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No.529に関するツリー

   ルリルラ、新生200年前スレ - ジョニー - 2013/06/20(Thu) 23:22:53 [No.529]
迷子船 - ジョニー - 2013/06/21(Fri) 20:12:01 [No.530]
Bring to the boil 1 - アズミ - 2013/06/21(Fri) 21:58:32 [No.531]
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ルリルラ、新生200年前スレ (親記事) - ジョニー

夢でこんなスレが立ってたのを見たので勢いで。
即死スレにならないことを祈りつつ。










――時は常に過去から未来へと流れている。何人も抗えぬその時の流れ……

――もし、その時の流れを逆らうのなら、いったいそれはなにを意味し、なにが起こるのか……


―――未来が過去と交差する時、新たな物語が始まる。



幻奏戦記Ru/Li/Lu/Ra loco


[No.529] 2013/06/20(Thu) 23:22:53
迷子船 (No.529への返信 / 1階層) - ジョニー

 無色なる工房が保有する最新鋭兵器である陸上艦、奏甲支援船(ランドクロイツァー)に分類されるが武装は無いに等しく絶対奏甲整備能力を重視した移動工房艦とでもいうべき船の艦橋で機奏英雄である風霧真也は頭を抱えていた。
 何故なら艦橋から見える景色は気を失う前と、つい先程意識を取り戻した後でまったく異なるのである。
 真也が意識を失っている間に移動したということはありえない、何故ならつい先日にノクターンの影響がついに現れ幻糸が激減して、この工房船を起動させることすら覚束ないのだから。

「そりゃ今までも理不尽な事は多々あったよ。でも、どうしてこうなった」

 頭を抱えて呻く真也に同意するようにその場にいる3人の女性達も口々に混乱を露わにする。

「本当に参ったわ、うちらは一体どこにおるんやろな?」

「この船が今稼働状態にあるのは間違いありません。つまり幻糸が存在しているということです。意味不明です、私達が気絶している間にハルフェアの端っこにでも移動したとでもいうのですか?」

「この動かんかった船をシュピルドーゼのシュピルディム近郊からわざわざ海越えてハルフェアまで? 乗ってるうちらに気づかれず? 冗談キツイわ」

「でもぉ、この船が稼働してるのも、意識失う前までいた場所から移動してるのは確かだよぉ?」

 ツナギによく似た作業着に身を包んだ女性達、真也と同じく無色なる工房に属する整備士達が推測や憶測を出し合うが答えは出ない。
 今現在この工房船には十数人の人間が乗船しているが、英雄と歌姫は真也とその宿縁であるシルナ・レイオースだけで他の女性達は皆奏甲やこの船の整備士などで占められている。

 どうしてこうなった、と真也は原因はなんだろうと記憶を手繰る。





 事の起こりは工房の責任者である赤銅の姫が消息を絶ったことにある。
 当然、無色なる工房は混乱をきたした。が、アークドライブが使用不能になったとはいえ兵器である奏甲は放置していい存在ではない。
 特に奏甲の武装にはアークドライブの有無に関わらず使用できる銃器がある、流用しようと思えば幾らでも流用可能な危険物の放置は到底認められない。
 そこでまだノクターンの影響が彼らのいたシュピルドーゼに及ぶ前に絶対奏甲を纏め、然るべき場所で管理する必要があった。
 国はノクターンの影響で工房はそれに加えトップ不在という混乱の中にありながらも現場の判断で回収に努めた。
 そうして回収された奏甲の一時保管場所の一つがこの船、正確にはその格納庫と牽引する格納コンテナである。

 真也の最後の愛機であり奏甲回収作業にも使ったブリッツ・リミットも、自発的に回収に提供された奏甲も、戦場跡で放置されていた誰が使っていたかわからない奏甲も含めて格納庫に無造作に詰め込んである。
 本来の搭載機数をオーバーしているが、通常載せるべき補修部品等は載っていないし、然るべき場所に固定するはずの奏甲の多くはただ無理矢理詰め込んで床の上に積み上げられいる有様なので仮にアークドライブが動いても使える機体は少ないだろう。特に戦場跡で放置されていたものは損傷が激しくスクラップに近いものも多い。
 つまりは本当に回収できるだけ回収して、無理矢理詰め込んだだけの状態なのである。最後まで回収作業に使っていた真也のブリッツ・リミットなどハッチと奏甲の山に挟まれてハッチを開かなければ一歩も動けないような有様なのだ。

 ノクターンの影響がついに及びこの船自体の起動もままならなくなり、最後に真也達が工房員が船内のチェックを行い異常がなければ船に入れないように封鎖するだけだったのだが。
 その船内チェック中に地震とは異なる原因不明の振動が起こった。その振動の最中に船内にいた全員が一斉に失うという現象に見舞われた。





「そして起きたら、まるで違う場所……超常現象はもう勘弁して」

 ぶっちゃけ超常現象に巻き込まるなら、真也の知人達の中にもっと相応しい人間が幾らでもいただろうと嘆かずにいられない。

「いや、それより……原因はあの振動だろうなぁ」

「やなぁ、他に心当たりあらんし。なにより皆でバタバタ倒れおるつー普通の揺れならあり得ん事態に見舞われたし」

 真也の独り言に、似非関西弁が特徴の整備士が我が意を得たりと大きく頷く。
 艦橋にいる他の者も思い当たる原因らしきものはそれしかなく、それぞれ肯定を示す。

「で、あの揺れとその後に意識失って倒れたのが原因の怪我人は?」

「幸い重傷者はいません、軽傷は何人か出ましたが現在医務室でシルナ殿に見てもらっています」

 この船で現状唯一の歌姫であるシルナが軽傷者の手当てをしている。歌術を使える歌姫というのもあるが英雄と共に戦場を渡り歩いた歌姫はちょっとした応急手当が出来ることが多いのが理由で、シルナも例に漏れずちょっとした応急処置程度なら出来る。

「船内も異常が出てないか皆で改めてチェックしてるよぉ、今のところ問題はないみたいだねぇ」

「ちょい待ちぃ、問題ないってあの奏甲が山積みになっとる格納庫もか?」

「うん、あれだけ揺れたんだから崩れたりしてもおかしくないからぁ、真っ先に調べたけど土砂崩れどころか荷崩れもしてなかったてぇ」

「嘘やろぉ、一体どうなっとるんや!」

 ほんの少し前の真也のように頭を抱えて絶叫する。
 正直、あの積み方は危険で船が普通に動く程度ならともかく激しい揺れに襲われようものなら大災害になっても不思議はない。それが山積みがズレもしなかったというのは確かに叫びたくなるな異常だ。

