昔話 - 龍輝 |
最初に抱いた感情は、“恐怖”だった。 ハンターになったばかりで生傷が絶えず、ギアノス達を狩りポポやガウシカを狩り、肉の捌き方皮の剥ぎ方など、まだそういった知識を自分の物にしていく段階だった。 その日だって、ただの納品クエストだったのだ。 しかしいつもと違い静かだった。 もとい、静か過ぎた。 山頂へと向かうためにホットドリンクを飲み、洞窟を抜けるときでさえ静かだった。 雪が音を吸収するとは言え、いくらなんでも本当に、“静かすぎた”のだ。 嫌な緊張感が自身を包んだ。 洞窟を抜け、やっとポポの群れを見つけ安堵の溜息を零した矢先。
静かな雪山に響く咆哮。
頂上から群れに目掛け、文字通り飛び降りた巨躯。 食らいつかんと大口を開け、牙を剥き、腕(カイナ)を振るい、爪が煌めく。 その姿を視認して、とたんに血の気が引いた。
無理だ、あれは無理だ。 だってそうだろう。 奴のせいで雪山から落ちたんだ。 奴の地面を抉り飛ばした土塊で。 奴の駆けために発達した前腕で。 奴の如何なるものも噛み砕こうとする顎(アギト)で。 奴の二つ名に見合う轟音に鳴り響く声で。
強者が。 轟竜ティガレックスがそこに君臨した。
その後は死に物狂いで逃げ出した。 背後から迫り来るものから、必死で。 まだ双剣を使っていた頃。 攻撃の素早さと手数で一番使い易いと、見合った武器だと思っていた。 しかしこの武器で、そして碌に強化も出来ていない防具で懐に入り込むなど自殺行為だ。 今は逃げるしかない。
ただただ、恐れたのだ。
―――――……
「――…だったってぇのになぁ」
ここはポッケの雪山ではなく、フォンロンの古塔の上。 目の前に鎮座する赤い轟竜…否、大轟竜。 宙に舞う赤い粉塵がバチバチと小さく爆ぜている。 ティガレックスである事で、ふと昔の記憶が脳裏を過ぎったのだ。
友のお陰でトラウマは払拭されたが、それでも恐怖は残ってはいる。 しかしそれもまた一興。 自分より力を持つ存在に恐れずに居るなど到底不可能なのだ。 ならばその恐怖でさえ、命の駆け引きでさえ、楽しむしかないのだと。 相対するものの強さと、己の脆さ、弱さも受け入れ、立ち向かうしかないのだと。 思わず口角が上がってしまうのはどうしてだろうか。 「ハーイキティ、一緒にダンスと洒落こもうじゃねぇか」 こちらに気付いた希少種が、立ち込める暗雲に咆哮を響かせ、同時にライトボウガンを構え駆け出すのだった。
[No.21] 2019/07/19(Fri) 10:02:31 |