事に気付き、思い切って参加しない事に決めました。
少しだけ、後ろめたさがあります。
イエス様はわかってくださるかなぁ?

みなさん、それぞれに素敵なクリスマスになるのでしょうね。
愛に溢れた時となりますように。

No.615 2005/12/16(Fri) 08:51:35

Re: おはよう。 / 昌夫 引用

かおりさん、おはようございます。

帰国してから、いろいろ忙しくて、今日は、初めて一日ゆっくりする時間があります。講演も他の仕事も大いに祝福していただいたと信じて、神さまに感謝します。

僕の場合は、入信してから、イエスさまのお考えを聞こうとせずに、自分の考えで、ばたばたといろいろな「良いと思うこと」を無理をして、やっていたのに気づきました。それで、イエスさまの前で静かにして、聖書を読むようにしていました。そうすると、イエスさまが何を僕にさせようとされているのか、聞こえてきたように思います。イエスさまが僕にさせようとされていると、確信が持てることは、無理をしても、イエスさまとともに一生懸命やりたいと思います。

しばらく聖書の通読を休んでいたので、今日は、ゆっくり聖書を読んで、イエスさまの声を聞く時間をいただきたいと思います。

No.616 2005/12/17(Sat) 10:58:22

Re: おはよう。 / かおり 引用

昌夫さん、雪です。
大丈夫ですか?
明日、おかえりになられるのかな?
明後日でしたか?

帰途が完全に守られますように。
イエス様のお名前によってお祈りします。

いよいよ、クリスマス。
世界中の人々がイエス様の愛で包まれますように。
神様の愛を受け取ることができますように。

No.618 2005/12/22(Thu) 20:43:44

Re: おはよう。 / 昌夫 引用

 かおりさん、こんばんは。

 明後日のクリスマス・イブにアメリカに帰るので、雪で電車が遅れたりするようなら、ちょっと早めに出発します。今回は、短い一時帰国で、かなり忙しかったですが、大いに祝福されて、神さまに感謝します。

 かおりさんや、旧ICFとCFIに関わった全ての人々が大いに祝福され、楽しいクリスマスを与えられますよう、そして、主の御名がもっと多くの人々に崇められるようになりますよう、お祈りします。

No.619 2005/12/22(Thu) 21:17:12

Re: おはよう。 / かおり 引用

ご無事に帰られましたね。
お掃除されたのを見てそう思いました。(笑)

お疲れ様。
ホワイトクリスマス。

私を探し、愛してくださるためにイエス様が来てくださった。命をかけて、私を救い、神様と和解させてくださいました。キャンドルをかざし、私の心の中をすみずみまで照らして、失われている私自身を探し、赦してくださった。
クリスマス。赦しあう日だよ。と娘が教えてくれました。
自分自身の赦せない部分とも和解したいと思います。
できるかなぁ?
時間はかかりますね。

昌夫さん、ゆっくり、休んで、疲れを癒してください。

No.621 2005/12/24(Sat) 23:27:30

Re: おはよう。 / 昌夫 引用

2時間ほど前に無事に帰りました。神さまに感謝します。

こちらでは急に暖かくなって、イブの日の朝まであったという雪が溶けました。

僕たち人間はどうしようもなく罪深いのに、イエスさまが僕たちを愛して死ぬために、この世に人間として来てくださった。どんなときにも、神さまに愛されていることと、神さまが全知全能であることを信じることを選んで、生きていくことを、このクリスマスにあらためて祈ります。

No.622 2005/12/25(Sun) 15:33:01
慶應大学での講演 / 昌夫 引用

下記のように慶應大学で講演を行います。キリスト教、仏教などの宗教や文化などにもとづく世界観が、経済行動にどのように影響を及ぼし、それが経済成長などに与える影響についての研究を概観します。これは、本職の経済学の講演ですが、キリスト教にも深く関連するし、講演は公開ですので、もし興味と時間がある方は、聞きにきてください。

日時:2005年12月9日(金)午後2:45〜4:15
対象:学部生・大学院生
講演者:大垣 昌夫氏(Ohio State University)
演題: 「スピリチュアル・キャピタルとマクロ経済学」
場所:慶應義塾大学三田キャンパス南校舎4階444番教室

No.599 2005/12/04(Sun) 22:56:10

Re: 慶應大学での講演 / かおり 引用

こんばんは。
昌夫さん、今は日本ですか?

私には理解できるようなお話ではないのですが、お仕事頑張っておられるのを見ると、嬉しくなってしまいます。

主が共におられます。
講演会の内に主の祝福がありますようにお祈りします。

No.600 2005/12/04(Sun) 23:55:29

Re: 慶應大学での講演 / まこと 引用

こんにちは、昌夫さん。

慶応大学での講演、成功しますように。 私は経済学は判りませんです。目下のところ通っている大学の学費をどう賄うか、という、目の前の問題が、私にとっての「経済学」ですねぇ〜(笑)。

No.601 2005/12/05(Mon) 00:13:44

Re: 慶應大学での講演 / 昌夫 引用

かおりさん、まことさん、書き込みとお祈りをどうもありがとうございます。日本には12月7日からクリスマス・イブまで一時帰国します。

かおりさんと、まことさんと、CFIと旧ICFと関わったすべての人たちに、主の豊かな祝福とお導きがありますように、お祈りします。

No.602 2005/12/05(Mon) 01:10:04

Re: 慶應大学での講演 / かおり 引用

まことさん、こんばんは〜。
なんか、身近に感じられる書き込みで。

まことさんの大学の学費を主が備えてくださいますように、お祈りします。

いつも、色々教えていただいてありがとうです。
こんなに身近に感じることができるの初めてです。

福島は、今、大雪降ってます。

No.603 2005/12/05(Mon) 01:46:09

Re: 慶應大学での講演 / まこと 引用

こんにちは、かおりさん。

> まことさん、こんばんは〜。
> なんか、身近に感じられる書き込みで。


そうでしたか。(´ω`)
まぁ、誰しもが通る、実生活の金銭に関わることですからねぇ。身近に感じたのは、そのためかも。

私は何年か前に、昌夫さんの経済学を宗教的な側面から観察する・・・という考え方に、「イエス様を学問にしないで」と反対したことがあります。 今は、いかなる方法でも、それが他の人にイエス様との接点を提供できるなら良いんじゃない? という風に見ています。

私も米国に在住していますが、クリスマスの時期にはショッピングセンターの入り口などで、救世軍(サルベーション・アーミー)が募金を募っています。そんな時、僕の「経済学」は、お財布に入っているお金で募金するかどうか、であって、そこに居られるキリストは、「安心して募金しなさい。後で私が増し加えて返してあげるから。」と仰るキリストですねぇ。