「いや、まぁそれは一旦置いておきましょう。それよりも今いる場所を調べないと……この船、動くんですよね?」

「積載過多で速度は出ませんが動くはずです。そうですね、真也殿の言うとおり此処で悩んでいても仕方ありません、行動を起こすべきです」

 真也の言葉に頷くや否や操舵席に歩み寄る。彼女は奏甲ではなく奏甲支援船の整備士だ、操縦は専門ではないとはいえ今この船にいる中ではもっとも適した人材だろう。

「あー、やな。幻糸があるちゅうことは野盗なんか出るかもしれんし。シンヤっちは奏甲のチェック頼むわ」

「構わないけど。でも、あの体勢だとブリッツ・リミットは起動するかどうか確かめるのが精一杯だけど?」

「構わへん構わへん。念の為にすぎんから、なんなら誰かに頼んで問題がないかも調べてもええしな」

 確かに一度幻糸消失で停止した機体なのだから何か異常が出ている可能性も否定はできないので真也はそれに頷いた。

「うん、わかった。後でシルナにもリンクに問題がないかチェックしてもらうよ」

「ほんじゃ、迷子のうちらの帰り道探しに行こうか。出発や!」

「なんでぇ、あなたが仕切るのかなぁ?」


[No.530] 2013/06/21(Fri) 20:12:01
Bring to the boil 1 (No.530への返信 / 2階層) - アズミ

 ファゴッツランドの表通りに面した酒場の一つ、『音飛びリュート』亭。
 老舗ゆえの広い敷地に大きめの駐機場を備えるため、歌姫大戦中は戦帰りの英雄たちでごった返した店内も、今は幾分静かさを取り戻している。
 大戦終結以来、英雄のほとんどは残存した奇声蟲の討伐や、放棄された辺境の再開拓のため世界中に散っている。
 今や、この商都に居残っている英雄は商家に婿入りした者や遺跡荒らしの類くらいだ。

「女将さん、水!」

 乱暴にドアを開け放って、一人の男が入ってくる。
 黒いコートの上から革鎧を纏い、頭にはターバンを被っている。傍目には暑苦しく見えるが、砂漠では直射日光が何よりの大敵だ。実用的な装いと言えた。
 少し後ろから小柄な少女がついて入ってくる。こちらはチューブトップにホットパンツの上から日除けのマントを羽織った、いたってラフな服装だ。

「おかえり、康一、アリア。その様子だと空振りかい?」

 馴染みの遺跡荒らしに冷えた井戸水を出しながら、女将は問う。
 康一はそれには応えずカウンターの席にどっかりと座り、代わりに隣についたアリアがにんまりとして懐から煌びやかな輝きを露にした。

「と、思うでしょ? ほらっ!」

 大粒のエメラルドがついた首飾りだ。他にも黄金や銀と思しき装飾品が次から次へと出てくる。
 女将はヒュウ♪、と口笛を吹いてそれをしげしげと眺めた。

「こっちが7、そっちは8……首飾りは10はいくね。概算だけど250万Gってとこか」

 日本円にしてそのまま250万円ほどである。
 慢性的に奏甲の維持費という巨大な支出を抱える機奏英雄の稼ぎとしても、悪い額ではない。

「相変わらずやるねぇ」

「目当てのもんは一向に見つからねえけどな」

「んもー、素直に喜びなよー。完全に空振りよりマシでしょ?」

 不機嫌な康一に、アリアは不満そうに言う。
 この二人は歌姫大戦の末期にふらりと現れ、そのまま遺跡荒らしとして居着いた英雄と歌姫だ。
 英雄の方はえらく腕が立つし、歌姫の方は声帯(歌姫がつける歌術行使用のチョーカー)を見る限り、階位は浅葱。この稼業は客の過去を詮索しないのがルールだが、それまで名さえ聞いたこともないのは女将としても不思議であった。
 いや、何よりも妙なのは、その目的。

「『時渡りの門』だっけ? ……あるのかねぇ、そんなお伽話みたいな代物」

 初代の赤銅の歌姫が設えたという、時空を超えて移動できる『翼の門』。
 幾つかの文献に名前が残っているのは確かだが、実在の疑わしい古代の遺産である。
 康一らは歌姫大戦終結からこっち1年近く、ファゴッツ砂漠に埋もれる遺跡という遺跡を漁りながらそれを探している……らしい。

「あってもらわなきゃ困るんだよ」

 そう言って水を煽る。
 遺跡荒らしとしての稼ぎも決して悪くはないのだが、まるで財宝に興味がないその様子も、彼らの特異な点だった。
 女将は肩を竦めてから、「あぁそういえば」と手を叩く。

「隊商が腕っこきの護衛を探してたよ。ザンドカイズの方に行くならついでについてってやってくれないか」

「なんだ、野盗でも出るのか?」

 さしものファゴッツ国軍も、広大な砂漠全てをカバーすることは出来ない。
 必然、都市と都市の間に横たわる砂漠は無法地帯。特に今は歌姫大戦の終結で身を持ち崩し、盗賊に転身した英雄崩れが出没することもざらにある。
 奏甲に対抗できるのは、無論のこと奏甲だけ。そうした場合、隊商が英雄の護衛を募ることはままあった。
 が、女将は首を振る。

「幽霊船が出るらしいよ」

「幽霊船?」

「砂漠の上に?」

 康一とアリアは、問い返して顔を見合わせた。



 月霜暦451年。
 英雄と、歌姫と、奏甲が健在するここではないどこか。
 歌姫大戦から一年の月日が流れた“そのアーカイア”は表向き、平和の中にあった。


[No.531] 2013/06/21(Fri) 21:58:32
迷子船2 (No.531への返信 / 3階層) - ジョニー

「代わり映えせぇへんなぁ……」

「砂漠ですから」

 関西弁もどきの奏甲整備班の班長エアヴァが艦橋から見える景色にぽつりと呟くと、この船の整備士で暫定操舵手アルテが冷静に返す。
 迷子のランドクロイツァー、工房船シャッフェムッタの現在位置は大まかには特定された。本当に大雑把だが。
 シャッフェムッタの艦橋から見える何処までも続く砂漠、こんな光景はファゴッツ以外にはありえない。
 とはいえ、そのファゴッツは6〜7割が砂漠であり運悪くファゴッツ出身者もファゴッツに詳しい人間も乗船していないので今ファゴッツの何処を走っているのか分からないのが問題だった。
 それに迷子であるという理由以外に、ある理由によって速急に人里を探す必要に迫られている。

「大変だよぉ、もう食料がないよぉ」

 何処か間延びした独特の口調で喋る奏甲整備士のキント、二十歳を超えているはずだが何故か十代前半にしか見えない彼女は見た目とは裏腹に腕利きの整備士である。
 もっとも大変と言いながらもちっとも大変そうに聞こえないのは明らかに彼女の口調と見た目の所為であるが。

