あんなんだったっけ? (No.27 への返信) - たきゆき |
どっかに上げてた気がするんだが、見付けきれなかったので一応ココにも載せとく
「なぁ」 古なじみ同士、偶然タイミングが合って狩りに行って。 首尾良くクエストをこなして帰還したあとの呑み席で。 ふと思い出したように呼びかけた。 「あのさ、一つ聞きたいんだけど、姉さんって昔からあんなんだったっけ?」 「あんなん」 その表現に向かいに座っていた男が思わず繰り返した。 それはその表現に思うところがあったというよりは、虚を突かれて、おうむ返しに答えたような感じだった。 「だからほら、前はもっとしっかりしてたっていうか」 「あぁ。そういう……。あー……どう言ったもんか」 意味を理解して、苦笑したレオニノに、零はわずかに困惑した様子だ。 そんな零を見て、レオニノが生暖かい笑みを浮かべる。 「お前もオトナになったんやな」 「はぁ? なんだそりゃ」 弟妹の成長を喜ぶような言い方に、馬鹿にされてるのかと、零の眉間にシワが寄った。 「最初の頃は、回りを見る余裕なんかなく、全部が敵の中、仲間だけが違うって状態だったのにな」 「う、うるせぇ!」 あの頃の視野の狭さは自覚している。 今だって信頼できる人間が増えたかというとそうではない。 人は汚く、簡単に裏切る者だという思考が和らいだわけではない。 それでも、0か100かの二択ではないのだと知った。 「あの頃のお前や、年少組にとっちゃ、アイツの存在は別モンや。それをアイツ自身が自覚していた」 あの時とは、見える世界が違う。 そのせいだろうか? 最近の滝雪と自分の知っている滝雪の差異が目につくのは。 どれだけ反抗しようとも、憎まれ口を叩こうとも、揺らがないように見えた滝雪が、今はふわふわしてるように見える。 「俺があの猟団に合流した時は、既に初期勢は揃っていた」 四人目の団員だった、というのは知っていた。 「その時点で、お前らの知るユキだった」 「そんな言い方するってこたぁ、その前は違うのか?」 「箱庭入りする前に、一通り人物調査はしとる。任務上な」 その言葉で、レオニノの狩猟団入りが、ギルドナイトの任務だったことを思いだし、渋い顔になる。 「……そうだな」 自身の顎髭をするりと撫でながら何かを思案したレオニノが問いかける。 「ユキが狩猟団結成前に、キャンプ地での素材違法売買事件に関わってたって話は知ってるか?」 「は?」 全く初耳だった零がきょとんとするのにも構わず、レオニノは言葉を続ける。 「ハンター武器密造グループ摘発事件は? 飛竜の卵密売阻止作戦は?」 「ちょ、ちょっと待て!! なんだそりゃ!?」 ろくでもない案件と、想像するにあまりある危険度に声を張る。 それにレオニノが苦笑する。 「根っからのトラブル巻き込まれ体質なんだよ。そんでもって、気づくとその中心にいる。今あげた案件な、全部違うハンターグループや学者達と一緒に巻き込まれとる」 特定のグループと一緒に、ではなく、その場にかちあった面子で巻き込まれたのだと。 「そんな中で、コミュニケーションを深め、信頼関係を構築し、一緒に事件解決に望んだ」 滝雪のそうした様子は、容易に想像できた。 「それは、とても強い絆となりうるものだ。そのまま固定パーティを組んでもおかしくないほどに」 「……じゃあ、なんで」 それだけの経験や人脈がありながらも、ギルドの後押しがなければ、初期組と合流することがなかったのか。 「一つは滝雪のもう一つの名前と立場が原因だろう」 書士隊の六花というもう一つの顔。 それは誰にも知られるべきではなものだった。 「もう一つは、おそらくだが……アイツ自身、地に足がついてなかったんだろうな。それこそ、今のようにふわふわと」 浮世離れ、というのも少し違う。 「気づくことが違う。考えることが違う。見える世界が違う。違うことを自覚している。それでいい」 六花は異質だった。 幼少時から父親に連れられ、学者の中で育ち、母親に見守られハンターの資格を手に入れた。 考える基本は学者として。 動く基準はハンターとして。 それが違和感なく両立しているが故に、どちらかだけは選べず。 「だけど、護る者を与えられ、傍で慈しむことを許された。その瞬間、地に足がついた。あの狩猟団は。あの場所はアイツの重しやった」 滝雪であり、六花であることを知っているギルドからの後押しであり、かつ、そうであることを知っても仲間は態度を変えなかった。 それはある種の救いであったのではないか、と思うのだ。 気づけば真顔でレオニノの言葉を聞いていた零に、レオニノが穏やかに笑う。 「特別だったんだよ。俺たちはな」 狩猟団という形を失っても、今だ全員を愛していると彼女が公言するほどに。 「まぁ、お前ら年少組は特に問題があったからな。支えてあげたいって思や、しゃきっと背筋も伸びるもんだろ。……いや、可愛くてたまんないってでろでろにもなってたがな」 「う……」 猫可愛がりとでもいうのか。 それこそ、でろでろに甘やかされた自覚のある零が頬を染める。 一般的に可愛いという形容詞が似合わない自分に対して彼女がかける言葉はひたすら甘い。それは今も変わらない。 「そ、それじゃあ、今は!?」 慌てて話を逸らすべく問いかけると、レオニノが手にしていたビールのジョッキを傾け一口のんでから答える。 「もう、護らんでも、導かないとって気を張らんでも大丈夫って思ったんだろ」 姉のように、母のように包み込んでいなくても。 「ただただ大好き可愛いって言っててもいいって思ったんだろ。だから、六花と滝雪をいっしょくたにしてたあの頃のようにしてても大丈夫って」 それは認められた成長の証で。 満面の笑みで、両腕を広げて名を呼ぶ姿が瞼に浮かぶ。