昌夫さんは経済学の専門家でいらっしゃいますから、私が思いもしないような「何か」をご覧になって居られるんだろうな〜と思いつつ、でも、福音が必要以上に複雑になっちゃうんじゃない?とも思いつつ、はたまた、それで誰かがイエス様にお出会いすることもあるんだろうな〜、とも思いつつ、「成功しますように」と書きました。

昌夫さんの講演が成功しますように。
旅路が守られますように。
健康が守られますように。
いってらっしゃいませ〜。(´_`)/〜〜

No.604 2005/12/05(Mon) 14:50:38

Re: 慶應大学での講演 / やすこ 引用

うっわー・・・大垣さんすごいなーー日本の大学で講演なんか開けるなんて・・・何だか相当すばらしい人なんですね。こんな人がクリスチャンだなんて神様も喜んでいますね。

No.605 2005/12/06(Tue) 18:53:23

Re: 慶應大学での講演 / マルセリーノ 引用

>講演は公開ですので

おっ、もぐりこもう〜

>対象:学部生・大学院生

あっ、残念でした…(笑)

と、ジョークはこの辺にしておいて、慶應大学の商学部に、梅津さんという専任講師がいらっしゃいます。
この人は同盟基督教団の信徒さんなのですが、アメリカのトリニティ神学校を出られて、シカゴロヨラ大学で企業倫理の研究に携わっていたそうです。
その方が、次のようなことを述べていました。
「私達人間は自己破産した存在なのですね。利子も払えないような人間が、神様の天的資金が導入されて、救われる。イエス・キリストがこの世に来られ、十字架で私達のすべての負債を清算してくださったのです」

この人は経営学者なのですが、もしかしたら昌夫さんと共通の話も出来るかも知れないですね。

講演の成功をお祈りいたします。

No.608 2005/12/07(Wed) 02:44:43

Re: 慶應大学での講演 / じんない 引用

講演の記事を慶応のホームページで見つけてこちらに来ました。私はまだ経済学者の卵ですが、大垣先生の活動に励まされていて、いつも感謝しています。講演が大いに用いられるようにお祈りしています。

No.610 2005/12/07(Wed) 05:38:19

Re: 慶應大学での講演 / 昌夫 引用

まことさん、やすこさん、マルセリーノさん、じんないさん、励ましと書き込みとお祈りどうもありがとうございます。明日は、いよいよ講演なので、イエスさまと、ともに、と意識しながら、しっかりやりたいと思います。

No.612 2005/12/08(Thu) 22:33:26
牧師 / 沙耶香 引用

私は神様のご計画である教会の牧師と知り合ったんだけれど、この女性牧師がかなりいい牧師でこの人と知り合わせてくれた神様に感謝します。
同性の牧師なのですが、好きになってしまいその人への恋愛心をいつも相談相手のクリスチャンにぶつけています。教会に行くのは苦痛だったのですが、この人を好きになりいまや教会に行くのが相当楽しいです。
すげて主のご計画でしょうね。

No.609 2005/12/07(Wed) 05:31:45

Re: 牧師 / 昌夫 引用

>教会に行くのが相当楽しいです。

教会に行くのが楽しいというのは、とても大切なことですね。クリスチャンがお互いに主にある愛で愛しあうことで、教会に行くことが楽しくなると思います。でも、時には、クリスチャン同士の愛が、主にある愛からずれていくので、注意が必要かもしれません。沙耶香さんの牧師への愛が、主に導かれて深められていきますよう、お祈りします。

No.611 2005/12/08(Thu) 22:31:02
(No Subject) / 沙耶香 引用

私はまことの活字アレルギーで聖書通読が極めて難しくどうやったら読めるかといつも悩んできました。何度も挫折しましたが、ようやく神様からの時がきたようで少しずつ絵本を照らし合わせながら読むようになりました。
そのときを作ってくれたのは神様から導かれたあるクリスチャンなのです。
このクリスチャンがいつも神様を通して私を見守ってくれ、私を励まし時には私を戒めてくださり道を踏み外さなくて済みました。あわやというときがかなりあったのですが、いつも神様が救い出してくれました。感謝します。

No.606 2005/12/06(Tue) 18:57:37

沙耶香様 / マルセリーノ 引用

初めまして、マルセリーノと申します。
あなたの書き込みの中で非常に印象に残った言葉があります。それは

>ようやく神様からの時がきた

という一文です。
人間を取り巻く様々な出来事に関して、私達人間は自分のものさしで神様を計ってしまい、
「神様は何故○○してくれないの?」
「何故すぐに答えをくれないの?」
「何故、願いと別な結果を与えるの?」
という疑問を持ってしまうことがしばしばあるようです。
しかし神様は、1人1人に最も良いとされる時に、最も良いとされる結果を与えてくださると信じています。
それは、人間の思いとは違うこともあるかも知れませんが、あなたのその

>ようやく神様からの時がきた

というのは、あなたがしっかりと神様を見て、恵みに対するアンテナを張っていたからだと思います。

>このクリスチャンがいつも神様を通して私を見守ってくれ、私を励まし時には私を戒めてくださり道を踏み外さなくて済みました。

良い人に巡り合いましたね。
それも神様のご計画の1つだったかもですね。
こういうふうにも言えるかも…

【神様がいつもこのクリスチャンを通して私を見守ってくれ〜】

しかし、どちらの言い方も正しいんだと思います。

ちなみに漫画の聖書物語もありますね。
子供だけでなく大人が読んでもわかりやすく楽しいですよ。活字に疲れた時は気分転換になるかも。

聖書通読、毎日少しずつ、読める範囲でいいと思います。
ご自身に最も合うペースで進んでいきましょう。
神様があなたと共に居てくださいますから…

No.607 2005/12/07(Wed) 02:20:16
12月です。 / かおり 引用

昌夫さん、みなさん、こんばんは。
クリスマスですよん。アメリカでは、もう、賑やかなのでしょうか?

今年は、イエス様に、ありのままの自分を差し出します。
力が抜けたことを喜んでくださること信じて。

寒くなりました。御身体にお気をつけてお過ごしください。

日本も最近は個人の家でも電飾でお庭を飾ります。
アメリカのスケールは大きいのでしょうね。
楽しんでおられますか?