「あぁ、やっぱ3日が限度やったかぁ」

「元々積んであった量が量です、仕方ないです」

 そう、今現在この船には食料がない。
 元々チェック後は封鎖する予定だったのだ、本来積んであった食料の大半は降ろされた状態にあった。最後はまだ新造船だったのに封鎖されるこの船の余りに短い舟航期間を惜しんでのお別れ会的なプチ宴会をする予定だったので皆無ではなかったのは救いだが、現在の乗員十数名が数日過ごすには少なすぎた。
 一応一食の量を減らす、昼食の抜くなどして持たせはしたが放浪4日目の朝食で使い切ってしまった。
 幸い水は食料と違い置いておいて無駄金になるということはないし降ろす労力が面倒ということで規定量を積みっぱなしであった事に加え、整備作業などで水を使う関係上通常のランドクロイツァーよりも多く水を積んでいる工房船であった為にまだまだ持つ。
 今いる場所がファゴッツということを考えると水が十分確保されているというのは不幸中の幸いだったといえるかもしれない。いや、ファゴッツは地下水脈によって砂漠国家でありながら水資源は豊富であるがそもそも水の湧いている場所を知らない彼らにとっては無いも同じである。

「こうなったら山積みの奏甲を捨てますか?」

 真也の提案にエアヴァとアルテが難しい顔をする。
 これはこの3日程何度も検討されながらも保留されてきた案だ。
 現在このシャッフェムッタには積載過多の奏甲が積まれている、本来のランドクロイツァーが大型でも4機程度が搭載機数であるのに対して牽引コンテナも合わせて10機以上積み込まれているといえばその無茶具合が分かるであろう。
 当然、本来の船速など期待できるはずもなく非戦闘稼働状態の奏甲といいところどっこいどっこいぐらいの速度といえばどれ程鈍足になっているのかが分かる。
 速度が落ちる分だけ移動距離も短くなり、人里に辿りつける確率は下がってしまう。
 食料不足という致命的な弱点を抱えた状態でそのデメリットは余りに大きいが、元々奏甲回収の為に動いていたのにそれを捨てるのはそもそもの目的に反する。
 おまけに原因は不明だが消滅したはずの幻糸が存在していて奏甲を起動できるのだから危険があるかもしれないから回収した奏甲は正真正銘危険物になっている、スクラップも多いとはいえ直そうと思えば不可能ではない兵器を捨てるのは問題が大きすぎる。

「確かに状態が悪いのを選んで捨てていけば本来の搭載機数まで減らすのは可能やで、ぶっ壊そうと思えばシンヤっちのブリッツを使って炉と操縦席を破壊すれば早々再利用もできへん状態にできる……でもなぁ」

「あれらはこの船に回収された段階で既に工房又は国が最終的に処分を決めるものですから、私達の判断でどうこうするのは厳しいのです」

「しんちゃんのブリッツ1機ぐらいならぁ、まぁ元々工房所属の機体と英雄だからどうとでもなるんだけどねぇ」

「回収した機体の名簿は既に提出済みやからなぁ、後で数と種類が合わんつーことになったら最悪首になるで」

「これから先工房がどうなるか不透明ですが、職を失うのは避けたいです」

「でもぉ、そろそろ如何にかしないとみんな飢えちゃうんだよぉ」

 堂々巡りである。
 結局、この提案は明日の夜までに人里を見つけるか人と接触できなければ実行するという先延ばしを含みながらも受け入れられる事となった。

「それはそうと、うちらの万が一の時の生命線のブリッツの調子はどんなもんや?」

「えぇ、昨日の夜にハッチを開けて軽く外で動かしてみましたけど特に異常はなかったです。装備もルーンソードなら腰の鞘に収めてありますし、試作ドライブも問題なく稼働しました」

「私とシンヤ、ブリッツ・リミットの調律も問題なかったですよ」

 実際、ルーンソード以外の武器もこの船にあるにはあるが格納庫の奥の方に仕舞われていて、山積みになった奏甲が邪魔で取り出すことができないのだ。
 アークソードや銃器類を取り出せて装備出来れば、より安心できるのだが現状そうするには面倒事が多すぎる。
 もっとも真也は英雄大戦の最初期から参戦している英雄で名の知れたエースとはいかないながらも十分ベテランと呼べる程の実力はある、それはかつてカルミィーンロートの搭乗経験があることや今現在ブリッツ・リミットを使用していることからも分かる。
 使用している絶対奏甲もワンオフ機などを除けば最高クラスの機体であるブリッツ・リミットであり、試作型パーフェクトドライブを搭載した一種のカスタム機で見方次第ではワンオフ機と呼べなくも無いものなのだから真也とシルナは決して弱いペアではないのだ。
 だからこそ英雄崩れの野盗相手ならば余程の数や腕利きが出てこない限りは優位に戦えるだろうとの皆の見方である。

「ん、ならえぇわ。お二人にゃいざという時は頼りにさせてもらうで」

 まぁそんなことはまずないだろうがと思いながらエアヴァは言うが、そのいざという時がそう遠くないなどということは神ならぬ身にはわかるはずもなかった。


[No.532] 2013/06/22(Sat) 01:22:45
Bring to the boil 2 (No.532への返信 / 4階層) - アズミ

「ビンゴだ」

 遠眼鏡……ファゴッツランドの裏通りで80万Gもした高級品だ……を覗き込んで、康一が呟く。
 見せて見せて、と隣でねだるアリアに渡すと、ただでさえ人並み外れた視力を持つ彼女は速やかに目的のものを見つけ出した。
 地平線近く、砂塵を巻き上げて巨大な鋼の塊が滑るように砂の上を進んでいる。
 のみならず、アリアはその前面に刻まれた紋章にまで気づいて見せた。

「無色なる工房の紋章がついてるよ」

「よく見えるな……」

 康一が感心半分、呆れ半分で言って、返された遠眼鏡を専用のケースに戻す。

「ともあれ、奏甲支援船に無色なる工房とくればもう確定だ」

 奏甲支援船(ランドクロイツァー)。
 大型のもので絶対奏甲4機を搭載して陸走できる移動工房である。それをいち早く導入したのが無色なる工房という英雄大戦の中立勢力。
 奏甲支援船は英雄大戦末期……月霜歴677年初頭に開発されたもので、無色なる工房は英雄大戦中盤の混乱の中、赤銅の歌姫が率い黄金の工房から離脱した集団である。
 いずれも月霜歴451年……歌姫大戦直後たる現在、本来存在し得るものではない。

「あたしたちと同じ時代から来たってこと?」

 アリアの問いに、康一は頷いた。
 彼らが“このアーカイア”に辿り着いたのは約1年前。奏甲の封印作業中に突然、浮遊感を感じたかと思えば、気がついたらファゴッツの砂漠のど真ん中だった。
 ここがおよそ200年前の“歌姫大戦”の時代であることはすぐに解った。
 混乱はあったが、それほど長くも致命的でもない。土台が康一も地球という異世界からアーカイアに召喚された現世人であるし、タイムスリップの直前に感じた浮遊感はまさしく大召喚の際に感じたそれと同じだったからだ。
 またぞろ何者かに召喚されたのか? それとも黄金の歌姫がポザネオで決行した秘術『ノクターン』とやらの影響なのか?それはわからないが――――

「ともあれ、会ってみる価値はある。どうにか止まってくれるといいんだが」

 運搬船なのだから当然であるが、奏甲支援船の移動速度は奏甲の巡航速度を大幅に上回る。
 戦闘起動ならば並走することも不可能ではないが、奏甲は戦闘兵器としては非常にデリケートでそれほど長時間の限界駆動は不可能だ。
 移動ルートを読むなり、止まってもらうなりしなければ横付けも難しい。