「……いやダメだろ」
思わず口を尖らせて答えた零に、レオニノは目を瞬いた。 「ダメだろ。あれ。自分の命の重さとか、残されるかもしれない俺らのこととか全部ぶんなげてんじゃねーか」 まるで、自分たちを護らなくて良いのなら、他に護るものなんかない。 そう言っているようで。 「絶対ダメだろ」 いらだったように、ふて腐れたように、ダメだと繰り返す零に、ふはっとレオニノが吹き出した。 「お前ならそうゆうやろなって思ってた」 我が意を得たりと笑い出すレオニノの足をテーブル下で軽く蹴る。 「だから、なんにも言わないで俺をここに送り込んだんだな?」 「察しがよーなったな?」 「ふざけんな!」 げしげしと蹴り続ける零に、痛い痛いと言いながらも楽しげに笑い転げるレオニノを睨み付ける。 「あっちであった事件の時な」 笑いをなんとか抑えながら口を開いたのは、滝雪が島流しに遭った原因にして、本人の口からは一切深刻さが伝わらない事件のこと。 「既にそういう傾向はあった。軌道修正できんかと思ってヴェレとも遭わせとる。ただ、いかんせん、いろんな所に目を付けられすぎた」 貴族の計画に横槍し、ハンターギルドを無視して動いて警戒された。 そこに、レオニノが最悪の飼い殺しをさせないためにと、書士隊と龍歴院を巻き込んだ。 「とてもアッチには置いておけん」 「そんなにか」 「ああ。かといって、新大陸にあいつがおることも、おおっぴらにはできん。だから総司令に身柄を預けた」 「レオ、総指令と親しいのか?」 「いや、手紙でやりとりしたことがある程度だな。ただ、ギルドナイト自体はこっちにも適宜派遣しとるから人となりは知っとった」 思慮深く、理知的で、そのくせ、大胆な作戦も行える人物で、懐広く人柄も良い。 まさしく歴戦の長と言える人物であると。 「五期団の要請があった直後だったからな。これから人員の精査、準備に入るが、その前に一人、貴殿を見込み、お預けしたい、とな」 調査研究にも、必ずやお力になれる人材であると胸を張って言える研究者です、と続けたのはけして身贔屓ではない。 事実多くの研究論文が出されており、それは確かに新大陸への理解を深める材料となっている。 「とはいえ、それだけじゃ足りん」 「そこで俺、と」 「お前なら、アイツのやらかしを見過ごしゃせんやろ」 「あんなにめちゃくちゃ手ぇかかる人になってんの、ほっとけるか!」 「その調子でバンバン叱り飛ばしてやってくれ」 「ふざけんな。っていうか、レオだってこっちに来たんだし、手伝えよな!」 「あー。……うん、そうだな」 じっとりと半眼でにらみあげられるのに対し、言葉を濁す。 はっきりと答えられないその理由は。 「レオは、ねーさんに甘すぎ!」 「あー…………すまん」 ぽりっと頬を指で掻いて目を逸らすのは自覚があるから。 更に言えば、久々にギルドナイト任務から離れられて触れたハンター業に心踊らせてのめり込んでいるのもある。 なにしろ、アチラに帰れば、ここまで心行くまでハンターとして狩りに出ることも難しいのだから。 新しくできた狩り友達の初々しさ、微笑ましさ、頼もしさも日々の楽しみだ。 騒がしい毎日は、人間の裏や闇を突きつけられていた日々とは全く異なり、喜びと共にある。 零にだって、ふざけあいながら狩りにいく仲間もいる。 そんな二人を滝雪がそれは嬉しそうに見ている。 だからこそ、自分だって楽しもうと思ってか、琴線に触れた案件への研究に熱が入るのだろう。 距離感を再度模索していた時期は落ち着いたように思える。 新しい世界をそれぞれに構築する時期なのだ。 「とはいえ、だ。深く考えすぎる必要はねぇよ。お前も、ユキも、なるようになるだろ」 「レオもな」 ゆったりと微笑んで、手にしていたジョッキを持ち上げる。 「ちなみにそのユキだが」 「……ん?」 「三日ほど籠って飯も最低限で論文書いて寝落ちたらしいから、明日にでも説教にいくんだが、お前もくるか?」 「行く」 目が据わってからの即答に、レオニノが吹き出す。 「なにやってんだホント!」 「もう言い訳が予想できるぞ」 「『うっかり熱中しちゃって』」 「『楽しくなっちゃって』」 「それだな」 「それだよ」 ぶちぶちと愚痴を溢しながらも、へらりと申し訳なさそうに笑う笑顔が既に思い浮かぶ。 「明日が楽しみだな?」 にっこりと笑う二人の笑顔はご立腹のときの笑顔だ。 篝火が灯り、周囲からは他のハンターや給仕のアイルーが行き交う食事処で、うすら寒く微笑みあう。 オトモアイルーにより布団にねじ込まれた滝雪は、大切な仲間達が自分のことについて話し合っていたことも、明日の朝の怒りの来襲予定も知らず、数日ぶりの眠りを堪能するのだった。
[No.28] 2025/02/03(Mon) 00:35:58 |