No.592 2005/12/01(Thu) 00:18:38

Re: 12月です。 / 昌夫 引用

かおりさん、こんばんは。

アメリカではこのごろは11月の中旬くらいから、ショッピング・モールでクリスマスの飾りつけになります。個人が電飾でかざるのは、さすがに11月の終わりくらいから始まって、まだ全盛という感じではありません。

力を抜くのって、とても大切なんだろうと思います。僕たちが力を入れていると、イエスさまが使おうとしてくださるときに、僕たちがうまく動かないと思うのです。

No.594 2005/12/01(Thu) 09:15:03

Re: 12月です。 / マルセリーノ 引用

12月だなあ…
最近は、時の流れを非常に早く感じるようになってしまいました。
あっという間に過ぎていくような気がします。
なおさら1日1日を大切に生きていこうと感じている今日この頃です。

私の所属する教会でも、クリスマスの準備が進んでいます。先日、礼拝後に手作りのリーフをご婦人方が支度してましたので、私も制作と飾り付けを手伝いました。

昔、ハワイに行った時はすごかったなあ。
クリスマスの最中だったのですが、夜、郊外を車で走っていたら、まるで電飾で出来たのではないかと思うような家があり、門から建物までの長い道も、すべて電飾がついていました。
地元の人がこそっと「ハワイのマフィアのドンの家だよ」と教えてくれましたが、そのスケールは半端じゃなかったです。

懐かしいなあ…

>力を抜くのって、とても大切なんだろうと思います。僕たちが力を入れていると、イエスさまが使おうとしてくださるときに、僕たちがうまく動かないと思うのです。

人間は、力を抜いて神様に身を任せて生きることが最も幸せなことだと感じます。
川の流れに沿って船をこげば、非常に楽に進んでいきます。無理に力を入れてその流れに逆らって進もうとすると、疲れるばかりになり、なかなか前に進まないものです。
人生もまたしかりで、神から与えられたことに逆らって生きていくと、欲望は満たされても魂は疲れたままで終わってしまう…
これは私が身をもって経験しました。

流れと逆に進まなければならない時もあるかも知れませんが、それが神様の御心ならば、力を入れずとも神様は上らせてくれると思います。
なんと言っても、海まで切り開いて道を造ってくださるお方ですからねえ。
どんなに苦しい時も神に身を任せて歩く限り、必ずや報われる時は来ます。
魂の救いは、神からの最大のプレゼントだと思います。

どうぞ皆様、御降誕日に向けて、良き日をお過ごしくださいませ。

No.596 2005/12/01(Thu) 15:32:48
質問です。 / かおり 引用

アダルトチルドレン、依存症など心に問題があるなぁ。と、勉強を始めました。
聖書を読んでも、厳しい御言葉に目を留めがちで、愛の神様を見上げる事ができなくなります。
心理学の本を読み始めましたが、(クリスチャンの方が書かれているもの。)
イエス様に拠り頼み生きていくのと心の問題を解決するのと、いいような気もするのですが、不信仰になるかな?
聖書に照らし合わせてなのは分かるんですが、心理カウンセリングの本はわかりやすく、自分の心の状態も冷静に見れるような気がします。

今、自分を認める、受け入れる、今のままで出来ない自分でいいんだ。私は存在していていい。不完全でいい。このままの私でもイエス様は受け入れて愛していてくださる。

クリスチャン7年目にして赤ちゃんに逆戻りしています。
いままで、愛されているっていうこと、知っていたのは表面だけだったのかな?

質問は心の問題をイエス様にもっていきながら、心理学のような方面に助けを求めるのは、不信仰ですか。です。

No.584 2005/11/20(Sun) 18:04:52

Re: 質問です。 / 昌夫 引用

僕の考えでは、心理学も人間を通して神さまが与えてくださった恵みだと思います。かおりさんが、神さまに感謝しながら、心理学も使って神さまの栄光を現していけると良いですね。

No.585 2005/11/21(Mon) 01:54:11

Re: 質問です。 / まこと 引用

>質問は心の問題をイエス様にもっていきながら、心理学のような方面に助けを求めるのは、不信仰ですか。

こんにちは、かおりさん。

病気になったら、まずは休息を取りますし、またそれでも回復しない場合は病院に行き、治療を受け、薬を飲んだりします。

そのような治療行為が「神さまに頼れば癒される」のだという事を信じない不信仰なのだ、とは私は思いません。かと言って、そのように考えて病院に行くことを拒む人がいたとしても、それを愚かだ、と責めたりすることもしません。

同様に心理学も、その意味で、心の薬・治療として位置づければ、良い気がします。でも、心理学に頼らずに聖書一筋で心の癒しを求めても、それはそれで、良いことだと思います。 

要は、「治りたい」と思って実際に行動することが大切なのだと、そう思います。 ある行動は、別のある行動よりも回り道で長い時間がかかることもあるでしょうけれども、神様はそれぞれ道のりにおいて、必ず恵み守ってくださいます。

ただ、病院に行っても、また薬を飲んだとしても、それは実際に健康を回復させる所の「かだそのものに備わっている治癒力」の手助けでしかありません。 同様に、本当の意味で心に癒しを与えてくださるのがイエス様ご本人であると言うことは忘れずに、心理学やカウンセリングで得た知識はその手助けなのだ、という位置づけをしっかりして置けばそれで良いのではないでしょうか。

No.586 2005/11/21(Mon) 03:51:26

Re: 質問です。 / かおり 引用

おはようございます。
お返事感謝します。

そうですね。病気になったら、病院に行きます。薬も頂きますね。神様について知るため、感じるために心の整理整頓をしてみます。

「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ」
この御言葉いつも聞いていました。実践したいと願っています。でも、出来ない時の方が多く、やっぱりダメだ。になってしまっていました。
ふと、自分を愛するように・・自分を愛したこと無いことに気付いたんです。自分をいつも裁いてしまいます。
なにをやっても満足できることができなくて「もっともっと」と。そんなことからカウンセリングの本に出会いました。
今まで私は、自分を裁くように、隣人を裁く心で見ていたことに気付き、神様にごめんなさいをしました。

これから少しづつ変えられて行きたいです。
昌夫さん、まことさん、ありがとう。

No.587 2005/11/21(Mon) 08:57:41

Re: 質問です。 / 昌夫 引用

>自分を愛したこと無いことに気付いたんです

隣人を愛すためには、まず自分を愛さないといけない。隣人を裁かないためには、まず自分を裁かないようにしないといけない、ということですね。僕たちが、まだ罪にあるときに、僕たちのために十字架の上で死んでくださったイエスさまの愛を思います。新約を預言したエレミヤ書31:31−34の最後のところの「わたしは彼らの咎を赦し、彼らの罪を二度と思い出さないからだ」と神さまが言ってくださったことを思います。

自分は罪深くても神さまに赦されている、役にたたなくても愛されていると頭で分かっていても、実感を持って心の底から分かるようになるのには、時間がかかりますね。僕たちが、神さまの深くて理解しがたい愛を、より深く分かるようになり、実感をもって楽しむことができるようになっていきますように、お祈りします。