「……? 康一、あれ!」

 アリアが肉眼で何かに気づいたらしく、奏甲支援船の方を指さす。
 康一が遠眼鏡を覗き込むと、奏甲支援船が砂漠の途上で停止している。

「なんだ、トラブル……?」

 目を凝らして訝ると、支援船の下部。ホバー機構の基部に、何か絡みつくものが見えた。
 先にアリアがその正体に気づく。

「巨大長虫(シュピルドーゼ・ワーム)だ!」

 大きいものなら全長50mにも達する、巨大なミミズである。
 名前の通りシュピルドーゼが原産であるが、ほぼアーカイア全土に亜種が存在する。
 史書によればこの時代では盗賊と並んで砂漠の交通を妨げる要因となっており、歌姫大戦期に大規模な駆除が行われたらしい。それゆえか、アリアらの本来の時代……月霜歴670年代では希少種となっている。
 基本的には群で行動する生き物で、10匹以上群がられれば奏甲単騎での対処は難しい。なにせ、比率で言えば人間とアナコンダほどもサイズ差があるのだ。

「アリア、出るぞ」

 康一はコートを翻して踵を返した。
 アリアは慌てて、小走りで後ろについていく。

「助けるの?」

「ついでに恩を売っちまえば、話がスムーズになる」

「なるほど!」

 二人の行く先には、双頭の巨人が頭を垂れて出陣の時を待っていた。



 開いた両首の付け根……人間でいえば胸部にあたる部位にそれぞれ、乗りこむ。
 岩を人間の形に削り込んだような部分……『奏座』に身を収めると、枯木を踏むような音をしながら半身を包み込むように奏座そのものが変形し、主たる機奏英雄の身体を固定した。
 奏座を通じて、アリアの起動歌が奏座に響く。

「Singen.(起動)」

 康一が命ずると、奏座が大きく揺れた。
 彼らの乗る巨人が立ちあがったのだ。

 絶対奏甲(アブソリュート・フォノ・クラスタ)。現世人が見ればそれはアニメでお馴染みのロボット兵器であるし、歌姫はそれを巨人と称する。
 アーカイアの歌術と幻糸技術の粋を集めた、歌姫により駆動し機奏英雄が駆る全高10mの対奇声蟲用機甲兵器である。

「Tempo giusto(通常モード)」

 奏甲は搭乗者たる機奏英雄のかく動かさんとする意思を奏座に満ちる活性幻糸を通して拾いあげ、その通りに動く。
 幻糸炉が鼓動を早め、通常戦闘に過不足ない領域まで出力を上昇させると準備は万端整い、奏甲は一歩、また一歩と足を踏み出して砂漠へ向けて歩きだした。
 弦を擦るような、微かな音が聞こえる。
 《ケーブル》という通話用の幻糸ラインを通じて声が届く前兆だ。つまるところ、奏甲に備えられた通信機器である。
 果たして届いた声は、アリアのものだった。

『――……隊商から歌が届いてる。繋ぐ?』

「繋いでくれ」

 問いに康一が頷くと、再びケーブルが小さく鳴って、今度は男の声が届く。

『“双ツ頭”殿、いかがなすった?』

 双ツ頭……とは、康一の乗る奏甲の外見からついた、彼の渾名だ。
 声の主は知った相手だった。銭内(ぜにない)という、共に隊商の護衛についた機奏英雄である。

「南にミミズの群だ、隊商に迂回するように伝えてくれ。俺は少し様子を見てくる」

『ははん……助太刀は入用かい?』

「無用だ、旦那は隊商の面倒を頼む。賊だって出ないとは限らないからな」

『おう、合点承知之助。お気をつけなすって』

 ケーブルを切り、歩調を早める。
 一応、名目上は隊商の護衛としてここまで来たのだが、目当ての幽霊船を見つけてしまった以上、とって返して合流は難しいかもしれない。前金はもらっていないため後腐れは少ないのが救いだ。
 康一の駆る絶対奏甲は鈍足で、全速でも60km/hほど。辿り着く前に戦闘が収束する可能性も危惧しないではなかったが、それはどうにか杞憂に終わった。

「勝手に助けさせてもらうぞ、そこの奏甲!」

 砂漠に立ち往生した支援船を庇って剣を振るう奏甲にそう叫び、双頭の絶対奏甲は大ミミズの群に躍りかかった。


[No.533] 2013/06/22(Sat) 09:25:04
迷子船3 (No.533への返信 / 5階層) - ジョニー

 放浪6日目にして迷子の奏甲支援船(ランドクロイツァー)、船名シャッフェムッタは危機を迎えていた。
 それも食料危機という内からの危機ではなく、外敵による危機である。

「こ、のぉぉぉ!」

 弾切れを起こしたサブマシンガンを放り捨て今しがた最後の銃撃で虫の息になったワームを意識から外し、眼前に迫るワームへと剣を振るう。
 振るわれたルーンソードは確かに敵を切り裂いたが目測を誤り浅くなって致命傷には程遠い、切り裂かれながらも噛みつこうと迫るワームの頭部をサブマシンガンを捨ててフリーになった左手で機体のパワーに物言わせて押さえつける。


 巨大長虫(シュピルドーゼ・ワーム)、それが今現在彼らを襲っている脅威である。
 不幸なことに存在そのものは聞いたことがあっても、真也はこの巨大ミミズとの交戦経験はなかった。それどころ絶対奏甲以外との交戦自体が久しぶりという有様でその勝手の違いが無視できない不利に働いていた。
 相手は全長40mにもなる巨大生物であり、なによりも数が多い。おそらくは20匹前後はいると思われる、それを船を庇いながら戦うというのは聊か以上に荷が重い。

 シャッフェムッタは奏甲支援船なら通常搭載してある武装を排除して完全に工房としての機能を最優先した船だ。いや正確にはシャッフェムッタより後に製造された奏甲支援船が武装を搭載する形に落ち着いたというべきで、最初期の奏甲支援船の一隻であるシャッフェムッタは奏甲搭載機数や奏甲整備能力を重視しすぎた後から見れば偏り過ぎた可笑しな船であるのだ。
 武装は精々対人用の小銃がお座成りに備え付けられていた程度であって、それすら封印作業中に取り外された非武装といってもいい程なのだ。更にその大きさの割に奏甲搭載機数は過剰で当然船速は後の奏甲支援船を下回る。
 足は遅く武装はない、後の奏甲支援船でいう中型〜大型の中間程の大きさながらもその搭載能力は後の大型奏甲支援船を超えておりその皺寄せは速度や武装以外の部分にも如実に現れている、新しい分類の兵器登場過程によく見られる後から考えれば可笑しなもののひとつに当たるのがシェッフェムッタという船だといえる。

