セリエナにレオくんもきましたよ (No.25 への返信) - たきゆき |
新大陸に訪れてはや数年。淀みかけた好奇心の泉を今一度かき乱すように現れた、氷の大地に興味を引かれて海を越え。 極寒の地における生命の進化についての研究に着手した自分が、また限界のラインを見失いかけていることに、うっすらと気付いてはいた。 編纂者のためのセリエナ簡易資料室。 小さなストーブが足下を暖める部屋で、うつらと瞼が落ち始めた。 (あ、これだめだ。またオトモや零に怒られる) そう考えてもずるりと上半身がテーブルへと傾く。 (…あぁ、でも。零は狩りで戻ってこないし、オトモも留守だし…、他の誰かが来ても気配で目が覚めるから…) 言い訳にもならないようなことが頭を過ぎる中、両手の上に組む。 (ちょっとだけ…) そのまますっと意識が浅く沈む。 それはあくまでも浅く、ほんのちょっとした刺激で目覚める眠りだ。 だってここは安心して眠れる場所ではない。 そのはず、だったのに。
カタリ、と扉が開く音が遠くで聞こえた。 ふわりと感じた何かの香りと、馴染みの気配。 それを感じた瞬間、ほとんど無意識の世界で、安堵を覚えた。 「ユキ…? て。あーもう、まったくお前っちゅーやつは」 呆れたような声が、優しさを伴って響く。 普段なら人の気配や声がこんな側で発せられれば目を覚ます。 それなのに、感じた安堵がより深い眠りを呼んで。 すとんと完全に意識が落ちた。
すぅすぅと穏やかな寝息を立てる顔を見下ろして、苦笑が漏れる。 「……ここまで完璧に信用されると、複雑だな」 周囲に一足遅れて新大陸にやってきたレオニノも、遅ればせながらセリエナに上陸し、滝雪がいるという簡易資料室を訪ねたのだが。 滝雪からの手紙や報告書、滝雪以外の周囲の調査員からの報告でも知っていたが、以前よりも研究にのめり込むようになったようだ。 いや、以前に戻ったように、というのだろうか。 狩猟団を作る前、基本的にソロでやっていたころも、研究にのめり込む時期とハンターとして活動する時期が交互にあったと聞いていた。 緩くウェーブがかかる髪が頬にかかっているのに気付いて、指先でするりとすくい上げ、耳の後ろへと撫で流す。 髪型を変えたのだなと内心で呟きながら、覗き込んだ顔は、寒さのせいか、少し顔色が悪い。 ちらりと視線を向けた足元の小さなストーブでは不十分だったのだろう。 狩り場なら、ホットドリンクを飲むから、そう感じないのだろうが、拠点では控えているのか。 そして。 「やつれた感じはねぇな」 そのことに、一つ安堵。 新大陸行きの原因となった事件の時は、分かりやすくやつれていたから。 旅立つ前の身柄拘束時に大分栄養は取らせて体型を戻させていたが、いかんせん、自身の安全管理が杜撰な彼女だ。心配はつきない。 まぁ、今回はオトモ同行の上、零とも先に合流しているから、変化のあった時点で誰かしら動いたのだろう。 滝雪の存在を教えることなく送り込んだ零が、自分の企んだ通り、再び交流するようになった時には密かに胸を撫で下ろしたものだ。 なにしろ零と滝雪の間には、なんともいいがたい距離感があっただろうから。 それでも顔を合わせさえすれば。 零に対する滝雪の態度は変わっていないだろうから、それを目の当たりにすれば、壁などあってないようなものだ。 それでも、零が新大陸についた後も、しばらくの間遭遇する気配がなかった間はひやひやしたものだ。 滝雪の新大陸での様子は本人からの手紙とは別に定期監査の役割も持つ常駐ギルドナイトからも受けていたから。 およそ、バルバレ時代の彼女とはかけ離れた閉塞性に、焦りすら感じていた。 滝雪の止まった時間を動かしてくれた零には感謝である。 ふと近づく者の気配に気付いた。 馴染みのある気配、コレは。 ガチャリとドアを開けて入ってきたのは、滝雪のオトモ。 驚いた顔をした彼女に人差し指を立てて、しーっと合図をすると、心得たように口を閉じる。 やれやれといった様子に苦笑を返しながら、声を潜めて問いかける。 「雪のマイルームに運んだ方がいいやろ。案内頼めるか?」 言いながら、滝雪の肩と膝下に腕を回して、椅子から抱き上げる。 ホントに雪はしかたないニャァというため息の後、小さく頭をさげて先導し始めるアイルーに続いて部屋を出る。
とたんに吹き付け冷気に身じろぎするも目覚める気配のない滝雪を腕に抱き、足早にマイルームへと向かうレオニノの姿が周囲に目撃され、零が慌てて飛び込んでくることになることを、この時のレオニノは知ることがなかった。
[No.27] 2020/04/17(Fri) 00:01:08 |