No.589 2005/11/22(Tue) 01:14:54
掲示板の休止 / 昌夫(管理人) 引用

現在、掲示板に問題が起きて、しばらく書き込みができません。問題解決のために努力していますので、申し訳ありませんが、ご容赦ください。

No.551 2005/11/16(Wed) 23:44:00

Re: 掲示板の休止 / まこと 引用

>現在、掲示板に問題が起きて、しばらく書き込みができません。問題解決のために努力していますので、申し訳ありませんが、ご容赦ください。

問題が解決されますように、お祈りしています。

私にお手伝いできることがあるかどうかわかりませんが、もしあればメール等、ご連絡ください。

感謝際までもう少しです。

お体の健康に気をつけて、お過ごしください。

では。ー)m

No.553 2005/11/17(Thu) 00:51:07

Re: 掲示板の再開 / 昌夫(管理人) 引用

まことさん、書き込みとお祈りどうもありがとうございます。掲示板の設定を変える対策を採ってみましたので、掲示板を再開しました。

No.554 2005/11/17(Thu) 05:03:45

Re: 掲示板の休止 / かおり 引用

こんばんは。
大変でしたね。見た時はびっくりしました。
再開されて良かったですね。陰ながら、お祈りしてます。

No.580 2005/11/17(Thu) 21:18:45

Re: 掲示板の休止 / 昌夫(管理人) 引用

かおりさん、お祈りどうもありがとうございました。僕たちのお祈りを聞いて、問題を解決してくださった神さまに感謝します。また、同じようなことが起こるかもしれませんが、僕たちが、何が起こっても神さまを信頼して、まず何よりも神さまの全知全能の力に頼ることを選択していけますように。

No.581 2005/11/18(Fri) 01:21:06
無 / かおり 引用

こんにちは。
フィジーからのお客様がいらしてのカンファランス終わりました。
印象的だったのは、祈れば祈るほど喜ばしくない事が続いたって、クーデターまで起きちゃって、それでも祈りを続け、教会が一致して祈った。
今は、政府の首相や大臣が水曜日に聖書の学びをはじめるにまでなった。政府の会議も祈りで始めるようになったそうです。

一致するってすごいですね。教派を超えて。今世界中に起きてきていることなんですね。
今回、この地域の違う教派の方々もお招きしました。

1つ気になったのは、聞き間違いかもしれないけど「TCC]って聞こえたことがあって、検索したら、あの教会が出てきて、う〜ん、気になる。

報告でした。
みなさん、お体気をつけて。

No.315 2005/10/09(Sun) 17:52:22

Re: 無 / 昌夫 引用

クリスチャンが一致するということはとても大切ですね。教派間の考えの違いを超えて、クリスチャンが一致して協力することに、少しでも貢献できたら、というのが、CFI のひとつヴィジョンです。

一致するというときに、異端やカルトの問題をどう考えるかということが、とても大切なことになると思います。

例えば、TCCといえば、東京キリストの教会だと思いますが、この教会は「長老およびセクター・リーダーからの手紙」という謝罪文が出されるほどの大問題を起こしました。一般にカルトの問題と考えられていると思います。

この教会では外部の牧師を神学の講師として招いて、リーダーたちが勉強をしなおして、悔い改めが進んでいるそうです。カルトの専門家が他に例を知らないと言ったほどに、進んでいると聞いています。

異端、カルトの問題に加担しないように気をつけることは大切ですが、異端やカルトとレッテルがはられているグループを、信仰内容や内部のことをよく知らずに攻撃したりすることにも、よく気をつけたいと僕は思います。

No.316 2005/10/10(Mon) 01:37:04

Re: 無 / かおり 引用

TCCはそうなんですか。
つい、先入観があり、よく知らないままに、思い込みがありました。
教えてくださってありがとう。

先入観、ダメですね。
カンファランスのお話をすばらしいと聞きながら、ちょっと「大丈夫?か。」という囁きが心にありました。
もう1度テープを聞き直しますね。

なんかすっきりして気持ち良いです。
ありがとう。
今日もイエス様と共にあゆめますように。

仕事に行って来ます。

No.317 2005/10/10(Mon) 07:12:15

Re: 無 / まこと 引用

昌夫さん、とてもおひさしぶりです。まことです。長い間ご無沙汰していましたが、お元気そうで何よりです。

久しぶりに覗いて見ましたら、TCCのことについて書いてありましたので、少し書き込んでみようかなと思った次第です。あらためて、皆さん、こんにちは。

東京キリストの教会というのが、ウィットネス・リーという人の教えを中心としている団体であるなら、私自身が、コロンバスで彼らと交わったことがあります。アメリカでは、ウィットネスリーの教えに連なる彼らを、ローカルチャーチと呼んでいます。

彼らは「キリスト教会は、一つ。同じ言葉を話し、同じ心を持たねばならない。」という事を追求する余り排他的な教理に傾いてしまっていました。要は、伝統的な教会に対する批判が活発で、カトリック教会にいたっては大いなるバビロンなるレッテルを張っていました。そのことに主観的に気づいた時点で、私は彼らから離れた訳ですが・・・。

経験者として何か手助けできることもあるかも知れません。その節はまたよろしくお願いします。

それにしても、久しぶりです。昌夫さんはお元気でしたか?お仕事、健康、教会、信仰、すべての面で守られますようにお祈りしています。

主の慈しみと恵みは、とこしえまで。

感謝しつつ、・・・・。( ー)m

No.318 2005/10/10(Mon) 10:12:39

Re: 無 / かおり 引用

まことさん、はじめまして。

TCCについては、ネットで検索してみました。
ちょっと、不思議な考え方だなっというのが感想です。
TLCCCも見てみました。やっぱり、ちょっと・・・ですが、
今私の行っている教会と似ている教えのような気もしています。まるで一緒ではないですが、端々が。

まさおさん、カルトや異端。確かに上に立つ牧師やいわゆる長老的な信徒だけの暴走で起きるのではない場合もあるのではないか、と思います。
うまくは説明できないけど、何も分からないまま、洗礼を受けてしまい、牧師や長老のいうことに何もおかしいとも思わずに、それどころか、従っていれば安心みたいな心があって、ちょっとおかしいかな?と思っても、そのことについて積極的に調べもせず、なんか苦しい気持ちが強くなっていく。そんな信徒がカルトを作り出すこともありえますよね。

私がそうでもあります。ちゃんとした教会なのに、ちょっとのズレがいつのまにか大きな溝になってしまいました。
カルトじゃないか?洗脳されたんじゃないか?
なーんて、考えてしまいました。
でも、「5つの目的」から自分の考えの間違いや、思い込みだった事など少しずつですが、分かってきて、感謝です。

神様は教会を愛されていますよね。
健全であってほしいと心からの願いです。人と人とが交わりを持つ意味も教えられています。一人のほうが楽でいいと思っていましたが、違うんだなぁ。