 装甲もそれ程あるとはいえないシェッファムッタを護りながら、多勢に無勢の戦いは真也とシルナに大きな負担を強いていた。
 なにより2人はこの2日以上なにも食べていない空腹状態だ、水も限りがある為に空きっ腹を水で誤魔化すということもできずにいた。
 そんな状態での奏甲による戦闘は実際に戦う真也は無論、歌い続けるシルナの体力を急速に奪っていく。
 折しもハンガーで山積みになっていた奏甲の大半を昨日の夜に奏座と炉を念入りに破壊しながら格納コンテナごと砂漠に浅くとも穴を掘りコンテナに砂をかけて隠すように捨てるという作業を遅くまで、それこそ朝方までブリッツ・リミットで行っていて、徹夜明けの寝不足という悪条件さえ加算されている。
 ハンガーにあった銃器で襲撃の初期にかなりの数のワームを仕留める事は出来たが、そもそもが戦場から回収した武器であるので残弾は乏しくすぐに弾切れとなった。弾切れとはほぼ無縁の幻糸レーザーもハンガーにはあるがアレは銃身が破損していて使い物にならなかった。
 今ブリッツ・リミットが装備しているものは右手で振るっているルーンソードと、ハンガーから引っ張り出した腰に差したままの予備のルーンソードだけである。ハンガーにあったアークソードは廃棄する奏甲の破壊に酷使した為に破損してしまってコンテナに詰めて破棄された。

『きゃぁ!?』

「なっ、グッ!」

 シルナの悲鳴がケーブルに響くと共にブリッツの力が抜けて、左手で押さえていたワームの頭突きを喰らう。
 咄嗟にルーンソードを振るい顔を上げたワームの頭部を串刺しにするが、やはりブリッツの動きが鈍い。
 見れば別のワームが船に体当たりをしていた。

 拙いと思わず真也は舌打ちをした、おそらくワームの体当たりで船が揺れてシルナに何らかの被害が出たのだろう。
 今のブリッツの状態は明らかにリンクに問題が出ている。普通ならその程度でリンクに大きな影響が出ることはないのだろうが如何せん今のシルナは寝不足と空腹で弱っている。
 まだ10匹近いワームがいる中でこれは非常に危険である。このままでは負けると真也が覚悟したその時、思わぬ援軍が現れた。

『勝手に助けさせてもらうぞ、そこの奏甲!』

「え?」

 援軍などあるはずのない砂漠のど真ん中でアイボリーカラーのハイリガー・トリニテートがワームの群れに突撃している。

「今の声と、あのハイリガーの色は……まさか。っ、気にしてる暇もないかっ!」

 一瞬ケーブルに響いた声と見覚えのあるカラーリングのハイリガーに気を取られるが、襲いかかるワームに動きの鈍いブリッツではそれを気にする余裕は真也にはなかった。


[No.534] 2013/06/22(Sat) 22:38:34
Bring to the boil 3 (No.534への返信 / 6階層) - アズミ

『おおおおおゥッ!!』

 鈍重に見える巨大な肢体が生物の如きしなやかさで躍り、刃のない音叉のような武器が冗談のように長虫の巨体を解体していく。

「すごい」

 アルテが漏らした呟きには感嘆よりも、むしろ慄きが混じっていた。
 強さゆえではない。確かに一地方レベルにはギリギリ収まらないほどの機奏英雄ではあろうが、逆に言えばそれ以上の腕利きもまた枚挙に暇がない。
 アルテの戦慄は、眼前の奏甲の異質さゆえだ。
 火力がなく、出力もなく、速度もなく、重量さえ特筆すべきものはない。
 つまり、彼女ら工房の技術者が理想とし、追求する“兵器の強さ”がないのだ。

「あれがロストメモリーってヤツか……」

 一部の老技術者が伝えるところによれば、絶対奏甲とは本来そうしたものだという。
 歌姫大戦期には銃も火薬も化学兵器もなく、それどころか実に八割の奏甲は貧弱なシャルラッハロートT、武器は幻糸を纏わぬただの鋼鉄器であったという。
 にも関わらず、彼らは奇声蟲を一度はアーカイアから駆逐してみせた。

 あるのは、旋律。熟練の歌姫が紡ぐ、歌術の剣と鎧。
 あるのは、律動。熟練の英雄が奏でる、技と勘働き。
 あるのは、調和。その両者を一つに纏めることだけに腐心し、それ以外を切り捨て果てた古代の遺物。

 つまるところ、目の前の奏甲が再現してみせたそれは絶対奏甲における古式戦闘。
 それを立脚させる、歌姫大戦期に存在した現在とは全く異なる設計思想。オーバーテクノロジー。
 現代においては失伝したそれらを、俗に“ロストメモリー”という。

『オーラスだ、歌えッ!』

 英雄が吼えて、歌姫が歌う。
 奏甲が輝き、音叉がまた一体のワームの頭部を割断する。
 轟音と砂煙を上げて、最後のワームが砂漠に伏した。

「……………」

 一同が静まり返る。
 象牙色の奏甲は、音叉を一振るいすると双頭をシャッフェムッタへ向けてもたげた。
 この奏甲はハイリガー・トリニテートと呼ばれる機種だ。
 見た目の通りコクピットを2つ備え、英雄と歌姫が同乗し、教科書的には奏甲にとって最も肝要とされる“機奏合一”の補助に第一義を置く機体である。
 先述したロストメモリーの一つであり、英雄大戦においては発掘されレストアされた機体が僅かに運用されているだけ。
 何分にそうした来歴の機体なので、何処の勢力に属するのか一目で判断し難い。見たところ、所属を示す紋章や旗印の類も存在しなかった。
 いざとなればいつでも逃げ出せるよう、エアヴァの手が舵にかかる。

『……康一さん。志摩、康一さんですか?』

 が、真也が声をかけると、ハイリガーは武器をおろした。

『風霧真也か』

 右のコクピットが開き、中から年の頃20前後の男が現れる。
 真也と同じ、ニホンジン。真也もまたコクピットから出てそれに応じた。
 どうやら知り合いらしい二人の反応に、ようやく艦橋の一同は胸を撫で下ろした。



 一難去って、目立たないよう砂丘の影に船を停め……艦橋。
 康一らを含め、艦内の全員が一堂に会していた。

「「「「「200年前?」」」」」

 康一の説明を聞くと、真也をはじめとするシャッフェムッタの一行は異口同音に訝しげに問い返した。

「正確には並行世界っていうか……えーっと」

 SFファンでも学があるでもない康一はそれ以上の説明に窮し、傍らのアリアに「パス」と投げた。
 彼女は英雄大戦に参戦した多くの戦時徴用者と異なり、歌術学院にて正規の教育を受け叙階された歌姫である。実のところアーカイアにおいては大層な高学歴者なのだが、外見や言動のせいでインテリらしい扱いを受けることが少ない。
 アリアはこほん、とわざとらしく一つ咳払いして一席ぶち始める。

