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all (No Subject) - たきゆき - 2019/02/16(Sat) 02:51:44 [No.3]


(No Subject) - たきゆき

 満天の星空の下、いくつもの天幕が点在する平地の一角に焚き火の灯りがあった。
 色とりどりの布が鮮やかに風にはためき、多くの人が行き交う移動都市バルバレも、夜は静まり返る。
 その場所も例に漏れず静けさが支配し、時折パチパチと弾ける焚き火の音と吹き抜ける風の音だけが、少し離れている彼のところまで響いていた。
 その焚き火の傍らに人影が一つ。
 こちらに背を向けているその背中は少し丸まり、腰まである長髪が風に揺れていた。
 記憶にあるその背中はいつもぴんと延び、その回りでは笑顔が溢れていたというのに、今その横は誰もいない。
 その寂しそうな姿に……さみしそうな……。
 少しばかり感傷的なことを考えていた彼の眉が寄り、表情が胡乱げなものになる。
 ふわりと漂ってきたのは、何かが焼ける香ばしい香りと、食欲を誘うようなチーズの香り。
 よくよく見れば、腰かけた丸太の横には何やら液体の入った瓶。
 側にある麻袋の膨らみも同様の形をしていて、数本瓶が入っている。
 半眼になって見つめる先で、視界の中の人影が丸めていた背を起こしてコップを傾けているのを確信し、ため息をこぼす。
(一人で酒盛りしてやがる……)
 そして、堪えきれず笑みを浮かべた。
 気配を消すことをやめ、ずかずかと人影、彼女の元に歩み寄る。

「こんな時間にいいもん食っとるな」
 軽い口調は呆れを存分に含んだ親しげなものだった。
「んむ? あら、レオ君、久しぶり!」
 肩越しにこちらを振り返り、口の中のものを慌てて飲み込んだ女性の表情に憂いはない。
 自由の箱庭狩猟団、元団長にして、旧友でもある彼女。
 にこりと笑う笑みはかわらず明るく、おおらかだ。
「おう、久しぶり」
「ふふ、元気してた? 暇ならちょっと一杯付き合わない?」
 手にしていた金属製のコップをかざして見せる彼女に苦笑して。
「じゃ、ありがたく」
「そうこなくっちゃ!」
 がさごそと麻袋を探り、予備らしきコップを取り出して差し出す彼女に応じて受けとると、足元にあった瓶を向けられる。
「見たことない酒やな」
「ん。今、あっちこっちを飛び回ってるからね、ちょっと珍しいもの見つけて買っといたの。美味しいよ」
 焚き火の暖かさを内封したような明かりが、透明の液体を艶めかせ、ゆらりとコップの中で波紋を描く。
「はい、乾杯」
「おう……乾杯」
 カチンと気軽にコップの端を当てて、彼の反応など待たずにそれを傾ける彼女は、その味に満足そうに頬を緩めた。
「お……。口当たり柔らかいな。でもこれ結構強いだろ」
「まぁ、ぼちぼち? 口に合わない?」
「いや、旨い」
「でしょ? で、はい」
「ん? 金串にパン?」
「そ、ちょっと表面だけ焚き火であぶって、こっちのチーズを絡めて……」
「チーズフォンデュか」
「美味しいのよ、これが……。お酒に合うから是非!」
「そら、もらうけどな……この時間帯にチーズか」
「ハンターさんのカロリー消費量なら大丈夫!!」
「カロリー……」
「大丈夫なの! いいわね?」
「ハイハイ」
 ぽんぽんと飛び交う会話は昔と変わらない軽やかさがあって、楽しくなる。
 ああ、これが昔は当たり前の日常だったのに。
 頭を過った感想をおし殺し、パンを頬張った。
「確かに旨いな」
「でしょ!」
 我が意を得たりと頷く彼女に笑みを返して。
 肩を寄せあって丸太の上に座り、酒を飲み交わしながら、ぽつりぽつりと言葉を交わす。
「今、龍識船とやらに乗っ取るんやって?」
「まぁ、成り行きでね。船長やってる子がまだまだいろんな経験足りてない感じでね、見過ごせずに手を貸してたらなんかね」
「移動都市の次は空飛ぶ船か、ちっともじっとしとらんな」
「うぐ。ば、バルバレは、私の故郷のようなものだもの。それで慣れちゃってるから仕方ないじゃない」
「書士隊から捜索願い出てたぞ」
「 学会すっぽかして逃げたからね!」
「は、はぁ!?」
「だって、ハンターもしてるってばれてから、色々面倒くさかったんだもん……」
 気まずそうに目を逸らす彼女に呆れを隠さずため息をつく。
「んで、学術から暫く離れるんかと思ぉたら、龍歴院で似たようなことしとるし」
「知的好奇心が押さえきれずにうっかり」
「あぁ……」
 そういうやつだもんなと言わんばかりの嘆息に、悪びれず舌を出す辺り、彼女の性格はまったくかわっていない。
「レオくんは? 最近忙しかったんじゃないの? ギルドナイトさん」
「わかっとるんなら、言いなや」
「久方ぶりのラオさん参上に、新モンスターが出たことによる新しい狩り場の拡張。不良ハンターが荒ぶらないはずがないもんね?」
 素行のよくないハンターを取り締まることが役目の一つであるギルドナイトにとって、新しい狩り場や新しいモンスターの登場は、張らんの始まりだ。
一気に増えた仕事に先日まで忙殺されていた。
 げんなりした表情のLeoninoをいたわるように、ぽんぽんと隣り合わせの膝を叩き、空になっていたコップを再び酒で満たす。
 ありがたくその酌を受けて、酒を飲み干した。
 酌への謝意のつもりで目を向けると、彼女、滝雪は酷く穏やかな表情でレオニノを見つめていた。
「……で、忙しいのに、大変だったのに……、時間ができると、ココを気にかけてくれていたんだよね」
 見透かすような笑みに、言葉を失う。
 二人が今いるこの場所は二人にとって大切な場所だった。
 数年前まで、この場所にはいくつもの客車があり、食堂兼団欒兼会議用の天幕があった。
 今はなき、狩猟団、その設営地。
 それがここだった。