いつものことながら、説明べたですいません。^^

No.319 2005/10/10(Mon) 23:02:48

Re: 無 / 昌夫 引用

まことさん、お久しぶりです。
 お祈りありがとうございます。僕は元気にやっています。まことさんが大いに祝福され、主にますます近づけられますように、お祈りいたします。
 ウィットネス・リーという人は始めて聞きました。TCCとはおそらく別の系統の人だと思うのですが、ちょっと調べてみます。

かおりさん、「5つの目的」の本がかおりさんが信仰の道を進まれる上で役にたっていることが分かり、嬉しく思います。

僕たちが神さまに近づいていくとき、神さまの、ものすごいパワーをいただけるので、ほんの少しずれても危険なカルトになることがあると思います。確かに、これは教会のリーダーたちだけでなく、普通の信徒にも起こりえることだと思います。ずれないためには、牧師や兄弟姉妹と相談すること、聖書解釈の難しさを知って、ひとりよがりの解釈にならないように気をつけること、お導きを求めて祈ること、などに気をつけようと思います。

No.320 2005/10/11(Tue) 14:08:45

Re: 無 / まこと 引用

昌夫さん、こんばんわ。

>少しずれても危険なカルトになることがあると思います。

キリスト教自体が見方によっては「カルト」ですし、中世のカトリック教会を見ればそれはとても危険な代物でした。歴史は繰り返されますから、プロテスタント教会もいずれ「改革」される時が来るのかも。その改革の波が押し寄せた時に、それをどう受けて、どう自分を変えてゆけるかで、宗教としての真価が問われると思わされます。改革を迫害するか、自らを変えて躍進するか・・・。

今、教会の歴史を勉強していますが、人にとって一番難しいのは、何かを始めることよりも、始めて建て上げてしまった何かを崩して捨て去ることなのだと、つくづく思います。一言で言えば、人間の伝統、ですね。

でも、その「少しのずれ」が修正されることなく、「ずれ」に「ずれ」が重なり、いつの間にか 信仰を守るという大義名分によって、排他的な暴力が正当化されてゆく。

少なからず自分の心の中にも、そういう「ずれ」があるのだということも、歴史を学ぶ中で認識されます。

でも、本当の意味で神様を求め続けている人には、必ず神様からの「修正・矯正」が入ります。それは辛い事が多いですが、でも、一番信頼できるお方に守られているということを認識することでもありますよね。

主の恵みと慈しみとが、人を悔い改めへと導く。
その導きを軽んじたり、ないがしろにしてはならない。
・・・パウロはそんなことをどこかで言っていました。

皆さんの一日も、よき時となりますように。
病んでいる方々には癒しが与えられますように。
平安がありますように。
祈りつつ・・ ( /)m

No.321 2005/10/12(Wed) 12:38:20

Re: 無 / やすこ 引用

私2年程前に入信しTLCCCにずっと通い続けていますが、世間で言われているようなことは全くありません。
御言葉に徹底して従っているから世間からはうっとうしいと叩かれるのではないか?と思います。牧師も謙虚で悔い改めるいい牧師だし世間で言っていることは大嘘が多い。自分の目で確かめてから判断しましょう。

No.322 2005/10/12(Wed) 18:13:05

Re: 無 / かおり 引用

昌夫さん、まことさん、ありがとう。
やすこさん、ごめんなさい。いやな思いをさせちゃったかな。これからは十分気をつけます。

このお話はここでおしまいにしてください。
勉強不足を反省します。
勝手に強制終了してすいません。

No.323 2005/10/12(Wed) 22:08:35

Re: 無 / アンテパス 引用

突然の書きこみで失礼します。
gooでウィットネス・リーを検索してここにたどりつきました。
ウィットネス・リーは、『キリスト者の標準』などで有名なウォッチマン・ニーの同労者です。
ttp://www.***********/
彼のメッセージはここで読めます。
ttp://www.**********/
ttp://www.**********/
ウォッチマン・ニーの伝記も書いています。
ttp://www.********/
(リンク厳禁なのだそうで、はじめのhを抜きました)
[管理人です。申しわけないのですが、リンク禁止のルールに抵触するので、アドレスを*****に書き直しました。]
東京キリストの教会とは無関係だと思います。
おそらく、W・ニー、W・リーのみたビジョンにしたがって設立された、東京に在る教会
ttp://www.*******
と、名前が似ているので混同されたのではないでしょうか? TLCCCとも別物です。
コロンバスに在る教会については私は何も存じ上げませんが、教会が一つであること、私たちが一つの方向に向かっていくべきことは、聖書の真理の中でも、W・ニーやW・リーが特に強調していたことですので、彼らもそのように言っているはずです。
聖書の権威は当然ながら絶対ですが、聖書が成立してからも、神は聖書の翻訳・解釈という形で語り続けてこられました。聖書の時代は聖書記者たちが立てられて語ってきましたが、聖書の成立以降も神は人に語りかけるのをやめられたわけではありません。
ある時代には、神はルターを立てて語られました。ルターの言葉は聖書にとってかわることはありませんが、聖書の言葉を、神のみ思いに従って解き明かす神の語りかけです。
神は各時代に、ご自身の言葉を語るための器を召し、人を通して語り続けてこられましたが、20世紀の前半はW・ニー、後半はW・リーがその役割を担いました。
このような見方は排他的と取られるかもしれませんが、現に、伝統的な教会の神父、牧師、宣教師たちのあいだにW・ニー、W・リーの著書が広まり続け、W・ニーやW・リーのメッセージを下敷きにしたメッセージが語られています。
カトリックが大いなるバビロンであるというのも、
W・ニーやW・リーが言っていたことなので、もしコロンバスに在る教会がW・ニーとW・リーのみたビジョンに従っているなら、そのように言っているはずです。
(しかしながら、これはW・ニー、W・リーに限ったことではなく、たとえば私の手元にある英和辞典をいくつか見てみましたが、「バビロン」という単語には、カトリックに対する批判的な意味が入っているようです)。
教えの点で、コロンバスに在る教会が間違ったことをいっているようには、私には思われません。

ですが、はじめてきた人にいきなりそういうことを言ってしまうのもどうなのかな? とは思います。何回も集会に来ていて、神学的・歴史的背景を説明した上でなら、聖書に書いてあることははっきり言うべきですが、ちょっと交わったことがあるというだけの人に対してそんなことを言ってしまうのは、ちょっと乱暴なんじゃないかな、と思います。
長文になってすみません。
ああ、弁当の時間がぁっっっ!