「正確には、『他譜世界(アドリブ)』っていうんだけど」

 省約すれば、それは現世における並行宇宙論と似たような概念だ。
 アーカイアにおいて世界は“はじまりの音”が紡いだ歌の産物であるとされる。歌術はその御業を極小規模で再現することで世界を改変し奇跡を引き起こしているわけだし、最近の研究では機奏英雄が奇声蟲化するのは彼らが外部からもたらされた文字通りのノイズであるからと言われているが……まぁその辺りは余談だ。
 ともあれ、その歌が一つだけのものなのか、という問題は現世におけるそれと同じく歌姫の間で盛んに議論されてきた。
 歌姫が歌を幾度も練習するように、はじまりの音もまた幾多の世界の歌を紡いたのではないか。そして歌姫が全く同じ歌声を二度と再現出来ないように、それらは同じ曲であるがゆえに概ね似た世界でありながら、細部には差異があるではないか。
 そうしたアーカイアにおける並行世界概念を、歌術学院においては『他譜世界(アドリブ)』と称するのだとアリアは説明した。

「まぁ、そんなにエラい研究じゃないっていうか、日蔭者の研究っていうか……」

「要するにトンデモ学説か」

「……なんだけどね」

 どうも個人的にはそれなりに興味があるのか、歯切れ悪くいうアリアを康一が一言で斬って捨てる。
 康一は気にせず、幾らか実際的な話に移った。

「まぁ、“このアーカイア”は明らかに“俺たちのアーカイア”の200年前とは明らかに違う。
 十二賢者は歌姫大戦の後、すぐに英雄の蟲化を公言して排除を訴えてる」

「それで、どうなったんです?」

 穏やかな話題ではない。途端に真也が色めき立つ。
 が、康一は肩を竦めた。

「あまりに先が見えな過ぎる。俺たちの時代の評議会だって一先ずは解決策を探すっつってただろ。急に排除しろったって英雄も歌姫もはいそうですかと従うわけがない。一般人にしたって、戦後復興は奏甲がないと立ち行かないしな。
 おまけに三姫までその動きを非難して、十二賢者と同調した評議員は全員罷免された。戦争らしい戦争にさえならなかったよ」

 十二賢者らのその後のことは、よくわからん、と康一は言った。が、恐らく無事ではいないだろうと真也は予測する。
 アーカイアの政体は基本的に政治暗闘に長けており、そうした不穏分子は躊躇いなく処分する傾向がある。内々に粛清されたと考えるべきだろう。

「今は幻糸の薄い地方に保養所を作って、蟲化の始まったヤツはそこに放り込まれてる。まぁ……そういう連中の先行きは暗いが、概ねは上手くいってるよ。蟲化なんてしない奴はなかなかしないしな」

 アーカイアの異物たる英雄は幻糸に侵されいずれは異形の怪物、奇声蟲と化す。
 が、その進行度は個体差が非常に激しい。
 理論上は幻糸の濃い場所に留まるほど進行しやすいのだが、康一など大戦中の二年間、ほとんどを比較的幻糸濃度の高い虹諸島で暮らしながらまったく蟲化の兆候がないぐらいだ。

「状況はだいたいわかった。んで、ウチらはなぜここに? 帰るアテはあるんか?」

 班長であるエアヴァが核心を問う。
 アリアは押し黙り、康一は一同をゆっくりと見回した。

「わからん。誰かが呼んだのか、あるいはポザネオで発動したっていう“ノクターン”の影響なのか。帰るアテは、来れたんだから帰れるだろう、としか今は言いようがないな」

 同じアーカイアである以上、機奏英雄が現世に戻るよりは目があるのは確かだ。アリアによれば、空間移動は時間移動よりはハードルが低いらしい。単純に200年前の世界にタイムスリップするより状況はまだマシ。これも確か。
 だが、そこまでだ。具体的な解決策は何もない。
 本当にあるかもわからない時間跳躍の歌術遺産を探して回っているのがいい証拠である。
 一同は顔を見合わせ、ざわめく。その語調や顔色には不安の色が濃い。
 それを断ち切るように、康一は続けて口を開いた。

「で、お前らどうする?」

「どうする、って……一緒に来てくれないんですか?」

 シルナが意外そうに言う。
 実際、頼る者も組織もないこの世界で心細いであろうし、固まって動くべきという意見も理解は出来るのだが……康一は困ったように眉をひそめた。

「一緒に行くのは構わねえけど、この船は目立ち過ぎる。都市に立ち寄れなきゃ戻る手掛かりだって探せないぜ」

 無論のこと、この時代に奏甲支援船は存在しない。
 いや、あるいは工房の虎の子だとかさらなる古代の遺物だとか、そういった類としては存在するかもしれないが、目を引くという点では似たようなものだ。
 その巨体ゆえに威圧感も大きい。迂闊に都市に近づけば国軍の攻撃を受ける可能性すらある。
 結果として、行動拠点としてはリスクが大き過ぎるのだ。

「捨てるわけにいかないってんなら止めないが、ともかくこの船には同行出来ない。連絡手段は確保するが、これからどうするかは自分たちで決めてくれ」

 康一がそう言うと、再び艦橋は喧々諤々の議論に包まれた。


[No.535] 2013/06/23(Sun) 12:27:25
迷子船4 (No.535への返信 / 7階層) - ジョニー

「この船が拙いいうのは理解できた、やけど……此処が200年前ならシンヤっちのブリッツはこの船とうちらでないと整備は難しいはずや」

 なにせ無色なる工房の最新鋭機種の一つである。ロストメモリーが現存する時代とはいえブリッツ・リミットはこの時代にはないはずの機構を幾つも備えている。
 シャルラッハロート・アインが絶対奏甲の殆どを占めるこの時代では設備的にも人材的にもブリッツ・リミットを整備できる場所など殆どないだろう。それこそ王家専用機や星芒奏甲(クロイツ・シリーズ)など一般的に伝説の奏甲と呼ばれるような機体を扱っている工房でもなければ手に余るはずだ。

 それに此処が過去で蟲化の脅威があるというのなら、真也のブリッツ・リミットは絶対に手放せない。
 何故ならこの機体には試作型パーフェクトドライブが搭載されている。試作型で安定性に難があるとはいえパーフェクトドライブの名を冠するのは伊達ではなく、そのほぼ100%となる幻糸変換率は真也の蟲化予防にとって欠かせない物になる。

「ブリッツ以外に今この船に置いてある奏甲だって似たようなもんや。かといって、こっちでアイン辺り手に入れるとしてもそんな伝手も金もあらへんで?」

「一応聞いとくが、今なに積んであるんだ?」

「グラオグランツにシャルラッハロートVが1機ずつです。それとビリオーン・ブリッツも1機。せめてツヴァイがあれば誤魔化しも出来ましたが……アレはアインと大差ありませんし」

「ちなみにぃ、グラオグランツ以外は損傷具合がちょっとあれだからすぐには使えないよぉ」

 康一の問いにアルテとキントが答えるが酷く微妙なラインナップだ。
 このうち真也が搭乗経験があるのはシャルラッハロートVだが、アルテの言うとおりシャルラッハロートはTとUは殆ど違いはないがV以降はほぼ別物といえる。

