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all 出発前夜 - たきゆき - 2019/02/16(Sat) 03:01:38 [No.8]


出発前夜 - たきゆき

「ごめん」
 大きな執務机に座り、両肘をついて組み合わせた手の上に額を落とす。
 そんな表情の読めない姿勢の彼に、そう声を掛けた。
 ほろ苦く笑う自分の笑みを彼は見ようとしない。
 今回の事件で一番割をくったのは彼だ。
 自分のせいで振り回されて、苦労を背負った。
 ギリギリまで交渉しての妥協案がここなのだと、よくわかっている。
 差し出された選択肢は、普通の人間だったら、まとまな感性の人間だったら困惑するし、尻込みするのだろう。
 恐らく彼は、そういう反応をするだろうとほのめかせて、これをペナルティの一つだと示して見せた。
 本当のところでは、何の痛痒も感じないことを知っていて。
「ごめんね」
 だからこの謝罪は、苦労を掛けたことに対するものではない。
 彼が知略を働かせた、最善の決着点だと知っているから。
 だとするならば、この謝罪の意味は。
「ごめん、置いていく」
 彼をここに置いていく。
 これほどまでに気にかけてくれた彼を。
 尽力してくれた彼を。
 付き合いが長すぎて、少しばかり複雑な付き合いすぎて、この関係を何と呼んでいいのかわからない。
 それでも、彼はある種の特別だった。
 自惚れでなければ、自分も彼にとってそうであるように。
 そんな彼と、はっきりした期間も分からなければ、再会の約束も難しい場所へ。
 決別をして。
「……今生の別れみたいな言い方すんな」
 吐き捨てるように返された言葉に、思わず笑った。
 拗ねたような物言いが可愛い、と言ってしまうと、ますます拗ねる気がする。
 言ったら、どんな顔をするかなぁ?
「ふふ。ごめーんね?」
「もう、いいから謝んな」
 零れた笑い声に、深いため息をついて、ようやく頭をあげた彼に、目を細める。
 言葉にしがたい想いを込めた笑みに、彼もまた苦笑する。
 出逢った時よりも年を重ねたはずなのに、出会った時と同じように感じる瞬間がある。
 それが、今で。
「じゃあ、またね」
「……おう。あんま無茶すんなよ」
「ふふ……はーい!」
 案ずる声に軽く答えて、差し出された封書を受け取る為に手を伸ばす。
 中に書かれているのは任命書だ。
 新大陸調査団に参加し、調査、研究を命ずる。
 そう書かれたものだ。
 受け取って、手を引こうとしたら、不意に伸びてきた彼の反対の手ががっしりと手首を掴んで引き寄せた。
「え! わっ」
 予想外の動きにバランスを崩した自分を机から身を乗り出す形で肩を抱き、頬を摺り寄せた。
「気ぃつけてな。……いってらっしゃい」
 囁くような声に、急な動きで目を瞠目していた目を瞬く。
 そして、微笑む。
 目を閉じて、その首元に甘えるように自分から頬を摺り寄せ返して。
「ん。いってきます」
 激励と、決別の哀切と、再会の約束を交わす。
 暫く互いのぬくもりを心に刻んで。

 数日後。
 晴れ渡る青空の元、出向した船と共に、新しい世界へと彼女は旅立っていった。
 
 


[No.8] 2019/02/16(Sat) 03:01:38

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