No.351 2005/11/10(Thu) 12:41:19

Re: 無 / まこと 引用

アンテバスさん。
TCCと東京キリストの教会との区別をはっきり出来るように書き込んでくださり、ありがとうございました。

私が、ローカルチャーチを脱退する決意をした第一の原因は、「私自身の中に」他の教会を排他する心が生じてしまったことを、「自分で認識した」ことにあります。ローカルチャーチの教義すべてを網羅して、それが正しくないと判断した上で脱退した訳ではありません。

最後に、神は現代においても、特定の預言者を通して語られている、というご意見には、私自身は賛成しかねます。そのような、特定の個人の教えに権威を持たせるようなシステムは、ルターが批判した当時のカトリック教会の教皇制と本質を同じくするものだと考えるからです。

また、あえて申し上げるなら、ルターが神の言葉を解き明かしたのは確かですが、それは「新しい預言:DivineRevelation」を与えられたからではありません。免罪符の販売や、教皇に罪を赦す権限が与えられている等のカトリック教会の伝統・慣習が、「明らかに(どう読んでも)聖書に反していた」ため、教会に対して公開の場での弁明を求めたのが、ルターの打ち出した有名な「95ヶ条」です。 私としては、ルターの堅い信仰を称えます。また彼の、自らが所属していた権威と信じていた教理に対して「聖書の御言葉のみ:SolaScriptora」に基いて反旗を翻したその勇気を称えます。でもそれは彼を「預言者」と位置づけることとは、違います。

管理人さん>
上記書き込み、掲示板の趣旨に合わないようであれば、削除ください。

No.352 2005/11/10(Thu) 13:23:17

Re: 無 / 昌夫(管理人) 引用

アンテバスさん、はじめまして。
 言葉というのは不思議なもので、「教会は一つ」と言っても、聖書の「教会」という言葉が、どういう意味ととるかによって、全く意味が違ってくると思います。教会とは、ある特定の教派に属する人々の集まり、全ての信仰によって救われたキリスト者、あるいは旧約下の聖徒を含めてキリストの贖罪によって救われるすべての人々というように、神学者がいろいろ違った意味に解釈してきました。
 全ての信仰によって救われたキリスト者の集まりを「教会」とする立場からは、カトリックを大いなるバビロンであるとする教えは、教会を分裂させる間違った教えということになると思います。別の立場からは、そのような教えこそ、聖書の教えにかなっていることになることもあります。
 どのような立場をとるかは、聖書での「教会」という言葉の解釈にかかっていて、クリスチャン一人一人が、自分の教会の伝統や、原語のエクレシアという言葉の当時の意味などを調べて、何を信じるか決めていけば良いと思います。
 どういう風に「教会」という言葉を解釈するにせよ、発言する場にどういう人たちが来ていて、その人たちが発言に対してどのように感じるか、考えるのは大切なことだと思います。
 この掲示板は、教派間の考えの違いを超えて、クリスチャンが一致して協力することに、少しでも貢献できたら、ということを、ひとつヴィジョンとしています。カトリックの信者もおりおりに参加されます。今後、書きこみされるときは、そのことを考慮してくださるよう、お願いいたします。

No.353 2005/11/11(Fri) 05:52:56
歴史と聖書ハンドブック / 昌夫 引用

全知全能の神さまが摂理によって歴史の背後におられることを思うと、歴史、特に教会の歴史から学べることが多いと思います。まことさんは、詳しく教会史を学んでおられるようですね。僕が2年前から通っている週末神学校では、伝道の歴史の授業があったのですが、教会史の授業はまだないので、残念です。

それでヘンリー・H・ハーレイの聖書ハンドブックの教会史の章を読みました。40ページほどでよくまとまっていて、とても参考になりました。ただし、プロテスタントの立場から書かれていて、カトリックに対して必要以上に厳しい立場をとっているように僕には感じられました。

また、聖書を読むときに、歴史、文化、地理などの時代背景などを知ることが正しく解釈のためにとても大切だと思います。このハンドブックは考古学のノートや白黒ですが、写真や地図なども多く、短いなかでとても内容深くまとまっていて、聖書が書かれたときの歴史的な背景を少しでも知るのに、とても有用だと思います。

僕はこの夏から、いのちのことば社のチェーン式聖書の各書の前の解説と脚注と、このハンドブックを助けに聖書の通読を始めました。今、出エジプト記の19章のところですが、聖書だけを読んで通読したときより、理解がかなり深まっていくように思います。

No.324 2005/10/13(Thu) 02:13:43

Re: 歴史と聖書ハンドブック / まこと 引用

こんばんは、昌夫さん。

週末のXenosでの勉学は、未だ続けて居られたのですね。すこし驚きました。勉学が滞り無く完遂できると良いですね。何か目標(資格とか、学位とか)はおありですか?

私としては、かつて自分の内に蓄える知識が相手を傷つける(さばく)「とげ」を生やしてしまった時期があります。今は逆に、自分の内に蓄えた知識が、自分の外に生えている「とげ」を覆ってくれている気がしています。相手に何かを「判らせる」為ではなくて、むしろ、相手を「判る」ための知識、でしょうか・・・。

勉強、教授職、お忙しいことと思いますが、健康など損ねませんようにお気をつけください。私もそれなりに、元気にやってゆきます。

それでは。また、機会がありましたら。

( ー)m

No.325 2005/10/13(Thu) 07:34:41

Re: 歴史と聖書ハンドブック / 昌夫 引用

まことさん、こんにちは。

>相手を「判る」ための知識

相手をよく知るようにすることが、主にあって愛することの大切な最初のステップですね。まことさんにとって、神学の勉学が主にあって愛するための知識となられていることを神さまに感謝します。僕もそうでありますように、お祈りします。

>何か目標(資格とか、学位とか)はおありですか?

今は聖書解釈学の授業を取っていて、1月から旧約聖書の概観の授業を取る予定です。それを取り終わると Xenos Certificate of Biblical Study という証書をいただける予定なので、これを一応の目標としています。この証書に何か学位とか資格とかの意味がXenos の教会以外に対してあるかというと疑問です。履歴書には書けるし、この証書をなんらかの形で働かせて益にしていただけると信じています。

No.326 2005/10/14(Fri) 01:24:33

Re: 歴史と聖書ハンドブック / まこと 引用

昌夫さんこんばんわ。

金曜〜日曜まで、ワールドミッション・ワークショップに出て来ました。海外で宣教の仕事をしている人たちと色々と会話をする機会に恵まれました。とても有意義でした。

>この証書に何か学位とか資格とかの意味がXenosの教会以外に対してあるかというと疑問です。履歴書には書けるし、この証書をなんらかの形で働かせて益にしていただけると信じています。