 ビリオーン・ブリッツに至ってはブリッツ・リミットと整備維持の難易度に大差なければ、そもそもその改修機に乗ってる身でありながら真也とシルナはエース級ペアの条件を満たしていない。
 条件を満たさずビリオーンを使用する無茶さは真也達には身近なものだ。なにせ今あるビリオーンは真也の親友であるエイジとその歌姫のセシルのペアが使っていたのを封印の為に持ち込まれたものなのだ。
 このペア、実は赤銅の姫が独立して中立勢力の無色なる工房を旗揚げした時に真也が協力して所属した際、彼らも旗揚げに協力し所属こそはしなかったものの礼として工房にあった好きな奏甲を持って行っていいと言われた際にビリオーンを選び以降、使用してきたがその戦果は目を覆いたくなる程に悲惨なものだった。

「ちゅーか、それいうなら昨日砂漠に捨ててきた奏甲も相当ヤバいで……あれこっちの人間に拾われるのはかなり拙いはずや」

 元々の状態が悪い上に奏座と幻糸炉を念入りに破壊したとはいえ、解析しようとすれば十分可能なはずだ。

「そうですね。特にハルニッシュヴルムを解析できれば王侯貴族機以外に飛行可能な奏甲が開発されかねません」

「それより一番状態が悪くても数があったメンシュハイト・ノイなんかは調査に困らないはずですよ、1機だけ混ざってたローザリッタァなんて解析されたらどうなるか」

 真也も混ざって昨日奏甲を捨てたのが如何に不味かったかやいのやいと話し合う。
 今から拾いに行くというのも難しい、そもそも置き場に困るから捨てたようなものであるし、かといって調査も出来ない程に破壊するのは破壊する側の奏甲にもかなりの負担が掛かるだろう。
 それに迷子状態だったうえに巨大長虫(シュピルドーゼ・ワーム)との戦闘で辺りが荒れた影響で何処で捨てたのかいまいち分からなくなってしまっている。

「奏甲もそうだけど、今はこの船を如何にかするか考えないと」

 シルナのその一言にまた一同が悩ましい顔をする。

「捨てるのは、拙い……技術流失の危険もそうやけど。今この船の乗組員はシンヤっち達を除いても全部で21名や、奏甲支援船の定員にはまるで足らんけどそれでも結構な人数になるで」

 21人の生活を保障するのは容易ではない。
 英雄と歌姫である真也とシルナはともかく、他は絶対奏甲と奏甲支援船の整備士なのだ。絶対奏甲を整備できる人間が黄金の工房の人間にまず限定されている状態では彼女達に真っ当な働き場所は殆どないだろう。幾ら奏甲整備士が貴重とはいえ経歴不明な人間を雇うようなところは表ではまず無いだろう。
 奏甲支援船整備士など更に悲惨だ、そもそも奏甲支援船がこの時代にないから問題なのにそれを整備する技術がいったいなんの役に立つのか。

「こっちで売っても問題ないような物も幾らかはあります。ですが、当座はどうにかなっても先行きは暗いです」

 ハンガーにはこっちで売っても問題ない、この時代にも存在する奏甲用武器も転がっている。皆の私物であるちょっとした装飾品なども売ろうと思えば売れるだろう。
 それで当面は生活できても収入の当てがなければなければ結局は同じことだ。
 幾つもの意見が出ては検討と却下を繰り返していく。

「……決めたわ、シマっちとアリアっちやったな?」

「おぅ」

「この船は砂漠のどっかに隠れる。何人かそっちに付いて行かせるから済まんが暫くは面倒見て欲しいんや。代わりにハイリガーの部品さえ持って来れば整備はこの船でタダでするわ」

「この船を隠し工房として使うのか? お勧めは出来ないぜ」

 主に英雄崩れの賊が奏甲の整備に使う非合法の隠れ整備場というものは確かにある。だが、当然取締りの対象であるし見つかればタダでは済まない。
 それに砂漠に隠れるということは整備用部品に水や食料など消耗品は外部から補給する必要がある。必然的に見つかる可能性は高まるのだ。

「わかっとる。それにイザとなれば逃げればいいんや、普通の工房と違ってこの船は動くんやしな」

 ニヤリと人の悪い笑みを浮かべるエアヴァに康一はなんとも微妙な表情で肩をすくめる。

「まずは真也殿達に売り出せる物を持って行かせます、食料の補給は急務ですから」

「え、僕達もですか?」

 アルテの言葉に真也が疑問の声を上げる。
 使用する奏甲の問題もあるし、てっきり船に残っての護衛だと思っていたのだ。

「うちらの中で一番働き口があるのは英雄のシンヤっちやで、シンヤっちとシルナっちにはうちらを養ってもらわなあかん」

 にやにやして稼げ宣言するエアヴァに、真也の顔が思わず引きつる。

「ブリッツは確かに問題だけどぉ、この時代にも王族や貴族の特別機はあるからぁ、誤魔化そうと思えば不可能じゃないだろうしぃ」

「ブリッツの整備維持はビリオーンをバラせば当面問題あらへん。ブリッツ・リミットの元になってるだけあって共有部品も結構多いんやで、ちょっとした部品ぐらいなら加工できる設備もこの船にはあるしな」

 あまり派手に壊さなければブリッツ・リミットは当面使えると胸を張って言う整備士代表。
 というか、さらりと親友の機体をバラすと言われて真也は遠い目をしながら心の内で親友に謝った。

「あの、王侯貴族機として誤魔化すって……私は一般庶民なんだけど」

 おずおずと手を上げて抗議するシルナ、彼女はアリアと違って正規の歌姫でもない戦時徴用された歌姫であって元々ハルフェアの庶民で大衆食堂の娘に過ぎない。
 とてもではないが王侯貴族なんて騙ることはできないと困った顔で語る。

「じゃあシンヤっちは? 確かシュピルドーゼで領地貰えるとかいう話あったやろ」

「そりゃそういう噂はありましたけど、その前にこれですから……それに僕に領地経営だとか貴族の真似とか無理ですから」

 未来の話は意味がないし、生まれにしても確かにご先祖様は武家だったらしいですけど本家筋でもないし僕には関係ない話でしたよ、と自分にも王侯貴族を騙るのは無理だと首を横に振る。

「まぁ貴族の庶子だとか駆け落ちだとか何とでも誤魔化してくれへんか、実際問題シンヤっち達に働いてもらう以外に金稼ぐのは厳しいんや」

 そういって困惑顔の真也とシルナを放って、売る物と街に行く人員の選定に取り掛かる一同。
 お互い顔を見合わせ、同時にガクリと俯いて悩みだす真也とシルナの英雄と歌姫のペアだった。