 解散の日を迎えたあの日から二年。
 あっというまの日々。
 違えた道程。
「ありがとう」
 そっと目を伏せて言われた言葉は心がこもっていた。
「……礼を、言われるようなことじゃ」
「うふふ。私が言いたいだけだからいいの」
 嬉しそうにそう答えて。
「みんな、元気?」
「あぁ。それなりにやっとる。お前も何人かは繋がっとるやろ」
「まぁね」
 ばらばらになったかつての仲間達。
 彼女らはみな、それぞれの道を歩いている。
「……後悔は、ないんか」
 ぽつりと口をついて出た問に、微苦笑が返される。
「いつか来るべき日が来ただけだしねぇ」
 叶うならば。
「もう少し穏便な形で終わらせてあげたかったけど」
 傷つけて傷つけられて終わった過去だ。
「だけど、人との関わりで、こういったことは避けられないのよ」
 だから。
「これが、あの子達の何かの糧であったり、教訓であったりして……。今は笑っていてくれたら嬉しいなぁとは思うけど」
「笑顔か」
「そうよ。私は昔も今も、あの子達が笑ってるのが好きなの。だいすきなのよ」
 ふふふと、それは幸せそうに笑う。
「一度離れてしまって、もう一度繋がっていいものか迷う相手もいるわ。だけど、遠くからでも様子が窺えるなら、時々心を向ける。それはなかなかやめられないわねぇ」
 少しばかり情けなさそうに眉尻を落として。
「いい加減、気持ち悪いかなと思わないでもないんだけど……」
 気持ち悪って引かれるのはちょっときっついかな。
 そう言う表情が本当に苦々しい。
 目線を自身が握るコップの中に落として少し俯く。
「ユキ」
「だから、後悔とかよりずっと強く思うよ」
 祈るように眼を閉じて。
「幸せになれ、少しでも、たくさん、幸せになれ、幸せになれって」
 ぎゅうっと握り込まれる手の中のコップを見つめる。
「そう、思うよ」
 ただひたすらに、願いを込めて。
「……そうか」
 小さな頷きと共に返された真剣な声に顔をあげた時には、いつもの表情だった。
「んふふ、ごめんねぇ、しんみりしゃった」
「別にいいって」
「お酒呑んでるとこうだもんねぇ、ほんと、困ったもんだ」
「酔っぱらいならしゃーない、しゃーない」
「だよね! ということで、レオくんも道連れダ! 酔っぱらいになっちゃえー」
「おわ! ちょ! 溢れる溢れる!」
 目敏く空になったコップにだばだばと注がれて焦る姿を笑い飛ばす。
 その様子から見るに、全部を吐き出したわけではないだろう。
 だったら。
「なぁ、ユキ」
「うん?」
「今度、狩り行こうぜ」
「お! いいわね! 是非」
 普通の村人や学者であったら、言葉を尽くしてわかりあうのだろう。
 だけどハンターだったら。
 互いの命を預け、共に戦場を駆け抜ける。
 それこそが最上のコミュニケーションで。
 そうしてわかり合うことを選んだ。
「何、狩りに行く?」
「何か行きたいのあんのか?」
「んー、色々新モンスターもでてるんだよねぇ」
「そうなんだよなぁ」
「あ、じゃあアレは?  えっと…」
 話題が狩りとなれば、空気も変わる。
 そうして夜の宿営地に、二人だけのささやかな宴の声は、いつまでも響くのであった。


[No.3] 2019/02/16(Sat) 02:51:44

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