いわゆる学位とか、資格とかは、あくまで人が人に対して出す称号ですから、それが神様の前にあって認められているかどうかとは、ある意味別の問題ですよね。今、昌夫さんがXenosで学んでおられることも、実はXenosのバイアスがかかった一つの形式と伝統の上に立ったものです(すべての学びについて言えることです)。Xenosでの勉強が修了したら、違った場で、再度学ぶことも良いかもしれませんね。視野が広がりますから・・・。

学んだことが、教会とすべての人たちのために、役に立つようになることをお祈りします。きっとそうなります。

それでは。

No.329 2005/10/17(Mon) 12:24:15

Re: 歴史と聖書ハンドブック / 昌夫 引用

まことさん、お祈りありがとうございます。まことさんの勉学が大いに祝福され、主に使っていただけますようにお祈りします。

>海外で宣教の仕事をしている人たちと色々と会話をする機会に恵まれました。

素晴らしい機会ですね。特に日本での伝道のために参考になることがありましたら、とても興味があります。いつか時間があるときに、教えてください。

No.331 2005/10/18(Tue) 07:08:34

Re: 歴史と聖書ハンドブック / まこと 引用

>特に日本での伝道のために参考になることがありましたら、とても興味があります。いつか時間があるときに、教えてください。

そうですね。私が今回のワークショップで学んだことは、昌夫さんの興味と期待には応えられ無いかも知れません。私が学んだのは、人がイエスキリストの福音を必要としている理由は、国籍や文化を問わず共通しているというものでした。

「相手を赦せない」とか、「相手の持っているものが欲しい」とか、「相手が憎い」とか言う理由で、人間同士が争いまた、殺し合うという、一つの原理が支配する社会。また、生きる意味が見出せないという絶望の中で自らの命を絶ってしまう人が後を絶たない社会。それは万国共通であり、文明社会でも、またジャングルの奥地に住んでいる部族社会でも、まったく同じように人間を苦しめている「病理」です。

伝道の根本的な動機とアプローチは、このような「人間の苦しみに対して救いの手を差し伸べる」という単純な使命感によれば良いということ。そして本当の救いはキリストの福音以外に無いということ。実はそれだけで良いということ。

それが今回学んだことでした。

私は昌夫さんの活動を過去に批判しましたよね。昌夫さんに対して、動機が間違っているとか、時期が悪いとか、色々言ってしまいました。今は正直、自分にそのようなことは「わからない」のだと、思っています。 ただ、昌夫さんの活動が、他の人たちに、また昌夫さんご自身に、幸せと喜びとを運ぶものであって欲しいと、そう思っています。私自身のあれこれの活動も、同じです。

また何かあれば、お話しましょう。

それでは。

No.332 2005/10/19(Wed) 07:59:51

Re: 歴史と聖書ハンドブック / 昌夫 引用

>伝道の根本的な動機とアプローチは、このような「人間の苦しみに対して救いの手を差し伸べる」という単純な使命感によれば良いということ。そして本当の救いはキリストの福音以外に無いということ。実はそれだけで良いということ。

これは非常に興味深いです。僕のとった伝道の歴史の授業では、教授と生徒の外国での伝道の経験のある人たちは、むしろ、文化の特殊性と、文化によって伝道の方法を変える必要性について強調する場合が多かったように思います。

根本の動機とアプローチは共通で、実際での方法は、その場と人と文化に応じて、ということだと思います。どちらを強調するのが良いかは、ワークショップや授業の対象者や、彼らの直面する状況などによって、違ってくるのではないかと思います。

>今は正直、自分にそのようなことは「わからない」のだと、思っています。 

あのころ僕のした行動や議論は、今から思うと間違ったことが多かったと思います。このごろ、その間違いの多くは「自分が知らない」ということを知っていなかったことが原因になったと思います。当時、僕の活動を批判されたまことさんが、ご自分について同じようなことを考えておられるのを知って嬉しく思います。

No.333 2005/10/19(Wed) 11:24:56

Re: 歴史と聖書ハンドブック / まこと 引用

>外国での伝道の経験のある人たちは、むしろ、文化の特殊性と、文化によって伝道の方法を変える必要性について強調する場合が多かったように思います。

そうですね。でも、それは私には「必然」であるように思えます。誰かに何かを伝えたいと思ったら、その人たちの文化の特殊性に対して自分を変えて(合わせて)「行かざるを得ない」訳ですから。

>どちらを強調するのが良いかは、ワークショップや授業の対象者や、彼らの直面する状況などによって、違ってくるのではないかと思います。

どちらを強調するかというより、コインの両面をどちらから見ているか、と言った方がイメージとして正しいと思います。たまたま今回のワークショップで私は伝道の目的の共通性という「一面」を見た、ということだと思います。それ以上のことではありません・・・。

>このごろ、その間違いの多くは「自分が知らない」ということを知っていなかった

導かれつつ、常に学び続けていたいですね。

それでは。

No.334 2005/10/19(Wed) 12:59:23

Re: 歴史と聖書ハンドブック / 昌夫 引用

>コインの両面をどちらから見ているか

なるほど。反対のことに見えることが、実は同じコインの両面であることが多いですね。共通性と多用性というのは、反対のことのようにも思えるけれど、どちらも愛そのものであられる神さまの一面だと思います。

No.335 2005/10/21(Fri) 04:24:00

Re: 歴史と聖書ハンドブック / まこと 引用

>反対のことに見えることが、実は同じコインの両面であることが多いですね。共通性と多用性というのは、反対のことのようにも思えるけれど、どちらも愛そのものであられる神さまの一面だと思います。

私としては伝道をする人たちの(神にあっての)努力としての一面として見ています。

例えば、クリスマスに私たちが良くやるキャンドルサービス、メサイアの合唱、降誕劇などは、地域社会の人たちの興味を引くように、教会が色々と工夫した結果と考えても良い気がします。 でも、それは、きらびやかにクリスマスを祝いつつ、一方で「キリストの誕生を記念する」という意味がまったく失われてしまうと言う皮肉な結果も生み出しています。

コインは、イエス・キリスト。

その一面は、クリスマスという祭典。もう一つの面は、十字架の死を決定されつつ生まれた、イエスの苦難の生涯の始まりを告げる瞬間。

その両方をどう告げ知らせるか。

福音の伝達のために文化に特化した伝道方法を考え出すことと、福音の根本的な必要性を考えることに似ている気がします。

No.336 2005/10/24(Mon) 13:12:29

Re: 歴史と聖書ハンドブック / 昌夫 引用

>でも、それは、きらびやかにクリスマスを祝いつつ、一方で「キリストの誕生を記念する」という意味がまったく失われてしまうと言う皮肉な結果も生み出しています。

皮肉で悲しいことですが、このようなことも神さまが働かせて益にしてくだると信じます。僕のキリスト教との最初の出会いは、まだ幼稚園に入る前くらいのときに、クリスマスのおかしか何かを買ってもらって、クリスマスとは、何を祝っているのか聞いたときだったと思います。