[No.536] 2013/06/23(Sun) 16:07:19
迷子船5 (No.536への返信 / 8階層) - ジョニー

 奏甲支援船シャッフェムッタの面々が志摩康一と出会って約半月が過ぎ、康一と真也、そしてエアヴァの3人がシャッフェムッタの一室で情報交換を行っていた。

「この半月でうちらに関してはまぁお得意様も出来たわ、そのお得意様で問題もあったけどそれは後に回しとくわ。シマっちとシンヤっちはどうや?」

「こっちは相も変わらず本命に関しては空振りだ」

 隠し工房として無事軌道に乗りつつあると語るエアヴァと、時渡りの門で空振りが続いていると語る康一。自然二人は残りの一人である真也の方に視線を向ける。

「僕の方は順調といえば順調です」

 身分を隠した英雄と歌姫として傭兵紛いの仕事をして、同時に遺跡方面を康一に任せて他のところからの情報収集に努めいる真也は複雑な顔で順調だと語る。
 主に工房から有益ながらもある種危険な情報を得たと真也は語る。

 真也の絶対奏甲であるブリッツ・リミットは本来赤い部分を濃い青に塗った以外は外見は通常機と同じだったがこの時代で運用するにあたり装甲にやや華美な装飾を施して貴族機らしく偽装してブラウ・ブリッツと呼称させている。もっとも仲間内では普通にブリッツと呼ばれているが。
 そして貴族機のブリッツの専属整備士と称してシャッフェムッタの何人かを連れて工房に入れている。機密と称してブリッツ・リミットをこの時代の人間に触れさせない為であるが、同時に工房から情報を得る役にも立っている。

「まず当然と言えば当然ですが、この時代に来たのは僕らだけじゃないという確証を得ました」

「あぁ、それはうちらも得てるわ。なにせ客の一人がよりにもよってブリッツ・リミット売りにきおったからな」

 エアヴァの言葉に真也と康一がぎょっとする。
 貴族機として偽装した真也のブリッツはパッと見では印象は異なるので自分達の時代の人間かあるいは見比べでもしない限り同じ奏甲とは早々には分かり辛いがまさによりにもよっての奏甲である。

「後で言おうとしたのがこれでな。なんでも蟲化しかけた英雄が暴れてたのを倒したらしいんやけど、どう見ても訳あり奏甲やから隠し工房の此処に売りに来たわけや」

 表の工房に持って行って王侯貴族絡みのごたごたに巻き込まれたくない。しかしブリッツ・リミットとの戦闘でシャルラッハロートが損傷して穴埋めはしたい。だから隠れ工房に持ち込むというのはまぁ理解できる話ではある。

「奏座周りが蟲化に巻き込まれたのと倒された時にぶっ刺されたので機体自体は使い物にならんけど、バラしてシンヤっちのブリッツの予備部品を入手できたのは幸いだったわ」

「代金はどうしたんだ?」

「それはグラオグランツと交換にしたわ。動かせる奏甲を手放すのは惜しかったけどブリッツの部品確保の方が重要やからな」

 蟲化に巻き込まれた機体と聞いて真也が渋い顔をするが予備部品として問題ないというのなら我慢すべきだろうと言葉を飲み込む。
 同時に技術流失の問題も、そもそもブリッツ・リミットが持ち込まれた段階で現物から解析されるのは時間の問題であると諦めたそうだ。

「ブリッツ・リミットとグラオグランツの交換ってとんだぼったくりだな」

「まぁ壊れた奏甲と中古でも問題なく稼働する奏甲なら問題ないやろ、向こうも喜んどったし。で、シンヤっちの話の続きは?」

「あ、あぁそうでしたね。どうも工房に見慣れない奏甲が持ち込まれることが結構起きてるそうで……そういう意味では僕も似たようなものですが偽装したお蔭で余計なことに巻き込まれずに済んでます」

 200年前と事前に知ることが出来た事、そして専属整備士を用意できた事など幾つもの幸運が重なり、ブラウ・ブリッツという身分を隠した訳ありの貴族専用機として遠巻きに見られるだけで済んでいる。

「それと……どうやら恵みの塔が歌姫大戦で被害を受けて現在機能していないらしいという噂が」

「おい、それって……」

「もちろんただの噂です。だけど、工房でも比較的地位のある人から聞いた噂ですし、見慣れない奏甲や英雄などが目撃され出して前後から黄金の歌姫が姿を消したという話もあって」

 3人が揃って顔を見合わせる。
 それは彼らがこの時代にやってきた原因かもしれない話なのだ。無論、確実な話ではなく本当だという証拠はないと真也は付け加える。

「あぁそれと康一さん、暫くヴァッサァマイン方面とトロンメル方面は避けた方がいいです。あとザンドカイズも」

「あ? どういうことだ」

「ヴァッサァマインで十二賢者の生き残りを称した人物が、自分達を謀殺した三姫を非難して決起したとか……厄介なことに見慣れぬ奏甲を多数保有して武装しているとか、その奏甲の特徴を聞いたんですけどキューレヘルトやローザリッタァっぽいです」

「自由民か」

 生き残りがこっちに来てたのかよ、と康一が悪態を付き。おそらくと言いながら真也が頷く。

「それとトロンメルでは巨大な船が漂着したとかで騒ぎになってるらしいです」

「巨大な船? おい、まさか」

 康一の違っていて欲しいと思いがこもった問いかけに、真也は重々しく頷く。

「そのまさかです。多分白銀の歌姫の軍勢がポザネオ上陸に使った艦隊の奏甲空母の一つだと思います」

 現代にしろ此方にしろ実物を見たわけではないですが、話しを聞いた限りでは特徴は一致してします。と重々しく語る。

「幸いと言うべきか。どうも争いになったという話しは聞きませんから奏甲や人員は乗っていないか、最小限だったとは考えられます」

「救いにならねぇよ。それっぽっちじゃ」

 まぁそうですよね、と頷き。奏甲支援船どころではない大物がこの時代に流れ着いていることに皆して溜め息を付く。

「ヴァッサァマインとトロンメルは分かった。で、近場のザンドカイズは?」

「そっちは領主の宿縁の英雄が現れたという話で……その英雄が問題なんですよ」

「ふぅん、未来の有名人なのか?」

 康一さんには分からないと思いますが、と前置きする。

「一部では有名でしたね。マカール=パンスコヴァといいます」

「ハァ!? マジでかい」

 エアヴァのマカールという名前を聞いて驚きの声を上げる。
 康一はその名前を知らず、誰だか知っているらしい真也とエアヴァに説明を求める。

「あー……現世騎士団のメンシュハイト・ノイを開発した英雄の技術者がその名前のはずや。無色なる工房では一時期よく聞いた名前やから間違いないはずや」

「無論、単なる偶然という可能性もありますがそのマカールが宿縁になってから妙な私兵が集まり出したらしく」

「私兵だぁ?」

「英雄崩れの野盗のような連中を雇い入れて再教育して野盗を減らすことが目的と言われてますね。そして私兵の長を務めているのが、漆黒の華色奏甲を駆る英雄」

 この名前は康一さん達以外は全員聞いたことぐらいはあると思いますよ、と嫌悪を滲ませて真也は語る。

「ギュンター=ハインケル。最後のシュピルディム攻防戦で抱き込んだ部下達と共にシュピルドーゼを裏切り、シュピルディム防衛部隊を内側から食い破った現世騎士団の団員のスパイだった男です」


[No.559] 2013/08/31(Sat) 22:38:55
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