>福音の伝達のために文化に特化した伝道方法を考え出すことと、福音の根本的な必要性を考えることに似ている気がします。

日本が恥の文化を持つといわれることを考えると、「罪」という言葉よりも「恥」という言葉から伝えていくことも、場合によっては役にたつのではないかと考えています。2年くらい前にこういう考えを聞いたときには、恥というのは、罪と違って福音の根本的な必要性には、入っていないことだと考えて、反発を覚えました。今は、例えばイザヤ書65:13を読むときに、「恥」という言葉が福音の根本的な必要性ということに重要な関係を持っていると考えます。

No.337 2005/10/27(Thu) 02:00:59

Re: 歴史と聖書ハンドブック / まこと 引用

>日本が恥の文化を持つといわれることを考えると、「罪」という言葉よりも「恥」という言葉から伝えていくことも、場合によっては役にたつのではないかと考えています。

恥も、罪も、それ自体はただの言葉をあらわす「記号」にすぎませんよね。その言葉に各個人が何を見出すことで、その無機質な言葉は、その人の心の中にあって有機的な「いのち」を持ちます。

あるいは、人は自分の心の思いを、言葉という断片を継ぎ合わせることで表現している、と言えるかも知れません。ある意味、それは芸術的な行為なのかも。そう考えると、聖書は、神様が作った「言葉の芸術」なのかも知れないと、ふと思わされます。

言葉を読む巧みさ。
また言葉を操る巧みさ。

それはもしかしたら、相手を理解する巧みさや、相手の文化に合わせて自らを変えてゆく巧みさと通ずるものがあるのかも。

ことば「言葉」は、本当に奥が深いです・・・。

No.339 2005/10/27(Thu) 15:02:28

Re: 歴史と聖書ハンドブック / 昌夫 引用

>ことば「言葉」は、本当に奥が深いです・・・。

僕たちがいろいろな経験をしたときに、どうしても、言語を通して解釈しているということを、このごろ考えています。イエスさまが「ことば」であられるということの意味は、とても深いのだなと思います。

僕たちが現実で経験したことを解釈するときも、聖書を読んで解釈するときも、言語という「記号」を通しているので、僕たちの力だけでは、とても絶対的な真理であられるイエスさまに到達できない。特に邪魔するのは、罪と先入観や思い込みだと思います。

特に自分は今までの経験や、人道主義や、日本的な戦後民主主義などに大きな影響を受けて聖書を読んでいるということを意識することが大切だと考えています。意識していないと、どうしても自分の考えを聖句に投影して解釈してしまいます。とくに人道主義というのは、隣人愛と大きく重なることもあるけれど、微妙にずれている。それで、人道主義という先入観に注意しないと聖書解釈がずれることが多いのではないかと思います。

No.341 2005/10/31(Mon) 00:47:06

Re: 歴史と聖書ハンドブック / まこと 引用

>先入観に注意しないと聖書解釈がずれることが多いのではないかと思います。

そうですね。その先入観は、バイアスとも呼べると思います。でもそれを自分で認識しているかどうかで、大きな差が出ますよね。

No.345 2005/11/01(Tue) 13:54:52

Re: 歴史と聖書ハンドブック / 昌夫 引用

>でもそれを自分で認識しているかどうかで、大きな差が出ますよね。

そうですね。このごろ聖書通読でレビ記を読んでいますが、先入観に注意して読めたように思います。前回の通読のとき、レビ記はクリスチャンの自分にとっての意味は全く分からなくて退屈と思いました。今回は15章まで読んだところですが、レビ記がとても好きになりました。罪の心のために、行動をしたときに汚れてしまう人間を、イエスさまの血によって、きよめていただいたことの素晴らしさが、少し分かってきたと思います。

それから、僕の場合、自分は先入観を持って聖書を読んでいるということを意識するようになってから、「自分の聖書解釈が絶対的に正しい」という おごりの気持ちから、だんだん解放されてきていることを感じます。

No.346 2005/11/02(Wed) 01:29:54

Re: 歴史と聖書ハンドブック / まこと 引用

>僕の場合、自分は先入観を持って聖書を読んでいるということを意識するようになってから、…おごりの気持ちから、だんだん解放されてきていることを感じます。

自分自身を知ることは、他への寛容を身に着けることと実は同義である。最近、そんな気がしています。自分の限界を知って、その限界を逸脱した発言をしないように気をつけること。それはコミュニケーションをする上で本当に基本的なことなのに、「聖書」を読んでいるが故に、それを忘れてしまう。・・・クリスチャンにありがちなことだと思います。

聖書とは、一体何なのか。

良く考えると、それを「神の言葉」という言葉だけで片付けてしまうのはよろしくないことに思えます。と言うより、「神の言葉」という言葉の持つ意味を判らずに、私たちはそれを使いまくってしまっている。そんな気がします。

神の御名をみだりに唱えてはならない。・・・このみことば一つをとっても、すごく深い意味があるような気がします。

No.347 2005/11/02(Wed) 06:33:05

Re: 歴史と聖書ハンドブック / 昌夫 引用

>自分の限界を知って、その限界を逸脱した発言をしないように気をつけること。それはコミュニケーションをする上で本当に基本的なことなのに、「聖書」を読んでいるが故に、それを忘れてしまう。

聖書を読んで、神さまに近づいていくとき、ものすごいパワーをいただけますね。それだけに気をつけないと、神さまのお考えから、ちょっとしたずれがあるだけで、まわりの人々を深く傷つけてしまうことが、ようやく実感を持って分かってきました。「神の御名をみだりに唱えてはならない。」の深い意味は、このパワーということとも関係しているのだろうと思います。

No.348 2005/11/03(Thu) 13:28:31
大感謝します。 / やすこ 引用

神様イエス様、私に食べるもの、住むところを与えてくださり、そして教会に行く交通費、IT接続費を与えてくださり感謝します。匿名のクリスチャンを通してそういう風にしてくださったことに大いに感謝します。

No.342 2005/11/01(Tue) 03:06:37

Re: 大感謝します。 / 昌夫 引用

聖書で約束されたとおりに、やすこさんにこの世で必要なものを与えてくださり、天の御国ですべてのものを与えて大いに祝福してくださる神さまの全知全能の力と愛を賛美し、感謝します。

No.344 2005/11/01(Tue) 13:19:07
全738件 [ ページ : << 1 ... 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 >> ]

- HOME - お知らせ(3/8) - 記事検索 - 携帯用URL - フィード - ヘルプ - メール - 環境設定 -

- Skin: Modern v1.81 -

Rocket Board Type-X (Free) Rocket BBS